機動戦艦ナデシコIF 〜メビウスの欠片〜


  第1章 『理想は遠すぎて、この手には掴みきれないけれど』

  Act3





 1.

 みなさん、こんにちは。ホシノ・ルリです。

 これから私たちの乗るナデシコは、こういう時だけはイヤにしつこい連合軍の追撃を振り切りながら目指す目的地である火星へと向かいます。
 ちなみに現在私たちは高度9000メートルの地点からさらに上昇中なわけなんですけれど―――――


 「……さて、皆さん。これからナデシコは地球連合軍の誇る第一から第七までの数ある防衛ラインを突破して火星へと向かわなければならないのですが……それにあたって、現在我々の置かれている状況でも確認しておきましょうか」

 ――――この忙しいときに、ブリッジの上からプロスさんが突然そんなことを言い始めました。

 「それくらい、みんな知っていると思いますけど?」
 思わず私はツッこんでしまいます。
 と、テンカワさんが苦笑いを浮かべながら私のほうを見て言いました。
 「はは……ごめん、ルリちゃん。俺よく知らないんだ」
 「あー、私も」
 続いてやる気のなさそうな顔をして手を上げるサレナさん。…同じパイロットでも、隣にいるヤマダさんは知っているみたいですね。
 「まぁ、お二人とも火星からこちらへ来て、毎日忙しかったでしょうから知る暇もなかったんでしょうな。―――というわけで説明を始めますが、よろしいですか? ルリさん」
 「はい。話の腰を折ってすみませんでした」

 「では…そう、事の発端は僅か3ヶ月前のことでした。火星に入植していた人類が、今では『木星蜥蜴』と呼ばれている謎の無人兵器軍に襲撃されたのです。
 当時火星に駐留していた軍は善戦するも結局敗退。その後僅かな期間で月をも占領した彼らは、次にこの地球を標的にしたわけですが――――――」

 そこまで言って、フクベ提督のほうを見るプロスさん。
 確かに軍の人のいる前でこういう話をするのはちょっと気が引けるのかもしれませんね。しかもフクベ提督がその火星で指揮をとっていた本人であるのですからなおさらです。
 「…構わんよ。続けたまえ」
 でも、フクベ提督はいつもの無表情のままそう言いました。それを受けてプロスさんが言葉を続けます。

 「はい。で、ここで登場するのが、先程も言いました最終防衛ラインです。
 一番外側にあるバリア衛星包囲網・通称『ビッグ・バリア』を始め、第2次防衛ラインとして大型ミサイル・ランチャーを搭載した軌道衛星、第3次防衛ラインには機動兵器デルフィニウム部隊。
 そして以下第4から第7まで連合軍の誇る航空艦隊及び対空ミサイル群が連なるわけですな。
 この幾重にもわたる防衛ラインのおかげで木星蜥蜴の地球侵攻は防がれるはずだったのですが……。
 ま、実際は敵も母艦のチューリップを直接地上に投下するといった作戦を取ってきまして…現在地表には千機以上ものチューリップが存在していて、連合軍はその掃討にやっきになっているわけです」
 「――――じゃあ、防衛ラインって全然役に立ってないんですか?」

 …と、フクベ提督の存在は全く気にしていないのか、そんな物凄い発言をサレナさんがしてしまいました。
 まぁ、それに対してプロスさんは苦笑いを浮かべただけですけれど。

 「ところがこの防衛ライン。我々が地球を脱出する際にもやはり障害とならざるを得ないわけでして。先程からナデシコの周りに着弾しているミサイル群が、第4から第7防衛ラインのコンピュータ制御による自動迎撃というわけです」
 「……よくそんな中無事でいられるね、この艦」
 プロスさんの言葉に半ば呆れた様子でそう言うサレナさん。そんなサレナさんにヤマダさんがどこか嬉しそうに説明します。
 「ナデシコにはディストーション・フィールドがあるからな。このくらいのミサイルだったら屁でもねぇんだよ」
 「…ディストーション・フィールド?」
 「平たく言えばバリアーだ。エステバリスにも搭載されてるんだぜ……って、昨日学習パネルで見なかったのか??」
 「ああ、成程。だからあんなに頑丈なわけね、アレ」

 そしてヤマダさんの説明に納得したようにうなずくサレナさん。
 ――――って、なんかお二人の仲がいいというか、ヤマダさんがやけにサレナさんに絡んでいるように見えるのは私の気のせいでしょうか……


 「…ねぇ、ところでプロスさーん?」
 「はい、なんでしょうか?」
 ここでそれまで黙って話を聞いていたミナトさんが手を上げて質問しました。
 「さっきから艦長の姿が見えないけど、どこ行っちゃったの?」


 「「「――――――あ」」」


 ………今頃気づいたんでしょうか? 途端に声をあげるヤマダさんとサレナさんとメグミさん。
 確かにヤマダさんはずっとサレナさんに話しかけてましたし、サレナさんはやる気なさそうでしたし、メグミさんに至っては雑誌を読みながら聞いてましたからね。

 と、プロスさんが眼鏡の位置を直しながら困ったように言ってきます。
 「いやぁ〜、それが……これから艦長には連合軍と交渉していただく手筈になっているんですが、礼服に着替えてくるといって出て行ったきりなんです」
 「あ、じゃあ私呼んできます」
 「あ! おい、クロサキ?」
 そのプロスさんの言葉を聞いて、駆け足でブリッジを出て行くサレナさんとそんなサレナさんに途惑うヤマダさん。
 それを見ていたミナトさんがなんだかニヤけた顔をしていました。
 「………どうしたんですか、ミナトさん?」
 「えー? ルリちゃんも気がついてるんじゃないの??」
 「はぁ…」
 「やっぱりあれはそうですよね〜」
 と、反対側で雑誌を読んでいたメグミさんも顔を上げてそんなことを言いだします。……確かにヤマダさん、態度がロコツですけど。
 「あー……プロスの旦那、俺達パイロットは今は必要ねぇだろ?部屋に戻って待機しててもいいか?」
 「…ガイ?」
 いっぽう途端にやる気が落ちた感じでプロスさんにそう尋ねるヤマダさんと、そんなヤマダさんに声をかけるテンカワさん。
 「ええ、まぁ構いませんが。ですがもう暫くすれば第3次防衛ラインですから、すぐに出撃できるようにしておいて下さいよ?」
 「おう、わかってるって!!―――よしアキト。お前の部屋に行くぞ」
 「え? なんで俺の部屋なの?」
 なにやら小声でテンカワさんに話しかけ始めるヤマダさん。
 「まぁ、そういうなって。それとも昨日のゲキガンガーの続き、見たくないのか?」
 「あ、見たい見たい!! 昨日からずっと気になってたんだよ!」
 「ようし! それでこそ我が同士だアキト。ふっふっふー、今日の話は昨日とは一味違うぜ?
 オラ、そうと決まったら早く行くぞ!!」
 「おう!……じゃ、俺も部屋で待機してます!!」


 ――――――そうしてヤマダさんとテンカワさんはなんだかとっても嬉しそうな顔をしながら二人一緒にブリッジを出て行ってしまいました。
 声が小さすぎて何を話していたのかはわかりませんでしたけど……




 「なーんか私、ヤマダ君がもうひとり増えるような気がしてきたな」


 …その意見、私も同感です、ミナトさん。
 でも、それにしてもつくづくナデシコのクルーって―――――――





 「ほんと、バカばっか」











 2.

