――――――声が、聞こえる。
その夢の彼方から、『あの人』の声が聞こえてくる。
『私』の心に、はっきりと聞こえてくる。
――――――――そう。その…遠く懐かしい『あの人』の声が―――――
1.
「―――――本艦の通常空間への復帰を確認。現在座標の特定中」
…照明の落ちたブリッジの中で、ただ一人起きている私がそうアナウンスします。
他の皆さんは何故かお眠り中。どうやら私もそうだったみたいですけど…体質のせいか、それともナデシコとコネクトしていたせいか。
ナデシコが通常空間に復帰してすぐに目が覚めました。
スクリーンの隅には思いのほか大きなお月さまが浮かんでいて。
それでもってナデシコの目の前では、どうみても連合宇宙軍と木星蜥蜴が交戦中だったりします。
……でも、ま。みなさんが起きないことにはナデシコは身動き取れませんしね。
――――ですからまぁ、そういうわけでして。
「みなさーん。起きてくださーーーい。おーい、ヤッホー。……起きて下さい。起きて下さーい。気がついたら直ちに各自の持ち場で非常警戒態勢」
そうして艦内に呼びかけてるんですけど、皆さん全然起きる気配がありません。
……って、あ。艦長を発見しました。
ブリッジにいないと思ったら、何故か展望室で寝転んでいます。ここは艦長にさっさと起きてもらって、事態の収集を図ることにしましょう。
そう決めた私は、艦長の目の前に大量のウィンドウを投入してみました。
「艦長、起きてくださーーーい。かぁんちょかんちょ艦長ーーーーーー??」
そして艦長はうっすらとその瞳を開いていって。
『――――へ……って、わやあああああああああああああああああっ???!!!!!』
……ウィンドウ越しにあっかんべーをしていた多数の私を見て、おもいっきり悲鳴をあげました。どうやらすっきり目覚めたようですね。
それから慌てて身なりを整えた艦長は、まだちょっと引きつってる顔を私に向けて訊いてきます。
『ど、どうしたのルリちゃん?!! 何かあった??!』
「はい、本艦が通常空間にめでたく復帰しました。……でも艦長、なんでそんなところにいるんです?」
『え?そんなところって……ええーーーーーーーーーーーっ??!!』
と、不意に横を向いた艦長は、そこに寝転がっていたアキトさんとイネスさんを見てまたまた悲鳴をあげました。それもそのはず、アキトさんとイネスさんは向き合うようにして、手を握り合いながら寝転んでいたんですからね。
『あの』艦長がそんな光景を見て黙っていられるとは思えませんし。
「…ん〜〜〜〜…なに? どうしたの??」
「――――こ、ここは……」
「………あれ? ユリカは?」
続いてユリカさんの悲鳴のおかげか、ブリッジの皆さんも起き始めました。一方展望室では、アキトさんの身体をユリカさんが思いっきり揺り動かしてます。
「……って、あーーーー!!! ちょっと艦長! スクリーン見て、スクリーン!!!」
『――――はい?』
と、突然大声を出したミナトさんにウィンドウの向こうで反応するユリカさん。
「そうでした。艦長、現在目の前では連合軍と木星蜥蜴が交戦中です。このままだと両軍からの集中砲火を受けかねませんけど――――」
そして私がそう言いかけたその時、突然連合軍の戦艦から通信が入ってきて。
『なぁにそんな場所で突っ立ってんだキサマ等ぁーーーーーー!!!!
砲撃の邪魔だ!! 沈められたくなければさっさと引っ込めえええええええええっ!!!!!』
『は、はいーーーーーーーーーーーっ!!』
……地球に帰ってきたナデシコを最初に迎えてくれたのは、そんな連合軍の提督さんのありがたい罵声でした。
機動戦艦ナデシコIF 〜メビウスの欠片〜
第2章 『誰も貴方を責めることはできないのか』
Act1
2.
「………あれ?」
薄目を開けて、微かにそう呟く。
気がついたら私は、私のエステのアサルト・ピットの中にいた。
―――確か自分の部屋で休んでいたはずなのにと、胡乱な頭で考えながら、ゆっくりと身体を伸ばして外の様子を見回してみる。格納庫の中では整備の人たちが、やけに緩慢な動作で頭を左右に振ったり倒れている同僚を揺り起こしたりしていた。
…どうもみんなもいつのまにか眠っていたようだ。
でもそういえば、何か重要な夢を見ていた気がしたんだけど―――――
とりあえずハッチを開いて外に出て、大きく伸びをしながらその夢を思い出そうとする私。
「…ん? クロサキ、お前いつの間に格納庫まで来たんだ? まだ招集もかかってねぇぞ??」
するとエステの下のほうから驚いたような声を出しながらウリバタケさんが声をかけてきた。
「すみません、いつのまにかピットの中で眠ってたみたいで…」
「ああん? 中で眠ってた??」
それを聞いて不思議そうな顔をするウリバタケさん。そしてブリッジのアオイさんから通信が入ってくる。
『現在木星蜥蜴との交戦域に突入中! エステバリスのパイロットは至急格納庫へと向かうように!!』
「…なんか知らないけど、もう来てるよー」
アオイさんのウィンドウが消えてから、そう小さく呟く私。
と、その時ちょうど良く私のところに、乗降用のクレーンに乗って整備班クルーの一人、私担当のユウキさんがやってきた。
「はいサレナ。中の調整するから降りて着替えてきて」
「どーも……って、ねぇユウキさん? いったい何があったか聞いてます?」
私に軽く笑いかけてからアサルト・ピットに入っていったユウキさんに、そう声をかけてみる私。ユウキさんは慣れた調子でパネルを操作しながら、顔は手元のモニタに向けたまま言ってくる。
「さあ? 俺たち整備も詳しいことは聞いてないけどなぁ。とりあえず知ってるのは、すぐ目の前で連合軍と木星蜥蜴がやりあってるって事だけだよ」
「連合軍?」
「そう、連合軍」
モニタの表示を見て眉を少し寄せながらそう言ってくるユウキさん。ぎりぎりのところで上品さを保っているその長めのストレートの黒髪が、僅かに俯いた顔にかかっている。
…このちょっと細身でまあまあのルックスの彼は、なによりもその親しみやすい性格から女性クルーの間ではそれなりの人気だそうだ。
ただ、彼はブリッジに気になる人がいるという話なんだけど……
「じゃあ、今私たちがどこにいるかはわかる??」
「ああ、それならね。ナデシコはちょうど、月の周回軌道上にでたらしいよ。……よし、こっちの調整終わりっと!」
私がアサルト・ピットの入り口からのぞきこむ中、ユウキさんはそう言ってパネルに繋いであったコードを抜くと次の作業に取りかかる。
「おーい、クロサキ! いつまでも油売ってないでお前も準備を急げよー?!」
と、下のほうからウリバタケさんのそんな声が聞こえてきた。
「……そういえば、そうだったっけ」
「ぷっ、サレナってそういうところちょっと抜けてるよな?」
「んなこと自分でもわかってるってば!…じゃ、後はよろしくね?」
「はいはい、任されたよ。ウリバタケさんに怒鳴られる前にさっさといってきな」
