3回目を語ろうか

――アオイ ジュン

「遅刻だね」

「大丈夫大丈夫、急げば間に合うよ」

 車を運転しながら呟く僕に、隣で無責任に明るく言うのはミスマル ユリカその人。

 確かに、急げば間に合うかもしれない。ただし、アクセル全開の全力走行という仮定での話だけど。ただでさえ荷物が多くて――ボクとユリカの割合が1:9――スピード落とさないと駄目なのに……間に合わないって。

 でも、遅刻はするかもしれないけど、するならするでも急がないと駄目なんだよなー。

 仕方なく溜息を吐いてから、僕はアクセルを少し深く踏み込んだ。

 ガタガタと音をたてて揺れる荷物と、ユリカの訳の分からない鼻歌と、モーターが回っている音。夜を走る車の中は、これだけの音が支配している。

 時計に目を落としてみた。

 絶対、間に合わないよな。

 艦長・副艦長そろって初日に遅刻か……冗談みたいな話だよ。

「そう言えば、ジュン君」

「ん?」

 不意に鼻歌をやめて、ユリカが僕に顔を向けて話を振ってきた。僕はそのまま横を向くわけにはいかず、目だけをユリカに走らせてから再び目を前に戻す。

「本当に連合軍に行くの止めるの?」

「言っただろ、ユリカじゃ心配だって」

「そうじゃなくって……なんか、それじゃあ私がジュン君縛ってるみたい」

 脹れたようにユリカが言ってきた。

 僕は気が付かれないように笑いを噛み殺した。二人乗りをした自転車が目の前を走っていたけど、車のライトに気が付くとすぐに横に逸れて道を開けてくれる。

 ユリカが僕を縛る、か。

 正直、それが良いかもしれないと思う。

 地球連合大学での無敗記録も、主席の成績も、僕にとっては関係ない。ユリカは自分がミスマルという家に縛られているのが心底嫌だそうだけど、僕はユリカに縛られるなら、それで良いと思う。惚れた方が負けと言う言葉は、正しいんだよな、本当。

「別に、僕は自分の……」

 ……ぶちっ!!

 あ、嫌な音。

 後ろのトランクから何かがちぎれて外れる音がし、僕は躊躇せずにブレーキを踏む。

2つかぁぁぁぁぁぁぁ!!

 後ろから悲鳴染みた声が聞こえると同時に、痛快なまでに痛そうな打撃音が聞こえてきた。ブレーキを踏んで止まるまでの間にバックミラーを見ると、自転車のペダルをこいでいた男がトランクケースに当たって真後ろに吹き飛ばされている姿。そして、その後ろに乗っていた黒のロングコートを着た女の子が、急な減速の勢いで良い感じに宙を舞っているのが見えた。

 大惨事?

 下手をすれば人殺しの罪で訴えられるのではないのだろうかと思える程に、自転車に乗っていた二人、特に女の子の飛び方は凄かった。

 車が止まると同時に、自転車をこいでいた男の方がユリカの荷物をクッションにして墜落。遅れて女の子の方が素で頭からアスファルトに激突

「しまった!!」

「うわわっ、大変!!」

 いやユリカ、どう見ても女の子の方は大変どころの騒ぎじゃないと思うんだけど。

 心の中で律儀にツッコミを入れてから、僕とユリカは慌てて車のドアを開けて飛び降りる。そしてユリカは荷物をクッションにした男の方に駆け寄って行き……って、悲惨じゃない方を選んだね。流石戦略戦術ナンバーワン、面倒事は僕行きか。

 何だか、今度着任する副艦長の先が見えたよ。

 思わず涙がでるような将来へ微かに落胆しながらも、僕は急いで女の子の方へ駆け寄る。

 担いでいたと思われる大きめのボストンバックが後頭部に突き刺さっている状態で――昼間の僕だな――地面へうつ伏せに倒れている。とりあえずボストンバックを取り除いてみると、僕ははっと息を呑んだ。

 夜でも目立つ、銀色の髪。

 一瞬だけ、今の事態を忘れてしまった。

「本当にすみません!申し訳ありませんでした!!」

 ふっと我に帰ったのが、ユリカが焦ったように男に謝り倒している言葉によってだった。男の方は至って平気そうに見える。

 そうじゃない、とりあえず女の子を起こさないと……それ以前に生きてるかな?

 ちょっと不安になって背中越しに心臓部分へ耳を当ててみる。

 聞こえない。

 あ、いや、でも……鼓動はしてる。

 このロングコート、防音性?

 そういう考えが頭をよぎった瞬間、女の子の体が電気ショックをうけたかの勢いでびくっと震えた。

「うわあっ!」

「むぐぅ……」

 突然の出来事に思わず飛び退くと、女の子が唸るかのように低い声をあげる。今まで気絶していたらしい。

 女の子は肘を立てて腕立て伏せの要領で起きあがり、正座をするようにぺたりとアスファルトの上に座り込む。それから額を拭うような動作をして、ぴっと腕を払うと見たくない赤っぽい液体が夜の空中を舞う。

 あれ、血?

