……あるいはそして、私はその長い『夢』から帰ってきて――――――――










 機動戦艦ナデシコIF 〜メビウスの欠片〜


  第2章 『誰も貴方を責めることはできないのか』

  Act4





 1.

 …………しんしんと、ただしんしんと。

 大海原に降るその雪はいったいどこへと消えていくのだろう。
 風に舞い散るその欠片は私達に何を伝えたいのだろう。

 決して降り積もることはなく、その願いは叶うはずもなく。


 ―――その小さなココロは黒い海へと飲み込まれていくだけだというのに。




 「ホワイト・クリスマス…………か」
 …そうしてナデシコのデッキから一人海を見つめながら、私はそんな言葉を呟いていました。
 胸元のポケットには、今朝方に突然司令部から届いた命令書。その突然の転属命令は、私とナデシコとの――――あの人とのお別れを告げてきた、ただの白い紙っ切れ。
 今頃皆さんは、パーティの準備で大忙しなのでしょう。そしてドックに停泊したナデシコから見えるカワサキの街も、そんなクリスマス独特の雰囲気に包まれています。
 でも、それなのに。

 ……それなのに、神様が今年私にくれた最後のプレゼントは――――

 体の芯まで冷えるようなその風が、私の身体を包んでいって。
 ふと空を見上げてみれば、灰色のその空の一面に小さな小さな白い欠片が舞い続けていて。

 ……私は小さく白い息を吐き出すと、もう一度その暖かな空気に包まれた街並へと――――その遠く霞んだ風景へと視線をやりました。








 2.

 「Merry Xmas,今夜はお祭りさ〜♪ Merry Xmas,みんなで大はしゃぎ〜」
 「おーい、こっちの飾り付け終わったぞ〜?」
 「むぅ……こういう手作業は私には向いていないのだが」
 「そんなこと言ってないで手を動かすの。………んー、ジュン君。そっちの花瓶もうちょっと右に寄せてみて」
 「…っと、このくらいですかね」
 「いや〜、皆さん大変協力的で助かりますな」
 「………………」

 ………右を見ても、左を見ても。
 上も下もとにかくそこら中、ナデシコの中はお祭り気分でいっぱいで。
 気の抜けた鼻歌と共に山のようなポスターを背中に背負った艦長がナデシコのあちこちに案内のポスターを張りにいく中、クルーの皆さんもとても楽しそうにパーティの準備を進めています。
 整備班の皆さんと一緒に大きな飾り付けを担当しているウリバタケさんに、ブリッジ要員のミナトさんやゴートさんに副長は、なにやらテーブルの上で作業をしていて。
 そして一人電子そろばんを手に、ニコニコと笑みを浮かべているプロスさん。

 ―――今頃厨房のほうでは、テンカワさんたちがパーティの料理を作るのに大忙しなんでしょう。
 ふとそんなことを、目の前の空席…先程『ちょっと一休み』と言って席をはずしたメグミさんの作業場を見ながら考える私。
 続いて一人会場を見回すプロスさんへと目をやると…プロスさんはそんな私の視線に気がついたのか、ちょっと困ったような顔をして言ってきます。
 「……ええと、なんですかなルリさん?」
 それに私は手に持ったハサミを開閉させながら答えて。

 「手があいているなら手伝ってください、プロスさん」
 「はいはい、承知いたしましたよ。私もこういう作業は得意ではないんですがねぇ……」
 「……いいから早く手伝って」

 そしてなんだか微笑みと苦笑いのまじったような顔をしたプロスさんは、そのまま私の向かいに腰掛けて、メグミさんがやりかけていたクリスマスカードの製作を始めました。


 ――――――ジョキ、ジョキ。ジョキ、ジョキ。

 不ぞろいなリズムで、眉根を寄せながら線に沿って色紙を切っていくプロスさん。出来上がった小さなツリーや煙突の部品たちを、ペタペタとカードに貼っていく私。
 「……ふぅむ、やってみると意外と楽しいもんですな」
 「…そうですね」

 ――――と、プロスさんがなんだか嬉しそうににっこりと笑った気がして。

 「……?」
 私がゆっくりと首をかしげると、作業が一段落したのかミナトさんがこっちへとやってきました。
 「どう、ルリルリ? …ん〜〜! 上手くできてるじゃない♪」
 「はい。ちなみにその不恰好なお月様はプロスさんが切り抜いたやつです」
 「いやっははは。意外とこれが難しいもんですな」
 「…………ミナト。こっちの飾りつけは――――」
 「ああっ?! ゴートさんちゃんと横見て!!」
 と、なにやら慌てた声とともに床へとダイビングするアオイさん。続いて水か何かの飛び散るような音がして。傍目には無表情に見えながらもちょっぴり冷や汗を掻いているゴートさんと、腕組みをしながらも呆れた顔で彼を見やるミナトさん。
 そして床の上には…びしょぬれの頭で花瓶を抱えつつ安堵のため息を漏らしているアオイさんと、綺麗に飛び散った水とお花。
 それを見たミナトさんが不意に呟きました。

 「――――――あら、水も滴るいいオトコ?」
 「ミ〜ナ〜ト〜さ〜〜〜ん……」


 ……とにもかくにも、パーティの準備は着々と進んでいるみたいです。






 3.

 「あれ? アキト君どっかいっちゃったのかな」
 パーティの準備で大忙しの厨房に、俺たち三人が顔を出してからヒカルのあげた最初の一声がそれだった。
 なんとも美味そうな香りが漂っている食堂の中、ホウメイさんを筆頭にサユリやジュンコ達が所狭しと動き回っているけど…肝心のテンカワの奴は確かに姿が見えない。
 と、なにやら料理の盛り付けをしていたミカコが俺を見つけて声をかけてきて。

 「……あ、リョーコお姉さま! ご注文ですか?」
 「いや、そうじゃなくてテンカワの奴探してるんだけどよ。何処行ったか知らないか?」
 なんだか嬉しそうな顔をして、パタパタと駆けてくるミカコにそう訊きかえす俺。
 …ミカコの『おねーさま』発言にはいつまでたっても慣れないけれど、別にヘンなアプローチかけられてるわけじゃないからとりあえず気にはしてないでいる。
 それはそうと、いっぽう口元に人差し指を当てながら考え込むポーズをとるミカコ。
 「ああ、アキトさんですか。……えーっと、シェフー!! 今日はアキトさんお休みでしたっけー?」
 その声にこっちを振り向いたホウメイさんは、調理酒らしき瓶を片手に軽く笑いながら言ってくる。
 「アイツなら今日は一日休暇取ってるよ。そういや、なんでも大事な用があるとか言ってたね」
 「ええーっ?! じゃあアキト君、今日のパーティは欠席? せっかく衣装の相談しようと思ってたのにぃ……」
 そしてそう言いながら、がっくりと肩を下ろすヒカル。
 『せっかくの仮装パーティだから』と言って、パイロット全員を巻き込んで何やら企んでいたらしいだけにかなり残念だったみたいだ。……まぁ俺はどうでもいいんだけど。

 「――――そういえばサレナも、今日はまだ顔見てねえな」
 と、ふと気になっていた事を口にする俺。
 「……確かにサレナにしては珍しいわね、寝坊なんて」
 すぐ隣で前髪をかきあげながらそう言ってくるイズミ。
 続いてヒカルの奴が、なんだか突然必要以上に悲壮そうな顔をして絶叫してきて。
 「――って、もしかしてアキト君だけじゃなくて、実はサレナまで抜け駆け? もしかしなくてもそういうことなの?!」
 「…………抜け駆けって何がだよ」
 そのテンションについていけず、思わず呟く。そしてそんな事を呟いた俺たちの視界の向こう、食堂の入り口をなんだかやけに嬉しそうな顔をしたメグミの奴が通り過ぎる。
 その幸せいっぱいそうな声を食堂にさらっと投げ捨てていく。

 「ふっふふ〜、今日は待ちに待ったイブの夜。今夜はアキトさんと二人っきり…………♪」


 「………………」
 「………………………」
 「――――――憐れなる小娘二人、非情な現実の前についに固まる……か。アーメン」
 潰れたカエルみたいな表情をしてその場に固まるヒカル。
 その隣で無表情にそんな事をぬかすイズミ。
 なんだかツマラナイような不愉快なような、よくわかんねぇ気持ちになってイズミの戯言に突っ込む気もなくなる俺。

 ―――終いにはなんだかこっちまで楽しそうな顔をしたアカツキの奴が顔を出して。

 「……あれ? どうしたんだい三人とも。せっかく今夜はイブだっていうのにそんな顔をして――」
 「アカツキさん!!」
 「な、なんだいヒカル君?」
 叫ぶヒカル。引いてるアカツキ。
 「アカツキさんは抜け駆けしたりしませんよね?! 期待を裏切ったりしませんよね?!! 今夜はちゃんとパーティ出てくれますよね!!!」
 「……あ、ああ…………そりゃもちろん。それよりサレナ君がどこにいるか知らないか?」
 「知りません!!」
 「あ、そう………」
 ヒカルの声が天井に突き刺さる。ぼそりとイズミが小さく呟く。
 「…そう言えばシーリーも顔見ないわね」
 「ま、まさかもしかして彼女まで…………」
 そして悲壮に天を仰ぐ。
 「――――いやさ、あの……ヒカル君? いったいどうしちゃったのかな…」

 …結局午前中はずっと、ヒカルはそのまんまの調子だった。











 4.

 ――――そして目が覚めてみれば、あたりの光景は全て可笑しいくらいに違って見えていた。


 ゆっくりと起き上がり、そのままその胡乱な頭で、ゆっくりと自分の寝室を眺め回してみる。変わらないベッド、変わらないテーブル、変わらないソファ…………そしてどこか変わってしまった自分。
 …その、なんて言えばいいのか――――夢が夢でなくなっていくような不思議な感覚。
 彼の…『アキト』の記憶がまるで私の心の中へと、はっきりと刻み込まれていったような。

 ……そう。未だにぼんやりとしていたままで見えてこない、『アキト』の過去と……そのドス黒い哀しみに満たされた、私の心の底に少しずつ入り込んでくる、黒い鎧を身に纏った『私』の――――彼の、あの頃の『アキト』の記憶。

 哀しみと、憎しみと。…………あの時『私』から失われていった、かけがえのない全てに対する痛々しいまでのその憧憬。


 そしてその先に――――本当にぼんやりと、一欠片の輝きとして見えてきた……『私』達みんなの、小さな小さな幸せの記憶があって。
 そこからはっきりと続いてゆく、あの…………辛く悲しくもある赤い大地の光景があって――――――




 …それらの全てを私は想い、心に抱き……不意に心に浮かんできた、『彼』の―――ヒロィの微笑みが、『私』へとむけられる冷たい微笑みが、遠い記憶に重なるようにして消えていって。
 そんな思いにとらわれながら、私はゆっくりと薄暗い天井を見上げて。

 「……いつだったっけ。前にもこうしてぼんやりと天井を眺めていた時があったような気がする。
 そう。私一人だけじゃなくて――――」



 そうして私はもう一度、自分の身体を窮屈なベッドの上へと預けて――――











 5.〜紅い兄妹〜

 ―――メルボルン郊外、トレジャリー・ガーデン。

 肌を刺すような陽射しの中、その一角にある木陰の芝生のベンチの上。
 その涼しく穏やかな特等席で一人読書をしていた私にふと誰かが声をかけてくる。

 「……直接会うのは4ヶ月ぶりだな。アクアリーネ」
 その声に顔を上げると、そこにはいつものように優しく私に笑いかけてくれるその笑顔があって。
 「ええ―――本当にお久しぶりです、リロィ兄さん」