そしてシートの向こうを向きつつ左手だけを振ってくるユウキさん。私はクレーンに飛び乗ってゆっくりと下へと降りていって。
それからちょっとだけ駆け足になって更衣室へと向かっていった。
「お? 遅かったなサレナ」
扉を開けて細い入り口を抜けていくと、既に着替え終わった様子のリョーコがこっちを見て言ってきた。
「ちょっと格納庫に寄ってたからね。もうちょっと向こうの準備はかかりそうだったよ?」
それに対してそう言って、私は自分のロッカーを開いてパイロット・スーツを引っ張り出す。
……とは言っても実際にはそれは、レオタードみたいなインナーウェアと妙な形の肩パッドみたいなものと、それとちょっと長めのブーツなんだけどね。
ちなみに各パイロットごとにサイズ(?)を合わせたオーダーメイド。そいつらを横のテーブルに置いてから、私は制服を脱ぎ始める。
「あれぇ? おっかしいな……私のインナーが一枚なくなってる」
と、隣でそんな困ったような声を上げるヒカル。
「また部屋に置き忘れたんじゃないの?」
一番向こう端からそう言ってくるイズミ。脱いだジャケットをハンガーにかける私。ヒカルが『なくなった』騒ぎを起こすのはいつものことだから、正直あまり私は気にしてない。
続いて私はソックスを脱いで、それをロッカーへと放り投げた。
「今度は違うよー! ちゃんと一昨日はあったもん」
「ヒカル、お前この前もそう言ってたじゃねぇか」
鏡の前で化粧のチェックをしているリョーコ。私はストッキングとショーツを脱いでテーブルの上のインナーを手にとる。
「―――成る程、これはミステリーね。事件の匂いがするわ」
ついでにそんな事を壁際で呟くイズミは、ヒカル以外は基本的に相手にしてなくて。
「そうだよ! もしかしたら痴漢がこの部屋に侵入してぇ…ああーーっ、神様! それだけはーー!!」
「んなわけねえだろ? ナデシコのシステムじゃ、俺たちパイロットと生活班以外はこの部屋に入れねえんだぜ? おまけに生活班は全員女じゃねえか」
そして世にも恐ろしげな声で喚くヒカルにあっさり突っ込むリョーコ。
スカートを落としてそれもロッカーにしまいこんだ私は、ふと小さく言ってみた。
「……実は、盗ったの女の子だったりして」
「え゙…?」
それを聞いたヒカルが潰れたカエルみたいな声を上げる。
でも続いて着替え終わったイズミがそれを別の意味で否定して。
「あー、それだったらヒカルじゃなくてリョーコが狙われるでしょ」
「あ、そっか」
「おいコラちょっと待て?!!」
そのイズミの意見にいやに納得するヒカルと思わず怒声を上げるリョーコ。
「そーいえばサレナ担当のユウキさんて、そっちの気があるって噂あるよねぇ?」
「え? 何それ??」
「なんでもこの前の葬式の時の、修道女姿のジュン君に見とれてたとかどうとか……」
「それはちょっと判別がムズカシイんじゃ…なんたってアオイさんだし」
「ま、あれは確かに可愛かったもんな」
「……リョーコ、アンタがそれ言うとシャレにならないわよ」
「あんだとイズミ?!」
そんな話を続けながら、私はブラウスとブラを脱いでそれもロッカーに詰め込むと、インナーを肩まで上げて胸の位置を調節し、最後に両肩にパッドをつける。
そしてブーツを履いてから、両肩のパッドをぐっと強く押した。
……するとパッドから染み出てきた特製のナノマシンの集合体が首から下の全身を覆っていって、パイロット・スーツの出来上がりというわけだ。
一見とても頼りなさそうに思えるけど、こんなスーツでも極寒の宇宙空間で余裕で活動できるほどに耐熱、耐圧、対ショック、耐放射性に優れている。
――――脱ぐ時結構めんどくさいというのが、欠点といえば欠点だけどね。
「―――って、あ! ごめ〜〜ん、やっぱあったやインナー」
と、私がロッカーの扉を閉めていると、予想通りにそんなことをヒカルが言ってくる。
「……インナーあったよ、それでいインナー?……………ふっ、うくくくくく」
「「はぁ……」」
そしてトドメなイズミの洒落に、私とリョーコがため息ついて。
結局私らが更衣室を出たのは、それから15分後のことだった。
3.
「しかし艦長、困りますなぁ……こういうときはきちんとブリッジにいてくれませんと」
「は、はぁ…。すみませんでした」
あれからアキトをなんとかイネスさんから引っぺがして、それで大急ぎでブリッジに戻ってきた私を迎えてくれたのはそんなプロスさんのお小言で。
その間に殆どルリちゃんとミナトさんだけでナデシコの体勢を整えてからやっと、ブリッジの雰囲気もいつもどおりになってきた。
……って、そういえばジュン君にも迷惑かけちゃったか。あとで謝らないと――。
「ルリちゃん、状況は?」
「現在木星蜥蜴の主力と連合宇宙軍の第2艦隊が交戦中。本艦はその第2艦隊よりやや離れた位置にあります。
……形勢は、やや連合軍が有利といったところでしょうか」
そう尋ねた私に報告をしながら、戦況をスクリーンに投影するルリちゃん。
「艦長、第2艦隊旗艦の『グラジオラス』から戦線に加わるように要請が来ていますが?」
続いてメグちゃんもこちらを振り向きつつそう言ってきて。
私はほんの僅かな間スクリーンの戦況を確認してから、必要な指示をみんなに伝えていく。
「メグちゃん、グラジオラスに『了解しました』って伝えておいて。それとルリちゃんは作戦宙域の確認を」
「「了解」」
「ユリカ、エステバリス隊の準備は完了したそうだよ」
「ありがとう、ジュン君」
「――――艦長、本艦の作戦範囲のデータがきました。スクリーンに表示します」
それからルリちゃんがそう言ってスクリーンに出した、そのマップを見て首を軽く捻る私。
「…うーん、これならエステバリスだけでなんとかなるかな?」
「そうですねぇ。なにしろ現在のナデシコはかなりガタがきている状態ですし……」
プロスさんはどこか安心したような様子でそう言ってくる。
「では作戦開始は10分後です。パイロットの皆さんは各自準備を怠らないように」
『『『『『『了解!』』』』』』
「…でもさユリカ。確かずっとブリッジにいたはずだけど、いつの間に展望室になんか行ってたんだい?」
と、ジュン君が不思議そうな顔をしながらそう訊いてきた。
「う……ん、どうしてだろう? 私にもさっぱりわからないんだけど―――――
…ね、ねぇアキト! アキトは、どうしてアキトと私が展望室にいたか…知ってる?」
『え、あ?! 何で俺に訊くんだよ…?』
そして私が思い切ってアキトにそう訊いてみたら、アキトはすごく戸惑ったような顔をして。
『あ、なになにー? 私も興味あるんだけどー??』
『へ? アキトとユリカさんが展望室で二人きり??…うわー、この非常時によくやるねぇアキト』
続いてヒカルさんとサレナさんが横から入ってくる。それを聞いたアキトは慌てたようにして叫んできた。
『ち、違うよ?! 気がついたら展望室にいて隣にユリカとイネスさんがいたんだってば!!
