「……失礼ですかミスターカイト。そのお荷物と後のお客様は……」

「俺の仕事道具、そして“仕事仲間”です」


 先の対立をどうにか解消した俺達は、早速任務を開始した。
 本来高杉副長はかなりの強硬手段を取ろうとしていたようだったが、俺にはこの招待状がある。
 よっぽど慌ててたのか、ルリちゃんは俺に王室からの特別招待状をよこしてきた。
 一般の招待状では手続きその他が煩雑なるからだそうだが、それにしても豪快な手を使う。
 都合の良い事にこれならば、不信な点が見当たらない限り何人かのゲストを独自招待出来る。
 少し人数が多い気がするが、多めに見てもらおう。


「……笛、ですか」

「軽楽器の音楽隊でしてね。他はトランペットです」

「既にオーケストラは入ってるのですが……」

「ルリ姫は素朴な音楽が好きだとの事で」


 実際は彼女の好みなど知る由も無い。食べ物はテンカワさんが作ったチキンライスが好みらしいが……。


「確認しました。良き舞踏の演出を期待しています」


 チェックは終わった。
 俺達はそれぞれの楽器を手に、何食わぬ顔で入場する事が出来た。


「……こんなにあっさりといくなんて」


 信じられないと言った様子の各務隊長。
 俺もそう思う。


「いやー正直、“溶接”の後が見破られないか冷や冷やしました」


 実はこの笛、心刀が仕込んである。
 あの後朝一番でショッピング街に出た俺達は、優華部隊の潜入衣装と楽器を買いに行った。
 衣装選びに予想以上に時間を食ってしまった為、楽器のセレクトはいい加減だった。
 後は近場の公園の茂みに隠れ、俺が帯刀していた心刀で、一つ一つ細工していった訳だ。
 人造人間は空間把握能力にも優れている為、こんな芸当ができるのだ。
 ……ちゃんと楽器として使えるかどうかは疑問だが。


「ばれないですよあれじゃあ」

「正に機械の如き正確さよ、これ……」

 天津隊員と空隊員が自身の粒子兵器を仕込んだトランペットをまじまじと眺めていた。
 彼女らが使う粒子兵器は、優人部隊でも使用されている小型のものばかりだ。
 正直心刀の様な派手な破壊力は期待できないが、衛兵ぐらい叩きのめす事は可能だ。
 まともな武器は彼らから頂戴するしかない。
 しっかりと目立たないように加工してあるが、横から強い力を加えればあっさり外れるようになっている。
 ……しかしこの様子だと俺が人造人間である事を知らない可能性がある。
 まあ別に良いのだけど知らなくとも。
  



「うーでもこれ物凄く高そうなんですけど……」

「ど、どうやってお返しすればいいんでしょうか……」



 何か紫苑隊員と百華隊員が別の意味で脅えているが大丈夫。
 こんな時の為にキャッシュはある。
 常日頃の貯蓄は大切だなと、今更ながら実感している。


「何、人生ピンチもあればチャンスもある。その内返るでしょう、出費が結果となってね」
 


 まあ結果はブロスに言った様に0か1だ、いや本当あれ相手では生き残るか、全てを失うかのどちらかだし。
 




「……さて、と。パーティーの時間までまだ大分あるな……テンカワさんらを追い抜いたんじゃないのか?」
 


 とはいっても開始まで後数時間しかない。
 早朝に合流してからかなりの時間が経過してしまった……。
 皆若干の焦りがあると言うのに、高杉副長は余裕だ。


「おや……? 珍しいな。君らみたいな軽い系統の人間がいるなんて」


 来客の一人にこんな風に声を掛けられても、高杉副長はさわやかに笑い。


「良く言われますよぉ、でも俺はこれでも真面目ですから」


 そう言って容易くリクエストに答えるぐらいだ。
 映画のBGMの如き軽快さと雰囲気がある演奏を軽くこなす辺り、流石は競争が激しい優人部隊で副長まで登りつめただけの事は……。
 ってちょっと待て。


「……高杉副長何処でトランペットなんぞ習ったんだ?」


 木星コロニーでは音楽なんてのはゲキガンガーのBGMぐらいで、クラシックの類は殆ど廃れている。
 一般に出回っている楽譜等もゲキガンガー関係なので、習う事は殆ど不可能に近い……上級士官のみのカリキュラムなのだろうか?
  


