悠久を奏でる地にて・・・
第18話『さくら亭のとある一日・・・』
―――――八月四日―――――
お昼にするにはまだ早い時間帯・・・
さくら亭の厨房に、料理に精を出す一人の男・・・アキトの姿があった。
「パティちゃん、お昼の仕込みは終わったよ」
「はい、ご苦労様。今日のおすすめは『焼き魚定食』なんだけど・・・多めに作ってくれた?」
「ああ、ちゃんと作っておいたよ」
「ならいいわ。後、小一時間もすれば本格的に忙しくなるから、今のうちに休んでおいて」
「わかった」
そういうと、アキトはカウンター内にあった椅子に座って休憩をとりながら、精力的に働くパティを見た。
パティはお昼の混雑時に備えて、テーブルを一つ一つ綺麗に拭いている。
「頑張るな・・・パティちゃん」
「このお店が生き甲斐みたいな娘だからね」
カウンターに座って手持ちの武器を磨いていたリサが、アキトの呟きに応えた。
彼女はさくら亭に長期宿泊・・・というか、半居候しているため、店にいることが何かと多い。
「しっかしまぁ・・・パティの親父とお袋さんは何を考えているのかね。娘と店ほったらかしにして旅行だなんて」
そう・・・今現在、パティの父親・・・ハイドと、母親・・・セティは、夫婦そろって旅行に出ている。
その為、さくら亭はパティが切り盛りしている状態だったのだ。
その際、ハイドはジョート・ショップに依頼を出したのだ。
『旅行に行っている間、店の手伝いをしてほしい』という・・・・
苦労をかける娘をおもんばかっての行動なのだろう。
だが・・・追記に、『料理万能な男性を望む』と書かれてあったのは、どういう思惑があったのかは不明だ。
後日・・・それを知ったパティは、要らぬお世話を!と怒っていた。顔を真っ赤にしながら・・・・・
「確か・・・新婚旅行のやり直し・・・でしたよね?」
「ああ、本人達はそういっていたね・・・・」
「嘘よ嘘」
汚れた布巾を取り替えるためにカウンターに来たパティが、アキト達の言葉を否定する。
「どういうこと?パティちゃん」
「どうもこうも・・・うちの両親、旅行に出かけたくなると、いつも『新婚旅行のやり直しだ!』って出ていくのよ。
年に一度の割合なんだけどね。ついでに言うと・・・今回ので十八回目ぐらいになるわね」
「そ、そうなんだ。でも、パティちゃんも大変だね。その間、一人で店を切り盛りしないといけないんだから」
「まぁね。でも馴れちゃったわ。今までも親がいない事なんて偶にあったし・・・
それに、今回は助っ人がいるからね、かなり楽になったわ」
奥から新しい布巾をとってきたパティは、やや奥にあるテーブルを拭き始める。それも念入りに・・・
そのテーブルは、他のテーブルとは少々作りが異なり、奇妙な違和感をかもし出している。
「ねえ、パティちゃん。どうしてそのテーブルだけ他のと違っているんだい?」
「ああ、これ?」
パティはテーブルを拭くのを止め、アキトを見る。
心なしか、その顔は嬉しそうであった。
「このテーブルはね・・・私が選んだものなんだ」
「パティちゃんが?」
「うん昔・・・もう十三、四年前になるかな。さくら亭を改装したの。
カウンターや厨房はもちろん、古くなったテーブルや椅子を全部変えたりしてね。
でもね、ちょっとしたミスがあって、注文したテーブル一式が一つ足りなかったの。
それでね、うちの父さん、店という店を走り回って同じ物を探し回ったんだけど、結局見つからなくて。
