「さぁ、どっからでもかかってきやがれ!!」

「なら、遠慮なく!見えない刃に斬られなさい!白虎・神爪斬!!」」

 

 

司狼の挑発にのるかのように、長刀なぎなた『白虎』を横に一閃させる瑞穂!!

それによって発生した重力の刃が司狼に襲いかかる!

しかも、一薙ぎしただけにもかかわらず、その不可視の刃は五つも放たれていた!!

 

 

「確かに、重力の刃は見え難いがな・・・」

 

 

司狼は五つの重力刃を、ステップを織り交ぜた軽い動きだけで避ける!

その様子はまるで、舞い落ちる羽毛か枯れ葉のようだった。

 

 

「必要以上に篭められたお前の殺気が、明確に位置を報せてるんだよ。

それとな、俺にとってはどうでもいいんだが、技を放つときは位置とか場所とかに気をつけろよ」

 

 

狙った対象に避けられた重力の刃は、そのまま直線に突き進み、司狼の後方にいた清十郎に襲いかかる!!

 

 

「ふんっ!」

 

 

多少驚きはしたものの、清十郎は炎を纏った朱雀の一振りで重力刃を斬り裂く!!

 

今のやりとりで、司狼は瑞穂が個人戦闘の経験しかないことに気がついた。

もし、今まで二人以上で戦ったことがあるのなら、今の攻撃は遠距離ではなく、斬撃にしていただろう。

 

(ま、それも仕方ねぇだろうな。神代の宗主は子供を溺愛していたし。

そもそも『白虎』なんて持ってたら、大抵一人で片がついてしまうだろうしな・・・

なにより、周囲の奴等が弱すぎて、あいつについていけないんだろうな)

 

 

「考え事とは良い身分だな!!」

「ご忠告どうも。ついでに言うなら、不意打ちは黙ってやれよ」

 

 

背後からの清十郎の斬撃を、司狼は振り返らないまま横に跳んで避ける。

振り下ろされた朱雀はそのまま地面を斬り裂き、纏う業火が一定の大地を熔岩に変えた!

 

 

「うわ、熱そう…」

「それですんだらいいんだけどね。あの熱量だっら、人なんかあっと言う間に蒸発しちゃうよ?」

「岩が溶けちゃってるもんね…相手をする司狼も大変ね」

「そうだね」

 

「お前ら気楽に言うな、気楽に…その状態でそんな事言われたらやる気が削がれる」

 

 

おまけのフォークで桃缶を食べているアキトとパティの気楽な言葉に、

司狼は苦笑と呆れが微妙に混じった顔で、投げやりに言葉を返す。

 

 

「いつまでも巫山戯てんじゃないわよ!!」

 

 

長刀なぎなたを水平に構えた瑞穂が、司狼に向かって突進する!

しかも、その速さは尋常ではなく、まるで彗星か弾丸のようであった!

 

(速さの秘密は白虎の能力か…一歩で数メートルを駆けてやがる。

重力加速ってヤツか?俺はてっきり、重くしたり軽くしたりするだけだと思ってたぜ)

 

瑞穂の走りを見ておおよその見当をつける司狼。事実、その考えは当たっていた。

白虎の能力は『重力の操作』…今の瑞穂には真後ろから、通常の数倍の重力がかかるように力を使っている。

いわば、倍の落下速度に、自らの脚力を足しているのだ。

 

 

その力をもちて貫け!白虎・流星衝!!

 

 

長刀なぎなた『白虎』より白き光が放たれ、まさしくその様は流星さながらの姿だった!

その光は白虎の力そのもの。これで、ただの突進から凄まじい必殺技へと昇華したのだ。

 

(ま、確かに凄いが…威力は高くても、ただ突進する技なんて避けたら意味ないな)

 

司狼は右に向かって跳び、瑞穂の技の軌道上から退避する。

 

しかし!!

 

 

「甘く見るんじゃないわよ!!」

 

 

そう言うと、瑞穂は一際強く大地を蹴る!!

するとその一歩で、軌道は冗談のように折れ・・曲がり、司狼のいる方向へと変わった!!

 

おそらくは、大地を蹴った時に自分にかかる重力の向きを変えたのだろうが、

あのスピードで、六十度以上の急角度で方向転換するという行為は、どう考えても無茶苦茶だ。

 

 

「非常識な真似しやがって!」

 

 

司狼は瑞穂に向かって刀を振りかぶる―――――が!