 …すぐ目の前に立つ、黒のストレートパンツに紅いブロードシャツをラフに着こなしたそのブロンドの髪の男性。―――その、私の血縁上の兄に、私は同じようにしてゆっくりと微笑みながら言葉を返した。
 そしてどこか満足そうな顔をして隣に腰を下ろす兄。
 「……そろそろ地球の生活にも慣れました?」
 私のその質問に、兄は微かな苦笑とともに返事をしてくる。
 「そうだな、ようやく体の重さにも慣れたころだよ。最初のころは街の外に出ても重力が変わらないのにはかなり辟易していたものだが。
 ――――それよりもアクア。お前、またパーティの料理にしびれ薬を混ぜたそうじゃないか」
 「…あれをやったのはグリモーです。私が直接手を下したんじゃありません」
 「ははっ、彼もその性格に似合わず過保護だね。アクアといい彼の義妹といい……」
 続く私の拗ねた返事を兄は可笑しそうに笑うと、不意に真剣そうな表情になって視界の向こう……僅かに見える街並に目をやった。
 そしてそんな兄をただ見つめる私。
 木漏れ日の中に佇む私達。


 ……端から見れば、かなり奇妙な兄妹なのだろう。
 名門シンクレア家の一人娘である母と、連合宇宙軍に所属するの一介のパイロットとの間に生まれた兄―――リロィ・ヴァン・アーデル。
 そしてその仲を両親に認められず、紆余曲折の末にクリムゾン家に嫁いだ母が父との間に生んだ子供が私―――アクアリーネ・シンクレア・クリムゾン。

 この私がクリムゾン・グループの跡取候補として、若しくはその跡取の伴侶として父から無用な期待を寄せられているなか…いっぽうで兄はシンクレア家にその身をおきつつも後を継ぐことは許されず、『アーデル―――貴族』などと名乗って連合空軍の士官候補生となっている。
 そしてそんな兄は昔から、小さな画面を隔てて会話していただけの昔からずっと……

 …………ずっとこんな、寂しそうな――満たされないような笑顔を私に見せ続けていて。



 それはもしかしたら私の気のせいかもしれない。
 でも、私が子供のころからずっと感じてきたように…兄ももしかしたらあの言いようのない一抹の哀しみを、寂寥感をずっと心に抱えてきたんじゃないかと思ってしまう。
 もしかしたら兄さんも、私と同じなんじゃないかと思ってしまう。

 ―――そう。その、どんなことをしても満たされることのない心の隙間にある哀しみ。
 私にとっての、私自身のそれは…私自身が今のクリムゾン家という、歪んだシステムの中に生まれてきた故の呪縛だと私は思っていた。
 私はそのような欺瞞と欲望に満ちた世界に触れるのが早すぎた。それを全て認めることができるほど、私は強くはなかった。
 ……だから、本当はどうでもいいのだ。
 私がこの先どうなってしまおうとも。クリムゾンがこの先どうなってしまおうとも。
 むしろ私は、決定的に悲劇的な結末を――――私にとってこのうえのない罰を、私の最期に求めようとしているのかもしれない。


 ――――でも、兄は違った。兄は私とは、何かが決定的に違った。
 そのような世界の中で、私以上に穏やかではないものに触れてきただろう兄はそれでも…私とは違う何かを探しているように私には思えるのだ。
 だから私は、この兄がいったい何をしようというのかを、最後まで見ていたいとも思っている。
 私がそれを出来ないからこそ、せめて兄の手助けをしていたいと思うのだろう。

 だから、私は。私は…………



 「……それで、アクア。例の実験機のほうはどうなんだ?」
 と、ふといつのまにか私のほうを優しい瞳で見てきた兄がそう訊いてくる。
 「あ、えっと――――」
 そんな兄にちょっとだけ、私らしくもなく慌てながら……そしてちょうどその時を見計らっていたように、木陰からグリモーがやってきて。
 「リロィ殿。ご希望の報告書ならこちらにありますが?」
 「ああ、ありがとう」
 兄のすぐ横に回って、素っ気ない顔をしながらその書類を―――つい先月行われたばかりの2回目の起動試験の報告書を渡すグリモー。その彼の表情はいつも以上に冷淡な、そして兄と接する時にはいつものことの、その冷たい刃のような表情をしている。
 そしてそんなグリモーの表情に苦笑を返す兄。
 「すまないな、グリモー君。妹ばかりでなく君まで巻き込んでしまって」
 「…いえ、主のために全てを尽くすのが私ジャン・グリモーの務め。もっともできればアクア様にはこのような危険なことは控えていただきたいというのが正直な気持ちでもありますが――――」

 ……と、兄の目つきがいつもの優しく悲しいそれから変わる。グリモーとよく似た、お父様とよく似たその瞳に。

 「ならば私を排除するかい?」
 「――――」
 グリモーをだまって見上げる兄。その視線を受けてなお、僅かに目にかかるその透きとおるような銀髪を揺らしながら…冷たい瞳のうちにその見慣れた狂気の色を増していくグリモー。
 そんな『いつもの』光景に私はため息を一つつくと、グリモーにただ一言だけ命令して。
 「…グリモー。もういいわ、下がりなさい」
 「――――かしこまりましたお嬢様」
 …その言葉を受けてグリモーは静かに、あっさりとその場を後にして。

 そしてどこかわざとらしく、小さなため息をつく兄。
 「…彼の根本は今もあの頃となんら変わらないな。クリュセのニュー・ノートルダム地区でその両手を黒く染めていた頃と」
 そんな哀れむような兄のその言葉に声を返す私。
 「義妹思いなのは、リロィ兄さんと一緒ですけどね」
 すると兄は小さく苦笑を漏らすと、ベンチに深く腰をかけて…大きく背を伸ばして、ただひたすらに青いその空を見上げながら言ってきた。
 静かに、想うように言ってきた。
 「妹思い……か。
 1年前に突然火星から呼び戻されて、それからまもなく、タイミングを図っていたように今の戦争が始まって。そして初めてお前と直に会って――――今ではお前はこの私にとっての貴重な情報源だ。
 ……つくづくとんでもない兄だな、私は」
 そんな兄の言葉に、私は小さく呟き言葉を返す。微笑みに胸を染めながら声を返す。
 「それはお互い様ですよ、兄さん。それに私は、自分がしたいと思っている事をしているにすぎませんから。
 でも、兄さんは……兄さんはどうして、そうまでしてこの戦争にこだわるんですか?」
 「……そうだな。私がこだわる理由、か――――」


 ――――そしてゆっくりとその口を開く兄。

 ただゆっくりとその独白を、兄の心の微かな吐露を聴いていく私。
 そうしてまだあやふやである、底の一向に見えない兄の真意を私は追い求めていく。ただ求めていく。


 …そう、そうして最後までずっと。
 ずっと私は見ていようと思うのだ。

 いったい兄がこれから、私たち全てを巻き込んでまで何をしようとしているのかを――――











 6.

 「……確かに生体ボソン・ジャンプの実現は我々ネルガルにとってだけではなく、今の地球にとっても非常に重要な課題だ。だがエリナ・ウォン、現在ただ一つの成功例さえ実験で確認されていない中、本当にその青年が我々の期待する能力を有すると言うのかね?」

 カワサキ・シティ。ネルガル重工の実験施設。
 薄暗く、そして俺にとっては不必要なくらいに広い部屋の中、やはり無意味に大きいテーブルの向こうに座った研究者の人達の一人が、俺のほうを横目で見ながらそう言ってくる。その冷ややかな声で言ってくる。
 …かねてからエリナさんと交わしていた約束どおり、よりによってクリスマス・イブの日ではあったけれど……こうして朝早くからエリナさんに連れられてネルガルの研究施設へと足を運んだ俺を待っていたのは、どこか不機嫌な様子に見えるその研究者達だった。

 「私がナデシコで収集してきたデータからすれば、少なくとも彼に生体ボソン・ジャンプを実行できる適性があると判断するのが妥当です。まして彼が第1次火星会戦時ユートピア・コロニーからこの地球へと単独でやってくる手段は、ボソン・ジャンプ以外にはありえません」
 そして少しずつ熱を帯びてきた声で、その研究者の問いかけに答えるエリナさん。
 そのエリナさんの言葉に小さなため息を漏らす研究者。
 「……エリナ・ウォン。私達が必要としているのは漠然とした憶測ではなくて、今ここで確認できる確固とした事実だ。ましてや君の、CCがボソン・ジャンプの鍵であるという仮説も現段階ではその正当性は全く以って示されてはいない。
 君は、彼があのテンカワ博士の息子だからと言って、過剰な期待を持っているだけではないのかね?」
 「え――?」
 「…テンカワ君、落ち着いて。その話は後でしてあげるから」
 その研究者の言葉を聞いて思わず声を上げかけた俺を、エリナさんは片手で制した。そして再び難しい顔をするその人へと向かい直る。
 いっぽうでその研究者は俺のほうを改めて見ると、重たい口調で言ってきた。
 「ではテンカワ君、君の意見を聞こう。君は本当にあの日、火星からこの地球へとボソン・ジャンプで跳んだのかね?」
 その質問に、声を詰まらせる俺。
 「……えっと…あの、すみません。そもそも『ボソン・ジャンプ』って――なんですか?」
 「…ふぅ、やれやれだな」
 そして目の前の研究者は呆れたようなため息をついて。
 「……エリナ・ウォン。せめて最低限の説明くらいはしておいて欲しかったのだが」
 「貴方が性急過ぎるんです。仮にも最重要機密情報である以上、ナデシコ艦内で不用意に説明できる問題ではありません」
 なんだか疲れたような声でエリナさんにそう言ってくる研究者と、そんな彼の言葉をあっさりと切って捨てるエリナさん。
 そして不意に聞こえてくるあの人の声。

 「―――じゃあ、それについてはこれから私がゆっくりと説明してあげましょうか?」
 「「「?!!」」」
 「イネスさん?」
 続いて不意に部屋のドアを開けて入ってきたイネスさんに、目の前に座っている研究者達は揃いも揃って驚いた表情をして。
 そしてそんな研究者の人達をなんだか楽しそうな顔つきで眺めながらエリナさんの隣、俺が座っているのとは反対側に彼女は腰を下ろした。
 「……君が来るとは聞いていなかったぞ、イネス・フレサンジュ」
 「それはそうね。私も言っていなかったから」
 不意になんだか険のある顔つきで言ってくるその研究者と。イネスさんはそれをサラリと流す。
 続いて彼女は俺のほうを覗き込んでくると、やっぱりどこか楽しそうな口調で言ってくる。
 「まぁそれはともかくアキト君。まだ何も知らない貴方にわかりやすく丁寧に説明してあげると――――」
 「ドクター、貴方の説明は必要以上に長くなるから結構よ。かわりに私がするから」
 と、それをあっさりエリナさんに遮られて不機嫌そうな顔を見せるイネスさん。
 それでも結局はあっさりと引き下がって……そしてエリナさんはテーブルの上で両手を組みつつ、俺のほうを見てその話を話し始めた。


