Generation of Jovian〜木連独立戦争記〜
●ACT7〔平和の国で〕
超新星編「番いの如く舞え」


 月軌道艦隊の残存兵力の掃討は、順調に進んでいました。
 舞歌さんに豪州の管理運営を丸投げしたお陰です。あの人矢張り軍隊指揮するよりああいった事が向いているみたいで……流血と流涙しか招けない私とは大違いです。
 まあそれだけにそれを未然に防ぐ方法も熟知していますが。



「……閣下、どうでした?」

『ようやく黙らせる事が出来た……気苦労をかけた』

「いえ、こちらこそ感謝の言葉もありませんよ」


 月の占領がいよいよ現実味を帯びてくると、元老からの横槍が激しくなってきたのです。
 色々と現実を見据えない無茶な要求ばかり言ってきましたが、極め付けが一つありました。
 “今こそ悲願達成の時。我らが正義を裏切り者共に知らしめろ”
 ……早い話が月面都市への報復行為です。
 老人どもは未だにかつての政変争いを根に持っており、共和派の末裔に対してもその怒りの矛先を向けようとしたのです。
 そんな事をやって誰が何の利益を得る事が出来るのか? 亡霊の下らない感傷で本来木連の半身である月を壊滅させるなどと、正気の沙汰ではありません。
 いい加減鬱陶しくなったので、彼らの切捨てを実行しました。
 私と草壁中将閣下は早い段階からこう言う事態を想定し対策を練っていましたが……流石は草壁中将、何のしこりも残さずに片をつけてしまいました。
 全国民に元老の真意を暴露し、その行為の是非を問うという荒業の結果は……言うまでもありません。


『いっそ北を投入してやろうかとも考えたが……実に良いタイミングだった。これで元老どもを封じ込める事が出来た……これからは我々の手で木連を導く事が出来る!』

「はっはっは。閣下の手腕ならば一人で出来るんじゃありませんか?」


 賞賛めいた言葉をかけてみますが、これで舞い上がるような男ではありませんでした。


『……いや、所詮私は木連市民の代理人だ。そこまでの権限は扱い切れん』


 ……まだ腐ってはいないようですね。
 勝ち続けている限りはこの状態は維持できるでしょう……ですが指導者と言うのは辛い役職。いつ“支配”という耽美な誘惑に負けてしまうか解ったものではない。
 慎重に見極めが必要ですね……。




『さて、この話は此処までだ。今日はお前に問いたい事がある』

「何でしょう?」

『……何故地球侵攻作戦を中断している? このままでは国民の間で厭戦空気が広がる危険性があるぞ』


 国民を絡めて尋ねてきましたか。
 まあ私とて犠牲が嫌だから戦いを止めましょうなどとは考えていません。
 そんな覚悟でここまでは来ませんから。


「私は連合の反攻作戦を恐れているのです。その為の戦力増強期間だと思い下さい」

『反攻作戦? まさか……月を失った地球連合にまともな抵抗等できる訳が無い』

「連合の本星はあくまで地球です。月など彼らに取っては資源の塊りにしか見えていないのでしょう……だからアッサリ逃げ出した」


 そう、今でも月では多くの市民が取り残されたまま……幸い共和派の流れを汲む団体等が協力してくれたお陰で、今でも月の都市機能は生きています。
 豪州の時と違い殆どそのままの状態で数十の都市を支配下に置けましたからね……我々は資源力だけでなく経済力をも手にしつつあるのです。


『確か財界の大物の退避が完了した時点で、連合軍は全軍撤退を開始したそうだが……見下げ果てた連中だ』

「いや全く。一部は北斗君が抹殺してくれましたけど」

『真紅の羅刹か……彼と会う時は二言目には“親父は何処だ”だからな。言い訳を考えるのに苦労する』

「彼から逃げ出そうとせずに、対話する意志があるだけ閣下は立派ですよ……おや噂をすれば何とやら。帰って来たようです」


 着艦要請信号は……ダリアを含め無事に全機揃っている。


「では、仕事が出来たのでそろそろ……侵攻作戦の件は現状維持でよろしいですか?」

『仕方があるまい……暫く結果を待とう』

“ピッ”

