時ナデ・if
<逆行の艦隊>

第22話その6 輝く季節へ





瓦礫を踏み越え、土煙を巻き上げながら、複合装甲の鎧に身を固め56口径88mm砲という長槍で武装した騎士たちが征く。
その姿は雄々しく、同時に禍々しい。 その先に死を撒き散らしながら、仲間を救うために戦う。
味方には頼もしく、敵には憎悪されながら彼らは戦う。

そんな中、その報告は衝撃と共にもたらされた。

「シュワルベが撃墜された!
 繰り返す、シュワルベ、撃墜!!」

口の中で小さく罵る。
最悪のタイミングだ。 魔女の婆さんの呪いか、畜生め。

「各機、独立照準に切り替え!
 3機1組で円陣を組むんだ。 背中を狙われ ―――ッう!」

鈍音と共に衝撃で揺さぶられる。 舌を噛んだ。
生ぬるい鉄錆の味を感じつつ、機体をチェック。

「さすがフリティラリアだ。 何ともない」

ETC(電熱化学)砲の直撃をフリティラリアの重装甲が弾いたのだ。
さすがに衝撃まではいかんともしがたいが、これで慣性中和装置がなければ
貫通されずとも音速の数倍という砲弾の着弾時の衝撃だけで中の人はミンチになるから十分に役立っているのだろう。
当たったのが一番装甲の分厚い胸部というのも幸いした。 背中や側面はこれほどの防御力はない。
そこまで重装甲で覆っていたら重くなりすぎる。 したがって、フリティラリアは被弾する確率の高い上半身……特にコクピットのある
胸部が集中的に強化されている反面、吹き飛ばされても致命傷になりにくい手足とエンジンを収めているために装甲化の難しい背中は意外と脆い。
マコトが円陣を組むように指示したのはその薄い背中を晒さず、分厚い正面装甲を盾代わりに火力を全周囲に向けて警戒できるからだ。
逆に動きづらいことこの上ないのだが、防御優先にしたので我慢するしかない。

シュワルベからのデータがなければ自分たちで敵機を探さねばならないが、
市街地には入り組んだ路地があり、6m程度の機動兵器なら屈めば隠れてしまいそうな場所がいくらでもある。
また、前方だけでなく頭上も警戒せねばならない。
装甲のせいで2足では走ることすらままならないフリティラリアだが、エステ並みに軽量な敵機なら屋根の上からこちらを狙えるだろう。
長砲身砲を備え、重装甲のフリティラリアはまさに現代に蘇った戦車の後継者といえるが、同時に弱点も同じだった。
地平線まで一望できるような平原で撃ち合うなら圧倒的に有利だが、錯綜した市街地では死角が多くなる。

「エステ隊を随伴させるべきだったかな」

呟きながら、マコトにはそれが無理な注文だとわかっていた。
エステ隊ではカキツバタの傍を離れられない。
バッテリーでも使えば話は別だが、今からバッテリーを取りに行くわけにもいくまい。
だからこそシュワルベが上空からの管制を請け負っていたのだが、それも今はない。
カキツバタが引き抜かれて空いた防空網の穴をまんまと突かれた。
失策と言えばそれまでだ。 せめて護衛の空戦フレームをつけていれば違ったかもしれない。
だが、カキツバタと独立機甲大隊にはそれほどの余裕がなかった。 出来たらとっくにやっている。

それもこれも、あのバールのクソ×××野郎が先走って暴走するからだ。
くされ○○○に×××でもしてアヘアヘ喘いでればいいものを。

軍隊式のスラングで罵ると、周囲を警戒しつつ前進させる。
3機1組で背中合わせに周囲を警戒しながらの進軍は安全性を高める半面で機動力を削ぐ。
フリティラリアのホバー走行も宝の持ち腐れだ。
これで進撃の速度はガタ落ちになり、戦線は再び膠着状態に持ち込まれた。


○ ● ○ ● ○ ●


日が落ち、宵闇がその深さを増しつつある。
このまま夜の帳が周囲を支配するようになれば、さらに混乱は増すだろう。
いくらレーダーや赤外線暗視装置の類があるといってもそれは太陽の恩恵を代替しきれるはずもない。
視界が利かないというのは文字通りすべてが「闇の中」になることを意味していた。

それは非常に厄介な、しかし同時に好機でもある。
管制機を撃墜されたことで敵の進撃速度はガタ落ちとなっていた。
闇に視界を阻まれ、場面によってはレーダーより有効なソナーは自己の発する騒音で役に立たず、耳を塞がれた部隊は手探りで進むしかない。
その隙に三姫・京子の部隊はそれぞれ月臣・三郎太のマジンからエネルギーを供給されつつ後退した。
損害が大きくなり過ぎて逆襲に出ることは不可能に近いが、それでも陣地にこもって防御に徹すればまだ粘れるはずだ。

「しかし、動こうにもね」

いかんせん負傷者が多い。 十五試戦の防御力でなければ『負傷』では済まなかっただろうが、
1人の負傷者を助けるのにさらに3人ほどが拘束されてしまう。
逆に死者は手間がかからない。 死者が残すのはただの物質に成り下がった肉体のみだ。
できる限り回収を試みるのは当然だが、やむなく機体ごと爆破するか、そうするまでもなく原型を留めていないものも多かった。
感傷を切り捨てさえするなら遺体はすべて放棄しても問題はない。

……ああ、こうして慣れていくのか。

別れ際に万葉が言った言葉が理解できる。 過酷な現実にすべての感情が磨耗していく。
これが戦場だと、すべて納得してしまう。
悲しみに嘆いても、敵が現れればそれすら捨てて戦い、打ち倒す。
名も知らぬ敵兵を撃ち、生き残っては血反吐を吐く。
このイカレた時代へようこそ、というわけだ。

