Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT2 〔再出発〕
天道ウツキ編
「その刃は友の為に」
それは、いつもと変わらない日常の筈だった……。
『さて、今日は張り切っていくわよ!』
『力みすぎるんじゃないぞ。勝負は余裕があるほうが勝ちなんだから』
『あなたはいつも本番で固まるクセがあるからねぇ』
『もう、今日に限ってそれは無いって!
それじゃあ言ってきます!』
朝早く、古びた小さな一軒屋の前で繰り広げられる、何処にでもある家族の姿。
元気一杯に出かけていく女の子に、その姿が見えなくなるまで手を振ってくれている親。
「とう……さん、かあ……さん」
懐かしい。
これは、私の両親だ。何年ぶりに顔を合わすだろう?
でも何でだろう?
久しぶりの再会なのにちっとも嬉しくない……。
……?!
さっき、家から出たのは……私?!
小さな身体に不釣合いな竹刀を背負って、一生懸命走っているのは……昔の私!
じゃあ! じゃあこの後には……。
「駄目!! そこにいちゃ駄目!!逃げて!!」
そう叫びたいのに、喉のすぐそこまできているのに、言葉は発せられない。
何でこんなときに限って!
お願い、お願いだから気付いて!
お願いだから……!
だがそんな願いも虚しく、私の目の前で、両親の姿は掻き消えてしまった……。
両親だけではない!
私の家が、隣近所が、町全体が……遂にはコロニー全体が炎に包まれて消えていく!!
その炎の中に私はたった一人……何も出来ずに、いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
……私は、私自身の悲鳴によって意識を取り戻した。
夢とは言え、あと少しでもあそこにいれば、私は狂っていた。
突然訪れた両親との別離。永遠に失われてしまった故郷の最期……。
何故今になってこんなものを……二度も見れるようなものじゃ、無い。
「あ、気が付きました?
お身体の方は大丈夫ですか?」
誰かに呼ばれ、初めて私は今の状況に気が付いた。
パイロットスーツは脱がされ、今は寝巻きのようなものに着替えさせられ寝台の上に寝かされていた。
寝台と言っても戦艦のそれとは違い広く……柔らかい。
「私は……確か……」
「散歩していたら海岸に倒れていていたのでビックリしました。意識が戻って本当に良かった……」
そう言って安堵した表情を見せる一人の少女。
おっとりした雰囲気と優しい瞳、それに短い金髪のせいで随分幼く……。
金髪?!
そんな人間木連にはいない!!
「す、すいません! ここ、どこですか?!」
「テニシアン島にある私の別荘ですけど……何か?」
「べ、別荘って……」
私が唖然とする中、少女の髪がサラサラと音を立てる。
首を向けると、そこには開け放たれた窓があった。そこから見えたのは……。
「水平線……太陽……ここは……地球?!」
「そうですか……軍のシャトル事故でこちらに墜落してしまったんですね」
「え、ええ。そういう事になります、はい」
我ながら苦しいいい訳だが、今の私にはこれが精一杯だった。
私は確かに優人部隊の一員として月軌道で戦い、友軍を庇って被弾した筈だ。
だが今は、地球の熱帯に近いテニシアン島にいる。
何度考え直してみてもおかしい話だ。
テツジンに大気圏突入能力などなく、それ以前に“ビックバリア”を突破できる筈も無い。
捕虜になったのかと勘ぐったが、私の手持ち品をいともあっさり返す所からも、目の前の少女は間違っても軍人でない事は確かだ。
気になるのは周囲に散らばっている気配。
誰かを監視しているのだろうがその気は私には向けられていない。どういう事だ?
「助けてもらってありがとう……私はウツキ。天道ウツキです」
「はじめまして。私はアクアといいます、星のお姫様♪」
「え?」
「いえこちらの話です……よかったら朝食など如何ですか?