「待たせましたね。急ぎましょうイツキ」

「はいっ、状況はかなり深刻です」



 私が長距離ボソン通信を行っている間、イツキは私の話に複雑そうな顔をしつつも北斗君達の誘導をしてくれていたのです。
 同時に損傷状態を外部から判別していたのですが……そうですかそこまで酷いのですか。


「具体的にはどんな風に?」

「神皇は全機中破以上、ダリアもコクピット部に著しい損傷が」

「そりゃ大変だ」


 二人で駆け足で格納庫に辿り着くと、余計にその惨状が目立ちました。
 神皇は何処かしらパーツが欠損しており、特に零夜機は頭部どころかコクピットすれすれの部分にまで鉤痕がありました。


「大丈夫か、零夜」

「う……だ、大丈夫、大丈夫だから……」

「フン……女が戦場に出るからこう言う事になる」


 北斗君の毒舌に反応する気力も残っていないか……これでもかと言うぐらい痛めつけられたようです。


「博士、これ……!」

「む、これはレーザー? いやビームか?」


 ダリアもまた随分と酷い状態です。左腕は喪失し、胸部と頭部に醜い傷跡が残されています。
 極めつけはコクピットで、何と装甲に穴が空き操縦席まで貫通していたのです。良くこんな状態で帰って来れたものです!


「……テンカワ=アキトですか?」

「いいや? 奴じゃ無いさ」


 あの男ではない?!
 今のナデシコ機動部隊において、あの男に匹敵する能力を持つ人間など……。
 彼しか居ないじゃないですか!
 参った……懸念が現実と化しましたか。


「名は確かカイトとか言ったな……何か知ってるだろうお前?」

「う……」


 動揺が顔に出てしまいましたか。
 大仕事を終え、北斗君達が全員生還出来た事でかなり気が緩んでいましたね……どうしましょう。





「……彼は私の義弟です」


 こうなったら覚悟を決めて全てを話す事にします。
 中将閣下じゃありませんが、面倒な事になりますねこりゃ。



「お、弟?!」



 各務さんを初めとして優華部隊の皆さん全員が目を見張りました。
 ついさっきまで戦場でまみえ、危うく命を奪われかけた存在の身内がここに居るのです……驚いて当然。


「……まあ正確に言えばイツキの弟ですがね」

「博士……」


 頬を赤らめ照れているイツキですが、彼女には腑抜けている余裕がありません。
 北斗君の熱烈と言うか何というか……とにかく狙いを定めたという風な視線が向いていましたから。


「それはどう言う事だ!!」


 御剣さんが一番に疑問をぶつけてきます。
 彼がああなったのは海よりも深い訳がありますが、一々説明するのは面倒です。
 ……と言うよりせっかちな北斗君が持たないでしょうから。


「色々込み入った事情があり、あの子は連合の軍門に下りました……それだけの事です」

「そ、それだけって……」


 余りにあっさりとイツキが答えたので、逆に言及を控えてしまいました。
 後の詳しい事情は戦後本人に直接聞くか、自伝でもリクエストしてもらいたいですね。
 ……いや正直それどころじゃないんです!
 どんどん北斗君の目がぎらついて来てるんですよ……!!


「ほお……奴も言っていたぞ。俺が連合の兵士だったらお前達に殺されていたとな……随分と実力を買われてるな」 

「姉ですから私は。何でしたら試して見ますか? 博士の許可が得られればですが」

「するわけ無いでしょうが! イツキ!!」



 何で挑発しますかねこの人は!
 確かにイツキのスペックはカイト君に匹敵するものがあります。
 いや、むしろ安全面を考慮していないのである意味彼より強力です。
 ですが……実戦経験が乏しいイツキと今のカイト君では、その実力差は歴然です。
 自分でもそれは解っている筈なのに……何故です?!