「京子、見張りを立てたほうがよかね。 侵攻速度が遅くなっただけで、そこまできてることには変わらんと」

「……そうね、十五試戦の残りから選びましょう。
 3機1組で、3時間ごとに交代させましょう」

三姫と軽い打合せをして部下に命じる。 虎の子の十五試戦を使うことに抵抗はあったが、
基本的に陸戦を考慮されてセンサ類が充実しているいる十五試戦のほうが、中途半端に汎用性を求めて失敗した尖隼よりマシだ。
あのバカみたいにうるさい敵の新型ならかなり遠方でも察知できるだろう。
仮に奇襲を受けても一撃で撃破されなければ異常を知らせる時間は稼げるだろうし、初撃を凌いで返り討ちにだってできるかもしれない。
その生存率は旧式の尖隼に比べると格段に高くなっている。
しかし、すべてにまわすには数がない。
十五試戦は試作機を無理やり使えるレベルにして使っているのであり、工場で専門のラインを引いてざくざく作っているわけではない。
整備マニュアルすらない状況では稼働率は当然下がるし、どんな不具合が発生するかわからない。
それでも、そんな試作機でさえ木連で制式採用されている尖隼とは比較にならないほど高性能なのだから、
やはり機動兵器開発は一朝一夕で身につくものではないらしい。

ネルガル、AGI、明日香インダストリー、クリムゾンという企業を抱える地球はその点で大きく差をつけている。
例えばAGIは欧州の工業拠点が占領されていて使えない現在では、スノーフレイクの生産の一部を明日香インダストリーに委託している。
明日香が同程度の技術力があればこそこんな真似もできるのだ。
その気になればネルガルやクリムゾンの工場でもスノーフレイクの生産はできるだろう。
逆にAGIの工場でエステを量産することも技術的には不可能ではない。
機動兵器に必要なノウハウはそれなりに持っているのだから。
エステの重力波変換ユニット、超軽量合金、特殊硬化樹脂、複合装甲材の技術はAGIになく、
逆にスノーフレイクやスノードロップの高出力エンジン、小型レールガン、可変機構、多岐な装備に対応可能なOSといった周辺技術は
各企業に固有のものが多いが、ブラックボックスとして提供されれば生産くらいは出来る。
AGI・明日香 vs ネルガル・スカーレット vs クリムゾンの対立構造があるため上記のようなことは出来ないが、基礎技術の蓄積の有無は大きい。

また、逆にこの対立が機動兵器そのものの発展を促した。
あるいはネルガルがエステバリスで独走状態に入っていれば、これほど新型機は生まれなかっただろう。
その存在を脅かすものがなければネルガルはエステの生産に全力を注いでいればいいのだから。
わざわざ多大な予算と物的・人的資源を必要とする新型の開発を戦時中に行う必要もない。
そちらにリソースを食われてエステの生産が下がっては本末転倒もいいところだ。

だが、実際はそうもいかなかった。
AGIという欧州の伏兵はスノーフレイクという新型でもって不動だったはずのエステの地位を脅かした。
それに焦ったネルガルはブラックサレナの開発を中心に据えた次期主力機動兵器開発の計画を立ち上げ、
さらにAGIもそれに対抗してスノー系の新型案や改フリティラリアの開発計画を進め……という循環。
八八艦隊計画とダニエルプラン、あるいは冷戦中の軍拡競争さながらの、財務担当が首をくくりかねない苛烈な開発競争が勃発していた。
それだけに地球側は新型の登場も早い。

対する木連は軍の兵器工廠が開発から生産までを一手に引き受けており、民間は介入する余地などない。
資源を一本化して使える(その中には人材も含まれる)反面、この一つがこけると後がない。
お役所仕事になりがち、競争原理が働かないなどの欠点があった。
とくに予備がないというのが深刻で、尖隼が能力不足として新開発された飛電はさらにダメダメという
ソードフィシュとアルバコアのような喜劇を演じてしまった。
そこでせめて繋ぎにと、慌ててスカーレットに依頼されたのが十五試戦というわけだ。

元がクリムゾン系の技術者が多く、そこに木連からの派遣技術者とネルガルから引き抜かれた月面フレーム開発班を交えた
スカーレットの人材は意外と層が厚い。 アクア・クリムゾンという『旗』のおかげもあるのだろう。
現会長であるロバートの強引さに反感を感じているクリムゾンの人材がスカーレットへ流れていた。
また、部分的にではあるがネルガルもスカーレットへ協力している。
AGIの勢力が強い欧州で自分たちの味方を増やすための橋頭堡と考えているからだろう。
AGIと明日香インダストリーにも同じことが言える。 AGIはアジアに打ち込む楔として明日香を利用しているのだ。
ネルガルとAGIの対立は根深い。 互いに匕首を喉元に突きつけながら空いた手ではクリムゾンを押さえようとしている。
これで欧州とアジアの間にロシアという緩衝地帯(というより企業にとっては空白地帯)がなければ直接的な手段に出ていたかもしれない。
クリムゾンにしても太平洋・大西洋という両大洋を挟んでいなければ状況は違っていたかもしれない。

企業による三極構造となった地球は未だに足並みを揃えられずにいた。
軍内部の対立、ことに地上軍と宇宙軍の仲の悪さもある。
伝統的な戦時における軍部の権利拡大とそれを嫌う政治屋との対立など枚挙にいとまがない。

………それでも、これか。

京子は改めて現状に愕然とする。
木連は文字通りの総力戦に突入しているのに対し、地球側はバラバラ。
それでいながら彼女たちが有するもっとも強力な機動兵器は地球製で、しかもそれは同じ地球製の新型に駆逐された。
いま相手にしているのは敵正面兵力の半分にもかかわらず、優華部隊は追い詰められている。

これで地球側が一致団結して当たってきたら……。
そもそも、果たして自分たちは勝てるのか?

それはこの戦闘を経て多くの木連兵たちが抱いていた疑問だった。
初期の圧倒的な勝利。 信じられた正義。 疑わなかった仲間への信頼。
全てが破壊される戦場で、無形のものさえも揺らぐ。
それは小さな亀裂となって彼女の胸にわだかまり続けた。

警戒につく十五試戦を見やりながら、京子はそっと目を伏せる。
果たしてこの戦争が終わったときに何人が生き残っているのか。
その中に自分と月臣が含まれているだろうか?