 ―――地球連合軍最高議会。

 その広大ともいえる議場で、各方面の陸・海・空・そして宇宙軍の重鎮達が一同に会していた。その目的はただ一つ、ネルガルの開発した最新鋭の機動戦艦、『ナデシコ』を拿捕するためにである。

 『第5次防衛ライン、突破されました』
 不意に入ってきたその報告に議場がどよめく。
 …無理もない、先程第6次防衛ラインが突破されてから30分と経っていないのだ。形だけはこうやって議論をしてはいるものの、状況としてはナデシコが防衛ラインを次々と突破していくのをただ見ているだけなのである。
 「……だから無駄金を使うだけの陸軍の第7次防衛ラインは必要ないといったのだ。まったく腹立たしい」
 まるで苛立ちをぶつけているかのように、一人の将校がそう発言する。
 「なんだと?! それを言うならお前ら空軍部門のところも同じことだろう?!!」
 それを聞いて激昂するものが一人。怒りのあまりに立ち上がったその男を冷ややかな目で一瞥したその空軍将校は、さらに油を注ぐような発言を繰り返した。
 「我ら空軍の防衛ラインは貴君らの遥か上で重要な働きをしているのだよ。一緒にしないでくれたまえ」
 「キ、キサマ………!」
 「―――やめないかっ!!!」
 だが結局、私の発した一喝で彼らはその醜い口を噤む。
 このような程度の低い議論をしている現状では…ミスマルの言うとおりナデシコを拿捕することなど、いやそれさえも連合軍はできないのかもしれない。

 (だが、我々連合軍としては彼らを火星へ放つわけにはどうしてもいかん………)

 深い皺の刻まれた、年季の入ってきたこの黒く太い両の手の平を組み、私はそれをゆっくりと口元へともっていく。
 彼らのような自らの利益を最優先する腐りきった将校がいるのが事実ならばまた、そうではない生粋の軍人がいるのもまた事実。――そして私がこの職務にあるうちは決して、この連合軍という組織の秩序を乱すものを見逃すわけにはいかないのだ。


 ……1時間前、ナデシコの艦長からこちらへ交渉の提案があった。彼らが望むのはおそらく、いや確実に、第1次防衛ラインであるビッグ・バリアの解除だろう。
 だがそれは我々にしてみれば、自らの首を切るのと同じことだ。そして彼らもここまで来て引き返そうとはすまい。

 (現状の連合軍がそのような要求をのめる状況でないことは彼女にもわかっているはずだ………ミスマル・ユリカ、貴君は何を考えている?)




 「―――総司令。ナデシコから通信が届きました」

 交渉の時間がきたのだろう。側近がそう告げてきた。
 「繋げろ」
 「はっ」
 議場の中央にスクリーンが投影される。…そしてそこに現れたのは、東洋の伝統衣装・『キモノ』を着て場違いなまでに微笑んでいるミスマルの娘。
 彼女はこの議場には最上級に相応しくないと言えるだろうその笑顔で、ざわつく将校たちを尻目に能天気な声で挨拶をしてきた。

 『――――あけましておめでとうございまーーーす!!!』
 「「「「「…??!!」」」」」


 その瞬間、確かに議場の空気が凍ったのである。






 『あれ………? みなさん、どうしたんですか…?』
 未だに議場がざわつく中、私は軽い頭痛のする頭を振り払って、不思議そうな顔をしている彼女を睨む。
 「――――君はもう少し、礼儀といったものを勉強したほうがいいようだな」
 『あら? 総司令。貴方なら異文化に対する理解もそれなりに深いと思っていたんですけれど、意外ですね』
 悪びれずにそんなことを言ってくる彼女。
 「それは私に対する皮肉かね?」
 それに対し私は自分の、褐色の肌を見やりながら言い返した。
 『いえ。そういうつもりではないのですが、不快に思われたのなら謝罪します。
 ところで――――』
 彼女は軽く一礼してから、不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。

 『こちらの用件はもうおわかりかと思いますが……第1次防衛ラインのビッグ・バリア。あれを解除していただけませんか?
 当艦としてはこのままでも脱出は可能ですが、双方ともに無駄な時間と労力を割くことになるでしょうから。そうなると、連合軍は貴重な予算をさらに無駄遣いすることになるでしょう?』
 「「「な…なんだと?!!!」」」
 そんな彼女の皮肉な発言に、議場の何人かの将校が激昂して声をあげた。
 「……君はそれでも交渉をしているつもりか?」
 『さあ、どうでしょう? ただ、どのみちそちらに私たちを止めるすべはないと思いますが。
 …ちょっと、見逃してくれればそれで済むんですよ。それで済むのなら、そのほうがいいじゃないですか』
 そう笑いながら言ってくるミスマル・ユリカ。私はゆっくりとスクリーンの向こうの彼女を見上げる。

 そして彼女のその軽薄な態度に包まれた瞳の奥を見通しながら私は話し始めた。


 「…それで済むなら、そのほうがいい?―――では、貴君らが去った後の地球はどうするつもりなのかね?
 ――ミスマル・ユリカ、この際だから改めて率直に言おうか。地球には、貴君らナデシコの力が必要なのだよ」

 …途端に議場にざわめきの声がおこる。だが私にはその声に耳を傾ける理由はない。
 今はそれは重要な事柄ではないのだ。

 「…貴君は現在の状況をよくわかっているだろう? 木星蜥蜴に対して有効な威力を持った兵器はそのナデシコだけだ。そのナデシコが地球を去った時、我々はどうなると思うかね?
 ―――つまりは、そういうことだ。
 この地球圏に住まう120億の人類のために、木星蜥蜴の脅威にさらされている地球のためにも、我々が貴君らを敵地である火星へと送るわけには行かないということを…もう一度考えてはくれないか」


 …そうして私は口をつぐむ。騒がしかった議場にもひと時の静けさが訪れた。
 その中でヴェールの剥がれ落ちた真摯な瞳で私の話を聞いていたミスマル・ユリカが、ゆっくりとその口を開く。

 …彼女のその決意を、私たちに見せつけてくる。


 『―――総司令。私はあなた方のお力を過小評価してはいません。
 散々無礼なことは言いましたが、連合軍が木星蜥蜴を相手に善戦できるだけの兵力と人材を保有していると私は同時に信じているのです。
 …ですから、だからこそ、我々は火星へと向かうのです。
 現在もあの星に残る人々のために、私達はなんとしてでもあの星へとたどり着くのだと決意したのです。それが私たちナデシコ・クルーの、全員の思いなのです。
 ―――――ですからどうか、ビッグ・バリアを解除していただけないでしょうか』


 そして彼女はそう言い、言葉を締めくくった。
 しばし、沈黙の時が流れる。

 ……そして。



 「…そうか――――残念だがこれではっきりしたな。
 ……ミスマル・ユリカ、貴君らナデシコのクルーは我々連合による秩序に対し重大な反逆を行おうとしている。
 つまり――――貴君らは我々の、敵だ。
 第1次から第4次までの防衛ラインは、総力を以ってナデシコの地球脱出を阻止しようとするだろう」

 そう言いつつも私の口元は思わず緩んでいた。同じように少しだけ残念そうに微笑む彼女。

 …そう。どちらかだけが正しいとは限らない。
 ただ私たちと彼女たちの思いが違っていた。それだけのことなのだ。


 『…そうですか。――――――では、おてやわらかに』

 そうして最後に薄く微笑んだ彼女は、そのままあっさりと通信を切った。程なく激昂した将校たちで騒がしくなる議場。
 「もはやナデシコを許すわけにはいかん!!!」
 「デルフィニウム部隊に至急通達しろ! どんな手を使ってでもナデシコを拿捕させるんだ!!」


 …その喧騒を聞きながら私はゆっくりと背もたれに凭れかかる。そして私は人知れず、小さく呟いた。




 「ミスマル・ユリカ。――――――所詮その程度の器か……それとも」









 3.

