彼女が目を覚まし、落ち着くまで待った後、更に話は進められた。
(約2時間、時間を要した)
「本当に良いのか?なんだったら……部屋を変えて……」
「ううん…………私も聞かなければ行けない事でしょ。お父様の事だから……」
「………そうか……。」
黒ずくめの男も彼女が目を覚ました事を知ると、俺と同じ事を言った。
プロスペクタ−も、彼女をなんとか説得しようとしたが、彼女は俺に行ったことと同じ事を言って、それを断った。
暫くして、なんとか了承した二人は、紅茶とシュ−クリ−ムを俺達二人に出して、自分達も椅子に座り、話を再会した。
俺の考えは、悪い方にドンドン当たっているようだった。
まず、俺の遺伝子情報が、変えられている事、つまり俺が生きている事を公表した所で、笑いの種になるというだけだ。
そして爆弾は荷物として持ち込まれた物。
つまり乗客として乗りこみ、飛び立った後に爆弾のスイッチを押しもろともドカンといった様だ。
正気の沙汰じゃないね。
そして何より、イリスの名は乗客者名簿には記載されていない事が、俺とイリスを驚かせた。
何故だ、と聞いたところ、淡々とした声で
「彼女は生きているからさ。彼女の家でな。」
との賜った。
「私が…………家にいる?如何言う事!!」
俺も聞きたい。
「一体如何言う事だ?」
「雑誌を見てみろ。悲劇のヒロインとして、1面トップで載ってるぞ。」
すぐさま俺は彼女と一緒に、雑誌を読み漁る。
そう…………そこには全て彼女が乗っていた。
ありえない………。
ありえる訳が無い!!
どうなってるんだこれは……………。
「『スペア・ド−タ』だな。」
テレビをつけながら、淡々とした口調で何か呟いた。
「はっ?」
「平たく言えば、彼女のクロ−ン。つまりはあんたの2番煎じだな。」
面白くもなさそうな声で、説明を続けている。
「元々あれは、オリジナルの損傷部位を補う為に使われる事が多かった。だが、家族其の者を補う事をしたのは、珍しかろうよ。」
そして、画面に写ったのは………イリス…………。
「しかし、記憶や仕草までは、真似る事はできない筈だ!!」
「その秘密は、その女の腕輪にある。」
そう言って彼女の両腕に嵌っている、腕輪を指した。
「何!?」
「それは体内のナノマシンの特殊な信号を、電波に変えて送る事ができる様になっている。つまりは彼女が聞いた・見た・話した事柄を脳からの情報としてキャッチして信号に変え、送りつづけていたという事だ。つまりは同じ記憶があの頭には収められている。」
じゃあ………
「それが本当ならば………イリスは………」
「何時でも捨てる事ができたという事だ。」
…………俺は…………これほど………誰かを憎いと思った事は無かった。
利用する。
実の娘を…………こんな事に…………。
たかだか、会長職欲しさに…………やってくれるよ。
「付け加えておいてやろう。その腕輪は、右腕の方は発信機にもなっている。そして左腕の腕輪は………。」
「腕輪は?」
「高性能の爆薬だ。一メ−トル四方なら、人を完全に四散させる事も可能だ。」
「二重の罠…………か。」
「まあ、二つとも取り除いておいたがね。万一二人が生き残ったとしても、次で仕留めれば良いとでも思ったのかな?」
聞かせる話じゃなかったな。
その男は更に話を続けていった。
悩む暇も与えないつもりか………随分と自分勝手な男だな。
話しても良いかぐらい聞けよ。
今現在、ナガレが会長代理として全ての運営を行ない、また1年間という期限付きで、
ゲオルクが後見人としてその組織全体を纏めている様だ。
「義父として?俺はまだ結婚はしていない筈だ。」
「婚姻届は、本人でなくても出すことが可能だ。署名捺印さえしてあればな。」
そつのない事だ。
「お前の弟は、見た目以上にしたたかだ。だが、古だぬき共相手には、些か分が悪いな。」
「裏から私達が如何にかするしかありませんね。」
黒ずくめの男の声に、プロスは溜息と共に、言葉を返した。
そうだな………そうだろうさ。
親父が良く言っていたっけ。
「ナガレは、俺の父親の性格そっくりだ。」と。
しっかりとした洞察力を持ち、冷静に判断を下す。
見た目は、いかにもちゃらんぽらんで御座いますってカッコをしているのにな。
「暫くは、俺もプロスもここには来ない。何か聞きたい事があったら、そこのデ−タベ−スの端末を使え。俺の相棒が出るはずだ。」
そう言って、部屋から出ようとする男。
「お前は………。」
誰だ!!
