「生身で会うのは初めてだったな、テンカワ=アキト。もう一度自己紹介をしようか? 俺の名前は北斗……北辰の愚息よ」


 真紅の羅刹!
 舞歌様とアクアの理想を阻まんとする、獅子身中の虫が!!


「さて……暫し待て。衣装直しだ」

“ヴン”

「?! き、貴様……! それをどこで!!」


 小型だが、真紅の羅刹の手の中にあるのは紛れも無く心刀!
 私の場合開発初期で監視が緩かったが、今では心刀のみならず、全ての粒子兵器は厳密に管理されている筈……。  


「お前も使い手か。こいつはある男がよこしてくれたものだ……元々親父らが使っていた奴だからな、記録にも残ってないさ」


 成る程……そういう事か!
 だが、こいつにこんなものを渡すなんて、何とかに刃物ではないか!


“ジジッ……!!”

 
 真紅のドレスを膝下の長さで焼き切り、その切れはしで長い赤毛を縛り上げる。
 もう枝織はどこにもいない。
 今目の前にいるのは……兵器以上に破壊に精通した存在だ!


“カラン、カラン!!”

「さて、待たせたな」


 ハイヒールを脱ぎ捨て素足となった真紅の羅刹が、真っ直ぐにテンカワ=アキトを見据えている。
 私を含めた他の人間は眼中になし……か。
 このまま刺激しなければテンカワ=アキトのみを相手にして止まってくれる可能性も……まるで暴走した相転移炉並の危険さだな。


「D、いいよなぁ?」

「好きにしろ」

「うっしゃあ! 待ちくたびれたぜ!!」


“ダッ!”


 が、矢張りそう言うわけにもいかないか!
 頼むから読んでおけよ……空気を!


「油を注ぐような真似をするな! カエン!!あれは例えブーステッドマンだとしても……」

“ドッシャアァ!!”


 ……すぐ戻って来た。
 土煙を上げつつ、盛大に地面を削って……。


「……敵わないわ」

「カエン!!」


 突っ込んだはいいが攻撃の有効範囲に入る前に踏み込まれ、モロに喰らったか……。
 体の丈夫さに頼ったのだろうが、それでも腕一本が容易くもげてしまっている!


「が……ハッ! 何だ……こいつは……!?」

「あれは木連でも最強最悪の化物よ……アンタ達が束になってようやく相打ち、ってレベルかもしれない……」

「早く言ってよ! そう言う事は!!」


 言う前に勝手に突っ込んだのは何処のどいつだ……!
 要らぬ殺気をこちらに惹きつけてからに!


「邪魔をするのか? なら、もう1セット程度準備運動といこうか」


 そして真紅の羅刹の獲物は、一時的にテンカワ=アキトから私達に変わった……。




「……それで、対抗策は?」


 さしものDも真紅の羅刹相手に攻めあぐねている。     
 当然だ。
 今まで単純なスペックのみの力押しで戦って来たのだから、それが通用しない相手に対しては更なるパワーアップしか道が無いのだ。
 それには専用の施設と莫大な資金が必要であり……私達生身の人間のように気合と根性と努力で何とかなる訳では無い。


「……光学迷彩で近寄っても気付かれるだろうしワイヤーも見切られる。力任せに突っ込んでも返り討ちに遭うだけだし、ディストーションフィールドも心刀がある以上、力技で押し切られるわ」

「ま、幾らかはお前と実際に戦って痛感してるがな……木連ってのは本当奇人変人ばかりだな」

「目の前の人間を前にしてよくそんな事が言えるわね!」

「ま、その筋肉ダルマの言う事はあながち間違いじゃないだろうがな……まだか?」


 目をぎらつかせこちらを見ている真紅の羅刹。
 これ以上待たせると痺れを切らせて何を起こすか解らない……余裕ぶっている今しか無いか。


「私が心刀で奴と切り結ぶ。その隙をついて順次攻撃しかないわ」
「いいの? 手元狂っても文句言わないでね?」

「例え私を巻き込んでも、アレを完全に仕留めると保証できるなら遠慮無くやりなさい。奴には個人的な感情もある」

「……頭数は多い方が生き残りやすい。下らん事では殺しはしない」

「とりあえず信じておくわ」


 
 個人的な感情……か。
 ストレートに“復讐”と言えばいいものを……未だ私は外道に落ちるのを畏れていると見える。
 あの時は無力で、何一つする事が出来なかった。機会など一つとして存在しなかった。
 ……それが、数年も経った今日この日に、突然訪れた。
 力はあるがまだ非力……それでも私は逃げたくない。
 これ以上、奴に人の血を吸わせる事を許してはならない……そう私自身が叫んでいたから。