 「――――いやー、失敗失敗。総司令さん、怒っちゃったね」
 「…ユリカさん? 私にはわざとやってたようにしか見えなかったんだけど……?」
 「いいじゃないそんなことは。気にしない気にしない!」

 やはりというかなんというか。結局連合軍との交渉とやらは最悪の結果になって、プロスさんが大きなため息をついたりしてたんだけど…
 ユリカさんはそれについては全然気にしていないみたい。というか、それどころかかえって元気になっている気がする。
 「でも綺麗だねーそのキモノ。フリソデだっけ? 私着たことないからよくわかんないんだけどさ、着崩れないようにしたりするの大変なんでしょ?」
 そんなユリカさんの事情はとりあえず置いといて、私はさっきから気になってたそのことをユリカさんに訊いてみた。
 「そうだね。最初のうちはすごく苦労するけど、慣れちゃえばそうでもないよ。私の場合は7歳くらいから着付けとかやってたから……もう自然と動けるようになっちゃったし」
 「ふぅん。やっぱ大変そうだなぁ……私はいつまで経っても着れなさそう」
 「でね! でね! これ、アキトにも見てもらおうと思うんだけど…アキト喜んでくれるかな?!」
 突然そんなことを言ってくるユリカさん。やっぱりね、と思いつつも実際にアキトの奴がどんな反応をするかを想像してニヤける私。
 「あはは。アイツびっくりしちゃうんじゃないの?」
 「うん、だといいけどなぁ……」
 そう言いながら、ユリカさんはとにかく嬉しそうにはしゃいでいる。
 この人もけっこう子供みたいなところあるんだよね。――――って、私も人のこといえないか。面白そうだからこうやってユリカさんと一緒にアキトのところに向かってるんだし。

 と、そうして暫く雑談しながら歩いているうちに、私たちはアキトの部屋の前に着いた。
 「さーて、ご到着ー! アキトのヤツは、部屋にいるかな……っと」
 なんだかイタズラ寸前の時に特有のうきうきした気分になりながら、私は部屋の様子を探ってみる。

 ―――うん、どうやら鍵はかかっていないみたいだし、中から誰かの声も聞こえてきてる。


 …と、ユリカさんはアキトに確認も取らずにドアを開けて中に入ってしまった。
 「アキトー!! 入るよー?!」
 「あ、ユリカさん! 前回のこともあるんだし、ちゃんと確認してから入ったほうが―――」
 慌てて彼女を引きとめようとする私。そして私たちが中で見たものは……


 「「……………え゙???」」






 「あああああっ??!! ジョー!……ガイッ!! ジョーが、ジョーがああっ!!!」
 「待てアキト!! これからが一番大事なトコなんだ!」

 『……ケンッ!! 今だ、俺に構わずゲキガン・フレアーを使えッ!!』
 『しかしジョー! 今ゲキガン・フレアーを使ったらお前の身体は―――――!!!』
 『グズグズするなっ!!! コイツを倒せるチャンスは…っ―――今しかないんだぞッ!!!!』
 『ジョ、ジョー?!!―――――くそぉオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』


 『ゲキガンッ・フレアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!』
 『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ???!!!!!』




 「こ…これは………??」

 引きつった顔のまま、私は思わずそう口に出す。そして隣で呆然とするユリカさん。
 目の前の二人――――ヤマダとアキトは突然入ってきた私たちに気づくこともなく、なにやら涙声で叫びながら暗い部屋で目の前のスクリーンを凝視している。
 スクリーンの中では、なんだかよくわからない長髪の男が死にかけてる。


 『ジョー! しっかりするんだっ!!!』
 『ケ…ケン……?―――――済まない……ナナコさんに伝えてくれ…………』
 『ジョー?!!』
 『一緒に…海には………行けそうにも……ない……………と…………』
 『……ジョー? おいジョー?!! 嘘だろ? 目を開けてくれよ!……………!!!!』
 『ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』
 『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』





 「ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!―――――うう、ガイッ!! ジョーが…俺のジョーがあああっ……!!」
 アキト、絶叫。

 「くううううっ!! わかるかっ! そうか、わかるかアキトッ!! この悲しみが! この熱い男の迸りがっ!!!!」
 …ヤマダまで、絶叫。


 「ああ、ガイッ!! 戦いの中に生き! そして戦いに死ぬ!! これぞ真の男の生き様だよっ!!! ジョーは………ジョーは……!!」

 し…終いには二人で泣き叫びながら抱き合ってるし……………これって、男の友情なの??



 ――――――もうダメだ。一人ででもいいから早くここから逃げよう。



 「ユ……ユリカ、さん? えっと、わ…私ちょっと用事があるから、失礼するねぇ…」
 そう言って未だに呆然とするフリソデ姿のユリカさんを残し、私は一目散にこの異様な空間から逃げ出した。




 「ありがとう! ありがとうガイ!! こんな……こんないいものを見せてくれてぇ…!!!」
 「うぇ〜〜ん………こっちのほうがいいのにィ………」
















 4.

 ――――薄暗い貨物室。
 後手に縛られて地面に座らされたアタシ達を見下ろしながら、目の前の眼鏡の男、ウリバタケが言い放つ。
 「いいか、てめぇら。大人しくしてないとここから宇宙に放りだすからな」
 無言のまま座っているアタシ達を見て不快そうな顔をしたその男は、彼の部下らしいその他の男達に合図をするとここから出て行った。

 (………中に見張りの一人も置いておかないなんて、ずいぶんと甘っちょろい連中ね)

 ―――彼らが完全に部屋の外に出たことを確認すると、アタシはすぐ横にいる部下に合図をする。
 その部下は軽く笑いながら、拘束されていた腕をいとも簡単にはずして見せた。続いて他の面々もそれぞれ縄を外し始める。
 「所詮素人ですね。縄の縛り方もわかっていませんよ」
 そう嘲るように言ったその部下に、アタシは単純に一つのことを尋ねた。
 「…支度はどのくらいかかるかしら?」
 「10分で済ませます」
 真剣な表情になってそう答える部下。
 その答えに満足したアタシは重々しい声で全員に言い放つ。

 「上出来よ。……いいこと? アタシ達はこんな船にいつまでも乗ってるわけには行かないの。隙を見てさっさと脱出するわよ」
 「はっ」
 そうしてそう短く返事をしてその部下は、アタシの手を縛っている縄を隠し持っていたナイフで切り始めた。








 5.

 『――――あれ? 艦長はいねぇのか?』

 ブリッジに通信を入れてきたウリバタケさんが、後ろ頭を掻きながら開口一番にそう尋ねてきました。それにメグミさんが応えます。
 「艦長なら、着替えに行きましたよ。何か用だったんですか?」
 『いやな。副提督と他の連中のことなんだが……
 いつまでも見張りに人手を割くわけにもいかねぇし、とりあえずフン縛って貨物室に閉じ込めといたんだけどよ。この後どうするんだ?』
 そのウリバタケさんの問いに、プロスさんが顔を上げて思案しながら答えます。
 「そうですねぇ。現在は第四次防衛ラインを突破中ですし……サツキミドリで最後の補給をする際に現地のスタッフに任せることにしましょう。
 それまで、監視のほうをよろしくお願いしますよ?」
 『ああ、了解したぜ。任せときな』









 6.