 「テンカワ君、『ボソン・ジャンプ』っていうのはね……一般人の貴方にもわかりやすく説明すると、特定の質量をもった物体を空間を越えて転移させる技術なの。
 貴方が今までナデシコで戦ってきた中で、それは実際に何度も目にしているし、少なくとも1回は確実に経験しているわ。
 ――――チューリップって、あるでしょ? あれがその『ボソン・ジャンプ』を実際に行っているいい例。貴方たちナデシコのクルーが、あれを使って火星から8ヵ月後の地球へとジャンプしたのもその例のうちの貴重な一つなの」
 「…………あ、はい」
 その真剣なエリナさんの目に、ただ肯く俺。

 …脳裏にはあの時の、結局は救えなかったユートピア・コロニーでの戦闘のことが薄く思い出されている。
 ――――結局はあの時も、自分の理想を守れなかったふがいない俺の姿が思い出される。
 そして話を続けるエリナさん。

 「その原理だとか理論だとかは今は話す必要もないし置いておくとして、現在ネルガルでは軍の研究機関とは別にそのシステムの解明を急いでいるわけ。もし 生体ボソン・ジャンプ――――今までは実現できてなかったその技術が実用化されれば、地球は木星蜥蜴にたいして大きな優位にたつことができるわ」
 と、テーブルの向かいに座るあの研究者達の一人―――さっきまで話してた人とは違う人が声を挟んでくる。
 「……そうだ。現在では木星側も生物をボソン・ジャンプさせることには成功していない。
 無論それはこちらも同様ではあるが……クロッカスのクルーも全滅していたなか、何故ナデシコだけが生体ボソン・ジャンプを実行することができたのか――――もし君にその要因があるとするならば、君はそれができるというならば、どうか我々に協力して欲しい」
 「それは……ネルガルのため、ってことですか?」
 不意に何故か、一欠けらの猜疑心とともに、自分でもよくわからずにそんな言葉を口走る俺。
 「地球のためよ」
 すぐ隣で、何かはっきしりた意思のようなものを見せながらそう言ってくるエリナさん。
 そしてなんだかよくわからない、曖昧であまり気持ちのよくない感情に引きずられて、そして僅かに俯いた俺を見たエリナさんは…ふと懐からその『何か』を取り出して俺の目の前へと持ってくる。
 その青い光を俺に見せてくる。

 「………テンカワ君、ちょっといいかしら?
 これはCC―――チューリップ・クリスタルといって、物体がボソン・ジャンプする際に特別な反応を見せるものなんだけど―――」
 「…………!!」


 ……そしてその『青い石』を見て、俺は心臓が止まりそうになるくらいの驚きに包まれていた。




 「…………なんで、それは――――」
 「――やはり見たことがあるのね?」

 その冷たい呟きでそう問いかけてくるエリナさん。向こうから伝わってくる、イネスさんの重い沈黙。
 テーブルのむこうでは研究者の人たちが怪訝な顔をしているのが、なぜかはっきりと感じられる。
 そして、もしかしたら覚悟していたはずだったその予感に、それでも衝撃的すぎた事実に唖然とするしかない俺。

 そんな俺はただ、震える口からただその一言を紡ぎだすことしかできなかった。




 「――――父さんと、母さんの形見と同じだ。…………あの日、あの時…………火星で無くした――――――」












 7−1.パーティーの夜に

 「…………メリーさんの所のクリ坊、謝る。メリー…、クリ、すまんっス」

 ――――ぱぁん!!!


 …そんなイズミさんのいつもの、対処に困るダジャレから始まったクリスマス・パーティ。
 『堅苦しいのは抜きにして、思いっきり楽しんじゃいましょう!』との艦長の言葉どおりなのか、周りにいる人たちは皆さんそれぞれ思い思いの格好に仮装していたりします。
 まず目につくのは、『不思議の国のアリス』をモチーフにしたのか、うさぎの耳のついたカチューシャに18世紀風の衣装を身に纏った艦長と、かわいらしいエプロンドレスを着てジュースを飲んでるルリさん。
 さらにその向こう、サンタの衣装を着たミナトさんはいいのですが、トナカイの着ぐるみを着たゴートさんは、似合っているのかいないのかちょっと判断に苦しみますね。
 でもその中でもまず一際異様を放っているのが、古い日本のホラー映画に出てきそうな白装束と白鉢巻を身に付けているイズミさんでしょう。…これはなんだかクリスマスっていうお祝いとは全然逆の方向な気がするんですが。

 「―――ったく、結局お前はその格好かよ」
 「ふ…………」
 そしてそんなイズミさんに文句を言っているのが、いわゆる拳法着を着たリョーコさん。
 そんなリョーコさんにヒカルさんが話しかけてきて。
 「まぁまぁ、リョーコ。せっかくのパーティなんだしそんなに眉間に皺よせてないでさ?」
 「そうだぞスバル。………お、この手羽先なかなかうめぇな」
 「―――というか頼むからお前ら二人、並ばないでくれ。目が痛くなる」

 ……そう指摘されたヒカルさんとヤマダさんの格好は、ゲキガンガー3というアニメのヒロインと主人公なんだそうです。
 なんていうか――――原色系のどギツイ衣装です。

 「―――ん? どしたのシーリー。なんかぼうっとしてるけど」
 「あ、いえ。このワイン美味しいなって思いまして」
 一方私のすぐ隣で料理を口に運んでいるサレナさんは、黒いとんがり帽子をかぶったオーソドックスな魔女の格好をしていて。これはなんだか結構似合ってる気がしますね。
 でもそのお弟子さんになる予定だったはずのアキトさんは、この時間になっても姿をあらわしません。ふと気になってメグミさんの姿を探してみても、まるで時間をつぶしているようにハルミさんと会話を交わしているだけで。
 「……アキトさん、いったいどうしたんでしょうね」
 「―――ん〜…」
 そして私のそんな呟きに、どこか曖昧な声を返すサレナさん。そのサレナさんが見つめる先、会場の中央では艦長と同じような服装に山高帽をかぶった――― アリスに出てくる帽子屋の仮装なんでしょう―――副長がジュンコさんと一緒に忙しそうに動き回る中、アカツキさんがエリさんたちと楽しそうに話をしていま した。






 7−2.パーティーの夜 〜メカニック達の青い憂鬱〜

 「―――――ふっ、ふっふふふふふふ! 今宵も芳しい血の香りを身に纏った美女たちがこの私を待ちわびているようだな!」
 「……なぁリュウザキ。ノリノリなのはわかったからもうちょっと落ち着いて騒いでくれよ」
 「ん? 何をかたい事を言っているのだユウキ―――もといヘルシング教授」
 「役名で呼びなおすな、このアホ」
 「ばか者、吸血公ドラクルと呼び給え。
 さてそれはそうと…うーん、今夜の獲物は誰がいいかな〜?」
 「……あー、いやもうわかったから。頼むから大人しくしててくれ。そして俺にだけはメーワクかけるな」

 …さて、パーティが始まってからおよそ30分。
 そろそろ場所によっちゃいい感じに出来上がった連中が出てくる中、めぼしい仮装もしていない整備班の中にあって何故かこの俺…ユウキ・カズヤは、すぐ隣でイヤな笑みを浮かべているバカの仮装に付き合ってたりする。…ホント、なんでだろうな。
 そしてその問題のバカ女―――整備班きっての問題人物・リュウザキ・トオルは…ホラー界では有名すぎるほどに有名な某吸血鬼の豪華絢爛な仮装を身にまとい、『獲物』とやらを物色している真っ最中である。
 …肩下まで伸ばしたそのやや癖のある黒髪。ちょっときついその目つきと猫のようなまん丸な顔立ち。170を軽く越える、すらりとした長身と少々肉付きの悪い胸。
 そう。とにかく黙っていれば十分美人なはずのこの女。
 なのにその外見をことごとく裏切るように、その性格はどこまでも破壊的かつ破滅的で。
 ……さらに付け加えて言うなら、その『男っぷり』はスバルのやつをはるかに越えていて。


 「…じゃあ俺、ちょっと行ってくるわ」
 それからまもなく、タチの悪い笑みとともに長い黒髪を靡かせながら、そう言い残し会場の中央のほうへと消えていくリュウザキ。そんなアイツの後姿をなんとなしに眺めながら、俺はグラスに注がれたカクテルを口にする。

 (さて、俺はどうするかな……サレナでも探して適当に時間つぶすか?)

 と、そんなことを考えていると。
 近くで飲んでいた班長が赤みのさした顔で俺に話しかけてきた。
 「お、なんだユウキ。一人でちびちびやりやがって」
 「…幸い煩いのがいなくなりましたからね、ほんと静かでいいですよ」
 ため息を軽くつきつつもそう言い返した俺に班長は少しの間思案顔を見せて、それから意外そうに言ってくる。
 「いいのか? アイツ放っておいて」

 …で、その班長の言葉は俺にとって本当に意外だったので、俺はグラスを傾けようとするその手を止めて。

 「俺はあいつの子守りじゃありませんよ。だいたいアイツはいつもいつも……」
 「いや、そうか。俺はてっきりお前ら付き合ってるもんだと思っていたんだが」
 「……って、なんでそうなるんですか班長?!」
 そして真顔でそんなおぞましい事を言ってくる班長に、思わず絶叫する俺。不思議そうな顔をして俺を見返してくる班長。
 「違うのか?」
 「ええ、違います。はっきりと違いますよ、そりゃもう絶対確実に」
 続いてそう、自分でも自覚できるほど真顔かつありったけの力を込めて俺が力説すると、不意に班長はどこか懐かしそうな顔をしながら口を開いてきた。
 「ふ〜〜ん、そうなのか……俺はてっきりそうなんだと思ってたんだがな」
 「…?」
 それから俺の顔を見て、軽く笑った班長。
 班長は会場の中央でなにやらスバルにちょっかいかけているリュウザキの奴を見ながら、なんだか懐かしそうな目をしながら言ってきた。
 「な〜んかお前ら見てたらよ、学生の頃の俺と女房のこと思い出しちまったよ」
 「はぁ」
 手に持つグラスを傾けて、そしてまた口を開いて。
 「あの頃はお前らみたいにしていつもいつも喧嘩ばっかしててよ、まぁそれは今でも変わらないんだが―――でもあの頃は、今じゃもう手に入らないもんがいっぱいあったからな」
 「……はぁ」
 そしてまた近くのボトルをひっ掴んで。
 「今は今で、大切な家族もいるしそれなりに充実した生活を送れていけないこともねぇ。でもあの頃のガキみたいな気持ちとか探究心とか………そういうもんをもう一度追いかけてみたくて、俺はナデシコに乗ったのかもしれんな」
 「…………奥さんの尻にしかれてるのがヤだからじゃなかったんスか」

 ―――と、いきなり班長はボトルをテーブルの上にドンッ!! と叩き置くと、なにやら微妙に血走った目で俺の事を睨んできて。

 「皆まで言うな、ユウキ!! 確かに女は家庭に入っちまうともうこっちよりも強くなっちまう! 可愛さなんて欠片もなくなっちまうことだってあるんだよ!!
 だがそれでも! それでもあの頃みたいな笑顔でたまに俺に笑いかけてくれてよう…………」

 そしてさめざめと男泣きを始める班長。片手でボトルを握り締めながら、感極まったように呻いている。
 …………というか要するに俺、グチと惚気いっぺんに聞かされてるんすね。班長。