夜の闇は深く、おぼろげな月以外の光は見えない。


○ ● ○ ● ○ ●


――― 闇が裂ける。

ぼんやりと霧がかかったような思考の片隅でイツキはそれを感じた。
それは歪みながらも辛うじて機能するコクピットハッチが胸部装甲ごと開き、
そこから人工の明かりが向けられたのだった。

シュワルベは墜落しながらもパイロットを精一杯の保護機能で守っていた。
ギリギリまで維持されたディストーションフィールドがクッションになり、
加えてアサルトピットとフレームの間に置かれた緩衝材が地面との激突時に衝撃を吸収した。
また、墜落した先が古い木製の教会だったことも幸いした。
煉瓦や鉄筋の硬い建造物の上ではもっとひどい損傷を受けていたかもしれない。

イツキが軽い脳震盪ですんでいるのはそうしたいくつかの幸運があったためだ。
墜落が即座に死とイコールでつながる戦闘機に比べれば幾分マシと言える。
だが、主人の命と引き換えにするようにシュワルベはその機能の大半を喪失していた。
『千里眼』とのあだ名を与えられた複合センサレドームは墜落の衝撃によって砕け、
それだけで並の機動兵器がフルセットで買えるほど高価な多段相位相型空間走査レーダーは今や不燃ごみと化した。
ドイツのマイスターと呼ばれる職人が精密機械以上のの精度で作成したカールツァイス社製の光学レンズは歪み、
予備を含めて3台のセントラルコンピュータのうち2台が機能を停止したためにメイド・イン・ジャパンの
液晶ディスプレイは意味のないノイズを映すだけだ。

シュワルベに限らず機動兵器という代物は精密機器の塊である。
無論、兵器であるからには武人の蛮用に耐えるタフさも要求されるが、根本的な脆さはある。
例えば電力の供給が絶たれたなら、途端に棺桶に成り下がってしまう。
あるいは配線を間違えただけでも動かなくなるかもしれない。
制式採用されているエステ2などではその点を十分に考慮された上で耐久試験が行われている。
標準で内蔵されたバッテリーは外部からのエネルギー供給が絶たれても数時間は生命維持などの機能を維持できた。
あるいは戦場でもっとも多く予想される事態……敵の攻撃によって損傷を負った場合でも、
損傷部分の回路をカット、あるいは無事な部分を迂回して機能を維持するようになっている。
例えば片足を吹き飛ばされた場合でも両手と片足で這いずって移動できるようにバランサーが調整されていたりする。

が、試作機に過ぎないシュワルベではこのあたりの詰めが甘い。
シュワルベは空戦フレームをベースにペイロード一杯まで電子戦兵装を詰め込んだために極端にバランスが悪い。
元々エステは余計な贅肉をそぎ落として極端にシンプルに仕上げられているために、追加された兵装の大半は外装式となった。
これで重量バランスが偏り、空中での運動性の低下につながった。 衝撃に対する脆さも指摘された。
華奢な空戦フレームがベースであるために機体剛性に難があったのだ。
また、衝撃を受けた際に外装式の装備がたわみ、フレームに過大な負荷を与えることが確認されていた。
今回の起こったのもそれだった。
外装パーツによって生じた重量増加にフレームが耐え切れずにひしゃげてしまった。
人間で言うなら背骨の骨折に脊椎損傷の重症だ。 動く事すらままならない。

そして、戦場のど真ん中で動けなくなれば、待っているのは死。
確実で逃げようのない、死。

「……動かないと」

じんじんと麻痺する指をIFSから苦労して引きはがす。
規定どおりにヘルメットを被っていたのが幸いした。 少しくらくらするが、他に怪我を負った様子もない。
機体の方は放棄せざるをえない。
敵に回収される危険もあるが、自爆装置などという酔狂以上に危険極まりないものなどついていないから、そのままだ。
日本人の某技師ならやりかねないが、ドイツ人にはその手の趣味はなかったらしい。
ただし、ドイツ製の悪癖である『完璧に整備して完璧に使えば大丈夫』という、ユーザーに優しいどころか積極的に厳しい仕様なのはいかがなものだろうか。

「動かないと」

「いや、その必要はない」

シートから起き上がりかけたイツキを冷たい声がさえぎる。
声をかけてくるのは人間しかいない。
が、それが味方とは限らない。 
とっさにシート脇に手を伸ばし……

――― 発砲音

手のひらから冷たく、熱い痛みが脳髄まで駆け上った。

「―――くぁ」

サバイバルキットの中に含まれていた拳銃を取り落とした。
うっすらと浮かび上がるシルエットの中にどす黒い液体が加わる。

「ああ、それともこう言うべきだったのか?
 動くな、地球人」

苦悶に呻くイツキに、万葉は冷たく告げた。


○ ● ○ ● ○ ●


漆黒と真紅、搭乗する機体に違いこそあれ、その戦闘はかつてと同様に……あるいはそれ以上に苛烈なものとなった。
アキトの乗るブラックサレナは、大雑把な外観こそオリジナルに近いものの、実態はかけ離れている。
原型のサレナは対夜天光・六連との1対7の高機動戦を想定しており、まともなディストーションフィールドを展開できない夜天光などが
相手なら胴体正面以外はどこに当ててもダメージを与えられる事から、火力は連射性能に優れるハンドカノン2門で十分だった。
そして残りのリソースの全てが回避のための機動力と、かわしきれない時のための防御力に割り振られていた。
もとよりエステバリスに無理やり装甲を追加したために脚部と腕部がほとんど動かせないなどの欠点もあった。

だが、このブラックサレナ(2)は中身のシュバルツ・ファルケと共に1つのユニットとして開発されてきたものだ。
防御は強固なディストーションフィールドに頼り、装甲は強化されてはいるものの機動力を削がない程度で抑えられている。
誘爆を防ぐために燃料式スラスターの搭載をあきらめ、従来の重力波方式としている点も違う。
一番の違いは火力だ。 高機動ユニットにはマイクロミサイルポット、レールカノン、DFS、可動式マシンキャノン、対機甲ミサイルなどなど。
積めるだけ積んでみましたと言わんばかりの重装備だった。
それもそのはずで、基本の運用思想は『高機動ユニットで前線を強襲・制圧』、『ユニット切り離して射撃戦・殲滅』、『最後は中身で掃討戦』
という運用思想の元に設計されている。
高機動ユニット装備時は4発機のパワーに物を言わせた火力で敵を圧倒することが想定された使い方だ。
それだけに加速力はたいしたものだが、図体がでかいために小回りが利かない。

対する北斗の十五試戦は全周型とピンポイント方式の2つのディストーションフィールドのうち、
ピンポイント型のディストーションフィールドを面ではなく収束された線として展開することでDFSと同様に
武器として使うように改造されていた。 当然、武器として使っているときに盾としての機能は果たせない。
しかし、それでもなお十五試戦には全周型のディストーションフィールドがある。
加えて十五試戦はエステを対抗馬として見ていたため、エステより一回りほど大きいながら、運動性能は悪くない。
2基装備された重力波ユニットが叩き出す高出力もあって加速力もある。
だが、やはりサレナには速度では追いつけない。 その代わりサレナは格闘戦では絶対に勝てない。
この2機は互いの戦法がまったくかみ合っていなかった。
それだけにアキトもやりにくいことこの上ない。