「同じ武人として一言言っておく……私はお前を絶対に許さない」

「元より俺とお前が同じだ何て思ってないさ……次元が違うんだよ次元が。あらゆる意味でのな……」

「無茶だ!! 死ぬぞ!」 


 まだこの戦いの本質がわからないか、高杉三郎太!
 私は死ぬつもりでこいつと相対しているのではない……。
 私は多くの“生”を守る為に、死中に活を見出すまで!!       


「力押しだけで、この俺を倒せると思うな?」

「もはや問答無用ッ!我が名はウツキ!弱者を守る刃なり!!」


“タッ!”


 私の必死の突撃を、真紅の羅刹は喜々とした表情で待ち構えていた。
 


“ヒュン!”

「くっ…! 間合いを見切ってきたか!」 


 真紅の羅刹は半歩も動かずに私の一撃を避けた。  



「獲物が長い分見えやすいんだ」


 確かに!
 振るだけで衝撃波が発生するような代物だからな、これは……。
 威力は絶大だが、殺気以前に攻撃モーションが悟られやすい!
 構わず私は走り抜け、そこに入れ替わる様にジェイが飛び出していた。

「おおおっ!!」


“ドゴン!”


 肉と肉がぶつかり合う壮絶な音が響いた。
 全速度と体重をぶつけたラリアットだったが……それは真紅の羅刹の細腕によって軽く受け止められていた!


「軽い一撃だな? 地球の連中はこれが精一杯か?」

“ブン!”

「ぬおおおおっ!!」


 そのまま片腕を掴まれ宙に舞うジェイ!
 化物め……機械と血肉が混合した奴を、片手で投げ飛ばすか?


「さあ……力比べの次はかくれんぼか?!」


 ?!
 一見何も無い空間だが、今しがた巻き起こった土煙のせいでインの影が!
 本人は気がつかず突っ込んでいくつもりだ!


“ヒュ!”

「ん?」

「こっちよお嬢ちゃん!」


 エルがワイヤーで腕を取ることで真紅の羅刹の気を引き、更に挑発をかけたか。
 だが……挑発は気が入ってなければ!


「っはっはっは……!! 吼えてろ!!」

“バチン!”

「ッ!!」


 腕に巻きついたワイヤーが、心刀で瞬時に焼き切られた!
 張力が一気に解放され、唸りを上げてワイヤーがエルの腕を傷つける。
 ……腰が引けてる者の声など、奴には遠吠えにしか聞こえないのだ。


「離れろっ!」

“ドガッッ!”     

 インの離脱を助ける為に、Dがフィールドを真紅の羅刹めがけてぶつける。
 お陰でインは距離を離せたが、こんな物に当たる奴ではない。逆にその余波をインが受けてしまっている。
 更に距離が離れ、私達は完全に分断されてしまった……先行した私が、孤立した状態になっているのだ。


「どうしたの?! 手加減して勝てる相手じゃないのよ!!」



 それにしても不甲斐無さ過ぎると思い、私はブーステッドマン達に喝を入れる。
 豪州の墓地で二度目の戦闘を行った際など、もっと手強かった!
 全力でぶつかれば積尸気だって撃破可能な勢いが、今では見る影もない……。