 そうしてしばらく、俺は流されるままにウリバタケ班長のグチに付き合った。
 奥さんが男のロマンをわかってくれないだの、うっかり誕生日を忘れてたらヒドイ目にあっただの、最近は子供も自分より奥さんの言う事を優先するだの。
 それでも時々は、ホントはアイツには迷惑かけっぱなしですまないと思ってるんだとか、無性に家族の顔が見たくなるんだとか…本音なのか懺悔なのかよくわからない一言を班長は漏らしてきて。
 そんな班長の話に軽く相槌なんかを打ちながら、しばらくそうしていると。ふと副班長のタニマチさんがボトルを片手にこっちへとやってきて。
 「……先輩、かなり酔ってますね?」
 「おおぅ、タニマチ〜……お前も聞いてくれんろか」
 そしてそろそろ呂律の回らなくなった班長を見て、苦笑するタニマチさん。
 「はいはい、ちゃんと俺が聞いてあげますからそろそろユウキの奴を解放してあげてくださいよ―――ほら、ユウキ。さっさと向こうに行ってきな」
 「あ、はい。すみません」
 最後にちょっと気になって、班長には聞こえないようにタニマチさんにこっそりと尋ねてみる俺。
 「―――で、あの、タニマチさん」
 「なんだ?」
 「結局班長と奥さんって仲が良いんですか? 悪いんですか?」
 「――………」
 すると班長とは十年来の付き合いだというタニマチさんは、俺の期待とは反対に微妙な苦笑いを浮かべてきた。
 ふと何かを…いいや、その誰かを不意に思い出したようなその表情を見せてきた。

 「―――わりぃな、ユウキ。その質問について俺は一切答えられねえよ」
 「はぁ…………」


 ……そして、なぁんとなくだけれど。そのタニマチさんの言葉の意味がわかってしまった気がして。
 なんというか――大人の男のちょっとした世知辛さを見た気がした俺はその後まもなく、こっちはこっちで厄介なリュウザキの奴に絡まれるハメになるわけだった。






 7−3.パーティーの夜 〜ブリッジに残った感傷に〜

 ……とても賑やかな会場の隅、人気がやや薄くなっているその静かな一角で。
 私と彼はクルー達の楽しそうな喧騒をよそに、二人グラスを傾けていた。

 「やっぱり、こういう場所は苦手なの?」
 隣に立ってウィスキーを口にする彼に、微笑いながらそう訊ねる私。
 いつもの凛々しい姿とはかけ離れた、ちょっぴりチャーミングすぎるトナカイの衣装に身を包んだ彼は、チラリと私のほうを見下ろして口を開く。
 「……そうだな。軍にいた頃は――――戦友たちと飲み交わすことも多々あったが、やはり雰囲気が違う。お前の言うとおり、慣れてないのかもしれん」
 そしてその返事にちょっとだけ意地悪っぽく口の端を私はゆがめて。
 「ふぅん。別にいつも仏頂面ってわけじゃなかったのね。………って、そんな拗ねた顔しないでよ」
 「拗ねてなどいないさ。ただ……」
 それに彼は何かを言いかけると。
 ふと会場の一角、見ていて微笑ましくなるくらいに大騒ぎをしているパイロットの皆をほうを彼は見やった。

 ――――彼の…ゴート・ホーリーのその顔には見覚えがある。
 ナデシコが地球に帰ってきてからまもない頃、一人薄暗い食堂のカウンターでグラスをあおっていた彼。
 ただの堅苦しい軍人だと思っていた彼が…その真っ直ぐな彼の背中がなんだかやけに悲しく見えて、その姿に引き寄せられて思わず声をかけてしまった、あの時。

 そう……一緒になってグラスを傾けて、彼のフクベ提督との思い出話に耳を傾けた、あの最初のひとときだったっけ。


 …そんなことをふと思い出しながら私は、隣でどこか懐かしそうな…いつになく感傷的な顔をしている彼に言葉を投げかける。
 「ねぇ、それよりもさ」
 その言葉に、ゆっくりと私のほうを見やってくる彼。
 「……なんだ? ミナト」
 そしてそんな、いつもどおりの…やはり無愛想な感じで、それでも優しさの見える彼の顔を微笑いながら私は眺めて。

 「――――せっかくのイブのお祝いなんだからさ、こういう日くらいは『らしくない』態度とか見せてくれると嬉しいかなーって思うんだけど」
 「…………」


 そんな私の言葉に、やっぱり彼は困ったような照れたような顔を見せたのだった。






 7−4.パーティーの夜 〜ゲキガンガーな二人の場合〜

 「あれ? ヒカル達もう着替えちゃったの??」

 俺とアマノがそろそろ頃合だということで制服に着替えて会場に戻ってくると、入り口の近くで誰かを探してたらしいクロサキがそう声をかけてきた。
 「だぁってもうウケはとれたし、あのカッコで後半はやっぱ苦しいっしょ?」
 それになんだか苦笑を返しながら答えるアマノ。
 「…ふぅん?」
 なにやら意味ありげにそんな声を漏らすクロサキ。
 ちなみにクロサキの衣装はまだ、例の魔女スタイルで……なんだかパーティドレスっぽい黒のローブには目のやり場にちょっと困るようなスリットが入っていたりして、正直かなり色っぽい。
 ……ま、だからこそ動きにくい上にやたらと熱のたまるあのスーツを着替えてきたわけなんだが、当のクロサキは何かを気にしたようにさっきから通路の向こうへと視線をやっている。

 「…クロサキ、誰かを待ってるのか?」
 そんなこいつの挙動がどうしても気になってそう尋ねる俺。その俺の質問にクロサキは言葉を返してくる。
 「いやさ、アキトの奴がまだ来ないから、『なんかあったのかなー?』って思って。さっきからユリカさんも気にしてるみたいだし」
 そして何かを思い出したように口をはさんでくるアマノ。
 「…アキト君なら今日は休暇取ってどっかに出かけてるみたいだよ?」
 するとクロサキは意外でもなんでもないような顔をして言ってくる。
 「ああ、それは知ってるよ。でもパーティには途中からでも絶対に参加するって言ってたんだけど…………何か、あったのかな?」
 「「う〜ん………」」
 そしてその場で唸り声を漏らす俺たち三人。
 と、突然クロサキは申し訳なさそうな笑顔を俺たちに見せてくると。
 「あ、ごめん。二人ともなんか引き止めちゃって……じゃあ私、ユリカさん待たせてるから―――」
 「…あ、オイ?!」
 そんな間の抜けたような俺の声も空しく、どこか慌てたようにクロサキは会場へと戻っていく。その先にはグラスを手に、座って一息ついている艦長の姿がある。
 その一方でなんだか虫の居所が悪くなった俺が、そんな気分を隠すように後頭部に手をやると。


 「―――いいの? ヤマダ君、サレナ追っかけなくて」
 ……どこか真面目っぽい顔をしたアマノが、不意にそんなことをぬかしてきやがった。

 「な、なんでだよ??」
 その不意をついてきたアマノの一撃に心臓が跳ね上がりながら、なんとか努めて冷静に返事をする俺。
 続いてどこか邪悪ないつもの笑みを浮かべるアマノ。
 「まぁ…ヤマダ君がそう言うんならいいけどねぇ〜。こういう日はチャンスなんだから、思い切ってアタックしてみたらいい事あるかもよ?」
 「―――別に、そんなんじゃねぇよ」
 「ふぅん、そっかあ…………っと――――」
 そしてそんなアマノにぶっきらぼうな返事を俺が返すと、目の前のこいつは不意になんだか困ったような顔をして会場のほうへと視線をやった。

 「…………??」
 会場の入り口に突っ立っている俺たち二人。
 そんなアマノの行動にわけがわからずただ立っている俺をよそに、肝心のアマノは何かを……誰かを探しているような顔つきをして、一瞬だけその動きが止まって。
 そしていつになく珍しい、照れたような笑みを浮かべたアマノは、
 「――じゃあ私、ちょっと行ってくるね〜」
 …そう言って、からかうようにして俺に手を振ってきた。

 「なんだ? 目当ての奴でもいるのか??」
 そんなアマノに俺が冗談半分に尋ねてみると、あいつは不意に立ち止まって不機嫌なような顔をしてくる。
 「も〜ぉ、そういうことをこの場で聞くわけ? ヤマダ君ってそういうところは気が利かないよねー」
 「…ああ?」
 そして今度こそは、会場の中央のほうへとアマノは姿を消していく。最後のあいつのそんな言葉にちょっとだけグサッとやられた俺は気を取り直すと……


 「……『気が利かない』――――か。ま、なるようになれってところかな?」

 自分でもバカバカしいようなそんな科白を呟いた後、アマノとは別の方向へとなんとなしに足を踏み出していた。








 7−5.パーティーの夜 〜ユリカとサレナと、そしてジュンと〜

 ―――私はパーティ会場の隅に一人座って、グラスに注がれたカクテルを見つめながら考え事をする。

 まだ少しもやもやしたその気持ちを抱えながら…みんなの前では元気に振る舞いつつも、あの頃みたいに一人でまた抱えてしまった気持ちをもてあそびながら。
 ぼんやりとオレンジ色の液体を、顔の前にかざして見つめながら。


 ……何が私にとってショックだったんだろう?
 それにアキトは、あれからどうして様子が変わってしまったんだろう??

 オモイカネと私達が仲直りをしたあの日…アキトは仮想空間から帰ってくるとどこかやりきれないような、寂しそうな顔をして私に微笑みかけてくれた。
 それから何かをアキトは言いかけて、それはとても優しそうな響きだったはずなのに、私はわざとらしく困ったような笑みを浮かべてから逃げるようにコントロール・ルームを出てしまって。

 …多分アカツキさんのあの時の言葉は、私にとっては別の意味でショックだったんだと思う。

 『―――ただ、幼い頃の気持ちを引きずっているだけなんじゃないの?』と言われたような気がした自分。
 私のこの想いを、火星にいたあの頃からずっと続いているこの想いをアカツキさんには真っ向から否定された気がして。それでもやっぱりアカツキさんは…私のこの気持ちを認めてくれたようで、そんな私のことを好きだと言ってくれて。
 そんなアカツキさんに私は、今の自分を重ね合わせるようにして見てしまったのかもしれない。多分彼のことを『好き』になることはないのだと思うけれど……私とジュン君みたいな関係とも違うとは思うけれど――――


 ―――――そう。ただそんなアカツキさんに、不意に悲しい今の自分自身の姿を見てしまったような気がして。
 そんな自分を見せつけられた気がしてしまって。

 (……でもそれって―――それにアキトは、アキトはなんであの時………―――――)

 そして私がそう深く思い沈んで……ふと突然、私とアキトの小さい頃の、悲しいあの思い出にぶつかった時に。

 「…………ユリカ、さん?」
 そう、どこか心配げな口調でサレナさんが話しかけてきた。


 ……すぐ傍に立って心配げな顔を見せるサレナさんに、私はにっこりといつものように笑みを浮かべる。
 「ううん、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」
 「――いや、私なんも言ってないんだけど」
 「…あ」
 そして私のうっかりな返事に、顔をしかめるサレナさん。…う〜〜〜ん、しまったなぁ………
 それからしかたなく苦笑した私のとなりにサレナさんは腰を下ろすと、なんだか何かをいいたげな目で私のほうを見てきて。
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「……サレナちゃん、目が怖いよう」