「不覚をとったな……」

 ぼそりと言う女の子は、実に男の子……いや、男のような口調で不満を口にした。

 これ、僕らに言ってるのかな?

「あ、あの」

「ん?」

 僕が声を掛けると、女の子は座ったまま振り返り、それから僕を見上げるように顔を上に上げた。いくら僕が同年代の奴らよりも身長が低いからと言っても、体格差を考えて、遅れて視線を合わせるように僕は中腰になった。

 そして、女の子と顔を合わせて、再び息を呑んだ。

 金色の瞳。

 見た事がない色。

 白く透き通るような肌。

 雪のような色。

 いや、そうじゃない。確かにそれは目に付くし目立つと思うけど、僕が驚いたのはそこじゃない。

 まるで。

 そう、まるで。

 昔のユリカみたいだった。

 こんな痛いという表情すらしない無表情じゃなかったけど。こんな銀の髪と金色の瞳じゃなかったけど。顔の作りが、昔のユリカそっくりだった。

 他人の空似?

 そう言われると、そうかもしれないけど。

 でも、僕は目が離せなかった。

 そして、彼女の額から深紅の血がどくどくと溢れ出していた。

「血ぃぃぃぃぃぃっ!!」

「何を言っている」

 その血に改めて気が付いた僕が正気を取り戻して叫ぶと、女の子は呆れたかのような口調で言ってきた。あいかわらず、表情を変えない。

「いや、額から血が……」

 まるで気が付いていないかのような女の子の反応に、僕は少しだけ震えている指で女の子の額を指す。

 本当、僕は血とかって駄目なんだよね。いや、我慢はできるけど、やっぱり嫌なのは嫌だから。

 僕が言わんとしている事が分ったのか、女の子が額を押さえる。

 それはもう、遠慮なく。

 べちょりと。

 いや、触るにしても少しは遠慮しないかい?自分の体だろ?

 女の子は血が盛大に付いた手を自分の目の前に持っていき、それをじっと眺めた後に、まるで何でもなくて鼻で笑うかのように口端を微かに引き上げる。

「なに、この程度なら問題ない」

「ちょ、ちょっと、問題ないって……」

「それより、あちらが大変そうだが」

 あまりの女の子の自分に関して無関心な態度に、僕は戸惑って何かを言おうとしたけど、女の子はそんな僕の注意を逸らすかのように右前……僕の左後ろを指さした。

 その指で向けられた場所を見るように振り返ると、ユリカがトランクへ荷物を詰め込む作業をやっていた。隣に自転車をこいでいた男が手伝っているが、上手くいかないようだ。

「根本的に荷物が多いんだって」

「そう言われましても〜」

 いや、ユリカ。それは誰がどう見たって荷物多いよ。

 その光景を見てから、僕は一度女の子の方を見る。

 状況を考えれば女の子の方が大変なんだけど、当の本人がけろっとしているのを見ると大した事じゃないらしい。いや、でも本人が気が付いていないだけって場合もあるし……。

 考え込む。

 その間に女の子はロングコートに付いた砂を払いながら自力で立ち上がる。足取りは全くふらついていないところを見ると、脳への衝撃は殺されてるらしい。

「兄者、手伝うぞ」

 僕がどうしようか考えている間に、女の子は僕の事を無視するかのように横を通り過ぎてユリカの方へと歩いて行く。

 ……本当に大丈夫なのか?

 中腰にしていた体勢を元に戻して、女の子の姿を目で追うように振り向く。

「悪い、この荷物を奥から……って、うおぅっ!!

「どうした?」

 どうしたじゃないと思うけど。

 予想した通り、男の方は女の子の状態を一目見てから大袈裟に飛び退いていた。額から血を流していれば、それは驚くだろう。

 ユリカは荷物をトランクに押さえつけてから、遅れて振り返る。

「わっ、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない」

 いや、あるだろ

 何というか、あまり驚いたとは感じられないユリカの言葉に、女の子は実に何でもないかのように返答をする。

 ハンカチでも出そうとしたのか、ユリカは荷物から手を放そうとしたけど、トランクから跳ね上がるかのように盛り上がってきた荷物を慌てて押さえつける。代わりに男の方がポケットからハンカチを取り出して女の子の方へ駆け寄る。

「ほれ、血が出てるだろうが」

「この程度なら……」

「お前は良くてもな、周りが駄目なんだって。あー、コートに血が付くぞ」

「むぅ……」

 ぺたぺたと額の血を丁寧に拭きながら、少しだけ笑いを含みながらボヤく男に、女の子の方は不満なのかどうなのか良く分らない声を上げるが、男の為すがままの状態でいる。

 ハンカチが、ゆっくりと血に染まる。

 そして、後からユリカの情けない声が上がった。

「ジュン君〜、手伝って〜」

「え、あ、うん」

 

 

 

 

