朝と言うものは良いものだ。
年甲斐も無く、タカトはそう思う。
ってあんた、一睡もしてないだろうが…………。
「連続徹夜自己最高記録64年と一ヶ月」
……………一体何してたんだ。あんた……。
「人生と言うのは………他人のものであろうと自分のものであろうとミステリアスなものさ」
答えになってないぞおい。
「五月蝿いな………これから餓鬼アンド女どもの調教なんだから、黙っててくれ」
ちょ……調教ですか?(汗)
訓練じゃなくて………。
「似たようなもんだろ……ま……実戦形式でないだけ、マシだと思って欲しいものだがな」
……その虚ろな笑いは何?
「クックックックックックック………」
恐いよあんた…………。
朝9:00
ミーティングルームに集まる9人の隊長達と27人の部下達だった。
既にタカトは、向かい合う様に座って待っていた。
集まったのを確認して、大声でしかし淡々と話すタカト。
「さてお前達の戦績が、最悪だとは昨日も言って置いた筈だが……何故か考えて来たか?」
と一端切った後すぐに付け足した。
「なんていうつもりは更々無いから、安心しろ。聞いても無駄だろうから、まず命令しておく。
9人の隊長は、一ヶ月以内に辞表を提出しろ」
その言葉にざわめく兵隊たち。
言われた隊長達はと言うと………いきなりの爆弾発言に、聞き逃した様だ。
いや……しかしとんでもない事を言われた事には気づいたのか、一様に蒼ざめていた。
「ふざけるな!!」
ドン!!
テーブルを叩いて、怒鳴りつけたのはチェリンカだ。
顔は紅潮しわなわなと震えている。
「そうだよ………何故私達がやめないといけないの〜〜〜〜プンプ〜〜〜〜ン(怒)」
レネスも彼女に賛同するかの様に、彼に言う。
一人を除く八人が反論の意を示していた。
賛同する者、目で伝え様とする者、蒼ざめたまま凝視する者、様々だ。
対してその部下達はと言うと、
顔を顰める者、あらか様に罵る者、二ヤリと笑みを浮かべる者が半々ぐらいだった。
暫く聞いた後、不意にタカトが声を出す。
「自分の遣った事を棚に上げて、偉そうに人を罵倒するな」
騒がしいその部屋に、その静かな声は不気味なほど隅々に響き渡った。
だが彼女達の怒りは収まらない。
中には今にも飛びかからんとする者もいた。
「だがまあ、俺は優しいからな。再就職口ぐらいはくれてやろう……ナデシコなんて如何だ?」
「!!」
その言葉に、全員の動きが止まる。
「如何した?もっと喜べ………お前達が敬愛する、『戦神』の部隊に転向させてやろうと言うのだ。
これほど嬉しい事はあるまい?」
全員身動きできないかの様に、固まった。
いきなり何を言い出すのか?
そんな表情だ。
「あの男は、優しいからな。お前達に手取り足取り闘い方を教えてくれるかもしれんぞ?」
「ほんと!!」
誰かが嬉しそうに叫ぶ。
その方向に皆の視線が集中した。
「ほんとにほんとにほんと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜うに編入させてくれるの?」
自分を見る色々な視線の事すら目に入っていない様だ。
「嘘は言わん」
はっきりと断言するタカト。
「あのナデシコで私達が………」
「まさか………」
「俺達も希望すれば、入れるのか?」
一人の兵士が手を上げて、質問する。
「構わんぞ」
そういうタカトの言葉に、兵士達からも歓声が上がる。
「おいおい………まじかよ」
「ヤッホウ!!」
「ふざけるな!!」
だん!!
机をもう1度叩くチェリンカ。
「あんた…………あたし達を無能者扱いしてないか?」
怒りに声を震わせながら、言う。
見るとルネも怒りで顔が青く成っている。
タカトの顔には、人を見下した、嘲りの表情が浮かんでいたからだ。
「そう扱っている訳じゃない………そんな事をお前達が言うと、無能者に失礼だぞ?」
無能者以下だ!!