「当たれッ!」

祈るような言葉と共にレールカノンから60mm徹甲榴弾が超音速で吐き出された。
もちろん人間の反射神経で回避できる速度ではない。
直撃すれば戦艦の装甲板すらたやすく抜ける威力を秘めた砲弾は、しかし空しく彼方へ飛び去るだけだ。
砲弾は砲身を向けた方向に飛んでいく。 発砲タイミングさえつかめれば砲口から自機を逸らすことで回避できる。
言うは易くの典型のようなものだが、最新のFCSとアキトの経験則をもってしても軽快に動き回る敵機を捉えられずにいる。

北斗の戦闘スタイルは実に正統派のものだった。
1対1の場合でも絶対に真っ直ぐ馬鹿正直な機動はせず、それでいて常に正面をこちらに向けている。
サレナのディストーションフィールドと装甲には30mm機関砲では効果が薄いことを悟ると、射撃は牽制に留め、
こちらの発砲の直後に突っ込んできてDFSによる必殺の一撃を見舞っていく。
DFSで斬りつけられては装甲も何の役にも立たない。

――― 急降下

追いすがる十五試戦を振り切るようにサレナを地表ギリギリまで降下させ、位置エネルギーを速度へ変換する。
機体剛性に劣る十五試戦が同様の機動を行えば最悪で空中分解しかねないほどの急激なGの変化がサレナとアキトを襲う。
続けて急上昇に転じ、ひねり込み。 FCSがGを計算にいれて照準を自動補正。
それに合わせて可動式マシンキャノンが敵機を追う。

正面に投影される画面の中、緑色の円と敵機を示す赤い三角の枠が重なった。
ロックオンを意味する甲高い電子音。
アキトは間髪いれずにトリガーを絞る。

轟音と共に機関砲弾が奔流となって押し寄せた。
一定の割合で混じる曳光弾の軌跡の先には真紅の機動兵器。

……しまった! 回避しない!?

アキトの狙いは正確だった。 それだけに軌道を読まれた。
十五試戦の最大の特徴はその過剰なまでの防御力。
レールカノンはともかく、マシンキャノン程度なら一枚目のDFで弾くか、それを抜かれてもピンポイントの方のDFで防げる。
北斗はそう読んだ上で回避しなかった。
実際は最初のDFで弾かれなかった分は、それでも抵抗を示す空間の力場によって軌道が逸れて着弾する。
レールガンのように音速の6倍以上の超高速で飛来するなら多少逸れても最終的な着弾点はそうズレない。
だが、せいぜいが初速でマッハ1をわずかに超える程度の機関砲弾ではDFで逸れた場合、着弾点も大幅にズレる。
運が悪ければそれが致命傷を招きかねない。

そこまで考えなくても、まっとうな人間なら大丈夫だからと言われても、撃たれる恐怖から回避を選ぶだろう。
だが、こと戦闘に関して北斗はまともな神経とは対極に位置する。
ギリギリの命の削りあいを楽しんでいる節さえある。
それは自分の能力に対する絶対の自信からくるものか、確率論で訪れる戦場の死神さえねじ伏せんばかりの勢いだ。
事実、逸らされた機関砲弾の何割かが構えた盾の効果範囲外を傷つけているが、それは装甲を削るにとどまっている。
華奢な外観に似合わない意外なタフさだ。 やはり機関砲弾では同一箇所に集中して叩き込まないと効果が薄い。
スーパーエステでも最初の一撃くらいなら耐えるだろうが、こちらは桁が違う。
しかし、ここで射撃を止めても無防備になった瞬間に反撃を受けるだけだ。
撃ち続けて牽制するか、ラッキーヒットを狙って撃破するしかない。

曳光弾がときに弾かれ、ときに逸らされ、ときに敵機を叩く。
目視で確認できるのでそれだけあるということは、実際はもっと当たっているのだろう。
それでも微動だにせず、サレナを迎え撃とうとしている。

「ああ、乗ってやるさ」

これはチキンレースだ。 高機動ユニットを装備した状態のサレナは白兵戦など出来ない。
交差する前に回避に転じなければ切り裂かれて終わり。
北斗の方もこのままではサレナに弾き飛ばされてしまう。 2枚と1枚だが、DFの強度ならほぼ互角。
質量と速度がついている分だけサレナの方が有利。 回避しなければ大ダメージを負うだろう。

猛烈な勢いで残弾表示の数値が減少していく。
それに伴い、敵機の表面の傷も増え、サレナは突貫する。

――― 交差

回避に転じたタイミングはほとんど同時だった。
明暗を分けたのは単純に機体の性能差だ。
端から白兵戦重視で設計された機体と、火力制圧を目的とされた機体の差。
わずかな、ほんとうにわずかなレスポンスの差しかなかったが、それが決定的な差だった。

背をDFSによって切り裂かれた漆黒の機体は、破片を撒き散らしながら落ちていった。
まるで、翼をもがれた鳥のように。


○ ● ○ ● ○ ●


そこは廃墟だった。
人々が生活していた場所の残骸が転がる場所。
人であったモノが無造作に転がる場所。
かつての営みを彷彿とさせるのは炎に焼かれ、瓦礫に潰され、爆風に砕かれた醜悪なオブジェと化している。
様々なものの焼かれる臭いが嘔吐感をもよおすような澱んだ空気を生み出す。
それが生身で感じる戦場の空気だった。

「歩け」

「……歩いてます」

手のひらに穿たれた傷はファーストエイドキットでふさいだが、痛みまでは取り除けない。
麻酔薬を使えば痛みは除けるが、痛覚だけでなく他の感覚まで鈍ってしまう。
そうしたらいざと言うときに動けないかもしれない。
イツキは痛み止めは我慢できるうちは使うなという教官の教えを守った。
使う事があるとしたら、助からないような重傷を負ったときにとどめようと思う。

