誰もが目を背けているもの

 

              それが真実を導く鍵になるかもしれない

                 

                         我が神の教えだ

 

〜キョウシンシャ〜

ザッ!!

一人の男が、整備場の倉庫の中に入る。

手にはおかもち、頭の上には、白い長帽を被ったその男は、

「コック」

だった。

「何だあれは………」

「コックだろ」

「何故コックが」

ここに?

外に居る人間が物珍しそうに、話している。

その男は別に気にした風も無く、隅に置かれているテ−ブルを目指していた。

口はきりっと真一文字に引かれ、目は鋭い眼光を宿している。

体形としては、それほど細くも無く、がっしりしているわけでもない。

歩き方はゆったりとしているが、何故か近寄りがたい感じがしていた。

もう片方の手に分厚い本を持っているからかもしれない………・。

その男がエステバリスの方に近づいた其の時、奥のエステから声が聞こえて来た。

「他の奴等は如何したんだ?」

「え?……・ああ………す……すぐに来ると思うよ………」

「ちっ!!庇ってんじゃねえよ……誰も来る気ねえんだろ………ったくよお……微調整も出来ねえだろうが……」

「ご………ごめん……」

苛ついているような男の声と、その声に一々謝っている女の声が聞こえて来る。

「だから謝るなって……別にお前を責めてる訳じゃねえしな………こんなんで如何だ?」

「え……いいよオッケ−」

「それじゃあ……俺は上がらせてもらうぜ」

「え………でも皆……」

その言葉を遮る様に男が断じる。

「来ねえさ………きっとな………」

彼女がまた何か言う前に………彼は其の場を離れて行った。

 

 

「自分の機体にして自分の機体にあらずと言う事かな?」

倉庫にすえつけてあるテーブルについた途端そんな言葉が投げ掛けられた。

「微調整も自分の腕の一つと気づいてないのさ……。他人に任せっぱなしの機体が、何で自分の手足の様に動かせるものかよ」

「それに気づくには………経験が足らぬのかもしれん」

「違うな……経験うんぬんの問題じぇねえ………自分の腕にかまかけて手を抜いているだけさ………やがて自分の身体で気づいてくれるだろうがね」

「其の時には遅いかもしれん」

「知った事か………」

 

 

「ところでその本なんだ」

「見てみるか。我が神の教えを、我が神の言葉で書き写したものだ」

「…………遠慮しとくよ」

 

 

 

 

〜揺らぐ事なきイシ〜

少し時間が遡る。

「ルネ、行くのかい」

チェリンカの言葉に頷くルネ。

「うん……トヨツネ………今整備してくれているから……」

「行く必要無いと思うがね………整備は整備班の仕事だろ?」

「でも……最後の調整には………パイロットが必要だって………」

「楽したいだけだって……あいつらさ。それより、あんたはどうするの?」

「ど……どうするって?」

首を傾げるルネを見て呆れた様に答えるチェリンカ。

「転属願い……出したんだろ?」

「転属願い?」

「『ナデシコ』でさ。あたし達を使ってくれるようにね。明人さんとも一緒にいられるし……いろいろな所で活躍できるじゃないか………」

しかしルネは首を横に振りながら、

「私は………出ていかないよ……」

はっきりとそう言った。

「え?」

「確かに……明人さんには憧れているけど……明人さんの為に戦っている訳じゃないから……」

「だ……だけど………」

「それに……」

「それに?」

 

それに……あの男にも言われた。

『死者四千名………だがこれは、命令さえ守っていれば、助けられたかもしれない四千名だ』

守れたかもしれない人の命……その言葉が、彼女達の心を重くした。

『自分たちに何ができて何ができないか?それを補うには如何したら良いか?戦場では常にそれを求められる。そしてその答えは、常に変化し、増減していくものだ………。緩やかに………しかし急激にな。それをより速く判断しより正確に求める事ができたものこそ………最も優秀なそして生き残れる兵士といえるだろう』

それが今のお前達に足りないものだ。

『あの時……お前達に求められていた事はなんだ?』

淡々とした声……だがそれは………彼女達の胸に響いた………。

ルネの心に………悲しいぐらい響いた………。

私達に求められていた事………。

それは………。

 

突如……声が彼女の思考を停止させた。

「それになんだって言うんだい……え?『ナデシコ』にあたし達が行っちゃいけない理由でもあるってのかい?」

「………貴方は何の為に戦っているの?」

「え?」

「アキトさんの為?それとも………目立ちたいの?」

「ナデシコにいった方が、其の方が…………」

「彼等の役割………私達の役割、それが出来てこそアキトさんが安心できる。違う?」

パチパチパチ………。

チェリンカの後ろから拍手が聞こえて来た。

「……く………クイノ……」

「そうね……私達の役割………か。もう1度考えてみた方がいいかもね」

そう言って、今度はルネの方を見て…………

「早く行って来なさい……私はもう終わらせて来たから………」

そうルネに告げる。

そしてチェリンカの方に向くと、

「正しすぎると……・逆に嫌味よね……」

と呟く。

「あ……あんたねえ………」

「途中で投げてきた人を………明人さんは受け入れてくれるかしら?」

「…………けど……」

「少なくとも……歓迎だけはしないでしょ………」

「あたしは……」

「決めたんなら、いいんじゃない…………何もかも最悪に転がっても、貴方の人生だもの………自分で背負えるでしょ」

何人行くか知らないけど、とそういうと彼女は、何故かバケツを持って去っていった。

「あ………たしは………」

言い返す言葉が見付からないチェリンガが、ただ一人ポツリと立っていた。

 

 

 

 

 

 

その四