ここはピ−スランドの某レストラン……………。
その広いフロアの端にある結構大きい丸いテ−ブルに、7人の男女が座っていた。
その内一人は、顔の鼻の部分までをピッタリの薄汚れたような色の白い仮面をつけており、表情が解らない。
そして同じ黒いマントで全身を覆い黒いバイザ−をつけている1組の男女の姿も見うけられた。
「隊長さんは何時来るんだ?爺さん」
そのカップルの隣にいる、大柄な男が向かいに座っている老人に話しかけた。
その体はがっしりとはしているが、見るものが見れば、それはとても弾力性の飛んだ筋肉である事がすぐにわかるであろう。声は気持ち小さめに出した様だが、それでもかなり大きい。
「…………六時から八時の間には来ると言っていた。もうそろそろ来るだろう」
あまり大きくもないが、さほど小さいと言う訳でもない声が彼等の耳に響く。
その老人はひょろりとしていて目元も下がり気味なので、飄々とした感じを受ける。
だが、纏う雰囲気が、なぜか何処にでも居るような老人であると言わせないものを感じさせる。
健康そうに日焼けした女の子とも言える外見の少女にも、そのとなりに座っている、黒いス−ツをきた青年にも同じ事が言える。
いや…………もしかすると男装した麗人か?
その顔立ちは中性的なものを感じさせた。
「これ以上、まずい料理を食うのは御免被りたいのだがな」
仮面をつけた男が、結構若い声で不満を漏らす。
かなり大きい声だったので、カウンタ−席の中の厨房にいる大柄の白衣の男−これがここの筆頭シェフなのだろう−にも聞こえた様だ。
青筋を立てながら、こちらを睨んでいる。
「おいおい。まずい物を不味いと、こう言う店ではっきり言わないほうが良いぜ!!こう言う店に限って、プロ根性のない人間が料理人やってることが多いからよお。」
大柄な男は嗜める口調でそう言ったが、本気で言っていない事はその顔を見れば明らかだ。
はっきり喧嘩を売っている。
その声を聞いて、そのシェフが持っている巨大なしゃもじが震えているのが見えた。
もうそろそろ飛び出してきそうな雰囲気だ。
「こんなコピ−王国に、プロ意識を持って仕事をしている人間なぞいたのか?」
仮面の男は、はじめて聞いたと言わんばかりの表情で(?)大柄の男に聞き返す。
もはや声を潜めてはいない。
「おうおうおうおう!!てめえらだまって聞いていれば随分と言いたい放題言ってくれたなあ!!」
ついに切れたここの店の主人が、型どおりの言葉と共に、近づいて来た。
「俺の料理が不味いって?てめえこちとらなあ!!こちとら………あら?」
訂正。
近づこうとしていた。
が、そこから一歩の動く事が出来なかった。
いや、地に足をつけることすら出来なかった。
「隊長…………遅いですぜ!!」
そのシェフの男の背後に向けて、大柄の男が声を掛ける。
そのテ−ブルに座っているほかの人達も、その背後に目をやる。
ある人間は横目で、そしてまたある人間は、苦笑を浮かべながら………。
「八時ジャストだ。遅れてはいないはずだが…………。」
その声は、そのシェフの背後から、聞こえて来た物だった。
「皆は二時間ぐらい前に来ている。」
其の時になって、始めてそのカップルの男の方が、声を出した。
しかしその声は、とても無個性な感じの声であり、殆ど感情が含まれていない物だった。
そして続いて女のほうが声を出す。
「こんな料理を長く食べたら、この人の舌が死んでしまうわ。」
声は少し高いものの、声質はその男と同じ感じを受ける。
「とにかくそれを置いて、こっちに来てくれんかな?用事を早々に済ませて、早く出て行きたい気分じゃての。」
その老人が、のんびりした口調でせかした。
「そうするとしよう。」
そう呟くと、ダ−クレッドのネルガルの制服を着た青年は、片手で宙吊りにした状態から降ろすと、そのシェフの首に軽く触れた。
それだけでその男は白目をむいて倒れる。
それを確認した後、もはやその男には目もくれずに、テ−ブルの方へ歩いて行った。
「皆揃っているみたいだな。」
テ−ブルの所に来て、改めて彼等の顔を見まわした。
「いなかったのは、あんただけだ。」
仮面の青年が、顔を向けずに言葉を返す。
「それで、なんの用があるんだよ?隊長さんよ。」
軽い口調で大柄の男が続けて話す。
「クリムゾンが動く。」
その一言が、彼等の空気を一変させた。
