Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT5〔豪州攻略作戦〕
カイト編「その身に宿りしは、弱者を守る爪と牙」
先の戦いの名残である、機体からの放熱による空気の揺らぎ。
それらをただかき回すのではなく、流れにそって静かに進む七つの影。
足並みを揃え、影すらも一体となり、進んだ先にあるのは血と悲鳴。
このナデシコで今まで誰も体験した事が無い、異質の瘴気が漂い始めていた。
「行ったか……?!」
「は、はい……しかし班長、奴ら一体……」
「知るかよ。でもよ、アイツが言ってくれなかったら俺らはまずオダブツだったぜ……敵う訳ぁねえ……」
「班長!!」
「な、何だよ大声出すなよ……戻ってきたらどうするんだ」
「コクピットは空です! カイトの姿はどこにも……」
「なぁにぃぃぃぃ!!!」
一番声がでかいのは、他ならない班長じゃないか……。
コクピットから抜け出した後、痛みを無視しつつ進んでいた俺にもはっきりと伝わるぐらい。
「あいたたたたたた……流石天道艦長。木連抜刀術の達人だけあって、斬撃の速さが半端じゃない」
刃が装甲を切り裂く瞬間、とっさに機体を反らして正解だった。
あのままだと死にはしないけど当分動けなかっただろうから……。
「奴ら、やっぱり目的は木連士官救出だけじゃないな……」
当然と言えば当然だろう。
連合軍最強の船撫子を、内部から攻略する絶好の機会なのだ。
奴らは外道だ。人の道を逸脱した恐るべき存在だ。
そして与えられた任務以上の成果を出す、この道のプロフェッショナルでもある。
「もって……数分か……」
俺じゃない。ブリッジだ。
奴らの脅威度はブリッジクルーも理解しているようだ。ヤガミやゴートさん、そしてパイロットなどを集結させている。
だがそれすらも時間稼ぎにしかならないだろう。
奴らの技量をもってすれば、現行のナデシコ全クルーを皆殺しにするなど容易い。
こうなったら奴らの悪い癖に賭けるしかないか……獲物をいたぶる、獰猛な獣の様な習性に!
「クッ!」
だが、そうだとしても間に合うのか?
俺の身体は、先の戦闘でのダメージが抜けていない……それは他の皆だって同じ事。
特に、リョーコさんは……。
「動けって言ってるだろ! このポンコツ!」
「無茶言わないの!」
壁に手をかけつつ進んでいた俺の体がふっと軽くなった。
鼻をくすぐる金髪……左肩を誰かが持ってくれたのか?!
「人の身体は機械じゃないんだから……そう簡単には治らないわよ」
「先生……」
自身も殺されるかもしれない状況で、俺の事を気遣ってくれるだなんて……。
ですが心配無用です、先生。
俺は治すのでは無くて“直す”のですから。
「……一番強力な医療用ナノマシンをくれませんか。時間が惜しい」
「馬鹿言わないで! 今貴方が行っても返り討ちにされるだけ……ここは、彼の到着を待って」
「遅い!! その間に奴らは十回ブリッジを血の海にできる!!!」
強い調子でそう言うと、流石にイネス先生もたじろいだ。
だがそれでも引き下がろうとはしない……医者としてのプライド?一人の大人としての責任?
どっちにしても凄い人だ。
「……何でもかんでも抱え込んじゃう所は、彼そっくり……何を言っても聞いてくれないんだから……」
「無理もします無茶もします。無謀な事もするかもしれない……でも俺は、無意味な事はしませんし、無駄死にもしません。それだけは、誓えます」
「……生きてさえいれば、私が何とかしてあげる。でもね、神ならぬ私には、死人を蘇らす事はできないのよ。それを忘れないで」
イネス先生からナノマシン・インジェクターを受け取ると、すかさず肩にうち込んだ。
一瞬過剰反応が起こるが直止んだ。みるみる内に身体状況が改善されていく。
筋肉疲労が解消され、呼吸系のダメージも軽減されつつある……これならば、どうにか戦える!
「よし! 準備は万端……行こうかぁ!!」
イネス先生に一礼すると、俺は廊下を全力で疾走していった。
「本当に動けるようになるなんて……どういう身体しているの?!