 …デルフィニウム部隊の駐留する、宇宙ステーション『サクラ』。そこの医務室にこの僕――――アオイ・ジュンは来ていた。
 目の前には浮かない顔をして淡々とIFSナノマシンの注入のための準備をする医師。その様子をベッドに腰掛けながら、僕は黙って見ている。

 ――――ついさっきミスマル提督から連絡があった。ナデシコは、ユリカは地球連合軍に対して絶縁状を叩きつけたそうだ。
 これでもしナデシコがビッグ・バリアを本当に突破して火星に向かってしまえば、間違いなくユリカは反逆者になる。……そうなれば、連合に逆らえば、事実上地球に居場所がなくなるのも同然だ。
 そのことを思い、そしてユリカのことを思い…僕はもう一度、その決意を固めていく。


 (だからその前に、なんとしてでも僕が止めないと。――――そうだ、僕のこの命に代えてでも……!)


 「………中尉。一応準備は整いましたが」
 ふとその声に顔を上げる。浮かない顔をしてその医師がこちらを見ながら告げてくる。
 「ああ、頼む」
 顔を少しだけ上げて、そう短く僕は答える。
 と、シルバーのトレイの上に問題のIFSナノマシン注入針を乗せたまま、目の前の医師は確認をするように話し始めた。
 「もう一度確認しておきますが、本当によろしいのですね? これを身体に注入すれば貴方の経歴に無用な傷がつくことになるんですよ。
 地球ではナノマシンのキャリアーに対して未だに根強い偏見があることは、中尉もご存知でしょう? そうなればこの先…………」
 「もういい、貸せ!」
 「あっ、中尉?!」
 彼の言葉を途中で遮ると、立ち上がった僕はそのトレイから注入針をひったくる。そして迷わずそれを首に押し当て、一気にトリガーを引いた。

 「あ……ああああっ……―――――!!」

 身体の力が抜けていく。
 体内に何か『異物』が入り込んでいくような感覚。僕はその感覚に堪えきれずにベッドに倒れこみ、焦点の定まらない目で医務室の天井を眺める。
 ……そして、身体が浮遊しているような錯覚に陥る。思わずベッドのシーツを握り締める。
 声にならない声が漏れ、そのぼうっとした意識の中で、ただ一つのことだけを僕は思う。


 そして程なく、僕の右の手の甲にIFSの特徴的な文様が浮かび上がった。









 7.

 「なぁ、アキト。……前からちょっと気になってたんだが、お前とクロサキってどういう関係なんだ?」
 部屋の明かりをつけて、ゲキガンガーのビデオを片付けているときに、ふとガイがそんなことを訊いてきた。
 「え?……どんなって……」
 でもその問いには正直俺自身が困ってしまう。
 多分一緒に火星から来た仲間みたいなものなんだと思うけど……時々、なんでサレナさんが俺のことをこんなに構うのかわからなくなるから。

 ……というかたぶん、俺はサレナさんのことを女性としてある程度意識してると思う。気になる存在なんだと思う。
 そりゃやっぱり、3ヶ月も一緒の家で暮らしてたわけだし――――サレナさんって、かなり綺麗な人だし。

 「……ただの知り合いだよ。まだ知り合ってから3ヶ月しか経ってないし、それにサレナさんはいつでもあんな調子だしね」
 「そうなのかぁ? でもクロサキがお前以外の男と親しげに話してるところって、見たことないぞ」
 でもそんな気持ちを隠すようにわざと明るく言った俺に、なんだか納得しない様子でディスクを仕舞っていた手を止め、俺のほうを見てそう言ってくるガイ。
 そんなガイに、俺は自分に言い聞かせるように苦笑を返す。
 「確かに俺には構ってくれるみたいだけど、多分それは一緒のコロニーに住んでたからなんだと思うよ。ここに来る前に、『一人で火星に行くのは不安だ』って言ってたから。
 ……それにだいいち、サレナさんって向こうに好きな人がいるみたいだし……」

 「―――なに? ホントかそれ?」
 そして少しだけ俯きながら、最後にぼそっと呟いた俺の言葉になぜだかガイは反応した。
 「う、うん……ていうか俺の予想なんだけど。
 たまに、『ヒロィ』って男の人のことを嬉しそうに話すんだ。いつも二言三言だけなんだけれど、そういうときはいつも懐かしそうな、心配そうな表情しててさ……。
 ……って、なんでそんなこと訊くの?」
 「ん? いや、ちょっと気になっただけなんだが。…って、そろそろ第3次防衛ラインに着く頃だな。
 ―――よぉおおおおし! 今度こそは俺様の華麗な活躍をナデシコの奴らに見せつけてやる!ほれ、急ぐぞアキト!!!」
 と、途端に元気になって……それはちょっと空元気のようにも見えたけれど、大声でそんなことを叫びだすガイ。
 まだ金具で固定してある足を引き摺りながら、部屋の外へと向かっていく。
 「え、おいガイ?! まだ足が治ってないじゃんか!」
 「これくらいのハンデがあったほうが俺様にはちょうどいいんだよ!! ほら、さっさと格納庫に行くぞアキト!」








 8.

 「ったく。遅ぇぞテンカワ」
 「すんません」
 青のパイロットスーツに着替えて格納庫の中に走りこんできたアキトをみて、ウリバタケさんが声をあげた。
 「…って、ヤマダ? なんでお前もパイロットスーツを着てるんだ?」
 そしてその隣に立っていたヤマダを見て、私はそう問い詰める。
 「なぁに、プロスの旦那の許可は貰ってるぜ。医者も大丈夫って言ってたしよ…今回の戦闘は二人じゃキツイだろ? だから俺様が活躍しないでどうするってんだ」
 「………それはいいが、またコケて今度こそ足折るなよ? ヒビの入った今の状態でやったら、確実だからな??」
 それに対して胸を逸らしてなんだか偉そうに言ってくるヤマダに、半眼でツッコむウリバタケさん。その後ろでは整備班の人たちが忙しそうに走り回ってて。
 「さて、もうそろそろゴートの旦那から作戦の説明があるはずなんだが――――」

 『――――三人とも揃ったか?』
 コミュニケで時刻を確認しながらそう言ったウリバタケさんに続くように、私たちの目の前にブリッジのゴートさんからの通信が入った。一斉に向き直る私たち三人。
 『よし、ではこれから作戦の説明を始める。
 ……前もって言っておくが今回の作戦は今までとは勝手が異なるぞ。標的は木星蜥蜴の無人兵器ではなく、人間の操縦するデルフィニウムだ。
 性能的にはこちらのエステバリスのほうが数段上だが、相手も編成を組んでくるだろう。
 そこで―――――』

 『ゴートさん、構いません』
 と、作戦の軸を説明しようとしていたゴートの声に重なるように、その後ろからユリカさんの声が聞こえてきた。
 『……艦長?』
 訝しげなプロスさんの声。それに構うことなく、ユリカさんはいつもの能天気な声で私たちに言い放つ。
 『三人とも、思いのままに攻撃して構いませんよ。デルフィニウム部隊なんか、どーーんと蹴散らしちゃって下さい!!』
 「よっしゃーーーーーっ!! オーケイだぜ、艦長!!」
 それを聞いて、ものすごく嬉しそうにガッツポーズを取るヤマダ。まぁ確かにこつこつと作戦に従うようなタイプじゃないよね、こいつ。
 『だが艦長……』
 『大丈夫ですよゴートさん。デルフィニウムの武装では余程のことがない限り、エステバリスの装甲に致命的なダメージを与えるのは不可能です。
 ――――あ、でもアキトとサレナさんはあまり危ない事しちゃダメだよ?』
 「しないしない。そうでなくてもヤマダが一人で頑張るだろうからさ」
 私は手を軽く振りながら、画面の向こうのユリカさんにそう答えた。