という言葉を遮り、
「これから如何するか…………考えておくのだな。」
という言場を投げつけて、姿を消した。
「では、お大事に……。」
続いて、プロスもにこやかに微笑みながら、姿を消していった。
(ちなみにこちらは、声すら掛けられなかった。)
…………ゲオルク…………あんたにとっては、その全てがあんたの為の道具にしか過ぎないのか?
俺はいいさ。
そういう覚悟はできていた。
何かを利用しその為に何かに利用される。
それが会社と言う名の社会の構成だ。
俺も何かを誰かを利用するを言う事は、やって来た。
だからせめて、弟にはそんな所とは無縁の世界に言って欲しかったんだ。
そう願う心は俺の一人よがりかね?
それをあんたに言ったら、おれが思っているあんたなら、穏やかに微笑んで頷いてくれたのだろうか?
そして…………彼女にも、せめてそんな世界とは無縁でいて欲しかった。
あんたの事を知るのは、俺一人で良かった筈なんだがなあ…………。
正直言って………俺は今あんたが憎い。
せめて彼女だけは…………裏切らないでいて欲しかった………。
彼女の方を振り向くと、彼女は微笑んでくれた。
何時もと変わらない微笑を…………。
それが俺には………辛かった…………。
暫くの後………夜ロゼリアの墓にて…………。
赤い満月が……丁度夜空の真ん中に浮かんでいた。
その所為か、こんな場所もほのかに明るくなっている。
そこにたたずんでいる男に、一人の青年が、近寄って来た。
「お前か………。」
黒ずくめの男―タカト―は、なんの感情が含まれない声で、振り向きもせずに話し掛ける。
「来る頃だと思っていたよ…………。」
「何故?」
その青年は問いかける。
「何故来ると思ったんだ?」
「もうそろそろ思い出す頃だと思っていてしなリュウよ。そして相棒には、もしお前が俺の居場所を知りたがっていたならば、そことなく俺の居場所を教える様にも言っておいた。」
(何もかもお見通しって訳か。)
自分の方を見ないで、返答する男の姿を見ていると、悔しさが表に出てきた。
(俺には、何も見えていなかった。だがプロスペックタ−とこの男は全てを知っていた。)
だが、悔しさを前面に出すような真似は彼にはできなかった。
何より誇りがそれを赦さない。
何でも無いような顔をして、別の事を語り始めた。
「姉さんが最後に来た時も、こんなケバイ月の夜だった。」
「部屋で、ナガレの世話をしていた、お前に話し掛けた。」
「親父もお袋も、あまり家庭を顧みない人間だった。家政婦じゃ、安心できなかった様でね。せめて寝るまで、側にいて遣れる事ぐらいしかできなかったからな。」
そう言って、タカトの側に来て、ロゼリアの墓に手を合わせた。
「ロゼリアはいつも、お前達のことを心配していた。」
「それでも………あんたを選んだのさ。」
少し悔しげに、だがそんな未練を断ち切らんかのように言う。
「移る病気ではなかったが……心配されるのがイヤだったのだろう。」
「そういう人だった。でも……あんたには、弱い所を見せたんだな。」