彼は言下にそう語っていた。
途端に凍りつく、兵士達。
無邪気に喜んでいた、レネスも、固まっていた。
「言ってくれるわ……あなた……」
ルーチェンは目を見開いたまま、そう彼に言う。
ダッ!!
チェリンカが机を蹴って、タカトに襲いかかる。
「赦さない!!
絶対に!!」空中の廻し蹴りをタカトに放つ。
だが…………
「血の気の多い女だな?それとも図星を刺された腹いせか?」
かなりの威力を誇る彼女の蹴りは、指壱本で彼に止められていた。
「隊長が無能者以下だから、それに従う兵士が、力を発揮できない。
それでは困るだろ?と優しく諭しても、聞いてはくれぬか」
彼はとても優しく、押し戻す。
途端に彼女は、後ろの壁まで吹っ飛んで行った。
ドゴッ!!
「…………ッ!!」
呻き声も上げる事が出来ないほどの激痛の為か、落ちた床の上でぴくぴくと小刻みに震えている。
「チャンスをくれてやる。エステバリスの摸擬戦か、生身の格闘…………どちらかスキな方で相手をしてやろう」
呆然としている兵士達の前で、嘲りの笑みを浮かべながら、タカトはそう言った。
一方その基地の執務室では…………。
「面白くなりそうじゃねえか」
老齢の男が、まだ若い補佐官に向かってそう話していた。
「いきなり辞表提出しろなんて、普通はいわねえゼ」
そう言いながらも、げらげら笑っていた。
「越権行為ですよ。かれは教官とは言え、軍人ではありません!!」
「確かにな。けど、ま、あそこまで言える奴じゃなきゃ、あいつ等の目は覚めんとおもうがな」
「しかし…………」
「『戦神』は偉大だった…………だが、見習ってもらっちゃ困るんだよ。やろうの闘いをな」
唐突に話を変える老人。
「え?」
「軍ってえのは、道具だ。いかに効率良く、敵を排除するか。いかに少ない被害で闘いを終わらせるか。
そして…………」
その老齢の司令官の目が一瞬だけ鋭くなる。
「いかにして戦う術の無い人間の命を守るか。それを考え実践する事が名目っていやあそうだ。
はっきりいやあ無くたっていいものだわな。無くす気があればの話だがね。」
そしてまた静かにはなし始めていた。
「だからこそ、軍は大義名分を忘れちゃいけねえのさ。国民の軍隊であると言う大義名分『市民を守る』というな。
最も実践される事はごくごく少なくなっちまっているがな」
その言葉は暗に、先日の彼女達の闘いをさしている様におもえた。
あの時彼女達が勝手に行動を起こさず、司令の命令を忠実にしていれば、市民の被害は最小限に止められたかもしれない。
その確率は、かなり高かった。
「『戦神』の奴は、良い見本だったが…………悪い見本にもなっちまった……目標を持つこたあ良い事さ………。
だが…………闘いに囚われた者の闘いを見本にはしてもらいたくなかったもんだ」
「囚われた?誰がです」
「テンカワ アキトと名乗った………エステバリスライダーさ」
「…………………」
「あの男の本当の姿を、誰も知ろうとしなかった……
まあそれがあいつらにあの男を『神格化』させちまった原因かもしれんが……
あんなに苦しそうな顔をした男ははじめて見たぜ………」
「苦しそうだったと?」
「ああ………あの男の笑顔はな……悲しみの顔を忘れちまった者の笑顔ってやつさ…………
誰も気づいていなかったがね」
その言葉に、補佐官はただ頭を垂れるほかなかった。
そう………その老人は知っている、笑ういたから笑うのではない、
笑う顔しか出来なくなったからそうする者もいると言う事を……………。
「闘いに囚われたお前が、何故躊躇する?さあこい………俺と遊ぶのだろう?」
「クッ!!」
笑みを浮かべながら挑発する蒼馬、怒りの表情で、動かない北斗。
「あの女を見捨てれば良い。簡単な事だろう?」
いや……動けないのだ。
何時もならば、こんなふざけたまねをした人間を彼女は躊躇せずにあの世に送る事だろう。
だが…………蒼馬(ソウマ)の性格を知っている彼女は、
(いや……だからこそ)はったりではない事を知っていた。
動けば、零夜が死ぬ。
「如何した?躊躇うのか?お前の闘いへの渇望はその程度のものなのか?」
「……………」
(見捨てる?俺が?…………あいつを)
カンガエルナ………。
(何故躊躇う?守る…………)
クダラヌジョウダ……。
(消してしまえば良い………蒼馬を)
ソウダ…………タタカエバヨイ
(けれど…………殺すのと……零夜が死ぬのが……同時だったら?)