 ――――ぺしっ。
 「あう」

 …結局はサレナさんの『無言の圧力・ぷらすあるふぁ』に屈して、大人しく口を開く私だった。




 「――――――10年前の、お別れ?」

 グラスの中身に口をつけてちょっと一休み。
 そして私の切り出したその言葉に、驚いたような顔をして訊ね返してくるサレナさん。
 「……うん」
 手元のカクテルを再びこくんと一飲みしてから、私は少しだけ俯いて言葉を続ける。
 もう遠くなってしまった、あの頃の火星の草原を少しだけでも思い出しながら。

 「私とアキトはね、10年前に一度……『お別れ』をしたの。私がお父様と一緒に、予定より早く地球に戻るきっかけになったって言ってもいいかもしれない―――
 ……私は、多分アキトはもうそのことを覚えていないんじゃないかな? って思ってたんだけど、でも…」
 その言葉をいったん区切って、自分に言い聞かせるようににっこりと微笑う私。
 「でもアキト……やっぱり覚えてたみたいだね。―――ううん、ホントは忘れてたのかもしれないけれど、いつのまにか思い出しちゃったのかも。
 ――だからアキト、あの時のことが気になって……それを引きずってるんじゃないのかな、って思って」

 「…………そっか」
 …そしてふと横を見てみれば、サレナさんがどこか寂しそうな顔をしてグラスをその両手で持て余していて。
 「―――??」
 私がそんなサレナさんの様子を見て首を少しだけ傾げると。
 「私の、母さんがさ…………」
 そう、ふと言葉を切り出してくるサレナさん。
 「……母さんが昔、言ってたことがあったんだ。
 『本当の別れというのは、その相手を思えば思うほど辛くなるものだけれど……そういう別れを繰り返していってこそ、心っていうのは強くなれるんだ。
 そういう強さは、とても哀しい強さなんだけれども……でもそれは別れを恐れて、怯えて、その別れにただ悲しんでいるだけなのとは違って―――それでもその中で必死に前を向くことの出来る…経験した人だけがホントにわかることの出来る気持ちなんだ』って」
 「――――――」

 そしてサレナさんのその言葉に、私はほんの少しだけ息を詰まらせて。

 「………って、ごめんね。何言ってるんだろうな、私………よりにもよって、こんな話するなんて」
 「――――――ううん、サレナさん。……私にはなんとなくだけど、わかるような気もするよ」
 困ったような顔をして謝ってきたサレナさんに、私はグラスをぎゅっと握りしめながらそう言う。
 …と、サレナさんはゆっくりと俯いて、はっきりと寂しそうな表情をしながら口を開く。

 「……やっぱりユリカさんは、すごいと思うな、私。―――私は母さんに聞かされたとき、あれは16の時だったけれど……全然言ってることがわからなかった。
 それってただの『慣れ』なんじゃないかって、心が麻痺してしまっただけなんじゃないかって。
 …今も、正直に言えばはっきりとはわからないもの。でも………戦争が始まってから、ナデシコに来てからいろいろあって、本当はそうじゃないんだって――――少しずつやっとわかってきたような気がして……」

 「……アキトは――――ねぇ、サレナさん。アキトは、どうなんだろう??」

 そしてサレナさんは、私の発したその呟きに、少しだけ哀しそうで…それでいてどこか優しそうな微笑みを浮かべながら答えてくれる。

 「…ま、『準保護者』の私から言わせてもらえば――――ホウメイさんあたりに聞いたほうがはっきりするのかもしれないけれど、まだまだ悩んでるんじゃないかな? 他のいろんなことに対してもね。
 ……でもそういうところが、どんなことにも真剣に悩めるところが、アキトの困ったところで……いいところなのかもしれないけれど」
 そんなサレナさんに、私は自分の思いを確認しながら言葉を返していく。
 「うん。私―――アキトならきっと、そういう気持ちがわかるんだって思う。だって……アキトはあの時に、私を狭くて小さい箱庭から連れ出してくれた王子様で、お父様やお母様以外に、初めて私を私として見てくれた人で…………
 ――――そう、なんて言ったらいいのかわからないけれど…やっぱりアキトは私の大好きな人だもの。
 だから私は、メグちゃんのことがあっても……」

 それから私はそう言いかけて、それでもその先をはっきり口にできるだけの気持ちの強さが少しだけなくなりかけて―――――




 「…………ほら、二人とも。せっかくのパーティなんだからもうちょっと気持ちを楽にしなくちゃ」
 「――――?」
 「……ジュン―――君??」

 そして私とサレナさんの前に立って、クッキーの入った小皿を片手に困ったような笑顔を見せてくるジュン君。
 その小皿を私たちの前にそっと、ジュン君は差し出してきて。
 「はい、ユリカの好きないつものやつだよ。ミズハラ君に手伝ってもらったから味はお墨付きかな?」
 「……どーも。って、これ、アオイさんが作ったの?」
 「まあね。久しぶりだったからちょっと手間取ったんだけど」
 ジュン君の顔を見上げながら不思議そうに訊ねるサレナさん。ちょっとだけ自信なさげに答えるジュン君。
 私はそんなジュン君を見ながらそっと右手を伸ばして、まだ暖かいそのクッキーを口に運んでいって。

 「……うん。おいしいよジュン君。ジュン君のクッキー食べたの、久しぶりだから――――本当においしい」
 「―――――そっか。よかった………」

 そしてもう一度、ジュン君は私に微笑みかけてくれる。
 ほんの僅かだけ、隠し切れなかったように寂しさを垣間見せながら微笑んでくれる。

 「ここのところユリカ、色々と大変みたい…だったからさ。ちょっとでも元気になってもらいたいなって思って、ね。
 ――ホント、僕にできるのはこのくらいしかないけれど、その…悩むのは無理ないと思うけど……やっぱりユリカはユリカらしくいて欲しいなって。
 ちょっと悔しいけど……自分の想いに真っ直ぐでいて欲しいなって――――
 ……まあ、僕なんかが言うまでもないんだけどね」


 ……そしてそんなジュン君の、優しい笑顔。

 ――――あれは大学に入ってしばらくした頃だったっけ?
 とってもたどたどしく、それでいて一生懸命な様子で…ふとしたきっかけから私に告白してきてくれたあの日のジュン君を私は思い出して……

 (あの時は本当に嬉しかったな……私のことを婚約者だとかじゃなくて、私として見てくれてたんだって。
 でも、だから――――ジュン君には失礼だけど、なんだか後ろめたいような、謝りたいような気持ちでいっぱいになって……そして今もこんなに私を心配してくれて―――――)


 ――――そう、今になっても昔と変わらずに私に接してくれるジュン君。
 だから私は、ここ1ヶ月で一番じゃないかなって思えるくらいの暖かい気持ちになりながら、自然に微笑んでいって。

 「ありがとう、ジュン君。やっぱりジュン君はユリカにとって……最高の親友だよ」
 「…………うん、そうだねユリカ―――」




 「―――って、私…………なんだか置いてけぼりなんだけど」
 「あ」
 「えーと……」
 そして不意に声を上げてきたサレナさんに、思わず間の抜けた声をあげる私とジュン君。
 続いてサレナさんの疑わしげな視線を受けたジュン君が、なんだか顔を赤らめながら―――あの時のことを思い出してるのかな?―――顔をあらぬ方向に向けて。

 「………ふふふっ」
 「?―――――ユリカさん??」
 …そんなジュン君を見て思わず苦笑してしまった私は、サレナさんのほうを向いてちょっとだけもったいぶったように口を開いた。


 「―――――駄目だよ、サレナさん。これは私とジュン君だけの…とーっておきの秘密なんだから」








 8.パーティーの終わりに

 (――――――アキトさん、遅いな…………)

 賑やかなパーティ会場の片隅で、ハルミさんととりとめのない話をしながらふとそんな事を思う私。
 午後の4時から始まったパーティはそろそろ一番の盛り上がりを見せているようで、それでも『5時までには何とかして間に合わせる』と笑顔で言っていたアキトさんは未だに姿を見せなくて。
 そして私はぼうっと、アキトさんとのことを考え始めていて。

 ……オモイカネの暴走があったあの日以来、アキトさんがご両親の事を話してくれたあの翌日以来…アキトさんはなんだか前よりも優しくなった。私との事に、前よりも一生懸命になってくれるようになった。
 やはりまだ、時たまにあの、どこか辛そうな顔を見せることはあるけれど……『ご両親の研究をその目で確かめる』ことに対する不安はずっと付きまとっているって言っていたけれど。
 それでもアキトさんは私の事を懸命に見てくれていて。……私のことだけを愛そうとしてくれていて――――――

 (―――『私だけを愛そうと…』――――そう…………そうなんだよね)


 ――そうなんだ。確かにまだ、『本当の』恋人として付き合えるまでの道のりは近くはないような気がする。
 でもそれ程遠い道のりではないとも思う。そう私は信じている。
 『本当』だとか、『本当じゃない』だとか、そんなものの区別なんて私にはよくわからないけれど……今私はアキトさんのことだけを想っていて、アキトさんもまた、艦長のことはあっても私のことだけを見ようとしてくれている。

 ……だから、私はアキトさんを信じている。きっと。
 アキトさんのあの言葉に嘘はないと。いずれは私がアキトさんにとっての本当に大切な人になれるのだと。
 不安や、焦りや、艦長に対するどうしようもない嫉妬はあっても……それでも私は信じて、あの人と一緒にずっといたいと思ってるんだ。
 …………だから、だから私は――――――


 ―――――ピッ!

 不意にコミュニケに届いてくる、外部からの着信通知。
 『あ、メグミちゃん? ゴメン遅くなっちゃって』
 そのウィンドウの向こうで、申し訳なさそうにして微笑っているアキトさん。
 「え、あの! もう検査のほうは終わったんですか?」
 そんなアキトさんの笑顔を見たら、それまでのもやもやした気持ちなんて綺麗にどこかへと飛んでいってしまう。途端に気持ちが軽く、暖かくなってく。
 続いてアキトさんはウィンドウの向こうで小さく肩の力を抜いて。
 「…ちょっといろいろと時間かかっちゃったけどね。急いでナデシコのほうへ戻るから」
 「…………はい。女の子を待たせた分、今日はたーっぷりと付き合ってもらいますからね!」

 そして私がそう、アキトさんに向かって微笑みかけたその時。


 ……ガアアアアアアアアアアアアン!!!

 『―――?!!!』
 「…え?」

 …画面の向こう、アキトさんが今いるというその研究施設の中に。胸の奥にまで突き刺さってくるような、とてつもない轟音が響き渡って。











 9.