「いやー見事だね。“木星のヘリウム”並に軽快なリズムだったじゃないか」


 この含みのある物言いに何か違和感を感じる俺達。
 しかし俺らが確かめる前に、その男は手をヒラヒラさせながら向こうに行ってしまった。


「副長……」

「……まあ、確かに鋭いなあのスーパー弁護士とやら。俺らもボチボチ動くとするか」


 素早くトランペットをケースにしまうと、高杉副長は真剣な表情で皆を見回した。
 


「俺はテンカワ=アキトとの接触を図る。他の皆はペアを組んで北斗を捜してくれ。間に合ったにしてもそうでないにしろ、北斗を見つけたら先に示した脱出ポイントまで移動。多少の小競り合いは止むを得ないとしても……テンカワにだけは絶対に手を出すな」

「女の私達が下手に色気を出すなと言う事か?」

「御剣隊員それは違う……彼と北斗はもう、人外じゃ済まないレベルなんだ」


 機動兵器レベルでの戦いに慣れすぎていると、生身ならあるいは……等と考えてしまう奴が多すぎる。
 いかに有人兵器の性能が良くなっても、結局は操る人間の限界に縛られてしまう。
 呼吸系統や内蔵が弱かったりすると急速なGには耐えられないし、動体視力と反射神経が良くなければ即座に対応が出来ない。
 つまり機動兵器戦で出来る奴は皆それなりに心得があると考えて良い。
 俺は秋山艦長ら三羽烏や高杉副長……そして北辰や北斗といったハイレベルな猛者ばかり相手にしていたから実感出来るが、まだ戦場に出て日が浅い彼女らじゃまだ解らないか。


「ってあら?」

「みんなとっくに解散したとね」


 気が付くと俺は神楽隊員と共にその場に取り残されていた。
 ……とうとう考え込みすぎて放置される程になってしまったか。
 何だか起動して日が経つにつれて思考時間が長くなっている気が……。


「……待っててくれたんですか?」

「仕方が無いばい。決まったものは」


 どうやら彼女は俺と組む事になっているらしい。
 彼女自身の説明によれば薙刀と抜刀術の使い手らしい。
 ……そういえばリョーコさんも抜刀術の使い手だったな。しかし機動兵器での動きには雲泥の差がある。
 どっちが雲でどっちが泥かは言うまでも無い。一度や二度の実戦ではあの境地には辿り着けないからな。


「……今私が頼りないと感じたか?」


 悟られてるよ。
 おかしいなぁ……昔はどんな事を考えていても、口に出さない限りは表情など出なかったのに。
 ……異常か?


「相手が相手なだけに厳しい状況ですが……」 
 
「……厳しい状況が?」

「だからこそ貴女を頼らないといけない……そう感じてはいます」


 微妙な沈黙が続く。
 正直な話、今俺が一番頼りにしているのは高杉副長だが……今俺があの人に頼っては他のメンバーは誰に依存すればいい?
 


「嘘言わんでええばい。本当は私があんたを頼りにしないといかん」


 自信がないなぁ……彼女。高杉副長のあの名演奏聞いてから更に。
 こうもテンションが低いと本気で置いて行かないと危険だ。何とかして立ち直ってもらうしかない。


「……何故俺を頼って高杉副長を頼ろうとしないのです? 経験的にあの人の方が俺なんぞより上です」


 唇を噛んで俯く神楽隊員。
 良く見ているとその表情は恨みは元より失望や嫉妬といったものすら感じられる。
 ……ただ人間的に嫌悪するだけではここまではいかない。


「解ってるばい……あの男に対する私の態度が、単なる思い込みに過ぎないって……」

「神楽隊員……」

「それでも……それでもあの変わり様は異常過ぎる!! まるで魂だけがそっくりそのまま入れ替わったみたいで……何でお前はそんなあっさりと!」


 神楽隊員は俺が頼んでもないのに、かつての高杉副長の事を話だす。
 昔はあの人は今のように明朗快活ではなく、どちらかといえばガチガチの硬派だったらしい……。
 任務に私情を挟まず、女性を敬い、常に礼儀を弁えた木連軍人の鑑だった、と彼女は言うのだ。