―― テンカワ ホクシン

「それでは、ご協力感謝します、ではっ」

「本当にすみませんでした」

 ミスマルユリカと見知らぬ男は、我等にそう一礼した後に車に乗り込んだ。

 ミスマルユリカ。

 “前”の事を思い出し、我は静かに思い溜息を吐いた。

 罪は、消える物ではない。それによっては償いきれる物でもない。人一人の人生を狂わせるというのは、償いきれる罪ではない。

 まして、我は人一人という単位ではない。それこそ百の単位だ。

 それが嫌々やったとしても、命令されたとしても、我がやったという事実は変らない。

 過ぎ去ってゆく車を見送りながら、我は隣をちらりと見てみた。

 ただただ、彼は過ぎ行く車を見やりながら……

「急ごうか」

「……ああ」

 あえて、我は何も言わない事にした。

 

 

 自転車の後に乗りながら、我は流れる景色を目で追っていた。

 坂道が多く、場所によっては急勾配と分類される程の坂もある。本来であれば我は降りるべきなのだが、何故か兄者はそれが気に入らない様子であった。半ば無理矢理という形で、我は後に乗っている。

 昔、草原で云々と言っていたが、我には分らぬ話である。

 ぎぃぎぃと、坂を上る事が不満かの如く悲鳴を上げる自転車の音を聞きながら、“こちら”に来てから切っていない髪が鬱陶しいと思えた。

「怪我は、平気か?」

 自分の荷物も重いはずなのだが、息を少しも乱していない兄者が短く問いかけてきた。

 唐突な言葉なので、一瞬だけ虚をつかれたように黙ってしまったが、すぐに意味を飲み込む。

「ああ、もうすぐで治る」

 未だに額に張り付いていた布を剥がしながら、そう答えた。白かった布は、既に赤く染まってしまっている。

 あの時、受け身はとれたものの、本来であれば頭蓋骨の中身が口や目や耳から出てきても可笑しくない程の衝撃であったはずだ。なまじ荷物を持っていた身で完全に衝撃を殺す事は不可能であったために、かなり頭部を負傷してしまった。

 だが、通常の体であれば病院へ行かねばならない程の負傷であったのは間違いなかろう。

 この体は頑丈に出来ている。

 猛獣を思わせる柔軟性と、機械を思わせる強度。

 なにより目を見張るのが、自然治癒能力。

 本来であれば半月は必要な治癒を、僅か数分で修復する。過剰投与により体の中を蠢いている微小機械によって、文字通り、体を治すのではなく修理する。

 ラピスラズリや、かの電子の妖精とは違う設計に基づいて微小機械を注入されたのだろう。それとも、注入した微小機械同士の効果により予想外の結果が出来たのか。どちらにせよ、我には申し分ない体である。

 あえて注文を付けるのならば、もう少し成熟した体であれば、そう思える。微小機械と混じり合い、如何程の身体能力が得られるのか、些か興味がある。

 その力を裏の路に使うのは御免被るが、やはり少しでも力は必要なのだ。

 万が一、『我』を相手にしなければならなくなったときに。

 考えたくも、ないのだが。

「俺さ」

 ふっと、我とでは会話が保たなくなったのか、兄者は話を逸らしてきた。

 後ろ向きで自転車の後部に乗っていた我は、その言葉に頭だけを動かして兄者の方を向く。視界の中には顔を収める事が出来なかったが、どことなく吹っ切ったかの雰囲気であった。

「ユリカに会ったら、自分が何するか分らなかったんだ」

「そう、だな」

 それはそうだろう。昔、恋仲であったにも関わらず、我等のせいで引き裂かれてしまった。テンカワ アキトという人物を復讐という行動に突き動かした、最大の要であった者。

 心に決めし、生涯の女性。

 一目でも会いたいと想う気持ち、我の想像を絶するだろう。その者と会ったのだ。

「でも、何ともなかった」

「?」

「抱きしめたかった、名前を呼んでやりたかった、足りなかった『好きだ』って言葉も言いたかった。でも、そうしたかったユリカは、あのユリカじゃない」

 俺って薄情だな、と、兄者は様々な感情の籠もった言葉を付け加えた。

 それは憤り。

 それは後悔。

 それは安堵。

 それは悲しみ。

 それは懺悔。

「ここは、我等の知っていた世界ではないからな」

 そうとだけ、呟くかのように我は口を出した。

「そう、なのか?」

「“風が吹けば桶店が儲かる”という言葉がある。我がいて、兄者が昔の兄者ではなくなったその瞬間から、何が起こるか分るまい」

「なんだ、その言葉?」

「人間万事塞翁が馬、だ」

「ますます分らないって」

「そうか……」

 それは残念だと、後で金属がぶつかり合う音を聞きながら心内で嘆息する。

「でも、そうか、違う世界、か」

「ああ」

「なら、迷う訳にはいかなくなったな」

 何に満足したのか、兄者はハッキリとした声でそう言った。

 自転車を僅かに傾け、速度を落とさずに道を曲がりきる。遠くに見えていた目的地は、近くまで迫っていた。

「俺は今、少しでも早くナデシコに乗りたいと思ってる。今すぐにでも、みんなに会いたいと思ってる」

「そうか」

「2回もやり直しのチャンスが来たんだ。今すぐにでも動かなかったら、チャンスは簡単に逃げていくんだ」

「2回……?」

 2回目、だと?