それだけだよ、俺はなんにも知らないって!』
「……―――」
「―――アキトさん、ホントになにもなかったんですか?」
『め、メグミちゃん?? なにおいきなり』
ブリッジの前方でちょっと不機嫌そうに言ってくるメグちゃん。
それを受けて慌てるアキトを追求するようにしてヒカルさんのウィンドウがアキトへ迫ってく。
『ああーーっ! 私も何があったのか知りたい知りたいー!』
『ちょ、ちょっとヒカルちゃ……ガイもなんとか言ってくれよ?!』
『…アホかアキト。お前のケツはお前が拭け、俺は知らん』
『うわヤマダ、ちょっと下品』
『……(がーーん!!)』
『というわけでアキト君! ことの状況を詳しく教えて―――』
『ああーーーーーーーっ!! もお、うるせえええええええええええええっ!!!!!』
『どわ?!』
と、突然ウィンドウ越しにドあっぷになりながらリョーコさんが大声で叫んできた。それに思わず声を上げるヤマダさんと、同じように驚くその他大勢。
そしてリョーコさんは腕を組みながら言ってきて。
『別にテンカワと艦長が展望室で何してようがいいじゃねえか。んなことくらいで大騒ぎすんなよ?』
「そんなことって……不謹慎じゃないですか! この非常時に展望室にいたなんて」
やっぱり機嫌の悪そうなメグちゃんがそう言うと、横に座っているミナトさんが何故だか苦笑して。
でもリョーコさんは一瞬怪訝な顔をした後に、なんだか自信たっぷりな様子で口を開いてきた。
『メグミがそう思うならそう思っておけばいいさ。…でも、俺はテンカワを信じる。別に変なこととかしてたわけじゃないんだろ、テンカワ? な? 艦長??』
「え、はい。それはそうですけれど」
『うう〜〜〜…リョーコちゃん、ありがとう……』
そんなリョーコさんの清々しい言葉になんだか圧倒されて、ちょっとショックだったアキトの発言とかも頭の中からすっ飛んでそう肯いてしまう私。
そしてアキトはすごく安心したような、なんか泣きそうな顔でそう言ってくる。
『はぁーーっ……どしたの、リョーコ?? なんかあった?』
『――――――ふっ』
思わずポカンと口をあけてるヒカルさんと、なんだか怖い笑みを浮かべてるイズミさん。
『……ったく、なにやってんだよお前らは。ここはナデシコ幼稚園か?』
そしてどうも一部始終を聞いていたらしいウリバタケさんがそう言葉を漏らしたその時に、今までずっと黙って話を聞いていたルリちゃんが、どこか呆れた口調で言ってきた。
「――――――敵、第2陣来ます」
4.
『各自散開、各個撃破!!』
『作戦は〜?』
『状況に応じて!』
『『『『『了解!』』』』』
『……おっしゃあああああああああっ!!! 一気に行くぜアキトォーーー!!!』
「わ?! ちょっと待てよガイ!」
大声を張り上げてそして一番に、バッタの一群へと突っ込んでいくガイ。
なんでも火星で全然戦えなかったのが物凄く不満だったらしく、エステに乗る前からメチャクチャ集中してたもんなぁ……
『おいヤマダ! あんまり1機だけで前に出るなよ?!』
『あー駄目だよ、ありゃ。全然聞こえてないし』
『じゃ、私たちもヤマダ君に続いていきますか』
そしてガイの奴がバッタの前線部隊を思いっきり蹴散らしたのを合図に、リョーコちゃんとヒカルちゃんも敵陣へと突入していった。
一方左右方向にそれぞれ散開しながら、前の二人を援護するようにライフルを撃ち放つイズミさんとサレナさん。それを見た俺は戦場の様子を確認してみて。
「えーと、ガイは……あれなら援護なんかいらないか」
『オラオラオラオラァァァァァァァァッ!!!!』
……なぜかあくまで一対一の状況を作りだしながら、まるで鬼神の如き勢いで次々とバッタを叩きのめしていくガイ。
猛烈な勢いで狙ったバッタに近づいていくと、そのスピードにのった拳で一撃の下に相手を葬り去っていく。そしてまた次のバッタへと一直線。
そう。その様を例えるとするなら、まるで稲妻のようだ。
「でも、すっげぇ……」
それを見て思わずそう呟く俺。
…まぁ、近接戦闘に限って言えばリョーコちゃんと並んでダントツなんだよね、ガイは。
その他がちょっと問題あるのかもしれないけど。
「……って、ああ?! そうこうしてるうちに…!!」
ふと気がつけば。
いつのまにか目立った行動をしていなかった俺に向かって、多数のバッタが迫りつつあった。
「このヤロォ!!」
その戦闘の奴に向かって俺はラピッドライフルを連射する。
そしてあっさりと弾はそいつの目前で弾かれていって――――
「…え?!!」
『―――うっそーーーーーっ?! 10機中3機だけぇ???』
俺の驚く声に重なるようにして、ヒカルちゃんの声が聞こえてくる。続いてコクピットに響くイズミさんの声。
『……バッタ君もフィールドが強化されてるみたいね』
『進化するメカってこと?』
「ま、マジかよ……?!」
でもこっちはそれどころじゃなくて。
押し寄せるバッタの一群に思わず後退を強いられていた。
「……くそっ! くそっ、くそっ、くっそおおおおおおおおっ!!!」
突撃してきたその1匹のバッタをエステの拳で殴り倒す。でも打ち込みが浅かったらしく、機体から火花を散らしながら再び旋回してソイツは突っ込んでくる。
「…!!」
間一髪のところで、ソイツの横っ腹に拳を叩き込む俺のエステ。
――――――その瞬間、俺の脳裏に…何故かあのクロッカスのバッタのことが浮かんできて。
「!?…うわあああああああああっ!!!!」
その一瞬の気の迷いが致命的だったんだろうか。
次の瞬間には、俺のエステは突撃してきた次のバッタの直撃を受けて弾き飛んでいった。
『?! おいテンカワ!! どこにいる、応答しろ!!!』
『『アキト?!!』』
ウィンドウの向こうで大声を上げるリョーコちゃんと、続いて現れるガイとサレナさんの顔。
機体の体勢を整える暇もなく、さらに突っ込んできたバッタの一撃でラピッド・ライフルを手放してしまう。
「!!…しまった!―――――あああっ?!!」
その上間断なく続いてくるバッタの容赦ない攻撃。ミサイルを必死になってかわしつつも、背後からの突撃に機体が激しく揺れる。
『――――テンカワ機、完全に囲まれています!』
『はやく、救援に向かって下さいっ!!』
『言われなくたって…向かってるよおおおおおおおおっ!!!』
次々と聞こえてくるその通信。
そして、俺のまわりにいる10機近くのバッタ達がじわじわと包囲を縮めてくる。
「あ……あああ…あ………」
思わず俺の口から漏れるその小さなうめき。
『――――アキトッ?!!!!』
……そしてサレナさんのその声が、なぜか遠く聞こえてきて。
次の瞬間、俺の機体は今までとは全く違う衝撃に見舞われていた。
「?!!!」
『『『『『!!』』』』』
俺の機体のすぐ目と鼻の先に、見慣れないライトグレーのエステバリスが見える。そして不意に現れるウィンドウ。
「――――大丈夫ですか?」
「え……? まぁ、うん」
「――そうですか。それはよかったです」
そのウィンドウの向こうでそう言って微笑んだのは、赤いパイロット・スーツに身を包んだ長い黒髪の女の人だった。
―――ユリカとはまた違うその切りそろえられた艶やかな黒髪は、『ヤマトナデシコ』っていう言葉がぴったりで。
『…ここは危ない。君たちもすぐに下がりたまえ』
続いて音声だけの通信で、そう知らない男が言ってくる。
『ああ? 誰だお前は』
ややケンカ腰な態度でそう訊ねるガイ。みんなの機体の前には、マリンブルーの見たこともないエステが浮かんでいる。
『さあ、早く!!!』
『『『『『?!!!』』』』』
そしてその男の声とともに、残っていたバッタたちを無数の黄色い閃光が貫いていった。
5.