「……ごめんなさい。あの子が殺されかけたと思うと、つい気が……もう覚悟は出来ていた筈なのに」

「そんな覚悟しないに越した事はありませんよ……貴女の弟なんです。そう簡単には負けませんよ」


 そう、例えナデシコが沈むような事態になっても彼は生き残るでしょう。
 彼の大切な者と共に……ね。   


「……駄目か? ケチるなよ。減るものじゃあるまいし」


「君じゃ減るどころかゼロにしかねません!!」


「あ……それで何時頃直りそうでしょうか?」


 神皇を不安げに眺め、空さんが尋ねてきます。
 他の皆さんと同じくらい、この機体の事が心配なのでしょうね……。


「残念ながらオーバーホール必須です。動けるようになるまでどれだけかかるやら……ダリアは更に酷いですね。もう一回改装作業を行う必要があります」

「俺はハッチの穴を塞げばまだ動けるぞ?」

「駄目です。完全な状態でないダリアではあの新型には手も足も出ませんよ?」



 テンカワ=アキトが投入した新型機動兵器……ブローディア。
 相転移エンジンと“オモイカネ級”の人工知能を搭載した化け物の様なマシンです。
 単機での能力は木連の如何なる兵器の追随も許さないでしょう……“本体”でも太刀打ちできるかどうか。


「また暇になるのか。もどかしい……」

「なるべく早いうちに今後の指針を伝えます。取り敢えず今は手当てと休息を」


 ……ですがブローディアは兵器ではありません。
 量産できず、世界でたった一人しか扱えないような代物など……兵器などとは呼べません。
 こんなものを持っているからといって、戦局が容易く変わると本気で考えているのでしょうか。
 だとしたら愚かですね……木連世代の実力を過小評価し過ぎているとしか思えません。
 所詮は、テロリストと言う事ですか……。




「……さて何処から手をつけて良いのやら」


 それから暫く時間が経ち、暇を持て余した北斗君の相手をしつつ、私はダリアだけでも先に復活させようと考えを練っていました。
 あの変態的な性能を持つ機体相手だと、ただ元に戻すだけでは話になりませんし、ちょっとやそっとの出力強化では追いつかない。
 ブローディアの性能で特に厄介なのはあの光の翼、フェザー。
 自らがディストーションフィールドを纏い、変幻自在に動き回る攻防一体型汎用端末。
 あんなものに纏わりつかれたら流石の北斗君も厄介でしょう。
 あれをどうにかして封じる方法は無いのでしょうか……遺跡から発掘された新技術、AFS(アンチ・フィールド・システム)が一瞬頭に浮かびましたが却下。あれはまだ開発段階の代物であり、今の段階ではゆめみづき級のハンガー全てを使ってようやく詰め込むことが出来る様な容量ですし。
 自立砲台をダリアに搭載させる事は……ブローディアが高性能人工知能を少なくとも複数搭載している事からも効率的ではありません。テンカワ=アキトもそれぐらいは軽く撃ち落せるでしょうし。
 なら守りに徹する様な代物を考えるしか無いのでしょうか? 北斗君はそれで納得するかちょいと不安。
 ……ま、気に食わ無くても彼に生きてもらうには仕方が無い。我慢してもらいますか。


『超』

「はい何でしょうタチアナ」


 ウインドゥに入ったタチアナのメッセージに、私はプラン作成の手を止めました。


『“北”が本艦に乗船しました。面会を求めていますが』

「了解しました。何処に行けばいいでしょうか?」

「そのままでいい」


 気が付くと真後ろに蜥蜴顔が迫っていたので、思わず引いてしまいました。
 ……寝ているイツキに悪いと思って暗明かりの中作業していたのは失敗でしたね……心臓に悪い。



「悪いが愚息を借りるぞ」

「……閣下の命令でしょうか?」

「そうだ」



 完全には私を信用していないと言うことか?
 いやそれならば態々私に伝える必要は無くこっそりやればいい……厄介な任務のようですね。


「今度の任地は何処なのです?」

「平和の国だ」

「平和の国?」

「……そこでテンカワ=アキトが動くようだ。“枝織”をけし掛け奴を牽制する」


 成る程、ピースランドの事ですか……。
 永世中立国という今のご時世では俄かに信じがたい体制をとっている小国。
 そんな所で何をするつもりなのでしょう奴は?