何処からか飛来した四本の紅い糸が、司狼の四肢に絡みつき、束縛する!!

司狼が素早くその紅い糸の元を目で追うと、そこは清十郎の持つ『朱雀』の赤い刀身から放たれていた!

 

(朱雀の炎を集束して作ったのか!冷気を纏って深雪の加護がなかったら、手足が灼き切れてたぞ!)

 

司狼は状況を拙く思いながらも、素早く自分を束縛する炎の糸を切断しようと刀を振るおうとする。

 

―――――が!!

 

 

遅い!朱雀・くれない 糸桜いとざくら!!

 

 

紅い糸が内包していた力を解放して、凄まじい劫火を発し、司狼を中心にして一本の火柱を形成する!

 

 

「これで、終わりよ!!」

 

 

そして、瑞穂は劫火にも怯まず、些かもスピードを緩めることなく、

炎越しに見える司狼の人影に向かって、一直線に突進する!!

 

凄まじいスピードと、全体を覆う白虎の力があれば、傷一つ負うことなく、司狼ごと炎を貫けるだろう!

 

 

「京志郎!神の代行者たる我が一族に逆らった事、あの世で悔やむがいい!!」

 

 

最後の一足で更にスピードを上げた瑞穂は、炎の中の司狼に向かって、白く輝く長刀なぎなた『白虎』を繰り出した!!

その刃は炎もろとも、司狼の身体に大きな風穴を開ける―――――はずだった!!

 

―――――しかし!

 

 

 

ガキィィーーンッ!!

 

 

白い輝きを放つ『白虎』の刃は、炎の中に入った直後、硬く澄んだ音と共に静止した!!

それと共に、発生した衝撃波に炎は散らされ、その中身が周囲に晒される。

 

 

そこには、司狼を内包した高さ二メートル半ほどの氷柱が鎮座していた!!

『白虎』の刃は、その氷柱の表面に突き当たり、止められたのだ!

 

 

「そんなっ!!」

 

 

渾身の一撃をもってしても砕けず、それどころか傷一つつける事すらできなかったことに、驚愕する瑞穂!!

清十郎も、あの劫火の前に溶けている様子すら見せない氷に、半ば愕然とした。

 

そんな二人の目の前で、氷柱は一瞬で霧のようになって消え去り、中にいた司狼を外に出した。

 

 

「相羽流・封神剣『氷晶鎧ひょうしょうがい』・・・文字通り、氷の鎧ってヤツだ。

しかしまぁ、正直あせったぜ…マジでやばいと思ったからな。少々本気を出しちまったぜ。

瑞穂が連携が苦手そうだから、そこを突いてやろうと思ったんだが、清十郎あんたはそうでもなかったんだな」

 

 

いや〜、油断しているなんて、俺もまだまだだな。などと軽く呟いている司狼に対し、

瑞穂と清十郎は内心穏やかではなかった。

 

動きを封じることが目的だった清十郎はともかく、

今の状態で出せる最高の力を使った渾身の一撃を完全に防がれた瑞穂は半ば呆然としていた…

 

 

(私の渾身の一撃が、京志郎を…それどころか、氷の表面に傷一つつけることなく、止められるなんて…)

 

「さすが…というべきだな」

 

 

清十郎の思わぬ賞賛の言葉に、瑞穂は我が耳を疑う。

しかし、それも一瞬だけ…

 

 

「素晴らしい能力ちからだ。さすがは神代家の伝わる神器じんぎ・・・かみうつわとなる刀。

貴様程度の扱い手でも、封印されている存在の力を十二分に発揮できるとはな」

 

 

続けられる清十郎の言葉に、瑞穂の心は落ち着きを取り戻す。

自分を越える力は、あの神器によるもの…と、自分の心に納得させたのだ。

 

 

「確かに、大したものね…さすが、四神刀のオリジナル…と言った所かしら。

武器に封印したままでは、能力や力を二割ほどしか引き出せない四神刀とは大違いだわ」

 

 

瑞穂の言う通り、二人が持つ四神刀はそのままでは全力の二割ほどしか力を引き出せない。

武器より力を引き出すための扉…正確には、放出口が小さいからだ。

唯一の例外は司狼の持つ刀、『真の神器』のみ。瑞穂達は、その差が今の戦闘の差だと思っているのだ。

 

 

「でも、それならば話は早いわ。このままじゃ勝てないのなら、全力を出せるようにするだけよ!」

 

 

瑞穂の持つ長刀なぎなたの刀身より、無数の白い光の粒子が溢れ出し始める!