仕方無しに、よく似たテーブルを選ぼうとして・・・
その時、一緒について行った私がね、父さんにねだったの。このテーブルがいい・・・ってね。
自分の好みで選んでね。私、まだ子供だったから・・・店の美観とかわからなくて・・・・
でも、父さんも気に入っちゃって。結局、買っちゃったの」
テーブルの表面を優しく撫でるパティ。
その顔は、普段滅多に見られない、柔らかな微笑みがうかんでいた。
「パティちゃんの思い出の品か・・・パティちゃんと同じぐらいの時を、この店で過ごしているんだね」
「そうね。でも、私の方が先だから、お姉さんかな?」
「そうかもね」
アキトはパティが選んだというテーブルに見る・・・
がっしりとした作りでありながら、木の持つ独特の美しさを十二分に表に出したテーブル。
子供ながらもこのテーブルを選んだというパティは、なかなかの鑑定眼を持っていると言ってもいいだろう。
「良いテーブルだね」
「みたいね。材質は楓だって。店に来る人も全員気に入っててね。ちょっとした指定席にもなってたりするのよ」
「そうなんだ・・・」
嬉しそうに語るパティを見ていたアキト・・・その時、何かに意識を引かれるような感じを受けた。
その感じは不快なものではなかったため、アキトは逆らうことなく、そちらに眼を向けた・・・
そこには・・・テーブルの端に腰をかけた、身長三十センチくらいの小さな女の子が、
ニコニコと微笑みながら、パティを見つめている。
驚きに少々目を見開くアキト・・・
超常現象に慣れている・・・否、慣れざるをえない人生を送っているアキトといえど、本気で驚いた。
(小人?いや、まさかな・・・疲れているのか?最近、日曜も事務仕事をしているからな・・・)
目を瞑り、ゆっくりと息を吐き・・・気分を落ち着かせる。
眼の疲れを少しでも回復させようと、こめかみの辺りを軽く揉んでみたりもする・・・
そして・・・目を開け、もう一度、女の子が見えた場所に視線を向ける・・・
すると、やっぱりそこには、小さな女の子が座っていた。
(幻覚・・・じゃ無さそうだ。なら一体何なんだ?幽霊の類じゃ無さそうだし)
邪悪な気配を感じなかったため、悪意のある存在ではないことに安堵するアキト・・・
そんなアキトの視線に気がついたのか、小さな女の子は嬉しそうにアキトに向かって手を大きく振った。
女の子の可愛らしい笑顔に、アキトは自然と笑顔を浮かべる。
笑顔を向けられた女の子は、殊更嬉しそうに笑うと、ピョコンと立ち上がり、お辞儀をする。
そして・・・その姿は徐々に薄くなり、数十秒ほど経つと完全に消えてしまった。
(消えた・・・か。気配は最初から感じなかったな・・・
というか、居るのが当たり前、自然な感じがしていた・・・まるで、最初から其処に居たような・・・)
「??・・・どうしたのよ。いきなり微笑んだと思ったら急に考え事している顔するし・・・」
「・・・・・・いや、ちょっとね」
アキトは先程の現象から受けた感覚を、以前もどこかで感じた気がして、必死に思い出そうとする・・・
何か、大切な手がかりになるような気がして・・・・
しかし・・・・後少しで思い出す!というところで・・・・
「うみゃぁ!こんにちは〜!!」
元気いっぱいな声と共に、飛び込むように・・・いや、文字通り『飛び込んで』メロディが入ってきた!
メロディはアキトを見つけると、一直線に駆け寄ってきた!!