折角のお客様ですもの」
幸いにも私の受けた傷は浅く、十分起き上がれる状態だった。
目の前の少女に悪意は無い……そう判断した私はその誘いを受ける事にした。
「では、アクアはこの島にずっと一人で?」
「はい。親が用意してくれたこの別荘で養生しています」
彼女本人が作ったという朝食を御馳走になったが……おいしい。
彼女自身の腕も然ることながら食材の新鮮さは木連の比ではない。
いや比べる方がおかしいぐらいだ。
……こんな所でも地球と木連の国力差を思い知らされた。
木連にはここまで豪華な食料を生産できる余裕も、一人の少女が養生しつつ料理の腕を磨くということも出来ない。
皆ギリギリの生活を強いられている。
私なんて鍛錬に忙しくてまともに料理なんてとてもとても……いや、これは単なるひがみかも。
「それはそうと……どうですか?
私の料理?」
「え?
う、うんとっても美味しいけど……ちょっと酸味がきつくない?
舌が痺れるぐらい……!」
いや、舌どころか身体全体が……?
そう気付いた時はもう遅かった。
椅子から立つどころか首一つ動かせそうに無い。
「……どうやら薬が効いてきたようですね」
「ぐ……! な、何を!」
馬鹿な……さっきまでは何の悪意も感じられなかったのに……?
動けない私の前で彼女は……何故か酔っていた。
「ああ……これでやっと私も悲劇のヒロインになれる!
出来たばかりの友人と悲劇的な最期を遂げる薄幸の美少女……ああ、素晴らしい……」
「な……なに……それ……」
その目は正気ではない。
病気って……まさかこの事だったのか?!
周囲を探るとあっちこっちから溜息を付く声が。
どうやらこの“発作”、彼女にとってはいつもの事らしい……。
だがそれに付き合わされる私は……たまったものではない。
どんな困難にぶち当たっても、どんな悲しみに襲われても……私は一人で乗り越えてきた。
頼れるものがいないからだ。
親が死に、親戚知り合いも故郷ごといなくなって、あるのは木連の一市民としての最低限の保障のみ。
何処にも、私のような独り者を養ってくれる物好きはいなかった。
だから私は自分だけの力を頼るしかなかった。
国を後見人にし、国に己を売り込もうとしたのだ。
その為には、好きでやっていた剣道を極めざるを得なかった。女としての自分を捨て、年相当の楽しみも味わう事無く、私は一心不乱に自分を鍛え上げた。
……お陰で何とか学校に入る事は出来た。だがそれだけではせいぜい木連挺身隊止まり。そう思っていた……。
その予想を覆してくれたのが、私の最初の友人イツキだ。
あの頃私は、女だからと舐められたくなかったのでかなりキツい人間だった。
誰もが腫れ物を扱うようにしていたのに、何故か彼女が始めて声を掛けてくれた。
全てを捨てていたつもりだった私は、最初こそ邪険に扱ったが……それが間違いだと直に気が付いた。
全てを捨てると言う事はそれ即ち外道に落ちること。
そこまで割り切る事は……できていなかったのだ
それをはっきりと再確認したのは、同時に私の人生の転機となったある事件での事だった。
訓練所の一部の下衆な男共が、ほんの些細な事に文句をつけイツキに食ってかかっていたのだ。
そこで私が庇い立てしたのだが……他人の事にはとことん無頓着だった私には珍しい行動だった。
やっぱり心の何処かで、私はイツキの存在を認め、気に掛けていたのだなと今更になって気が付いた。
その後でふと私の目に飛び込んだものがあった。
『何? これ』
『え? ああ……これ?』
そう言ってイツキが腰のホルスターから抜いたのは銀色の棒のようなものだった。
『心刀って言って、まだ試作段階の粒子兵器なの……持ってみる?』
長さはリレーのバトンぐらいだろうか。結構重量がある。
『博士……いえ、お世話になっている人から試しに持ってみろって言われたんだけど、上手く扱えなくて。他の三人は見事に使いこなせているのに……私ってばまだまだ』
『ふむ。ボーっと光って綺麗ね』
『へ?!』
適当に触っていていきなり刃が出たのでそれで遊んでいたのだが……その時のイツキの慌てぶりといったら、今思い出しても笑える。
丁度その時、さっきあしらった筈の連中が大勢連れて戻ってきた。
木刀やらなにやら持ち出して……よっぽど私にやられたのが気に食わなかったのだろう。
『借りるわよイツキ。ちょっとこいつで痛い目に遭わせてあげるわ』
