「身内にも信用がありませんな・・・」
プロスさんがうんざりした様に呟く。
プロスさんに対して身体検査をした兵士が私にも同じ事をしようとする。
が、
「触らないで」
私はソレを振り払う。
「貴様!」
「止めろ。この状況ではどうせ何も出来まい」
「そうね。私もこの状況で何かしようものならどうなるか、流石にわかります」
「ユキナちゃん・・・」
ユリカさんが心配そうに呟く。
「ほぅ、思ったよりも気の強いお嬢ちゃんだ・・・これからどうなるか、判らない訳でもないだろうに」
「甘く見ないでください。
木連を代表して和平の使者として敵地に来たんです。
死ぬ覚悟くらいとっくの昔に出来てます」
半分本当、半分嘘。
全てが終わるまで・・・せめて木連との会談が終わるまでは死ぬわけには行かない。
さぁ、この場を、どう切り抜けるか・・・
機動戦艦ナデシコ
〜宇宙に散る雪〜
2
「貴方達が私をどうしようと、私にはたいして意味は無い。
私が死んでも木連の和平派が消えるわけではない。
でも、それでももし一部の人間の都合でこの戦争が行われているというのなら・・・」
わたしは一旦言葉を切る。
「私は絶対に許さない」
私は事実を知っている。
私は真実を知っている。
だからこそ許せない。ネルガルがにくいわけじゃない。
軍がにくいわけでも、クリムゾンがにくいわけでもない。
でも、その戦争を操っている人たちは、私から全てを奪った人たちは・・・
「おぉ怖い怖い・・・だがどうする?
君は今囚われの身だ・・・その君がどう僕達を許さないというのかな?」
「何故このまま戦争を続けようとするの?」
「そんなことは僕の知った事じゃない。
そんな事は軍が考える事だ・・・ねぇ提督?」
アカツキさんはそう、ミスマル提督に話を振る。
が、その提督は目を硬く閉じたまま肯定も否定もしない。
そして、ゆっくりと目を開いた提督は、
「なかなか、お父様に似てきましたな・・・」
「・・・? いきなり何を言い出すのかな提督・・・」
「ナデシコが地球を出る時、私は娘に嘘をついたんです・・・」
そういったとき、ユリカさんの表情が少し動いた。
が、その言葉を遮る気は無いようだ。
「いきなり何を・・・そういう事は御自分の艦で部下にでも話してください」
「テンカワ・・・一家の事を。
あの時私は娘に何も知らないといいましたが・・・
あの時・・・火星にいた私達に一斉に撤退命令が出されました」
「止めろ・・・」
アカツキさんが五月蠅そうに手を振る。
話を聞くのもばかばかしい、そんな感じだ。
「それを狙い済ましたかのようなクーデター、そしてテンカワ夫妻の死と同時にそのクーデターは鎮圧された・・・
そう、まるで初めから約束されていたかのように・・・」
「何が言いたい?」
「あの時もネルガルが裏で糸を引いていたのではありませんか?
今回のように・・・」
「何をおっしゃっているんですかな? 申し訳ないが僕にはさっぱり・・・」
「なら、私からお話しましょう」
ずい、とプロスさんが前に出る。
そして語られる、私の記憶と同じ真実。
「そんな! アキトのご両親はそんなことの為に!?」
ユリカさんが激昂して怒鳴る。
そのユリカさんを制し、プロスさんがアカツキさんに問いかける。
「彼女をどうする気で?」
「木星トカゲという敵を得て人類は過去に例を見ないほど一体となっている。
そこに和平の、木星トカゲが人類だったなどと言う情報が流れてみろ。
士気はガタ落ち、軍やネルガルの信用もガタ落ちだ」
「つまり、『殺せ』と言う事ですかな?」
「おいおい、もっとスマートに『処理する』といってくれ」
アカツキさんはもうこの話は終わり、とばかりに手を振る。
そう、もう終わりだ。茶番は、ね。
「そう言う事らしいですけど、どうするんですか?