「わ、わかんねぇ!! パワーが上がらないんだよ!?」

「D! 本当どうしたの?!」

「……相転移炉の出力が上がらん!」

「え?!」


 苛立ち気に言い放つDに、私はハッとなった。


「まさか貴方達……エステバリスと同じ!」

「……そう、私達はDの体内に搭載された相転移エンジンからエネルギーを受信して稼動している。だからDに何かあれば私達も……」


「?! 早く私と真紅の羅刹から離れろ!! 相転移炉がダウンする!!」

「な、何だってぇ?!」


 ジェイがすっとんきょうな声を上げるが、訳を説明する時間は……。


「ほほお? あいつが言っていた事は本当だったか」


 不敵な表情で真紅の羅刹が睨んできた。


「心刀の刀身を構成するこの粒子……相転移炉にはあまり良くない作用を起こすらしいな。俺は機械は良く解らんから理屈は知らんがな」

「そうなの……ウツキ!」

「ごめん! そうとは知らなかったとは言え、私も遠慮無しに……」

「易々とこちらのスペックを明かす訳にも行くまい。気にするな……しかし、これではうかつに近寄れない……!」


 あんな超小型の相転移炉を地球が開発しているとは思っても無かった。
 メカニックは小さければ小さいほど、ちょっとしたトラブルでも致命傷になり易い。


「D! お前は下がってろ!! こうなったら俺が……」

「駄目よジェイ! 貴方もインもダメージが大きすぎる……これ以上損傷を受けたら受信システムが動かなくなるわ!」

「構うか! どうせここで仕留めなきゃスクラップだ!」


 エル達の表情に初めて焦りが見え始めていた。
 その力を手に入れてから、初めて味わおうとしている……死と言う敗北への恐怖。
 これを何度私は乗り越えた? 乗り越えてなお、私はこの程度……真紅の羅刹やテンカワ=アキトは、私達などよりよっぽど過酷な戦いを繰り返し、その度に生き延びて来たのだろう。
 だから強い。だから、勝てない……。


「もう終わりか? だった遊びは終わりだ……どいてろ」

「……否! まだ終わりじゃない!!」


 そう! 肝心なのは死地を乗り越えた先に、何を見出そうとしているかだ!!
 テンカワ=アキトは平和を勝ち取るべく戦い続けているが、目の前のこいつは何だ?
 刹那的な快楽を求めているに過ぎないじゃないか!!
 そんな奴に負ける事など……負けてなるものか!!


「……その度胸は認めよう。来い!」

「推して……参るッ!」  


 切先を真紅の羅刹に向け、その殺気を正面から受け止める!
 退いては駄目だ……そんな覚悟では、奴とは闘えない!



「頑張る方だが、俺の相手には程遠い……力が違うんだよ」

「っく! 足りない分は知恵と勇気で補ってみせる!」

「小細工と蛮勇じゃないのか? 女々しい考え方だ……」   

     
『お前も男じゃないんだよ!! 死ねよや!!!』

“ヴォン!!”


 突如頭上から振ってきた殺気に、私も真紅の羅刹も飛び退いた!


“タッ”


 奇襲の一撃は掠りはしたもののまともには入っていなかった。
 だがそれは確実に流れと空気を変えた……!


「相変わらずカンが良いな……北斗!」

「ミカヅチ!!」

 私の安堵の表情に、少しむず痒そうな表情をして背を向けるミカヅチ。
 ……何?


「貴女の知っているミカヅチ=カザマは死にました。今此処にいるのは、一人の木連戦士の残骸……カイト!!」

「「カイト?!」貴様あの時の……!!」


 真紅の羅刹は私と同時に声を上げると、途端に満たされた表情になる。
 こいつミカヅチ……いや、カイトと闘った事が?!


「奇妙な趣味に走ったな……“女装”とはな」

「俺の本意では無いさ。それに互いに服装がどうこう言っている場合か?」


 確かにカイトのタキシードも、弾痕やらなにやらでボロボロになっている。
 何処かの勢力と小競り合いをしていたのだろう。



「いや……死に装束がそんなのでは余りに哀れだからな」

「その言葉、そっくりそのままお前に返す!」

「受け取れないな!!」


“ゴオッ!”


 溢れんばかりのその気迫に、私は思わず目を見張った!
 これは……真紅の羅刹と同じレベルの闘気、そして相手を完膚なきまでに殲滅し、その存在を抹消せんとする……無慈悲なまでの意思!
 直近くにいる私は迷いに迷う……このまま助太刀するか、任せるか。


「手出し無用! 貴女はもしもの為に力を温存して下さい!!」

「わ、解った!」


“ヒュウン……”


 素直にその言葉に従った後に、私は後悔する。
 私の覚悟はそんなものだったのか……? 実は命が惜しかったのか?
 心刀を停止させた際に沸き起こった安堵感に、私は嫌悪を感じた。


「退く事は正義に背く事ではありません!より確実な……勝利を掴む為ならばそれも許される筈!!」


 そう言ったカイトの表情は実に力強かった。
 月で最後に顔を合わせた時と比べ、格段に彼は成長していた。
 あの撫子の共に私達と戦っていたのだから、当然といえば当然か。


「俺はそうは思わんがな……どの道俺に倒されれば負けは負けだ。なら愚直だろうが何だろうが、真っ直ぐ向かってきた方が気持ちいい」

「黙ってろ男女!!」

“バチッ!!”


