「テンカワさんにこうして助けていただいたのは、これで2回目になりますね……」
「2回目……?」
ようやく落ち着いた彼女は、抱き上げられたままの体勢に恥かしそうに頬を染めながら俺にそう話し掛けてくる。
「覚えていませんか? 私のこと。
1年前のあの日、火星であなたに助けられた……」
「火星で……」
1年前の、火星……
その言葉に思い出されるのは、燃え落ちるユートピアコロニーの光景。
その忌まわしい記憶をきっかけに、その際地下シェルターで俺が守ろうとして、結局は助けられることになったひとりの少女のことを思い出す。
まともに言葉を交わした記憶はないが、確かに言われてみれば少女の顔にもなんとなく見覚えがある。
「そう言えば、確かに君のことは記憶にある。
……でも、あの時の君がどうしてここに? それに、どうして俺の名前を……」
「テンカワさんがいなくなってしまってから、しばらくしてサイゾウさんに聞きました。
私がお見舞いに行ってる間に尋ねてきて、そう名乗ったって」
サイゾウさん、か……
「それと、私がここにいるのはナデシコでコックとして働くことになったからです。
エステバリスに乗っているのは成り行きと言うか何と言うか、誰かが傷ついているのを黙って見過ごすことが出来なくって……
まあ、結局はこんなことになってしまいましたが」
そこまで言うと、少女ははにかむように苦笑いを浮かべる。
なるほど。つまりは以前の俺と似たような状況と言うわけか……
その言葉に俺はかつての自分の姿を思い出し、懐かしさに思わず苦笑いが浮かびそうになる。
だが、それと同時にふとした考えが思い浮かび、そんな感傷も凍りついてしまう。
例え細かな流れに違いはあろうとも、結局は俺が知る歴史をなぞるように歴史は動いている。
燃え落ちた火星と、その火星からボソンジャンプで逃げ延びた少女。
その少女のボソンジャンプに巻き込まれて生まれることになった、イネス・フレサンジュという存在。
そして、そのイネスがナデシコを作り、そのナデシコに少女が乗り込む。
言ってみればそれだけのことなのだが、その少女を少年に入れ替えるだけで今の現実がどれだけ俺の知るあの『悪夢』と似ていることか。
もちろん、細かく見れば歴史の食い違いは確認できる。
だが、それでも一度考えてしまうとなかなかそれを振り払うことが出来なくなってしまう。
もしかして、例え俺がいなくても歴史は同じ道筋を辿ろうとしてるんじゃないかって……
ならば、その結末は……?
そんなことを考え込んて俺が黙り込んでしまうと、沈黙に耐えかねたのか少女が更に話し掛けてくる。
「えっと、私の名前は名乗ってませんでしたよね。
アヤナです。ユウキ・アヤナって言います」
「ユウキさん……?」
「アヤナ、です。テンカワさんのほうがおそらく年上だと思うんで、私にさん付けはいりません」
「……アヤナちゃん?」
「はい♪」
俺の言葉に、明るい笑顔で答えるアヤナちゃん。
「あの時は、どうもありがとうございました。
テンカワさんのおかげで、私は今こうしていられるわけであって……
しかも、また助けていただいて……」
そう言うとアヤナちゃんは俺に小さく頭を下げ、俺は思いもよらなかった唐突な言葉に慌ててそれを否定する。
「いや、助かったのは俺のほうだよ。あの時も、今日も。
君が囮として時間を稼いでくれたから、ナデシコを守れたんだ。
決して俺の活躍じゃない」
「いいえ、テンカワさんのおかげです。
少なくとも私は、こうしてテンカワさんに助けていただけたから無事でいられるんですから……」
彼女の声は徐々に涙声になって、それ以上の言葉をためらわせる。
「だから、一度でもいいからその感謝の言葉を伝えたくて、ずっと探していたんですよ……?
この1年間、ずっと、あなたに逢いたかったんですから………」
故郷のことを思い出してしまったのだろうか?