「…敵、およそ20%が消滅」
「うっそーーーーーっ?!!」
私のしたその報告に、当然ですが驚いたような声を上げるミナトさん。ブリッジのほかの皆さんも同じ気持ちなのでしょう。
続いて僅かな間隔を置いて、その圧倒的な閃光はまたもやナデシコの後方から敵陣めがけて飛んでいきます。
「――――あれは…多連装のグラビティ・ブラスト…!!」
スクリーンに映るその閃光の発生源…ナデシコによく似てはいますがもっとサイズの大きな戦艦を凝視してゴートさんが呟きます。
「!! それじゃあ……」
そして副長がそれに続いて声を漏らして。
「ええ。あれがナデシコ2番艦・『ND−002コスモス』ですよ」
「「「「!!」」」」
…戦闘開始直前に艦長と一緒に姿を消していたプロスさんが、ブリッジの扉を開けながらそうみんなに言ってきました。
「テンカワ機、所属不明のエステバリスに保護されました。これから全機、帰艦するとの事です」
とりあえずそれは置いておいて通常業務を再開する私。
木星蜥蜴も総崩れに近いような状況で、ナデシコの周りの敵は全て撤退しています。
「ではミナトさん。エステバリスの回収が済み次第、ナデシコをドック艦コスモスへと収容してください」
「りょうかーい」
それからプロスさんに続いて戻ってきた艦長がそう指示を出して、やっとブリッジの緊迫した空気が落ち着きました。
『フォン君、我々もそろそろ引き上げるよ?』
『了解しました。――――ではみなさん、また後程』
そしてそう言い残してナデシコとは違う方向…コスモスの方向へと帰還していくその2機のエステバリス。
―――――――でも、『また後程』っていうのはどういうことなんでしょうかね?
そんな疑問は残ったものの、ナデシコは艦長の言われるとおりにコスモスへと収容されていきました。
「……むぅ〜〜〜〜〜〜、なんなんですか、あの女の人は」
……メグミさんのそんな呟きを残してですけれど。
6.
「――――どうやらチューリップを通り抜けてもそのまま瞬間移動するとは限らないみたいね」
ドック艦『コスモス』に収容されて補修及び整備を受けている最中のナデシコ。
そのナデシコのブリッジに集まっているメイン・クルーとパイロットの前で、イネスさんはホワイトボードを背にして嬉しそうに説明を開始してたりする。
「私たちが火星を後にしてから月に出現するまでに、地球時間でおよそ8ヶ月が経っているわ。そしてその間にネルガルは地球連合と仲直り。
そのネルガルの全面的を協力を得た連合宇宙軍は、ネルガルがこの8ヶ月の間に完成させた新しい戦艦を軸に月面の半分を奪還したというわけよ。
で! ここからは私の見解なんだけれど――――」
「まあまあドクター! それはまた今度の機会ということにしまして」
いうまでもなく勢いに乗ってきた様子だったイネスさんの出鼻を思いっきりくじくプロスさん。
何気にキツイ視線を送ってくるイネスさんを軽くかわしているあたり、只者じゃないかも。
「とまあ、そういう事情がありまして…本艦もネルガル本社の決断に従って連合軍に協力することになったわけです。ね、艦長?」
そして話を振られたユリカさんが、どこか浮かない顔をして言ってくる。
「…はい。その結果ナデシコは、地球連合海軍・極東方面に一時的に編入されることになりました」
「「「「「「ええーーーーーーーーーーっ??!!!」」」」」」
そのユリカさんの言葉に、一斉に声を上げるみんな。続いて怪訝な顔をしたミナトさんがプロスに問いかける。
「それは、私たちに軍人になれって言ってるの?」
その言葉にプロスは笑いながら首を振って。
「いえいえ。あくまで皆さんはネルガルの社員ですよ。軍への民間からの協力という形式ですからね」
続いてユリカさんが少し明るさを取り戻した表情で口を開く。
「それから…ネルガルからと連合軍から3名、新たにクルーを補充することになりました」
「「「ええーーーーーーーーーーーっ???!!」」」
……こっちの『ええーーーっ?!』は、さっきとはまた趣が違うみたいで。
特にヒカルなんかはやけに楽しそうな顔をしてるし。
「では、入ってきてください」
そしてユリカさんの言葉のもと、ブリッジにその3人が入ってくる。
「「「おお……」」」
ある意味予想外だったその3人の整った容貌に、ため息だか感嘆の声だかを漏らす数人のクルー。
ついでに言えばそのうちの一人の女の子はさっき見たばっかりの顔で。
「いやぁ、随分と楽しそうな職場だねぇ」
そう軽く笑いながら声を上げたのは、パイロットの赤い制服を着た長身長髪の男。その声に反応したヒカルが、いち早くそいつに声をかけた。
「あー! その声はあのブルーのエステの人?!」
「フォン君が言ってたでしょ、『また後程』ってさ?」
「じゃ、軽く自己紹介なんかをお願いしますね」
そしてそう言ったユリカさんに笑みを返しながら、その男はこっちのほうを向き直ってくる。
「オーケイ、まずは僕からね。
僕はアカツキ・ナガレ、エステバリスのパイロットとして配属されることになったから。よろしく頼むよ?」
「こちらこそよろしく〜〜」
キラリと歯を光らせるその男・アカツキと、愛想良く手を振るヒカル。……こいつは今までのナデシコにいなかったタイプね。
それから次に挨拶をしてきたのは、アキトを助けてくれた例の女の子。
その子はすっと一歩前に出ると、軍隊式の敬礼をしてから挨拶を始める。
「はじめまして、皆さん。本日よりこのナデシコにパイロットとして配属されましたフォン・シーリーです。よろしくお願いします」
……で、何故かその子は一瞬アキトのほうをちらりと見て。
「…あ! さっきはどうも、ありがとう」
「いっ、いえ。そんなに気になさらなくてもいいですよ」
さらに何故か、声をかけてきたアキトに微妙に嬉しそうに返事を返す。……気づいたのは私とミナトさん、それにメグミか。
――――さらにウリバタケさんとアカツキってやつも気がついた模様。でも当のアキトは気がついている節はなし。
ユリカさんもその少し浮かない表情をしたままで、どうやら気がつかなかったようだ。
「―――エリナ・キンジョウ・ウォンです。副操舵士として任務につくことになりました。よろしくお願いします」
と、そっちに注意がいってたら。
その3人目の白い制服を着た、隙のなさそうな感じの女性はあっさりと挨拶を済ませてしまった。その彼女を横目で見ながら、何故かプロスが苦い顔をしていたりして。
そしてユリカさんが再び口を開く。
「これよりナデシコはコスモスにて補修を終えた後、地球に帰還して連合軍の作戦に協力することになります。
…みなさんにも色々と不満はあるかもしれませんが、今はこれが私たちにとっての最善の選択ですから――――」
『―――ですからどうか、よろしくお願いします』
…そう言って、ユリカさんは静かにその頭を下げた。
7.