ナデシコの皆さん?」
「皆、逃げて!」
私の声に、ユリカさんが反応する。
それと同時に、プロスさんとゴートさんが後ろにいた兵士に肘鉄を叩き込み黙らせる。
「ハッ!」
私も、注意がプロスさんとゴートさんに向いた兵士に攻撃を仕掛ける。
一人は鳩尾に拳を叩き込み、もう一人は金的に蹴りを入れる。
そして前屈みになったところに首筋に踵落としで沈める。
「うわぁ・・・」
異常に気付いて扉を開けた兵士に奪った銃で威嚇射撃をする。
「止めろ、止めないか!」
ガン、と言う音と共に止めようとしていたアカツキさんが沈む。
ミスマル提督の手にある凶器によって・・・
「お父様・・・」
「行け、ユリカ」
「お二人ともお早く」
プロスさんが扉の影から銃を撃ちつつ私達を促す。
「提督!」
「むっ?」
私は懐からとあるディスクを取り出し、提督に投げわたす。
それをいぶかしげに提督が受け取る。
「和平のための鍵です。
どう使うかはお任せします」
「・・・何か判らんがわかった」
頷いてくれる提督に頷き返して私は廊下に飛び出す。
「シラトリユキナ! もって行け!」
「え?」
その私にゴートさんが何かを投げてくる。
「これは・・・」
「コミュニケの予備だ。持っていて損はない」
「ありがとう、ゴートさん」
私はそれをブレスレットをしていないほうの腕、即ち左腕につけ走り出す。
途中で出てきた兵士を銃でけん制しながら。
暫く走って行くうちに正面から走ってくる人影を見つける。
「アキトさん!?」
「アキト!」
「ユリカ、ユキナちゃん!」
一旦止まって話をする。
「良かった、逃げてこれたんだな」
「うん・・・私は役立たずだったけどね・・・」
「誰にでも得意不得意があるでしょ。
別に落ち込む事じゃないよ」
事実、私にもできない事はある。
「二人ともヒナギクに、皆が出そうとしてるから」
アキトさんがそれだけ言って私達が来たほうに走り出す。
「「アキト(さん)!?」」
「ユリカさんは早くヒナギクへ、私はあの人を連れ戻してきます!」
「え、ちょ、ちょっとぉ!」
私はユリカさんの声を振り切って走り出す。
まったく、世話の焼ける人・・・
「アキトさん!」
「っ! ユキナちゃん!? ヒナギクにいったんじゃ?」
その質問に答えないままアキトさんをぶん殴る。
「アカツキさんを殴りに言ってどうするつもり!
そんなことしてもすんでしまった事は戻らないし、あんたまで死にかねないよ!」
「でもっ!」
「デモもストも無い!
いいから早く逃げるわよ。
それとも死にたいの!?」
「アンタは両親を殺されてないから!
っ! すまん・・・」
「いいわよ別に。
そんなことより、早く逃げないと」
アキトさんは少し逡巡して、
「判った」
と頷いた。
「見つけたぞ!」
「ちぃ!」
私達を捕まえようとする兵士に銃を向ける。が、それは乾いた音を出すだけだった。
弾切れ・・・それを棄て、兵士に向って走る。
「木連式柔“旋牙”」
相手の腹に手を当て、足を払いながらその掌を突き出す。
相手は頭から落ちる事になるので場合によっては死に至る事もある。
もっとも、そんな下手な投げかたする気は無いが。
私がもう一人のほうを倒そうとそっちを向いた時、後ろから何かが飛んできた。
「とりゃあ!」
「どきなっ!」
ヒカルさんが私の横にいた兵を蹴り飛ばし、イズミさんが後ろから来た兵に銃を撃つ。
「やるわね」
「どうも」
イズミさんのお褒めの言葉に短めに答える。
「行こうぜ」
うん、とリョーコさんに頷き返す。
「怖いかい?」
「大丈夫」
エステバリスが飛び出す。
通信からミスマル提督の声が聞える。
恐らく、撃ち落される心配は無いだろう。
「ふぅ・・・一段落、ね」
「あぁ。ごめんね、ユキナちゃん・・・」
「なにが?」
「さっき、酷い事言っちゃって・・・」
酷い事・・・? あぁ、あれ?
