逆行者+突破者
第二十四話「邂逅×昇華」
「天狼よ、ご苦労だったな」
ツバキさんを北辰さんに引渡した時、
いきなり柄にも無いことを言ってきた。
「やめてくださいよ、北辰さん。
ねぎらいの言葉なんて言われたら驚いちゃうじゃないですか」
ある意味、恐怖体験ですよ。
「用が済んだら僕はとっとと帰りますよ。
アキトさんのとばっちりはごめんですからね」
これから別にさらってきたラピスさんとメグミさんを使って、
アキトさんを誘い出し、捕まえるらしい。
やれやれ、無謀な事をするもんですね。
「ほう、お主でも戦神には恐怖するか?」
「あたりまえですよ、兵士Aが勇者にかなうわけがないじゃないですか」
苦笑を浮かべながら帰ろうとし、
「あっ!そうそう!」
一つ聞いておきたいことを思い出し振り向く。
「そういえば、何でツバキさんを捕らえたりしたんですか?」
「ふっ、山崎の奴が欲しがっていたのでな」
そう子供が見たら泣くこと必至の笑みを浮かべて言い、
ツバキさんをかかえて北辰さんは行ってしまった。
………あっ!!
ツバキさんの左腕を渡すの忘れてたっ!
……………まっ、いいか。
とりあえず持って帰ろう。
………白い、霞のような夢の中………、
機械ですら覚醒したと悟らせないくらいの薄い意識を目覚めさせる。
…聞こえてくる、二人の話し声。
「……しかし、何故このような奴を手に入れようと思ったのだ?」
「うん、本当は面白い精神構造しているって深雪君からなんだけど、
さっきのデータを見て気が変わったね」
…聞いた事のあるような嫌な声と、
聞いた事の無いような癇に障る声。
「ナノマシンが普通とは違う動きをしているんだよ。
しかもこの動きを天才的な僕の頭脳で計算すると、
生命維持のような本能的な動きじゃなくて、
あたかも自分の意志で動かしているようなふしがあるんだ」
「ほう、それでどうしようと?」
「この遺跡から採取したナノマシンを入れてみようと思うんだ。
うまくいったら解析不明だったナノマシンの機能がわかるかもしれないからね」
「……普通の奴らでは駄目なのか?」
「んっ?普通の人たちはみんな発狂死しちゃったよ。
だから特別っぽい…えっとツバキ君だっけ…で試すんじゃないか」
声はそう言うと、僕の脊髄に冷たい針を差し込んできた。
そして針から入り込んでくる何かを知覚する。
と同時に、
僕の意識は白い靄とともに霧散した………。
俺は、慣れ親しんだ暗い闇の中ではなく、
白く眩しい光の中にいた。
……………だれ?、私に触れてきたのは………
眩しい光の中で、俺の身体はまったく見えず、
それどころか、身体の全ての感覚が剥ぎ取られていくようだった。
………ユリカじゃない……アキトでもない………
これは………誰かが俺をハッキングしている?
そう思っている間に、五感の全ては奪われていた。
………この感覚……ジャンパーですらない、普通の人?
ならなんで、私に触れられるの?………
はっ、どこの誰だか知らないが、ずいぶんと好き勝手してくれる。
それは俺の物だ、奪い返させてもらう。
………っ!?まさか……そんな………………
俺は感触のない右手で拳を創り、見えない視界である場所を視据える。
場所は、さっきから聞こえもしないのになんかうるさいと思っていた場所。
………あ……あなたは……突破者っ!?………
ありったけの力を拳に集め、負荷に耐え切れず腕の血管が千切れる。
だが、今の俺には些細な事だった。
………そんな………今頃になって………
なぜなら、今の俺は『鬼』なんだと自覚していたから。
『鬼』の俺にとって、血は力の糧にして破壊の奔流。
一片の躊躇もなく、俺は『力』を敵に叩きつけた。
………えっ?……っ!、きゃぁぁぁぁぁっっっ!!!………
パキィィィィィンッッ!!!