俯く彼女の目の端に一瞬光るものが見え、俺は何も言うことが出来ずにただナデシコに回収されるのをじっと待ち続けるのだった……
機動戦艦ナデシコ another story
―― Dual Darkness
――
Chapter2:戦いの『理由』
stage1
ナデシコの初戦闘終了後、満身創痍のエステバリスに乗っていた私たちはもうひとりのパイロットに回収してもらってナデシコへと帰艦しました。
そして、格納庫へと戻ってきた私たちを待っていたのは、整備班の方々の手荒い歓迎。
まあ、勝手にエステバリスを持ち出して、しかも中破させてどうにか帰艦できたようでは仕方ないことなんでしょうが……
その歓迎に私たちを回収してくれた人は早くも埋もれてしまい、いつの間にかその姿が見えなくなっています。
そして、標的をなくした人たちは続いて私たちの方……とりわけテンカワさんへと詰め寄ってきます。
「おい、お前! どっから出てきたかは知らねぇが、いきなり女の子をお姫様抱っことはたいそうなご身分じゃねぇか!!」
って、何やらずいぶん怒った様子だったのはそのことだったんですか……
私が何だかなぁと言った感じの表情で格納庫内を見渡してみると、みなさん戦闘が無事に終了したことも相まって微妙にハイテンションになっている模様です。
「ったくよ! お姫様に仕えるナイト気取りか? 憎いね、この!」
「あは、あはははは……」
先ほど私を送り出してくれたつなぎ姿のおじさんが、苦笑いを浮かべるテンカワさんへと何やらすごい剣幕で話し掛けています。
そして、私もそのときのことを思い出してつい赤くなってしまう。
そう。私はつい先ほど……格納庫でコクピットから降りるまで、テンカワさんの腕に抱かれた状態のままだったんです。
もともとエステバリスのコクピットはひとり乗りなのだから仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが……
あの時は気が動転していたのもあって全然気がつかなかったのですが、今振り返ってみるとものすごく恥かしくなってしまいます。
しかも、その状態で泣きながら抱きついてしまったんですから……
チラッとテンカワさんの顔を盗み見ると、テンカワさんが私の視線に気付いてニッコリと微笑み返してくれ、その笑顔に私の頬がますます赤くなっていくのが自分でもわかる。
そんな感じで少しの間色々とからかわれた後、さっきまでのおちゃらけた雰囲気から一転して真剣な表情で、つなぎのおじさんがテンカワさんへと話し掛けてきます。
「まあその辺はともかくとして、だ。
さっきの戦闘のことだが、途中からこのエステバリスを操縦してたのはお前さんだよな?」
「はい」
「あの動き、そんじょそこらのパイロットとは比べもんにならないほどの動きだった。
それも、これだけの傷を負いながらだ」
私もエステバリスを降りてから初めて気付いたのですが、この機体の損傷はかなりのものでした。
そして、私自身は気絶してたため知らないのですが、何やらテンカワさんはパイロットとしてもかなりの腕前とのこと。
そのことについて、私は「この人なら」となんとなく納得できるのですが、目の前のおじさんとしてはどうにも不審なことらしいです。
「これだけの腕前のパイロットなんて、それこそ軍の中にだって数えるほどしかいないはず。
だが、もちろん軍がそんな凄腕のパイロットを手放すわけはねぇし……
お前さん、いったい何者だ?」
「俺の名前はテンカワ・アキト。プロスさんに頼まれて乗り込むことになった、れっきとしたナデシコクルーの一員ですよ」
つなぎのおじさんの質問を軽く受け流しながら、笑顔で答えるテンカワさん。
「ごまかすんじゃねぇよ!
あれだけの動き、少なくともこのエステバリスのことを端から知り尽くしてなきゃ出来ねぇようなもんも混じってた。
最近になってようやく発表されたばかりの、ネルガル秘蔵っ子の新製品なのに、だ!
