真紅の羅刹!
舞歌様とアクアの理想を阻まんとする、獅子身中の虫が!!
小型だが、真紅の羅刹の手の中にあるのは紛れも無く心刀!
私の場合開発初期で監視が緩かったが、今では心刀のみならず、全ての粒子兵器は厳密に管理されている筈……。
成る程……そういう事か!
だが、こいつにこんなものを渡すなんて、何とかに刃物ではないか!
真紅のドレスを膝下の長さで焼き切り、その切れはしで長い赤毛を縛り上げる。
もう枝織はどこにもいない。
今目の前にいるのは……兵器以上に破壊に精通した存在だ!
ハイヒールを脱ぎ捨て素足となった真紅の羅刹が、真っ直ぐにテンカワ=アキトを見据えている。
私を含めた他の人間は眼中になし……か。
このまま刺激しなければテンカワ=アキトのみを相手にして止まってくれる可能性も……まるで暴走した相転移炉並の危険さだな。
が、矢張りそう言うわけにもいかないか!
頼むから読んでおけよ……空気を!
……すぐ戻って来た。
土煙を上げつつ、盛大に地面を削って……。
突っ込んだはいいが攻撃の有効範囲に入る前に踏み込まれ、モロに喰らったか……。
体の丈夫さに頼ったのだろうが、それでも腕一本が容易くもげてしまっている!
言う前に勝手に突っ込んだのは何処のどいつだ……!
要らぬ殺気をこちらに惹きつけてからに!
そして真紅の羅刹の獲物は、一時的にテンカワ=アキトから私達に変わった……。
さしものDも真紅の羅刹相手に攻めあぐねている。
当然だ。
今まで単純なスペックのみの力押しで戦って来たのだから、それが通用しない相手に対しては更なるパワーアップしか道が無いのだ。
それには専用の施設と莫大な資金が必要であり……私達生身の人間のように気合と根性と努力で何とかなる訳では無い。
目をぎらつかせこちらを見ている真紅の羅刹。
これ以上待たせると痺れを切らせて何を起こすか解らない……余裕ぶっている今しか無いか。
個人的な感情……か。
ストレートに“復讐”と言えばいいものを……未だ私は外道に落ちるのを畏れていると見える。
あの時は無力で、何一つする事が出来なかった。機会など一つとして存在しなかった。
……それが、数年も経った今日この日に、突然訪れた。
力はあるがまだ非力……それでも私は逃げたくない。
これ以上、奴に人の血を吸わせる事を許してはならない……そう私自身が叫んでいたから。
まだこの戦いの本質がわからないか、高杉三郎太!
私は死ぬつもりでこいつと相対しているのではない……。
私は多くの“生”を守る為に、死中に活を見出すまで!!
私の必死の突撃を、真紅の羅刹は喜々とした表情で待ち構えていた。
真紅の羅刹は半歩も動かずに私の一撃を避けた。
確かに!
振るだけで衝撃波が発生するような代物だからな、これは……。
威力は絶大だが、殺気以前に攻撃モーションが悟られやすい!
構わず私は走り抜け、そこに入れ替わる様にジェイが飛び出していた。
肉と肉がぶつかり合う壮絶な音が響いた。
全速度と体重をぶつけたラリアットだったが……それは真紅の羅刹の細腕によって軽く受け止められていた!
そのまま片腕を掴まれ宙に舞うジェイ!
化物め……機械と血肉が混合した奴を、片手で投げ飛ばすか?
?!
一見何も無い空間だが、今しがた巻き起こった土煙のせいでインの影が!
本人は気がつかず突っ込んでいくつもりだ!
エルがワイヤーで腕を取ることで真紅の羅刹の気を引き、更に挑発をかけたか。
だが……挑発は気が入ってなければ!
腕に巻きついたワイヤーが、心刀で瞬時に焼き切られた!
張力が一気に解放され、唸りを上げてワイヤーがエルの腕を傷つける。
……腰が引けてる者の声など、奴には遠吠えにしか聞こえないのだ。
インの離脱を助ける為に、Dがフィールドを真紅の羅刹めがけてぶつける。
お陰でインは距離を離せたが、こんな物に当たる奴ではない。逆にその余波をインが受けてしまっている。
更に距離が離れ、私達は完全に分断されてしまった……先行した私が、孤立した状態になっているのだ。
それにしても不甲斐無さ過ぎると思い、私はブーステッドマン達に喝を入れる。
豪州の墓地で二度目の戦闘を行った際など、もっと手強かった!
全力でぶつかれば積尸気だって撃破可能な勢いが、今では見る影もない……。
苛立ち気に言い放つDに、私はハッとなった。
ジェイがすっとんきょうな声を上げるが、訳を説明する時間は……。
不敵な表情で真紅の羅刹が睨んできた。
あんな超小型の相転移炉を地球が開発しているとは思っても無かった。
メカニックは小さければ小さいほど、ちょっとしたトラブルでも致命傷になり易い。
エル達の表情に初めて焦りが見え始めていた。
その力を手に入れてから、初めて味わおうとしている……死と言う敗北への恐怖。
これを何度私は乗り越えた?