澄んだ破砕音を響かせながら、壊れる空間。
そして、虹色に輝く自分の身体を見つめながら、
俺は偽りの夢から目を覚ました。
再び目を覚ましたそこは、馴染み深い暗い闇の底。
アイツと俺が殺しあう、本来の夢の中だった。
「只今戻りました〜」
シャクヤクに帰艦して舞歌さんに一応顔を見せておく。
「………ずいぶん早かったのね、深雪君。
それで、北辰と何の悪巧みをしてきたのかしら?」
疑い100%の冷たい視線で笑みを浮かべながら詰問してくる。
まあ、否定しませんけど。
「さて、何の事でしょうか?
僕は一身上の都合で休みを貰っただけですが」
「そうやってとぼけても……………」
………ん?台詞の途中で不自然な間。
舞歌さんは僕より上の方を見上げて呆然としている。
不審に思い自分の真上を見上げて見ると、
…………虹色の光?
何も無いところに虹色の光が集まり、
見る間にそれは、人の形を成していった。
そしてそれは……まあ当然の事ながら、僕めがけて落ちてきた。
「うどぅわっ!!」
とっさに横に避ける。
ベシャッ!!
落ちてきた人はマンガみたいに床にぶつかった。
………痛ーい沈黙が部屋を支配する。
それにしても、この人………!
「……次元跳躍?……そんな、何の設備も無しに?」
「えーと、舞歌さん。シリアスに驚いている所悪いんですが、
この人、気絶しているみたいですよ。
それに…………この人多分、ツバキさんです」
……光、照明の光と白い天井を見ながら一言。
「……知らない天井……」
「起きていきなりベタなネタですか?アヤトさん」
僕の隣から、聞き覚えのある声。
この声は………深雪?
「何で深雪が?………それにここは?」
いいながら、酷くだるい身体を無理矢理起き上がらせる。
僕が寝ていたベットの隣で、椅子に座っている深雪。
部屋は………何の変哲も無い普通の一人部屋。
………所々に妙な物も置いてあるみたいですけど。
「ふう、それは僕が聞きたいことですよ。
突然現れるし、なんかいつのまにかバージョンアップしてるし」
溜め息混じりに深雪が言う。
?………いったい何の事でしょう?
鬱陶しい髪を左手で掻き揚げながら考え………。
…………今、僕は何をした?
慌てて左手を目の前に持ってくる。
握ったり開いたりして動きを確かめる。
ちゃんと動く………僕の、左手?
「ああ、やっぱり本物の左手なんですか?
でもおかしいんですよね。斬った手応えはあったし、現に……」
「鏡っ!ここに鏡はありませんかっ?!」
突然弾かれたように叫ぶ僕。
僕の想像が正しかったら、僕は………。
「えっ?!……ああ、そこに全身鏡が……」
皆まで聞かず、飛び起きて鏡の前に立つ。
そこには………、
「………っ!」
息を呑む。
鏡の中に居る人物は、年の頃16歳ぐらい。
ぼさっとした黒く、背中まである長い髪で、
前髪の一房だけ銀髪をしていた。
その長い髪と女顔のせいで、傍目から見たら立派な女性だ。
斬られて失っていたはずの左腕は、何事も無く存在していて、
抉られたはずの左眼は、金色になって復活していた。
だが、そんな事は些細な変化だった。
本当に知りたかった、最優先の変化は、
残された、本来なら濁った血色をしていた右眼。
それが………澄んだ赤い、深紅の色に変わっていた事。
「……ふ、ふふ……」
苦笑がこぼれる。
この右眼の意味を、僕は嫌というほど知らされていた。
………アイツから。
「ははは……、あはははははっ!」
もう、笑うしかないよね。
僕は……ついに人間で無くなったんだから。
………もはやこの身すら、『鬼』と化したか………。
「あははははっ!……はぁ、はぁ」
ひとしきり笑った僕に、深雪は唐突に声をかけた。
「…………………頭、壊れましたか?」
即座に赤いエンタイトルツーベース君(三倍)でテンプルを殴打した。
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