「頑張る方だが、俺の相手には程遠い……力が違うんだよ」


 最悪のパターンは免れていたもののそれに近い。
 北斗はあの真紅のドレスに身を包んだまま、大立ち回りを演じていた。
 クリムゾンの人間と思しき黒服らは皆ダウンし、今は天道艦長のみが辛うじて立っている状況だ。
  


「っく! 足りない分は知恵と勇気で補ってみせる!」

「小細工と蛮勇じゃないのか? 女々しい考え方だ……」        


 それを小細工としか考えられないようではこいつも先が短いな……。
 北辰でさえも、貴様が小細工と蛮勇とほざく行為の恐ろしさを心得ているというのに……。
 まあ知らないならば教えるまで。その……命でな!
 


「お前も男じゃないんだよ!! 死ねよや!!!」

 助走全く無しで飛び上がった俺は、北斗の直上の位置から渾身の振りを繰り出す!


「!」


“ヴォン!!”

“タッ”


「相変わらずカンが良いな……北斗!」


 殆ど頭髪一本の差で体を逸らすとは!
 幾ら北辰と、文字通り親子程の時間差があるとはいえ……この差は一体?!
 あの親子は共に、暗部で生きて来た人間の筈、その環境にさしもの差は……。


「ミカヅチ!!」


 返事をしそうになって思わず踏みとどまる。
 俺はもうカイトなんだと、一体何度言えば良いのやら……。
 捨てたとはいえ、かつての名前を口にするのは意外と辛いのだ。


「貴女の知っているミカヅチ=カザマは死にました。今此処にいるのは、一人の木連戦士の残骸……カイト!!」

「「カイト?!」貴様あの時の……!!」
 


 美しいとさえ思える北斗の笑みに、俺はハッとなった。
 これこそが北辰との最大の違いではないかと。テンカワさんやナデシコの皆の様な、全力で戦える相手がいるからこそ、ここまで実力が伸びたのではと。
 長年効率的かつ効果的な“仕事”しかして来なかった北辰には底がある。しかし北斗はまだ、前に進める。


「奇妙な趣味に走ったな……“女装”とはな」

「俺の本意では無いさ。それに互いに服装がどうこう言っている場合か?」


 銃撃戦に加え北辰との戦闘、更には花火の硝煙を思いっきり被ったりして見るも無残な状態であることは確か。
 楽器といい服といい……今度の騒ぎだけの出費だったな。
 だが……。
 


「いや……死に装束がそんなのでは余りに哀れだからな」


 それでこいつを葬れるならば!
 逆に葬られる可能性も無きに有らずだがな!
 


「その言葉、そっくりそのままお前に返す!」

「受け取れないな!!」

“ゴオッ!”


 さていよいよだ。
 前回はそれぞれダリアとアルストロメリアと言う鎧を纏っていたが、今は生のままで戦う事になる。
 肉体と共に精神もな……装甲に遮断された殺気も一身に受けねばならない。
 それぞれの鎧には博士と、班長の魂が篭っていたがその加護はもう無い。
 俺達は、全て自力でやらねばならない。守る事も倒す事も。 


「手出し無用! 貴女はもしもの為に力を温存して下さい!!」

「わ、解った!」

“ヒュウン……”
 


 天道艦長の疲労はかなりの物と見受けられたため、俺はそう言った。
 しかし本気でもしもの時が訪れるかもしれない。そうなっても……致命傷は与えなければ。



「退く事は正義に背く事ではありません!より確実な……勝利を掴む為ならばそれも許される筈!!」
 
「俺はそうは思わんがな……どの道俺に倒されれば負けは負けだ。なら愚直だろうが何だろうが、真っ直ぐ向かってきた方が気持ちいい」


「黙ってろ男女!!」

“バチッ!!”


 遊びで殺ってんじゃないんだよ、俺達は!!
 そんな風にしか考えられない奴を、この世に置いてはならない!!





“バン!”

“バチッ!”

“バシッッッ!!”


 手首、足首、肩、首、腰……。
 全身の骨という骨、関節という関節が軋みを生みつつ熱を生む。
 それがたった一本の、鉄をも溶かす光の刃の演舞の為に費やされる労力だ。
 報われはしないこの動き……止まるとしたら、どちらかの首を切り落とすその時だけだ。
 


「ハハハハ! どうした?! 前の勢いが無くなっているぞ?!」

「死ねん理由が出来たからな……色々と」


 驚くほど俺の頭はスッキリしていた。
 戦場よりも遥かに死が近づきつつあると言うのにだ。


「怖気付いたのか?」

「いいや、色々ある理由を一つだけ教えよう……お前なんぞ刺し違える価値もないと気が付いたからだ!!」
 


 そう、俺には帰る場所があり、迫っている戦いもある!
 こんな所で死んでは何の意味も無いのだ。俺達の戦いはこんな所で終わりはしない!
 俺達はずっと戦うのだ……戦争が終わったとしても、新たな時代で生きると言う壮大な闘争が待っている!!