『ま、待って!』
イツキが止めるのも聞かず私はそいつら相手に心刀で相手をし……激しく後悔した。
私は木刀を叩き落とすつもりだったのに……心刀は、向かってきた相手の手首ごと切り落としてしまったのだ。
剣道をやっていたが、それはあくまで武芸として。人を必要以上に傷つけるつもりなど毛頭無かった。
それなのに……私は、この輝く刃で人を斬った。
『う、嘘……私そんなつもりじゃ……あ、あぁぁぁ!』
『貴様らぁ! そこで何をしている!!』
自失状態の私を救ったのは……同じ様に心刀を持った三人の男達だった。
イツキが言っていた心刀を託されし三人……彼らは後に、木連三羽烏と呼ばれる事となる人達だった。
あの時の事を、私は混乱していてよく覚えていない。
だが結果だけは確実に残ったのだ。
私が人を殺しかけたという結果は。
私は刑務所に送られるものとばかり思われていたが……実際、送られたのは訓練所だった。
しかも……。
『優人……部隊?!』
『そうだ。君も栄えある優人部隊の一員となるべく、俺達と共に修練を積むんだ』
月臣さんという人にそう伝えられた時、私は耳を疑った。
優人部隊といえば木連最高のエリート部隊、私などが幾ら頑張っても届かない高みだったのだ。
『な、何故です?!
私は罪人なのに……こんな』
『何を言っている、君は自分の身を守っただけだ。婦女子に乱暴を働こうとする輩など人間の屑だ。気にする必要は無い。それに……君には素質がある』
『素質?』
私がそう訪ねるよりも月臣さんは、布に包まれた何かを取り出した。
それを私の前につき出したまま、月臣さんは黙っていた。私は仕方無くその包みを解いた。
『!!』
中身を見て思わず私はソレを落してしまった。
美しく銀色に輝く筒に、私の恐れ慄く姿が映りこんでいた。
『この心刀は、選ばれた者しか使えない特殊な武器。優人部隊でも、俺と白鳥と秋山しか扱えなかった代物だ。それを君は使える。君は、数少ない心刀の使い手なのだ』
『そ、そんな……無理です……また人を、傷つけたり……殺めたりしそうで……怖い』
『逃げるな!!』
月臣さんの喝は、完全に自信を喪失していた私を大きく突き動かしてくれた。
『確かに刃は使い道を誤れば人を傷つけ、血を呼ぶだろう。だが、正しく使えば弱者を守る力にもなる!
友を、家族を、国を! そして我らの正義を守る為の刃もあるのだ!
己を磨け、心を磨け! 心刀を持つ者として恥じぬ人間となれ!!
そして、俺達と共に木連の正義を貫こうではないか!!』
力強くこう言うと、月臣さんは私が落とした心刀を改めて差し出してくれた。
その真摯な姿勢に感動した私は……覚悟を決めて心刀を掴んだのだ。
そして私はより一層鍛錬に励んだ。
肉体的のみならず、精神的にも、人間としても己を鍛えていった。
そして遂に正義を貫くべく戦地に向かったのだが……今は、痺れ薬の効果が切れるまでただ待つしか無い、無力な女だった。
「考えろ考えろ私〜! こんな情けない所、恩師である月臣さんには見せられんぞ!!」
何とか腕ぐらいは動かせるが、まだ身体は動かせない。
ベットに寝たきりの状態である。
あの後……更に妄想の世界に入り込んだアクアを尻目に、黒服が私を元の客間に運んでくれたのだ。
彼は思いっきり同情を込めた目で私を見つめていたが、そう思うなら助けて欲しい。
彼女の護衛が主任務の筈だが……こんな事にもつき合わされなければならないとは……合掌。
「今は待つしか無いのかな……はあ」
半ば諦めかけたその時だった。
何かが燃える匂いに気が付いたのは。
「!!」
猛烈に嫌な予感がした私は、不自由な身体を引きずってベッドから這い出した。
ドサリ、と思いっきり床に叩きつけられるが、構わず腹ばいのままテーブルの上を片手で探る。
そしてひんやりとした感触を持つ心刀を掴み取り、私は這うようにして出口に向かう。
「無事か!!」
そこに飛び込んできたのは私を運んでくれたさっきの黒服だ。
医療セットを持った彼は動けない私に何かを注射した。
途端に、私の体の自由が戻っていく。
「これは……」
「解毒剤だ。これで動けるだろう……」
「な、何が起こっているの?!」
直後、何処か遠くで爆発音が響いた。散発的に上がる銃声。そして……悲鳴。
「何者かがこの屋敷に侵入した……目的は恐らく、アクアお嬢様。奴ら念入りに屋敷に火まで放ってやがる!」
「何ですって?!