そう言う彼の口調には僅かな羨望があった。
「………………さてね。」
「タカトさん………。ネルガルを如何するつもりだ。」
「……………お前は如何したい?」
「俺はあんたの意見を聞きたい。」
そう言って、タカトのほうを振り向き、強い口調で言う。
「…………暫くは、情報部及びSSを立て直し、クリムゾンとのパイプを断ち切る。その為には……」
「その為には?」
「情報部とSSのゴミ掃除をせねばならんな。」
「上が黙ってはいないと思うが?」
「賛成するさ。ナガレに、お土産を渡したら、笑顔で了承してくれた。会長のお墨付きは、かなり有効だと思うが?」
―代理とはいえ、会長だろう?―そう付け加えた。
「成る程………まあ、この場合会長見習いって所だがな。」
「それでも会長には代わり無い。そして………。」
「そして?」
「ネルガルの会長は、二人も要らない。欲ボケした老人にはもうそろそろ、ご退場願おう。」
「ゲオルクを…………あんたが殺す………と?」
探るようなリュウの言葉を、一笑に伏すと、踵を返す。
分かり切った事を―その仕草がそう言っているように聞こえた。
「それは…………止めてもらおうか。」
チャキ…………
撃鉄を起こす音が、タカトの耳に入る。
「それは……困るんだ。」
リュウは、銃をタカトの心臓の位置に定めた。
「奴を殺すのは………俺の役目だ。」
歩みを止めるタカト。
「…………………………。」
振り向かぬまま、一切の動きを止めるタカト。
「思考の遮断の仕方を、訓練したんだ。結構大変だった。」
ピタリと位置を固定したまま、動かないリュウ。
「目もイリスとのリンクによって見えるようになったし、右手も良い義手をつけてくれたお陰だろうか、良い調子だ。」
「それはおめでとう。」
「あんたには感謝はしているが……………な。俺を陥れてくれた礼だけは、俺自身でつけさせてもらう。」
「できるつもりか?そんな事がお前に………。」
「遣って見るさ。」
「たとえ…………目の前に愛する者が見ていても」
「!!」
一瞬姿がぶれたと思った瞬間、リュウの視界からタカトの姿が消えた。
「お前はその手を血で、汚す事ができるというのだな?」
それとほぼ同時に、背後から声が聞こえて来た。
「なっ………うう………。」
「答えて見ろ。返答いかんによっては、力を貸してやっても良い。」
首筋に何かが触れた。
それだけで、彼の全ての感覚が麻痺した様に動かなくなった。
額から冷たい汗が流れてくる。
「たとえ……………愛する者と袂を分かつ事になっても」
振り向けない…………見ている物が何かすら分からなくなっていた。
ただ声だけが………彼の全てを支配している。
「お前はその手を………血で染める事ができるか?其の為に多くの血でその手を染めることになっても、出来るというのか?」
(ゲオルクを殺す為に、ほかの人間を…………消す?)
そうだ………もしかしたらそうなるかもしれない。
その時自分はどうするというのだろうか?