「二年前の……処置を受ける前に会ったきりだったけど、あの人は変わってしまった……処置は人の心まで変えてしまうものなの?!」

「……全く変わっていないと俺は思いますが」


 思いつめた表情だった神楽隊員が急に顔を上げた。


「どういう事……」

「今の高杉副長は任務に忠実だし、女性を蔑ろにはしない、マナーだって破らない……ただ自分を思い通り行動させる為に、邪魔なものを一切合財削っていったが為に、あんな風になったのでは無いでしょうか?」

「つまりは自分勝手になったって事?」

「違う……優人部隊の名を笠に着て悪行の限りを尽くす奴はざらにいる……快楽主義に走るならばそうなるだろうが、あの人はやる時は命をかけて任務を果たす」

「それは……」


「知ったんですよあの人は。自分がこの時代で何を成すかを……それは木連の正義に盲目的に従うことではなく、自らの手で未来を模索していくことだと」


 元々先見性があったのだろう。
 優人部隊は最後の切り札であると同時に、歴史を担う最前線。
 そこで叩き込まれる理念や思想に屈する事無く、自らの我を通したその強さ……恐るべきものがある。
 俺は何も知らずに只突っ走り……一度死んだ挙句姉さんとリョーコさんらを危機に晒してようやくレールから外れることができた。
 自らの意思でそれをやってのけた高杉副長は、矢張り立派だ。


「だからあの人は何一つ変わっていない……信じましょう、俺達が愛するあの人を」

「あ……あ?!」


 ……怒ったのか?
 いやこんな顔の筋肉が緩んだ怒り方は無いだろう……。
 敬愛する上官の事を再び認める事に、それ程の躊躇いを持つとは……。
 一体俺達は、木連で何を教えられてきたのだろう?




「そろそろ時間か……」


 来賓が続々と会場のほうへと入っていく。
 残念ながら俺の招待状では本人以外、舞踏会が開かれるホールまでは入れない。
 会場に北斗が入り込む前にロビー、つまり水際で阻止したかったが……。


「通信が無いという事は失敗か? くそっ……厄介な事になりそうだ」 
 
「だったら失敗の旨をカイトに伝えると思うけど?」
 


 確かにそうだ。
 電波状況が悪いのだろうか? この無線はウリバタケ班長特製の強力なもの……圏外になる事はまず無いと信じていたのに。
 矢張り人型に変形するギミックが故障を呼んだのだろうか?


「こうなったら突入あるのみか……合流ポイントまでの道のりは解りますね? 先行してください」

「わかった……その……カイト?」

「はい?」

「気ぃつけてな。それと……ありがとう」
 


 ありがとう、だって……?
 俺が何をしたと言うのだろうか。彼女は自ら高杉副長への疑念を払った……それだけだ。
 お礼を言われるほどの事はしていない。


「さて……どう探すか」 


 ダンスホールに入り込んだはいいが、人が多過ぎる……。
 奴の事だから押し殺した殺気で簡単に察知できると踏んでいたが、甘かった。
 奴のそれには及ばないものの、この空間は殺気に溢れていた。
 表向きは穏やかで平和な雰囲気だが、胸の内に秘めた様々な思惑が微かだが見え隠れしている。


「テンカワの奴……一箇所に留まっているせいで中々近寄れないんだよ……」
 


 突如声が聞こえたので振り向くと、そこには何時の間にか給士姿となった高杉副長の姿が。
 力づくで入り込んでいたとは……。


「しかも今はな……何時の間にか可愛い女の子捕まえて踊ってやがる」


 確かに。
 今人だかりの向こう側で、テンカワさんが赤い髪の少女と華麗に舞を舞っている。   
 その動きは通常の戦闘機動に勝るとも劣らない、緻密さと大胆さがあった。


「ルリ……ちゃん後で怒るぞー。テンカワは女の子の誘いに甘いからなー」

「……」

「どうした?」

「完全に動きが同調している」


 本来ダンスとはパートナーと共に足並みを揃え、二心一体となって行うものだと聞く。
 だがそれを初対面の人間がここまでやりこなせる事が可能なのか?
 あまりにきっちりとし過ぎていて何だか不自然だ。
 ……だからその作り込まれた同調の、ほんの僅かな変化にも気が付けた。


「……高杉副長! 退避を開始して下さい!!」


 俺は高杉副長が持っていた盆からグラスを引っつかむと、それを力任せに叩き付ける!
 間に合うか……?!
  



