NADESICO
-COOL-






 アマテラス近傍空間にステルスシステムを最大に稼動させてどこかナデシコシリーズを思わせる優美な艦形を持った白い戦艦が一隻浮かんでいた。ネルガル所属OOBS試験艦ユーチャリス。ナデシコBにおいて提示されたそのコンセプトを限りなく推し進め、その乗員は僅かに五人だった。ブリッジにオペレータと操舵士の二人、ハンガーで待機する二機の機動兵器のパイロットシートにて待機するパイロット二人、そして現存する艦艇ではこのユーチャリスのみに存在するとある特殊目的の一室に待機する者一名。便宜的に操舵士が艦長代理である。

「ラピス、パッシブセンサー最大、付近の艦隊の配置情報を収集して。アクティブセンサーはまだいいわ。アキト君、月臣君、ドクターはまだ待機。出番は近いからしっかり集中してね」
「「「「了解」」」」

 その艦長代理兼操舵士であるエリナの指示に全員が短く答えた。

「センサーに感あり。ボゾン粒子濃度上昇、大質量物体のボゾンジャンプを検知。識別信号確認、連合宇宙軍所属戦艦ナデシコBのジャンプアウトを確認。アマテラスに寄航します」
「了解、各員第二種戦闘配備、Bも入港したしそろそろ何か始ってもおかしくないわよ」











「連合宇宙軍中佐、試験戦艦ナデシコB艦長のミスマルユリカです。補給に感謝します」
「地球連合統合平和維持軍准将、アマテラス防衛部隊司令のアズマだ。よろしく頼む」

 ユリカは挨拶に訪れた司令室で禿頭の男に出迎えられた。あまり友好的な雰囲気ではない。統合軍が宇宙軍に対して好感情を抱いていないという事実を体現しているかのようなアズマ准将の態度だった。一方のユリカはニコニコと笑っている。アズマは目の前の脳味噌が沸いているんじゃないかと思われる親の七光りで昇進した小娘がさっさといなくならないものかと思っていた。

「それでご高名なミスマル中佐が一体何の用ですかな?」
「極普通で定期的なパトロールの一環です。アマテラス及びその周辺空間において何か特別な事はありませんか?」
「我々統合軍がしっかりと管理しているから心配は無い」
「それはよかった。時にアズマ准将、このヒサゴプランについてちょっとした興味があるのですが誰かにご案内頂けませんか?」
「アズマ准将、ミスマル中佐、私にお任せください。それなら良い案があります」
「おお、そうか。それでは頼もう」

 アズマの後ろに控えていた男が声をかけた。その提案にすぐさまアズマは乗った。

「あなたは?」
「統合軍少佐、アズマ准将の副官を勤めておりますシンジョウと申します、お見知り置きを。それでは簡単な説明ツアーにご案内致しますのでどうぞこちらへ」











 ユリカが子供たちと共に一般訪問者用のヒサゴプラン説明コースを楽しんでいる頃、寄航中のナデシコB艦橋ではルリがハッキングに勤しんでいた。

「やれやれ、艦長が道化を演じている間に裏口からこっそり、ってわけですか?」
「まあそんなところです、サブロウタさん。情報を探るには本人の懐を覗くのが一番ですから」

 ウィンドウボールを展開して高速に大量の情報を処理するルリとその補佐役のサブロウタが軽く会話をしていたが、ふとルリの眉根が寄った。

「何これ?」

 一枚のウィンドウに表示されたのは大量の人名リスト。それぞれの項目の最後にはいずれも「死亡」の文字があった。

「これは・・・・・・人体実験データ?」

 サブロウタとルリが目を見合わせたところで急に大音量の警告音が鳴った。

「オモイカネ?」
『現在アマテラス管理AIが混乱状態に陥ってます。ハッキングではなく内部の問題のようです』
「混乱?」

 何枚かのウィンドウがポップアップされる。それらに映るのはアマテラス内部の監視映像。そしてそれらの画面の何れにも大量のメッセージウィンドウが乱れ飛ぶ様が見えていた。そのウィンドウにはただ一つのメッセージ。

「IA?」











 緊急事態発生につき説明コースから駆け戻ってきたユリカは、その途上でルリに出航準備を告げていた。そして艦橋に飛び込むと同時に現状報告を求める。

「ルリちゃん?!」
「アマテラスで大混乱が起きている事は確かです。内部に管理AI以外にもうひとつのシステムが存在していてそれが管理システムを乗っ取ったみたいですがそれ以上のことは判りません。ただ気になるデータが」

 先ほど見つけた実験データをユリカの前に表示する。それを斜め読みして難しい顔をするユリカ。

「ルリちゃん、『IA』ってなんか心当たりある?」
「残念、ありません」
「私も」











 一方、アマテラス防衛部隊司令部も大混乱に陥っていた。

「早急にコントロールを取り戻せ!」

 アズマが大きな声で発破をかける。彼は叩き上げで准将の地位にまで上り詰めた人物である。常に指揮官先頭で問題に対処してきた。単純で直情的な振りをしているものの、それも部下の士気を上げるための演技である。