「やはり、ナデシコか。」
仮面の青年が、独り言のように呟く。
「俺達は如何するべきだと?」
男装の麗人が、その顔には似つかわしくない口調で、タカトに話しかける。
「ピ−スランドの事は戦神に任せておけ。俺達は本来の仕事に戻る。」
その一言を聞き、まず同じような服装をした男女のカップルが、タカトに答える。
「「研究施設の破壊工作は私(俺)に任せてもらうわ(おう)。」」
同じ言葉が、二人の男女の口から流れて行く。
「デ−タの奪取も忘れるな。念の為工作員を10人程連れて行け。」
タカトの言葉に頷き、席を立って去って行く二人。
「弟に会わないのか?」
その言葉に、少し歩みを止めて、
「今更ナガレには………会えない。重荷にはなりたくない。」
とタカトの言葉に、男の方が、静かにきっぱりと言った。
そして今度こそ、ドアをくぐって行く。
「わしも、クリムゾンの方を遣らせてもらおう。悪いがわしは一人で遣らせてもらうでの。」
「孫娘の婿に会う良い機会だが…………。」
タカトの言葉に、鋭い目を向ける老人。
「あんたには感謝しておる。ただの老人に力を与えてくれたんじゃからの。だからこそ言わせてもらう。差し出がましい事をいわんでクレとな。」
「そうか。」
それからふと、表情を和らげ、
「わしも…………今更じゃ……。」
そう言って一瞬寂しげな顔をしたが、すぐに飄々とした顔つきになり、手を振って外に出て行った。
「さて……………ネルガルと軍の塵掃除は…………。」
「俺が遣ろう。戦争を賛美し、おのれは高みの見物を決めこんでいる、蛆虫どもには虫唾が走る。」
仮面の青年は不快な声で、タカトに答える。
「ナデシコに………高杉 サブロウタがいるぞ。」
その声に、ピクリと表情が動くが、やがてタカトのほうを見て
「会う意味はないな。もう道が違う。」
と言い捨てて、去って行った。
「目的は同じなのにな…………。だが、確かに歩む道は違う。」
「まあ、暗い話は終わりにしましょうや。俺は軍のほうの塵掃除を遣らせてもらうか………よッ!」
掛け声と共に、出口の所まで実に6メ−トル飛び、足音を立てずに着地した。
「……イツキ………カザマ………。」
タカトの呟きに大仰に肩を竦め、
「今更会っても…………気まずいだけなんでね。」
といい、軽い足取りで、出て行った。
「悪ぶる所は、変わらんな。」
「一生治らないかもよ。」
黒い肌の美女が、あっけらかんとした口調で言う。
「お前達二人は、アフリカに行ってもらおう。」
黒い肌の美女の言葉には何も返事を返さず、タカトは別の事を話した。
「何故?」
男装の麗人が、挑むような口調で、タカトに問う。
現在アフリカは、100年前から行なわれている『緑地化計画』により、殆ど砂漠が無くなってきている。
が、それと共に、今現在最も戦線が拡大している地域でもあった。
「あそこのジャングルには、猛獣より性質の悪い、獣が現れるかもしれんからな。」
「!!暗殺か!」
「でもそれって、ほかの地域の偉い人達も対象になるんじゃない。隊長さん。」
「ヨ−ロッパは、『ファントム』達がいる。俺もな。」
「じゃあ、アジア方面は?」
「俺が鍛えたSSSに任せる。」
(最も、コウイチロウには1度会わねばならんが…………。)
「お前の父親、ムネタケにはお前から言うか?」
そう言って男装の麗人の方を見る。
「…………親父にとっての頭痛の種は兄貴と俺さ。弟は親父の性格を十二分に受け継いでいるからな。今じゃあ、姉サン女房娶って、家族円満な暮らしをしているそうじゃないか。それに今更、俺が戻ったところで、如何すれば良いのかわからねえからな。」
「そのままを言えばいいのではないのか?」
「『俺は女の体に脳を移植されてしまったけれども、正真正銘あんたの息子です。』っとでも言えと?笑われるか、門前払いくらうのがおちだね。」
「了解した。」
そうタカトが小さく頷くと、その男装の麗人は、一枚のカ−ドを取りだし、それを自分の上に放る。
そのカ−ドから、幾枚ものカ−ドがまるで分離でもするかの様に現れて、彼女の体を覆い隠す様に降り注ぐ。
「所詮、人は完全にはわかりあえん者なのかもな………。」
カ−ドが完全に落ちきった後には、人影が既に見当たらなかった。
「少なくとも、ムネタケはお前が思っているほど、鈍くは無いと思うぞ。」
「皆せっかちだね。隊長サン。」