「あなたは……」

「無駄口を叩くな」

かまわずイツキは続ける。

「敵、なんですか?」

「それ以外のなんに思えるんだ、地球人?」

万葉の返答は冷たく、取り付く島のないものだった。
じくじくと痛む手のひらを押さえ、黙ってイツキは歩く。
向かっているのはかつては小学校の体育館だった建物だ。
屋根が半分ほど吹き飛ばされ、壁も一部崩れているが、元々大きめの建物だったらしく、7m級の機動兵器なら屈めば隠れてしまう。
破壊された窓からわずかな月明かりが差し込んで、その姿を闇の中に浮かび上がらせていた。
その背中を見てシュワルベの墜落地点まで機動兵器でこなかった理由を悟る。
そこにはエステバリスと酷似した重力波ユニットが2基並んでいる。
あれが見た目通りの代物なら、この機体は母艦から離れすぎてエネルギー切れになったのだろう。
内臓バッテリーか何かで辛うじてこの場所に隠した後は危険を承知で機動兵器を降りてきたのだ。

……なんて無茶な真似をする。

生身のパイロットにとって戦場は危険すぎるものだ。
歩兵部隊が浸透していれば、拳銃くらいしか持たないパイロットはあっさりと捕虜になるか射殺されるかだ。
拳銃など戦場ではお守りか自決用くらいの意味しかない。
特に危険なのはミサイルの破片や、敵味方の機動兵器の戦闘による余波、制圧射撃に打ち込まれる榴弾など。
流れ弾ならぬ余波で生じる破片こそが歩兵が死傷する大きな原因の一つだ。 何しろ範囲が広い。
防弾ベストは本来は銃弾ではなく、この破片を防ぐ意味合いが大きいのだ。
パイロットスーツにそんな力はない。

乗機を破壊されたならパイロットは物陰に隠れて救助を待つのがセオリーだ。
航空優勢が味方の手にあればヘリが飛んでくるし、そうでなくとも機械化歩兵部隊に拾ってもらえる。
無防備な姿でうろつくなど、よほど陸戦に慣れていないか……

そこまで考えて気づく。 慣れていないのは当然だ。
彼女が自らを『敵』だと語ったことが事実なら、その出身は木星の彼方。
陸戦に慣れていないのは当たり前だ。

――― 間違いなく、彼女は『木星蜥蜴』だ。

イツキは迷った。 ここで“切り札”を使うか否か。
使えばこの場は切り抜けられるかもしれない。
だが……

「迎えが来るまでは時間がある。
 それまでに知っていることを話してもらうぞ」

「待って下さい。 私は……ッ!」

口を開きかけたイツキを焼けるような痛みが襲う。
傷を負った手のひらを万葉の拳が叩き、押さえつけていた。

「聞くのは私だ。 いまの私は女だからと言って加減するような心境じゃない。
 本当はいまだって撃ちたくて仕方なんだ。 わかるか?
 部下を殺した奴が目の前にいる。 どう思う?
 なあ、どんな気持ちだと思う?」

「私は……違い……」

「わかってるんだ。 たぶん、お前は手を下していない。
 管制機に乗っていたんだ。 そうだな……少し、ほんの少し、協力しただけなんだろうな」

「 ―― くッ、ああ」

「きっとお前の仲間も死んだんだろうな。
 悲しいさ。 私も同じなんだ」

拳をどける。 涙で潤んだイツキの瞳と視線が合った。

「でも……お前たちが殺した!
 坂宮も、裕美、可奈、瑞穂、夕菜……みんな、お前たちが殺した!」

イツキから視線を外す。
銃を構えたまま、その腕を影となっている場所へ。

「だから、今度こそ……私はお前の敵だ」

静かに、先ほどまでの感情の撃発を伺わせないほど一転して冷たく、万葉は告げた。

「そうだろ、ガイ」


気付かれていたのか、と言うのが一つ目の衝撃だった。
2つ目は銃口を向けてきた万葉の視線の冷たさだった。
夜の闇をまたいでなお分かるその視線には、まったく感情が伺えない。
まるで真冬に氷の張った湖面を眺めているようだ。

「……万葉、そいつを放せ」

同じく銃を構えながら、ヤマダ・ジロウは告げる。
無駄だとは思いつつ、言葉を重ねた。

「あんたを、撃ちたくねえ」

「なら、私が撃つ」

即座に返答があった。
それは彼が望んだものでないにしろ。

「言ったはずだ、次は敵だと」

万葉の言葉を聞きながら、じりじりと移動する。
射角の都合で、この位置からでは外した場合、イツキに当てかねない。
彼は射撃が下手くそで有名だった。
グリップを狙えば暴発の危険なく銃を弾き飛ばせるのだろうが、そんな自信はない。
手か肩に当てれば致命傷を負わせることなく、というのも無理だ。
そもそも拳銃は20mの距離から狙い撃ちするには不向きな代物だった。
せめてレーザーサイトでも付いていれば別だが、対テロ部隊でもない限り今どきそんなものは使っていない。

「頼む。 撃たせないでくれ。
 俺はこれ以上、誰も死なせたくない」

「この女が、大事か?」

万葉の問いに少し考え、しかしきっぱりと答えた。

「ああ、大切な仲間だ。
 死なせたくねえ。 守れるもんなら守りてえ。
 失いたくないって思える、仲間だ」

イツキが顔を上げる。 泣くのを堪えているような表情だった。
それに軽く頷く。 特に意味はないが、とにかく頷いた。

「なら……なぜ」

万葉の声が震える。

「なら、なぜッ! 私の仲間を殺したぁ!」

沈黙が落ちる。 今度は長い。
遠くで何かが爆発するような音。 それだけが空気を振るわせる。
万葉の叫びの残響がようやく消えたころ、ヤマダは口を開いた。

「殺したのか……俺が」

「なぜ、殺した! 殺さなければ……私は…恨まずに済んだのに……」

万葉の言葉は最後の方は弱々しくなっていった。
それでもはっきりと耳に残る。

「お前を……恨まずに………」

重くなった。 構えた銃が。
それを支持する腕が、支える足が……何より、心が。

「私も殺すか、ガイ?
 殺して、この女を助けるか?」

「俺は……」

殺さない。
その言葉が出ない。
口に出来るはずがない。

なぜなら、彼は既に選んでしまったから。
仲間を助けるために他を殺す。
それを選んでしまった。

それを万葉から教えられた。
知っているはずだった。
これから戦う敵には人が乗っているのだと。
そう思いながら、しかし、意識することなく彼は戦い、殺した。

「私は殺すぞ。 私の仲間を助けるために、お前を撃つ。
 お前の仲間も撃つ。 私が生き残るために」

「俺は……」

「選べ。 私を撃って、この女を助けるか?
 私に撃たれて、仇を討たれるか?」

イツキを助けたいか?
その通りだ。

「軍は私にこう教えた。『戦って死ね』と」

「うちのところはこうだ。『戦って生きろ』」

死にたくない。
それは本心だ。

「そうだ『戦わずに死ね』とは教えられていない」

「『戦わずに生きろ』ってのもなしか?」

「私は軍人だ。 戦わずして何をする?」

ならば撃てるか?
それも否だ。

「そうだな……このまま握手して帰るってのはどうだ?」

「いい案だ。 仲間を殺されていなければ応じたかもな」

ならば、万葉を撃てるか?
わずかな時間でも生死を共有し、理解しあえたと思える相手を、
仲間のために切り捨てる事ができるのか?

