交錯する時の流れ
第三話 前編
「ちょっと待ったぁっ!!」
俺とアサミちゃんが食堂内から出ようとしたとき、懐かしい声が聞こえてきた。
俺がナデシコBの艦長になって宇宙に出るまで毎日のように聞いていた声である。
ネルガルと個人的な繋がりを持つアサミちゃんなら兎も角、
いったいどのような手段でここまで来たのだろう・・・?
「心配になってきてみて正解だったわ!!
ジュン君、いったいそれはどういうことっ!?」
ナデシコの男性陣を押し退け、何故だかわざわざテーブルに上って俺をビシッと指差す。
・・・なんだか浮気現場を押さえた妻みたいな感じだな・・・。
「ユ、ユキナちゃん! 何故ここに・・・!?」
「愛の力よっ!!」
「いや答えになってないし」
愛だの何だので真空の海は渡れないだろ。
「ふ、二股・・・!? まさか、アオイ中佐がそんな人だったなんて・・・!!」
「わかったか? あれが俺たちの敵の本性だ」
「・・・・・・・・・誰です? あなたは・・・」
「フンっ!! アイドルだかなんだか知らないけど、盗人猛々しいとはこのことね!!
いい!? よーく聞きなさい!!」
冷たい視線で問うアサミちゃんに対し、胸を反り返らせて応えるユキナちゃん。
他の面々は既に見物体勢に入っている。
・・・・・・俺もそっちに行きたいよ。
「あるときは美少女女子高生!!
またあるときは木連の正義のくの一、桃影!!
しかしてその実体は―――!!」
・・・・・・オイ!
ユキナちゃん・・・、いったいナニを見たんだ!?
「ジュン君の心の愛天使―――白鳥ユキナとはわたしのコトよ!!」
おおっ!!
テーブルから宙返りをしながら飛び降り、決めポーズをとるユキナちゃんに歓声が起こる。
その運動神経はすごいと思うがな。
桃影っていったいナニ?
「ユキナさんですか。はじめまして。
わたしはアサミ・カザマです。アサミと呼んでください」
「そう? それならわたしのことはユキナって呼んで・・・って、ちがう!!
あんた! ・・・アサミって言ったわよね?
悪いけどジュン君はもう売約済みなの! あきらめて他を探してくれない!?」
アサミちゃんの鼻先に指を突きつけてそう宣言する。
し、修羅場か・・・?
頼むから誰かこの娘達を止めてくれ。
が、そんな希望が叶うはずもなく、事態はもっと深刻になっていった。
「・・・・・・うぅ・・・・・・!」
「ア、アサミちゃん!? どうしたんだ!?」
突然その場にヨヨヨ・・・と崩れ落ちるアサミちゃん。
まあ当然傍にいた俺が支える形になるわけで、ユキナちゃんの顔が般若のように変化する。
俺には彼女を直視することが出来なかったよ。
「そんな・・・そんな、あんまりです・・・」
「な、泣いたってダメだからね!? ジュン君は渡さないわ!!」
アサミちゃんは俺の腕に縋り付いたままポロポロと真珠のような涙を落とす。
その様子にさすがに良心を痛めたのか、ユキナちゃんの勢いが失速した。
そして次の瞬間、アサミちゃんの唇から信じられない言葉が!
「だって・・・もう身も心も・・・捧げてしまったのに。
今更・・・ジュンさん以外の男の人となんか・・・・・・」
サーーーーー・・・
俺と、ユキナちゃんの顔から血の気が引いていく。
俺の場合はついでに脂汗も大量に出てきているはずだ。
そして恐怖で青くなった俺とは反対に、ユキナちゃんのは多分・・・・・・・・・そう怒り。
「・・・・・・・・・・・・ジュン君?」
ぶんぶんぶんっ!! ・・・と、首を力いっぱい左右に振る。
さきほど彼女を般若と称したが・・・・・・今思うと般若って可愛い所があるかもしれない。
今のユキナちゃんに比べれば、な。
俺の体は完全に硬直してしまっているのに、目だけはきょろきょろと忙しなく動くようだ。
まるで金縛りにあった時の症状そのまま。
「うがぁ〜〜〜〜!!!」
「お、落ち着くんだナカザト大尉!!」
「よしアララギ、そのまま抑えとけ。大切なのはタイミングだからな・・・」
「クスッ・・・ユキナさん知ってました?