「豪州に奴の親書が送られたらしい。アクア=クリムゾンを招き和平について論を交わしたいとの事だが、どうだか」

「貴方は和平そのものについては反対なさらないので?」

「話がまとまる前に我等が勝利しとる」

「ごもっとも」


 しかしこの場でアクア嬢に何かあれば豪州の融和政策が大きく後退しますね。
 何らかの手を打つために私の元へ協力を求めたのでしょう。


「今度の件は舞歌には届いておらぬ……草壁もあの女には思う所があるのだろう」

「お互いに嫌ってますからねえ……まあそれは仕方がないとして、そんな事を言う為に来たのではないのでしょう?」


 北辰は黙ってうなずくと、手を引いて長髪の少女を私に紹介してきました。


「“枝織”だ……挨拶はどうした」

「ふあ……こんばんはチョーさん」


 だらしなくはだけたシャツとトロンとした目だけ見ると、とてもじゃないですがさっき私と心刀三本勝負をしていた人物とは思えません……散髪が要らない位頭髪に心刀が掠りましたからね……。


「こんばんは枝織ちゃん。お仕事ですか?」

「うん……父様が舞踏会に出て、アー君を殺しにいけって」    

「そうですか……では明日に備えて寝てしまいなさい。興奮しすぎて寝れないとしんどいですからね……ああ後、暗殺は帰るまでが暗殺ですから気を付けて」

「はーい……」


 そのまま大きなあくびをして、枝織ちゃんは北辰に寄りかかって目を閉じてしまいました。
 ……うーん実にミスマッチな光景。しかし現実というものは意外性に富んでいる物で。
 北斗君の半身である彼女もまた、その意外性の賜物なのです。


「で、私にどうしろと?」


 今まで私が座っていた椅子に枝織ちゃんを座らせ、白衣を上から掛けてから話を続けます。


「我は北岡秀一護衛任務がある。六人衆も任務の性質上同行は無理だ」

「……道案内が必要というわけですね」



 枝織ちゃんもまた北斗君と同じで酷い方向音痴なのです。
 しかも石蒜の内壁をぶち破ったりと、壁があっても引き返そうとせず無理やりにでも前に進もうとしますし……。
 さらに厄介なのは枝織ちゃんは北斗君に比べ精神年齢が低い。
 下手に迷子になってパニックに陥ったりすれば、もう任務どころではなくなります。


「自分の行為に責任を取れないような者に暗殺などさせる事が、そもそもの間違いなのですよ」

「かと言って北斗にドレスを着せてみろ……誰も寄り付かん」


 性格だけでなく外見、いや雰囲気まで大幅に変わりますからね……。
 男性的な人格を持つ北斗君ではこの手の任務はむいてませんね確かに。


「まあ私も生の地球の情報が欲しいですし……いいでしょう」


 何だかんだ言って北辰はこの二人にかまってますね……。
 先に逝かれて決着がつかなくなるのを武人として恐れているのか、それとも……。
 

   


 数時間後、私はイツキと共に石蒜から下船し、潜入用跳躍門を経由して地球に向かいました。
 豪州が中継地点として機能しているお陰で、昔に比べ地球への潜入は遥かに容易になりました。
 ……そろそろ優華部隊の皆さんも北斗君、いや枝織ちゃんの失踪に気が付くはずです。
 タチアナには跳躍門を含めた全てのシステムの使用許可を与えています。間違いなく舞歌さんの指示を仰ぎ救出作戦を敢行するでしょうからね。
 ……それに、彼女達には神皇の修理の目処が立たない以上あそこにいても意味はありませんし。


「博士、あの通信が……」


 今の私達は機上の人となっていました。
 豪州から出発するアクア=クリムゾン専用シャトルに、身代わりとして搭乗する事が出来たのです。
 本人はとっくの昔に、高速連絡艇を用いてピースランドに向かっている途中です。
 前回の連合の行動の事もありますので、用心と言う訳で。


「何も設備まで使える様にしなくても……その……緊張してしまって」

「クリムゾンとて善意だけで私達を歓待しているのではありません。リアリティを求めているのですよ……はいもしもし」


 私に受話器を渡すと、落ち着かない様子でグラスの液体に口を付けるイツキ。
 他にもドリンクはあるのだから水を呑まなくても……贅沢に慣れていないのでしょう。
 慣れても困りますけど。