しかも、あの動きはどう考えても相当熟練した……」
「そ、それほどなんですか……?」
「エステバリスに関しては、以前ネルガルでテストパイロットをしてたからそれなりに知ってます。
パイロットとしての訓練も、同じ理由でつけてましたしね。
とりあえず、それで納得してはもらえませんか?」
私がテンカワさんをマジマジと見つめるとテンカワさんはニッコリと笑顔を浮かべ、何かを隠したまま……それでいてこれ以上の詮索を打ち切るようなもっともらしい答えを返してきます。
おそらく、もう一度聞き返したとしてもテンカワさんはこれ以上のことは話してはくれないでしょう。
「……なるほど、ね。
仕方ねぇ、それで一応は納得しておいてやるよ」
つなぎのおじさんのほうもそれは感じたようで、諦めたように首を振って話を変えてきます。
「それにしても、お前さんがプロスの旦那が言ってた凄腕のパイロットってわけか。
まったく、プロスの旦那からあの仕様書を見せられたときにはマジで旦那の正気を疑ったもんだが……
確かに、それだけの腕があるならあいつを乗りこなせそうな気がするよ」
つなぎのおじさんがチラリと後ろを振り返ると、その様子にテンカワさんが少し驚いたように反応する。
「例のやつ、本当に作ってもらえてたんですか?!」
「ああ。と言ってもまだ仮組みの段階で、仕上げはまだまだなんだがな」
「例のやつ……?」
何やら意味深な会話に、私はふたりの視線の先を追う。
その先にあるのは、いまだ組み立てかけの黒いエステバリス。
もしかして、あのエステバリスは何か特別なのでしょうか?
いつもならどうでもいいことのはずですが、成り行きとは言えエステバリスのパイロットも兼任することになってしまった私としては少し気になるところです。
ですが、そのままふたりは何やら専門用語だらけで私には理解不能な会話を始めてしまったため、どうにも口を挟む機会を逃してしまう。
仕方ないので、私は話の間ボーッとテンカワさんのことを眺めることにします。
こんなところで逢えるとは思ってもいなかった……でも、ずっと逢いたかった人。
ずっと逢いたかった……この1年間恋焦がれ続けていたと言っても過言ではないその横顔に、少しだけ心奪われてしまう。
そう言えば、私がここで働かないかとプロスさんにスカウトされたときサイゾウさんはやけに熱心に勧めてくれたけど……
もしかしたら、このことを知っていて……?
「さてと。それじゃ、俺はいったん失礼しますね。ブリッジのほうにも顔を出さないといけないですし」
「ああ。プロスの旦那によろしくな」
そんなことを考えているうちにいつの間にやらふたりの話は終わったようで、私は慌てて視線を外す。
「と言うことで俺はブリッジに行くけど……君はどうする?」
「あっ、はい! 私もご一緒します!」
そして笑顔で誘ってくれるテンカワさんに頷き返し、私たちは連れ立って格納庫を後にするのでした。
半壊状態のサセボの地下ドック。
そこでアタシは通信室を借りて、ナデシコに乗り遅れたことを嫌々軍に報告していた。
「ナデシコのあの戦闘力。一民間企業であるネルガルに持たせておくには、少々惜しい気もするな……」
モニターの向こうにいる人物のつぶやきを耳に、その言葉の裏に隠された意味を考える。
なぜ、彼ほどの人物がわざわざ私なんかの通信を直接受けたのか、その意味がわからないほどにアタシはバカじゃない。
地球連合極東方面軍指令、タナカ・サブロー閣下。ホント、いけ好かない男……
「すでにナデシコの艦長であるミスマル・ユリカの父親のミスマル・コウイチロウには、娘を『説得』してもらえないかとの打診もした。
後は、向こうが『素直』にその『説得』に応じてくれればよいのだが……」
なるほど。ちょうど副提督としてナデシコに乗り込む予定となっていたこのアタシに、その『手伝い』をしてこいと……
遠回しに「そうしろ」と命令してるくせに、最終的に失敗したとしても部下の「独断」と言い逃れできるような回りくどいやり方に吐き気を覚えながらも、表面上は大人しく聞き流しておく。
「おっと、すまない。つまらない独り言を聞かせてしまったな」
「いえ」
「とりあえず、君の報告は了解したよ。
トラブルでナデシコに乗り遅れたから、2日後にもう一度乗艦し直すとのことだったな」
「はい」
「ならば、そのときまでにちゃんと移動用のヘリと『見送り用』の人員も用意しておこう。
もしかしたら、その直後にミスマル提督が向かうかもしれないが……
そのときは、よろしく『お願い』するよ」
「……わかりました」
「それでは、任務の成功を祈っている」
その一言を最後に通信は終了し、アタシはひとつ忌々しげに舌打ちをした上でその通信室を後にするのだった。
戦闘後、エステバリスのパイロットがブリッジに顔を出しにきたのはいいんですが……
ユウキさんと一緒に入ってきたもう一方の男性の顔を見ると、何やら先ほどの通信とは違う顔です。
……はて? ヤマダさんはこんなに爽やかな人だったでしょうか?