「アキトちゃん見〜っけ☆」
「やあ、こんにちは、メロディちゃん。お遣いかな?」
「うん、そうなの〜」
昼にするにはまだ早い時間帯・・・その様なときにメロディが来るのはおつかい以外に可能性は少ない。
これが、午後のおやつタイムというのであれば、また話は変わっていたのだろうが・・・
それはともかく、メロディの言葉を聞いたパティは、カウンターの中に入り、数本の酒瓶を取り出した。
「え〜っと・・・いつも通り、銘酒は『美少年』、数は三本で良いのよね」
「うみゃぁ、今日は由羅お姉ちゃんのおつかいじゃないよ〜」
「あ、そうなんだ」
メロディの抗議に苦笑しつつ、パティはカウンターに置いた酒瓶を元の位置に戻した。
今まで、メロディのおつかいとくれば『由羅のお酒を買いにくる』事だけであったため、早とちりしたのだ。
一度や二度ならば、店の対応として問題があるのだろうが・・・
もう一年近く・・・それも約十日間隔で買いにくれば、つい誤解してしまうのも仕方がないかもしれない・・・
「ごめんごめん、もうそろそろ買いに来る時期だしね。それで、一体誰のお遣いなの?」
「今日は、おじいちゃんのおつかいなの」
「ああ、カッセルじいさんね」
好奇心旺盛なメロディは、物知りなカッセル老に色々な話を聞くため、
ちょくちょく訪れているのは、アキトを初めとする仲の良い者達ならば周知のことだった。
「それで?カッセルじいさんはなんだって?」
「お昼御飯の出前なの〜、メロディも一緒に食べるの!」
「そうなんだ、じゃぁちょっと待っててね、すぐに作るから」
「うみゃぁ〜、メロディ、アキトちゃんの手作り食べたいの」
「え?俺?」
予想外のご指名に驚いたアキトは、隣にいるパティに『どうするのか?』と目で問う。
そんな無言の問いに、パティは『良いんじゃないの?』といった感じで軽く頷いた。
「じゃぁメロディちゃん、一体何が食べたいのかな?」
「メロディね、焼き魚定食が良いの〜。おじいちゃんもね、メロディと一緒で良いって」
「うん、わかった。ちょっと待っててね」
そういうと、アキトは焼き魚定食を二人前作るために、厨房へと入っていった。
メロディはカウンターに据えられた椅子に座りながら、料理が出来上がるのを嬉しそうな笑顔で待っていた。
その様子を後目に、リサはナイフを磨いていた手を休め、パティに話しかける。
「アキトに仕事とられたね、パティ」
「別に気にしてないわよ。仮にも、今厨房を任されているのはアキトなんだしね」
「ヘ〜・・・それはそうと、さっきのアレはなかなか様になっていたね」
「・・・・・・??アレって何よ。それになんなのよ、その顔は」
パティはリサのニヤ〜っとした顔に嫌な予感を覚える。
普段、その様な顔を見せないから余計にその感じは強い・・・
「いやなに、見つめ合うだけで意志疎通をするなんて・・・
まるで親父さん達を見ているみたいだねぇ・・・っと思っただけさ」
「な!?!」
パティの顔が真っ赤に染まり、一瞬、頭の中が真っ白になった。
そして、両手を無意味にバタバタさせ、必死に言葉を紡ぎ出す。
「そ、それは!!そう、仕方がないのよ!」
「なにが仕方がないんだい?」
「だ、だって!昼もそうだけど、夜になったら酔っぱらいで騒がしくなるのよ!?