それと同時に、填め込まれていた同色の宝玉が、眩いほどの光を放つ!!

 

それを見た清十郎は軽く嘆息すると、

 

 

「致し方がない。こやつ相手に使うのは『屈辱』。だが、『敗北』の二文字よりはましか」

 

 

瑞穂の『白虎』同様、『朱雀』の刀身より、無数の赤い燐光が溢れ出し始める!

そして、これも同様、柄に填め込まれていた赤い宝玉が眩い光を放つ!!

 

 

「光栄に思うがいい、相羽 司狼…貴様に、神を見せてやる。

我が前に現れ出よ!炎を纏いし真紅の神獣、朱雀よ!」

 

 

 

清十郎の頭上に収束した赤い粒子が空間を低く鳴動させながら大きく渦巻く!

そして、赤い粒子の渦は急速に広がり、炎の鳥『朱雀』へと姿を変えた!!

 

その隣では、瑞穂の前で渦巻く白い粒子が急速に形を取り始め、

光の如き白亜と闇の如き漆黒の二種類の毛並みを持った、巨大な虎へと変状しているのが、司狼の目に入った。

 

 

「『朱雀』に『白虎』か…こうやって見るのは初めてだな。

確かに凄いぜ…凄まじいまでの霊気ちからの波動で肌がビリビリしやがる」

 

 

朱雀と白虎の二神は、凄まじい咆哮を上げる。

だが、その咆哮の向ける先は―――――自らが宿る武器を持つ、清十郎と瑞穂にだった!!

 

 

「―――――っ!」

「どうなってるの?」

 

 

敵である司狼にならまだしも、主であるはずの二人に向ける咆哮に、アキトとパティは驚く。

 

 

「怒ってるんだよ。自分達を無理矢理に封印する連中にな。

それよりも、もっと離れてた方がいいぜ…これから先は、本気マジで危ないからな」

 

 

司狼は二人に振り向かないまま、朱雀達から目を逸らさずに答える。

アキト達からはその顔は見えないが、なぜか悲しそうな表情をしているような気がした。

 

 

「白虎!私の命に従いなさい!!」

「朱雀よ!我に従属し、意のままに動け!!」

 

 

瑞穂の白い宝玉、清十郎の赤い宝玉が輝くと、白虎と朱雀の身体に同色の雷が走る!

その雷に、朱雀と白虎は苦悶の咆哮を上げながら身を激しく捩った!

 

それは、端で聞いている者の方が苦しくなるような、苦痛に満ちた咆哮であった。

 

 

「神隷珠…そんなモノで神を隷属させて、何が『神の名を冠する一族』だ!

お前達には聞こえないのか!朱雀達の悲痛な咆哮が!!」

 

 

凄まじいほどの怒声をあげる司狼!!

普段は飄々とした雰囲気を纏っている司狼が突如見せた激昂は、より一層激しさを感じさせる!

 

そんな怒る司狼に、清十郎は冷たい眼差しを向け、鼻で笑った。

 

 

神代かみしろとは、『行者』の意。

そして『四神』は、四神相応の地の理に従い、我らの国の首都を護る存在。

ならば、国を護る神代家の者が四神を扱うに事に不都合などない。それに、神の意志は人とは異なっている。

神にとっては些細に思える犠牲でも、我ら人にとっては絶大な被害の場合もある。

そのような力、制御をしておかないと、こちらが滅びかねん…貴様とて知っておろうが」

 

「ああ、そう教えられていたな…気にくわなかった教えだったけど、憶えていた。

そして、それが本当のことだと思っていたさ。

あの時まで…この刀に残されていた記憶を、深雪が教えてくれるまではな」

 

 

司狼は持っている刀…『深雪』の全体が見えるように清十郎達に向けた。

 

 

「神威 清十郎。あんたはこの神器は一体何なのか、知っているか?」

 

「……四神の太刀の原型オリジナルにして、真の神の器たりえる刀。

如何なる強力な神をも内包できる許容量キャパシティをもち、封印したままでも、その力を全力で扱う事ができる。

そして、貴様が盗み出した神代家宗主、及び次期宗主の証だ」

 

「ああ、その通りだ。最初から最後まで否定しないさ。事実だからな」

「一体何が言いたいのよ!!」

 

 

司狼の勿体ぶった言い方が気にくわないのか、瑞穂が苛立たしげな声をあげた。

支配を受けている白虎も影響を受けているのか、司狼に対して低い唸り声を上げている。

 