「シンジョウ君?」

 後ろの副官と善後策を計るべく声をかけるも返事が無いので振り返るとシンジョウは何事かぶつぶつと呟いていた。

「これはナデシコの妨害か? ひょっとしたら気がつかれたのかも知れないな」

 コミュニケで部下と連絡を取り現況を確認すると素早くいくつかの指示を出した。

「どうした?」
「閣下、これより当ターミナルコロニーは我々が制圧します」
「何?」

 唐突な彼の台詞にアズマが反応できないでいる間に司令部で控えていた護衛兵が彼の両腕をしっかりと捕らえていた。

「一体何をするつもりだ?」
「我らは再生のための破壊を齎す者、この混乱に満たされた宇宙に秩序を齎す者、火星の後継者なり!」

 シンジョウは統合軍の制服をばっと脱ぎ捨てるとそう大音声で名乗りをあげた。











「当コロニーは我々火星の後継者が占拠した。コロニー職員らには占拠早々申し訳ないがこれよりコロニーを放棄、爆破する。諸君らは我々の指示に従って速やかに脱出してもらう」

 シンジョウの演説をウィンドウに映し出しながらナデシコBは脱出の真っ最中だった。防衛部隊の八割が火星の後継者に乗っ取られ、残りの二割及びナデシコB撃沈に乗り出している。自己防衛のため声を張り上げて指示を出し続けるユリカの傍ら、副長専用に誂えられたIFSシートでマキビハリ少尉、通称ハーリーと手分けして艦の運営と情報収集を行っていたルリはコロニー職員ら民間人を乗せて脱出する大量の舟艇の中、アマテラスの設計データに無いゲートが開き一隻の巨大な輸送船が出航した事に気が付いた。

「艦長、不審な船が脱出します」

 ユリカに声をかけながらデータを表示する。それを見たユリカはすぐに判断を下した。

「タカスギ大尉、出撃してこの船を偵察・臨検、場合によっては撃沈も許可します」
「了解」

 タカスギの乗ったスーパーエステバリスがすぐに出撃するのを見送りながらルリはユリカに声をかけた。

「ユリカさん?」
「ふふ、直感だよ、ルリちゃん。きっとあの船には何かこれの手がかりがある、そんな気がするんだ」











「戦況は?」
「敵に有利ね。数の差はいかんともしがたいわ」
「ブツは?」
「ちょっと待って、今こそこそと出てきた船、あれが怪しいわね」
「判った、出撃する」
「気をつけてね」











 一方出撃したタカスギは至る所から飛んでくる流れ弾を器用に避けながら目標の船に向かう最中、見覚えのある機体を発見した。

「あれ、スバル大尉?」
「あん?! サブか?」

 統合軍アマテラス防衛部隊所属エステバリス中隊ライオンズ・シックル隊長のリョーコだった。彼女は統合軍が次々と機動兵器を新しいステルンクーゲルに換える中、依然としてエステバリスを装備しているライオンズ・シックルに在籍していた。火星の後継者に寝返ったかつての仲間たちと壮絶な同士討ちをしている。

「ちょっと手伝いやがれ、サブ!」
「悪いけど艦長命令でね、大尉もついてくる?」
「どこにだ?!」
「この騒動のキーかもしれない船の調査」
「やってやろうじゃねえか」

 二機は輸送船に向かった。近づいて停戦命令を送るも全く反応が無い。それどころか対空砲火を浴びせてきた。だが、それも突然の火星の後継者の蜂起に混乱し怯えた民間人乗員ならばあってもおかしくないことなので暫く様子を見るが対空砲火網は厚くなるばかり。この船を敵性体と判断し、ブリッジをレールカノンで吹き飛ばし船腹をぶち破って突入する。そして彼らが広大な格納スペースで見たもの、それはリョーコには見覚えがあるものだった。

「なんなんだよ、どーしてこれがこんなところに!!」

 ボゾンジャンプの演算機能中枢たる遺跡、ナデシコAとともに深宇宙に飛ばしたはずのものだった。

「艦長、見えてますか?」
「感度良好、遺跡と確認しています。直ちに奪還してください、タカスギ大尉」
「了解。いきますよ、大尉」

 サブロウタはナデシコBのユリカに確認を取ると、遺跡に向かった。しかし、そこで突然床一面に巨大なコミュニケの画面が現れた。

「残念ながらそうはいかないな」
「く、草壁閣下?!」

 驚愕と共にタカスギが搾り出すような呻き声でその人物の名を呼んだ。木連強硬派の領袖、地下に潜伏したはずの元木連軍中将クサカベハルキだった。

「回避!」

 後ろに突然現れた二機の白い改良型らしきアルストロメリアの片方からの緊急通信。それと同時にリョーコの機体は前方上空から現れた多数の見かけない機体に攻撃を受けた。足の無い妙に素早い茶色い機体に忽ち叩き落され、止めとばかりに三機ほどが手にもっていた巨大な鉄棒を投げつける。危うく串刺しになりかけたところをなんとか機体を捩って避けたものの、リョーコは動きが取れなくなっていた。