それから俺がユリカを避けるようにして格納庫に涼みに行ってみたら、そこはもうとんでもない大騒ぎで。
「班長! これ、すごいっすよ?! ジェネレータの変換効率が7%近く良くなってます!!」
「なにィ?!! しかもボディもかなりコンパクトぉ!! おい、こっちのライトグレーの奴はどうだ?!」
「基本は今までのと一緒ですけど、あちこちかなりバランスが改善してありますねぇ!」
「よーし、ヤロウども!! 搬入が終わったらさっさと点検だ! てーかバラすぞ!! 手前ら、気合いれとけよっ!!!」
「「「「「「オーーーーーーーーッス!!!」」」」」」
「…………なんだ、これ?」
眼下に広がるその異様な雄たけび。
整備班からの連絡を受けてブリッジから飛ぶようにして出て行ったセイヤさんの指揮の元、みんな同じように嬉しそうな顔をして新しく入ってきたエステにまとわりついている。
……俺たちのエステの整備は大丈夫なんだろうか?
「――――なんだか、すごい騒ぎですね」
「???」
と、そう俺に声をかけてきたのはさっきの戦闘で俺を助けてくれた女の人。えーと名前は………
「えっと…『シーリー』さん、だっけ?」
「はい」
軽く微笑みながら俺のすぐ横にやってきた彼女は、手すりに軽くもたれかかると顔をこっちに向けてくる。
それから何かを言おうと口を開いて……
「…そういえば、まだお名前を伺ってませんでした」
そう言って苦笑いを浮かべるシーリーさん。
「あ、そういえば。――――俺、テンカワ・アキトっていいます。…呼び捨てにしてもらって構いませんよ? この艦じゃ大抵の人はそうですから」
そして改めて俺が自己紹介をすると、シーリーさんはくすりと笑って俺の顔を見てきた。
「そう言う割には私には敬語を使うんですね?」
「うーん…なんか、シーリーさんって目上の人って感じがしたんですよ。礼儀正しいですし」
そのシーリーさんの言葉と表情にちょっと困りつつもそう言った俺に対し、シーリーさんが思わず苦笑を漏らす。
「私のこれは、ただの職業病ですよ」
「…軍歴、長いんですか?」
「ええ。13から連合の学校に入って、訓練を受けてましたから……もう、6年になりますね。
テンカワさんはどこの学校に行かれたんですか?」
と、不意にシーリーさんはその綺麗な瞳で俺にそう問いかけてきた。
その問いかけには少し、いや結構困ってしまったんだけど…シーリーさんには悪気はないんだし、俺は当り障りなく答えてみる。
「俺っすか?……俺は、パイロット学校とかは行ってないんですよ。
ただ、火星育ちだったんでIFSは元々つけてて…それでプロスさんに勧められて、今はエステのパイロットをやってるんです」
「はあ、そうなんですか…」
そして俺のそんな返答に、驚いたような顔をするシーリーさん。続いて彼女はふと思いついたような顔をして俺に訊いてくる。
「って、『今は』ってことは…テンカワさん、他になにかやってらっしゃるんですか??」
「それは今度、食堂に行ってみればわかると思いますよ」
そんなシーリーさんの顔を見て、『ちょっと可愛いかな?』なんて思いながらそう俺は曖昧に答えてみたりするわけで。
シーリーさんは何かに気がついたようににっこりと笑うと、
「…じゃあ私、楽しみにしていますね!」
と、なんだかとっても楽しそうな顔をして言ってきてくれた。
「お? アキトに…フォンだっけ??」
「あ、ガイ」
「??」
その時ちょうど格納庫にやってきたガイが、俺とシーリーさんに声をかけてくる。
「なんだお前ら、もう仲良くなったのか?」
「まあ、仲良くっていうか……あ、シーリーさん。こいつの名前は――――」
そう言いかけて俺は、ふとあることに思い当たり口が止まって。不意に止まった俺を見てシーリーさんは不思議そうな表情をしてくる。
そしてそのことに気がついたらしいガイが口を開いて―――
「俺の名はガイ。あっちに見えるブルーのエステ…あのモノ・アイの奴のパイロットさ、よろしくな」
「あ、はい。よろしくお願いします」
軽く右手を上げるガイと、やっぱり丁寧に挨拶するシーリーさん。
「……てか、ガイ。『ダイゴウジ』はどうしたの?」
不審に思った俺が小声でそう訊ねると、ガイは顔をしかめて言ってくる。
「うーむ、あれは『長ったらしい』だの『ちょっとゴツい』だのとクロサキやアマノに不評でな。…だからとりあえず封印した、血の滲む思いでだが」
「でも、それだとまた『ヤマダ』になっちゃうよ? シーリーさん、男の人は名字で呼ぶみたいだし」
「ぐ…! いや、しかし……!!」
「……あのー、何を話してらっしゃるんですか??」
と、シーリーさんが困ったような笑みを浮かべながら俺たちのほうを覗き込んできて。
「い! いやなんでもないんだが、まあちょっと、な!!」
慌てた様子でそう言い繕おうとするガイ。そしてそれに続くように、何故かサレナさんの声が聞こえてくる。
「あ! 『ヤマダ』!! アキト達見つかった――――って、何? どしたの??」
「…『ヤマダ』、さん?」
「ああぁ……俺のささやかな望みが今、絶たれていく………………」
……そして今更言うまでもなく。
その場にそう言い残してガックリと膝をついたのは、『ダイゴウジ・ガイ』その人だった。
「――――はあ、ヤマダさんはお名前が二つあるんですか」
「違う違う! こいつのはただのペンネームみたいなもんだって」
「な、なんだとクロサキ!! 俺様のこの魂の名をそんなものと一緒にするな!」
…そして俺とシーリーさんを呼びにきたというサレナさんに言われるとおりに、トレーニング・ルームへと向かう俺たち4人。なんでも顔合わせをかねて、シミュレータでの対戦をやろうという話がリョーコちゃんから出たらしい。
それでもってさっきからガイは話題が話題だけにテンションがあがりっぱなしで。
「…でも、私も一応名前が二つありますよ?」
「「え?」」
「な、なんだと?!!」
さらにはそんなわけのわからない発言をしてきたりするシーリーさん。
猛烈な勢いでシーリーさんに噛み付くガイ。
「それは法的にもオーケイな奴なのか?! どうやってそれを勝ち取った?!! 俺がこの名を認めさせるにはどうすれば―――」
「あー、ちょっと黙れ」
「……っが?!」
そして哀れにもサレナさんに思いっきり足を踏んづけられ、真っ青な顔であたりを飛び跳ねるガイ。ちょっとびっくりした様子のシーリーさん。
それからサレナさんが興味津々といった顔でシーリーさんのほうを見て。
「でも、名前が二つって…ようするに二重国籍ってこと?」
「はい。普通は名前は一緒にしてそれぞれ登録するんですけど…まぁ、両親の気まぐれというか家庭のややこしい事情というか……
……だから私は、中華名の『フォン・シーリー』と、日本名の『イツキ・カザマ』の二つの名前があるんですよ」
「ふぅん、そんなんできるんだ」
その俺にしてはびっくりの事実に感心したように声を漏らすサレナさんと、続いて苦笑いを浮かべながら言ってくるシーリーさん。
「いえ、実はちょっと両親が内々に無理を通したらしくて…」
「くうっ! では俺には不可能ということか?!」