 


“ガシャアン!!”

「ぐっ!!」


 間一髪だった。
 俺がグラスを割った事で一瞬だがテンカワさんの視線がこちらを向いてくれた。
 お陰でテンカワさんは少女が繰り出した凶刃をかろうじてかわす事に成功していた。


「……枝織ちゃん、君は何者なんだい?」

「アー君のお友達だよ。でも、それは今日だけのはずだったのに〜……どうして、痛い思いをしてまで避けたの?」

“ポタッ!”
 


 血を流しながらもテンカワさんは臨戦態勢を取った。
 俺も懐に入れてあった笛をへし折り、そのまま心刀を発現させる! 


“ブン!”

“ブゥン!”

「?!」

「あ、貴方は!!」


 俺と殆ど同時に動いていた人がいた。
 忘れもしない純白の制服に身を包んだ黒髪の女性……何故今まで気がつかなかったのか?
 顔は知らなかったが間違いない! この人は……。 


「天道艦長?!」

「ミカヅチ?! そうか、貴方はナデシコに!!」 


 天道艦長は一瞬の内に事態を飲み込むと、事情を問いただす事もせずすぐさま少女に向き直る。 
 何と融通が利く人だ……!


 
「募る話は後回し! 今は……」

「解っています……! テンカワさんを!!」


 殺意に満ちた視線を一心に浴びている少女だったが、一切怯みはしない。
 むしろ笑顔すら見せているのだから末恐ろしい……。


「カイトが割ったグラス……その確認に一瞬、視線を君から外した時に、君の繰り出す凶器が見えたんだ」

「ふ〜ん、凄い偶然だよね」

「偶然じゃないさ……俺はちゃんとお前の動きが見えていた!」


 人造人間の視力だけではどうにもならなかった。
 ……これも“システムの勘”だろうか? それにしては生々しいものだったが。


「待って。今はまだ、仕掛ける時ではない!」


 天道艦長に諭されて、俺は心刀を構えなおす。
 焦って勢いだけで勝てるような相手ではないだろう……こいつは。


「だが、問題はそんな事じゃ無い!!君は……何故殺気も無く人を殺せる!!」

「だって、お父様に言われてたんだもん。テンカワ=アキトを楽にしてあげろ、って。お父様の言う事は、ちゃんと守らないと駄目なんだよ?」

 この感触何処かで……!
 まさかとは思うが、この少女のバックには……!!


「そんな、理由で君は……人を!!」

「だって、どうせ今日が終ったらもう会わないでしょう?なら、別にアー君が死んでも、私には全然関係無いじゃない。それに、アー君を殺してあげないと、私が父様に怒られちゃう」


 まるで機械だ。
 俺らは人造であるが人間だ。
 任務でも人を殺すことには躊躇いを覚える……それが例え武器を持って襲い掛かる敵であったとしても。
 だから守る為に戦う、生きる為に殺すとしか割り切るしかない……それが出来ずに情報サーキットに負荷がかかり、後方に送られた者もいる。
 しかしこの少女の割り切り具合は尋常じゃ無いぞ?!


「君は……危険すぎる。殺意が存在しなければ、俺にも君の攻撃は捌けないだろう。殺気がなければ、君の動きは捉えられないだろう。だから、本気でいかせてもらう!!」


 テンカワさんが遂に仕掛け出す!
 拳を握り締め今にも飛び出しそうなテンカワさんに呼応すべく、俺も一歩前に踏み出す! 


「今っ!」

「応!!」


 天道艦長の一声に、俺は弾ける様にして少女に向かう……が!


「怒っちゃ嫌だよ、アー君♪ でも、何だか怖いから今日はさよならね!!」


“ヒュン!!” 
 