 やり直し。

 それは過去に戻ってきた事を指しているのだろう。ならば、2回目とは?

 兄者は、既に過去に戻った経験があるのか?

 頭の中を過ぎる考えを見透かしたかのように、兄者は楽しげに笑った。

 嬉しくて、楽しくて、どうしようもないかの如き笑い。我には縁がなかった笑い方だ。

「昔な、ボソンジャンプで2週間前の過去に戻った事があるんだ」

 その言葉に、我は口で返事を返さなかった。

「人が死んだ日だった。そこから2週間前に遡って、その時に考えたんだ。『俺は何で過去に来たんだ?俺だけに出来る何かがあるんじゃないのか?今ならまだ、イツキさんが死んだのを帳消しに出来るんじゃないか?』……なんてな」

「それで、どうなったのだ?」

 静かに、そう聞いた。

 兄者は、声を少し落とした。

「間に合わなかった」

 それでもまだ、笑っているのが不思議で仕方がない。

「だからこそ、俺はやり直すんだ。神だ悪魔だと罵られても構わない。俺は、ナデシコを守るんだ」

「兄者……」

「でも、今は何より皆の顔が見たいんだ」

 過ぎ去りし思い出。

 輝かしかった、昔の思い出。

 我にはとんと関係のない世界だが、兄者には掛替えのない時間だったのだろうか。

「兄者」

「ん?」

「我は、何があっても、付いて行くぞ」

「……下手したら、ナデシコの全員に怖がられる結果になるぞ?」

「我の決めた、我だけの道だ。問題ない」

 気のせいだろうか。兄者の雰囲気がすっと軽くなるのを感じた。

 下り坂にさしかかる。

 湾岸外れにある小型基地が、既に目の前であるのが理解できた。

「本当に、お前を殺さなくて良かった。お前が味方で良かった。今なら、胸を張って言えるぞ」

「光栄」

 その言葉は、我も言える言葉であった。

 それをあえて言わず、我は上着から一枚の名刺を取り出す。風によりバタバタと鬱陶しい“ろんぐこーと”の下裾を押さえながら、我は後を振り返った。

「兄者。交渉材料はあるのか?」

一切ない

 それは声高々に言う台詞ではないぞ。

「ならば、我に任せて貰おうか」

 

 

 

 

―― ホシノ ルリ

 機動戦艦ナデシコの中核、メインブリッジ。そこのオペレータ用の席に座りながら、私は誰にも見られないように溜息を一つだけつきます。

 後でキーキー煩いキノコっぽい人も、まぁ、憂鬱さのレベルを底上げしていきます。

 あ、こんにちは。ホシノ ルリです。

 艦長……と言いますか、マスターキーが未だに到着していないので、必要最低限の動力しか供給されません。そうなると、最新の戦艦も唯の鉄屑。必然的にやる作業が無いのです。

 そこで、暇潰しにでもと、私のスケジュールをざっと読み通してみたところ……

 ハードです。

 別に堅いという意味じゃありません。

 正真正銘の忙しさです。

 少女一人にどれだけ仕事量を割り振るつもりなんでしょう、ネルガルさんは。

 再び、誰にも気が付かれないように溜息。

 さっさと沈まないかなぁ、この船。

 そうすれば私もお役御免。運が良ければ、沈んだ事により私は死ねますね。

 まぁ、たいして生きる事に執着してませんから。執着心に偏差値を付けるとしたら、きっと40前後でしょう。

 どうでも良いけど、後のキノコ、煩いです。

 睡眠時間を除いたほぼ全ての欄が赤く染まっている、見るもうんざりするウィンドウを閉じるのと同時に、後から小さな電子音が鳴りました。

「あ、はい。どうかされましたか?」

 そう開かれたコミュニケのウィンドウと言葉を交わすのは、プロスペクターさん。赤いジャケットが目立ちます。

 それを片目だけで確認してから、私はシートに背中を預けます。ぽふっと軽い感触のするシートは、それなりに良い素材なのでしょう。

 ……こんなのにお金を掛けるなら、機関砲でも取り付けようとは思わなかったのでしょうか。

「え?草原……あー、はいはい。その人は丁重に持て成してください。……はい、お願いしますよ」

 相手側の声が聞こえないだけに、独り言を言っている怪しいおじさんです。

 その会話内容が気になるのか、まったりと休憩をしていた通信士のメグミさんと操舵手のミナトさんが見上げています。

「艦長、来たんでしょうか?」

「違うんじゃない?」

 かなり遅刻してきた人を、持て成すとは思えないのですが。

 とは思いましたが、いちいち言う気がないのでノータッチ。

「ゴートさん、ちょっと頼みます」

「……分った」

 ウィンドウを切り、善は急げと言わんばかりの勢いでプロスペクターさんはキノコの相手をしていたゴートさんに、何を頼むのかイマイチ不明な社交辞令の言葉を残してブリッジから退出します。