ミステロ
(如何する?)
「母親が死ぬのを見捨てたお前だ………赤の他人がどうなろうと……知った事ではあるまい?」
突如言われた言葉に戦慄を覚える北斗。
「!!貴様……何で其の事を」
「
ちょっと!!貴方一体誰!!ホクちゃんのお母さんはね………って何でそんな事を知ってるのよ!!木連の人?
……………って、あれ?ここにいる男の人って………」
混乱する零夜。
「所詮は修羅………血に塗れたその手の平では………大切な者など……何一つ守れん!!」
それと同時に、右手で持ったその太刀を逆袈裟に振う蒼馬。
ブゥォ!!!!!!
ドゥ!!!!!
北斗を避ける様にして地を走る真空の刃は、零夜をめがけて飛んでいく。
「!!」
「
迷うほどの価値しかないのならば、俺が消してやろう!!」刃を返して、今度は下から斜めに振う。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
ズシャアアアアアアア!!
今度は逆の方向から刃が迸って行く。
「やめろおおおおおおおおおおおお!!」
その時彼女が起こした行動は、『戦う』為ではなく『守る』為であった。
今までとは打って変った速度で、真空の刃を追いぬき、零夜に片手で抱きそのまま横に飛ぶ北斗。
そして零夜がいた場所に二つの見えなざる刃がぶつかり…………
ドォォォォォォォォォォオオオオオオン!!
その衝撃は、周りの木々を切り倒しまた、四方八方に細かな刃が飛び散って行く。
だが蒼馬は既にその方向を見てはいない。
彼は……北斗が飛んだ方向を見ていた。
彼が見た方向には、右足をずたずたに切り裂かれた北斗の姿があった。
「さすがは………木連最強……と言った所か」
そう言いつつも驚きを隠しきれてはおらず呟きも擦れていた。
見た所、その右足、それほど重傷ではない。
そして何より、目が死んではいなかった。
ギラリとした眼光には、彼への殺意と己への憤慨に満ちている様であった。
「ほ………ホクちゃん……そ……その足……」
守られた零夜のほうが、死人の様に蒼ざめていた。
(見た目は酷い出血だが……)
「俺を殺しにこようが如何しようが別に構わん……死をもって悔いてもらうだけのことだからな」
そして零夜を守る様にして立ちあがり、
「だが………俺の大切な者を傷つけるような真似をしてみろ……楽に死ねると思うなよ………
地獄の果ての方がまだマシだった、と思うぐらいの苦痛にのた打ち回らせてやるからな」
おそろしく無表情な顔で、そう宣告した。
それは北斗自身今まで味わった事の無い怒りの奔流を押えた結果であった。
そして蒼馬は…………、
「フフフフフフフフ………………」
笑みを浮かべていた。
さっきとは全く違った、草原を吹きぬける風の音のような、そんな笑いだった。
これには、北斗と零夜ははとが豆鉄砲を食らったかの様な顔を、―ようするにポカンとした顔を―した。
「ハハハハハハハハハハハハ………まさかお前の口から、そんな言葉を聞けるとはな………これは参った…………」
さっきまでの殺気が嘘の様に消えている。
今ならば、あっさり殺す事も出来るだろう。
だが、何故かそんな行動をとるのを北斗は躊躇った。
何故かあの笑いが心にひッかかる。
「そうか……ハハハハハハハハハハ…………」
そう言うと……指をパチンと鳴らした。
途端に、北斗の後ろの気配が消える。
「な!!お………おい」
突然の消失に、途惑いを隠せない北斗。
「安心しろ。いるべき場所に戻っただけだ」
そう言うと、彼は踵を返した。
「な………何?」
「勝負はお預けだ…………最もお前が本気で戦っていたのならば……俺は今ここにはいないだろうがな」
そう言うと、上に跳躍をする。
「待て!!蒼馬……如何言う事だ……お前は一体………」
後を追おうとするが………
ザワッ!!