カイト君……」
『き、貴様!!』
『へへ、これでもプロなんでね。女だからって舐めるんじゃねえ!』
“ドカッ!!”
『あぐっ!!』
『なかなか見所のある女よ・・・しかし、悲しいかな無駄な努力よな』
『へっ!! 俺は……俺は何があってもナデシコの皆を守るだけだ……お前達を倒すのは、真打ちに任せる事になってるんだよ!!」
『ならば、夢を抱いて死ね』
「いいや、夢を抱いて静かに眠るのは、お前達だ!!!」
“ザッ!”
「む……?」
ギリギリ……セーフ!
ブリッジに飛び込んだ途端、目の前に広がる血の惨劇!
しかし……皆虫の息だが、殺されてはいない!!
「おお……ようやく辿り着いたか、神の使徒よ!」
うわ、ゴートさんダメージの割には元気そう。
「あらららら……主人公より先に来ちまったか」
そうがっかりする事はないだろうが、ヤガミ。
ルリちゃんもラピスちゃんも、そんな落胆した表情を見せなくても……。
「あ、あはは……ざまーねーな……みっともねえ」
血が付いた唇で微笑むリョーコさん……今の今まで、あの化物相手によくぞここまで……。
「きぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
黙れ。
お前は……喋るな!!
“ゴッシャア!!”
「ぐはっ!」
『……?!!』
「ほう……その動き……」
三度笠の一人で壁に凹みを生み出した俺に、皆一様に驚きの視線を向ける。
そして一歩引いた……俺が怖いか。
「四方天が一人、北辰と見受けられる」
「貴様は……そうか、何処かで見たと思ったが……山崎の肉人形だな?」
“山崎”という言葉にラピスちゃんが激しく反応している……ルリちゃんの俺を見る目も変わった。
……山崎博士、まさか地球でもその猛威を振るっていたのだろうか?
「草壁春樹の傀儡(くぐつ)であるあんたが、よく言う」
「フッ、影は己を殺し、影に徹する事こそが定め。半端に浮世に染まったお前如きに説教される覚えは無いわ」
“ズザッ”
残った二人が北辰の前に出、短刀を構える。
が、その二人を北辰が下げた。
「隊長! 何故……」
「先の一撃、見たであろう。お前ら如きではこの生体兵器は潰せはせん……巻き込まれたくなければ先に行け」
北辰が外套の中から取り出した黄金の暗器を見て、北辰の部下はみるみるうちに青くなり、倒れていた部下を抱え引き上げていった。
だろうな……あれに巻き込まれればひとたまりも無い。
「さあ、我を失望させるなよ……“抜け”」
「言われなくとも……“抜いて”やるさ!!」
俺もまた腰の銀色の筒を右手に持ち、そこにありったけの気合を込めていった。
“ブン!”
“ヴゥン!”
それぞれ実体化した紅い刃。
北辰のそれは、俺の刃よりもずっと太く、長い……しかも色は、血と同じどす黒い赤と来た。
「趣味悪い」
「褒め言葉と受け取っておこう。だが……美醜に拘るようでは貴様もまだ……未熟!」
来た!
突入コースは一直線……真っ向勝負と言う事か!
“バシッ!!!”
「う……くっ!」
と言うより、俺如きの技量では技を駆使するまでも無いと?!
踏み込みも打ち所も、比べるのも嫌になるぐらいだ!!
「ふん……我の一撃を止めただけでも褒めてやろう。だがそれだけではな」
素早く鍔競り合いの体勢を脱し、足をバネのようにして跳んだ?!
“ガスッ!”
「チッ!」
ひねりが効いた脚撃か!
常人なら腕の骨が逝っていただろうが……生憎俺は頑丈なんでね!!
「ふむ、だが我が刃は鉄をも切り裂くぞ」
そのままの体勢で心刀を振ってきた?
このままでは俺の首と胴体は永久におさらばだ……だがな!
“バン!!”
「何だと?」
「ミリの差で俺が早かった!」
奴の迅速の一撃よりも、俺の反応速度の方が僅かに上回ったのだ。
再び触れ合った刃が強烈な衝撃波を生み出し、二人を大きく吹き飛ばした!