(出来るか…………俺に……。)
その考えが自分の決意を更に、不安定なものにした。
同時に震えも来る。
人を殺すと言う事への恐怖、抵抗感が今ごろになって、出て来た様だ。
ヒラヒラ…………
その時自分の目の前を何かが掠めていった。
何処から吹いて来たのかは知らないが、花びらが舞い落ちて来た様だ。
彼はその花に見覚えがあった。
(これは…………都忘れ……)
その時……頭の中にあの時の情景が浮かんで来た。
『兄貴…………あんたは俺さえも利用したんだな………。』
父の弟が、ある日突然会長室に怒鳴り込んで来た。
『何を言っている?私が何時、お前を利用したと?』
『惚けるな!!何故私の会社の持ち主が、あんたの名義に変更されている!!』
それを聞き、リュウの父親は、ああ、と納得したように何度も小刻みに頷いた。
『あれはお前が私に売ってくれた会社ではないのカね?』
『何だと!!馬鹿馬鹿しい。何で調子の良い自分の会社を、自ら手放すものかよ!!』
『お前は私に、売ってくれたではないか。ちゃんと証文もあるし、工場の権利証も私が持っている。なんならコピ−を見せようか?』
そう言って引出しから出したものは、そのおじのサインが成された売却証の用紙であった。
ちゃんと、登録された認印も押されている。
それを見て、叔父の顔は真っ青に染まっていた。
『こ……これは……』
『10億5千万…………この規模の会社にしては、中々いい買い物だったな。まあお前の戦略眼と手腕は中々大した者だったよ。まさか潰れ掛けた会社をあそこまで大きくするとはね。ま、後は私に任せて、家族サ―ビスでもいそしむ事だな。』
そう言って自分の弟の肩をぽんぽんと叩く。
その台詞、行動はねぎらう様子が伺えたが、明かに目は違っていた。
人を見下し、嘲笑うような色が伺えた。
『あんたは…………証文を二重に…………』
その表情は、怒りだけではない。
失望の色が伺えていた。
『用はもう終わったかね。では、帰り給え。』
それは叔父にとって、心の中の物が崩れて行った瞬間だったのだろう………。
(その後だった………俺は叔父サンを追い掛けて行った。)
追いついたおじの表情は、死人よりも顔色が悪かった。
それほどのいや、それ以上の感情が渦巻いていたかもしれない。
『叔父サン………』
『どんなにあくどい男でも………俺は信用していたんだ……家族だったから……。』
その声には、何時も明るく笑っているようなハリのある声ではなく、まるで蚊が泣くような危うく聞き逃してしまいそうな小さい声だった。
『二人といない兄弟だったから…………俺は…………協力し合えると思っていたんだ………けど………』
ククククククク……………と何処か投げやりに笑い出して………
『兄弟だからと………信じていた俺が…………馬鹿だったのかなあ………』
何処か悲しげに呟き………リュウのほうを見ずにいってしまった。
(あの後………叔父の一家は……心中した……。)
その時の父の顔は忘れない。
『弱肉強食………兄弟でも弱ければ食われるだけだ。それがわからぬお前が阿呆だったのさ。』
(あの時の叔父の心もこんな感じだったのだろうか?)
そして、力の無い人間は、今も利用されつづけている。
(ゲオルクも彼女を利用した。)
そして、今度は誰が利用されるのだろう。
(繰り返す訳には行かない。)
其の為には………。
「俺は血で汚れても構わない。元々会長職は性に合わなかったしな。だが………少なくとも、欲ボケした老人が座って良い場所ではないと言う事は確かだ。」
(上から見て見えなかった物が…………見えるかもしれない。そして…………)
もう利用される人間を見たくは無い―彼が今まで分からなかった本当の理由だった。
「良かろう………何処にお前がうつろうことになるかは知らんが…………身を護る刃ぐらいはくれてやる。」
「それほどの実力があんたにはあるのか?」
「少なくとも、お前よりはな。」
「……………いいだろう…………だが、守る為の刃はいらない。全てを切り裂く刃が良い。それを………おれにくれ。」
「たとえ………日の当たらぬ道を歩むことになろうともか?」
「悔いは無い。」
その言葉が、誓約となった。
「良かろう………己すらも切り裂く鋭き刃に変えてやる。」
「鎧はくれないのか?」
「そんな者は自分で探せ…………例え身に鎧を纏おうとも、己の心の弱さは護れぬ………いかなる者にもな。」
(………俺には………こんな物しかくれて遣れぬ。お前がいれば……あるいは………)
発した声は、少しの苦味が含まれていた。