北斗を凌駕するほどの殺気が、彼を追跡する事を断念させた。
「な………」
「さっきの言霊…………違えるなよ」
その言葉と共に、完全に姿を消す。
それと同時に彼女を足止めしていた殺気も、嘘の様に消えて行った。
あとに残った彼女は、自分が冷たいものを掻いている事すら気づかずに立ち尽くしていた。
「………………俺の知らない事が………まだまだこの星には隠されている……と言う事だな」
恐らく……あの男すら気がつかないことが……。
そして声を上げる。
「
おい!!そろそろ帰るぞ!!案内しろ!!」そう言うと、返事も聞かずに歩き始める。
(フン……面白いじゃないか……)
何時も浮かべる笑みとは、少し違う笑みを彼女は浮かべている事に、彼女自身、気がつかないでいた。
その光景を、
2kメートル先で見ている一人の人物。黒いコートをきて木の上(テッペン)に立っている怪しい御方は、それを確認すると、
「おせっかいが過ぎたかな?」
と呟いて、姿を消した。
…………タカト……ストーキングは犯罪だぞ。
(「給料査定の1貫だ」)
さよですか。
基地の回りが赤らみはじめた頃、広大な基地の発着場の上では、一人の黒ずくめを残して、全ての兵隊が地に臥せっていた。
その男は息も乱してなければ、傷一つも負っていない。
そして、自然な動作で周りを見回す。
「…………エステバリスと肉弾戦闘2連ちゃんで、パーフェクトにボロ負けした感想は?」
その男は手近にいる兵隊の頭を掴んで無理やり立たせると、そう尋ねて見た。
その兵隊には傷らしいものは全く見当たらない。
但し、口の周りは吐しゃ物でべとべとになっており、白目をむいているのを除けばであるが………。
「返答無し………」
そう言うと持ち上げた高さで手を離し、次はリューノを持ち上げて、尋ねて見る。
「さて、これで満足できたか?己の弱さを………知った感想をどうぞ」
ぐったりとしたまま、彼女からも返答が無い。
「………ここで奇襲をする事が出来たなら、及第点だけど………いかが?」
なんの反応も無い……ただの屍の様だ。
「勝手に俺を人殺しにするな………落としただけだ」
そして今度はいくばかりか、そっと降ろし、さっきから近くで平然と読書をしているこの基地の医者に声をかける。
「出番だぞ…………ドクター」
その男は、その言葉にゆっくり立ちあがると、ざっと臥せっている人達の状態を調べまわった。
「全員見事に落としたね。ま、見た所外傷は殆ど無いし、2・3日中には全開すると思うが………
もう少しなんとかならんかったのかね?」
眼鏡をかけたやや痩せ気味の金髪の青年は、彼に向かってそう尋ねて見る。
穏やかな物腰と言いかただが、何処か非難めいたものが感じられた。
「これが加減の限界だ。はっきり言って気疲れしたぞ」
「君を見ていると、気が遠くなりそうなんだがね。どう鍛えれば、あんな闘いが出来るんだい?」
その言葉に少し沈黙すると、
「…………考えた事も無い………ま、必要だったからだな」
そう言ってあっさり踵を返す。
「運ぶのを手伝ってくれんかね?少なくとも君にはそれぐらいの責任はある筈だが?」
その青年は呼び止める彼の様に彼に話し掛けた。
「………応援を呼ぶだけだ………しばし待て」
と、肩越しにそう言うと、宿舎の方へ歩いて行った。
それを見ながらその青年は、
「なんか哀れに成るねえ…………実力の差がありすぎるもの同士の闘いは…………」
そう言うと、軽く溜息をついて、空を見上げた。
「今日は……白夜だな」
何となくそう呟いて見た。
「さあそんな貴方ナイスガイ!!今夜も煌びやかに訓練を始めなかったり始めちまったり!!