あの子まさか自分が死ぬ為に殺し屋まで雇って……」
「本気でお嬢様が死を望んでいると思うか?!」
何故か必死の黒服の言葉に、私は黙り込んでしまう。
「お嬢様は……クリムゾン家の跡取り娘として生まれたが為に、ずっと一人だった……仕事の為に親とも会えず、友達も作る事もできず……寂しさの余り彼女は死まで考えた。その結果があの行動さ……ただ単にかまって欲しかっただけなのに、両親はお嬢様をこのテニシアン島に閉じ込めた……こんな風に育てた自分らの責任を棚に上げてな」
「な……!」
実の娘を邪魔者扱いし、あまつさえ監禁するなど……私には信じられなかった。
「だがな……お嬢様は決して正気を失ってはいない。今だって、おまえさんを助ける為に俺を護衛から外して向かわせたぐらいだからな」
「!!」
「自分が殺されかかっているっていうのに大した人だよお嬢様は……と言う訳で絶対に逃げ切れよ。お嬢様と、俺が命を賭けたんだからな……」
「……え?」
そこまで言って黒服は倒れ伏した。
見ると、背中にはどす黒い染みが広がっている……。
「わ、私なんかの為に……ごめんなさい……」
この犠牲、無駄にはできない……。
私は心刀を掴み、しっかりとした足取りで部屋から脱出した。
既に廊下は煙が充満して危険な状況だった。
だが、私はこのまま逃げる訳にはいかない。
「……もう逃げ出したりはしない……逃げてる暇も無い!!」
気合と共に心刀が発現し、煙の中で煌々と輝いている。
「せいやぁ!!」
そこからは単純だ。ただ真っ直ぐ進めばいい。
途中に壁があっても心刀で切り裂いて突破していくのみ!
一刻も早くこの場から脱出しないと……だが逃げる前にやるべき事が一つだけ残っているのだ。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
幾つか壁を崩壊させつつ進んでいると……いた、アクアだ。
細い糸のような物にがんじがらめにされてぐったりとしているが、まだ息はある!!
「アクア!」
私はその戒めを解こうと部屋に踏み込んだが、咄嗟に心刀を横に凪ぐ!
鉄の焦げる嫌なにおいがして、何本かの糸が焼け落ちた。
「……私の一撃を見切った?
只の小娘が……ま、偶然ね」
などと決め付ける紫のスーツの女。
どうやらこいつがアクアを縛り上げたらしい。
それにしても何とマニアックな縛り方を……。
「偶然?!
馬鹿にしないで。あなた達の攻撃なんてバレバレ……よっ!」
向こうから見れば突然私が心刀を腹に立て、切腹したように見えたかもしれない。
だがその実、私は右脇から心刀を後ろにつき立てていたのだ。
背後から迫る気配に向けて……。
「ガッ……」
「イン?!」
小柄な男が私の後ろで倒れている。
これで相手も私が運が良いだけではない事を悟っただろう。
「光学迷彩を見破るなんて……しかも一撃で致命傷?!」
「温度よ温度。このクソ熱い中、熱の流れをかき回して動き回っているんだから……後に立ってもらったら大分涼しいからね」
「クッ……」
「ちなみに貴女の攻撃はもっと簡単……その糸にこびり付いた血と膏(あぶら)……鼻につく匂いがするわ」
そう言いつつ早速飛来してきた糸を一つ残らず焼き払う。
只の刀だったら危なかったかもしれないが、こちらは粒子兵器。
戦艦の外壁をも貫くエネルギーを秘めているのだ。鉄線ぐらい瞬時に蒸発してしまう。
「貴女、超能力者か何か?!」
「気配を感じ取るのは剣士として絶対に必要な事……私だって、好きでこんな技手にした訳じゃない。生きていく為に仕方なく鍛えたのよ。自分自身を」
「そう、貴女も大変ね……」
何故か同情が篭った目で女が私を見ている。
どういう事だ?