「ぬかせ!」

“ブンッ!”

“パシッ”


 とうとう手を出した。追い詰めてはいないが、熱くなっている証だ。
 こいつは時代で戦う気が無い……いつまでもこんなグズグズした時間でいる事を望んでいる!
 冗談じゃない! たった一人の凶戦士の所業で、明日を否定されてたまるものか!! 


「しかしまあ、こういう斬り合いも中々おつなものだな……一撃で指が飛び、骨は砕け、内臓は沸騰し血も粉となる……緊張感を味わうにはもってこいの獲物だな、心刀は……」

「何……! 貴様心刀の意義を何だと……!!」


 天道艦長の顔が激昂する。
 こいつを使えるまでに、俺らが一体どれ程修練を積んだと思っている!
 優人部隊や人造人間は素質が付加されているとはいえ、全員が使える訳ではないのだ。
 中には力の制御を誤り……腕は戻ってきたものの二度と粒子兵器を使えない身体になった者もいる。
 過酷な修練がなければ本来こいつは使えない……それを才能だけで扱っている貴様に、何が判ると言うのだ!!


『所詮獣には我等が正義など解せぬ!!』

「「何!?」」


 俺の独白に答えるかのように、芯のある声が響く。


「えっ……!?」


 天道艦長と同じ、純白の制服に身を包んだあの男は……!!


「愚かなり! 真紅の羅刹!!」

「つ、月臣少佐!!」


 三羽烏が一人、月臣元一郎か!
 秋山艦長に比する木連最高の戦士が、今ここに……。



「確かに破壊と混沌の果てにこそ新たなる秩序は生まれる……しかし、はなから再生の意思無き貴様には秩序を担う資格などない!!」

「月臣元一朗か……随分と長い間見なかったな」

「ああ。今は友と離れ、木星と離れ、そして今は舞歌様の影」

“ヴォン!”


 木連の癌を断つ為に、遂に少佐も心刀を抜いた!
 ……しかし大丈夫か?! 木連式柔に関しては北辰を上回る部分がある。 
 だが北辰や北斗が修めているのは表の柔のみならず、裏の柔もある。
 人殺しに特化した黒歴史だ。この生の戦いで、一体どれだけ戦えるのか!


「テンカワ=アキトに拘り過ぎたのが仇となったな! ここは本来乱無き穏やかな場所……おとなしく投降せよ」

「しない場合は?」

「地獄へ行ってもらうしかありませんねえ」


 しかしこの声を聞いた途端、そんな心配は無意味だと感じた。




「超! 何故お前がここにいる!!」

「お仕事です」


 月臣少佐に続き、超博士と姉さんまで!
 これで心刀の使い手が半数以上集結した事になる。
 特に博士は、心刀を作り上げたのみならず、その基本モーションの構築も行っている。
 ともすれば自分の刃で自分を斬ってしまう代物である心刀を、誰よりも理解している。
 そしてそれに最も近いのが他でもない姉さんなのだ。
 これは……勝てる! この面子を前にすれば、真紅の羅刹等恐れるに足りず!!


「北斗君、幾らなんでも長居し過ぎました……そろそろ守備隊も体制を建て直し何らかの対策を講じるでしょう」

「そんな雑魚俺の敵では……!」

「君はそうでしょうが零夜さん達はまず生き残れない」


 犠牲を最小限に抑えようとする博士の言葉もまず無意味だろう。
 ……しかし実際、守備隊も黙ってはいないだろう。一刻も早く連絡艇で脱出しなければ国境突破が不可能になるぞ!


「邪魔するな! 後5分、いや数分で片を……!!」

「未だテンカワ=アキトに指一本触れていない状況で?」

「ならこいつらを下げろ! 鬱陶しい!!」
 
「私にそんな権限があると? それに舞歌さんに君とテンカワ=アキトの戦闘を阻止するよう依頼されていますし」


 あの北斗を苛立たせている!
 普通の人間ならこの時点で肉塊になっているだろうが博士は違う。
 あの人もまた、北斗を唯の屍にする力があるのだ……だからこそこんな口が利ける。


「とにかく帰るのです。機会は生きている内には幾らでも訪れます!」

「二の太刀は考えない主義なんでな……!!」

「聞き分けの無い人は困りますね……イツキ」

「はっ!!」

“バチッ!!”