《悔いは無い。》
はっきり聞こえた………あの人の声………。
これが終わったら………もうあの人には会えなくなるだろう。
だから私も迷わない。
例えなんといわれようとも…………私にとって……あの人が全て…………。
「ねえ………プロスさん……」
「おや?何です。」
時間を気にしながら、雑誌を読んでいるこの人に、私は尋ねて見る。
「銃の撃ち方を………私に教えて……」
何も知らないで生きるのは嫌………守られて生きるのもいや………。
今度は私があの人の手助けをする番。
あの人が血を流すのなら、私がその流れる血を止めてあげる。
あの人が傷つくのならそれを防ぐ鎧に………。
そしていつでもあの人の側に……………。
―2年後―
私は………二年ぶりに帰って来た。
この部屋に………。
門限は過ぎている。
もっとも……今の私には関係が無いのだけど………。
間取りは変わってないみたい。
薄暗い部屋。
まあ、当然ね。
電気は管理用のコンピュ−タを少しひねって、別の場所を見てもらっている。
そして、今この部屋だけを暗くしてもらっているの。
用が済んだら、次は…………
「あ…………あなた………だ……誰?」
震えているのはもう一人の自分。
私が着ていた薄いピンクのネグリッシュを着て、私が寝ていたベッドの隣に立っていて、警報装置のボタンの方に動こうとしている。
「何故震えているの?」
私は尋ねる。
「あ……あなたねえ……いきなり知らない人が………部屋にいたら誰だって……」
「怖い?」
「あ………当たり前でしょう。」
知らない振りも上手いのね。
「私は貴方を知っているわ。イリス……」
「私は貴方を知らないわ。」
同じ声………同じ口調………。
「貴方は婚約者に会いに行かなかったの?」
「い……行く訳無いじゃない………不謹慎だわ。用事も無いのに会いに行くのは」
見栄っ張り………強情っ張り………。
「彼がいない間、貴方は何をしていたの?」
「な…………何って…………大学に行っていたに決まっているじゃない………これでも院生よ。」
「3年も院生遣っているの?」
「そ………そうよ………1年休学したのよ………辛かったから……。あの人が死んで辛かったのよ!!」
辛かった?
私も辛かったわ………。
力を得るために傷つくあの人を感じつづけていたから……。
解るかしら?
何もできないこの辛さが?
それなのに………
「修文はなんだったのかしら?『自律回路の進化と過程』だったかしら?」
こんな事を貴方は遣っていたの?
何も行動を起こそうともしなかったの?
「いい加減にしてよ!!わ………私は……」
「『何もやましい事はない。貴方こそ何者なのよ。』であっている?『スペア』さん。」
ある物を投げると、彼女の表情が面白い様に変化していった。
ビクッ!!
もう一人の私が、蒼ざめた。
表情が良く変わって……なんだかとっても良い気分………。
嬉しいのだろうか……私は……。
「これ……………」
「劇的な再会………じゃなかった?本当は殺す気は無かったのだけど………私を見ると襲い掛かって来たから…………やっぱりお父様は、私の事が要らなかったみたいね。」
「だって……お父様は………私以外破棄したって………。」
「あのエゴの怪物が?そんな事する訳無いじゃない。」
「嘘………嘘……。」
精神がとても脆い……作られた人格というものの欠点ね。
けど、同情なんてしない。
あなたは……………。
「自分を強く見せているけど本当は、ただ去勢を張っているだけ。人を見下す様にして見る事で、自分を保っている。」
「……なによお……。」
壊れて行く鎧。
「本当にいいたいことをいいたい人に言う事が出来なくて、自分の遣りたい事を何もできない哀れな人形……」
「やめてよお………。」
そのまま心まで、砕けてしまえ…………。
「良い家庭?良い父親?やさしい母?母は5年前、精神病院の中で死んだ。何故かしら………心当たり無い?」
「聞かないでよお………」
子供のように泣き始めた………けど………。
「でも…………私の生活をそのまま続けたいの言うのなら、あげても良いわ。」
もっと…………。
「え?」
涙をそのままに顔を上げる……もう一人の私。
「本当………。本当に?」
「ええ…………条件を飲んでくれたら………貴方は今日まで通り、暮らして行けるわ。」
「嘘………じゃないのよね!!私に……私が貴方として生きていっていいって………言ったのよね!?」
「嘘は言わないわ………」
飲めるのならね。
「わ………私にできる事ならば……」
嬉しいの?