「たかが暗殺に時間を掛け過ぎたみたい。おまけにインが損傷……思わぬ損害ね。Dが呼んでるからもう帰らせて貰うわ、じゃあね」
そう言うと女は私の横を通って、倒れている男を引きずりつつ煙の中へと消えていく。
無理に追う気は、無い。
幾ら心刀が一撃必殺の威力を持っていても、まともにぶつかって勝てる相手ではないだろう。
それに……。
「手応えがありすぎた……まさか機械って訳じゃないでしょうね……」
ゲキガンガーのニセテツヤじゃあるまいし、そんな事は無いと思うが……。
「……?」
「気が付いた? 今度は逆になったわね」
黒煙が上がる屋敷からアクアを連れ出し、私は浜辺にいた。
アクアの暗殺が目的ならば何故あの場であの女が逃げたか疑問に思ったが……鉄線を解こうとして直解った。
柱に複雑に絡まっており、通常の方法では救出に何時間もかかるような念入りな拘束をしていたのだ。
ま、あくまで通常の方法である。
心刀で柱ごと叩き切ってしまえばそれで終いだ。
まさかあの女もそんな豪快な方法でアクアを解放するとは思っていなかったようだ。
事実その直後屋敷が崩れ始め危うかったが……。
「……どうして、私を?……あなたを殺そうとしたのに」
「でもアクアは私を助けようとしてくれたじゃない。結果的には」
真っ赤になった海を眺めたまま座り込み、アクアは動かない。
「……死にかけた感想は、どう?」
私の言葉にアクアは顔を上げる。
「楽しいもんじゃないでしょう。悲劇的な最期なんて……見たいものじゃないでしょう。誰かが死んでいくのを目の当たりにするのは……」
アクアは腕を抱いて震え出した。
自分がやろうとした事の恐ろしさに恐怖しているのだろう。
「……私だって、嫌よ」
「?!」
私はアクアの横に腰掛け、抱き寄せてやった。
急な事でアクアは慌てていたが、構わず私は続ける。
「私ね、事故で両親を無くしたの。自分の目の前で、炎に焼かれていく両親……辛かった、悲しかった、何も出来なかった自分が歯痒かった……だから、二度目は御免よ。炎の前に、不条理な力の前に親しい人が奪われるのは」
「……? 私が……貴女の?」
「私を“親友”って言ったじゃない。私もアクアに助けられたお陰でここにいるんだし、感謝してる。もしよかったらこれからも……ま、今後痺れ薬入りの料理だけは勘弁ね」
「ウツキ……!」
私は急にアクアに飛びつかれ浜辺に転がる羽目になった。
でも泣きながら抱きついてくるアクアを、私はしっかりと捕まえてやった。
「あの〜お取り込みの所をすまんが……」
「!?」
アクアの頭越しにサングラス姿の黒服が居心地悪そうにしていた。
さっきの襲撃で黒服は全滅したと思っていたが……生き残りか?
「キノコを掘り起こして返品しに行ってた間に……一体何があった?」
「え、と……あ、ヤガミさんでしたっけ?」
アクアが思い出した所を見ると矢張り黒服の一人だったらしい。運の良い男だ。
……もしさっきの女の仲間だったら、どうしようかと思った。
「屋敷は燃えている、アクアお嬢さんは女の子相手にいちゃついている……説明を願いたいね」
「な、何か壮絶な勘違いをしているみたいだけど……まあいいいわ、教えてあげる。ここであった全てを」
私はこのヤガミとかいう黒服に、私がここに流れ着いた事から謎の暗殺者襲撃まで全てを話した。
その間、この男の顔は赤くなったり青くなったりしていた。
無理も無い……他の黒服は全滅しているのだ。彼がこの場に残っていて生き延びていた可能性は低いだろう。
「なんてこった。前回只でさえバケモノを相手にしたってのに」
前回というのが気になったが、今は黙ってこの男の言う事を聞いておく。
「とにかくこの場は危険だ!