「?!」   


 遂に説得が失敗し、姉さんが動き出した。
 最初に踏み込みを行った地面に深いヒールの後が残っている。
 カタパルトで加速する様に前に出た姉さんは、一直線に北斗の首を狙ったのだ。
 ……パワー、判断力、動体視力、瞬発力とどれを取っても姉さんのスペックは俺を超えている……。
 そんな姉さんに度胸と決意が加われば、敵う奴はまずいない!


「ええいっ! どけっ!!」

“バッ!”


 そんな振りで姉さんを捕らえられるほど、甘くはないぞ!
 どうやら全力を経験した事がない奴には、そういう感覚が鈍い様だな!


「博士っ!!」

“ヒュ!”

「はい。任せて下さいな」

“パシッ”


 と、その時姉さんは自分の心刀を博士に投げ渡した!
 まさか……。


「行きますよ」

“ヴン” 
 


 おもむろに心刀を発現する博士。
 俺らでも多少の気合を入れないと骨だというのにこの人は……涼しい顔で当然のように動かすとは。 


「お前自らがそれを使うのか……やめておけ。怪我だけじゃ済まないぞ」

「いやそうも言ってられないのでね、こういう場合」


“ヴン”

「な……!!」


 驚いたのは俺も同じだった。
 二刀流だって?! イメージを維持する事は勿論、これだけの危険物、生身の人間が扱うのは無茶だ!
 二刀流ともなれば出力調整は全く効かずフルパワーの筈。うっかり身体の何処かに触れただけであっさりと断たれるかもしれない……!!


「私は一人じゃないんですよ。私の肩には、イツキを初めとした多くの人の願いが篭っている……それが、ほんの少し力を与えてくれているだけです」





 そんな気負いは博士には一切無かった。
 あくまでも冷静沈着、自分の事すら傍観しているようだ。
 俺はこの思考パターンが羨ましいと感じると同時に……得体の知れなさも感じつつあった。
 本当にこの人は、凄過ぎる……。


「見せ付けてくれるなっ、超!!」

“バチッッ!” 


 だが真紅の羅刹も負けじと劣らずだ。
 今度は極めて真っ直ぐな振りを博士に見舞う! 辛うじて受止めるも博士の表情も苦い!
 ここに来て奴の瞳に真剣さが帯びて来たが、よりにもよって博士相手ではそう大差は無いだろう。


「君もやろうと思えば出来る筈なのに……仲間を拒み、恩師を拒み、そして挙句に自分自身をも拒んでいては……」

「貴様っ……!! 本当に殺されたいか!!」

「私は君の恩師などではありませんからね。気に入らないなら遠慮なく倒せばいいじゃ無いですか……力づくでね」

“ヒュン!”


 矢張り一人では手一杯と感じたのか、スキを見て心刀を投げる博士。
 一体の如き動きで鮮やかに受け取った姉さんが、ヒールで地面を削りながら駆け出す!


「はああっ!!」

「無謀な! そんな出で立ちで何が出来る!」

「本気ならば……何時何処で、どんな格好でも戦えるわ!!」
  
“バッ!”  


 これ以上敵が増えるのを面倒と感じたのか、博士から一旦離れ姉さんのほうへと向き直る北斗。
 ……まだまだ面倒は増えるぞ!! 


「させん!」


 姉さんより一歩前に立ちはだかると、刃を立てて待ち構える!


「女の為に死ぬか!!」

「家族の為に死力を尽くして何が悪いか!!」


 お互いにこれが全力の一撃となる!
 しかしお前にとっては一撃だとしても、こっちは二の太刀三の太刀がある!
 まあそれには頼らないがな……俺の一撃で全てを決めてくれる!
 


“ゴオッ!”


 その時だった。
 俺達の顔面を高温の粒子が横切ったのは。


「「……!」」

“ドムッ!!”



 咄嗟に身を引いた俺達の髪が何本かもっていかれ、それが地面に落ちる前に何本かの街路樹が宙に舞っていた。
 光波を……飛ばしたのか天道艦長!
 秋山艦長でも光波飛ばしは出来ない事は決して無いが、ここまでの飛距離は無い!
 


「そんな技もあるのか。まだまだこいつも奥深いな……だかそれがどうした? 当たらなければどうというものではない!」


 しかし奴相手では目晦ましがやっと。
 実力のケタが違い過ぎる……!


「お前を倒す事が目的じゃない! 時間を作る事だ!」

「なにっ!!」

“バムッ! バムッ!!”