………わからない

「――― 撃つしか、ないのか」

撃たねば自分と仲間が死ぬ。 撃てば敵が死ぬ。
迷うはずなどない選択肢。
戦争とはそういうものなのだから。

引き金にかけた指に力がこもり……


○ ● ○ ● ○ ●

ふん、仕留めそこなったか。

北斗は周囲に散らばる残骸の少なさからそう判断した。
破壊したのは後付けのユニットのみだろう。
肝心の胴体と思しきパーツがどこにもない。

ちらりと計器を確認すると、バッテリー容量が心もとなくなってきている。
2基の重力波ユニットでエネルギーを受信できる範囲はとっくに越えていた。
早めに決着をつけなければこちらの帰還に支障をきたしかねないが、
北斗の関心は再びめぐり合えたあの存在に向けられていた。

「逃がすか……。 あれは俺のものだ」

火星で仕留めそこなった漆黒の機動兵器。
彼と互角に渡り合っただけでなく、初めて敗北を味あわせた敵。
狂おしいまでに求め続けた敵。
それは恋にも似た情念の炎を燃え上がらせる。

北斗にとって戦うことは全てだった。
彼に求められたのは常に勝利すること。
それが当然であり、しかし、ひどく退屈だった。

彼は狂っていた。 常に死を身近に感じていなければ生きている実感が得られない。
死という対極と比較しなければ生を理解できない。
ただ生きているということに我慢がならない。
戦うことがすなわち彼の生きる意味だった。

なぜなら、北斗は枝織のように必要とされていないから。
枝織のようにただ存在する事を許されているわけではないから。
それがこの『北斗』だった。

戦っている以上、彼は存在を許される。
勝利することを求められながら、しかしそれは戦いの終わりを意味した。
それは矛盾だ。 存在意義の証明は、しかし存在の継続を否定する。
だから彼は求めた。 戦い続けられる強敵を。 
だが、

「落胆させてくれるな」

十五試戦のセンサが敵機を捉える。
エンジンの排熱と音は到底隠しきれるものではない。
たとえ物陰に隠れようとも無駄だ。
新型に慣れていないのか、それとも間抜けなのか。

DFSにかかれば建物の壁一枚など無いも同じだ。
一気に跳躍し、そのまま袈裟懸けに切り伏せる。

「つまらん幕引きだ」

切断された上半身が無残に転がる。
コクピットが存在したであろう場所も鋭い断面を覗かせていた。
間違いなく中身はある。 火星のときのように抜け殻を斬ったわけではない。
静かに嘆息した。
これでまた退屈な日々が戻ってくるのだ。

「ほんとうに、つま……」

つまらん、そう言いかけた北斗だったが、最後まで言い終えることはできなかった。
斬られた上半身が転がり、増加装甲が外れて中が見えたからだ。
そして、それは……

「尖隼、だと?」

木連製の機動兵器。 まさか敵が使っていたとは考えにくい。
続けて下半身が倒れた。 壁との間に隠されていたものが転がりでる。
円盤状の物体が、1、2……5個と箱のようなもの。

「地雷!?」

罠、と思いついた瞬間にはディストーションフィールドを最大出力で展開していた。
次の瞬間には地雷の遠隔操作型信管が作動し、箱の……ポットの中のマイクロミサイルまで誘爆させて炸裂する。
視界を炎と煙が覆いつくし、衝撃が機体を揺さぶる。
センサが飽和状態で麻痺。 フィールドが過負荷で悲鳴を上げる。

それでも十五試戦は耐えた。
過剰防御といわれるまでの強固さを発揮してその暴虐に耐えてみせた。
しかし、炎に巻かれないようにディストーションフィールドを展開している間は動く事さえままならず、
センサが麻痺したことで隙を生んだ。

「な ―― にッ!?」

黒煙を裂き、炎に照らされて、闇をまとった機体が迫った。
見れば脚部だけは増加装甲を残している。
敵機は猛然と加速し……十五試戦を弾き飛ばした。



「持ってくれッ!」

装甲を捨てたシュバルツ・ファルケが加速する。
脚部と背中の重力波スラスターが安全係数ギリギリの爆発的な加速をもたらす。
バーストモードの限界近い出力の発揮があればこそだが、それだけにいつ壊れてもおかしくない。
北斗の十五試戦に肩口から突っ込んだファルケは、その勢いのまま近くにあった壁に突っ込む。
軽いとはいえ合計で5t近い重量が高速でぶつかったことにその壁は耐えられなかった。
小さくひびが入ったかと思うと、一気に決壊してしまう。
それでも勢いあまって反対側の壁に叩きつけ、ようやく離れる。

「……どうだ?」

ゆっくりと機体を離す。 止めをさすことはない。
というより、できないといったほうが正しい。
今のでバーストモードは時間切れとなり、機体がすさまじく重い。
いくつかのモーターが焼ききれたか、回路が過負荷でいかれたかだ。
恐らくは両方だろうが。