 まともな神経の持ち主なら立腹間違いなしの罵声を吐きつつ、カイトは真紅の羅刹相手に刃を振るう。
 その動きは実に軽快で、地面ではなく氷上で舞い踊っているかのようだった。




“バン!”

“バチッ!”

“バシッッッ!!”


 ひっきりなしに響き渡る心刀同士が切り結ぶ衝撃音。
 そして暗闇の中双方の顔を照らし続ける真っ赤な光……まるでそれは、二人が血で染まっていっているようにも感じた。


「ハハハハ! どうした?! 前の勢いが無くなっているぞ?!」

「死ねん理由が出来たからな」

「怖気付いたのか?」

「いいや……お前なんぞ刺し違える価値もないと気が付いたからだ!!」

「ぬかせ!」


“ブンッ!”


 右手の心刀を振るった勢いに任せ、左手を繰り出す真紅の羅刹!
 あれをまともに食らえば骨が粉々になる……!

 
“パシッ”


 拳が鼻先まで近づいた所で、片手でそれを受け止めた?


「何だよありゃあ……あのガキ、一体何者だ?!」


 これには流石にジェイも声を上げていた。

    
「只の元木連兵士よ……遺伝子処理程度しか受けてない」

「いや程度って……それでも凄いじゃないの!」


 とは言ってもジャンパー処置を含めた強化手術は、あれほど劇的な効果をもたらす訳ではない。
 彼もまた己の限界を超える戦いを強いられていたとしても、この戦闘能力は異常だ。
 先天的に彼には才能があったのかもしれないな……。


「しかしまあ、こういう斬り合いも中々おつなものだな……一撃で指が飛び、骨は砕け、内臓は沸騰し血も粉となる……緊張感を味わうにはもってこいの獲物だな、心刀は……」

「何……! 貴様心刀の意義を何だと……!!」

 それは私達心刀使いを侮辱する言葉だった。
 紛い物しか扱えぬ奴が……そのような口をきくなど!!


『所詮獣には我等が正義など解せぬ!!』

「「何!?」」


 その声にその場にいた全員が振り向いた。


「えっ……!?」


 私と同じ純白の制服に身を包んだ長髪の男性……いや、私の物は汚れを知った、同じでは無いな。
 月明かりの下で、その怒りの眼差しを真紅の羅刹へと向けていた彼は……!!



「愚かなり! 真紅の羅刹!!」

「つ、月臣少佐!!」


 豪州からの援軍……来てくれたのか!
 しかも、この場で最も望んだこの人が……!!


「確かに破壊と混沌の果てにこそ新たなる秩序は生まれる……しかし、はなから再生の意思無き貴様には秩序を担う資格などない!!」

「月臣元一朗か……随分と長い間見なかったな」

「ああ。今は友と離れ、木星と離れ、そして今は舞歌様の影」


“ヴォン!”


 抜いた……!
 木連式柔の目録すら許されたという少佐の実力は、私やカイトを上回るどころか優人部隊最強に近い!
 確かに身体能力では真紅の羅刹が圧倒的だが……真の柔には敵うまい!。 


「テンカワ=アキトに拘り過ぎたのが仇となったな! ここは本来乱無き穏やかな場所……おとなしく投降せよ」

「しない場合は?」

「地獄へ行ってもらうしかありませんねえ」


 さらに私は信じられない人物を目撃する事となった。





「超! 何故お前がここにいる!!」

「お仕事です」


 月臣少佐の後ろから現れたスーツ姿の人物に、私も、カイトも……そして真紅の羅刹すら動きを止めた。
 たった一人で月を取り戻した天才、超新星。
 その彼が……自身のパートナーであり、私の友であり……カイトの姉であったイツキを連れて立っていた。