 『―――――では、出撃準備だ』
 「はい!」
 「おう!!」
 「りょーかい」
 そしてゴートの号令に三人それぞれの言葉で返事をし、私たちは空戦フレームに換装されたエステバリスへと乗り込んでいく。
 アキトは例のピンクのアサルト・ピット。ヤマダの奴はプルーのアサルト・ピット。
 そして私は―――ウリバタケさんに無理に頼んで塗装しなおしてもらった、『黒』のアサルト・ピットに。


 それは言ってみれば、私にとっては大事な『おまじない』のようなものだったんだと思う。
 その色は、『アキト』の―――『彼』の……そして『私』の乗っていた黒い鎧と、同じ色だから。

 こうして私も黒い鎧に身を包んで戦っていれば、いつか何かがわかるかもしれないって。ただなんとなくそんな気がして、なにかが見えてくるような気がして………。




 「よーし…では、いっきますかぁ……!!」

 私は気を引き締めると、そう言ってカタパルトへと機体を向けた。
 ナデシコから飛び放たれた私の目に飛び込んできたのは、もうすでに美しい青から漆黒に変わりつつある地球の大気。
 眼下には青くてキレイで、ホントに目を奪われそうな海が広がっている。
 それを無理やり視界の隅に追いやると、私はナデシコの艦首と同じ方向へ――――無限の星空へと機体を向けた。


 そう。ここからが、正念場なんだから!!









 9.

 「中尉、基本的にこのデルフィニウムは中尉のイメージを受けてその通りに機動します。ベクトルのとり方さえ誤らなければ圏内に落ちることはありませんから。
 ……それと増槽を付けておきましたので、最低でも1時間は飛行できます。絶対にここまで帰ってきてくださいよ?」
 デルフィニウムの狭いコクピットに座る僕の前で、整備の男性が詳しく機体の説明をしてくれる。
 この機体に乗って出撃するのは僕の我侭だったが、彼らはそのことについては何も言わない。ただ、黙ってそれを受け入れてくれただけだ。

 「――――ああ、色々とありがとう」
 「……では、ご無事で」
 僕の返す小さな感謝の言葉。彼は整備帽をふかく被りなおすと、ハッチを蹴ってデルフィニウムから離れていく。
 程なくロックされるハッチ。
 ゆっくりと、僕の乗ったデルフィニウムは射出口へと向かっていく。


 『――――――中尉。全員、出撃準備が整いました』
 サブリーダーのマクガイル少尉から通信が入る。画面越しの彼を見ながら静かに頷く。
 ヘルメットのバイザー越しに外に見えるのは……僕が守ってみせるとあの子供の時以来誓った、青い地球の姿。


 「…………デルフィニウム部隊、出るぞ! 目標―――機動戦艦ナデシコ…!!!」




 そして僕の号令の下、12機のデルフィニウムは次々と『サクラ』を後にした。










 10.

 『よぉーーし。来やがったなぁ……!!』
 凍りついた宇宙にかが気を放つ、その白い光点たち。
 目の前に迫ってくる、まるでロケットの先端に人間の上半身をつけたような白い機動兵器。
 そしてその12機のデルフィニウムを見ながら、異常なくらい嬉しそうにヤマダが叫ぶ。
 そのままヤマダはエステバリスのスラスターを噴かせると、一気に敵のド真ん中にむかって突っ込んでいく。
 「ちょ……ヤマダ!! いくらなんでもムチャしすぎだろ?!」
 思わず叫ぶ私。
 『いいから見てなァ……!!!』
 『―――ガイッ?!!』
 数機のデルフィニウムから発射されたミサイルを文字通り紙一重でかわしながら突進していったヤマダは、そのまま先頭をとっていたデルフィニウムめがけてエステバリスの拳を突き出す。
 そして。

 『これぞ俺様必殺のォ……ガァアイ、スゥパァアアアア・ナッパアァァァァァァァ!!!!』


 例の『ディストーション・フィールド』で包まれたヤマダのエステバリスの拳は、回避行動を取ろうとしていたデルフィニウムに予想外の速度で近づき――――その頭部を根こそぎ吹き飛ばしていった。
 『すっげぇーーーー!!』
 『はーーーーっはっはっはっはっはっは!!! これが俺様の真の実力よ!』
 その姿に感心するように声をあげるアキト。高笑いを返すヤマダ。
 なんだかご満悦のヤマダはそのままデルフィニウムの群れを突っ切ると、急速にターンしてその上を取ろうとする。そのまま射撃に移るつもりなんだろう。

 と、ここで重大な疑問に突き当たる私。


 「……って、そういえばヤマダ。お前、ラピッド・ライフル持ってなかったんじゃ?」

 『―――はっ!! しまったぁ!!!』
 「このバカ! それじゃ上を取ったって意味ないじゃない!」
 …ヤマダはこれ以上害はないと判断したのか、デルフィニウム部隊は真直ぐこちらへと向かってきた。




 「いくらなんでもこれじゃ、ハンデありすぎだよ?!」
 そう叫びながら、私はデルフィニウム部隊の中心に向かってラピッド・ライフルを連射した。
 それを回避しながら、散開したデルフィニウム部隊は私とアキトめがけて数発のミサイルを放ってくる。
 『う…うわわわっ?!』
 「アキト?!」
 私が余裕をもって機体を右方向に回避させる中、アキトの機体はもたついたような鈍い動きで下へと下がっていった。
 あいつはまだ、空戦フレームの機動にあまり慣れていないから…しかもこんな高度じゃ地上みたいには簡単にはいかないし…!!

 『くそっ!!―――てめぇら、俺様をムシするんじゃねぇーーーーー!!!!』
 画面越しに大きく吼えながら、こちらへと向かってくるヤマダ。
 それを尻目にデルフィニウム部隊は二手に分かれ、7機が私のほうに、そして残りの4機が……アキトのほうへと向かっていく。
 ライフルを構えようとしながら、思わず声が漏れて…。

 「もう! 今孤立させたら、アキトの奴が――――――――?!」






 ―――――不意に、言葉が止まった。一切何も聞こえなくなる。
 その光景に意識が注ぎ込まれていく。

 目の前には…指揮をとっているらしい突出した1機のデルフィニウムと、その後ろを円陣を組むようについてくる残りの6機の機体。
 そしてその様を見た私の脳裏に、あの『夢』の光景が鮮やかに描き出されていった。




 「――――夜天光?」

 我知らず、そんな意味不明な単語が私の口から零れ落ちた。
 私の脳裏にはっきりと浮かんだのは……先端に輪のついた長い棒のようなものを持った赤い機動兵器と、それに従う6機の黄色いダルマみたいな機体たち。

 (あれは…………アレは…『私』にとっての………………)

 次々に浮かんでは消えていく映像。その意味さえもわからない幾つもの光景が、心の中に浮かび上がってくる。


 ――暗く横たわる宇宙に浮かぶのは、先程見た赤い機体に酷似した白い機動兵器と…それよりも3倍は大きいかと思える、メタリック・イエローの装甲をした化け物みたいな機体。
 ……そして、長身の銃を構えて火星の遥か上空を自在に飛び回る、黒く哀しい機動兵器。

 レールガンの直撃を受けて爆発するエステバリス。赤茶色に輝く、いびつな形をした火星の月。
 その薄赤い髪を揺らせてぎこちなく笑う少女と、ルリちゃんによく似た、あの『夢』の中の女性。
 そしてどこか大人びた様子のユリカさんと、そんな彼女の膨らんだお腹を撫でながら一緒になって笑っている『私』――――――――


 どんどん頭の中に浮かんでくる意味不明のイメージ。だんだんと鼓動が早くなっていくのがわかる。………うっすらとかいた冷や汗が、額を流れ落ちていく。



 「あ…あああああああああああああああああああああああああああっ??!!!!」




 私は両手を胸元で握り締め、アサルト・ピットの中で絶叫した。











 11.

