〜ゲドウハツキヲシタガエテ〜
「お前は残るのか…………ルネ」
キールが持ってきた料理を食べながら、調整を終わらせてテーブルに来たルネに聞く。
「残るも何も………私はここの所属だよ」
儚げな笑いが、俺の心を一瞬揺さぶった。
「だが………て………ナデシコに行ったほうが生存確率は……高いぞ」
「私が戦っているのは、テンカワさんの為でもないし………私自身がここを………この国を守ろうって決めたからだよ」
「そ……そうか………そうなら俺は何も言う気はない」
できれば………お前だけは……幸せになって欲しい。
「トヨツネはなんで………ここにいるの?」
「仕事……だからさ………」
「仕事だから?」
「ああ………」
出来れば聞いてみたかった……。
お前は幸せだったか?
俺はお前を幸せにしていたか?
もう1度……その顔で……その笑顔で、俺の名前を言ってくれ。
「新しいエステの整備指導や指導員の引き継ぎ………4・5ヶ月といった所か………」
「それが終われば……帰るの?」
このままいれば……俺はお前を不幸にする………。
あの煉獄の中………お前を失った。
娘を失った。
絶望と悲しみの中……俺の人生は幕を下ろした。
「そうだな………もう少し、はぶりのいい場所に、さようならさ」
そして俺はお前を失う………永遠に…………。
「そっか……それまで……・よろしくね……」
一瞬現れた悲しげな顔を無理に笑顔にすりかえる。
そんな彼女に俺も笑みで答えた………。
「ああ」
…………嘘つきめ………。
「我が神も仰せられている……アイツは嘘つきだ」
「それだけは私………貴方についていけないのよね」
「やがてお前にも分かる………我が神の素晴らしさが」
「見た人間の殆どが、意識を飛ばしたあの木像?私もちょっとね………」
「素質はある」
「絶対にいや!!」
暫くたって別れた後、部屋の前に着いた時……あの男がドアのすぐ隣の壁に寄りかかっていた。
黒ずくめの、嫌でもあの男を思い出してしまうその姿…………。
「何の様だ……あんた……」
ネルガル、裏のSSの統括者………。
『隊長』と呼ばれている男がそこにいた。
「しばしの時………この基地を離れる」
前置きもなくそう告げる男。
「明日の朝までには戻って来る………」
この男が俺達に何かを告げる時………それは………。
「お客人が来るとでも?」
「可能性はある………俺の機体の情報を少し流しておいたからな……」
おい。
「奴等がどれほど技術に餓えているか…………それが勝負の別れ所だ」
ナデシコの機体ほどでないにしろ、この隊長の『マルペルチュイ』は確かにズバ抜けたスペックを有している。
そして………ここの准将は、グラシス総司令の懐刀と目されている人物……。
消されても可笑しくない…………。
しかもあの機体………そうそう簡単に盗めるような機体ではないし(そこらへんも多分流したのだろうか?流してないだろうな……)暮林のおやッさんかウリバタケレヴェルの人間はこの基地にはいない(ってよりか、俺を超える奴らもいないしな)。
では………如何するつもりだ?
そんな事を考えていると、
「それと、お前宛に手紙だ」
そう言って俺の胸に手紙を放ると、とっとと去っていってしまった。
………天河明人を思わせる風貌………だが何故だろう?
存在が希薄に感じるのは………。
そんな事を思いながら、手紙を手にとって見ると……。
「これは……」
それは……俺の幼馴染で、共に技師の道を目指したある男からの手紙だった………。
「月か………」
男は考える。
何故赤くは無いのだろうか…………と。
そして一笑に伏す。
ここは木星ではないのだと。
「蒼く輝く………か。フッ………」
まるで自分を嘲笑っている様だ……。
その考えはまるで間違っていないのかもしれない。
この体に流れる道化の血を……。
愚かな女の血を嘲笑っているのかもしれない……。
「親方様」
「首尾は?」
後から聞こえたその声に、振り向かずに尋ねる男。
「はっ!!ぬかりなく」
「行けるか?」
「ご命令さえあれば」
「女………」
「チェキってよんでえな!!何時でもオッケ−よ!!ウエディングファイアはいつでも燃盛るものよん!!」
十五歳ぐらいの女が、体をくねくねさせながら、訳の分からない説明を始める。
「十二時ちょうど………始めるぞ」
「シンデレラの魔法が終わる頃に、私達の魔法が始まるのねん…………寂しい結婚式だけど……私と貴方なら、全てを真紅に染めた綺麗な激情で踊れるって感じ………でも気づくのかしら、激情と劇場を掛けた高度なギャグの中にある私の喜びが……そう例えソドムとゴモラがこの世から消えうせても私の欲望はあの摩天楼の様に咲き乱れながら………」
話し続ける女を無視し、男たちの会話は続く。
「中の人間は?」
「殺せ」
「技師も?」
「あやつらは出来得る限り捕らえよ。特に技師長はな」
「機体は?」
「『マルペルチュイ』以外は構わん………捨て置け」
「「「「「「「はっ!!」」」」」」」
そして、月から目を逸らす。
(月よ……忌まわしき血の流れが始まりし星よ………見ているが良い……我等に全てが平伏すその時まで………その輝きを我が消し去るその時まで………)
そして彼は歩き出す。
その背に従うは七人の外道………一人の狂女。
そして青く輝く………一つの月…………。