「北斗君、幾らなんでも長居し過ぎました……そろそろ守備隊も体制を建て直し何らかの対策を講じるでしょう」

「そんな雑魚俺の敵では……!」

「君はそうでしょうが零夜さん達はまず生き残れない」


 それを聞いて一瞬真紅の羅刹が躊躇いの表情を見せた様な気がした。
 まさかな……自分も大事に出来ない奴に他人を気遣う事等……。


「邪魔するな! 後5分、いや数分で片を……!!」

「未だテンカワ=アキトに指一本触れていない状況で?」

「ならこいつらを下げろ! 鬱陶しい!!」

「私にそんな権限があると? それに舞歌さんに君とテンカワ=アキトの戦闘を阻止するよう依頼されていますし」


 舞歌様は今回の事をかなり重く見ているようだ。
 懐刀である筈の優華部隊の投入、月臣少佐の派遣、そして派閥的に対立している筈の超博士に、協力を依頼するとは……。


「とにかく帰るのです。機会は生きている内には幾らでも訪れます!」

「二の太刀は考えない主義なんでな……!!」


 矢張り超博士でも説得は困難か……説得とかの場合親御を連れてくるのが筋だが、“アレ”を呼んだら事態が泥沼化するだけだ。

「聞き分けの無い人は困りますね……イツキ」


「はっ!!」

“バチッ!!”

「?!」   


 ……?!
 今のは、何だ?!
 ついさっきまで超博士の隣にいたイツキが、今では真紅の羅刹の正面で鍔迫り合いをしている!!
 太刀筋が早いとかそういうレベルではない! これが彼女の本当の実力……姉弟共にこれほどまでとは!


「ええいっ! どけっ!!」

“バッ!”


 残像が残るほどの高速で、真紅の羅刹が刃を薙ぐ。
 だが既にイツキの姿は無く、彼女は空中で紺色のドレスをはためかせていた。


「博士っ!!」

“ヒュ!”


「はい。任せて下さいな」

“パシッ”


 イツキから心刀を投げ渡された超博士は、自分が帯刀していた心刀も手に持った。
 一体、何を……。


「行きますよ」

“ヴン” 


 白色の刃が優しく超博士の周囲を照らす。
 高温の物体の色は赤から白へ、白から青へと変化する。これは星の明るさにも当てはまる事だ。   
 星の場合、温度が低い星は放射エネルギーが低いと共に、やや長波長側に偏った光を発するため「赤」く、温度が高くなるにつれ放射エネルギーが強くなるとともに放射する光が短波長側にずれて行くために、だんだんと「青」っぽく見えるようになる。
 心刀にもこの現象は現れ、通常の使用者ならば赤程度の出力で落ち着くが……私のような未熟者だと放射エネルギーが大きすぎて青い刃が生まれてしまう。
 理想で言えばその中間である白い刃が発現するのが好ましいが、それが出来るのは完璧に心刀を使いこなせる超博士とイツキのみである。


「お前自らがそれを使うのか……やめておけ。怪我だけじゃ済まないぞ」

「いやそうも言ってられないのでね、こういう場合」


“ヴン”

「な……!!」

超博士が更にもう一本、心刀を発現させた!
 粒子兵器を扱える者でしか判らない事だが、これは信じがたい行為である。
 粒子兵器はイメージが全ての代物だ。
 刃も、弾丸も自分自身で形を整え、その形状を維持し続けなければならないのだ。
 最も扱いが難しい心刀で二刀流など……私達には発現させる事すら無理な話だ!!


「私は一人じゃないんですよ。私の肩には、イツキを初めとした多くの人の願いが篭っている……それが、ほんの少し力を与えてくれているだけです」


 イツキの心刀を左手に構え、自らの心刀を右手で携える超博士。
 発現から30秒が経っているが、一向にその輝きが衰える気配が無い!

「見せ付けてくれるなっ、超!!」

“バチッッ!” 


 真紅の羅刹が小型心刀を脳天めがけて振り下ろすが、二本の刃に完全に阻まれている。
 計三本もの心刀を目の前にしているにも拘らず、博士は汗ひとつかいていない。あれが発する熱量は相当な物だというのに!


「君もやろうと思えば出来る筈なのに……仲間を拒み、恩師を拒み、そして挙句に自分自身をも拒んでいては……」

「貴様っ……!! 本当に殺されたいか!!」

「私は君の恩師などではありませんからね。気に入らないなら遠慮なく倒せばいいじゃ無いですか……力づくでね」

“ヒュン!”


 左手の心刀を手放し、おもむろに投げた!
 途端に一段階周囲の明かりが低くなったが、直に元に戻った。


「はああっ!!」


 それを受け取ったイツキが、すぐさま心刀を抜いた為だ。
 イツキはハイヒールを履いたままの脚で、硬質な音を立てながら真紅の羅刹に走り寄る!


「無謀な! そんな出で立ちで何が出来る!」

「本気ならば……何時何処で、どんな格好でも戦えるわ!!」  

“バッ!”  


 超博士の心刀を一端押し込み、その反動で離れる真紅の羅刹。
 先にイツキの相手をするつもりか!