言葉だってよく聞こえなくなるし・・・だから・・・・簡単な会話をする場合は自然とああなるのよ!!」
「ああ、そうなんだ」
相変わらず、ニヤニヤしながらパティの必死の言い訳を軽く聞き流すリサ。
アイ・コンタクトなどそう簡単にマスターできるものかねぇ・・・というつっこみは心の内で止めておく。
「し、信じてないわね!」
「いや、信じてるよ。アキトとパティがアイ・コンタクト出来るほどの仲になったってね」
「なんかひっかかる言い方ね・・・」
「気のせいだよ。親父さん達の狙い通りなんて微塵にも思ってないさ」
「リ、リサ、あんたねぇ〜」
別の意味で顔を真っ赤にしたパティが、握り拳を作って腕を震わせる。
その様子にリサは、ちっとからかいすぎたか。と反省する・・・同時に、すぐに動けるように腰を浮かしていた・・・
「いい加減にしないと・・・・」
「どうかしたのかい?パティちゃん」
今にも拳が繰り出される!という寸前で、厨房から出てきたアキトがパティに声をかける。
その手には、定食二人前が入っている袋があった。
いきなりのアキトの声にパティは慌てふためきながら、振り上げた拳を降ろす・・・
「な、なんでもない、気にしないで・・・」
「そう?ならいいんだけど・・・はい、メロディちゃん」
「アキトちゃん、ありがと〜。そうだ!ねぇねぇ、アキトちゃんも一緒におじいちゃんの所へ行こうよ〜」
「駄目だよ、メロディちゃん。俺は今、働いている最中だからね」
「ふみぃぃ〜〜・・・・ガッカリ・・・・・」
メロディはいかにも残念という顔をする・・・ネコミミもしょんぼりと下がり、尻尾も元気を無くして垂れる・・・
そんなメロディの姿に罪悪感を持つアキトだが、如何せん、働いている最中なのでどうしようもない。
・・・・・だったのだが、元気のないメロディを見かねたのか、パティが苦笑しながら口を出した。
「別に良いわよ、カッセルじいさんの所まで行って帰るだけならね」
「良いのかい?パティちゃん」
「此処からカッセルじいさんの所まで、往復してもそんなに時間はかからないでしょ?それまでは大丈夫よ。
それに、アキトの代わりに働いてくれそうな暇人がそこに居るから」
「・・・・・・私の事かい!?」
え!?という顔で自分を指差すリサ・・・まさに寝耳に水といったところか。
「なにか不満でも?」
「いや・・・無い」
特に不満がなかったのも本当だが・・・パティの有無を言わさぬ眼光に迫力負けをするリサ。
数々の戦場を渡り、修羅場もそれなりにくぐってきた傭兵を怯ませる眼光・・・なにげにすごい。
アキトもそんなパティの迫力に気がついていたのだが・・・
・・・それを遙かに上回る眼光の持ち主の女性を、アキトは両手の指では足りないほど知っているので、
パティの行為を恐ろしいとか思ったりはしない・・・幸か不幸かはわからないが・・・・
「それじゃあ、ちょっとの間だけカッセルさんの所に行ってくるよ。後はお願いね、パティちゃん、リサさん」
「はいはい、あまり道草しないで帰ってきなさいよ」
「わかってるって、真っ直ぐに戻ってくるから。じゃ、行こうか、メロディちゃん」
袋を持ったまま、アキトは店を出て行く。
メロディはアキトがついて来てくれるのが嬉しかったらしく、アキトにしがみついていた。
約三十分後・・・・
早めの昼食をとろうと、さくら亭にそこそこ客が入りだした。
まだ忙しくはない・・・が、その兆しが少し見えてきた感じがする。
そんなとき・・・・若い男と、年若い女性三人という一組が店内に入ってきた。
「いらっしゃい・・・おや、おかしい組み合わせだね」
「おかしいって言うことはないだろ?」
「その三人をあんたが連れているという時点で、充分おかしいんだよ。アレフ」
リナの言葉にショックをうける若い男・・・アレフ。
後ろの女性三人・・・シーラ、クレア、シェリルの三人はそんなアレフを見て、笑うのを我慢している。
「で?昼食でも食べに来たのかい?」
「ええ、午前中のお仕事が早めに終わりましたので。シーラ様と一緒に。
シェリル様とはその直後に御一緒になりまして。アレフ様とは、店の前ですけど」
「そんな事だろうと思ったよ。まぁいいさ、どこに座る?今なら大抵は空いているからね、好きに選ぶと良いよ」
「では、私はカウンターの方に」
「私も・・・そうしようかな」
「私もそうします」
女性達三人は、カウンターの空いている椅子に座った。
唯一発言しなかったアレフも、一人だけテーブルにつくのもなんだと思い、右にならってカウンター席に座った。
「あれ?今厨房にいるのはパティちゃん?アキト君はどうしたのかしら・・・」
「本当ですわね・・・ここ数日はさくら亭で働いているはずでしたけど・・・」
「アキトはメロディの注文で、カッセルじいさんの所に昼食を届けてるよ」
「そうなんですか・・・」
「アキトの足なら、そろそろ帰ってきてもおかしくないんだけどね。
ま、仕込みはアキトがやったから、ほとんどあいつの手作りみたいなもんだよ。それで?注文はなんだい?」
「俺は・・・『今日のおすすめ』を頼む」
「はいよ、アレフは『焼き魚定食』・・・ね。シーラ達は?」
「そうですわね・・・では、私は・・・・」
「いい加減にしなさいよ!!」
突如、店内に響いた女性の怒声に、クレアは言葉を途切れさせる。
他の客も、『何事か?』と、食事をする手を止め、怒声がした方向に視線を向けた・・・
そこには・・・年の頃は二十代後半と思われる二人の男女がテーブルを挟んで睨みあっていた!