「別にいいわよ。事実、私は彼に親を殺されたわけじゃないしね。
でも、憶えておいて。私は昔、大切な人を、人たちをなくしている。
もう戻る事もできないけど、でも、今度はなくさないようにしている。
だから」
「・・・・・・・・・」
「貴方も忘れないで。奪われる事の怖さ、奪う事の怖さを。
憎しみに憎しみをぶつければ、それは周りを巻き込む闇になる。
場合によっては世界全てを破壊するかもしれない」
そこで後ろを向いて正面からアキトさんの目を見返す。
あの悲劇の引き金になった人の目を。
この歴史が、私の知っている通りになれば大量殺戮を行う人の目を。
「だから、強くなってほしい。
どんな状況になっても、大切な人を護れるだけの強さを。
もし、どうすればいいのか判らないのなら、私も教えるから」
「・・・判った。頼む」
強くなってもらう。たとえ、私が失敗しても、あの悲劇を繰り返さないために。
せめて、私を超えるくらいには。
朝、起きてからすぐにアキトさんに特訓を課す。
思ったとおりアキトさんは筋が良い。
まぁ、あの北辰と対等に闘えたらしいし・・・おかしい事ではないのだけど。
もっとも、まだ未来の北辰どころか、この時代の私にも及ばないけど。
それが終わるとすぐにアキトさんはサイゾウさんと仕込みをする。
私達はその間洗濯や掃除などの家事をする。
昼時が終わり、比較的暇な午後の時間、やっぱり特訓をする。
アキトさんだけでなく、私も少しでも未来の力を取り戻さないといけない。
そして、夜。
夜には型の鍛錬だけでなく、組み手もする。
もっとも、今のアキトさんと私では差が有り過ぎて組み手にならないのだけど。
でも、これはこれで避ける事の必要性とか、逃げる事の必要性とかを教えられるのでいいのだが。
そんな感じの生活が、大体1週間ほど続いた。
三日めからは、何故かジュンちゃんまで入ってきたけど。
それは兎も角、時間が過ぎた。
一週間程度では素人とたいして変わらない。でも、やった分だけは確実に身になる。
だから、少しでも多く、少しでも早く、私の知る全てを教え込む。
少しでも強くなってもらうために。
そしてとうとうこの日が来た。
それはアキトさんがチャーハンの合格を貰ってた時だ。
突如、コミュニケが作動した。
『昔この船は君たちの船だって言ってた人が居ました。
今そんな気持ちしてます。
この船は、私達の船です」
そこまで聞いて皆が騒ぎ出す。
「アキト! 聞いた見た如何する?」
「行く」
「いくいくぅ」
その言葉に皆が頷く。
そして舞台は再び宇宙へ。
悲しき別れの運命は・・・もうそこまで・・・
「このままでいいわけないから。俺が、俺である限り」
後書き
後書きです。今回は戦闘――機動戦じゃないけど――メインです。
ちなみに、戦闘能力はこんな感じ。
北辰(未来)10>アキト(未来)9>ユキナ(未来)8>ユキナ(過去)、北辰(過去)7>
月臣、九十九、六人衆5>アキト、ナデシコパイロット's、ジュン4>兵士2>一般人1>ルリ0,5
この話では基本的に人の限界は超えません。
理不尽な力は持ち合わせていませんし、当然昂気なんて物は有りません。
兵士でも士気が高く、なおかつ数がそろえば北辰(未来)に勝つ事も可能です。
10〜20人ほど殺されるでしょうが・・・
ちなみに数値は大体なので、一般人が10人いても北辰は殺せないでしょう。
ではまた次回。