乗り越えてなお、私はこの程度……真紅の羅刹やテンカワ=アキトは、私達などよりよっぽど過酷な戦いを繰り返し、その度に生き延びて来たのだろう。
だから強い。だから、勝てない……。
そう!
肝心なのは死地を乗り越えた先に、何を見出そうとしているかだ!!
テンカワ=アキトは平和を勝ち取るべく戦い続けているが、目の前のこいつは何だ?
刹那的な快楽を求めているに過ぎないじゃないか!!
そんな奴に負ける事など……負けてなるものか!!
切先を真紅の羅刹に向け、その殺気を正面から受け止める!
退いては駄目だ……そんな覚悟では、奴とは闘えない!
突如頭上から振ってきた殺気に、私も真紅の羅刹も飛び退いた!
奇襲の一撃は掠りはしたもののまともには入っていなかった。
だがそれは確実に流れと空気を変えた……!
私の安堵の表情に、少しむず痒そうな表情をして背を向けるミカヅチ。
……何?
真紅の羅刹は私と同時に声を上げると、途端に満たされた表情になる。
こいつミカヅチ……いや、カイトと闘った事が?!
確かにカイトのタキシードも、弾痕やらなにやらでボロボロになっている。
何処かの勢力と小競り合いをしていたのだろう。
溢れんばかりのその気迫に、私は思わず目を見張った!
これは……真紅の羅刹と同じレベルの闘気、そして相手を完膚なきまでに殲滅し、その存在を抹消せんとする……無慈悲なまでの意思!
直近くにいる私は迷いに迷う……このまま助太刀するか、任せるか。
素直にその言葉に従った後に、私は後悔する。
私の覚悟はそんなものだったのか……?
実は命が惜しかったのか?
心刀を停止させた際に沸き起こった安堵感に、私は嫌悪を感じた。
そう言ったカイトの表情は実に力強かった。
月で最後に顔を合わせた時と比べ、格段に彼は成長していた。
あの撫子の共に私達と戦っていたのだから、当然といえば当然か。
まともな神経の持ち主なら立腹間違いなしの罵声を吐きつつ、カイトは真紅の羅刹相手に刃を振るう。
その動きは実に軽快で、地面ではなく氷上で舞い踊っているかのようだった。
ひっきりなしに響き渡る心刀同士が切り結ぶ衝撃音。
そして暗闇の中双方の顔を照らし続ける真っ赤な光……まるでそれは、二人が血で染まっていっているようにも感じた。
右手の心刀を振るった勢いに任せ、左手を繰り出す真紅の羅刹!
あれをまともに食らえば骨が粉々になる……!
拳が鼻先まで近づいた所で、片手でそれを受け止めた?
これには流石にジェイも声を上げていた。
とは言ってもジャンパー処置を含めた強化手術は、あれほど劇的な効果をもたらす訳ではない。
彼もまた己の限界を超える戦いを強いられていたとしても、この戦闘能力は異常だ。
先天的に彼には才能があったのかもしれないな……。
それは私達心刀使いを侮辱する言葉だった。
紛い物しか扱えぬ奴が……そのような口をきくなど!!
その声にその場にいた全員が振り向いた。
私と同じ純白の制服に身を包んだ長髪の男性……いや、私の物は汚れを知った、同じでは無いな。
月明かりの下で、その怒りの眼差しを真紅の羅刹へと向けていた彼は……!!
豪州からの援軍……来てくれたのか!
しかも、この場で最も望んだこの人が……!!
抜いた……!
木連式柔の目録すら許されたという少佐の実力は、私やカイトを上回るどころか優人部隊最強に近い!
確かに身体能力では真紅の羅刹が圧倒的だが……真の柔には敵うまい!。
さらに私は信じられない人物を目撃する事となった。
月臣少佐の後ろから現れたスーツ姿の人物に、私も、カイトも……そして真紅の羅刹すら動きを止めた。
たった一人で月を取り戻した天才、超新星。
その彼が……自身のパートナーであり、私の友であり……カイトの姉であったイツキを連れて立っていた。
それを聞いて一瞬真紅の羅刹が躊躇いの表情を見せた様な気がした。
まさかな……自分も大事に出来ない奴に他人を気遣う事等……。
舞歌様は今回の事をかなり重く見ているようだ。
懐刀である筈の優華部隊の投入、月臣少佐の派遣、そして派閥的に対立している筈の超博士に、協力を依頼するとは……。
矢張り超博士でも説得は困難か……説得とかの場合親御を連れてくるのが筋だが、“アレ”を呼んだら事態が泥沼化するだけだ。
……?!
今のは、何だ?!
ついさっきまで超博士の隣にいたイツキが、今では真紅の羅刹の正面で鍔迫り合いをしている!!
太刀筋が早いとかそういうレベルではない!
これが彼女の本当の実力……姉弟共にこれほどまでとは!