私の代わりに手に入れた生活を………守れる事が……。
その笑顔………私にそっくりで幸せそうな笑顔でわらってる。
彼がいない生活に耐えられるぐらいに嬉しいのね………。
あの頃の私………自分に嘘ばっかりついていたあの時の私の笑顔にそっくり………。
人の期待に答える為に、偽りに偽りを重ねていた自分の笑顔に……本当にそっくり………。
そう………その微笑を見ていると愛しさを感じるぐらいに………、
憎い!!
そして………これからその笑顔が、絶望に変わる様を想像して悦に入る自分も………嫌だった。
「じゃあ…………私が望むものを私に頂戴、そうすれば………もう二度と現れないから…………。」
少し悲しげに私はもう一人の私に告げる。
心の中は、笑いで止まらなかった……。
彼女の表情の変化を見ていると……何故か笑いがこみ上げそうに成ってしまって………
「わ……解ったわ……そ……それで?」
嬉しそうな声で、私に聞いてくる私……。
彼女を見ていると……母親を思い出してくる。
何でもかんでも噂を鵜呑みにして、何も自分で考えようとしなかった母を………。
とても良く笑う人だったわ。
そう………そしていつも誰かを頼っていた……。
昔の私も似たような者だったのだろうか?
最も、考えないという点では今も変わってないかもしれないが…………。
「それでって………速くそれを私に頂戴な。」
解らない……いや……気がついていない……大切な者の思い出を………本当に気がついていないのかしら?
「だから何をあげれば良いの?あげられる物だったら、なんだって持って行っていいから、それを持って、わ……私の前から消えて頂戴!!」
そう言ってから、私の機嫌を伺う様にして、
「い……いえ…………貴方の事は信じているの……でも………私……怖くて、貴方が欲しいものが、ほら解るでしょう……私だったのなら………じゃなくてオリジナルの貴方なら……」
何を言っているのかはわからないわね………何を言いたいのかは理解できるけど………。
「私にとっては高いものよ………そう……それより高いものなんて存在しないぐらいにね」
解るかしら?
貴方には、それが何なのか……
「安心して……それよりも………いえ値段なんてつけられたかしら?高いといえばとても高いと言えるかもしれないけれど………ねえ?けどそれは人其々ね」
私にとっては、とても大切な物………。
「人によって価値が変わるもの?ええと……誕生日に貰ったオルゴ−ル?ほら………木彫りのあれね!!たしかあれは……」
「違うわ……。」
「嘘………じゃ、音楽コンク−ルで入賞した時、先生に譲ってもらったフル−ト………」
「確かに、大切だったわ……けど私が欲しいものほどじゃない」
心の底からそう願うものは…………。
次々言うけど、全てが的外れ………。
聞くのも億劫になってくるほどに………ふう……本当に解らないのね……。
もう……茶番に幕を下ろすとしましょう。
「何よ………
何が欲しいのよ一体!!」それがわからないほど……私と彼女は違うというのに………何故皆気がつかないのでしょう?
表面しか見ていない人が多いという証明ではないでしょうか?