 何なんでしょうね。良く分りません。

 プロスペクターさんがいなくなり、自動的に閉まろうとしていたドアが、急に止まる。

 誰か来ましたね。

 私は首だけ動かして、ドアのある位置を見上げようとしましたが、オペレータの席からだと死角になっていて確認できない事が判明しました。

 ……良いです。私、少女ですから。

「みなさーんっ!!」

 首を捻り戻して、再びオペレーター用のIFSコンソールへと視線を戻そうとしたら、威勢の良い女性の声がしました。不自然な位置で首が留まります。

「私が、艦長で〜すっ!!」

 ……随分と、頭の中身が温かそうな人を雇いましたね、ネルガルさん。

 

 

 

 

――テンカワ アキト

「いやはや、お兄さま御同伴と参りましたかぁ」

 目の前でそう言いながら笑っているのは、随分と懐かしい人、プロスさんだった。

 なんだかホクシンが門番の人と良く分らない会話をした後、応接室らしきところへ連れてこられた。中途半端に広い部屋に、立派なテーブルとソファー。問答無用で拘束された“前”とは、随分扱いが違う気がしてならない。

 まぁ、あの時は無我夢中だったからな。

 しかし、ホクシンとプロスさんは面識があるとは……本当、何してたんだホクシン

「ああ。我の提示する最低条件だ」

「では、お兄さまさえ乗船していただければ、ホクシンさんも契約していただける……で、宜しいのですかな?」

「お前の提示する微細条件にさえ、不満を持たなければ、な」

 交渉してるなぁ。

 ホクシンの態度は無駄に大きい気がするけど、完全に主導権を握っている交渉の仕方だなぁ。

 いつの間にスカウトされていたのかも気になるけど、なんで交渉の手順を知っているのかも気になる。そんなツッコミ所満載な状況の中、俺はホクシンの横で出されているお茶を啜る。

 何だか、肩身が狭い。

 それ以前にプロスさん、お兄さまは止めれ。痒くなるんで。

「分りました、それでしたらお安いご用です。ところでお兄さん?」

「あ、テンカワ アキトです」

「それではテンカワ……は名字ですから、アキトさん。前の職業はなんでしたか?」

 おお、『テンカワさん』じゃない。兄妹の存在は偉大だな。

「コックです。まだ見習いですけど、俺、コックやってました」

「ほほぉ、丁度良いですな。今回の人員で、丁度コックさんが足りなかったのですよ」

 そう言いながら、さり気なくプロスさんは契約書を懐から取り出して、俺とホクシンの分の二枚をテーブルの上に置く。

 うわ、相変わらず字が細かい。

 とりあえず契約書を手に取ってから、ざっとだけ目を通してみる。それから隣を見ると、契約書に向かって食い入るように読んでいるホクシンの姿が目に映る。

 ……ああ、そう言えば、男女交際云々って辺りは騒動があったよな。俺には直接関係ないけど、ユリカがいるし。あいつには“前”の記憶っていう先入観があるからなぁ。

 自分自身を制御できればいいけど。

 会ったときは、まだ大丈夫だったけど、これから先そうあり続ける自信ないし。

 若気の至りで抑制効かなくなる可能性大だな。

 一応の保険ということで、一番下にある男女交際についての項目にチェックを入れておく。

 それとほぼ同時にホクシンが契約書から顔を上げた。

「悪い、制服の項目なんだが」

「おお、よく読まれておられる」

 契約書をプロスさんの方へ出しながら、制服について書かれている箇所を指さしてホクシンが話を持ちかける。

 それ以前に、もう読んだのか。

「この服を羽織るのは禁止か?」

「コートですか?……まぁ、できれば遠慮していただきたいですな」

「そうか。では、これは削除だな」

「お給料の方、引かせていただきますよ?」

「かまわん」

 それに続いて色々と質問をしながら、ホクシンは契約書にサインをする。俺もプロスさんに契約書でチェックを入れた箇所について相談してからサインを入れる。

 契約書を受け取り懐に入れてから、プロスさんはペンみたいなのを反対側の懐から取り出す。

 その懐に何が入っているのか、かなり興味があったが、聞くのは止めよう。命に関わりそうだ。

「それでは、ちょちょいとDNAを調べさせてもらいますよ」

 あ、あれか。

 俺はその言葉に素直に右腕を差し出す。舌にやられたら痛かった記憶があるし。

 何をするのか分らなかったホクシンは行動のテンポがズレたために、プロスさんは先に俺から調べる。

 検査器を当てられた瞬間に、鋭い痛みが一瞬だけ走ったけど、そんなに痛くはなかった。どちらかと言えば、痛いと分っていたから我慢できたレベルだ。

「おや、全滅したユートピアコロニーから……よく生きていましたな」

「いえ、あの時は何が何だか……気が付いたら地球にいたんですよ」

 聞かれるだろうと思っていたプロスさんの言葉には、曖昧に言葉を濁して回答を避けた。

 すると、プロスさんは深くは追求しないでホクシンの方へとDNA検査器を向けた。これが“前”みたいな扱いだったら、無理矢理言わされたんだろうな。

 ……あれ、ちょっと待てよ。ホクシンって確か……

「な、登録なし!?」

 やっぱり。

 このホクシンは戸籍がないんだ。だからと言って、あっちの北辰も地球には戸籍がないのだが。

 DNA検査器の結果を見て驚愕の声を上げるプロスさんに対して、ホクシンは捲り上げていた袖をなおしながら比較的冷静に見える。だが、よく見ると微妙に困った表情になっている。その横で、俺は溜息とともに頭を抱えた。