 

「なら訊くがよ…この刀には、なぜ神が宿っていなかった?」

「それは、百数十年前、その時の宗主が継承時に、封印されていた神を間違って解放してしまったから…」

 

「そうかい…なら、それを前提で話を進める。

かつて、この刀に何らかの神を封印していた。なら、なぜこれには穴が空いていない・・・・・・・・?」

 

「……―――――!!」

 

 

一瞬、理解できなかった瑞穂だが、すぐさま何を言いたいのかを理解した。

 

すなわち、神を封印していたのなら、なぜ神隷珠を填め込む箇所がないのか。

神を隷従させるための呪法具『神隷珠』…その宝珠があるからこそ、自分は神を封印し、力を制御できるのだ。

本家にある他の神剣、魔剣にも、大小の違いはあれ、同じように霊珠が填め込まれている。

 

填め込む場所がない…すなわち、填め込む必要がない。

それは、神代の掲げる神を隷属させる理由に反するのだ。

 

 

「こいつにはな、穴なんか空いている必要なかったんだよ。

これには神が封印されていたんじゃない、宿っていたんだ。

そして、これになにも宿っていなかった理由…それはな、見捨てたんだよ。

力を貸してくれる神への恩恵を忘れ、果ては魔術で逃げ出さないように隷属させた神代一族をな!」

 

 

「う、嘘よ!大体、なんであんたがそんな事を知っているのよ!」

 

「最初に言っただろうが…これに宿った深雪が教えてくれたってな。

この中には、最後に宿った神・・・建御雷たけみかずちからのメッセージが残っていたのさ。

何時の日か、神との絆を取り戻し、自分のメッセージに気づいてくれる日が来るように…

恐怖を感じる必要はない。強い信頼と絆があれば、我らは決して裏切らない……ってな」

 

 

神代の神器は、本来、受け継がれる度に宿る神が変わってゆく。

それは、先の持ち主が宗主から下りる際、宿る神との契約を解除し、

次なる当主が、神卸しの技によって神を降臨させ、契約を結んで武器に宿ってもらうからだ。

 

だが…神代一族はその神との絆と、信頼を忘れてしまった。いや、裏切った。

凄まじい神の力を誰よりも知っていたが故に、その力を恐れたのだ。

いつか、未熟な誰かが神の力を暴走させ、災害を起こすかもしれない……

その恐怖にかられ、神隷珠安全弁を取り付けたのだ。

 

 

「とはいっても、俺は金輪際、神代家と関わるつもりもなかったから、なんとかするつもりはなかった。

だから、俺は『深雪』を滅多なことでは使用せず、お前達の情報網にひっかからないようにしてたんだよ」

 

「逃げ回っていた…の間違いだろうが。

確かに、最近まで貴様の行方は掴めなかったがな」

 

 

清十郎の言葉に、アキトは心の内だけで舌打ちする。

司狼が見つけられたのは、間違いなく『竜殺しドラゴン・スレイヤー』の称号云々の所為だろう。

あの事件のきっかけは、フォスター親子の仲違いから始まったとは言え、

シャドウが裏で糸を引いていた以上、大半の原因は自分にあるようなもの…と考えていたのだ。

 

 

「どちらかっていうと、面倒くさいだけだったんだけどな。

まぁ、いつかはこういう時が来ると思ってたんだ。腹はくくっていたよ…深雪を使うことを決めた時にな」

 

「いつも逃げ回っていた貴様にしては、いい覚悟だ。

その覚悟に免じて、苦しまぬように一瞬で消してやろう…神の力でな!」

 

 

清十郎が強く刀を握ると同時に、頭上にいた朱雀も雄叫びを上げ、身に纏う炎をより一層強める!!

 

先の戦いで、大地に張った氷も、その灼熱の炎により、水になる前に一瞬で蒸発してしまう!

危険を感じ遠くに離れたアキト達でさえ、その炎の余波で肌が焼け付くような感じを受けていた。

 

 

「先程、貴様は言ったな…恐怖を感じる必要はない。強い信頼と、絆があれば神は裏切らない…と。

この強大な存在を目の当たりにしても、貴様は恐怖を感じず、まったく同じ事を言えるか!!」

 

 

朱雀の炎が更に強くなり、放たれる霊気オーラも周囲の空間を震わせる!

人が制御するレベルでこれならば、確かに、暴走すれば未曾有の災害を引き起こしかねない!!