それに、何でしょう? その人を見てると、何か違和感のようなものを感じると言うか……
などとそんなバカなことを考えてもいましたが、次の瞬間にオモイカネが取った思いもよらない行動にそんな疑問も吹っ飛んでしまいます。
【アキトーー♪】
ポンッ♪
「わっ!?」「えっ?! なになに!?」「オモイカネ……?」
普段よりも大きなウィンドウでめいいっぱい喜びを表現したかと思うと、そのウィンドウがいきなり女の子の姿に変わり、男の人に駆け寄って抱きついたのですから……
その様子に、私を含めてこの場にいるほとんどのクルーが驚き、言葉を失う。
「ははっ。久しぶりだね、オモイカネ。ちゃんといい子にしてたかい?」
『うん! アキトの言う通り、ルリの言うことをちゃんと聞いてたんだから♪』
「そっか。えらいえらい」
10歳くらいの、私よりも幾分か小さいくらいの女の子が、頭を撫でられて喜んでいる……
その光景だけを見ているととても心温まるものなのでしょうが……いったい、何がどうなっているのでしょうか?
その少女は綺麗な水色の髪をショートカットにして白いワンピースで着飾っているんですが、その顔つきは何やら見たことのある感じです。
それも、ごく身近なところで。
そして、他のクルーの私と少女の顔をちらちらと見比べる視線に、それが何かを思い当たる。
もしかして、私……?
そう考えてみると、確かに瓜二つとまではいきませんがその顔つきは私とよく似ている気がします。
まあ、おそらくあの姿は立体映像で組み上げたもの……現に、頭を撫でている男の人の手は微妙に宙に浮いていますし……でしょうから容姿は別にどうとでもなるものなのでしょうが、あれが本当にオモイカネ……?
私は、オモイカネのあんな姿を見たことありません。
「いやはや。エステバリスのあの動きを見たときからそんな気はしていたのですが、やはり乗り込んでいたのはテンカワさんでしたか」
そんなことを考えていると、いつの間にやら格納庫から戻ってきていたプロスさんが私のすぐ後ろでそんな独白を漏らします。
「……テンカワ?」
確か、そんな名前はナデシコの乗員リストに載っていなかったはずですが……
なのに私はどこかで聞いたことのあるような不思議な感覚を覚え、いぶかしむように問い掛けます。
「はい。クルーリストには載せていなかったので、ルリさんが知らないのも無理ないでしょう。
あの方には以前からナデシコで働いてもらえないかとお願いしていたのですが、本当に来ていただけるかわからなかったんですよ。
ですから、こうして実際に来ていただけてとても嬉しい限りです」
そんな私達の会話にその人は顔だけ向け、やや砕けた感じの口調で口を挟んできます。
「いやですよ、プロスさん。俺はちゃんと乗るって、あれだけ言ってたじゃないですか」
「はっはっはっ。それもそうですが、それでも本社があなたのことを手離してくれるかどうかいま一つ確信できませんでしたからね」
……本社?
プロスさんとも結構親しいようですし、このテンカワさんという方はネルガルの関係者なのでしょうか?
「あの、お話の途中悪いんですけど、少し聞きたいことが……」
「おや? どうかしましたか?」
「あの、その方はいったい…」
私はオモイカネのことも含めて一緒にそのことを尋ねようとしたのですが、次の瞬間別の叫びに遮られてしまいます。
「あぁっ!? アヤちゃんだ! アヤちゃーん!!」
「ふぇっ?!」
その声に驚いて声のした方向へ振り向くと、その先にはブリッジ上層の艦長の姿が……
戦闘も無事終わったのでゴートさんの説教が再開していたはずなのですが、どうやらまた聞き流していたようで、ブリッジにやってきたふたりを見て飛び上がらんばかりに喜んでいます。
そう言えば、さっきもそんなことを叫んで戦闘を妨害していましたね……
そして、艦長はためらうことなく下層部分へ飛び降りてそのままの勢いで艦長はユウキさんに飛びかかろうと…
「きゃっ!!」
ドガッ!