『やってくれたわね超!!』


 こうなる事が解っていたので、あらかじめ受話器を耳から放していて正解でした。
 でないと、イツキの様に耳を押さえ悶える羽目になったでしょうから。


「“何の”事でしょう」


『北斗が居なくなったわ! 千沙達の目が届かないうちによくも……!』


「ああ、“その”事ですか。北辰に頼まれたのでね」


 そ知らぬ顔で切り返す私に、舞歌さんも冷静さを取り戻しこちらに口撃を仕掛けます。


『認めるのね。貴方の仕業だと言う事を』

「だって下手に逆らって中将閣下に睨まれても困りますから」


 受話器の向こうから唇を噛む音が。


『……貴方は違うと思っていたけど、思い違いだったわ』

「失望でも何でもして下さいな。組織を動かすには己の意に反する事もやらねばならないのです……勝つ為に私は米搗飛蝗にでも何でもなりますよ」

『……!』



 しばしの沈黙の後に、落ち着いた声で舞歌さんが答えました。


『……少し言い過ぎました』

「いえいえ事実ですから」


 ですが舞歌さんにはこのままで居てもらいたいですね。
 八雲さん同じ気質……常に追及を忘れないその姿勢が無くなってしまえば、彼女は彼女で無くなるでしょう。      


「しかし舞歌さん。既に優華部隊には出撃を命令したのでしょう? 私にはもう愚痴しか溢す事は無いのでは?」

『そうは、いかないのよ……私は大きなミスを犯してしまいました』



 舞歌さんがミス?!
 一体何をやらかしたのでしょう……。


『優華部隊を向かわせるより前に、私はウツキをピースランドに派遣しました』

「?!」

『そして彼女にも、千沙達と同様の命令を……』


「何て事を!! 随分前から貴女はウツキの事を目にかけていた筈なのに、何故解らなかったのですか?! ウツキは北斗君に……」


『頼りすぎて、私の事情ばかりを押し付けてしまった結果です……ウツキは全力で北斗を止めようとするわ、その命を奪う事で』


 頭を抱えたい気分になりましたが……私はとにかく考えます。


「……まあ、どの道こうなっていたでしょうね。アクア嬢の護衛はウツキしかできませんし、優華部隊を派遣しなければ枝織ちゃんは迷った挙句漆黒の戦神に抹殺されたでしょう……大丈夫です。私が居る限りは好きにはさせませんよ……私も北斗君と枝織ちゃんは好きですから」

『お願いします』


 木連の未来達が潰れる事は極力避けねばなりませんからね。
 その為には漆黒の戦神に退場してもらう事も、頭に入れておかねば。  


「博士、ウツキがどうしたんです……?」


 苦い顔で受話器を置いた私を、イツキが不安気に見つめます。


「イツキ、覚悟を決めておいてくれませんか」

「!!……はい」 


 外遊程度に考えていた旅路が、波乱の物へと変化した瞬間でした。
 




「あれぇ? もしかしてあなたは……」



 ピースランドの地に降り立った私達の、沈んだ雰囲気を動かした人物が居ました。
 若々しく自信に満ちた表情をした青年が、私の顔を見て企みめいた笑みを浮かべたのです。
 これには消沈していたイツキも表情を固くしてしまいました。歳相応とは言い難い貫禄が、彼にはありましたからね。


「北岡先生じゃないですか?! どうしてこんな所に……」


 ロビーの前で秘書である吾郎君と共にいたのはあの北岡秀一……北辰に護衛を依頼している人物です。
 OREジャーナルによるゲリラ報道に関連した訴訟において矢面に立っている弁護士の一人。
 私達が提供した連合の極秘資料や、自身の豊富な人脈と才能で、裁判において政府側を圧倒する心強い味方です。