残像が残るほどの高速で、真紅の羅刹が刃を薙ぐ。
だが既にイツキの姿は無く、彼女は空中で紺色のドレスをはためかせていた。
イツキから心刀を投げ渡された超博士は、自分が帯刀していた心刀も手に持った。
一体、何を……。
白色の刃が優しく超博士の周囲を照らす。
高温の物体の色は赤から白へ、白から青へと変化する。これは星の明るさにも当てはまる事だ。
星の場合、温度が低い星は放射エネルギーが低いと共に、やや長波長側に偏った光を発するため「赤」く、温度が高くなるにつれ放射エネルギーが強くなるとともに放射する光が短波長側にずれて行くために、だんだんと「青」っぽく見えるようになる。
心刀にもこの現象は現れ、通常の使用者ならば赤程度の出力で落ち着くが……私のような未熟者だと放射エネルギーが大きすぎて青い刃が生まれてしまう。
理想で言えばその中間である白い刃が発現するのが好ましいが、それが出来るのは完璧に心刀を使いこなせる超博士とイツキのみである。
超博士が更にもう一本、心刀を発現させた!
粒子兵器を扱える者でしか判らない事だが、これは信じがたい行為である。
粒子兵器はイメージが全ての代物だ。
刃も、弾丸も自分自身で形を整え、その形状を維持し続けなければならないのだ。
最も扱いが難しい心刀で二刀流など……私達には発現させる事すら無理な話だ!!
イツキの心刀を左手に構え、自らの心刀を右手で携える超博士。
発現から30秒が経っているが、一向にその輝きが衰える気配が無い!
真紅の羅刹が小型心刀を脳天めがけて振り下ろすが、二本の刃に完全に阻まれている。
計三本もの心刀を目の前にしているにも拘らず、博士は汗ひとつかいていない。あれが発する熱量は相当な物だというのに!
左手の心刀を手放し、おもむろに投げた!
途端に一段階周囲の明かりが低くなったが、直に元に戻った。
それを受け取ったイツキが、すぐさま心刀を抜いた為だ。
イツキはハイヒールを履いたままの脚で、硬質な音を立てながら真紅の羅刹に走り寄る!
超博士の心刀を一端押し込み、その反動で離れる真紅の羅刹。
先にイツキの相手をするつもりか!
だがイツキの前にはカイトが待ち構えていた。
そのまま両者共減速無しで突っ込んでいく!
この一撃で……決まってしまうのか?!
二人が交差した瞬間、どちらにしても残された人間にとっては辛い結果となる……!
イツキ、そして舞歌様……私に何かできる事があるのか?
この憎悪の輪廻を止めるには、何か方法が……ある筈だ!
最早猶予は無い!
この一撃に賭けるしか……!!
一歩間違えれば二人共吹き飛ばしかねないが、何もせずに手をこまねいているよりかは!
その場で大きく二度三度、心刀を振り続ける。
傍から見ればその光景は滑稽だろうが、こちらとしては必死だ。
イメージを一点のみに集中させ、一瞬だけその部分を刀身から剥離させる……。
名付けて!
制御を離れた粒子が刀身を離れ、円月上に地面を走る!
そして真紅の羅刹の頭髪を数本切り落とし、背後の街路樹をなぎ倒した。
真紅の羅刹の無防備な背中に、二発の弾丸が吸い込まれていく。
獣じみた悲鳴を上げた後、奴は勢いをつけたまま地面に倒れ伏せた。
動かなくなった真紅の羅刹に駆け寄る工作員を、超博士と少佐は冷ややかな目で見ていた。
……余りに呆気ない幕切れだった。
激しく躍動した筋肉は凍てつき、あらゆるものを粉砕した腕はピクリともしない。
軽やかに大地を駆けた足も横たわるだけ……真紅の羅刹は、最早動かなかった。
……そう、動かないだけである。
きっちり、しっかりと肩は上下し息をしているのだ!
仕留めたのでは無いのか?!
どうやら最初から、超博士は真紅の羅刹を殺すつもりは無かったようだ。
……こちらはそれこそ命がけで相手をしていたというのに余裕である。
何が言いたかった高杉三郎太?
今この場にはお前達は必要無い……これ以上木連の立場を危うくするような行動は謹んで貰いたい。
……まあ、私も増援を要請しておいて人の事は言えんか。
それにしても優華部隊とは結局合流出来なかったな……。
恐らく真紅の羅刹“抹殺”の為に死力を尽くしてくれたのだろうが……無事である事を祈る。
超博士の様子から人払いをしたい事を、私と少佐は理解した。
テンカワ=アキト相手に時間稼ぎ、そして和平の意思を確認するつもりだろう。
少佐の号令に従って、私とエル達はその場から離れ始めた。
損傷が酷いカエンをジェイが背負い、Dにはエルが寄り添っている。矢張り粒子による干渉が彼の機能に障害を発生させていたのだ。
彼らは一言も発する事無く歩いていた。あの負け方は確かに辛いだろう。
だがあの化物相手に生き残っただけでも賞賛に値するとは……流石に慰めには不適切なので言わなかった。