 

 

「ああ、何度でも言ってやる。人であれ神であれ、強い信頼があれば、裏切りはしない。

もし、それでも裏切られるのなら、その信頼は偽りか、自分自身に問題があるだけだ」

 

 

清十郎を…そして、朱雀を真正面から見据えて断言する司狼。

その瞳には、一切の迷い、後悔などが含まれていない。

 

だが……

 

(洒落にならねぇな。人に操られたままの朱雀が、ここまで凄まじいとは思ってなかったぜ…

相手清十郎の精神力を過小評価し少々なめすぎだったな。しかも、白虎もう一匹いるし…さすがに、俺でも勝てねぇかもな)

 

それとは裏腹に、内心では少々焦っていた。

朱雀と白虎の力、そして自分の力…どのように見積もっても、勝率が五分どころか三分にもとどかない。

小細工を労した結果が三分以下……純粋な力勝負では、相手にもならない。

 

今の自分の扱う程度の力では……

司狼は軽く溜息を吐き、苦笑しながら右手に持つ刀を強く握りしめた。

 

 

「仕方がねぇ。本当ならやりたくなかったんだが……

最低でも、養父おやじに借りを返すまで死ねねぇからな…本気を出してやるぜ」

 

 

司狼が纏っていた冷気が、緩やかに、そして確実に広がりはじめ、支配する空間を増やして行く!

周囲の空間は、朱雀が放つ熱波により灼熱しているのにも関わらずに。

 

 

「面白い。せいぜい無駄に足掻いて見せろ!」

「良いぜ、見せてやるよ……神代家が失った、真の封神剣ってヤツをな!」

 

 

自らの精神力を糧に、深雪の力をさらに借り受けようとする司狼。

だが、その前に、頭にいつも聞いている声が響き、その動きを止めた。

 

 

《司狼…ここは、私に任せてくれませんか?》

(深雪…すまないが、黙っててくれ。これは俺の不始末だ。こんな下らないことに、お前を巻き込みたくない)

《私は、貴方と共に歩む者…貴方の苦しみは私の苦しみ。私にも、手伝わせてください》

(……ありがとう、深雪。力を貸してくれるか?あいつらを助けるために!)

 

《存分に。我が力、貴方の意のままに振るいましょう。我が君よ……》

 

「行くぞ…深雪!!」

 

 

突如、司狼の隣に小さな冷気の竜巻が発生し、その中心より一人の少女が姿を現した。

外見年齢は十六前後。透き通るような白銀の髪に、漆黒の瞳。

そして、白い東方の衣服…着物を着た、人とは思えない美しさを持った少女。

それは、以前火竜ファイアー・ドラゴンと戦った際に姿を現した少女…深雪だった。

 

深雪は司狼と寄り添うように立つと、静かに朱雀と白虎を見据える。

 

 

「それが神器に宿っている存在か…見たところ、氷女こおりめの一種か。

通常よりも遙かに力を持っているようだが、それも神の前には無に等しい」

 

「そういや、深雪の見た目って氷女こおりめみたいだな…」

「そうなんですか?私の服装とかは、初めて貴方と会った時の、意識を受けてできたものですからね」

「そうだったっけか?」

「ええ」

 

 

清十郎の言葉をほとんど無視し、穏やかに談笑する司狼と深雪。

明らかな挑発行為と解っていながらも、清十郎は怒りを止められなかった!

 

 

「朱雀!奴等を吹き飛ばせ!」

 

 

清十郎の命令に、朱雀は大きく鳴くと、翼を一振りし、灼熱の衝撃波を放つ!!

劫火の翼より放たれた衝撃波は凄まじく、人など一瞬で灼き殺せるほどのエネルギーを秘めている!

 

―――――しかし!!

 

 

「この程度では、私はおろか、身に纏う冷気ですら吹き飛ばせませんよ」

 

 

深雪と司狼の周囲に漂う冷気に完璧に遮られてしまう!

 

決して、灼熱の衝撃波が弱いわけではない。

その証拠に、冷気の範囲外の大地は、衝撃波に含まれる熱に、赤く灼熱しているほどだった!

 

 

「なら、私が吹き飛ばしてあげるわ!吠えなさい、白虎!!」

 

ウウウウウウ………ガァッ!!」

 

 

瑞穂の命令に、暫し唸り声を上げた後、雄叫びを上げる白虎!!

その咆哮には力が含まれているのか、凄まじい波動が司狼達に向かって放たれる!