 『…………ったく、何なんだよアレは?!』
 『うっそぉ、もしかしてゲキガンガー??』

 ――夜の帳が下りたカワサキ・シティに突然現れた、巨大な2体の機動兵器。
 そのエステバリスの5倍はあるかと思われる木星蜥蜴の兵器を見て、リョーコさんとヒカルさんがそんな驚きの声をもらします。
 …ビルの陰に潜伏した私の機体、重機動フレームのすぐ向こう側を鈍重な足取りで進んでいく1機の機体。続いてまた向こうから、もう1機が放ったであろうグラビティ・ブラストの破壊音が低く大きく聞こえてきて。

 『……こりゃあヒドイな。連合軍は全滅か』
 上空を旋回する空戦フレームからそう、いつになく真剣な口調でそう言ってくるアカツキさん。
 『おのれ、たかが木星蜥蜴のニセ・ガンガーの分際で……ゆるさんっ!』
 いっぽうでヤマダさんは、好きなアニメの作品を貶された気分にでもなったのでしょうか、戦闘が開始してからずっとテンションが高い状態です。
 『で、どうする? 火力差は歴然としてるけど……』
 『言うまでもねぇだろ?! 1機ずつ丁重にお出迎えしてやろうぜ!』
 『―――――』
 そしてイズミさんの言葉に苛立たしげに答えるリョーコさんと…どこか深刻そうな表情をしながら、先程からずっと黙りこくったままのサレナさん。
 かくいう私も敵が今までにない新しい、どう組みすればよいか図りかねるタイプだけに、内心では不安でいっぱいで。
 ……加えて言うなら、よりにもよってこんな日のこんな時間になって襲ってきた木星蜥蜴に対する苛立ちもいっぱいで。


 『…ようし、じゃあまずは腕部の赤い、大人しそうなほうから片付けるとするか。せっかくのイブを台無しにしてくれたお客だ、遠慮は無用! 思い切っていくよ!!』
 『『『『了解!!』』』』
 そんな私の心境もつかの間、司令塔のアカツキさんの、気の入ったその指示に声高く応える皆さん。
 『イズミ君とヒカル君はもう1機のほうの撹乱を、後のメンバは全力でアレを叩く!』
 『よぅし、いっくぜえええええええっ!!!』
 続いて標的の側面に踊り出たリョーコさんが間髪いれずに相手へと向かって躍りかかり、
 『…………っ!!!』
 アカツキさんと同じく空戦フレームに乗った―――なぜか今回に限ってそう希望を出したサレナさんが標的の上空、真正面から射撃を仕掛け、
 「――――では、行きます!!」

 そして私の機体が背面から放った120mmカノンを一身に受けたその巨体は―――――


 ――――――ギィンッ!!!

 『…なっ、にぃいいいいいいいいいっ?!!』
 「えっ??!」
 突如その機動兵器の周辺に出現した、肉眼でも歪みが確認できるほど強力なディストーション・フィールド。
 その強固な障壁によってリョーコさんの機体は事もなげに弾き返され、サレナさんの放った弾丸はおろか、この私の重機動フレームの砲弾まで受け止めてしまいます。
 『―――…っ!』
 そして上空のサレナさんへと目掛けて、その一瞬のスキにグラビティ・ブラストを撃ち放つ敵機。
 それをある程度予測していたのか、寸前のところで躱すサレナさん。続いてその敵機に向かってヤマダさんが側面から―――リョーコさんとは逆側から突撃を仕掛けていって。
 『ヤマダっ!』
 『……今だくらえッ!!!――――ガイッ! スゥパアアアアアア……』

 遅れたようにしてそのヤマダさんの迫り来る方向に頭部を向ける敵機。
 グラビティ・ブラストを放った際に解除していたディストーション・フィールドを再度張り巡らせようとしますが、その前にヤマダさんの機体はトップスピードでその領域内へと侵入していって…!

 『…………ナッパアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』



 ――――ガァン!!

 「?!!」
 『……ちぃっ!』
 ウィンドウの向こうから聞こえてくるヤマダさんの悔しそうな声。そのヤマダさんの一撃を、惜しくも右腕で受け止めた敵機。そして肘の関節部から腕部が吹き飛んでいきますが……この程度で相手が大人しくなるとは思えません!
 「今です、皆さん!!」
 『おうっ!』
 『――まだまだぁっ!!』
 そしてここが機とばかりに一斉に攻撃を仕掛けようとする私たち。対する敵機は右腕を犠牲にヤマダさんの攻撃をなんとか受け流すと、不意に後方へ、私のほうへと後退して来て。

 ――――――絶対に、逃がしませんよ!


 …照準を敵機の背面中央に定める私。
 砲身を構え、思わず歯を食いしばってIFSコンソールを掴む右手に力を込めようとしたその時でした――――




 …………突然。そう、何の前触れもなく、眼前にいたはずのその巨大な機体はその姿をかき消したのは。


 「?!!」
 『『『なっ……!!!』』』
 リョーコさんとヤマダさん、そしてアカツキさんの驚くその声が私にも聞こえてきて。突然目標を見失った私は、心臓が跳ね上がるのを感じながらすぐさまレーダーへと目をやって。
 ……目の前で戸惑うように交差するリョーコさんとヤマダさんの機体。レーダーに補足されている敵機はイズミさんたちが抑えている機体1機のみ。

 (いったい、何処に…………?!!)

 『シーリー!! 右に避けて!』
 「?!!」
 そして不意に聞こえてきたサレナさんのその叫び声。
 反射的にその指示に従って、私は機体をフル加速で旋回させると右へと流して――――そのすぐ後方を『何か』が薙ぎ払っていって。
 『くそっ!』
 『まじかよっ!!』
 慌てたようにしてそう叫びながらその『何か』……レーザーを躱すリョーコさん達。
 ウィンドウの向こうでは、サレナさんとアカツキさんがそれぞれ……険しい表情と驚きを隠し切れないような顔をしていて。

 『――――――やっぱり…』
 『……まさか、ね。よりによってこいつは――――――』






 10.

 「―――――ボソン・ジャンプ!!」

 ……その廃墟になりかけたボロボロのビルの屋上、俺のすぐ隣で望遠グラスに目を当てながらそんな驚きの声を漏らすエリナさん。
 すっかり暗くなった夜のカワサキ・シティをネオンの灯が照らし出すなか、どう見てもゲキガンガーを真似たようなフォルムをした2体の木星蜥蜴が、ずっと向こうでナデシコのみんなと戦闘を繰り広げている。

 …そしてそんな中、パイロットの中でただ一人こんな所から眺めているしかない俺。
 すぐ目の前で出現した木星蜥蜴から、エリナさん達と一緒にただ逃げることしか出来なかった俺。
 一方で実験施設内にあった小型のチューリップから突如出現した『ソイツら』は、今もああしてカワサキ・シティの中央で無差別に暴れまわっている。

 「…………アキト君?」
 ふと、俺がその右手をきつく握り締めているのに気がついたのだろうか。イネスさんが訝しげな表情をしてそう言ってきた。
 そんなイネスさんの呟きには構わず、望遠グラスを手に苦々しい表情をするエリナさん。
 「―――まずいわね。1体だけでも正直手に余る感じなのに……」

 そのエリナさんの言葉を受けても、やはりここで見ていることしか出来ない俺。
 そして再び戦場へと目をやると、そこでは皆の動きに変化が起こっていた。




 11.

 『いいかい?! これから先、過度の近接戦闘は禁止だ!!』

 …突然焦った表情を僅かに顔に浮かべながら、そんな無理な事を言ってくるアカツキさん。そのアカツキさんの言葉に、予想通りリョーコさんが噛み付きます。
 『何ムチャ言ってんだよアカツキ! 近接戦闘なしで勝てる相手じゃないだろうが?!』
 『――――それでも、だ!』
 と、そのリョーコさんの言葉にさらに強い言葉をアカツキさんは返して。
 『…僕は報告書でしか読んでいないが、君らは火星で直接見てきたのだろう?! アレがもしクロッカスを飲み込んだチューリップと同じ原理のものだとしたら、無人兵器の向こうはともかく、巻き込まれた場合僕達は間違いなく即死確定だよ?』
 『あ…………』
 そのアカツキさんの言葉に。何かを思い出したような表情をしたリョーコさんは、続いてその顔を苦しそうに歪めて。
 『でもアカツキ、射撃戦だけでどうにかなる相手じゃないのはわかってるでしょ?』
 さらに効果はないとわかりつつも執拗に敵機に対して射撃を続けるサレナさんが、やはり険しい表情でそう言ってきます。
 その彼女に苦々しげな顔を向けるアカツキさん。
 『それはわかっている、何せ判断力まで今までの無人兵器とは一味違うからね。なんとかしてグラビティ・ブラストの後の隙をつければ………』
 『アカツキ! ゴメンそっち行った!!』
 「?!」
 と、それまでもう1機の相手をしていたイズミさんから焦った声でそう通信が入ってきて。

 ……ゴウンッ!!

 暗闇の中を駆け抜けていく黒い奔流。
 その一撃を躱しきれずに、アカツキさんの機体の脚部の先が巻き込まれ無残に潰れていきます。
 「大丈夫ですかアカツキさん?!」
 『まぁ、なんとかね。……しかしこりゃマズイな』
 ……と、そのとき。突然ヤマダさんが痺れを切らしたように声を張り上げました。

 『おいアカツキ!!』
 『……なんだいヤマダ君』
 その、いつもの自身満々なヤマダさんには程遠い、脂汗がにじみ出ているような表情を見て、冷静な司令塔の顔に戻ったアカツキさんが返事を返します。
 そしてヤマダさんが口を開いて。
 『今更後手にまわっても勝てるわけねぇだろうが! ここは思い切って、ヒット・アンド・アウェイしかねえ!!』
 『でもヤマダ!!』
 そのヤマダさんの言葉に、いち早く異を唱えるリョーコさん。それにすぐさま言葉を切り返すヤマダさん。
 『こっちはエステの拳とフォンの120mm砲しか有効手段がねぇんだ! 俺らでアイツに隙を作って、そこにフォンが一撃を打ち込むしか手段はねえだろ?!!』
 『ふむ、確かにヤマダ君の言うとおりだね。しかし前線に出る君らがかなりのリスクを背負うことになるのもまた事実―――』

 ……と、そんな思案顔のアカツキさんの言葉を、ヤマダさんはどこか困ったような笑みを浮かべながら遮りました。
 その悔しそうな笑みを私たちへと向けてきました。


 『――――ワリィな、アカツキ。俺にゃそういう戦い方しかできそうにねぇんだ。だからよ……―――』
 『………』

 その言葉を受け、表情を硬くするアカツキさん。彼と戦線をともにしてまだ半年足らずですが、その表情は何かを熟考している時のものだということを私は知っていました。
 一方私の手前150m程の位置で、リョーコさんの機体に攻撃を仕掛けていた敵機は不意にまたあの空間移動を行って。
 『――各機注意!! ヤツが跳んだぞ!』
 『…………そこっ!!』
 上空のサレナさんの機体から聞こえてくるその掛け声。
 サレナさんは不意にとある一点に機体を向けなおすと、その方向へライフルを連射して。
 続けてコクピット内に聴こえてくる―――微かな着弾音とアカツキさんのそんな呟き。
 『――――――着弾、した…?』
 そしてそれに続くように、今まで遠く離れたドックから戦況を見つづけていたナデシコのブリッジ……そのブリッジにいる艦長から通信が入ってきました。