私も注意した方が良いですね。
「解らないのなら…………仕方が無いわ………残念だけど…………先に逝ってお父様を待っていてくださいな」
解らないというのなら………奪い取るまで………。
パシュ………
少し間の抜けた音が銃口から聞こえて来た。
それとほぼ同時に、倒れて行く私………。
「劉ちゃんとの思い出は………貴方には勿体無さ過ぎる……」
あの時……幼い頃のあの日から、私にとっては………何よりも大切なものになった……。
「そんな事も分からない人間に……私の名前を渡せると思う?」
だから赦さない………こんな事なら、死んだことにされた方がまし……。
そして、土足で踏みにじった者達も………赦すものか。
「さようなら……過去の私……」
サヨナラ………過去を過ごした家………。
家より遠くにある高台から赤々と燃える家だった場所を暫く眺めていた。
もっと悲しいもの家と思ったのに、なんの感慨も浮かんでは来なかった。
《終わったのか?》
あの人の声が聞こえる。
《ええ………そっちは?》
《もうすぐだ》
その言葉を聞いて………私は嬉しくなった。
やはり彼こそが、私のいるべき場所だ。
だって声を聞いただけで、こんなにも安らげるのだから……。
(これからも…………ずっと………)
いきていけるのだから………。
「貴方が何処へ行こうと………私はずっと貴方の側へ………」
「終わりだな。ミスタ」
俺の声に皮肉な笑顔を見せる男―ゲオルク。
「やれやれ………クリムゾンもあてにはならんな。君達が生きているとは………。」
「少なくとも、お前よりは用心深いようだがね。」
その答えにまた皮肉な笑顔で返すゲオルク。
「全くだな。まさかこうも簡単にチェックメイトされるとはな。画竜点睛を欠くとはこの事だ。」
「親父を消した時点で、如何にかできた筈だが………。」
「お前達を見ていると…………お前達の祖父を思い出してな。」
「それが、ためらった理由か?」
「そうだ………。それが一番の理由だな。私はお前の祖父の代から、ここで働いていた。良い人だった。気さくで判断力もあり、常に冷静に物事を分析して、人望もあった。私はあの人のもとで働くのが好きだった」
古き良き時代という訳だな。
「あの人が死んで息子が継いだ時、私は彼にあの人と同じ者を望んだ。」
「違ったというわけか。」
「そうだ…………。確かに大きくもなり実績も増えた。だが、彼は強引過ぎた。あのままでは、何年もしない内に空中分解しておったよ」
そして彼は、父に絶望した。
「弟を死に追い遣ったと聞いた時、確信した。『こいつは頂点にいるに君臨する器ではない』と」
「そして、2000人を巻き添えにして、葬った」
「良い方法だと思ったよ。事故に見せ掛けて消せるのだから。最も表面上はテログル−プの犯行と言う事になったが………まあ真相は闇に葬られた訳だ」
「巻き込まれた人間は、いい面の皮だな」
俺の言葉を聞いてもそこにはなんの感慨も浮かんではおらず
「ネルガルという巨木を守る為に、払わねば成らぬ犠牲だったのだ」
と自らの説を主張ただけであった。
「生きている人間には、死んだ人間の事を如何様にも言えるのだから、死んだ人間は堪ったものではないな。」
「それがどうだという?死んだ人間も最大限に利用する事の何が悪いというのだね?多かれ少なかれ我々は、似たようなことをやって来たではないか?」
「そしてあんた今度はナガレも利用する気か?」
「利用される方が悪いのさ。其の事に気づかない奴等が阿呆なのよ」
「実の娘もその一人か?」
そう聞くと一瞬ぽかんとした顔をして、次に「ああ其の事か」と呟き、
「そう言えば、お前と同じ宇宙船に乗せた女がいたか。あれも生きていたとはね」
「実の娘をあれ扱いか」
「娘なぞクロ―ンで何人か複製しているからな。後ニ・三十回死んでも大丈夫だ。良かったら君にも一人進呈し様か?中々上手い具合に出来ておるよ。最もあれが生まれた時に、あのプロジェクトを計画していなければ、彼女達がいる事も無かっただろうがね。」
「マシン・チャイルドの計画か。」
「その通り、最もその時はその様な事を考えてはいなかったのだよ。それにそれを完成させた機関は、ネルガルではなかった。やっぱりあの時、強く進言しておくべきだったな。そうすれば我々の手でもっとハイブリッドな製品を作れただろうに…………。まあ今は、マシン・チャイルドにおいては我々よりも上をいっている所は無いだろうがね」
「貴様……自分の娘を人間をなんだと思っているんだ!!」
「なんだと思っているのか?だと?いわれるまでも無い。私の夢の為の捨石よ。そうでなければ、何かな…………愚かな愛娘かな?」
……………
「ま………オリジナルはやはりなんの役にも立たなかったな。自分の父親の為に、人一人殺せぬとは…………所詮はお嬢様育ちと言う事か……」
…………もはやこの男に何も話ず事など無い。
いや!!