…したのですが、それに驚いたユウキさんが咄嗟にそのテンカワさんと言う方の背中に隠れてしまったため、目標を失って壁に激突しています。
「むぎゅぅ………」
どうせなら、そのまま意識を失ってもらえると話がスムーズに進みそうで個人的に嬉しいのですが……
しかしそんな私の期待も虚しく艦長はくじけることなく起き上がり、ユウキさんに駆け寄って思いっきり抱きつく。
「アヤちゃーん! アヤちゃん、アヤちゃん!! なっつかし〜♪」
「えっ……?! えっ? えっ!?」
どうやら、ユウキさんが忘れているのか艦長の一方的な勘違いなのかはわかりませんが、艦長的にはユウキさんは相当親しい知り合いだったようです。
心から嬉しそうなその様子にユウキさんとしても邪険に振り払うことが出来ないようで、されるがままになっています。
「あの、えっと……どちら様ですか?」
やがて、抱擁が一段楽したところで恐る恐ると言った感じでユウキさんが話し掛けると、艦長は怒ったような反応を見せます。
「あっ! ひっどーい……
もしかして、アヤちゃんユリカのこと忘れちゃったの〜?」
「ユリカ……?」
「そう。ユリカだよ、ミスマル・ユリカ!
ホントに忘れちゃったの?
お父様方が仕事で忙しくて家に帰ってこれないときとかは、真っ暗になると怖くて眠れないアヤちゃんのためにいっつも一緒に手をつないで眠った仲なのに〜。
それなのに、たった10年会わなかっただけでユリカのこと忘れちゃうなんて……
プンプンだよ!?」
そう言って艦長は頬を大きく膨らませますが、10年も顔を合わせていなければ忘れ去られても十分おかしくはないと思いますよ……
「10年前……? それに、手をつないで眠った………?」
「そうそう♪」
その言葉に心当たりがあったのか、ユウキさんは何やら言葉もなく考え込んでいまいます。
そんな悠長なことをしていないで、大人しく素直に自己紹介でもすればいいと思うんですが……
とは言え他のみなさんが大人しく成り行きを見守ってしまっている以上、私も口出しはしないでおきましょう。
それに、どちらかと言うと私は後ろの男性の方……「テンカワさん」のことが気になります。
今まで一度も会ったことのない人のはずなのに、どこかで懐かしいようなよくわからない既視感のようなものを感じて……
どうやらオモイカネとも面識がある……と言うか、私以上にオモイカネとも親しいようですし。
仕方ありませんね。こう言うときは、ネルガルのホストコンピュータで調べてみましょう。
艦長たちから視線を外し、コンソールに手を乗せて独自にアクセスします。
人物検索、テンカワ………アキト。
オモイカネが「アキト」と叫んで飛びついていたのを思い出し、フルネームで検索してみる。
該当する名前の人物は1人だけ。
そして、その名前は意外なところで見つかります。
約1年くらい前から、ネルガルの社員としてではなく『協力者』としてたびたび上がる名前……
ナデシコの中枢たる相転移エンジンやナデシコ本体の設計、及び、オモイカネの開発にも携わっていた様子です。
なるほど。テンカワさんに既視感を感じたのは、おそらくそのためですか。
ナデシコやオモイカネ開発の関係者なら、何かしらでメディアに露出したこともあるでしょう。
……ですが、それだけではどうにも腑に落ちないところもあります。
開発技師と言うだけならまあ多少若すぎる気はするものの納得できないこともないのですが、プロスさんの言葉からすると先ほどのあのエステバリスはテンカワさんが操縦していたとのこと。
見たところテンカワさんはまだ20歳に届いてなさそうですが……
一流の開発技師と一流のパイロット。果たしてそんな年齢で、そう簡単に両立させられるものなのでしょうか?
確かにエステバリスはIFSで思考を直接反応させられるので他の機動兵器よりもずっと動かしやすいとは思いますが、それでもあれだけの動きは多少訓練した程度で到底できるものではありません。
はっきり言って、一緒に戦っていたヤマダさんよりも腕は上な感じでした。
ですが、そんな動きを果たしてただの開発技師ができるものなのでしょうか……?
不審に思い、個人プロフィールを詳しく調べてみようとはしますが……
………?
いくら探しても、ネルガルで引き出せる通常データからはそれ以上の詳細は見つかりません。
最重要プロジェクトに関わっていただけに、そのスタッフも機密扱いされていたのでしょうか?