「いつもいつもギャンブルにうつつをぬかして!一体何考えてるのよ!!」
「うるさい!!ギャアギャア叫くな!俺がなにをしようと勝手だろうが!!」
「勝手ですって!?それが言えるのは、迷惑をかけていない場合でしょうが!!」
「迷惑なんて誰にもかけていないだろうが!!」
「私にかけているでしょうが!!」
「いつかけた!」
「たった今、もう金がないって言っている時点でかけているでしょうが!!今月どうするのよ!!」
「生活費は渡してあるだろうが!」
「生活費だけはね!それ以外の出費はどうするのよ!宿代に乗り合い馬車の代金!
野宿するつもり!?次の町まで歩いて行く気!?体力もろくにないあんたが!!」
「体力がないのはお前もだろうが!!それくらい生活費をやりくりして出せ!」
「ギリギリの金しか無いのにどうやってやりくりしろって言うのよ!!」
「それをどうにかするのが、金の管理を任された妻の役目だろうが!!」
「それはまともに金を渡すようになってから言いなさい!!ろくでなしの宿六が!!」
「―――――!!」
「――――――――――!!」
凄まじい罵声と怒気を振りまきながら言い争う二人の男女・・・
話の内容からすると、二人は夫婦で、金の話でもめているらしい・・・・
互いに罵り合う姿は、醜いことこの上ない・・・
他の客は、遠巻きに迷惑そうな視線を向けている・・・・
「『夫婦喧嘩は犬も食わない』と言うが・・・確かに、好き好んで食いたいもんじゃないね」
「でも・・・あんなのを見ると、自分の将来に不安を持ちますね」
シェリルは夫婦の罵声を聞き、憂鬱な表情をする・・・
将来、自分も結婚してからああなるのではないか?と、不安になっているのだ。
「シェリル様、それは結婚相手次第だと思いますわ。
責任感のある立派な殿方であれば、その様な心配は無用ですわ。ねえ、シーラ様」
「クレアさんの言う通りよ、シェリルちゃん。全ての男性がそうだというわけじゃないわ。
でも・・・ああいうのを見たら、男の人に幻滅するのは仕方がないと思うけどね・・・」
シーラは今だ大声で言い争う夫婦・・・特に男を冷たい目で見る・・・
この夫婦喧嘩は、男性に非があるわけだから、当たり前と言えば当たり前だろう・・・
「んな事どうでもいいから、何とかしてくれない?これじゃあ商売あがったりよ・・・」
「そんな事言われてもねぇ・・・・」
騒がしいのを聞きつけ、厨房から出てきて様子を見ていたパティが困った顔で呟く・・・
「はぁ〜・・・・・リサ、私が女の人を押さえつけるからから、男の方をお願い」
「仕方がないね。わかった・・・・」
―――――ガタンッ!!
