Distraction Days

 SOMEDAY6

 

 

 

 俺の前には二つの選択肢がある。

 

 

 

 普通、人はこのような選択肢を前にすると迷いが生じる。

 

 それは選択肢の先にある未来を知りえないからだ。

 

 

 どちらを選べば自分にとってプラスとなるか………、

 数々の推察や予測を立て、はては無関係ともいえる事柄さえ引っ張り出し、

 きっかけになるもの、全てを考え、迷い、

 ようやく人は一つの選択肢を選ぶ。

 

 まれに迷う事で選択肢を狭め、

 ついには選択の自由すら失う事もある。

 だが、それはある意味では幸運な事なのかもしれない。

 時がくれば自動的に前に進む事が出来る。

 それは、例えその先に破滅が待っていようとも、

 立ち止まっているよりかは遥かにマシな行為だと言えよう。

 

 

 

 だが、俺の前の選択肢には時間制限は無い。

 俺の意志で選ばなければ前にすら進めない。

 

 

 さらに言えば、俺はこの二つの選択肢の先にある未来をすでに知っている。

 一つは俺にとって確実にプラスとなる未来。

 一つは俺にとって確実にマイナスとなる未来………。

 

 

 

 ………ならば答えなど最初から決まってるじゃないか!

 

 無意味な選択肢。

 無意味な迷い。

 そこに意味を見出そうとする無意味な自問自答。

 

 自由という事、それ自体が鎖となって俺を束縛する。

 

 

 

 ………この選択肢を俺に与えたのは『彼』

 全ては、この『図書館』に入り込んだ時から始まっていた。

 

 

 

 

 

『俺の大切な人たちが皆死んだ』

 

 

 『図書館』にいた少年の言葉を、俺の脳が理解した瞬間、

 俺は少年に向かって掴みかかっていた。

 

「ど、どういう意味だっ!!それはっ!!!」

 

 ひたすら感情に任せたままの叫び。

 だが少年は、平然と無邪気な笑みを浮かべて疑問に答えた。

 

「安心してください、殺されたの何だのといった物騒な話ではありませんから。

 皆さんがそれぞれ、納得のいく死にかたをしたという事です。

 中には百二十歳まで生きて天寿を全うした人までいますからね」

 

「…………え?」

 

 おそらくもっとも予想していなかった死にかたを言われ、

 掴み上げていた手を離して呆然とした。

 

「今のアキトさんは何も憶えてないでしょうけど、

 端的にいえばですねぇ………アキトさんはハッピーエンドになったって事ですよ!!」

 

 自分の事のように嬉しそうな笑みを浮かべて、

 少年は俺を祝福した。

 

 

 

 

「………アキトさん、コーヒーと紅茶どっちにします?」

 

「……………どっちでもいい」

 

「そうですか、じゃあ紅茶にしますね」

 

 

 

 あらゆる状況がわからず、混乱している俺に、

 少年は『全て』を説明してくれると言い、

 図書館の隣り、司書室のような所に案内してくれた。

 

「どうぞ、これでも味は悪くないと思いますから」

 

 出された紅茶のカップから、湯気とともに葉の香りが漂ってくる。

 この混乱した状況の中で、その匂いだけは日常を感じさせるものだった。

 頭がいくらか冷静になり、まず一番疑問を口に出した。

 

「………この状況を説明してもらう前に、

 まず、君が何者なのかを教えて欲しい」

 

「………僕についての細かい事は話し終わってから説明します。

 今話しても余計に混乱しますし、アキトさんにとっては重要な事ではないですから。

 ちなみに僕には名前はありません、お好きな二人称でおよびください」

 

 そう言ってまた無邪気な笑みを浮かべる。

 …………いや、違う。

 その笑みは決して、無邪気なだけではない。

 おそらく俺には表現できないような感情がいくつもその笑みに現れている。

 だから俺は、その少年を『彼』と呼ぶ事にした。

 

「………まず、最初に説明します。

 いままでアキトさんがいた世界、

 正しくは二回目の『逆行』で来た世界は、

 アキトさんが見ている夢の世界………それは本当の事です」

 

「………………」

 

 それは………なんとなく予想がついた。

 ここに来た時の、あの夢から覚めたような感覚が間違っていないという確認だろう。

 では………今の俺はどうなのだろう?