「くっくっく……思いもよらず楽しませてくれる」
「いや、あんた限定さ……伊達に脳内で一千回も殺されていない」
「ほお、夢想の戯れも、馬鹿に出来ぬものだな」
俺が山崎博士に入力された剣戟プログラムは、北辰とその部下である六人衆のモーションデータを元にしている。
その動きをある程度予測する事は可能だが、“見切る”事は……。
って待て。
俺は確かに人造人間だ。だが、それだけじゃないと自ら言ったじゃないか?
……出来ない筈が無い。
もう俺は……人形などではないのだから!!
「勝負だ……!」
「来るがいい。木偶としての糸、切れるものなら切って見せよ!」
笠の下から覗く余裕の表情……寒気がする、この実力差に。
しかし俺は、震えるだけの哀れな獲物ではない!
必要とあらば虎にだって噛み付いてやる!!
“ダッ!”
弾かれた様に地を蹴る両名……互いの目線が交差した瞬間、旋風が巻き起こる!
“閃!”
「……やったか?!」
「うむ、上出来だ」
“パラッ”
!!
外套を切っただけ?!
では、俺は……。
「……だが我の一撃をかわすとは意外だったな」
「え?!」
……本当だ。
時間差で胴体が分かれる事を覚悟していたが……生きていたとは。
「貴様の頑張りに免じてここは引かせてもらおう……存分に楽しませてもらったからな」
「俺はあんたを楽しませる為に戦ったんじゃない!!」
「我にとってはその程度だ」
「グッ……」
高笑いを上げながらブリッジを去る北辰に、俺は何も言い返せなかった。
「みんな! 無事か……?!」
あらん限りの怒気と殺気を込めて、遂に主人公が入場……って、遅いですよテンカワさん。
「奴は……北辰は?!」
切り傷だらけのブリッジ周辺を見回すテンカワさんには、何処か焦りがあった。
ん? テンカワさんは北辰を知っているのか?
木連の内部事情に詳しいとは言え、そんな事まで……。
「くそっ!!」
何やら万感の思いが篭った言葉を吐くと、テンカワさんは北辰を追って飛び出して行った。
「……俺らは放置ですかい」
今更になってぶわっと汗が吹いてきた俺は、ボロボロになったリョーコさんやガイを介抱しつつ呟いた。
「奴らを放置しておく事のほうがよっぽど危険です」
「そう、言うけどさ……奴らはプロだ。何の置き土産も無く帰るとは思えないんだけど……」
震えるラピスちゃんを抱きかかえたまま、ルリちゃんは眉をひそめる。
「……そういう手もありましたね」
それだけ言うとオモイカネに何かを指示しだしたルリちゃん……何で俺をそんな露骨に見る?
やっぱり、山崎博士は地球でも悪行の限りを……“山崎印”は伊達じゃ無い。
「しかし、テンカワさんのブラックサレナ……流石に凄い速力だ。月からナデシコまでたったあれだけの時間で……」
「いえ、ブラックサレナは月に置きっぱなしですが」
……何だって?
じゃあどうやってここまで辿り着いたんだあの人は?
“ドゴッオオオオ!!”
今の震動は格納庫から?!
「貨物ブロックから未確認の機動兵器が3機!
離脱していきます!!」
先程まで文字通り修羅場だったのに、もう仕事が出来るのかメグミさん!
恐怖で寝込んでしまってもおかしくないというのに。
テンカワさんの存在感はそれほどまでに彼女たちに安心を……。
ん? このジンタイプ。装甲の接合がおかしい……まるで下に何かあるような……?!
「ルリちゃん!! テンカワさんを止めろ!
早く!!」
“ドォォォォォォォォ!”
お、遅かった!!
修理が完了した俺のOGエステバリスに乗って、テンカワさんが北辰の追撃に……何てこった!!
「大丈夫ですよ。あの人に、任せます」
「何馬鹿な事言ってるんだ!! あれが只の偵察用ジンだと思ったら大間違いだ!!」
俺はブリッジから飛び出すと、一目散に格納庫に向かった!
早まらないでくれよ……テンカワさん!