「…ガイ。まあ気を落とさないで」
「―――って…じゃあシーリーもハーフなんだね」
そしてサレナさんがそう事もなげに言う。
「はい。サレナさんもそうなんですか?」
「てか、おいクロサキ! 俺も初耳だぞ?!」
そのサレナさんの発言に何度目かわからない驚きの声を上げるガイ。……実は俺、前に聞いてたんだけど。
それにサレナさんは軽く頷いてから、ガイのほうを見て言ってくる。
「だってそんなのおおっぴらに言うようなことじゃないでしょ? ねぇ」
「確かに…そうですよねぇ」
続いてハーフさん同士、よくわからない苦笑いを浮かべるサレナさんとシーリーさん。そんなこんなでしばし話をしているうちに、俺たちはあっさりとトレーニング・ルームに到着して。
みんなそれぞれ軽い自己紹介を済ませてから、早速シミュレータでの初顔合わせが始められた。
8.
「……それじゃ最初の一番手〜! リョーコVSアカツキ、行ってみましょう!!」
「なんだ、もしかしていきなりかい?」
「おーーーっし!! 言っとくがアカツキ、手加減はなしだぜ?!」
楽しそうに声を上げるヒカルちゃんの司会のもと、指名された二人がボックスの中に入って残りのみんなはスクリーンへと目をやる。
そしてヒカルちゃんがぐぐっと拳を握り締めて。
「でわ……Ready,Go!!!」
『いっくぜえええええええええっ!!!』
開始早々、いきなりアカツキさんのエステへ突撃するリョーコちゃん。
「おおーーーーっと、流石リョーコです! 初めての対戦相手にも関わらず、小細工なしの真っ向勝負!! その一途なサマははたして自信の表れか〜〜??」
『うるせーぞ外野!!!』
やたらにハイテンションに解説するヒカルちゃんに怒号を飛ばしつつも、一気にその距離を詰めようとするリョーコちゃんだったけれども…相手のアカツキさんはなんだか余裕の様子で機体を後方に流しつつ的確な射撃を放ってくる。
『なんだてめぇ?! 逃げる気か!』
『まあまあ、そういきり立たないで。もっと気楽にいかないかい?』
そして戦場でくるくると追いかけっこをする2機のエステ。
「……あー、ありゃリョーコには分が悪いわね」
「そうなんですか?」
不意に呟くイズミさんにそう尋ねるシーリーさん。そしてイズミさんが不意に真顔になって。
「――――そう。ロンゲなだけに、挑発にはのらない………ふ…ふふふふふふふ」
「…は、はあ………」
『―――じゃ、これでジ・エンドかな?』
『な?! どわああああああああああああっ!!!』
――――ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおん!
「あー! リョーコがあっさり負けちゃった……」
「…なあアキト。この光景って、いつも見てる気がするんだが俺」
「俺もそう思うよ……」
ヒカルちゃんの呟きに続いて、俺とガイとがサレナさんのほうを横目で見つつそう小声で呟く。
そしてボックスから余裕の表情で降りてきたアカツキさんと、悔しそうな顔をしているリョーコちゃん。
「ちっくしょ〜、どうもお前とかサレナみたいなタイプってやりにくいんだよな〜」
「いやぁ、これでも実際ちょっとヒヤヒヤしてたんだけどね」
「…ったく、よく言うぜ」
「じゃあ、次は――――お! ヤマダ君とアキト君だ〜!! これはとっても暑苦しい勝負になりそうだね〜?」
続いてヒカルちゃんは苦笑しつつもそう言ってくる。…いや、でも実際はリョーコちゃんとガイの対戦のほうが凄いんだけどさ。
そしてなんだかやる気ありまくりのガイをみてちょっぴりため息をつきつつ、俺も気を入れなおしてボックスに向かっていく。
『―――フッ。悪いがアキト、手加減はできんぞ』
ボックスの向こう、そのウィンドウ越しにそう言ってニヤリと笑うガイ。
「…いやぁ、できればタコ殴りは勘弁して欲しいんだけど」
それを見て思わずそう呟く俺。
『いいからいきましょレディ・ゴオッ!!!』
やたらテンションの高いヒカルちゃん。
…………で。
『とああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!』
「どわ?!!!」
絶叫一番、一気呵成に飛び込んでくるガイ。
『いくぞアキト! まずは小手調べのこいつからああああああああっ!!』
「なんの!」
『さらにここで稲妻三角蹴りっ!!!』
突然真横から抉りこんでくるガイ。
「わっ?!!…それならこっちは――――」
『はっはっはっは、脇が甘いぞ脇があっ!!』
「くっそおおおおおおっ?!!」
『くらえっ!! ガァァァイ・スゥパアア――――』
…響く高笑い、唸る鉄拳。
「スキありっ!!!」
『くううっ?! この一瞬の隙をつくとは、腕を上げたなアキト!!』
「だてに何度も喰らってないからなっ!」
『フン! だが、俺様の最大のキメ技をかわせるかなっ!!!』
冷たい戦場に充満していく、ガイの発する熱い空気。
「ええっ??! アレはセイヤさんから禁止命令出てるじゃんか!」
『そんなもの、ここならば関係なぁい!!! さあ、喰らうがいいアキトッ! 我が鳳凰の羽ばたきを!!!』
「あああっ、ちょっと待て! 待てってば―――!!」
『…ガァァァァイ・フェニイックス・バァストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
そしてそれからわずか1分半の壮絶な殴り合いの末―――俺のエステは仮想月面に散っていったわけで。
「ふっふっふーー。しかしアキトも手ごたえが出てきたよなぁ」
「そ…そう?」
向こうのボックスからそう言いながらご機嫌な様子で出てくるガイと、身体は思いっきり疲れつつもどこかさっぱりした気分でボックスを出る俺。
「……彼らはいつも、あの調子なのかい?」
「まあね」
そして自販機の横では試合を見ていたアカツキさんが、ちょっとだけ呆れたようにサレナさんにそう問いかけている。
「それにしてもテンカワ、ヤマダのいうとおり結構腕上げたよなぁ?」
「そうだよねぇ。やっぱ才能あったのかな」
と、いっぽうのリョーコちゃんとヒカルちゃんはドリンクを飲みながら、そうちょっと嬉しくなることを言ってきてくれた。
それを聞いて思わずリョーコちゃんに問いかける俺。
「ホント?」
「ホントさ。1ヶ月前に比べると凄い進歩だよ。…シーリー、お前はどう思う??」
「そうですね……正直、ナデシコのみなさんの腕がこれほどまでとは予想してませんでした。軍で言えば準エースパイロット並の腕ですよ?」
「ほほーう? そんなら次は、シーリーの腕を見せてもらおうか??」
そして楽しそうに笑うリョーコちゃんに、シーリーさんがにっこりと微笑を返して。
「じゃ、次は私とシーリーだね?」
「はい。よろしくお願いします」
なんだか微妙にやる気をみせているヒカルちゃんと一緒に、ちょっとだけ真剣な表情になったシーリーさんは自分のボックスへと入っていく。
……そしておよそ3分後。
宇宙空間を舞台にした目まぐるしいほどの激しい射撃戦の末に、シーリーさんはヒカルちゃんのエステを見事に撃墜してみせた。
9.