「駄目っ! 」

“ドスッ” 


 牽制のつもりだったのだろう。
 あの少女が投げた食事用のナイフがテンカワさんの直ぐ側を横切った!
 そしてその背後にいるドレス姿の女性に、突き刺さってしまったのだ!!
 何処かで見たことがある気もするが……今は!


「クッ! やってくれたな貴様はぁ!!」


 
 俺はテンカワさんと天道艦長を置いて走り出した。
 北斗だけでも厄介だと言うのに、このような暗殺者を送り込むとは……。
 本国は一体どうなっているんだ!!


 


「高杉副長、状況は?!」


 今まではノイズしか聞こえなかった通信機だったが、ここにきてようやく調子が戻ったようだ。
 矢張り班長の仕事は肝心な所だけは外さない。


『俺やみんなもあの子を追ってはいるが……その前にテンカワに追いつかれる! そうなったら厄介だぞ?!』

「説得は……している暇は無いか。大体……!」

“チュイン!”


 俺が背を向けている通路の角が徐々に削られている。
 ……誰かは知らんが、俺の事が邪魔らしい。


『何だ?! 今のは!!』
 
「俺の近くには皆さんは居ないのでしょう?! だったらおおかた連合かクリムゾン!」

『馬鹿な……!!』

「二つとも今日この場所で意見を調整するつもりでしたからね……戦力があるのは当然でしょう! それに、もっと厄介なのはクリムゾンです!」

『何……?』



「さっき刺された女性を思い出したんですよ! あれはアクア=クリムゾンです! 彼女がああなった以上天道艦長すら敵に回る可能性があります!!」

『何てこった!!』


 ものの見事に今回の会合をぶち壊しにしてくれた!!
 もしアクア=クリムゾンが命を落とす様な事があればピースランドの、テンカワさんの信用は地に落ちる!
 更に、あの少女が本当に木連の刺客だったとして、その事実が豪州に知られれば……分裂するやもしれん。
 たった一人の命がこうまで歴史を動かすなんて! この国の医療スタッフが優秀である事を、祈るしかない!


「時間がない。これより突入します! 高杉副長は一刻も早く脱出準備を!」


 銃声がひと段落したところで俺は角から飛び出した。
 その時は何故か全員俺に背を向けていた……意外と俺と優華部隊の距離は離れていなかったのだろう。
 そちらに気をとられているスキに距離を詰めるのは容易だった。
 加速さえ得られれば、壁だって走破可能だ!


「うおりゃあ!!」

"ザッ!”


 壁面を蹴って勢いをつけた俺は、自動小銃を持った男達の横を通り過ぎる。
 慌てて振り返った連中は、手元にある小銃が溶断されている事に気が付き青ざめた。



「次は首か? 胴か!」


 俺の脅し文句に狼狽した男達は一目散に逃げ出した。
 ……今のはクリムゾンにしては質が悪い、連合か。
 一体誰が何を好き好んで戦火を広げようとしているのか……。


“斬”

「……!!」


 男達が走り去った方向に霧が見えた。
 赤い、鼻につく匂いがする……。   
 


「終わったようだな」


 既に事切れた死体を放り投げる一人のウエイター。
 だが全身から発する気配が全力でその事実を否定している!!


「北辰!! 貴様かぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

“ザッ!!”
 


 互いに心刀を抜いたまま駆け出す。
 程なくしてテラスらしき開けた場所に辿り着くと、両者遠慮無しに獲物を振るい出す。


“ヴァン!”
 
「こう何度もまみえる結果になろうとはな」

「ああもういい加減うんざりだ!!」

“ビュン!!”


 動き回る空間が非常に限られている中で、激しい攻防が続く。
 俺は狭い通路を、北辰は空を背にしている。
 逃げ場はない。どちらにしても互いの顔をみるのはこれでラスト、か。


「フ……だがもう暫く決着は先送りとなる。我は愚息の後始末で忙しい」

「何?! 矢張り真紅の羅刹はここに……っまさか!!」


 いやひょっとすると……そうか、それならばあのテンカワさんが殺されかけた理由も説明がつく!
 