ジュンさんの寝顔ってすっごくかわいいんですよ〜」
アサミちゃんは右手を自分の頬に当て、瞳に熱をこもらせる。
いやまあ、思い当たる節はあるがな。
気配に鈍感な俺は、寝てる間に誰かが近づいてもわからないらしい。
そのことでよく北斗に未熟者呼ばわりされていたし。
たぶんそのときに入り込んだんだと思うが・・・。
何とかユキナちゃんの怒りを収めようと口を開きかけたまさにそのとき・・・!
ビシュッ!!
「―――!!」
極限まで洗練された殺気が迫ってくるのを感じ、俺は咄嗟に首を右に傾けた。
瞬間、顔のあった位置を一筋の銀閃が貫く!
それは俺の頬を掠め、背後の壁に突き刺さった。
蒼ざめながら振り向き、確認をすると、そこにあったのは一本の箸だ。
何の変哲もないただの箸を常人の視認不可能な速度で飛ばす・・・、
そんなことが可能なのはこの場でただ1人。
「―――イ、イツキ・・・!!」
指先だけの力とは言え、昂気をまとって飛ばす物体は容易く弾丸速度に達する。
冷や汗を流しながら犯人の方を見ると、彼女は無表情に自分の唇を2回指で突付いた。
唇を読め、と言う合図。つまり読唇術を使えと言うことだ。
『誤解だ! アサミちゃんが言うようなことは何も・・・』
『死刑』
うわ、一言かよ。
しかも親指を立てて喉を掻き切るポーズ付き。読唇術の意味ないって、それ。
「どーゆーコトっ!? 説明してよ!!」
「まだ分からないんですか? あなたはもう過去の女性だってことですよ」
「2人とも落ち着いて・・・」
「「ジュン君(さん)は黙ってて(下さい)!!」」
「・・・・・・はい(涙)」
嗚呼、四面楚歌。
俺は何もやってないのに・・・・・・。
「アキトの次はジュンか・・・・・・ふ、まだまだ未熟だな」
「そうですなぁ。なんにせよ、女性は強し、ということですか」
お気楽だな、あのへんは。なんだか殺意が沸いてきたぞ。
奥技でもぶっ放すか・・・?
アサミちゃんはユキナちゃんと睨み合っていて何時の間にか俺の腕を離しており、
自由になった俺は周りの状況に目を馳せつつ沸々と湧き上がる怒りを感じていた。
「よしっ!! 今だ、奴を例の部屋に連行しちまえっ!!」
『おお!!』(男性陣)
「―――な!! うわあああああっ!!」
その時、アサミちゃんが俺から離れるのを見計らっていたのか、ウリバタケさんを筆頭に二十数人の男性クルーが特攻してきた。
イツキへの牽制に全神経を集中していた俺は当然反応が遅れ、まともに食らってしまう。
「すみませんアオイ中佐、これも使命ですので・・・」
「フフフ・・・天誅だ! 今こそお前に天誅を下してやる!!」
本来なら二十人やそこらすぐさま昏倒させてやるのだが、何故だか今回は敵の中にアララギ少佐がいる。
彼と俺の強さの差は、昂気を使えるか否かという程度しかない。
普通に戦えば不覚を取ることも十分ありえるだろう。
遠距離からイツキ、近接でアララギ少佐、そして何故かキレてるナカザト。
状況は最悪である。
「「ジュン君(さん)っ!?」」
男の群れに担がれて店から運び出され様としている俺の姿に気付いた2人が揃って声を上げた。
「ちょっとあんた達!! ジュン君を返しなさいよ!!」
「いくら白鳥大佐の妹君でもこればかりは聞けません!!