 すっかり忘れていた。

 そして、二人揃って言い訳を考えていなかった。

「色々あったのだ。少なくとも、我はテンカワ アキトの妹だ。……それで良いであろう」

 良くないだろ

 あまりにも苦しすぎるホクシンの言い訳に、心内でツッコミを入れた。言った本人も苦しいと思っているのか、腕を組み視線を明後日の方角へ向けながら、微かに目尻が引きつっている。

「そうですか。まあ、それは良いでしょう」

良いのか!?

 メガネを直しながら、当たり前のようにスルーしたプロスさんの言葉に、今度は声に出してツッコミを入れてしまう。

 

 

 

 

――テンカワ ホクシン

「出航はまだ先ですから、艦内を見学しても良いですよ」

 と、プロスペクターは言い残してから、まだ残っている仕事があるからと言って素早く戦艦内に入って行く。我もその後に続こうかと思ったが、兄者が一切その場所から動かないのを見て、その場で立ち止まった。

 ナデシコを見上げるその目は、懐かしむかのような視線。

 それを横目で確認してから、我もナデシコを一緒に見上げる。

「ナデシコだな」

「ああ……ホクシンには、初めての場所だけどな」

 一人だけ記憶に浸かっていたのに気が付いていたのか、兄者は我に向き直って照れたように笑った。

 まぁ、我には戦艦など乗艦する事すら稀だったのだがな。

「じゃあ、ガイの様子でも見に行くか」

「ガイ?」

「ああ……友達だ」

 

 

 

「ガァァァァァァイッ!!スゥゥゥゥパァァァァァァァァッ!!!ナッッッッパァァァアァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

「遅かったか」

「腰と脇が甘いな」

「……流石に着眼点が違ったな」

「そうか?」

 

「うどぁっ!!」

 

 がしゃぁぁぁぁぁん!!

 

 無駄な程に張り上げて叫んだ掛け声とともに、上昇突きを繰り出した人型兵器は、勢い余って頭上に蹴りを放つかの勢いで転ぶ。転ぶ瞬間に操縦者が外部放送で流した悲鳴が、人型兵器が転んだ音より大きかったのを考えると、放送装置を考慮しても凄まじい肺活量だ。

 隣で兄者が額を押さえながら溜息をついている。

 あれが、兄者の友らしい。

 兄者の友人関係に文句を言うつもりはさらさら無いが、近寄れば伝染りそうな程の熱血馬鹿だな。木連にもそのような輩は五万といたな。

 ……む、操縦者が操縦席から引きづり出されているな。いや、あれは足の骨が折れてはいないか?

「あー、やっぱ折れてるな」

「“前”もだったのか」

「いや、まぁ……」

 苦笑いをしながら兄者は話を逸らす。

 そうか……お、タンカが出てきたな。流石に運ばれるか。

「おぉぉぉぉぉい!そこの少年!!」

 ふいに、今先程操縦席から引きづり出された操縦者……ダイゴウジが、おそらく兄者に向かってだろう、大声で呼掛ける。もしかしたら、遠目なのだから我なのかもしれんが。

 しかし、少年か。

 兄者は18だったか。それで、あのガイは20前後にしか見えん。

 すると今の呼びかけは、我か?

あのロボットのコックピットに、俺の大事な宝物があるんだっ!すま〜ん、取って来てくれ〜っ!!……うあ痛っ!」

「……だ、そうだが?」

 ダイゴウジとやらは頼み事を一方的に押しつけてから連れられて行った。その隣で、兄者は深く溜息をつく。

 昔もまた、このような事があったのだろう。

「取りに行くか……お前も来い」

「何故?」

「戦闘準備だ」

 頭を振り、ニヤリと笑いながらそう言った。気張らず、興奮せず、足を一歩だけ進めるかの如く軽い口調で。

 

 

 

 

――ホシノ ルリ

「敵の攻撃は、我々の頭上に集中している」

 と、渋い顔でゴートさん。

 私を除いたブリッジの人達が、ブリッジ前中央にある下視モニターに映し出された地下ドッグの概略図を囲んでみています。

「敵の目的はナデシコか……」

「そうと分れば反撃よ!!」

 と仰るのはブリッジ内では最年長者であるフクベ提督と、キノコ。一応キノコの品柄はムネタケで、副提督という価格だそうです。最近の物価は高いですね。

「どうやって?」

「ナデシコの対空砲を真上に向けて、敵を下から焼き払うのよ」

 ナデシコにはミサイルと主砲しか装備されてませんので、対空砲はありません。主砲を上に向ける程ドッグは広くありませんし、出来たとしても瓦礫が降ってきて生き埋めです。

 叫く前に、自分の乗る戦艦のスペックくらい調べたらどうですか。それとも、私と同じく自殺願望者ですか?