「クッ……またアイツの無茶を止められねえとは!!」
“ガシャアン”
俺が格納庫にたどり着いたとき、班長は拡張機を床に叩きつけていた。
解る、その気持ち……テンカワさんはいつも皆を置いてけぼりにしてしまうからなあ。
「おお、カイトか! 無事だった見たいだな。病み上がりだったから心配したぜ!!」
「先生の素敵なお薬のおかげですよ」
「あ……そうか……うん」
言いよどむなよ班長。
先生はお茶目だけど、仕事は完璧なんだから。
「ああそうだ! カイト、今すぐテンカワの奴を追っかけられるか?!
流石に3対1じゃ不利だろうからな!」
「とは言っても俺の機体は……」
「ふふふふふ……心配するな。こんな事もあろうかと、密かにこんな物を用意していたんだよ……野郎どもカバーを退けろ!!」
掛声と共に、班長の後ろにあった白いカバーが外されていき、そこから現れたのは……。
「これは……!」
「こんな事もあろうかと俺が開発した……と、これ以上のハッタリは寒いな」
あらら。
班長なら秘密兵器の一つや二つ隠していると思ったんだが……。
じゃあ、これは何だ!?
「ナデシコがヤバイって聞いたアカツキの奴がな、月のマスドライバーでこっちに送り飛ばしてきたネルガルの新型だ。装甲、パワー、スピード、どれを取っても一級品だ!
最大の欠点は専用火器が無い事だがそこをお前の腕で……」
『出撃させてもらいます! ハッチ開放よろしく!!』
「はやっ!! ちったあ人の話を聞けよお前も!!」
もうとっくに乗り込んでます。長いだもの班長の話。
後でじっくり拝聴したいが、今は一秒でも時間が惜しいんで!
「IFSチェック完了。強化関節反応上々、超硬度クロー展開確認!
行くぞ、アルストロメリア! 今が駆ける時!!」
“ゴッ!”
背部重力波スラスターと、リニアカタパルトの加速が合わさり、俺は宇宙空間へと踊り出た。
『鎧を纏ったか……人形よ』
逃げようともせず、何とも言えぬ威圧感を漂わせつつ仁王立ちする一体のジン。
その近場には……四肢を砕かれた俺のエステ!
『ク……』
「テンカワさん無茶し過ぎ!」
『矢張りこやつがテンカワアキトか……鎧が完全であれば、砕けていたのは我かも知れぬが……』
北辰のジンは所々装甲にヒビが入るほどズタボロだった……という事は実質無傷って事か。
中身は。
『……クロス・アウト!!』
“ドゴォン”
妙に熱血なセリフと共に爆発する北辰のジン……。
いや、爆発したのは分離ボルトのみ。
煙の先に見えるのは、真紅に染まった破戒僧!
“シャリィィィィィィン”
『!!!』
『正直、あれでは夜天光の相手としては喰い足りぬ……一分は持ってくれよ、人形』
そう言うとアクロバットな機動でこちらに向かってくる夜天光!
あれは可変ターレットノズルによる変則機動、傀儡舞!!
変幻自在に三次元機動を行うその姿が、あたかも舞いを踊っているかのように見える技だ!
『滅!』
“ガッ!”
腕部ナックルガードで錫杖の一振りをいなす!
そして残った右腕でカウンターを……。
『考える事は貴様も同じか』
向こうも左腕で鉄拳を繰り出していた!!
激しくフィールド同士がぶつかり合い、拳の押し合いが続く!
『なかなかのものではないか……』
「あんたみたいに無駄口叩く余裕は全然無いけどな!!」
今度は脚部ニークラッシャーで夜天光の胸元を蹴り上げようと試みたが、その前に蹴り飛ばされてしまった!
運動性能ではあちらが上か! 流石博士の自信作!!
『鎧の扱いに関しては貴様の方が上のようだな……慣れぬ機体は扱い辛い』
「こっちだってビニール取りたての新品だよ!」
再び交差しようとする両者の拳。
だが今度は只で済まさない!!
“ジャキン!”
『む』
“裂!”
フィールドが展開されるよりも先に、クローが装甲に触れたぞ!
