戻ってきた幸せなのに
なんでこんなに苦しいんだ?
〜アクムヨリ〜
がばっ!!
突然ベッドの上で上半身を起こしたその男は、暫くそのままの状態で動きを止めていた。荒い息が彼の肩を上下させている。
「夢………か。またあの………夢」
ダン!!
「くぅ!!」
壁を叩きつけると同時に、舌打ちをする。
その顔は、苦々しさと憎悪そして……悲しみで構成されている様だった。
(何故……いつも………)
理由は分かっている……。
出会ったからだ。
この元凶を……この悪夢を作った男に……。
「テンカワ…………アキトぉぉぉぉぉぉ!!」
怨嗟の声が、彼の口から篭れ出る。
解っている………。
その男は、今は何も遣っていない事に………いやそれどころか英雄なのだ。
未来とはまるで違う………正反対の立場にその男はいた。
だが……それでも…………。
「認めるはずが……認める事が出来る筈……ない」
例えそれが………狭量だといわれようと…………。
「幸せを奪った事には………違いないのだから…………」
ピピピピピピッ!!
インタ−ホンが鳴る。
二秒後に、画面に人が現れた。
『オオクラ………!!寝てんのか?』
ここの基地の同僚だ。
ネルガルからの出向社員である自分にも、ここの人達は気安く話し掛けてくれる。
昔と変わらない……。
けれど彼女は……。
「いや……如何した?」
その考えを振り切って、彼は返事を返した。
(如何も返事が固いな………)
自覚していてもこればかりはしょうがない。
あの夢を見た直後は、思考は常に暗い方向へ行ってしまうようだ。
『交代の時間だぜ』
ちらりと時計を見る。
確かにもう少しで、交代の時間だ。
「
O.K!!すぐ行くよ」その声と同時に、切れた。
それと同時に、ふと思う。
「そうか………過去が優しすぎたんだな……」
では未来は?
「楽しすぎた……のかもな」
そう言うと、作業着に着替え、部屋を出て行った。
〜ある一室にて〜
戦神が来てから、この基地も随分と変わったものだ。
のんびり座っているこの基地の総司令官―ユンテス准将―を横目でちらりと見た後で、再び視線を目の前の同僚に移す。
「准将!!解っておいでですか!!」
「ロイド大佐……まあ落ち着けや」
耳くそほじりながら言って欲しくないものだ。
そう思いながらも彼―筒井 圭吾―は口をつぐんでいた。
そして、激高している、自分の同僚を無表情に見つめつづけている。
「どうして落ちついていられるんです!!戦神が居なくなってからというもの、この基地はがたがたです!!主力である彼女等はスタンドプレ―に走るし、その所為で一般兵のエステバリス部隊への命令は行き届かなくなるし、おまけになんですか………あの男は!!エステ部隊のパイロット達を全員医務室送りですよ!!あんなものは訓練ではありません!!ただの……」
「憂さ晴らし………」
ぽつりと言った言葉が、マシンガンのような彼の言葉を止めた。
「かもしれねえなあ……」
なん秒か置いて、目の前の老人は、ポツリと言葉を漏らす。
「司令!!」
(余計な事を……)
からかう相手を、選んでほしいものだ。
「憂さ晴らしで、うちの兵士をあそこまでされたら堪ったものじゃありませんよ!!それにもしですよ!!この間にですね!!戦闘が始まったら、如何するおつもりですか!!」
「ああ、それは大変だ。俺らで頑張るか……なあ」
俺に振らないでくれ!!
そう叫びたかったが、グッと我慢して軽口を返す。
「その時は、ぜひ司令がエステバリスにのって、前線で頑張ってください。私はここで司令が無事に帰ってくるように祈っておりますので………」
「……冷たいな……我が副官」
こんな不良老人の相手をしているのだ。
このぐらいの皮肉は許して欲しい物だと、心の中で呟く圭吾であった。
「私は老い先長いもので……まあ司令は長く生きたと思いますし、もうそろそろ一眠りしても宜しいかと」
「…………(後で絶対無理難題吹っかけてやる)」
その言葉に耐えかねたのか、
「解りました……失礼します!!」
そう言って、大股でロイド大佐は部屋を出て行った。
ついでに、扉を思いきり良く閉める。
彼を気の毒そうな目で見送りながら、老人に目を戻す。
「本当に残念だなあ」
「真面目なんですがねえ……」
パタパタと横に手を振って、呟くユンテスに相づちを打つかの様にはなす圭吾。
(まあある意味、真面目過ぎたのだろうが)
とこれは口に出さない。
「そういや……こんな物が、俺の手元に届いているんだがね………」
そう言って老人が引出しから出したものそれは……。
「転属願いですか?」
ユンテスが机に放り出した封筒は25通あった。
「如何思う………これ?」
「いいんじゃないんですか?戦力不足になるのは否めませんが………これ以上命令系統に支障が出るよりは………」
短く息を吐いてまるで困った顔をせずに、意見を言う圭吾。
しかし声を聞けば彼が「困っている」と言うよりは「しょうがねえなあ」と思っているのは明白だった。
「全員『ナデシコ』第1希望ですね………可能なんですか?」
それ以前に、はいはい受け取るあんたもあんただろうが……・。
(この基地だけだろうなあ………こんな規律のゆるい基地)
「あの爺が許せばな」
自分の年を棚に上げて、友人を「爺」と呼ぶユンテス。
「グラシス総司令ですか……許可は下りないと思いますが?」
それ以前に、ナデシコが………あの男が許すのか?
「そこらへんはあの男が遣ってくれるさ……あれだけの啖呵きったんだ……無理とは言わねえだろう」
そして、目で合図をする。
彼の副官は、首をゆっくり横に振った。
「わからないってか?」
「ええ……ネルガルから提出された資料以上の物は、何一つ出てきませんでした」
その言葉を聞いて彼は顔の前で手を組む。
「欧州の殆どの基地に、新しいタイプのエステを格安で売った事といい、あれほどの男を今まで隠していた事といい、如何もネルガルは臭いな」
「それについては、クリムゾンも同様です………ピ−スランドに訪問する事といい、それに呼応するかのように、クリムゾンの動きが静かになりました」
そう……今までは以上と言うほど、名前がはんらんしていた両財閥が、全くと言って良いほど………静まっていた。
そう………まるで鏡のような湖面という言葉が、今この欧州において相応しい感じがするほどに……。
「きにいらねえ……」
「何がです?」
深呼吸するかの様に、息をついて、ぼそりと言い放つ。
「嵐の前の静けさって感じがさ……」
(確かに気に入らないな……)
そしてそれにこう付け加える。
(戦神が動く時は、特に………な)
果して彼はどのような嵐を持ってくるのだろうか?
彼の心を不安が覆い始めていた。
「ところでロイドの奴は……・」
「残念ですが……」
「そうか………」