「あの女がそうだったのか?!」

「フフフ……さあな」


 この笑みは肯定と見て間違いない。
 多重人格……? それぐらいの格差はあるぞ! あれと北斗では!!


“ガッ!”


 突如北辰が立っていたテラス部分が丸々崩壊した。
 奴が自ら足場を斬ったのだ。


「フハハハハハハ! また会おう!」

「もう来るな!!」



 本心からの叫びが暗い空の下へと飲み込まれていく。
 しかしそんな事はすぐさま忘却してしまった。
 すぐ斜め真下の庭園にて動きがあったからだ。





「副長……? それにもう一人の女性は一体……」



 逢引とかそんな雰囲気では決してない。
 ところが両方とも緊迫した空気を発しているが殺気はない。互いに相手を案じているのだろうか。
 


「……何て言っていいか、解らないけど。僕には君に……何も言う資格なんて、無いかもしれないけど。それでも、僕はアヤノ君が泣いてる様に見えるんだ」

「……私はアヤノじゃない、チハヤよ……もう、残りの時間は無いわ。さよなら、馬鹿みたいに優しい……アオイさん」


 スイッチ?!
 別れの言葉の後に何かを押すのは、八割がた相場が決まっている……。
 自爆だ!!


“カチッ”


「き、君を!! 死なせるもんか!!」
 
“ドォォォォォォオオオンンンン!!”

「副長!!」


 白煙の中に消えた二人めがけて飛び降りる!
 衝撃は? やけどは? それ以前にあの至近距離……まさか……。


“パァァァァァァァ……”

「は?」


 爆発物は確かに爆発した……が、それは俺の予想とはかなり異なっていた。
 天に輝く光の花弁……そして太鼓の様な腹に響く低音。
 はじめて見るが、これは恐らく花火というものだ。
 


「……?!」


 目をぱちくりさせている様子からも、このチハヤとか言う女も事情を知らされていなかったようだ。
 まあ驚く所はそこじゃない様だが。


「ど、どうして……」

「人を助けるのに理由なんていらんでしょう」


 花火とはいえ、それ自体は大量の火薬の塊である。
 発射時の衝撃をこんな近くで受けたらタダではすまない……にも関わらず、副長は身を挺してこの女を庇った。
 こちらに仇なす事は明白な女を。
 今は意識を失っている為に、真意を聞きただす事は出来ない。
 だが俺は上官として、戦友として彼を信じている。


「甘いわよ、貴方達……そんな事で、この先」

「甘さは弱さじゃない。裏に強さがなければ、人は他人に優しく出来ない」

「!!」


 木連がそうだったからな。
 開戦時、国内情勢は本当に逼迫していた。出生率の低下にも関わらず、現在の人口すらまともに養えない社会。
 地球と違い全てを自らの手で作り上げ、守らなければならいコロニーの生活は……余裕という言葉すら失わせていた。
 欲しがりません勝つまでは。こんな古代の悪しき風習すら、木連では公然とまかり通っていたぐらいだ。


「……ええどうせ私は強くないわ。私は……」

「最初から強い人間なんていない。強さは自分自身で勝ち取るものだ……運命に悲観する事無く、正面から勝負を挑み戦い抜いてこそ、強さは得られる。それに素質や才能、環境は関係ない。最後は結局自分の意志だ」

「……」

「俺も戦わなければ、一生人形のままだったろうから」

「……?」


 倒れ伏して呻いている副長の側に寄ると、簡単なチェックをやってみる。
 ……死に直結するような傷も無く、内臓も痛んでいないようだ。
 ならば……ここでぐずぐずしてられない。


「今の爆発で警備が駆けつけるまで時間がない。行け」

「……! 何を考えて……」


「さっきのザマからもお前を尋問しても何一つ得られないだろうからな。だったら無駄な手間は省くに限る……と言うか時間が無いんだよ今ここで黙りたく無いなら早く行ってくれ!」


 副長がそこまでして守ろうとした女に刃を向けるのは気が引けるが止むを得ない。
 心刀の輝きに息を呑みつつ、彼女は後ろに下がっていく。
 完全に消えるまで待っている時間的余裕は無かった。そのまま俺は庭園から飛び降り、高杉副長と打ち合わせをしたポイントまで疾走した。



  

その3