……非常に、マズいです。
食堂のカウンターで一人休憩していた私は、コーヒーを口につけつつそんな懸念を抱いてました。
そう。とっても非常に物凄くマズいんです。
何がマズイかっていったら、それはもうあの新入りのパイロットさんのことに決まってるじゃないですか。
挨拶もそこそこにアキトさんのほうを意味ありげな目で見ていたり、ブリッジを飛び出していたアキトさんをさり気なく追いかけていったり…
――――そう。このままでは彼女は、私とアキトさんの間に立ちはだかる、強烈な敵となりかねません!!
ただでさえユリカさんがいるっていうのに、この上さらにライバルが増えてしまったら…はっきり言って結構キビしくなるだろうし……
…だとするとやっぱり、そうなる前に私とアキトさんの仲を一歩進めるために――――
――――思い切ってアキトさんに告白しちゃおうかな? って考えちゃうわけで。
アキトさんが私のことをどう思ってくれているのかはまだよくわからないけれど…
自惚れじゃなく、少なくともそれなりの好意は向けられていると思ってる。――――――だから。
だからなんとかして私の気持ちをアキトさんに伝えて、アキトさんがまだユリカさんを『そういう』ふうに見てない今のうちに私とアキトさんが……
(……って、なんだか私…ちょっとイヤな女だなぁ)
不意にそう思って、食堂のカウンターで小さな小さなため息を漏らす私。
―――でも、仕方ないじゃない。ユリカさんがいてもいなくても、私がアキトさんを好きになった事実は変わらないんだから。
だから私は、思い切って一つの決意をする。
…だったら、私は私の気持ちをはっきりとアキトさんに伝えよう。
あの人に私の気持ちを全部伝えよう。
この気持ちを伝えた時にアキトさんがなんて言ってくれるかはわからないけれど――――――ううん。
きっとアキトさんも私のことを、『好きだ』って言ってくれるって信じていたい。
―――だからこそ、勇気を振り絞ってアキトさんに…私のこの気持ちをはっきりと伝えなくちゃ。
(……よしっ!)
飲みかけのコーヒーをぐっと口に持っていく。
その心地いい苦味とミルクの甘味とがゆっくりと口の中に広がっていって。
「ごちそうさまでした〜〜!」
…そう最後に言い残して、私は私の勝負の場へと―――アキトさんのもとへと、おっきな決意を胸に足を運んでいきます。
(……だからアキトさん、待ってて下さいね!!)
10.
「…いやあ〜、やっぱさすが軍のパイロットなだけはあるよね」
そう苦笑しつつも言いながらボックスを降りてくるヒカル。隣のボックスから出てきたシーリーはちょっと照れたように笑っている。
「ホント、シーリーさんすごかったよ」
「…ありがとうございます」
そして感心したように言うアキトに、またまたちょっと嬉しそうに笑いながら言葉を返すシーリー。
「で、最後はイズミ君とキミだったかな? ぜひお手並み拝見と行きたいねぇ」
「―――ふふっ」
一方そう薄く笑いながら言ってくるアカツキ。隣に座っているその男を横目で見やって軽く微笑みを返した後、私は気を引き締めてボックスへと向かう。
「……お? クロサキの奴、なんかマジになってんじゃねえか?」
「そりゃイズミ相手だからな。それともなんかあったのか――――」
後ろから聞こえてくるヤマダとリョーコのそんな会話を聞き流しつつ、ふと横を見てみるとイズミは既にシリアスモードに突入していたみたいで。
「――――で? 今日はどんなふうにいこっか?」
その顔にかかった長い髪をかきあげつつ、イズミはそう言ってくる。
それに私は口元をゆがめながら答えて。
「リョーコやヤマダに触発されたわけじゃないけど……たまには近接戦闘メインで、いってみよっか」
「オーケイ」
そしてボックスの扉を閉める私たち。…ゆっくりとシミュレータのパネルにランプが灯っていく。
続いてボックスの外から聞こえてくるそのヒカルの声。
『二人とも、準備はいいね? …それではおまたせ4回戦、イズミVSサレナ! レディ―――』
――――不意に何故だか、心の奥に『あいつ』の、ヒロィの顔が浮かんでくる。
そして一緒に、『ユリカ』の、『アキト』の顔が浮かんでくる。
…その遠い笑顔を振り切るように、私は右手に全ての力を込めた。
『ゴ…って、サレナぁ!』
『構わないよ』
明らかにフライング気味に飛び出した私の黒いエステ。その影を確実に捉えた様子のイズミ機は、極めて正確なラピッド・ライフルの3連射を放ってくる。
「…!」
それを私はぎりぎりでかわすと、牽制射撃を交えながらイズミ機へと接近していく。
そして同じくエステの『間合い』をはかりながら近づいてくるイズミ。何故かラピッド・ライフルをイズミは下へ向けていて―――
――――と、不意にイズミは予備動作なしに、手にしたラピッド・ライフルを私の機体めがけて投げつけてきた。
「?!!」
『な…イズミさん?!』
ボックスの外から声を上げるアキト。
やや慌てつつもそのライフルを避けた私に、その隙を突いて接近してきたイズミは手にしたイミディエット・ナイフで猛然と斬りかかってくる。
「このっ…!!?」
ライフルを盾がわりにしてそれを凌ぐ私。目の前でよくできたCGの火花が飛び散る。
さらに開いているほうの腕でコクピット部分を狙ってきたイズミを、機体を左へ捻りつつなんとか回避して。
……そのイズミ機のガラ空きに思えたコクピットに、エステの拳を叩きつけようとしたその時。
『―――はあああっ!!!』
「え……っ???」
急に画面が目まぐるしく回転して、私はイズミの機体から思いっきり離れて宙を舞っていった。
…よりにもよって、エステで投げ技なんていう超高度なことまでイズミはできるらしい。慌てて体勢を立て直そうとすると、画面越しに投げ捨てたライフルへと駆けるイズミの機体が見える。
なんとか握りしめていたライフルの引き金を、強引に照準を定めながら引こうとする私。
「……作動しないっ?!」
『いくよ』
そしてイズミの容赦ない銃撃。
「んっ…!!!」
右腕とライフルを盾にしつつも、それをなんとか凌いで私は機体を月面へ着地させる。弾切れなのかライフルを下ろして構えるイズミ機。
――――そして再び、私たちはともに向き直る。
『…なかなか腕を上げたじゃないか。あれで決まったと思ったんだけどね』
「伊達に毎日、イズミと訓練してるわけじゃないよ」
『じゃあいつもは本気出してなかったってわけ?』
「―――今日は気分がいいんだ。なんだかいつもよりいけそうな気がする」
『ふぅん……じゃ、私もホンキでいくよっ!!!』
「…!!!」
短い会話の最後にそう言い放って、普通なら考えられない加速でこちらへと向かってくるイズミ。並みのパイロットなら、この距離であれ程までの加速をするのは自殺行為だ。
でもイズミは並みのパイロットじゃない。リョーコに言わせれば『天性のとんでもねぇセンスを持っている』そうで、その加速から隙のない攻撃へと移ってくる。
『フッ!!』
その鋭い息吹と同時に、コクピットめがけて打ち下ろされるナイフ。
間一髪のところでそれを横に回避して――――代わりに右肩を丸ごと持っていかれる。
持っていかれつつも、既に抜いてあったこっちのイミディエット・ナイフでお返しとばかりにイズミのコクピットめがけて斬りかかる私。
そしてそれを右手にもったライフルで弾くイズミ。
続いて間髪いれずに右肩につきたてたナイフを横に払おうとするイズミに気がついた私は、後退は無意味と判断して――――
「このおおおおおおおっ!!」
『…!』
イズミがナイフを横に払う直前、私は右腕を機体から思い切って切り離す!