 『アカツキさん。オモイカネによる分析を行った結果、どうやら敵機の空間移動にはある程度のパターンが存在するようです。
 加えて言えば―――』
 『…ああ、そっちは僕にもわかったよ。どうやら“ジャンプ”直後はディストーション・フィールドが弱まっているらしい、ラピッド・ライフルでも貫通させることは可能だね』
 ウィンドウの向こうで言葉を交し合う二人。
 なにやら不敵な笑みを浮かべる艦長。
 『はい。……ではこれより先、アカツキ機のモニタをとおしてオモイカネに敵機の出現パターンの分析を行わせますね。その後の指揮についてはアカツキさんにお任せしますので―――思う存分おもいっきりやっちゃって下さい!』
 『オーケイ、オーケイ。
 ではせっかくの艦長のお言葉、はりきって任されてみますか――――ってことで、ヤマダ君。リョーコ君とフォン君、サレナ君も』
 『…おう』
 「はい」
 『ん』
 『反撃、だな!』
 そしてようやくいつものような不敵な笑みを浮かべたアカツキさんに、私たち4人は声を返して。
 『まあ、聞いてのとおりだね。ヤマダ君の主張する精神論というか信念は置いておくとして…今回は君の主張する方法が最も有効そうだ。
 というわけでフォーメイションの指示だけど、まずヤマダ君とリョーコ君の二人が、相手にプレッシャーを掛ける意味での近接戦。くれぐれも無理はしないこ とと、例のジャンプに巻き込まれないよう気をつけることに細心の注意を払って。サレナ君と僕は主に上空から3人のバックアップ。
 ――――そして本命はフォン君、君だ。
 ベストの位置に相手が移動したときに指示を出すから、遠慮なく砲弾を叩き込みたまえ…!!」

 そのアカツキさんの言葉に、揃って肯く私達。
 画面の向こうでいつもの調子を取り戻したように、アカツキさんが勝利を確信させてくれるような笑みを浮かべます。

 「……では、いくぞ!!』
 「『『『了解!!』』』」


 …そしてアカツキさんのその号令の下、ヤマダさんとリョーコさんが真っ先に相手へと向かっていきます。
 牽制に頭部から撃ち放ってくるレーザー砲をお二人は軽く躱しながらそれぞれ、その強固なディストーション・フィールドの装甲へと突撃していって。
 続いて牽制にライフルを撃ち放つサレナさん。
 不意に『ジャンプ』を行った敵機をコクピットの中で私が確認すると、すぐさまナデシコからのデータを受けてアカツキさんが叫びます。
 『3から5秒後、ポイントD-54!!』
 『おっしゃあ!!!』
 その指示を受けて一直線に駆け出すヤマダさんとリョーコさんのエステ。一方このポイントを動かない私。

 ――――――まだ…………そう、まだです。相手が私にとってのベストポイントに移るまで、待たなければ。



 そして私はコンソールを掴む右手に、全ての神経を集中させていって。








 12.

 …間断なく続く、その攻防。
 言ってみればそれは、タチの悪い鬼ごっこのようなもので。

 何度となくジャンプを繰り返す敵の機体に、今までに数回、重機動フレームの砲弾を打ち込んでいくシーリー。
 さらにその上空を旋回しながら同じくライフルによる射撃を続けている私とアカツキだったが…いかんせん相手の装甲が厚すぎるため、サイズが違いすぎるために未だ致命打とはなっていない。

 『次、ポイントE-18!!』
 『了解ッ!』
 『どりゃああああああああああああっ!!!』
 そしてそんな、ウィンドウの向こうからの皆の声を聞きながら私は次第に心の焦りを増していく。

 ……そう、まだもう1体いるんだ。
 おそらく彼が―――『月臣』が乗っているだろう、もう1体の機動兵器。どこか見覚えのあるその機体。本当に彼が乗っているとすれば……私は彼をなんとしてでも捕まえなければいけない。彼にどうしても訊いておかないといけない。
 …確か頭部を狙うのはマズかった筈。でも胴体は装甲が厚すぎて、私の機体では明らかに致命打を与えることは出来ない。
 そうしていらつく心をなんとか抑えながら、懸命に機体を駆る私―――――


 「――――――?!!」

 そして突如戦場に、轟音と鈍い破裂音が響き渡った。








 13.

 「ヤマダ機、『ウミガン』のグラビティ・ブラストに被弾!!!――――――戦闘の続行は不可能ですっ!!」

 スクリーンに映しだされた、その機体。不意にもう1機の機体が撃ち放ったグラビティ・ブラストの衝撃に耐え切れず、装甲が歪んでいくヤマダさんの機体。
 その機体がなす術もなくカワサキシティの幹線道路の上に転がっていって。そしてその様に重ねるようにして、メグミさんの悲痛そうな声がブリッジに木霊しました。

 「ルリちゃん! パイロットの被害状況!!」
 すぐさま声を上げる艦長。
 オモイカネによるパターン分析を行いながら、傍らでエステのコクピット内モニタをスクリーンの隅に投影させる私。
 『――――う………』
 「一応の生存は確認できましたが…艦長、コクピット内モニタリングできません!」
 そして投影されたノイズだらけのウィンドウを見て、ノイズの中で聴こえてくるヤマダさんの呻き声を聞いて、心の隅に焦りと不安のようなものが浮かんでくるのを僅かに感じながら私はそう声に出して。
 「艦長、ナデシコはドックから出さないわけ?! このままだとエステは全滅しちゃうわよ!!」
 戦況が厳しくなってきたために余裕がなくなってきたのか、焦りの色をはっきりと滲ませながらムネタケ提督がそう怒鳴ります。
 それにたいして沈黙を保つ艦長。
 「いえ、相手も十分手傷を負っている…もう一息です!」
 ブリッジのクルーを、パイロットを鼓舞するように声を上げる副長。
 『……そこですっ!!!』

 ――――――ドゥウンッ……!!

 そしてもう何度目か、シーリーさんの機体が放った砲弾を首の付け根のあたりに受けた木星蜥蜴の機動兵器は、ゆっくりと背後のビルにもたれかかるようにして…ついにその動きを止めました。
 『よぅし、この勢いでもう1機もいくぞっ……!!』
 『『『了解!!』』』
 アカツキさんのその声に従い、急速に旋回していくエステバリス達。
 残存するもう1機の機動兵器、イズミさんとヒカルさんがなんとか牽制していたその機体へと残る全機が一斉に向かい―――



 ……と、
 『………………?!』
 突然ウィンドウの向こう、コクピットの中で。シーリーさんが一人――驚きに包まれたその表情を見せてきました。

 不意に動きを止めるシーリーさんの重機動フレーム。
 何故か時を同じくして、やはり動きを一瞬だけ止めていた敵の巨大な機動兵器。
 そしてその機動兵器は、頭部についている複数のカメラ・アイらしきものを二度三度と動かすと、途端に『とある』方向へと機体を向けなおして―――――
 『いけないっ?!!』
 急発進するシーリーさんの機体。例の『ジャンプ』を行う敵の機動兵器。

 (―――――オモイカネ)
 そして私はオモイカネの計算した、敵機の出現予想候補ポイントに目を通して。
 「?!」

 「…………アキトッ?!!!」
 「アキトさんっ!!」
 アカツキ機の望遠レンズを通して映し出されるその光景。
 たくさんのネオンに照らされた、カワサキシティのその一角。

 突然ブリッジの上からそう叫んできたユリカさんの、横手の席から同じような声を上げたメグミさんの見つめる先。オモイカネのはじき出したそのポイントの すぐ前にあるビルの屋上には…………険しい表情をして戦況を見つめているテンカワさんと、エリナさんたちの姿が映し出されていました。








 14.

 『……なっ?!――――おいシーリー! 何やってんだよっ?!!』
 『フォン君!!!』
 「え…………っ??!」

 スクリーンの向こう、アキト達が立つそのビルの屋上の手前、薄明るい夜の街並を全力で駆けていたシーリーの機体は何を思ったか『中空』に向かって飛び上がる。
 そして私たちパイロットの叫び声を無視するようにして、その場に現れた敵機の首筋に取り付くシーリーの機体。
 『ちょっとシーリー?! アカツキさんの言ってたこと忘れたの?!!』
 『問題ありません、跳ばさせる前にケリをつけますっ!! そうしないと……!』
 『落ち着けっ、シーリー!!!』
 …続いてヒカルのその呼びかけにも取り合う様子は見せずに、必死の形相でシーリーはその相手の首根っこへと砲弾を撃ち込んでいって。

 ――――ドンッ!! ドンッ!! ドンッ……!!!


 連続する発砲音、その衝撃に揺らぐ敵機。
 「……アカツキ!! 無理矢理にでも引き剥がさせるよっ!!」
 『それしかないか!』
 汗の滲んできた右手で、IFSコンソールを握りしめながらライフルを構える私。同じように、その端正な顔をゆがめながら応えるアカツキ。
 『――――――このオッ!!』

 そしてシーリーがその一言を発した次の瞬間――――



 ――――――ドンッ!!!


 …私の乗る空戦フレームの右手に構えたライフルから、一発の弾丸が放たれる。
 何故か非常にゆっくりと、まるでボールが飛んでいくような感覚で知覚されたソレが、ほぼフィールドの張られていなかったその敵機のいる空間へと辿り着いていく。

 そしてその弾丸を、アカツキの放った弾丸をもアームの部分に受け――敵機から瞬間切り離されるシーリーの機体。


 …………同時に、無情にも突如揺らぎ始めるその周りの空間。

 「??!!!」
 『――――!』

 その異変を瞬時に感じ取ってか、軽い爆砕音とともにフレームから飛び出そうとするシーリー機の、ライトグレーのアサルト・ピット。

 ――――そして次の瞬間。
 刹那の虹色の輝きが敵の機動兵器とシーリーの機体とを、時が揺らぐように包んだかと思うと……




 ―――ヴォンッ……!!

 『『『『!!!』』』』







 ―――――無音だった。

 ……黒い残像とともに掻き消える2機の機体。
 恐ろしいまでの沈黙が、一瞬にして永遠の沈黙がこの夜の街を支配する。

 まるでタチの悪い、光と影が織り成していく戯曲のように、色と輝きだけが沈黙の街を支配していく。




 …そして数秒。
 不意に現れる敵の機動兵器。
 所々何かに叩きつけられたような損傷の後を見せながら、轟音とともにビルへともたれかかるその機動兵器。
 そして。


 …………完全に『潰れた』残骸となってその横へと、翼の折れた小鳥のようにただ落ちていくエステバリス――――――




 『―――シーリー?! おい、シーリー!!!』
 『……駄目よリョーコ…コクピットが、もう『ない』わ…………』
 「――――!!」


 ……そしてその巨大な機動兵器――――そう、確か『マジン』という名前のその機体はゆっくりと……最期に破滅の鐘を鳴らすために起き上がったのだった。










 15.