悪の芽は刈り取らなければならんのですっ!!」
誰が悪の芽だ。誰が。
「ナカザトさん・・・」
「く・・・アサミさん、すまない・・・。
どうしても・・・俺にはジュンが許せないんだ!!」
「ナカザトさん、どうしてっ!?
わたしは・・・・・・わたしはあなたを信じていたのに・・・!」
両手を胸の前で組み、上目遣いで潤んだ瞳をナカザトに向けるアサミちゃん。
ナカザトに限らず他の男性陣も硬直してしまうほど、その威力は絶大だ。犯罪的に。
・・・そして、彼女の大きな瞳から、一粒の滴が流れ落ちた。
「―――!! あ・・・あ・・・ああああああっ!!
泣かないでくれアサミさん!!
そうとも! この俺があなたを悲しませるようなことをするはずがないだろう!?
―――ここは俺に任せて、さあっ!!」
泣かないでくれ、とか言いつつ逆に自分が滂沱の涙を流しながらナカザトは某組織の戦士達に向き直る。
美少女の涙に呆然としていた彼らだがそれに覆い被さるようにして現れたムサくるしい顔に我を取り戻したようだ。
だがその顔には仲間の裏切りに対する戸惑いが見て取れる。
ナカザトはそのまま担がれている俺を引っ掴むとアサミちゃんの方に投げ飛ばした。
その突然の行動に、戸惑っていた者達も反射的に攻撃をしてしまう。
どちらかと言うと机仕事が得意なナカザトは一回でボロボロだ。
「ナカザトさん・・・ありがとう・・・。わたし、あなたのこと忘れません・・・(ニヤリ)!」
ナカザトの背中に向けて放ったアサミちゃんの声は、感謝の思いに満ち満ちていた。
・・・・・・その口元に浮かべている邪悪な微笑とは裏腹に・・・。
「グフッ・・・そ、その言葉だけで・・・・・・俺は死ねますっ!!
―――さあ来い!! アサミさんは俺が護る!!」
哀れだな、ナカザト・・・。
アサミちゃんは演技のプロだ。涙くらいいつでも流せる。
もっとも分かっていたからと言ってどうなるものでもないがな。
俺もしばしばこの娘の涙に騙されるよ。
スパーーンッ!!
「ぐあっ! ・・・なにをするんだ白鳥ユキナっ!?」
「なにをするんだ、じゃないわよ!!
アンタなに簡単に洗脳されてるワケっ!? 後ろ見てみなさい!!」
ちらっ、と俺たちのほうを確認するナカザト。
そのときには既にアサミちゃんの顔から邪笑は消え、ハラハラと涙を流していた。
さすがに徹底している。
「くぅ・・・! あなたの涙・・・・・・この俺が止めて見せます!!」
「・・・・・・アンタ、ダメダメね」
同感だよ、ユキナちゃん。
「好きな女の為に己が身を挺するその姿・・・・・・まさに木連軍人の鑑っ!!
ナカザト大尉! 貴君の心意気、感服した!!
だが、我々の目的はアオイ中佐の粛清・・・・・・悪いが実力で通させてもらう!!」
「ふ・・・何人たりともアサミさんには触れさせん!!」
アララギ少佐対ナカザト。・・・・・・正気か?
走行中のブルドーザーに三輪車で正面衝突するようなものだぞ?
俺としてはありがたいとしか言い様がないが。
「いざ、勝負だ! 大尉!!」
アララギ少佐の戦闘スタイルは、木連人でありながらも拳闘が主体だ。
そこに蹴当や、投技、簡単な関節技なども加えている。
昂気を使わない通常戦闘なら、流派の中では一番俺にタイプが似ているだろう。
無駄のない動きで最短コースを疾走するアララギ少佐。
迎え撃つナカザトは今いる位置から動こうとはしない。
何か策があるのだろうか・・・?