俺が乗ってきた連絡艇で島を脱出しよう」
「アテはあるの?」
「大丈夫だ。オーストラリアの実家に戻れば何とかなる」
「……そうは思えないけど?」
私はアクアを横目で見るが、とても沈んだ顔をしていた。
こんな島に娘を閉じ込めるぐらいだ。帰ってもいい顔はされない事は明らかだ。
それをヤガミも悟った様で、暫く考えあぐねていた。
「……仕方が無い。クリムゾン私軍に信頼できる男がいる、そいつに任せよう」
「大丈夫でしょうね……所で私は?」
「無論一緒だ。お嬢さんの想い人を置き去りにする訳にはいかんしな」
「違うって!」
とは言うものの未だアクアは私の腕を掴んで離さない……。
まあ今だけは、彼女の好きにさせてあげよう。
オーストラリア……。
木連一般ではカンガルーとコアラがいる事ぐらいしか知られていないが、軍事的に見て地球の拠点としての価値は高い。
四方を海に囲まれ海運が発達し、豊富な鉱山資源も有している為貿易・生産能力が高い。
また数々の宇宙港や打ち上げ設備などが各地に点在し、同時に軍事基地なども多数あるが……何より大きいのは地球圏有数のコンツェルン「クリムゾングループ」が本拠を構えている事だろう。
クリムゾンの影響力を受けたオセアニア方面軍やクリムゾンの私設軍隊、それにクリムゾングループの技術の結晶であるバリアシステムの活躍により、現在木連の勢力は駆逐されつつある。
お陰でこのオセアニア圏は類を見ないほど発展し、栄華を極めていたのだ。
「にしても……アクアがそのクリムゾンの跡取娘だったなんて……」
良い所のお嬢様だと言う事は感じていたが、まさか地球圏三強グループの血族だったとは……。
私ってば、凄い縁に恵まれたものである。
「知らなかったのか?」
「知らなかったわよ」
「……俺てっきり玉の輿狙ってたのかと思ってたが」
「くどい!!」
目の前で車を運転するヤガミに鉄拳を叩き込みたくなったが、生憎交通事故は起こしたくないので後にしよう。
それに隣で寝ているアクアを起こすのも何だし……。
あれから丸一日は経っているが、彼女……私の側を離れようとしない。
連絡艇に乗っている間もずっと。よっぽど“友達”が出来た事が嬉しかったのだろう。
……地球圏でも有数の勢力の人間だと言うのに、彼女は親の愛すら受けられないとは。
一体地球はどこまで腐り果てているのだろうか……。
そうして車に揺られつつ数時間。
私達はアリス・スプリングと呼ばれる場所に辿り着いた。
電信中継基地として誕生し、中央オーストラリアへの玄関口として発展した町だそうで、赤茶けた岩砂漠が、何と無く昔の火星を思い浮かばせる場所だった。
「……埃っぽい場所ね。アクアをこんな所に預けようっての?」
司令部のような建物に辿り着いた私達は、そのまま面会室に通され待っていた。
「機密性と戦力の充実さでは随一だ……それにここには奴がいる」
ヤガミが自信を持って言う所からも、その人物がかなりの腕前である事は期待したい。
だが人間的にはどうだろうか……などと考えているうちに、彼はやって来た。
「ほう……ヤガミ。お前が俺を呼び出すとは珍しいな。来るなら一言言って欲しかったものだ」
「悪い。急な用事だったんでな」
恐らく本当に突然の来訪だったのだろう。
パイロットスーツに身を包んだまま、彼は面会室に入ってきた。
金髪碧眼の中年だが、その顔は引き締まり、瞳からは威圧感がひしひしと伝わってくる。
しかも片目だけで……彼の右目は眼帯で覆われていたのだ。
この男、幾多の修羅場を潜り抜けた傭兵か何かか……そう私は判断した。
「はじめまして。自分はヴィッシュ=ドナヒュー。アリス・スプリングス支隊機動兵器隊隊長兼教官をやっております」
「荒野の……迅雷! 」
「知っているのアクア?」
「ええ……同じエネルギーと弾薬で、他の兵士の倍の時間戦い3倍の敵を葬り去ると言われている、クリムゾン私軍最強の兵と噂を……」
「最強?