 『サレナさん!』
 『クロサキ?! いきなりどうしたんだよ!!』

 デルフィニウムのミサイルを必死でかわしながら、俺は突然絶叫して動きを止めてしまったサレナさんに呼びかける。
 ガイもスラスターを全開にしてサレナさんのところに向かおうとしてるけど、肝心のサレナさんはさっきから一向に動こうとはしていない。
 そのまま7機のデルフィニウムに機体を拘束されてしまった。

 「撃墜しない?―――――いったいどういうつもりなんだよ?!」
 相手の攻撃が一時止む。ただ、サレナさんのエステバリスのほうに行きたくても目の前の4機が邪魔をしていて通してくれそうにもない。ガイのほうも同じような状況だ。
 ………くそっ! はやく、サレナさんを助けなきゃいけないのに…!!!

 『クロサキを人質にとるつもりか?!!』
 あせった顔でガイが叫ぶ。その時、俺の目の前にいたデルフィニウム部隊のリーダーらしき機体から、ナデシコと俺達エステバリスに向かって通信が入ってきた。

 その、ナデシコのクルーには聞き覚えのある声で。


 『――――――ユリカ。ナデシコを地球に戻して』
 「………アオイ副長?!」






 12.

 「ジュン君! どうしてジュン君がここにいるの?!」
 画面の向こう、ヘルメット越しに硬い表情でそう告げてきたアオイ副長に向かって艦長が驚きとともにそんな問いを返しました。
 他のブリッジのクルーも一様に驚いた顔をしています。……それもそのはず、艦長から『軍に戻った』と聞かされていた副長が、いきなり現れたんですから。
 …でも副長はユリカさんの問いは答えずに、やはり硬い表情のまま言葉を続けてきます。
 ただ、その静かな口調で。訴えかけるように。

 『ユリカ。今ならまだ間に合う、僕と一緒に地球へ引き返そう。
 ……このまま進めば、ナデシコは第2・第3防衛ラインの主力と戦うことになる。僕は君を地球の敵にはしたくないんだ!!』
 「ジュン君……」
 そんなアオイ副長の言葉に、僅かな間だけ黙っていた艦長は何かを決意しているような顔つきを見せ――――そして画面の向こうの副長のほうを向きました。

 …静かに、そして強い意思を込めてそのひとことを投げかけていきました。



 「―――ごめん、ジュン君。私、ここから離れられない」



 『………ユリカ?』
 途惑うような、副長の呟き。
 艦長はその静かな声で、そしてどこか悲しささえ秘めたようなその声でアオイ副長へとそう告げて。
 「ここは…やっと見つけた私の居場所なの。他のどことも違う、たった一つの私の居場所。
 軍の中では私はミスマル提督の娘でしかなかった。そして私は常にミスマル家の長女として振舞わなければならなかった。私に求められていたのはそんなものでしかなかった。
 ……でも、ここは違うの。そうじゃないの。
 『お父様の娘』でも、『ミスマル家の長女』でもない――――私が私でいることのできる、たった一つの場所だから!!」




 ―――――――――――艦長……?




 ……っと、私が感傷に浸っている場合ではありません。その艦長の一言で、停止していた戦場の動きが再開されたんですから。

 『………やっぱり、アイツを選ぶのかい?』
 小さく、何かを呟くアオイ副長。
 副長のその肩がほんのわずかに震えて、でもすぐにその顔を哀しそうに艦長へと向けていって。
 そして副長のデルフィニウムはその機体に装備されたミサイル・ランチャーを、拘束されているサレナさんの機体へと向けました。



 『なら…ユリカ、君は僕の敵だ。僕は君を――ナデシコを止める。僕自身のこの手で…!
 ――――まずは、あのエステバリスからだ!!!』








 13.

 『―――――サレナさん?!!』
 ……アキトの声が聞こえてきた。そう、どこかとても遠くから。

 「……………」
 渇いた口が、言葉にならない言葉を紡ぎだす。目の前には、私の機体に迫ってくる複数のミサイル。
 でもそんなことは関係ない。私は一度、息を大きく吸い込んで――――――



 『………なにっ?!!』
 通信越しに聞こえてくる、アオイ副長の驚いたような声。
 私はこの機体を急回転させながら左腕を押さえつけていたデルフィニウムをとっさに盾にして、ミサイルの直撃から身を守っただけだ。
 その衝撃で拘束が解かれる。間髪いれずにラピッド・ライフルを構え、真横にいるもう1機のデルフィニウムにゼロ距離射撃を浴びせて……そのまま私はこの場から離脱する。
 『おお! 正気に戻ったかクロサキ!!』
 元気のいいヤマダの声が聞こえてくる。それには構わず、残った5機を視界に入れる。

 ――――――さっきまでの『夢』の中に比べて、全てが遅く、私には感じられた。


 『おい、クロサキ?』
 「…ああもう、うっさい!! 気が散るから黙ってろ!」
 ヤマダの問いかけを一蹴して、私は残るデルフィニウムに意識を集中する。気分はもう、最高に最悪な感じとしか言いようがない。
 …相手は中心に位置するリーダー機の指示で、4機のデルフィニウムがこっちへと向かってくる。
 「残弾は―――――まだ十分!!」
 自分でも不思議なくらいに神経が一点に収束しているのを感じながら、私はラピッド・ライフルの3連射で先頭をとっていた機体の首を一気に吹き飛ばした。






 14.

 「くそっ!! あの機体――――クロサキか? 予想以上に手強い……!!」
 状況が一気にこちらにとって不利になってくる中、僕はコクピットの中で毒づいた。

 ――――と、目の前にあのテンカワの機体が迫ってきている。


 「クロサキを援護しにいくつもりか? 悪いがそうはさせんぞテンカワ!!
 ―――ナカネ、お前達はマクガイル少尉の援護をしろ! こいつは僕が片付ける!!」
 その彼の姿をはっきりとこの目に捕らえた僕は、後方にいるデルフィニウムに指示を出した。
 『し…しかし中尉!!』
 「こっちの心配は必要ない! それよりも向こうの2機のほうが厄介だ、早く行け!!」
 『―――りょ、了解しました!』
 そう返事をして、ナカネ率いる3機はクロサキ達のほうへと全速力で向かっていく。

 ………残ったのは、僕とテンカワの二人。



 「さて………テンカワ・アキト!!! 僕と勝負しろ!」




 『な……アオイ副長?!』
 画面に写る戸惑い顔の彼を睨むと、僕はデルフィニウムに装備されたミサイルを4発、彼のエステバリスに向けて発射する。
 『―――ちょ、ちょっと待てよ?! なんでこの前まで一緒にナデシコに乗ってた仲間だったのに戦わなきゃならないんだ?!! だいいちアンタ、ユリカの婚約者なんだろ、だったら尚更――――』
 間一髪といった感じでそのミサイルを避けながら、テンカワはそう言ってくる。