「させん!」


 だがイツキの前にはカイトが待ち構えていた。


「女の為に死ぬか!!」

「家族の為に死力を尽くして何が悪いか!!」


 そのまま両者共減速無しで突っ込んでいく!
 この一撃で……決まってしまうのか?!
 二人が交差した瞬間、どちらにしても残された人間にとっては辛い結果となる……!
 イツキ、そして舞歌様……私に何かできる事があるのか?
 この憎悪の輪廻を止めるには、何か方法が……ある筈だ!




「……皆の事は私は決して忘れない。だが今は……皆の為に刃は振るわない!!」

“ブン!!”


 最早猶予は無い! この一撃に賭けるしか……!!
 一歩間違えれば二人共吹き飛ばしかねないが、何もせずに手をこまねいているよりかは!     


「走れッ!」


 その場で大きく二度三度、心刀を振り続ける。
 傍から見ればその光景は滑稽だろうが、こちらとしては必死だ。
 イメージを一点のみに集中させ、一瞬だけその部分を刀身から剥離させる……。
 名付けて!


「電光石火!」

“ゴオッ!”

「「……!」」

“ドムッ!!”


 制御を離れた粒子が刀身を離れ、円月上に地面を走る!
 そして真紅の羅刹の頭髪を数本切り落とし、背後の街路樹をなぎ倒した。


  
「そんな技もあるのか。まだまだこいつも奥深いな……だかそれがどうした? 当たらなければどうというものではない!」

「お前を倒す事が目的じゃない! 時間を作る事だ!」


「なにっ!!」

“バムッ! バムッ!!”

「がっ……!」


 真紅の羅刹の無防備な背中に、二発の弾丸が吸い込まれていく。
 獣じみた悲鳴を上げた後、奴は勢いをつけたまま地面に倒れ伏せた。


「ご苦労……月臣君」


「そ、そんな……北ちゃん!!」

『北斗様っ!!』

 動かなくなった真紅の羅刹に駆け寄る工作員を、超博士と少佐は冷ややかな目で見ていた。
 ……余りに呆気ない幕切れだった。
 激しく躍動した筋肉は凍てつき、あらゆるものを粉砕した腕はピクリともしない。
 軽やかに大地を駆けた足も横たわるだけ……真紅の羅刹は、最早動かなかった。
 ……そう、動かないだけである。
 きっちり、しっかりと肩は上下し息をしているのだ! 仕留めたのでは無いのか?!


「効くかどうか不安でしたけど何とかなったみたいですね……麻酔が。それにしてもよくぞ一撃で当ててくれました」

「天道が奴の気を引いてくれたお陰です」



 どうやら最初から、超博士は真紅の羅刹を殺すつもりは無かったようだ。
 ……こちらはそれこそ命がけで相手をしていたというのに余裕である。


「さあ、ぐずぐずしてはいられませんよ? 高杉君、急いでこの国から脱出なさい。後の事は私が何とかしてみます」

「う……ですが……!」

「ありがとうございます!さあ高杉殿ぐずぐずせずに……!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ千沙ちゃん、ってクソッ!」


 何が言いたかった高杉三郎太?
 今この場にはお前達は必要無い……これ以上木連の立場を危うくするような行動は謹んで貰いたい。
 ……まあ、私も増援を要請しておいて人の事は言えんか。
 それにしても優華部隊とは結局合流出来なかったな……。
 恐らく真紅の羅刹“抹殺”の為に死力を尽くしてくれたのだろうが……無事である事を祈る。


「さて月臣君、君はこれからどうします?」

「アクア嬢が負傷した以上警戒レベルを引き上げねばなりません。私は暫く此処に滞在します」

「そうですか。では頑張って下さい。お疲れ様でした」


 超博士の様子から人払いをしたい事を、私と少佐は理解した。
 テンカワ=アキト相手に時間稼ぎ、そして和平の意思を確認するつもりだろう。


「撤収!」


 少佐の号令に従って、私とエル達はその場から離れ始めた。
 損傷が酷いカエンをジェイが背負い、Dにはエルが寄り添っている。矢張り粒子による干渉が彼の機能に障害を発生させていたのだ。
 彼らは一言も発する事無く歩いていた。あの負け方は確かに辛いだろう。
 だがあの化物相手に生き残っただけでも賞賛に値するとは……流石に慰めには不適切なので言わなかった。

    

 

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