「…………」

息を呑んで見守る。 これでまだ動くようならアキトの負けだ。
だから、動くな。

だが……


「はっ、やってくれる」

あと一歩で十五試戦でも行動不能になるところだった。
過剰なまでのタフさが幸いした。
不調を訴える部分はあるが、まだ戦える。
そう、まだ戦えるのだ。

「これからだ。 まだ、これからだろう?」

北斗は端正な顔に狂喜の笑みを浮かべた。
素晴らしいくらい気力が充実している。
全力でぶつかっても勝てないかもしれない敵がいる。
それが歓喜となって彼を奮わせた。

しかし、

『そこまでよ、北斗』

舞歌の声が、彼を押しとどめた。

○ ● ○ ● ○ ●


まさに引き金が引かれようとした瞬間、それは襲い掛かってきた。
圧倒的ともいえる衝撃が半壊した体育館を震わせ、3人を吹き飛ばした。
辛うじて受身を取れたヤマダはもうもうと立ち込める土煙の中に、彼は2機の巨人を見る。
そのうち1機は彼の良く知る人物が乗っているはずだ。

「アキトの奴、助けるならもう少し手加減してもらいてえな」

それは単なる偶然に過ぎないのだが、ともかく助かったには違いない。
慌てて周囲を確認すると、比較的近いところにイツキは倒れていた。
駆け寄り、確認するが、意識はあるようだ。

「ヤマダさん、私は……」

「怪我してるのか?」

手のひらに巻かれた包帯にはどす黒く変色した血液がにじんでいる。
イツキはそれを隠すようにして、しかし頷いてみせた。

「撃たれたけれど、大丈夫です」

「……そうか」

複雑な表情で彼も頷く。 万葉の言ったことは脅しではない。
彼女は敵で、そうであるなら2人を撃つ理由がある。
そしてまた、彼にも撃つ理由ができた。

ふと顔を上げると瓦礫の反対側に万葉が居た。
落としたのか、銃は握られていない。
だが、その視線はさすように冷たい。

「――― 万葉ッ!」

叫ぶ。
が、返事はない。
ただ彼女はこちらに視線を向けるのみ。
もう一度、ヤマダが名を呼ぼうとしたとき、動きがあった。
それは3人の方ではなく、壁に叩きつけられた敵機の方だった。
多少ぎこちないながらもしっかりした動きで、起き上がる。

「アキト!」

呼びかけるが、漆黒の機体から返事はなく、また、動きもない。
コミュニケを作動させていなければ聞こえるはずもないのだが、それに気付く余裕はなかった。
緊張に満ちた数秒が過ぎ、おもむろに敵機は手を伸ばすと万葉を掴んだ。

『貴様、名は?』

真紅の機体が問う。 それは漆黒の機に向けられたものだろう。
意図的に低く話しているような妙な女の声だった。
律儀にもアキトがそれに答える。

『テンカワ・アキト』

真紅の方から低い笑いが漏れる。

『その名、二度と忘れん』

一方的にそれだけ告げると、真紅の機体は背を向けて飛び立った。
アキトが追う様子はない。

『……因縁、だな』

アキトが嘆息する。 その意味はわからなかったが、ヤマダは共感できた。

「ああ、やっかいな……因縁さ」

聞こえるはずのない同意を彼も呟いていた。

○ ● ○ ● ○ ●


コクピット内には沈黙が満ちていた。
飛び立ったあとで中に収容してもらえた万葉だったが、北斗と話すような話題もない。
北斗もそれは同様らしく、2人の間には沈黙が横たわっていた。

『よく聞いてくれたわ、北斗』

沈黙を破ったのは舞歌からの通信だった。

「………」

対する北斗は無言。
仕方なく万葉が会話に割り込んだ。

「舞歌様、なぜあそこで引かれたのです?」

傍目に見ていてあれは不自然だった。
北斗がまだ戦える状況で敵に背を向けるなど。

『意味がないからよ』

「……どういう意味です?」

さすがに真意を図りかねる。
舞歌は本当に疲れ果てた者に特有の投げやりな感じが伺える。
しかし、万葉の知る東 舞歌は戦闘の途中で責任を放棄するような女性ではない。

『優華部隊は……いえ、木連は欧州及びにアフリカ方面の地上部隊を月周辺まで後退。
 その他にもアジア・北米・オセアニア方面の戦線を縮小する事を決定したわ。
 ええ、すでに他方面では引き上げがはじまっているの』

告げられた内容に愕然となる。
それは、既にここを放棄する事が事前に決められていたということを意味している。
それでは、いったい何のために自分たちは必死で戦ったのか。

『議会で承認済み……というか議会の決定よ』

「私たちは、意味のない拠点を守っていたと?」

『いいえ。 私たちが守ったのは……』

舞歌が苦笑する。

『誇り、だそうよ。
 決してなす術もなく奪われたのではない。
 戦って、戦って、戦い抜いた末に苦渋の決断で明け渡すの。
 もちろん、極悪非道な地球人にたっぷりと教訓を与えてから』

それはまったく戦略的には無意味なこと。
しかし、政治としては絶対に必要な事。
それが草壁が舞歌に告げた内容だった。

「そんなもののために……」

『生きて帰って、万葉。 恨んで、憎んで、罵ってくれていい。
 だけど、生きて帰ってちょうだい。 もうこれ以上、私に部下を失わせないで』

「了解。 御剣万葉隊員は、必ずの生還を約束します」

『ええ。 交信終わり』

恐らく北斗も同じことを聞いたのだろう。
だから彼はおとなしく剣を引いたのだ。
2人は何もいわず、それぞれの思いを秘めたたまま生還を果たした。

最終的に生きて木連へ戻れたのは378名中、200余名だった。
ことに戦闘要員の消耗率は5割……2人に1人は帰らないという最悪の結果となる。
優人部隊の戦死者は坂宮ただ一人だった。

○ ● ○ ● ○ ●


「つまり、今回の戦闘は出来レースだったということですか?」

ミスマル・ユリカはいささかの不快感を覚えて、暫定的に自分の上官となっている男に聞いた。
彼女は連合宇宙軍から連絡将校として欧州方面軍の作戦司令部へ出向いていた。
連絡将校とは言え、相手は将官が主になるので尉官では軽く見られ、かといって同じ将官では地上軍の面子を潰してしまう。
ゆえに少佐待遇で、指揮権を持たない参謀本部付きの彼女が選ばれたのだった。
今回、連合宇宙軍は大した役割はないから、暇なのだ。
不快感を覚えた理由は説明するまでもない。
自分たちのしてきたことを「すべて無駄だった」といわれて簡単に納得できる者が居ようか?