だが……塗膜を引っかいただけかよ。
『飲み込みの速さが尋常では無いな……貴様を失った事、木連にとって計り知れぬ損失だったかもしれぬ』
「どうせ俺のデータを元に量産型……第三ロットを作るつもりなんだろう?!」
『それもある……だが、一人の武人としても惜しい事をしたと言っている』
「?!」
“ガッン!!”
し、しまった!
肩装甲に夜天光の錫杖が深々と……右腕が動かん!
『今日は実に有意義な出会いであった。まだ、お主と我の戦いは始まったばかりよ』
と言って悠々と飛び去っていく夜天光。
律儀にジン儀装パーツを抱えつつだ!
完全に遊ばれてる、俺。
「情けをかけるつもりか?!」
『適当に太らせて、喰らうのよ。それが嫌なら逆に我を喰らうほど強くなるがいい。フハハハハハハハハ!!』
それがどれだけ困難な事か解っているだけに……俺は己の無力を呪い、唇を噛んだ。
スクラップと化したエステを抱え、俺はナデシコへと着艦した。
「……何故あれが今になって……何故だ!」
「テンカワさん……貴方が情報通だとしても、木連の状況は刻々と変化しているんです。全てが思い通りになんて……」
「そう……だな。解っていた筈なのに……すまないが、後でゆっくり君の話も聞きたい」
「はあ……」
夜天光を見た時のテンカワさんの驚きようは明らかに不自然だった。
まるで、宿敵にでも出会ったかのような目……夜天光がロールアウトしたのは、恐らく北辰の機体が最初だろう。
となると……大体テンカワさんが欧州に出向していた頃に一号機が出来上がった筈だ。それ以前に存在する事はありえない。
なのに何故? まあ、今に始まった事じゃないから慣れたが……そのうち説明してくれるだろう。
「ルリちゃん」
テンカワさんがコミュニケでルリちゃんと連絡を取っている。
何か、ルリちゃんと会話している時だけ、テンカワさんの態度が違う気がするが……。
『はい、何でしょうかアキトさん?』
「整備班の人達の数が少ないみたいだけど・・・何かあったのか?」
『北辰の置き土産です……相転移炉の制御室に爆弾を仕掛けられました。』
「おいおい!!」
やっぱり〜。
『あ、大丈夫ですよ。時限式じゃなくて受信式でしたから。逃走後に電波が送られてきましたが、オモイカネでブロックしました』
「そ、そうなのか……じゃあ、今は解体作業をしているのか?」
『はい、ウリバタケさんを先頭に皆さん大張り切りです』
俺の進言があった事は抜かされているな。
まあ、いいんだけどさ……何か寂しい。
「ははは、そうなんだ。俺も少ししたらブリッジに行くよ。それと……ラピスは、どうだい?」
『……かなり、酷いです』
北辰の活動圏は広いからな。
ひょっとしたら彼女、北辰と会った事があるのかもしれない。
ラピスちゃん、俺と同じく研究所出身だから……狙われても不思議じゃ無い。
「そうか……直ぐにブリッジに向かう。」
『はい』
ウインドウが閉じた事を確認すると、俺はテンカワさんにこう言った。
「じゃあ、俺医務室に行きます。リョーコさんやガイの容態が気になるので」
「ああ、そうしてやってくれ」
そう言うと駆け足で俺はテンカワさんから離れた。
急ぐ理由があるんですよテンカワさん!
後ろ、後ろ!
「アキト……ちょっといいかな?」
艦長がテンカワさんに近づいていたんですよ。
流石に、今回の事は艦長には大変だったでしょうし……上手く慰めてあげて下さい、テンカワさん。
「大盛況ですね」
「医者として、こんな日が来るとは思いたくなかったわ!」
イネス先生は医務室一杯の患者相手に駆け回っている。
ベットが足りず床で寝てる人間も……って副長!
「……仕方が無いさ。僕より怪我の酷い人はたくさん居るんだから」
「だからって副長……仮にもナデシコナンバー2の貴方がこの扱いって……ねえ?」
「……誰もそんな事……思ってないさ」
寂しげに顔を背ける副長……沈んでますね。
「あの時僕は何一つできなかった。ユリカが泣いていても、ハリ君が殺されそうになっていても……僕は只うめく事しかできなかった!