 現実に戻ってきたのか、それともこれも夢なのか………。

 

「ここはまあ、現実と夢の中間って事で置いといて、

 重要なのは現実のアキトさんの話です。

 今のアキトさんは忘れてしまっていますが、

 現実のアキトさんは『幸せな結末』を求めていたんです」

 

 …………それは、一回目の逆行の事だろうか。

 

「いいえ、今のアキトさんは最初の人生、一回目の逆行、

 そして二回目だと『思っている』逆行しか憶えていません。

 正しくは一回目と二回目の間があるんです。

 ………『本当』の二回目の逆行では、一回目と同じ所に戻っていました。

 違っていたのは、『遺跡』の力を完全に掌握していた事。

 それにより、『ジャンプ』を無制限に使えるようになった。

 そして、アキトさんはその力をフルに利用して歴史と戦い始めた。

 …………失敗したら『逆行』して最初からやり直すという事を始めました。

 まるで、ゲームのリセットのように…………」

 

「………………」

 

 ………それは恐ろしく、許されざる行為だと感じた。

 だが、もしもそんな事が出来たなら………、

 そんな事はやらないと………今の俺ですら言い切れない。

 ならば俺の知らない過去の『俺』もその行為を止める事は出来なかっただろう。

 

「もちろん、人の人生はゲームのような甘いものじゃない。

 常に無限の可能性が目の前に広がっており、

 あらゆる行動が全ての事象に少なからず影響を及ぼす。

 例え最低限の大切な人たちだけを幸せにしようと思っても、

 容易じゃない事は………一回目の逆行で気づいていたでしょう」

 

 ………確かに、あの時は予想外の出来事は起こりすぎた。

 一つの悲劇を防ごうとすれば、新たな悲劇が生まれてくる。

 ただ単純に『正解』を選択していけばいいゲームとは訳が違った。

 

「だが、アキトさんはついにやり遂げた。

 逆行した回数は軽く千を超える………、

 肉体はともかく、精神は既に人間の限界を遥かに超えていた。

 それでもアキトさんは自分と大切な人たちの幸せを掴んだ。

 そう、物語で言うハッピーエンドです」

 

 …………まさしく人の執念……か、

 ………………だが、

 

「……………話は、ここで終わらない」

 

「………ええ、エンドマークがついてしまった物語の続きです。

 悲しいかな所詮人間は必ず老いて死ぬ。

 それはアキトさんの大切な人たちも例外ではなかった。

 だが皆、自分の死を納得して死んでいった。

 アキトさんもそれに抵抗しようとは思わなかった。

 生きるものは死ぬ、それは人間としての物語の終わり。

 物語を終わらせないのは、その価値を全て捨てるようなものですから。

 …………そして、それこそがアキトさんが受けた罰。

 幸せを、『力』でもぎ取った者への代償。

 

 

 アキトさんは死にぞこなった。

 

 

 周りの人が次々と死んでいくのに、

 自分だけは変わらずに生きている。

 その時になって初めて気づいた、自分の体の異変を。

 原因は度重なる逆行で精神が異常に進化し、

 それに附随して肉体が生物の限界を超えた………、

 いや、もっと単純にズルをしたアキトさんに天罰が下ったのかもしれない。

 それは、もはやリセットできるようなものじゃなかった。

 

 そして、周りの人がすべていなくなった時、

 アキトさんは夢の中に逃げ込んでしまった。

 罪を全て忘れて、ただ幸せだけを求めて。

 それが、今いるアキトさん………あなたです」

 

 

 

 ……………言葉がなかった。

 周り全てが消えていき、最後には自分一人になる。

 そして自分一人になっても、物語を綴らなければならない。

 それは残酷過ぎる仕打ちか………、

 それとも、罪を犯した者への妥当な罰か………、

 …………だが今ならわかる。

 夢の中がどれだけ幸せだったのかを。

 みんながいるあの場所が…………。

 

 

「さて、過去の話はこれで終わりです。

 それでは、未来の話に移りましょう」

 

「………………?」

 

 『彼』は、まだ話を続けようとしている。

 

「言ったでしょう、『全て』を説明すると。

 今アキトさんの前には選択肢が二つあります。

 現実に目覚め、永遠に生き続けるか、

 再び眠り、永遠に夢を見続けるか」

 

「なっ………それは、どういう…!!」

 

 激しく動揺している俺を無視して『彼』は立ち上がりドアに向かう。

 

「時間制限はありません、その代わり選ばなければ前にも後ろにも行けない。

 ………決まったら、僕に声をかけてください」

 

 そういって、最後に酷く無邪気な笑みを浮かべて、

 

 バタンッ!!