まさか……自分はそこまで強くはありません」
謙遜しているが私から見ても彼の気迫はかなりのものである。
それに世間の情報に疎いアクアにも伝わる程なのだ。その腕は誇張では無さそうだ。
「ああ、近所のお子様達にドナヒューおじさんって呼ばれてる単なる世話好きだよコイツは」
「……毎度毎度お前そんな情報どっから持ってくる」
「クリムゾンSSをなめんなよ。もっとも、今は“元”だが」
『何?』
ヤガミの意味深な言葉に、私とドナヒューさんは同時に訊ねた。
「……クビになったんだよ。アクアお嬢さんを危うい目に遭わせたって事でね。今回が最後の仕事って訳」
「そんな……ヤガミさんは頑張ったのに……」
「お嬢さんが気にする事じゃない……それにそろそろ転職を考えていた頃だしな」
そう言って寂しそうに笑うヤガミ。
アクアに関する一連の出来事を知っていて、なおかつ頼れる人物だけに抜けるのは痛い。
これからは私一人で頑張らなければならないのか……。
……今は木連の救援を期待することはできない。
ならば、今の立場を利用して出来る限り地球の情報収集に努めよう。
アクアを騙す様で良心が痛むが……私はこれでも優人部隊の一人なのだ。義務は果たさねばなるまい。
勿論、アクアを守るという約束も果たすつもりだ。私が帰還するその時まで……。
「つー事でウツキ、お嬢さんの事よろしく頼むわ。しっかり守ってやるんだぜ、ナイト様♪」
「だから! どうしてそっちの方向に持っていくの!!」
ばっちり私の覚悟に水をさしてくれるわね、ヤガミ……。
思わず拳を握り締めるが、その手をそっとアクアが握り締めこう言ってのけた。
「不束者ですがよろしくお願いします、ウツキ」
「アクア〜」
誤解を招きかねない発言に思わず泣きそうになる。
ほらぁ、ドナヒューさんが複雑怪奇な目で私を見てるじゃない。
違うんだってばぁ……。
代理人の感想
うははははははははは、アクア『発動』ッ!(爆笑)
何が『発動』したかはさておいて、真人間になったか?と思ったらこう言う方向にスッ飛ぶとは(笑)。
・・・・・まぁ、予想できなかった訳じゃないですけど〜。
考えてみると優人部隊なんだから女性でもあの白ランみたいな男装なんでしょーな、多分。
確かに「お相手」としてはこの上ないかも(爆死)。
って、救出された時はパイロットスーツか・・・・・・・ヤローはゲキガンパイロット風でしたが
女性だからナナコさんのパイロットスタイル(爆)?
小ネタの「ドナヒューおじさん」については設定資料の方でネタを解説してるんでそっちは置いときますが、
原作ではグフを駆る渋過ぎる中年オヤジでした。ちなみに結構子供好き(笑)。
個人的にはコミカライズ版にあった「子供たちの敬礼に微笑しながら答礼する」シーンが印象に残ってます。
さて、注目したいのがウツキが出現した時間軸。
前回はTV版第八話、今回はTV版第十話終了直後ですよね?
まぁ、ボソンジャンプしたと考えるのが妥当でしょうけれども、しからばどうやって?
ジンタイプは完調でもそんな長距離ジャンプを行なう事は出来ませんし、
ウツキがまかり間違ってA級ジャンパーだったとしてもCCはどこから?
ま、謎解きを期待しましょうか。