と、アララギ少佐から渾身の力をこめた右ストレートが放たれる!
その時!
「そこだぁっ!!」
「―――なにっ!?」
なんとナカザトは、紙一重のところでその拳をかわし、内側に体を捻り込んだ!
あえて隙を作ることにより攻撃箇所を特定し、そこに全神経を集中していたのだ。
「あ、あれはまさかっ!?
打った方も痛いけど、打たれた方はその3倍は痛いとかいう幻の・・・!!?」
ユキナちゃんの実況が入る。
ナカザトは避けたストレートの外側を覆うように左ストレートを放とうとしていた!
「喰らえ! 必殺クロスカウ・・・・・・がっ!?」
「―――おおっ!?・・・」
まさにナカザトの拳がアララギ少佐の顔に吸い込まれようとしていた時・・・それは起こった。
予想外、と言えばそうかもしれないが、普通に考えれば分かりそうなものだ。
クロスカウンターはタイミングが異常に難しい。
まして、相手が突進系の攻撃をしてきたのなら成功確率はさらに下がる。
そう、それが誤算だったのだろう。
一撃をかわしたナカザトは体を内側にねじ込みながらカウンターを放つ。
一方かわされたアララギ少佐はそのまま慣性に従って直進を続ける。
そのためタイミングのずれたナカザトのパンチもアララギ少佐には当たらず、
さらに重心を衝突によっていきなり後ろへ移されたナカザトは当然転倒してしまう。
足を引っ掛けられた形となったアララギ少佐がそれに続き、
その結果・・・・・・、
むちゅ!
ご〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!
・・・・・・どこかで鐘の鳴る音が聞こえた。
「―――わぁ・・・・・・」
隣りのアサミちゃんが口を手で覆いながら感嘆の声を上げる。
だがなにやら嬉しそうに聞こえるのは俺の気のせいか?
食堂内はさっきまでの喧騒が嘘のように沈黙していた。
1秒、2秒、3秒・・・・・・。
時計の針だけが無機質に時を刻みつづける中、不意に覆い被さっていたアララギ少佐の体が横に崩れる。
・・・・・・どうやら急所にモロだったようだ。
2人とも、完全に真っ白に燃え尽きていた。
たっぷり30秒は硬直していた後、最初に動き出したのはウリバタケさんだった。
ゆっくりと歩み寄り、2人の体を起こすと、その頬を数回たたいて目覚めさせる。
もとから気を失っていたわけではないので、虚ろな目をしながらもウリバタケさんに顔を向ける2人。
それを確認した彼は、そのまま俺に向けて言葉を紡ぐ。
「ジュン・・・・・・今日のところは見逃してやる・・・」
「―――へっ!? ・・・あ、ああ、うん・・・了解・・・」
呆然としていた俺はその言葉に慌てて首を縦に振る。
他のメンバーもウリバタケさんに続いて2人の周りに集まり始めた。
「・・・・・・なあ、2人とも・・・元気出せ、な?
ほら、飲もう。
こういう時は飲んで全部忘れちまうんだよ・・・」
「そうっス! 今のは不運な事故でした。早く忘れるべきっスよ!」
「ほ〜らアララギ艦長、電子の妖精達の生写真ですよ〜」
「大尉、手! さっきアサミちゃんに握手してもらった手があるじゃないですか!!」
2人を取り囲んで精一杯に元気付けようとする某組織の面々。
みんな必死の表情だ。何か嫌な思い出でもあるのか・・・?