「あんたにはほとほと愛想が尽きたわ!!」
「こっちもだ!!」
「あんたを消してあげるわ!後腐れもないように!!」
「できるもんならやってみろ!!」
何やら物騒なことを言いながら荒々しく立ち上がった二人が、殺気を放ちながら睨みあう!!
そのまま掴み合いの大喧嘩になるか!?と、周囲は緊張する!
「ちょっとそこの二人!喧嘩なら外で―――――」
「消し飛べこのろくでなし!!」
女性が振り上げた右手の掌に、急速に魔力が集束し、尋常ではないスピードで魔力弾を形成する!!
そして、躊躇無く、至近距離にいる相方・・・自分の夫に向かって解き放った!!
ドゴォォンッ!!
魔力弾が男にぶつかって爆発を起こす!!
その際に生じた煙によって男の姿は見えなくなる・・・・
店内にいた者達は皆、身体の一部が吹き飛んだ男を想像し、顔を青ざめさせる・・・
だが・・・・・
「手加減無しだな・・・上等だ」
煙の中から、男の平然とした声が聞こえてくる・・・その直後、煙がはれ、男の無事な姿が見えた。
あれ程の爆発であるのに、怪我どころか、服に焦げ目一つすらない。
二人の一瞬の攻防を見たシェリルとクレアは、顔を青ざめさせていた。
「そんな・・・あれ程の魔力弾と防御障壁を詠唱も無しに・・・信じられない・・・」
「確かにそうですわね・・・」
シェリルはエンフィールド学園で・・・クレアは学校で魔術の基礎を学んだため、
今この夫婦がやったことの凄さが解ったのだ。
「そんな事はどうでもいいから、誰かあの人達を止めることはできないの!?」
「む、無茶言わないでください!あんな事できる人達を止められるわけないじゃないですか!!」
「そ、そうですわ、パティ様!!あれ程の魔術師、大陸全土でもそうはいません!」
「そ、そんなに凄いの?」
シェリルとクレアの迫力に圧され、パティとシーラは引きつった顔をする。
リサはといえば・・・いち早く危険を感じたため、店内にいた客を避難させている。
アレフも、女性客を最優先に店外へと避難誘導させている・・・・
ちなみに、パティ達はカウンターの影に避難している。
逃げ出すわけにはいかないパティに、シーラ達が付き合っているような形だ。
「凄いっていうものじゃありません!」
「喩えで申すのなら、アキト様とまともに闘うようなものです・・・・・・」
「マ、本気!?」
パティ達、戦闘要員の武術の師であり、ジョート・ショップ最強の男・・・
そして、今だ実力の全てを見せない人物『テンカワ アキト』とまともに闘うようなもの・・・
現実味があるのか無いのかわからない喩えながらも、その無謀さはありありと理解できる。
パティとシーラも、ようやく事態の重さを理解したのか、顔を青ざめさせた・・・
そして、パティは閃光飛び交う店内の様子を見ようと、カウンターから頭を半分ほど出す・・・
「この!!」
「へ、当たるか!」
女性が放った魔力弾を、男は余裕綽々で避ける。体術でもそこそこの腕前らしい。
目標を見失った魔力弾はそのまま直進し、床に衝突し、一部を木っ端微塵に破壊する!
狙ったわけではないのだろうが、そこはあの楓のテーブルのすぐ真横であった!
もし後数十センチ横だったら・・・テーブルは薪の燃料程度にしかならないくらい破壊されていただろう・・・・
それを想像したパティは、ますます顔を青ざめさせ、カウンターを乗り越えてテーブルに向かって走る!
「バカ!止せ!」
「アレフの言うとおりだ!すぐに隠れろ、パティ!!」
だが、アレフとリサの制止虚しく、パティはテーブルに駆け寄り、物影に動かそうとする。
―――――その時!!
「パティちゃん逃げて!!」
シーラの大声に驚き、パティは後ろを振り返る!
直後、パティの眼前で凄まじい閃光が生じ、店内にいる者達の目を一時的に眩ませた!!