「上にいる軍人さんとか吹き飛ばすわけ?」

 と、ミナトさん。

「ど、どうせ全滅してるわ」

 確率は高いですね。

「それって、非人道的って言いません?」

「ムキッィィィィィィィィィ!!」

 メグミさんの言葉にキノコが吠えました。

 ですけど、戦艦という存在そのものが非人道的な存在だとは思わないのでしょうか。

「艦長は、何か意見があるかね?」

 威嚇するかのように吠えていたキノコを無視して、提督が顔を上げて話を逸らします。この言い方は、提督自身も何か考えがあるかのような言い方です。

 まあ、艦長経験者ですから、非常時の考えくらいはあるのかもしれません。

「海底ゲートを抜けて一旦海中へ、その後浮上して敵を背後より殲滅します」

「そこで俺の出番さ!!」

 頭の温かそうな艦長が、とても艦長っぽく決めてくれたのに、パイロットのヤマダさんがそれをブチ壊してくれます。

「俺様のロボットが地上に出て敵を惹き付ける。その間にナデシコは発進。か〜、燃えるシチュエーションだぁ!!

「おたく、骨折中だろ」

 後半の言葉さえなければ、格好良かったんですが……ウリバタケさんのツッコミ通り、ヤマダさんは足にギブスをつけていて見るからに骨折中です。そのツッコミにヤマダさんは今更気が付いたかのように顔を蒼くします。

 ば〜か。

 とりあえず心の中で馬鹿にします。

 と、そこにIFSを通してナデシコのメインコンピューターであるオモイカネからデータが中継されます。データを解するのは私一人ですから、あくまでも中継されるという点がポイントだそうです。

 人間扱いされてませんね。

 それはともかく、オモイカネからのデータを読みとってみましょう。

 ……

 ………は?

 エレベーター内で押しくらまんじゅう?エステバリス盗難?ピンクとホワイト?

 こら馬鹿コンピューター。正確に、分かり易く、緻密で、まとまったデータを転送してきなさい。

 少し威圧的にオモイカネにアクセスして命令を下します。オモイカネは怯えたかのようにデータにラグが出来ました。

 ……

 そうそう。そういう事ですか。

 どうでも良いですけどオモイカネ?私、周りの大人が私より頭が悪いのは大目に見ますけど、馬鹿欠陥品の機械には容赦しませんので。

 再び送られてきたデータを読みとり、オモイカネと名前の付けられた馬鹿機械に威嚇してから、私は顔を上げて報告に入ります。

「囮なら出撃中です」

「「「「へ?」」」」

「今、エレベーターにエステバリスが2機出ています」

 報告を言うだけ言ってから、ブリッジ前面にコミュニケの拡大版を開きます。まぁ、一応ナデシコでは拡大コミュニケがメインスクリーンの代わりですね。

 そこには、狭いエレベーターの中に詰めて入っているピンクとホワイトのエステバリスの姿。ピンクのエステバリスは素手で、ホワイトのエステバリスは両手にライフルを持っています。正しく迎撃体勢の状態ですね。

「アサルトピット内のコミュニケをオープンします」

 私は機械的にそう言ってから、オモイカネを使って無理矢理エステバリスのパイロットさんへコミュニケを開きます。

 ピッ

「誰だ君……」

『だからっ、C4ケーブルだって!!』

『C、C……しぃ?』

『視力検査での右!』

『これか』

『言っとくけど、左のケーブルだぞ?』

『こっちだな』

 提督が開いたコミュニケに何かを言おうとしましたが、向こうから聞こえてくる会話に掻き消されました。

 コミュニケに映し出されたのは、計器を弄っていて全然違う方角へと視線を向けている黄色い服を着た人と、何をしているかは分りませんが、画面の隅でもぞもぞと動いている黒い布。

『バッテ……予備電源の確認』

『満タンだが、主動力が7割だ』

『各部駆動機関……50%か』

『全て正常。銃火器の残弾、両400』

『標準武装は吸着機雷を除いた全武装フル装備……よっしゃ、って、うおぅ!!

 ここまで来て黄色い男の人はコミュニケが開かれている事に気が付いた様子です。

 その通信を聞いていたのか、黒い布……もとい、黒のコートを着た女の子が上体を起こしてコミュニケに気が付きます。

 女の子は、私と同じくらいの年です。

 銀の髪。

 金の瞳。

 私に似ています。

 マシンチャイルドでしょうか。

 いえ、マシンチャイルドは私の他には3体しか成功例がありませんから、カラーコンタクトに髪を染めているんでしょう。

「あー、あいつ俺のゲキガンガーを!!」

 黙れ馬鹿。

「誰だね君達は?パイロットか?」

 先程遮られた言葉を提督は再び繰り返します。

 その言葉に黄色い男の人は困ったような顔をします。女の子の方は至って無表情。

「所属と名前を言いたまえ」

『あ、テンカワ アキト。今日付けでコックです!』

『テンカワ ホクシン。おぺれーと、だそうだ』

『オペレーター』

『おぺれーた、だそうだ』

 再び尋ねる提督の言葉に、黄色……いえ、テンカワさんとホクシンさんが応えます。どちらかというと、ホクシンさんの方が頭弱そうです。

 しかし、オペレーターですか?