「リョーコさん、大丈夫ですか?」
「へへ、なんとか、な」

 ルリの通信に答えながらリョーコは機体の左腕と左脚をパージする。その前に降り立つ二機のアルストロメリアから先ほど同様国際救難信号周波数でボイスコーダで音声処理をした通信が入る。

「さっさと撤収しろ」
「わかってるよ!」

 その時、遺跡がらっきょの皮を剥くように一枚一枚剥がれて行き、その中身が露になる。中心には遺跡に融合した一人の女性の姿。途端に一機のアルストロメリアが不自然に動きを止めた。通信機からどこか混乱したような声が漏れ聞こえる。

「そんな、馬鹿な、あの人は・・・・・・」

 しかし、彼に構うことなく上空に一機の禍々しく血の色にペイントされた機動兵器が現われ、周りを先ほどの脚の無い機体が6機取り囲む。外部スピーカからその機体のパイロットらしき男の枯れた声が響く。

「ふ、そう簡単に逃がすと思ったか。滅」

 その声とともに一斉に敵機動兵器が襲い掛かってくる。それを二機のアルストロメリアが迎撃する。双方共に常識を逸脱した速度でぶつかりあい、交錯の一瞬のみその姿を露にして再び軌跡を残して姿を消す。

「サブロウタさんはリョーコさんを回収して下さい。現在こちらも押されつつあります。早くしないと囲まれて脱出できなくなります」
「了解」

 ルリからの通信を受けてサブロウタは攻撃により重力波ユニットを破壊されて自力で動けなくなったリョーコの機体を抱えて脱出を開始する。しかしリョーコは壊れた機体の中でわめいていた。

「おい、あいつらどうするんだよ?!」
「せっかく彼らが時間を稼いでくれるんだからその間に逃げなきゃしょうがないでしょ、大尉」

 心配されている二機のアルストロメリアはやはり苦戦していた。7対2という数の劣勢ももちろんあるが、機体性能でも負けている。特に片方のアルストロメリアが焦ったように動きが鈍い。落とされるのも時間の問題だろう。











「味方戦力、残存数100を切ります。ナデシコBも囲まれつつあり」
「しょうがないわね。ドクター、出番よ。座標はここ」
「任せて」
「ラピス、アキト君達に脱出するように連絡して」











 ナデシコBは苦戦していた。ただでさえ試験戦艦ということで武装が削られており、その対空砲火網は薄いにもかかわらず彼らにはタカスギのスーパーエステバリス一機しか機動兵器を搭載しておらず、しかもそれが現在防衛に使用できないので更に苦境に追い込まれていた。ユリカの指揮とルリ・ハーリーのオペレート能力、そしてクルーの高い士気が無ければ既に沈没していても不思議ではない。しかしその頑張りにも限界というものがあった。

「艦長、全周囲まれつつあります」
「グラビティブラストは?」
「ディストーションフィールドに大分割いているので現在充填率45%」
「本気でやばいか・・・・・・」

 珍しくユリカの顔に苦悩の表情が浮かんだ。しかし、その時、ハーリーが声を上げた。

「戦域にボソン粒子濃度の上昇を確認、大質量物体のジャンプアウトです!」
「え?」

 何も無い空間に光の煌き。そしてそこから放たれる黒い光線。その射線上の敵艦が次々と爆沈する。

「戦艦一隻のジャンプ?!」

 チューリップもCCも用いないで戦艦が史上初めてジャンプした瞬間であった。同時に機械的に戦艦一隻分のジャンプフィールドの展開に成功した事は、アキト達がジャンプ実験を行った成果の結集でもあるのだが、そんなことはユリカ達には判らない。敵艦隊の側面にジャンプアウトと同時にグラビティブラストを連射、多数の敵艦を屠っている。そしてその艦から通信が入った。サウンドオンリーで音声変換済み。

「さっさと撤退しなさい」

 それだけ告げるといきなり通信は途切れた。一瞬呆然とするユリカ。だがすぐに気を取り直した。

「タカスギ機は?」
「三十秒で回収できます」
「回収ししだい、全速で戦域を離脱します」











「二人とも、もうこちらも持ちません。撤退してください」
「了解、おい、テンカワ、聞こえたな?」
「・・・・・・」

 ラピスからの通信を受けて月臣が受領の返事をしてアキトに声をかけるも、アキトは息を荒げるのみ。

「おいっ、テンカワ!」
「はっ?!」

 戦闘に没入し切っていたアキトは月臣の声にはっと気がついた。遺跡を回収するどころか七機に押されてこちらの命さえ危うい。アキトは後頭部をヘッドレストに叩きつけた。

「畜生!!」
「テンカワ、何を熱くなっている? さっさと撤退するぞ」
「・・・・・・了解」

 二人は示し合わせたようになんとか敵から距離を取るとジャンプでユーチャリスへと帰艦した。そして無人兵器をばら撒いてなんとか敵を退けていたユーチャリスも彼らの帰艦と同時にジャンプ、月へと帰還した。アキトはアルストロメリアのパイロットシートで座ったまま俯いてただひたすら「畜生、畜生っ、絶対に助け出す、絶対だ!」と呟きつづけていた。







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