「お仕事はあれだけじゃ無いんでね。クライアントの誘いでピースランドの姫様お披露目会に招待されてしまって……」

「今の貴方の状況では下手に動くのは危険なのでは?」

「事務所に居る方がよっぽど面倒なんですよ。仕事ができやしない」


 矢張り連合側の露骨な干渉があるようですね。
 事態を予期して北辰を派遣してよかった……。


「いやーもう毎日がお祭りでね。頼みもしないのに月に何度も引越しトラックがうろついたり素敵なプレゼントが舞い込んだり」

「面倒な仕事を頼んで申し訳無い……」

「いや逆に感謝してるさ。超さんが手伝ってくれなかったら、俺は一人でこの仕事をやる羽目になってましたよ」


 私達はそんな会話をしつつタクシー乗り場まで足を運びます。


「まあ何だかんだであそことは縁が深いしね。見て見ぬ振りは出来なくて」

「弁護士人生を投げうって、地球連合を敵に回してまで?」

「流石は超さん、鋭いねぇ……こう見えて惚れた女(ひと)には弱いんですよ俺。あ、信じて無いねお嬢さん」

「あ、いえいえそんな事は……イツキですよろしく」


 イツキを試すように見下ろす北岡先生。
 人によっては反発を生むでしょうが、それだけでは無いというのが彼の不思議な所です。


「向こうから頼みはしてないし、編集長の様に捕まっても居ない……それでもね、やっぱり惚れた女が不当に扱われるのって、我慢なら無いじゃない?」

「そんな風に考える事が出来る人が味方だなんて、頼もしいです」

「どうも、イツキさん……お、タクシーが来たみたいだ。よろしければ一緒にどうです?」


 断る理由など無く、私達は笑顔で申し出を承諾しました。


「む」

「……あら? あらららら?」


 ですが運転手と顔を合わせた途端笑顔では済まず声に出して笑ってしまいました。
 三白眼の鋭い表情をした彼……私の知る人にソックリだったのです。
 編み笠を被ればもう本人と見紛うばかり……。


「言うな。我もこの地に来ると知っていればこうもならなんだ」

「これも運命の巡り合わせと言う事で……安全運転願いますよ北辰」


 まあ、彼にそんな事を言っても仕方が無く、実に荒削りな発進の仕方でした。
 




「北辰さんには世話になってるよ。引越し屋の皆さんをゴローちゃんと一緒に追い返したり、贈り物を解体するのを手伝ったりさ……しかも料理も美味くてね」

「そうなのですか?!」

「北辰さんの肉じゃが……美味かったっす」


 今までずっと黙っていた吾郎君が駄目押しするぐらいですから相当なものでしょう。
 いやー意外な一面を見てしまったと言うか何と言うか。


「屋敷の維持は六人衆に任せてある。果たして今度の旅の間幾らネズミが引っかかるか」

「生塵の日は間違えないようにしましょうね北辰」

「無論」


 矢張り変装してもその笑みはインパクトが強いですね……ほら横切った時歩道の子どもが泣いてましたよ?


「所で北岡先生、民間レベルでの木連の認知率はどれぐらいでしょうかね?」

「んー……公式期間が一切のソースを出さないから、まだ噂の域を出ていないね」

 矢張り……。
 何時の世も体制と言うのは悪足掻きを好むものです。


「でもま、噂としてなら最早知らぬ者は居ない。城戸の奴がまだ頑張って定期的に豪州の画像送ってるから……こりゃ事がばれた時は連合はおしまいだな」

「悪事なんてのはそう簡単に隠し通せるものではありませんから。所で貴方、城戸真司記者の事をご存知だったので?」

「令子さんの後輩だしねってあれ? いつか取材に来たのかな? それとも……」


 時々北岡先生こう言う風にボケますからね……。
 まさか彼も、って事は無いでしょうけど。


「まあいっか。知ってると思ったけど気のせいだ多分。それで連合体制崩壊を本気で心配している人も多くてね……俺そう言う人の相談も受けてて」

「成る程、まあ草壁春樹が政権を握るならば、新秩序は“正義”に法ったものになるでしょう。余程の事が無ければ……」

「そりゃ困った。俺の依頼人殆どが“悪党”ですからね」


 お互い乾いた笑い声を上げましたが、ふと私は横目でイツキを見つめました。


「……」

「あちゃー」


 矢張り拗ねてました。
 こういった政治的な話は、置いてけぼりにされると何も出来なくなりますから……。


「気にする事は無いと思うっす。先生方が何をしていようと、俺らはそれを支えていくだけでも助けになるでしょうから」

「あ、ありがとう……」



 前部座席に座っている吾郎君が、振り返らず言ってくれました。
 貴女に頼り助けられているお陰で、私はこうまで頑張れるのです。
 それでも満足できないのがまあ、彼女らしいと言えばらしいですが。    
 






その2