 …………わからなかった。
 全然、わけがわからなかった。

 不意に残った1機の敵機が俺たちのいるビルのほうへと頭部を向けてきて、それに気がついたシーリーさんが機体をこっちへと駆ってきて。
 そしてアイツが跳んで、シーリーさんが出現したアイツの首に取り付いて、がむしゃらにカノンを首筋に撃ちつけていって――――――

 ――――そして、アイツとともにシーリーさんの機体はボソン・ジャンプして。


 …紙くずを丸めたように、くしゃくしゃに潰れた機体。
 ここにいた俺達を守ろうとして、そして文字どおりその命が消えていったシーリーさん。
 そして――――




 『――――――へえ……シーリーさんも火星に住んでたんですか』

 『はい、小さい頃に父の仕事の関係で。
 もっともすぐに地球に戻ってきちゃったんですけど…………そうじゃなかったらアキトさんとは、向こうでずっと前に会ってたかもしれませんね。艦長みたいにして』
 『あ……あはは、ユリカはまあちょっと色々と――――』
 『?? お名前で…呼んでいられるんですか?』
 『ああ、ゴートさんには前に一度注意されたんですけどね、風紀がどうこうって。…でもなんか癖になってるみたいで』

 『――――ふぅん………そう、なんですか―――――――』




 …………………不意に思い出される、シーリーさんと出会った頃のそんなやりとり。
 俺のそんな答えに、なんだか少しだけ不服そうな顔をしていたシーリーさん。

 その上そんなシーリーさんを嘲笑うように、ユラリとその身を起こすアイツ。




 「…………!!」
 もう我慢がならなくて、両の拳をただおもいっきり俺は握り締める。
 こんな所でただみんなが傷つき、やられていくのを見ていることしか出来なかった自分が情けなくて、心の奥が荒れ狂うほどに……赤く、黒く、強くてまた脆い感情に彩られていく。
 そしてそんな中、一人醒めたような声でイネスさんが呟いた。

 「――――最悪、ね」
 「…どういうこと? ドクター」
 怪訝な表情でそう訊ねてくるエリナさん。はるか向こうで立ち尽くすアイツを、冷たい瞳で見やりながらイネスさんは声を返して。
 「あの、胸部に露出させた機関はおそらく相転移エンジン。それを突然フル稼働させ始めたのよ?強力なディストーション・フィールドを張り巡らせながら」
 「――――まさか?!」
 「ええ、おそらくは自爆する気でしょうね。私達全員とこのカワサキシティを道連れにして。…………こうなるともう、打つ手なしかしら??」

 視界の向こう、歪んだ球の中心に立つアイツは、アカツキ達の必死の攻撃にもビクともすることなく悠然とその歩みを進めていた。それでも尚、ただひたすらに敵機に立ち向かっていく皆。
 そしてどこか不敵な笑みを見せながらイネスさんは俺のほうを見てきて。
 そのイネスさんの態度を見て、何かに気がついたように声を詰まらせるエリナさん。

 …そしてそんな中、俺の中で、様々な感情が湧きあがり、次第に何かの形あるものへと変化していくのがわかる。
 憎しみや哀しみ、後悔とはまた少し違う感情が…………火星でのあの日から今までに何度となく俺が垣間見てきたその感情とは、それまでとは違う感情が次第に大きくなっていくのがはっきりとわかる。



 ――――その…あの日の、あの時の火星。俺が蜥蜴から必死になって守ろうとして……それでも守れなかったあの子。

 ナデシコがついに助けることの出来なかった、火星の生き残りの人達。
 今ここで、突如理不尽なまでに俺の目の前から消えていった彼女……

 ……10年前のあの日、呆然とする俺の目の前で―――静かに息を引き取っていった父さんと母さん。


 そして………そして――――――――






 『………アキトぉ…………ごめんね、ごめんね。私の、せいで――――――』


 ――――その、記憶の底にある光景。
 火星の草原に立ち尽くし、ひたすらに泣きじゃくる幼いユリカ。
 …ただ悔しくて、涙を拭くこともせずに俯きながら歯を食いしばる子供の頃の俺。

 …………その俺にとっての、胸の奥に押し込めていた哀しい記憶――――心に残っている傷。
 今はもう認めざるを得ない、その違和感の正体。その深い傷。

 俺は俺の周りにいてくれる人達を……そしてなにより俺にとっての『大切な人』を、俺自身の手で守ることが出来ないのではという……どうしようもない程のその無意識のうちの恐怖。


 ……でも、今まで何度となく味あわされてきたそんな理不尽な恐怖に、哀しみに………俺はいつまでも怯えてはいたくなくて。
 そんな恐怖や哀しみを、全て打ち返して乗り越えられる人間に俺はなりたくて。

 そして何より、その辛さを知っているからこそ、誰にも俺と同じ思いは味わってはほしくなくて――――



 ―――――そう。だから俺は……





 (……もう、これ以上…悲しい思いなんかしたくない。誰にもさせたくない。…『あの時』みたいな、哀しい思いは。
 ――――そうだ、そうなんじゃないか。
 この気持ちをなんて表現したらいいのか…俺にはわからない。でも、目の前で誰かが、そんな悲しい思いをしているところなんて…………俺はもう絶対に見たくないんだよ!!)




 …………だから、俺は。

 俺は今、ここで。
 今ここでその思いだけを胸に。
 ここで俺にできる最善のことを尽くすしかないんだ。


 ――――――そう、悩んでる暇なんかないんだ。
 それが今、俺にしか出来ない……俺に出来るただ一つのことなのだというのなら…………!!!






 ――――そして真っ直ぐに、エリナさんの瞳を見つめる俺。
 どこか穏やかな、そして悲しそうな瞳を見せるイネスさん。どこまでも哀しそうなその青い目を向けてくるイネスさん。

 「………アキト、君?」
 そしてその戸惑うようなエリナさんの問いかけに……俺は答えた。
 全ての決意と、恐怖を振り払うためのありったけの意思を動員しながら、震える声でただ一言言い放った。


 「エリナさん――――――CCを、俺に……!!」










 16.

 ――――そしてアキトは唐突に、そのビルの屋上へと現れた。

 『艦長!』
 『――――?!』
 ウィンドウの向こうから聞こえてくる、ルリちゃんの声。
 『何やってんだよアイツ!!』
 リョーコの発したそんな叫び声。
 それらの全ての声に、聞こえず、構うこともなく、アキトは手にしていたアタッシュケースを敵機に向けて投げつけて。

 「――――――?!! あれは……!」
 『サレナ?!』
 そのケースから溢れ出た、小さな青い欠片たち。それをスクリーン越しに捉えた私は機体を一気にアキトの元へと疾らせる。
 続いてその結晶達は敵機のディストーション・フィールドへと取り付いていき、白くまばゆい光を放ち始める。

 (……って、もしかしなくてもアキトのヤツ――こいつをどこか遠くに『跳ばす』気なんだろね!!)

 それを見てそう、心の中で思いながら必死でその機動兵器を睨む私。


 …まさかのために機動力に優れる空戦フレームで出撃したことが、こんな場面で役に立つとは思ってもいなかったけれど。
 その思いもかけなかった瞬間に、私はただひたすらに『彼』の元へと駆けていく。
 『――――サレナ君!! いったいどういうつもりだ?!』
 と、いきなり焦ったような表情のアカツキから通信が入ってきた。それに対して私は思いっきり怒鳴り返した。
 「説明は帰ってきてから! アキトのヤツ、アレをどっかに跳ばす気なんでしょう?! このまま逃がしてたまるかってのよ!!」
 『な……どういう意味だい!? サレナく――――』
 ウィンドウの向こうで尚も執拗に食い下がろうとしたアカツキとの通信を強引に遮断した私は、続けてアキトとデカブツの横に入り、エステの右腕をフィールドへとつきたてる。
 そしてその巨大な機体を思いっきり睨みつける。

 (…………これで一緒に『跳べる』はず!! 彼には色々、聞きたいことがあるんだから!)


 「……サレナさん? 危険です、退いて下さい!!」
 そのビルの屋上、全身によくわからない幾何学模様を浮かび上がらせながら、アキトはそう叫んできた。
 よく見てみれば私の身体にも、いつのまにか同じような文様が浮き出ていた。
 私は彼に微笑みかけて、自分でもわからないくらいに落ち着いた声で話しかけていた。
 「…大丈夫だよアキト。なにせ1年前にも私とお前が経験したことをもう一度ここで再現するだけなんでしょ?……それに私、何言われたって退かないからね」
 「――――サレナさん?」
 ふと訝しげに、集音マイクにぎりぎり拾えるくらいの声でそう声をあげてくるアキト。
 「アキト、自分の身体を見てごらん? ヘンな模様が浮き出てるでしょ。大丈夫、私も同じになってるから…絶対に成功して帰ってこれるって」
 「ちょっと、あの」
 そんなアキトにそう言い返す私。
 出てきた言葉とは裏腹に、手にじっとりと汗がにじんでいるのがわかる。
 「……で、どこまで旅行に連れてってくれるのかな? アキト君。せっかくだからずーっと遠いところがいいんだけどな、お姉さんは」

 そして、ほんの僅かな沈黙が私達に訪れて。


 「――――――……ぷっ。ははっ――――こういうときでも相変わらずですね。サレナさん」
 「……相変わらずで悪かったわね」

 そしてその私のわざとらしい軽口に、脂汗が浮かびながらの強がった軽口に、アキトは今まで見た中で多分一番凛々しい笑顔を見せてきた。
 ……続けてうってかわって真剣な、大きな決心のこもっているだろう表情をしながら、私に言ってきた。

 「…………月です。この際だから思い切って月まで行きましょう、誰にも被害に及ぶことのないその場所まで。
 あそこならまたすぐに帰ってこれますし、ちょっと味気ない旅行になるでしょうけれど――――」
 「じゃあアキトもこっちに乗らなきゃね。到着した瞬間に窒息死は勘弁して欲しいし」
 ゆっくりとアキトの傍へと機体を動かしながら、エステの左手を慎重に、そっと差し出す私。
 その掌に飛び乗るアキト。

 ――――――と、不意に私たちを包んでいた白い輝きがその強さをまして。


 「??!」
 「………アキトッ!?」

 途端に視界が全て、あの時と同じような白い世界へと変わっていく。
 全てが白へと変わっていき、何もかもが見えなくなっていく。

 つまり。


 ――――――もう、間に合わない………!!






 ……そうして次第に、意識が遠のいていくのがわかる。
 私の心がぼやけていくのがわかる。

 ――――――だから。だから私はその最後に。
 意識がなくなりかけるその刹那に。



 (……ならせめて、もう間に合わないなら――――アキトだけでも安全な場所に―――――――)


 ――――最後に私はそれだけを願い、そして意識は白い奔流の中へと飲み込まれていった。








 (第3章へ)




 <第2章を終えて>

 …以上を持ちまして『メビウスの欠片』 の前半パート、1章と2章は終了です。
 あくまでお気楽明るく、そしておバカにをモットーとして書いたはずの2章だったんですが…どこをどう間違ってしまったのか。最後のAct4はどシリアス まっしぐらとなってしまいました。やっぱり2章の準ヒロインと言ってもいいかもしんない(?)彼女、フォン・シーリーことイツキ・カザマ嬢の『退場』はキ ツかったかなぁ…と、書き終わった今になってちょっと思ったりもしています。
 いっぽうで少しずつ本ヒロインぽっくなりつつあるかもしれないユリカは……始終メグミに押されっぱなし(笑)。
 ルリちゃんはルリちゃんで、なかなか表に出てきてない(汗)。
 ……いえ、これはこれでアリかなぁなどと思ったりもするんですけれど(思うな自分)。

 とまぁ、それはともかく。

 物語もちょうど区切りの上では半分まで来て、サレナのもっている『アキトの記憶』もほんの少しずつですけれど、その一部分が見えてきました。
 それに合わせるようにして、アクア(この話では半分オリジナル入ってますけど)をはじめとするクリムゾンの面々も顔出しを始めてます。何故かクーゲルも出てきてます。
 そしてここから先は正直…重い話、やりきれない話、そういうシリアスな内容が一気に多くなっていくと思いますけれど。それでもよろしかったら、最後までお付き合いいただければと思います。

 では、モデレでした。


 (…おまけ・サレナのイメージイラストへ)

 
(2004年11月 第2章加筆・修正)