そんな自分が……情けなくて……」
「物事はその道のプロが行うものですよ。副長には副長の活躍の場がある」
気持ちは解るけど相手が悪すぎるって。
プロ中のプロ相手に、むしろ頑張ったほうだと思いますけどね。
「僕にそんな場があると思うかい?! 戦闘でも役立たずで、指揮能力もシュン提督らに遥かに劣る……この僕に!」
「副長は艦長のサポートという重大なポジションがあります。副長がいなけりゃ、この船はとっくに沈んでいます……自信、持って下さいよ。じゃないと士官が不安になる」
いや本当、副長がいなけりゃナデシコの運営なんて到底不可能な事だからなぁ。
艦長もルリちゃんも、テンカワさんの追っかけに専念してるので、戦闘時はともかく平時はガタガタ。
そのしわ寄せを一手に引き受けている副長は、正直尊敬に値する……って、何故泣いているんですか?
「嬉しいんだよ……僕は……誰かに尊敬されるだなんて、一度も……ありがとう」
げ、最後の一文また喋っていたか。
独り言ばっかり言う危ない奴と見られてるかもしれんな……俺。
「迷える羊に救いの手を差し伸べるその姿!!
矢張りお前は神が使わした救世主!!」
「うわっ!」
ぎゃあ! ゴートさん!!
相変わらず飛ばしてますね……俺のせいだけど。
「それはともかく、あの暗殺者を一撃で吹き飛ばしたお前の技……奴らと同じ系統な気がするが」
「い、いきなり普通に戻らんで下さい」
「信仰と仕事はまた別だ」
「ああ、そうですか……」
「それに……何処と無くあの技はテンカワのものにも通じる」
……言われてみればそうだな。
テンカワさんの基本動作は、木連式柔に酷似している部分がある。
まさか木連で独自に発展した武術が地球にもあるとは考え難いし、偶然の一致だろうか?
それにしては……本当、テンカワさんって何者だろうな。
「ちょっとそこどきなさい!」
“ガッシャアアン!”
「ぬおおおお!!」
あぁゴートさん強制退場……。
更に深刻化しなけりゃいいけど……アレが。
「カイト君もちょっと来て。お互いそのほうがいいでしょうから」
?
先生が運んで来たベッドに寝ているのはひょっとして……。
「う〜……死ぬかと思ったぜ」
「りょ、リョーコさん!!」
ああそうだった!
ゴートさんの濃さに圧倒され、当初の目的をすっかり失念していた!!
全身、赤く滲んだ包帯に包まれている……大丈夫なのか?!
「一応落ち着いてはいるけど絶対安静ね。すぐに戦線復帰は難しいけど、後遺症が残る傷は無かったわ」
「イネス先生……ありがとうございます!」
六人衆の技を喰らってこれだけ元気とは。
奴らは基本的に急所は狙わない。いたぶり、苦しませて殺すために……。
「言ったでしょ? 生きている限りは私が何とかしてあげるって」
が、先生は奴ら以上に人体のプロフェッショナルだ。
人を壊すことしか知らぬ輩が、人を救う先生に敵う訳は無いのだ!
「ワザと言ってるのかしら?」
って、またかよ!
おしゃべりな口だなオイ!!
「……嬉しいからいいんだけどね」
「何か言いました?」
「いいえ、それじゃあ……後よろしくね」
イネス先生は笑いながら首を振り、他の患者の所へと向かっていった。
「……無事で、よかった」
「そう簡単に俺がくたばるかっ……たた……やっぱ、流石にきつかったわ」
枕に深く頭を沈め、リョーコさんは深く息を吐いた。
……嫁入り前の身体をこんなに傷つけ汚しやがって!
北辰……この落し前は、いつか必ず!
「ば、ばばばばば馬鹿、何言ってるんだお前?!」
「え?」
「い、いや……何でもねえ……こいつ、いっつもこうだからな……」
まーた何か口走ったのだろう、俺。
駄目だなぁ、リョーコさんに負担ばかりかけてしまう。
「何かいるもんがあったら言ってください。出前取って来ますから」
「あ、いやいいんだ……その……なんだ」
「?」
「よければでいいんだ……暫く、このままでいてくれ」
「別に構いませんけど……」
このままって……リョーコさんの腕に俺が手を添えているこの状態を維持せよって事か?