 

 

「天をも震わせる白虎の咆哮か」

「大きな鳴き声ですね…はっきり言って五月蠅いです」

 

 

深雪は右手で耳を軽く押さえながら、迷惑そうに白虎の軽く睨んだ直後、

深雪達を包むように薄い氷の膜が発生し、音を遮断する。

 

しかし、それほどの防御力はないらしく、すぐ後に襲いかかってきた波動によって粉々に打ち砕かれた!

 

だが、深雪は大して気にした様子は見せず…

 

 

「まぁ、音を遮るためでしたからね。当然といえば、当然ですか」

 

 

と、平然と呟く。

 

それを聞いた瑞穂は、カッ!と頭に血が上るのを感じた!

自分の操る白虎の咆哮波を、騒音を防ぐついでに防御したと言わんばかりの言動に、

あからさまに馬鹿にされたと思ったのだ。

 

 

「怒っている最中で悪いがよ。まだ、お前の答えを聞いていないんだが?」

「なにがよ!」

 

「清十郎は、神代の教え…神を封印して隷属、力を制御するのが正しいと言う答えを示した。

お前は、どうなんだ?やっぱり、神代の教えを盲信するのか?」

 

「そんな事知った事じゃないわよ。確かに、あんたの言葉を聞いて狼狽えたけど…

結局、神隷珠を介してとは言え、白虎を従えたのは私自身の精神力によるもの。

私の実力で従えた以上、白虎を扱うのは勝者としての当然の権利よ!」

 

「至極真っ当な意見だ。俺もその意見は認めるし、お前の言うとおり、当然の権利だと思う。

ただし、それが神隷珠を使っていなければ…だ。

お前は知らなさすぎる。神隷珠がどれ程神に影響力を持ち、苦痛を与えるのかをな」

 

 

やはり、やるしかないか…と司狼は小さく呟くと、大きく深呼吸をし、

傍に立つ深雪に顔を向け、静かに頼んだ。

 

 

「深雪、朱雀と白虎の動きを止めてくれ。無茶を言うようで悪いが、できるだけ無傷で頼む」

「ええ。本来の力は出せないけど…あの程度なら、何とかなるわ。安心して」

 

 

あの程度…四神である白虎や朱雀を前に、そう断言するのは、はたして余裕か、それともはったりか?

 

そのどちらかは判断付かないが、少なくとも挑発と受け取った瑞穂は、

いったん鎮火していた怒りの炎が、前にも増して燃え上がった!!

 

 

「齢五百年を超える白虎を相手に、その程度ですって!?いい度胸じゃない!!

白虎の力で塵も残さず消滅させてあげるわ!!白虎!!」

 

 

低い唸り声を上げる白虎!

見た目には、深雪と司狼を威嚇しているような体勢をしているが、

空間を歪ませるほどの重力の発生と力の高まりに、それが威嚇などではないことがすぐに知れる。

 

それと同時に、一言も発していない清十郎も、同様に朱雀の力を高めていた。

少なくとも、清十郎は深雪の力を過小評価していないらしい。いや、止めたというべきなのだろうか?

 

 

「喰らいなさい!私の最大最強奥義!!白虎・黒無閃!!

 

 

大きくあぎとを開けた白虎の口から、黒い色の閃光が放たれる!!

その凄まじいエネルギー故か、進む先から大地は陥没し、空間が歪む!!

 

 

「まさか、重力波砲グラビティー・ブラストか!?!」

 

 

白虎が放った重力波砲グラビティー・ブラストを見て驚くアキト!

先に見た重力操作から、薄々と予感はしていたが、やはり目の当たりにして驚いたのだろう。

更に、アキトが視た限り、白虎の重力波砲グラビティー・ブラストは、携帯用DFSでの秘剣以上のエネルギーを内包している!

 

正直、アキトは司狼の立場だったら、受け止めず、回避することを選んだだろう。

 

しかし!事はアキトの想像を簡単に上回っていた!!

 

 

「なっ?!?!」

「バカな!!」

 

 

今、目の前で起きた現象にアキトと瑞穂が驚愕の声をあげる!

 

 

「まぁ、この程度ですよね、人が制御できる限界レベルは…」

 

 

左手をかざして集束した重力グラビティー・ブラストを凍らせながら呟く深雪!

 

岩や水といった物質的なもの、譲歩しても炎なら、目の前の現象を納得できただろう。

だが、一体何処の誰が、重力エネルギーそのものを凍らせられると思うだろうか!!