そう考えた私は、少し悪いと思いつつもネルガルの機密データ内も探してみますが……
そこで見つかった答えが、更に私を困惑させる。
『テンカワ・アキトに関する調査報告書』
ネルガルのほうでも独自にテンカワ・アキトと言う人物について調査をしていたらしく、そんなファイルが見つかります。
しかし、その結果は……すべてが『unknown』。
1年以上前の経歴はすべてが不明。どこで技師としての技術を学び、パイロットとしての訓練をつんだのかも。
一緒に申し訳程度に添付されてるデータには「火星のユートピアコロニー出身」とありますが、それさえも確証は取れていない模様。
これは、どう言うこと?
この人はいったい…
「……あ゙」
……?
自分の思考に没頭しかけていた私ですが、気の抜けたようなユウキさんの声に意識を現実に引き戻します。
「も、もしかして………、ミスマルさんちのユリカ…姉さん?
昔、お隣さんだった……」
どこか怯えたような感じで問いかけるユウキさんの言葉に、艦長はパァッと花が咲いたように表情をほころばせます。
「やだな〜、アヤちゃん。そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、ユリりんって呼んでっていつも言ってるのに〜」
「そ、そのあつかましいまでの馴れ馴れしさ…… やはり間違いなくユリカ姉さん!!」
「だから、ユリりんだってば〜」
「絶対にそうは呼びません!!」
どうやら、本当におふたりは知り合いだったみたいですね。
艦長は嬉しそうにもう一度ユウキさんに抱きつき、ユウキさんは困ったように苦笑いを浮かべながらもそんな艦長を優しく受け止めています。
ですが、ふとその隣にいるテンカワさんの表情が目に入ると私はその表情に思わず気を奪われてしまう。
懐かしがるような、それでいてどこか寂しそうな、そんな曖昧な笑み……
その笑みに、なぜか私まで胸が締め付けられるように悲しくなってきてしまう。
……ですが、そんな感情に私自身何も心当たりがありません。
さっきのことと言い今のことと言い、いったい何がどうなっていると言うのでしょうか?
生まれてからこの11年間、今まで一度たりともこんな感覚に陥ったことはなかったのに……
「……あの、おふたりとも」
泣きたくなるようなその感情から逃げだすように、私は少し声を張り上げてふたりに話し掛けます。
「感動の再会もよろしいのですが、何か用があってブリッジまでこられたんじゃないのですか?」
艦長と抱き合うユウキさんに、オモイカネに抱きつかれたままのテンカワさん。
私のその言葉に、ふたりは思い出したようにハッと顔を上げます。
「そう言えばそうだった。
プロスさん。予定より1日ほど早くなってしまったが、着任の挨拶をさせてもらってもいいかな?」
「そうですね。ちょうどいいタイミングですし、ブリッジクルーも含めて皆さんに一度自己紹介でもしておきましょうか」
プロスさんがそう言って一同を見渡しますが、その言葉にミナトさんが口を挟んできます。
「プロスさん、その前にひとついいかしら?」
「あ、はい。なんですかな?」
「自己紹介もいいんだけど、ナデシコはどうすればいいかしら?
ドッグに戻るなりどっかに行くなりで、このままここに浮きっ放しってわけには行かないと思うんだけど……」
「ふむ。確かに尤もだな」
ミナトさんの言葉に反応して、ブリッジ上層にいるゴートさんが声をかけてきます。
「とりあえずミスター、一度サセボから離れたほうがいいのではないか?
もしもこのままここにいてまた木星蜥蜴に襲われてしまったら、連合軍の防衛部隊が壊滅した今ではサセボに危険が及ぶ。
また我々が襲われないとも限らないし、それならそれでいったん洋上まで出てしまったほうがいいと思う。
そのほうが気兼ねなく戦えるし、残りの物資も輸送機で運んでもらえばいいし……」
「そうですな。この様子ではドッグはもうしばらく使えそうにありませんし。
とりあえず、それでよろしいですかな? 艦長」
「あ、はい! お任せします」
「では、とりあえずミナトさん。ナデシコをこの場所にまで……」
そうして私たちは、一度サセボを離れて太平洋上を漂うことになるのでした。