 ―――その最後の言葉は、僕にとってみれば『タブー』のようなもの。僕の心の中で、一気に激しい感情が高まっていく。

 「黙れ!! そんなものは僕達の親が勝手に決めた関係だ、ユリカは…彼女は僕のことなんか――――それにこれはそんな私情は関係ない!!」
 ……逃げ腰になっているテンカワのエステバリスを追尾しつつ、彼に向かって数発のミサイルを照準もろくに定めずに撃ち放った。
 そして僕の心から、絶叫が漏れ出ていった。

 「僕は子供の頃から、連合軍こそがこの地球で正義を実現できるだた一つの場所だと信じてきた!! そしてそれは軍人となった今でも変わらない! 一人の軍人として、連合の秩序を乱す行為を取ったナデシコを許すわけにはいかないんだ…!!!
 だからこれは、僕にとっての、軍にとっての正義だ! だからこそ、ここで今地球に引き返さないと言うなら………僕は君らをなんとしてでも倒す!!」


 そしてさらにミサイルを4発、テンカワに向けて続けざまに発射する。その中に、僕の決意の全てを注ぎ込むようにして。



 『なんだよそれ?!―――正義のためだったら、大切な人をその手にかけてもいいって言うのかよ?!!!』
 「大切な人だからこそ……だからこそ地球の敵にまわるのが耐えられないんじゃないかあああああああああああっ!!!」

 『ば……バッカヤロオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』








 15.

 「アキト……!!」
 急に反転してアオイ副長の乗るデルフィニウムに突撃していったあいつを見て、私は思わず射撃を止めてあいつらのほうを向き直る。
 『中尉―――!!』
 あれから私とヤマダでまた3機沈めて……残りが4機になった目の前のデルフィニウムたちも、攻撃の手を止めてあいつらのほうへと副長の援護をしに向かおうとする。
 「って、ちょっと……」

 『おーーーーーーっと、どこ行くんだ? お前らの相手はこの俺だろ??』
 と、そんな連中の鼻先にまわりこんで、エステバリスの両手を威嚇するように広げながらヤマダが立ちはだかった。
 そのヤマダを前に一瞬動きを止めるデルフィニウムたち。
 『邪魔だ、どけ!』
 『……!』
 そしてそう叫ぶや否や、先頭のデルフィニウムがヤマダめがけてその腕を向けて。
 …ヤマダの口元が、そう。僅かにゆがんで―――



 『―――――ヌォオオオオオオラアッ!!!』
 『……なにぃっ?!!』


 戦場をその怒号が駆け巡った。
 その左腕を振りかざし、青のエステバリスは―――迫りくるマイクロ・ミサイルたちを閃光とともに薙ぎ払う。
その1機のデルフィニウムが放ってきた数発のミサイルを…よりにもよってただの片手で弾き飛ばしてしまう。
 「……うそ」
 私の口から間の抜けた声が漏れた。ヤマダ機の横手で次々と爆発していくミサイル。その閃光に彩られながら…唖然とするデルフィニウム達を睨み付ける青いエステバリス。
 ……そして、画面越しでその口元を薄く歪めているヤマダ。

 『…男二人が命かけてタイマンはってんだ、邪魔する奴は容赦しねぇぜ…!』
 『う……バカな…』
 相手のパイロットは完全に度肝を抜かれたみたい。ヤマダの発する暑苦しい威圧感にもうどこまでものまれてる。


 『――オラどうした、この俺様が思う存分てめぇらの相手してやるからよ? 華々しくここで散りてぇ奴から、とっととかかって来いやぁ!!!』

 そしてヤマダは感極まったような表情のなか……目の前に広がる青い星に向かって、その青を背に立ちすくむデルフィニウム達に向かって、高く吼えていった。











 16.

 「くそっ……!」
 突然反転して突撃してきたテンカワの攻撃を、肩の装甲を持っていかれながら何とかかわす。
 と、さきまでとはうって変わって思いつめたような表情になったテンカワが、泣くような声で叫んできた。

 『そんな…そんなの正義って言うのかよ?!
 俺にはそういう軍のことなんて全然わかんないけど、でも――――!!!
 ……俺にだって、守りたい正義があった! 死に物狂いで努力すれば、きっとなんとかなるって思ってたさ!!
 でも………でもやっぱり駄目だったんだ。俺はあの時、みんなを助け出したかったのに―――――結局自分達だけ地球に逃げ出してきて!』
 「―――僕は違う!! お前たちのように一時の感情に流されて、自分の中の正義を失ったりはしない!」

 途端、テンカワ機の動きが鈍くなる。――――そうか、ナデシコの重力波ビームの射程外にでたのか!
 今がチャンスと思って彼へ向かって最後のミサイルを放ったその時。

 『中尉!! そろそろ第2次防衛ラインです! 引き返さないと我々も危ないですよ?!』
 クロサキたちと交戦中のマクガイル少尉から通信が入ってきた。……くそ、こんな時に!
 「現在のそちらの状況は?!」
 『残っているのは私の他には2機だけです。後の者はすでに降下しました!』

 …僕は、歯噛みしながらコンソールを強く握り締めて。
 ナデシコのその白い姿を、瞳に焼きつけていって。


 「――――作戦は中止だ! 残ったものはただちに『サクラ』に帰還しろ!!」
 『…中尉? 中尉はどうなさるおつもりです?!』
 「僕にはまだやることがある! いいから構わずに行け!!!」
 『しかし…!』
 「もう時間がない、いいから行くんだ!」
 『ちゅ、中…………わかりました! ―――必ず、どうか必ず、ご無事で!!』

 「―――…ああ、また……会おう。マクガイル少尉」


 そうして手傷を負った様子のマクガイル少尉ともう2機は、反転すると遥か下方の『サクラ』へと引き返していく。
 そんな彼らに、僕は別れの笑みを静かに送る。
 …そして僕は残弾のなくなったミサイル・ポッドと機体下部のブースターを切り離すと、未だに健在のテンカワ機をこの場においてさらに上空へ――――ナデシコと第2次防衛ラインのちょうど間へと向かっていく。



 『……ジュン君?! いったい何を―――』
 「ごめんね、ユリカ」
 そう呟いて、通信を入れてきたユリカとの回線を強制的に切断する。
 僕はデルフィニウムのその両の腕をいっぱいに広げて、眼前に迫ってくる第2時防衛ラインのミサイル群を、その大きく輝く数々の光点を……どうにも言いようのない悲しい思いでじっと見つめる。

 「そうさテンカワ…………わかっていたんだ僕には。
 軍は戦争をしているだけだ、そこには正義も何もない。―――僕が信じていたものは所詮ただの理想であって、どこにもそんなものはありはしなかったんだ―――――――」


 スクリーンに映る暗い宇宙がわずかに霞んで見える。その黒い、命の輝きを微塵も感じさせない世界は、僕にその非情な現実を叩きつけてくる。


 「それでも僕は、それを信じていたかったのかもしれない。今まではそう思ってた。…………でも、今になって…やっとわかったよ。
 僕はただ、ユリカを守りたかったんだ。彼女の側にいて、彼女を助けてあげたかっただけなんだ……」