ニコニコと笑いながら十七・八の少女が、タカトに言う。
「……………。」
無言のまま水を飲むタカト。
「ねえ、もっと注文して良い?」
「……………。」
無言のまま、倒れている肉達磨のほうを指差すタカト。
「ああ。そっかあ。おねんねの時間なんだあ。ううん…………。」
「ジャンクフ−ドやにでも行け。少なくともあれなら何処でも味は変わらん。」
考えこんでいる、少女に向かって、紙幣を3枚投げると、席を静かに立ちあがって行った。
「でも、あんまり体に良くないんだよねえ。私って美食家だシィ。」
それを受け取りながら、何処へ行こうかと考えているようだ。
「食ったらアフリカに行け。時間は無いぞ。」
そう言うと、そのシェフを持ち上げて外へ出て行こうとしていた。
がその時、
「ねえ…………何で人は戦争を忘れられないのかなあ。」
と突然問い掛けて来た。
「…………………。」
「私ね…………貴方に助けられるまで、自分がいる場所が、夢だと思ってた。」
「………。」
席を立ってタカトの方に近づいていく。
「だって何時も、木星の人達の兵器は来るけど、被害は無かったし、皆平気な顔して生活してた。」
タカトが再び歩き始めたのを見て、急ぎ足で横に並ぶ。
「私もそうだったから………あの時まで…………。」
(無人兵器が………町に本格的に襲撃してくるまで。)
「テレビを見ているみたいな間隔で、戦いを見ていた…………。けど、あの時分かった。これは、真面目に考えなければいけない………いけなかった戦争なんだって………。」
「自分が直面しなければ、一般の人間にとっては他人事だ。起こる前に対処できる人間は、そうそういる者ではないな。」
そう冷たく言い捨てる、タカトの言葉に力なく頷く少女。
「そうだね………皆死ぬまで………私も………気にとめてなかったよ。」
そう言って、顔を下に向ける
「今は?」
「少なくとも………人が死ぬのを見るのはもういや……。」
「では何故、志願した?自分の父親がネルガルのシ−クレットサ−ビスだったからって、娘が継がなければいけないという規則は社には無いぞ。」
そうすれば少なくとも、自分で人を殺さなくても良い筈だ。
「あの時決めたから………自分の目の前で…………もう何も自分から奪わせないって…………。」
その目には、はっきりとした強い意志が刻まれていた。
そして………強い憎しみも………。
(そう………目の前で死んだ……友達を見た時に…………決めたんだ……。)
奪った奴等を………コロシテヤル。
「たとえ………おのが手を汚しても?」
「ん〜〜〜〜〜と、言い方変えればこう言う事かな?『たとえこの身、鬼と化し邪と化そうとも!!』って奴ゥ?」
おどけて喋ってはいるが、目は全く笑っていなかった。
「未来永劫…………地獄をさまよう気か?」
「まさか〜〜〜〜!!そんな趣味無いよ私。」
だが、彼にはこう聞こえた。
(いいよ…………もう………引き返せないから………)
と………。
しかひタカトは知らない振りをしていた。
(地獄の先は………まだ地獄………手を差し伸べるべきではなかったのかも知れぬ……。さすれば、もう少し幸せな人生を送ったやも知れぬな。)
一瞬………後悔にも似た気持ちが……タカトの心によぎった気がした。
がしかし………、
「隊長サン……お金カンパ感謝感謝!!ついでに拾ってくれた事も感謝しているから!!」
タカトの方を向いたときには、満面な笑顔をしていた。
そして言葉を一端きり、無表情な顔のままで一言
「皆……感謝してるんだよ………。少なくとも私達に『道』をくれたんだから………。だから何時も通り………ね。」
とつげた後でまたニッコリ笑って、走って去っていった。
タカトはそれを見送った後、手に吊り下げていた物体をゴミ置き場に放りこみ、そのまま去っていった。
我知らず彼は微笑んでいた。
(戻る戻らぬは心のあり様………日の当たる世界に戻れるほど………未だ心は脆いと言う事か。)
しかしその顔は………『黒の王子』の狂気の笑みと酷似していた。
「お…………親方重い……。」
「何で俺達こんな所で寝てるの?」
「さあ…………。」
「どうでもいいから………退いてくれ…………。」
「アオウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」
何処かで犬が鳴いていた、それはそれは静かなピ−スランドの夜でした………。