「語弊がある。 はじめから勝敗は見えていたと言うべきだろうな」

それがどちらの勝利か、などということは言わない。 自明だからだ。
この傲岸不遜にして連合宇宙軍でも屈指の機動艦隊指揮官であるファルアス・クロフォード中将が
負けるとわかっている戦闘を行うはずがない。
そう言うからには、少なくとも彼の中で連合軍の勝利は確定しているのだろう。

「例え先鋒のアフリカ方面軍主力とカキツバタの独立部隊が撃退されたとしてもこちらには無傷の欧州方面軍主力が残っている。
 そして敵にはそれに対抗する術がない」

「なぜです? 彼らにはチューリップがあります」

「あれは門であって艦隊や無人兵器が湧いてくる魔法の壷ではない」

「欧州へ戦力を引き抜けばその分だけどこかが薄くなる、そういうことですか?」

「その通りだ。 加えて局地的に投入できる兵数には限界がある。
 最悪で逐次投入、各個撃破だな。 何しろ質ではこちらが上だ」

頷く。 数では質を補えない。 それが現代戦というものだった。
無論のことある程度の数が揃わなければ話にならないし、敵より数を揃えるのは戦略・戦術の基本といえる。
だが、ファルアスが言うように局地戦に投入できる兵数には限界がある以上、こと局地戦では質に圧倒的な差があってはいかんともしがたい。
さすがに戦力比が1対100などというころは例外とするにしても、現状のように1対5なら質で何とかなる。

「……こちらは最悪で消耗戦に付き合ってもいつかは勝てる、そういうことですか」

ファルスが「勝敗が見えている」と評したのはこの戦闘のことではない。
もっと大局的な、欧州全体の趨勢に関するものだ。
第1機動艦隊司令長官にして中将という立場を考えるならそれも頷ける。
全体を見渡すべき指揮官が、たかが局地戦の勝敗に固執して戦争そのものを失ってはかなわない。

それでもいまこの瞬間にも戦い続け、傷つき、怨嗟の中で死んでゆく栄光とは無縁の兵士たちのことを考えると心は晴れなかった。
ここで負ければ犠牲が増すことは必定のこと。
彼女の意識はいかにしてこの戦闘を勝利に導くかに傾注されていった。

○ ● ○ ● ○ ●


この戦争初期での連合軍は質・量ともに木連側に押されていたが、ナデシコ級の就役とエステバリスの投入、
現在ではそれらの技術をフィードバックされた新型戦艦とスノーフレイク、スーパーエステと言った新兵器で質の点で木連側を圧倒しつつある。
数は完全に戦時体制へシフトしたことにより地球上の工業力を惜しむことなく投入してどうにか対抗できていた。
これは連合軍の兵力が増えたと同時に、木連側の限界が見えはじめたということでもある。
彼らは本国である木星周辺から火星〜月〜地球までの広大な宙域を確保せねばならない。
そのため、各所での兵力の密度が低くなってしまったのだ。

逆に連合軍は火星失陥からこの方、地球と月で亀のごとく守りを固める方針で耐え忍んでいた。
自らの本拠地にこもってがっちり守りを固めているのだから当然、兵力の密度は大きくなる。
数量の絶対値ならまだ木連に分があるだろうが、これでは付け入る隙がない。
加えて後方支援能力に雲泥の差がある。 兵器は無人プラントで勝手に製造できるが、それを運用すべき人間の数が圧倒的に足りない。

兵力をどこに振り分け、どう使うのか。
資源の分配は? ユニットの配置は? 全滅するまで戦うのか、はたまた損害を受けたら退けばいいのか?
損耗した分の補充は? 弾薬の補給は? いつまでも放っておけば壊れるが、整備は誰がするのか?

木連ではそれらを考えるべき官僚の絶対数がまるで足りていない。
東兄妹や南雲・西沢と言った有能なトップが居てもその手足となるべき者が居ない。
これが国家のすべてをかけて行われる総力戦の現実だった。
太陽系を舞台にした大戦争という大風呂敷を広げた木連と言う小男は、その体躯に比較して大きすぎる荷物を背負い、ふらつき始めている。

「我らにとっての戦争の夏は終わったのだ。 すべてを謳歌できた季節はもうない。
 秋が過ぎ、訪れる極寒の冬を耐えねばならないのだ」

草壁はそう言って通信を終えた。
コロニーで育った舞歌は冬を知らない。 せいぜいが人工的な降雪を見てはしゃいだ記憶だ。
冬は少し寒いだけで、雪遊びの出来る楽しみがあった。
だが、今度の冬は違う。 終わりは知れず、ただ凍えるだけの冬。
戦争における一つの季節が今、過ぎようとしている。
舞歌は確かにそれを感じていた。


戦史上に『政治に引きずられた、軍事的にまったく無意味な戦闘』として記録される一連の戦闘が終結したのは
これよりさらに2日後、最後の無人兵器が撃破されてからのことだった。その間に生じた死者は連合側に878名。
カキツバタの独立機甲大隊は最終的に12名の死者を出しただけで戦闘を切り抜け
撃破数では最多のキルレシオを誇る部隊となった。
損害の大半は先行しすぎたアフリカ方面軍に集中しており、これが非難の対象となる。
結果としてそれがバール少将の罷免につながる。
逆にこの損害を隠すためにカキツバタの戦果は過大なまでに報道されることとなった。
指揮官であったオオサキ中佐はその報道を聞いて一言、副官にこう漏らしたという。

「死んだ奴らに聞かせてやれ」と。

惨劇の幕は下り、悲劇の種はこうして蒔かれた。



<続く>






あとがき:

『仕事が忙しくてクリスマスも関係ないね』って
シングルなことに言い訳できる社会人万歳。

さて、前回のあとがきで設定資料のことに言及したところ、
あった方がいいという意見が寄せられましたのでつくってみました。
基本的にはメカ設定と簡易人物紹介と軍ヲタのうんちくです。
オリジナルメカ多くてわかんねーという方に。

それでは次回また。



感想代理人プロフィール

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代理人の感想

前回の経緯を考えるとこう言う展開が当然なんでしょうね。

なんともやりきれない話というか・・・。

 

やりきれないのはガイたちのほうも同じですね。

三人で温泉でも入ってゆっくりできればいいんですが(爆)

 

あと、設定資料ですけども機動兵器で作中で名前のある登場人物が乗っている場合は

それを記載しておくのがいいかと思います。「カイラー」とか「シュワルベ」というよりも、

「ガイの剣とリボルビングステーク装備のあれ」「イツキの管制機」と言ったほうが覚えやすいでしょうし。