見るだけでも怒りが込み上げてくる。
「私に銃を向けて如何するつもりだ?ここで私を殺すというのかね?今私を殺したら、だれがロバ−トに太刀打ちできると?」
「お前如き畜生が心配する事じゃない」
「直接人を殺めた事のないお前が私を殺すと?お笑いだな。考えてみたまえ。ネルガルの本社だぞ?仮に殺せたとしても、如何逃げる気だ?」
「言った筈だ………畜生如きが回すべき心配ではないと」
「ふむ………そうかでは………」
カチッ………。
引鉄はとても軽い音がした。
バァァァァァァァァァァァァァン!!
その後の銃撃音は、とても良い音がした。
正面にいる老齢の男の胸には赤い血の花が咲いていた。
「な…………にも……作動しないとは」
「死んだ人間が、堂々とここまで来る訳が無いだろう?それに殆どの部署は俺達が抑えた。当然ここのし掛けも、細工をした上で、表面上何も問題が起きていない様に下に決まっているだろう?足元が崩れているのに上ばかり見ていたから、気づかなかったのさ。」
「………………ッッッッッッッ!!」
所詮お前もロバ−トの前では、上手く踊れる程度のピエロだったのさ。
「無能が知れる前にあの世に逝けたんだ。良かったじゃないか。今度は巻き添えにされた人達の声を良く聞いて見るのだな。」
そう言って、俺はその部屋を後にした。
「後は宜しく頼む。」
「お任せ下さい。さて今後のみの振り方ですが………」
「身の振り方?」
「ええ……タカトが偽身分証を作っておきましたので、後戸籍も……それを持って、お幸せに……」
「なる前に、暫くSSに留まりたいのだが………」
「は?」
「もう………ネルガルがらみの出来事で、他人が不幸になるのを、見過ごしたくは無い。だから……」
「ふう…………説得は……無駄でしょうね」
「そうだ……言われる前に言っておくが、イリスは俺と共に来るといっている」
「ヤレヤレ…………タカト………貴方の予想通りに成りましたよ」
「!!あんたは何時のまに………」
「最初からここにいた…………ブロスのすぐ後ろにいたのに気がつかないとは、まだまだしぼれるな……」
「彼をしぼるのは…………ほどほどにして下さい(汗)」
「俺が決める事じゃないな。まあ、もう少しまし程度にはしてやる。」
「いや、平均以上にしてもらおう」
「だったら、骨の十本や二十本は覚悟しておけ。あの女にもそう伝えろ」
「!?彼女はやめてくれ!!」
「裏のSSに足手まといはいらん。二人とも来るか二人で忘れるか」
「それを…………俺に決めろというのか!!」
「あの女は自分で考える事を放棄した。つまりそれはお前の決定があの女の決定でも在ると言う事だ。」
「…………!!いや……しかし……うっ………わかった………」
「決まったのか?」
「………条件がある」
「聞ける事なら聞いてやる」
「今開発中の機体……あれにも乗る事にもなるのか?」
「?何を聞くかと思えば…………その可能性は高い」
「ならば複座にしろ」
「最初からそのつもりだ」
「え?」
「お前達二人の事は二人で決めて行け。こっちに支障が無ければ、何しても構わん」
「…………いいだろう………これで成立だ」
「後悔するな」
「そっちこそ………後悔するなよ優秀過ぎる部下を持った事をな」
「ふっ」