 

自分の放った技を凍らされたショックから、呆然とする瑞穂。

 

 

「ならば、朱雀と白虎の力、同時ならどうだ!!

灰すらも残さず消え去れ!!朱雀・炎翔千派!!

 

 

朱雀の炎の翼が深雪達に向かって振るわれ、数百もの炎の羽根が襲いかかる!!

 

 

「どうする?俺が斬り払うか?」

「貴方の出番は最後じゃないですか。アレの相手は私に任せてください」

 

 

そういうと、左手で重力波砲グラビティー・ブラストを凍らせながら、空いている右手を焔の羽根の群に向かって一振りする。

ただそれだけで、数百あった炎の羽根は一瞬で凍りつき、粉々に砕け散った!!

 

 

「さすが深雪」

「誉めるのは早いですよ。真打ちが来ます」

「ああ、解ってるって」

 

 

頷きながら、深雪の見ている方向に顔を向ける司狼。

そこには、胸の辺りに炎を集束し、凄まじいプラズマを幾重にも纏う光球を作り上げている朱雀の姿があった!!

 

 

「どうするつもりだ?」

「とりあえず…受け止めるのも面倒なので、跳ね返しましょうか」

 

 

そう言うと同時に、朱雀の光球は放たれ、レーザーの如く空間に軌跡を描きながら飛翔する!

深雪も、朱雀に向かって右手をかざし、表面が鏡の如く磨き上げられた氷の円盾を作り上げた!!

 

収束された炎は氷の円盾に真正面から衝突し、光が鏡に反射するが如く跳ね返される!!

反射した光球は、自らが描いた軌跡を逆さに辿り、朱雀に衝突して消滅した!!

 

 

「なにっ!?!」

 

 

まさか本当に跳ね返されるとは思ってもいなかったのだろう。

清十郎は驚愕の眼差しで深雪と、深雪の作り上げた鏡の氷盾を見ていた。

 

白虎の重力波砲グラビティー・ブラストと朱雀の炎の羽根と集束球の二連撃!

そのどれもが秘奥義なのに、司狼の操る深雪は片手で防いでしまった。

 

それはつまり、深雪は四神よりも遙かに高位の存在という事実に他ならない!

 

 

「御免なさいね、朱雀さんに白虎さん。ちょっと苦しいかも知れないけど、我慢してね」

 

 

そう言いながら深雪が朱雀と白虎に手を向けた瞬間!

朱雀と白虎を冷気の風が通りすぎ、二神が硬直したように動きを止めた!!

大地に立っている白虎はともかく、朱雀は空に浮いたままで!!

 

 

「白虎!動きなさい、白虎!!クッ!貴方、一体何やったのよ!!」

「周囲の空間ごと、空間凍結しただけです」

「空間―――――凍結!?」

「ええ、これで、白虎と朱雀は貴方達の制御より一時的に解放されました」

「な…そんな……司狼!一体ソレは何なのよ!?空間を凍結するなんて、氷女じゃないの」

「ソレとはひどい言い方ですね」

「うるさい!あんたは一体何なのよ!!朱雀や白虎を超える力を持つなんて、普通じゃないわ!」

「それはそうですよ。一応、神の端くれなんですから。至極不本意ですけど…」

「か、神ですって!?」

 

「ええ。そこの朱雀や白虎の様な自然のことわりによって生まれた自然神ではなく、

世界の誕生と共に生まれた…今風で言うと、『古き神々エンシェント・ゴッド』ですか?その一人です」

 

「確かに…古き神々エンシェント・ゴッドならば、その凄まじい力は納得できる。

だが、古き神々のほとんどは太古の厄災オールド・ハザードにより滅んだと伝承にある。

なのに、どうしてこの世界にいて、そやつに使役されている!!」

 

「私は司狼と出会うまで、背負わされた役目の為に眠らされ、世界にすら忘れ去られた名も無き存在。

故に、自身は古き神々エンシェント・ゴッドの生まれであっても、私には何の関係もありません。

そして、最初から司狼が言っている通り、私は司狼と共に歩む相棒パートナー。使役などされていません」

 

「納得できないわよ!何でそんなヤツに、あんたほどの存在がついているのよ!

そいつは、お兄様の妾に酷いことをして、自殺に追い込んだどころか、お兄様自身にも暴行した奴なのよ!!

それなのに何で―――――ッ!!

 

 

言葉の途中で感じた凄まじい殺気に身を竦める瑞穂!!