 

 『彼』は司書室を出て行った。

 

 

 

 

 そして……………俺は迷っている。

 

 答えなど決まっているのに、迷っていた。

 永遠を一人っきりで過ごすか。

 夢であっても、皆と一緒に過ごすか。

 どちらがいいか分かりきっているのに、迷っていた。

 

 何故迷っているのかさえ、もうわからない。

 

 

 

 その時、

 

 ガチャッ!!

 

「あー、まだ迷ってます?」

 

 ばつが悪そうな表情をして『彼』が戻ってきた。

 この部屋には時計がない。

 飲まないでいた紅茶のカップを見ると、まだ湯気が立っていた。

 それほど時間はたっていなかったのか………?

 ………いや違う、そうじゃない。

 おそらくこの紅茶は、いつまでも暖かいままだろう。

 

「いやー、僕としたことが、

 そういえばこの場所の事を話していませんでしたね。

 アキトさんにはあまり関係ない事ですけど………聞きます?」

 

「……………うん、頼む」

 

 なんでいい、現状を変えるきっかけが欲しかった。

 

「ここは世界を物語、つまり『本』にして保管してある所なんです。

 世界をバックアップしている所って感じですかね。

 アキトさんの話もここの本で読んだ事です。

 しかもこの図書館の凄い所はですね、

 世界が保有しているあらゆる可能性を本にしているって所です!

 これによりジャンルはファンタジーやSFなものまであり、

 理論上は無限に本があり続けるんですよ!!」

 

 そう話す表情は本当に嬉しそうで、

 初めて『彼』の屈託のない笑顔を見たような気がした。

 

「じゃあ、その図書館に住んでいる君は何者なんだ?」

 

「僕はまあ、司書の真似事をしていますが実際はただの居候で……」

 

 そこで『彼』は若干の間と微妙な表情を作り、

 

「……僕は本が読みたいがだけに、全てを捨てて永遠を選んだんです」

 

「っ!!?」

 

 驚いて俺は『彼』を見つめる。

 予想外な所から、手掛かりが出てきたような気がした。

 

「小さい頃から本が好きで、

 偶然この図書館に迷い込んで、

 あまりの本の多さに全部読もうとして居座り続けたら、

 もう元の世界には戻れなくなっていました。

 でも、僕は後悔はしていません。

 本が一番好きだから、二番目以降は全部捨てる。

 それが僕の選んだ道です。

 …………まあ、幸せかって言われたらちょっと首を傾げますけどね」

 

 そう笑って、『彼』は話を終えた。

 

 

 俺はその話を静かに反芻していた。

 俺にとって一番の事、二番目以降の事………。

 思えば、俺は欲張りだったのかもしれない。

 何かをやり遂げる為には、一つに絞らなければならなかったのかもしれない。

 たった一つ………、

 俺にとって一番『大切な』………………。

 

 

 

 

「………………決めた。

 俺の、選んだ道を…………」

 

 

 

 

「そうですか、では」

 

 『彼』はそういうと、一冊の本を手渡してきた。

 

「これがあなたの未来への本です。

 これを読めば、アキトさんの望んだ物語を綴る事が出来ます」

 

「そしてその物語を、君が読むというわけか」

 

 そういわれると『彼』は苦笑し、

 

「ええ、『読者』として必ず読ませていただきます。

 もっとも、批評や感想は期待しないでください。

 これでもかなりの物語を読み込んでますので、

 普通の人よりかは、辛口ですから」

 

 

 ………そうだな、これからの俺の物語は、退屈そうだからな。

 

 

 

 

 俺は静かに、本を開いた。

 

 

 

 

 Real or Dream?