 でもそんな中であの月は、白く輝くあの小さな円い月は、僕の思いを純粋に象徴しているように見えて――――――




 「…ただの自己満足だって事はわかっている。
 でもここは………そう、ユリカの『盾』としてのこの場所こそが、僕にとっての死に場所なんだ――――――――」
















 ――――――冷たく輝く星空。

 ―――静かに横たわる、深い黒の海。



 その中で優しく輝く白い月、青い星を見守るその月を見て……あれは僕そのものだ、とそう思う。
 そう…彼女をそっとその側で見守ろうとしていた、僕そのものなんだと。






 ……そして僕はゆっくりと目を瞑っていって――――――






















 『――――何一人で勝手なこと言ってんの!!』



 …そしてその強い声に、僕は引き戻されていった。

 「クロサキ――――?」
 気がつくと、クロサキをはじめ3機のエステバリス達が僕のすぐ横まで来ていた。
 そのまま彼らは僕の乗るデルフィニウムの両腕を支えるようにして掴んで。
 「お前達…どういうつもりだ?」
 『どうもなにも―――俺達、副長を連れ戻しに来たんだよ』
 『そうだぜ? なんだかんだ言っても俺達仲間じゃねぇか』
 テンカワが画面越しに、真剣な表情をして言う。うっすらと笑みを浮かべながらそう言うヤマダ。
 続いてクロサキが、怒ったような顔をして話し始めた。


 『副長。私には副長のいう正義とか、そういうのはよくわからないけれど………
 でも、ここで貴方が死んだら、悲しむ人がいるって事だけはわかります。貴方にとっての大切な人だって、きっとそういう思いをするんです!
 ……貴方達みたいな男の人は、みんなそう言って! 正義だの大義だの、大きなことばっかり言ってて…自分のすぐ隣にいる人が悲しんでるのなんか、気づきもしないじゃないですか!!
 副長は……副長は、自分だけさっさと人生っていう舞台から退場して、そこに残された貴方の“大切な人”に、ずっと悲しい思いをさせる気なんですか?!!』

 「そ………それは……」

 クロサキの表情はだんだん変わっていって、どこか泣き出しそうな顔になっていった。
 そんな彼女をただぼおっと見ていて、僕は………


 『……だから、ナデシコに戻ってきてくださいよ。守りたい人がいるんなら、ちゃんと側にいてあげてくださいよ。
 ――――みんな、副長が戻ってくるのを待ってますから……!』



 そう言って、ちょっとだけ涙を浮かべながらクロサキは微笑む。僕の中で、何かが完全に吹っ切れたような気がする。
 ……僕はゆっくりと下を向くと、ほんの小さな声だったけれども彼女達に精一杯の感謝の言葉を言った。



 「――――――そうだね。本当にそのとおりだ………
 ありがとう、クロサキ。それにテンカワとヤマダも。……君たちの言うとおり、僕はナデシコに帰ることにするよ………」













 17.

 「ユリカ、ごめん。その……」
 「ううん、あやまるのは私のほうだよ。―――ごめんねジュン君」

 あれから4人とも帰還して―――――ブリッジの上で気まずそうにそう言いかけたアオイ副長に、艦長は笑いかけながらもちょっとだけ真剣そうな表情で謝りました。
 そしてそんな艦長の態度に途惑っている様子の副長。
 「……僕を許してくれるのかい?」
 「元はと言えば、私がジュン君をトビウメにおいていったのがいけないんだもん。許すも何もないじゃない。――――だからジュン君、仲直りしよう?」
 そう言った艦長を見て、副長はちょっとだけ意外そうな顔をして――――


 「……うん、そうだね。ユリカ」


 そう言って二人とも微笑みながら、とても仲良さそうに握手をしました。
 ―――でもそういえば、『大切な人』の件はいったい何処にいったんでしょうか。隣ではミナトさんがとてもつまらなそうな顔をしてますし………
 まぁ、二人だけの事情か何かでもあるんでしょう。当人同士が納得しているみたいですから、それでいいんでしょうね。

 「――――さて! みなさん、もう宜しいでしょうか? 第2次防衛ラインのミサイル群が、すぐそこまで近づいていますので」
 軽く手をパンパンと叩きながら、ブリッジの妙な雰囲気を振り払うようにプロスさんが言います。それを受けて、艦長が真剣な表情に戻って。
 「ルリちゃん。ディストーション・フィールドを最大出力に」
 「了解。―――ディストーション・フィールド、出力最大」
 私がそう復唱してからいくらも経たないうちに、ミサイルの着弾によってナデシコの艦内が小刻みに振動します。
 「………さすがに第2次防衛ラインともなりますと、今までとは規模が桁違いですな」
 不安など微塵も感じていない様子でスクリーンを見つめながらそんなことを言うプロスさん。
 やがてその振動は収まって、一番の問題だったビッグ・バリアもちょっと手間取りましたけれど、なんとか通過できました。




 …そんなこんなで色々とドラマがあったみたいですけれど、ナデシコはビッグ・バリアを無事に突破して、火星への1ヶ月近くにわたる長い航海の道へとついたわけです。

 ――――私たちの旅は、これからが本番というわけですね。














 ――――――って、まだちょっとだけ『ドラマ』があるみたいです。






 18.

 『ジョー! しっかりするんだっ!!!』
 『ケ…ケン……?―――――済まない……ナナコさんに伝えてくれ…………』
 『ジョー?!!』
 『一緒に…海には………行けそうにも……ない……………と…………』
 『……ジョー? おいジョー?!! 嘘だろ? 目を開けてくれよ!……………!!!!』
 『ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』
 『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』




 「……うーん、やっぱり何度見てもジョーってカッコいいよなぁ」

 明かりを消して雰囲気を出した部屋で、ガイに借りたゲキガンガーのビデオを見ながら俺はそう呟いた。
 そう、こういう『戦いの中で燃え尽きる』っていう生き方には男としてちょっと憧れるものがある。……まぁ、実際にそういう風に一生を終えたいかは別の話だけど―――――

 と、薄暗い部屋の中、ふと横に見知らぬ写真が落ちているのに気がついた。



 「なんだろ?………ガイ??」

 そこに写っていたのは、満開のサクラの下で笑っている3人の人物。
 今よりも全然小さい10歳くらいのガイらしき少年と―――今のガイに良く似た、でももっと精悍な顔つきをした、オールバックの短い黒髪に皮のジャケットを着た男の人。
 …そしてその二人の間に立っている、白いセーターに紺のプリーツスカートをはいた、ショートヘアの黒髪のやさしそうな女の人だった。
 写真の裏を見てみると、なんか文字が書いてある。俺は急いで部屋の明かりをつけて、あらためてその文字を読んでみた。


 『オオミナト公園で――――イチロウ兄貴とナナコさんと』


 「……そう言えばガイの奴、アサルト・ピットの中にゲキガン・シール貼ってくるって言ってたっけ。
 ――――――しょうがない、届けてやるか」












 19.

 ――――――――その頃、薄暗い格納庫で。


 「夢が、明日を呼んでいる〜〜♪…………って、あれ?」
 なにやらご機嫌な様子でエステバリスのアサルト・ピットから降りてきたヤマダ・ジロウ―――またの名をダイゴウジ・ガイ―――は、視界の隅に数人の不審な人影が動いているのを目撃していた。

 「あ、おい! アンタらなにやってん――――――」
 思わず彼がその暗い人影を呼び止めたその直後、




 ―――パァン!!


 乾いた火薬の炸裂音が響く。
 何か大きな物が崩れ落ちるような音と、誰かが走り去っていく足音。

 …………そしてまもなく、格納庫は再び静寂と暗闇に包まれていった。




 (Act4へ)