 では、やはりマシンチャイルドなのでしょうか。資料で見た事がありません。

「ユリカ、あの人達」

「うん」

 艦長と副長が何やら言葉を交わしてから、艦長が考え込むようなポーズを取ります。きっと囮にするかどうか考えているのでしょう。

 他にもクルーの人が口々に何かを言っています。

 やれ、なんでコックがパイロットをやっているかだの。やれ、子供が危険な事するなだの。

「しかし、アキトさんとホクシンさん。オペレーターはともかく、コックは危険手当つきませんよ?」

『囮がいないんでしょう?だったら俺、やりますよ。死にたくありませんからっ』

『それに、我も兄者も戦闘経験がある』

 プロスペクターさんの言葉に、テンカワさんが熱の入った声で応えます。どこで囮が必要になったのかを知ったのか気になりますが、それ以前にホクシンさんの言葉の内容に皆さんの……いえ、艦長以外の興味が集りました。

「それは本当ですか!?」

「貴重だな」

 さも意外と言わんばかりのプロスペクターさんと、随分と理論的な発想のゴートさん。

 ですけど、IFSを持ってる時点で戦闘経験があると思いませんか?

『いえ、経験は、まぁ……』

『それはどうでも良い。作戦内容を言え』

 回答に渋ったテンカワさんの言葉を遮るように、ホクシンさんが高圧的に作戦を聞いてきました。

 ……このホクシンさん。特徴のある時代遅れの男言葉や、その外見と発言内容から気にも留められてませんが、テンカワさんの言葉から注意を逸らすような発言が多い気がします。

 ホクシンさんの言葉に、慌てずにゴートさんが作戦を伝えました。

 早い話、10分間逃げまくれ、ですね。

 ど素人なら無理ですけど、戦闘経験があるのなら大丈夫でしょう。それに2機もいるのなら、どちらかが死んでも支障はないはずです。

 その作戦を聞いてから、二人とも了解だと伝えます。

 そして

「アキト!アキトだ〜!!」

 艦長復活。

 作戦も何も考えてなかったんですね。喜びを前面に押し出したかのような口調で、弾んだ声でテンカワさんに向かって声を投げかけます。

「懐かしい〜!そっか、アキトか〜

 なんでさっき知らんぷりしてたの?相変わらず照れ屋さんだね」

『……ああ、ユリカ。一つ言っておくけど、照れ屋じゃなくて思い出せてなかっただけだっての』

「またまた〜。照れちゃって!」

『それに、なんでお前そこに居るんだよ』

「彼女はこのナデシコの艦長でして」

「そうなの、私、艦長さんなんだぞ。えっへん」

 今の状況すら忘れ去られている会話なされます。

 ほら艦長、皆さん呆れてますよ。プロスペクターさんもさり気なく会話に混じらないでください。

「て、ちょっとユリカ。あいつ誰なの!?」

 副長復活。

 人物を尋ねる前に、このアットホームな会話を止めてください。いやマジで。

 ですけど、艦長は実に嬉しそうに頷きながら副長に振り返ります。

「うん、私の王子様。ユリカがピンチの時にいつも駆けつけてくれるの!」

「!!!」

『おーい』

 艦長の言葉により、副長再び撃沈。テンカワさんが虚しく声を上げていますが、ホクシンさんに至っては無視されてますね。

 ちなみに、エレベーターがそろそろ止まりそうなんですけどね。とりあえず伝えておきますか。

「エレベーター停止。地上に出ます」

「あ、頑張ってくださいねー」

「俺のゲキガンガー返せよな!!」

 私の言葉に続くように次々とコミュニケを通じてテンカワさんに通信が送られます。無視されているホクシンさんは大して気にしていないのか、至って無表情です。

 マシンチャイルドには、感情が宿りにくいのでしょうか。

 と言うか艦長。その王子様とやらの妹さんには挨拶無しですか。

 そして、エレベータが止まってエステバリスが地上に出ます。その様子をモニターに切り替えます。

「うわ」

「なによ、あれ」

 映し出された映像に、メグミさんとミナトさんが顔を蒼くしました。

 それはそうでしょう。

 四方八方敵だらけ。

 一機で戦闘機をばったばったと撃ち落としてゆく兵器がごろごろいるんです。それもエステバリスを囲んで。

 これは徹底的にタコ殴りでしょうか?

 私は予想したエステバリスの末路に、僅かに嘆息しました。

 役立たずですか、と。

 そして、花火が上がりました。

 

 

 

 神業により迎撃されて散って逝く花火が。

 

 

 

――Dパートに続く――