何か意味があるのか? 裏切りかけた罰としては……むしろ気持ちがいいし、こっちが。
解らんな……まあいいか。彼女が望む事ならば。
「……それで延々と寝顔を見続けていた訳、二時間も」
「ある意味それも凄いよね〜」
「はあ」
「ゥ……うるせーぞお前ら!」
そのまま二時間もしていると、割と軽症だったヒカルさんとイズミさんが見舞いに来た。
ガイは……どうやら思った以上に怪我がよくないようだ。
あいつ、やる気はあるがそれが常に空回り気味だからな……無茶しやがってもう。
「あのさ……あたし達がここに来たのは見舞いだけじゃないんだ」
「い、イズミちゃん! 今はいいじゃないそんな事……」
「いいえ良くないわ。私もちょっと聞きたい事があるの」
後からアリサさんが輪に入ってきた。
ああ……そうだよな。
ちゃんと説明しないと駄目だよな。
「……正直話すタイミングを逸していましたからね。場所がアレですが、話してもいいでしょうか?」
「患者のプライバシーはちゃんと守れるようになっているわ、安心して」
ひょっこり顔を出す先生。
そうだな……ガイも副長もゴートさんもヤガミもシュン提督もいるんだ。
肝心の艦長がいないのが気になるが、テンカワさんがちゃんと話はつけるだろう。
「何から話しましょうか。取り合えず、改めて自己紹介を」
「いらん。あれだけ気合込めて言ってくれたんだ……これ以上話さなくても大丈夫だ」
心使い感謝しますシュン提督。
「じゃあ……聞くけどさ……お前ら木星蜥蜴って人間だった訳だよな?」
「ええ」
「それじゃあ……今まで俺は……俺は何人もこの手にかけていたのか?」
不安げな表情を見せるリョーコさんに、俺は優しく笑ってあげた。
確かに、リョーコさんの撃墜数は半端じゃない。
但しそれは……。
「現時点まででナデシコが戦闘してきた兵器の中で、有人機だったのは皆がゲキガンモドキと呼んでいる人型戦闘機……ジンシリーズだけですよ。リョーコさんはまだ、誰も殺してなんかいません」
だがユリカ艦長は有人艦を落とし、元同胞を多数殺戮した。
リョーコさんらだけ誰も殺していないなど、所詮詭弁かもしれないが……。
「いや、俺な……お前が来る前に、火星に戻ってきた途端そいつと戦ったんだ。ゲキガンガーもどきが二機、こっちに向かってきて……えらく人間臭い動きをしていたと思ったら、やっぱり、そいつにも人が……」
「……そのジンはどうなったんで?」
「コスモスからの援護射撃でオダブツ、だった筈だよ」
「ああ、それ俺です」
『え!?』
思わぬ返事に皆こっちを向くが……シュン提督、ゴートさん、顔濃いから。
「後の一機の搭乗員も元気ですよ。ほら、姉さんがかかってきた時に突っ込んで来た新型……あれに乗っていた人がそうです」
「ま、マジかよ……運がいいんだなお前ら」
「それだけ木連の脱出装置は優秀だって事です。人、少ないですから木連って……コロニー数基分の人口しか無いんで」
「たったそれだけの人間が、倍以上の人間を殺しているのよね……」
アリサさんのその言葉に、皆の間に沈黙が走る。
そうだ。アリサさんは家族を……。
「そんな事、個人がどうこうできるレベルではなかろう」
ゴートさん……。
「戦争は、始まってしまえば一人ではどうする事もできん……我々に出来る事と言えば、戦って、生き延びる事しかない」
「戦って……生き延びる」
その言葉を噛みしめる様に繰り返すリョーコさん。
そんな彼女に決断を迫るような言葉を、俺は続けていた。
「それは木連も同じでしょう……彼らだって自分の為に戦い、生き延びようと必死なのだから。これから先、人を殺すのが嫌だなんて悠長な事は言ってられませんよ」
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