それに比べて我輩は………」
クリムゾンの一角にある、広大な竹林の中に一人の男と、一人の女が……
「…………………」
「ねえねえ………聞いてる?聞いてるっかって聞いてるんだわさ。
この私を無視すると、三千億世界の平行生命体が空回りをしながら君に求愛と言う名の人生の墓場に送られる事
この上なしだとかそうじゃないとか」
いや……頭の可笑しいオカマがいた。
ザクッ…………
「……………失せろ………」
赤い義眼をした男が、躊躇いも無くその男の胸に短刀を刺し込む。
かなりの早業だった。
その短刀は、彼の手元には元々無く、地面に置かれていたものだ。
だが……………
「あにすんだよ!!刺されたら、この世の終わりの如く死んじゃうじゃないか!!
そんな貴方だから、私のこの美しき妖艶な切磋琢磨の琢磨の如き美麗な言葉を無視するごとき破廉恥な所業は
即刻止めてしまうが良いといいたくなるような事も無しにけり…………」
その旨からは一筋の血が流れることなく、短刀が埋め込まれていた。
「ぬしの御託は聞く価値も無い言葉の羅列………次は………滅す」
その男の顔にあるのは嫌悪……その1文字のみであった。
途端に、糸の切れた人形の様に、そのオカマは倒れる。
それと同時に、彼の側に何かが落ちてくる。
「そんな…………私の求愛が、どこかの超音波兵器持参の男にそっくりの歌だ何て………
どうして貴方はそんなにすれてしまったの?
この私の説明を聞けば、生きている人はあの世に渡り、死に逝く人間すら逃げ出すほどの賛辞を皆に受けている
とかいないとか誰かが言っていたのに……………」
よよよ、と今度は同じワンピースを着た十五・六歳の少女が泣き崩れていた。
「………………ぬし……今………求愛とか言って……」
聞きなれない言葉を聞いていぶかしむ様に質問する男。
「そう………この世のはてまでの誓いの言葉……。
美しきドナウが奏でる精妙にして静寂な、聞いた者は皆うなずかずにはいられない……
そして私は金槌な貴方を沈めながら、この言葉を毎夜毎夜貴方の側に………あら?」
気がつくと……その男は既に姿を消していた。
しばし呆然とする少女。
そして…………
「待ってええええええええええ!!
この世で私の最初で最後の貴方のような存在の人おお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおお!!」
意味不明な言葉を喋りながら、その男の後を追い掛けて行った。
「お館様………随分と慕われているご様子で……」
不機嫌な自分の主を見て、クスクス笑いながら一人の青年が、話し掛けていた。
「……………」
じろりとその青年を睨んだ後、ニコニコ笑っているその青年に尋ねる。
「如何であった………首尾は」
その声に幾分真面目な姿勢になって(口元は笑っているが)、報告を始めた。
「かなりの手練でした。逃げられたのは僥倖といったところです」
「数は?」
「一人……」
その報告に、始めて表情が動く。
「一人?」
「は………私では………勝てませんね」
「ほお……勝てぬか……烈辰………主が」
「ええ……お館様でも……五分五分かと……ただし」
「但し?」
「あれが全力ならば……」
「………全力ならば………か」
「流派は……木連源流柔『古式』………と言っていました」
その報告に、北辰は始めて険しい顔をする。
「失われし………古の武術だと……」
「ご存知で?」
「七十年前に行方知れずに成った、一人の伝承者を最後に姿を消した武術だ。
最も、その技の幾つかは、柔術の中に取り込まれている様だが…………」
「…………」
「『その業……武羅威に通ず』と言われたが………如何であろう」
「『昴氣』の使い手だと?」
「さてな………ま、我が確かめるとしよう………ご苦労だった」
「僕もご一緒しましょう………」
その言葉に彼は返事を寄越さず、歩いていく………そして彼も返事を求めない。
彼は影………影はただ付き従うのみ………。
「………ところで宜しいので?彼女は………」
「構うと余計じゃれてくる………しばし頬って……おければよいがな」
「……………」
弱気な北辰をはじめて見た彼であった。