 銃声を聞いて我に返った。
 ……実力が全てでは無かったのだ。こういった絡み手もまた、勝利への道。
 それを忘れていたとは、俺も知らず知らずの内に北斗と同調していたようだな。


 


「がっ……!」


 血の霧が北斗のドレスを更に染め上げた。
 どうやらそれは奴の意識すら染め上げ……奪ったようだ。
 気配そのものが、失われたのだ。


「ご苦労……月臣君」

「そ、そんな……北ちゃん!!」

『北斗様っ!!』


 慌てて各務隊長ら優華部隊の面々が駆け寄るが……その悲痛な表情が徐々にだが消えていく。


「効くかどうか不安でしたけど何とかなったみたいですね……麻酔が。それにしてもよくぞ一撃で当ててくれました」

「天道が奴の気を引いてくれたお陰です」


 やっぱり。
 鉛球程度で北斗を殺せるようならば苦労はしない……無力化してしまう他に方法は無かった。
 だが今ならば……いや止めて置こう。博士の思惑を無にするわけにはいくまい。
 それに、殺気が近づいた途端覚醒しないとも限らないし。


「さあ、ぐずぐずしてはいられませんよ? 高杉君、急いでこの国から脱出なさい。後の事は私が何とかしてみます」

「う……ですが……!」

「ありがとうございます!さあ高杉殿ぐずぐずせずに……!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ千沙ちゃん、ってクソッ!」


 北斗を背負って高杉副長が行く……。
 短い間でしたが、貴方ともう一度仕事が出来て良かったです。
 今後の更なるご活躍を期待しています……!


“ポン”

「え?」

「ちょっとミ……いやカイト。博士のお話はまだ終わっていないのよ」


 おおっとそうだった。
 感動の渦に飲まれる前に姉さんに引き戻されてよかった、って……。 
 


「まず剣を収めましょう、イツキ」

「……」


 ……。
 ……え?
 何で、こんな張っているんだ? 空気が。
 既に脅威は去った筈。それなのに……。


「貴方が、超新星か?」

「私の噂を聞き及んでいるとはね、プリンスオブダークネス……いや今は漆黒の戦神でしたっけ?」


“ギリッ……”


 本国での通り名はそうなっているのか……って何故そこで殺意をむき出しにするんですテンカワさん?!
 博士も! どうしてそう挑発的な目で見下したり……。


「全て見ていました。貴方の和平への試みとやらを……少女と親しげに踊り、少女を追い掛け回し、少女が痛めつけられる様を只見てた。それだけです」

「い、いえそれは誤解です博士! テンカワさんは……」


 怒っているのか博士は!!
 和平会談の場が無茶苦茶にされた事に対し……何よりクリムゾンとの関係を悪化させるような真似を見過ごした事に!!
 でもあれは仕方が無かった! テンカワさんだって神じゃない!


「自力で動いてなきゃ何の意味も無いんですよ。殆どが他人任せだ」


 ……違う?
 博士は結果で無く、その過程について言及している……。
 ……う、確かにテンカワさん。会場内で知った顔以外と口をまともに開いた事無かったなぁ。
 "同盟”からの粛清を恐れ特に女性を避けまくっていたのが更にマイナスに……とうとう実際問題としてテンカワさんを追い詰めたよあの人達は!!


「……俺の領分じゃ無かった。だから彼女達に任せ」

「自分には関係無い、向いていない、資格が無い、自信が無い、力が無い……そうやって逃げて、貴方はずっと最強の兵士として君臨するつもりですか? 周囲を巻き込んで」


 ああ……博士、人の良いところを見つけるのは大変だけど、問題点ならば幾らだって発見できるからなあ……。
 テンカワさんの場合、ありとあらゆる面で常人を凌駕している分、そういった面が目立ってしまうのか?
 努力してるのに……いや、努力しているじゃ駄目か。
 博士は、本気でテンカワさんに期待していた、結果がほしかった。それを裏切ってしまったのだ……。


「意志無き者には、何もやり抜く事など出来はしませんよ……貴方には本当に和平をする意志があるのでしょうか?」

「何だと……?」

「次会う時は何処でしょうかね? 我々への降伏協定を結ぶ場か、それとも……」


 失望の眼を向けて博士は背を向けてしまった。
 テンカワさんは戦う事でしか、己の強さを示せない訳じゃないのに……ナデシコに来ればそれが判る筈だ。
 ……それが出来ないからこそ、他の手段で自らをアピールする必要があったのに……。
 見て欲しかった……俺達の真実を。





その4