その殺気の発生源である司狼は…愉快そうに笑っていた。

 

 

「ハハハハ!俺が…彼女を…美雪を自殺に追い込んだ?

あまつさえ、美雪があの糞野郎の妾?ハハハハハハッ!!面白い冗談だな。

清十郎、一体どう言うことになってるんだ?教えてくれよ…教えろっつってんだろうがぁ!!」

 

 

叫び声と共に放たれる怒りの気迫が、衝撃波のように広がる!!

その殺気、怒気に、直接向けられていないパティですら、寒気を感じていた。

アキトも、精神面世界アストラル・サイドを渡って伝わってくる司狼の悲しみと怒りの波動を赤竜の力越しに感じ、心を痛める。

 

 

「貴様に教えることはなにもな―――――」

「だったら死ぬか、あぁ?」

 

 

一瞬で清十郎の懐に入った司狼は、胸ぐらを掴んで持ち上げ、喉元に刀を突きつける!

その目は狂気に近い光があり、その言葉が嘘偽りでないことを、如実に伝えていた!!

清十郎は、刀で司狼を切り払おうと手に力を篭めたが、喉元まで紙一重まで近づけられた刃に動きを止めた。

 

―――――その時、

 

 

「止めてください、司狼……」

 

 

いつの間にかに傍まで近寄った深雪が、司狼の手に自分の手を重ねた。

そんな深雪を煩わしそうに見た司狼だったが、深雪の悲しげな表情を見て、知らずの内に殺気が鎮まってゆく…

それと同時に、手に入っていた力も抜け、ゆっくりとだが、突きつけていた刀を下ろしていった。

 

 

「悪かった。ちょっと、昔を思い出してな……」

 

 

掴んでいた清十郎を突き放しながら、昔…まだ、神威 京志郎という名だった頃を思い出していた。

彼女…美雪愛しき人との、嬉しい出会いと、悲しき別れの思い出を……

 

 

「貴方の悲しみは私の悲しみ…一人で全てを抱えないで」

「ありがとう。冷静に考えれば、答えなんて解りきっているのにな、俺もまだまだだな…」

 

 

瑞穂の言葉にあっさりと冷静さを失った自分に苦笑しながら、司狼は清十郎達との間合いを開けた。

その距離、約十五メートル…三人とも、後数歩で必殺の間合いに入るといった、絶妙な距離だった。

 

 

「深雪、刀を元の状態に戻してくれ」

「しかし……」

「かまわない、やってくれ」

「………わかりました」

 

 

司狼の持つ刀の刀身より放たれていた冷気が徐々に弱くなり…最後には完全に止まった。

深雪の意思により、刀との繋がりを一時的に封印し、普通の状態に戻したのだろう。

 

 

「これで、俺の武器はただの頑丈な刀になった。

それに対し、あんた達の武器は、神隷珠を通して力がまだ使えるはずだな」

 

「何が言いたい」

 

「これで最後だ。次の一撃で、俺はあんた達の全てを上回ることを証明する。

そして、技・力・神代家の間違った信念。それ全てを己が実力だけで否定する。あんた達も覚悟を決めろ」

 

 

司狼は刀を鞘に収め、柄に手をかけたまま構えをとる。

抜刀術の体勢……先の言葉通り、ただ一撃に賭ける、必殺の構えだ。

 

 

「ば、馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!そんなんで私達に勝とうなんて」

「落ち着きなされ、瑞穂殿。その言葉は、勝ってからで充分。今はこの者を倒すことだけを考えるのです」

「〜〜〜っ!わかったわ!!清十郎さん。全力で、真正面からこいつを倒します!いいわね!!」

「承知。正面からこの者を倒します!!」

 

 

清十郎の刀の刀身に紅蓮の炎が、瑞穂の長刀の刀身周囲には高圧重力が展開される!!

それを確認した司狼は内心で冷や汗をかきつつ、ほくそ笑んでいた!

 

(やはり、プライドを刺激した甲斐があったな。真正面からの戦いに持ち込めた。

正直、やれる可能性は未知数。やってみなけりゃわかんねぇって処か…

だが、譲ることは出来ない……過去に対する、俺自身のけじめとして!

ただ無心で、己の最高奥義を叩き込むのみ!!後は野となれ山とどうとでもなれ、だ!)

 

 

覚悟を決めると同時に、司狼の瞳に、強い決意の光が灯った!

 

 

(その三に続く…)