そしてそれと同時に左足を軸にして機体を僅かに回転させると一気にスラスターを最大出力にして…!!
――――――ガキィィィィィィィィィィッ!!!!!
その激しい衝撃とともに、私の黒いエステがイズミ機の右肩のあたりへと激突する。
イズミ機の肩部深くに突き刺さるナイフ。たまらずライフルを手放すイズミ。
…そして不意にまた、頭の中に浮かんでくる光景。
その赤い左眼をした、蜥蜴みたいな男―――『北辰』。
その赤い、返り血で染まったように赤いその機動兵器―――『夜天光』。
……その、私と『アキト』にまとわりつく、亡霊のような奴ら。
まるで突然夜の雲間から月の光が差し込んできたように、私の心にそんな言葉があふれ出てくる。
さらにはっきりと私に聞こえてくる、『アキト』のその静かな声。
(――――『あいつらは俺が、憎んでやまなかった宿敵そのもの』……??)
―――――ピーッ! ピーッ! ピーッ!
「……………あ」
そうしてふと気がついてみれば。
私のエステはイズミ機によってコクピットを見事に貫かれていた。
「ふぅ……やっぱ勝てなかったか」
「でも今日はかなりイイ線いってたよ。私もうかうかしてられないね」
そうしてボックスの扉を開けつつ、身体を軽く伸ばして言う私とイズミ。
私が未だにあのイメージが残る頭を振りつつベンチのほうを見てみると、どこか驚きを隠し切れないといった様子のシーリーが私とイズミを凝視していた。
「ん? どうしたのシーリー」
「え…いえ、お二人のスキルに正直びっくりしてしまいまして……」
そのシーリーの言葉に続いて、アカツキがドリンクを片手に口を開く。
「僕もちょっと予想外だったね。イズミ君もサレナ君も、パイロットとしては1級以上の腕じゃないか」
「…てか、サレナ。お前また腕上げたな?」
「うんうん。もう私、ヤバいかも」
「いったいどんな訓練したらそんなに早く上達するんだよ?」
そして口々にそう言ってくるリョーコにヒカルにヤマダの三人。続いてアキトが何かを言おうとしたその時。
『―――皆さん、こちら艦長のミスマル・ユリカです。先ほどに続いて重大な発表がありますので、作業を中断して聞いてください』
そんなユリカさんの放送とともに、どこか緊迫した様子のブリッジの様子がトレーニング・ルームの中空に映しだされた。
そしてその中心に映っていた、連合軍の士官服を着たその男は――――
「「……ムネタケ副提督?!!」」
11.
「―――――本日より故・フクベ提督の後を継いでこのナデシコの『提督』として正式に派遣されてきた、ムネタケ・サダアキよ。よろしく頼むわね」
…あんまり『よろしく』といったかんじではない様子でそう挨拶をするムネタケ提督。
いかにも軍人らしい厳しい表情のまま、続いて新提督は適当な話なんかをして全艦へのアピールは終了しました。
――――でもまさか連合軍が、ナデシコによりにもよってムネタケ提督を送ってくるというのは意外です。
というかよくわかりません。
確かに短い間でしたがナデシコには乗っていた提督ですが……不当占拠の指揮をしていた人ですよ?
それともこれも、『大人の都合』ってやつなんでしょうか…??
……そして艦内放送が終わると同時に、何故か席を立つメグミさん。
「メグミさん、どこ行くんですか?」
「ん〜〜…ちょっとルリちゃんにも言えないかな? でも、とっても大事な用事なの!」
「はぁ…」
「まぁ、よくわかんないけどがんばってね〜」
そして笑顔でそんなことを言うミナトさんに見送られて、メグミさんはブリッジを後にしました。
続いてエリナさんに艦長、それに提督もブリッジを後にして。
「みなさん、どうしたんですか…?」
そうミナトさんに問いかけた私に、ミナトさんはいつものように微笑みながら言葉を返してくれます。
「そうねぇ…みんなそれぞれの用事があるんでしょ? 嬉しい用事も、悲しい用事も。――――それと秘密の用事もね」
12.
「―――いやぁ、予想以上に愉快なところだね、ナデシコは」
…その薄暗い警備室。
その中で私の後ろに立った彼は、やってくるなりそんないつもの軽口を叩く。
「気晴らしのためにナデシコに乗ったんじゃないでしょう?――――それより、見て」
そう言って私が見上げたのは、数あるモニタのなかのほんの3つか4つ。
「……おやおや」
それを見た彼がそんなセリフを呟く。
――――――ブリッジから、一瞬で消え失せるミスマル・ユリカ。
同じようにして、自室から消え失せるテンカワ・アキト。
二人はほぼ同時に、展望室の芝生の上に忽然と現れる。隣にはその少し前に同じようにして現れたイネス・フレサンジュ。
……そしてもう一人。自室からエステバリスのコクピットに現れたサレナ・クロサキ。
私はその中の一人、テンカワ・アキトへと視線を移し、そして小さく呟いた。
「――――ね、使えそうじゃない? 彼」
(Act2へ)