とにかく彼らに励まされて、漸くナカザトたちの瞳の焦点が合う。
互いに目をあわせようとしないのは仕方ないだろう。
もしここで見つめ合ったりしたら、俺が『風魔』の名にかけて、完全に殲滅してやる。
俺はこの女顔のせいで嫌な思い出が腐るほどあるからな(怒)。
「ふふ・・・ふふふふ、ルリさん、ラピスさん・・・。
自分は・・・自分は汚れてしまいました・・・うぅっ!」
「ふ・・・も、問題・・・ない・・・」
夢遊病患者のようにふらふらと立ち上がり、周りの人に肩を借りて奥のテーブルへと向かう二人。
俺には彼らにかけるべき言葉の持ち合わせが皆無だった。
「で? ユキナちゃん。結局どうやってここまできたんだ?」
とりあえず俺たちは提督たちの席につき、ユキナちゃんを問い詰めた。
さすがに提督とプロスさんは大物で、あの光景にもびくともしていない。
・・・ジョッキを握る手が僅かに震えてはいるが。
因みに6人座りのテーブルに、奥から提督、俺、アサミちゃん。
向かい合って奥からプロスさん、ユキナちゃん、イツキの順に座っている。
「やっぱほら、そこは愛の奇跡が・・・」
「それはもういいから」
「ぶ〜〜・・・ジュン君ノリが悪くなったんじゃない? ・・・ま、いいけどさ。
わたしは源八郎経由で今回の作戦を聞き出したの。
でもって学校も夏休みに入った事だし〜、ジュン君に会いたいな〜、と思って・・・」
なるほど。秋山少将は宇宙軍の重鎮だ。知っているのは当然だろう。
「・・・それで密航かい?」
「にゃははは・・・まあね。
わたしの穏行術をもってすれば簡単なことだったわ!」
「あのね・・・」
全く悪びれていない様子のユキナちゃんに辟易してしまう。
どうしてこう厄介事が加速度的に増えていくんだろう?
「プロスさん・・・すみませんけど・・・」
「・・・・・・ええ、分かっています。仕方ありませんな。
ユキナさんには通信士をやってもらいましょう。
それでよろしいですかな?」
「もちろんよ!! 任せといて!!」
「「―――はぁ・・・」」
プロスさんと2人で溜め息をつく。疲れたよ。今日はほんと。
「・・・ユキナ君。君がここにいること、ミナト君は知ってるのか?」
問い掛けたのは提督だ。
こう言った状況下でも落ち着いていてくれるのは部下としてありがたい。
「へ!? ・・・あ、ええたぶん・・・。
源八郎にお兄ちゃんへの伝言頼んだからきっと伝わってると思います・・・」
「そうか・・・・・・ならばいいがな。
あまり彼女に心配をかけさせるんじゃないぞ?」
「・・・うぅ・・・はい。ごめんなさい・・・」
提督の言葉に素直にしゅんとなるユキナちゃん。
でもミナトさんには俺も叱られることになるんだろうな・・・。
「で? ジュン。出航は何時になるんだ?」
「そうですね、修理が終わり次第すぐにでも出ようと思っています。
・・・ハーリー君には気の毒ですが・・・」
「はは・・・彼だけ休憩ナシだからな」
現在ハーリー君は俺とイツキが壊したエステの修理にかかりきりだ。
回路が焼き切れた際に一部システムに異常が発生、彼の出番となったわけだ。
専用機はそれぞれ独自のソフトウェアを持っており、それらは非常にデリケートな構造をしている。
メンテナンスにはルリちゃんやラピスちゃん、ハーリー君と言ったプログラマーが不可欠なのだ。
「そういえばアサミの機体はどうなってるんですか?
予備のエステは搭載していなかったはずですけど・・・」
アサミちゃんがパイロットに就任すると言うことは、イツキの指揮下に置かれると言うことになる。
出航が近いから、確認しておく必要があるのだろう。
さっきからナカザト達を視界からはずしつつ、青い顔をしていたイツキがプロスさんに問い掛けた。
「ああ、そのことでしたら心配ありませんよ。
アサミさんは我が社のテストパイロットも兼ねていましてね。
今回の作戦においては新型のアルストロメリアに搭乗していただくことになります」
「新型か〜・・・って、ちょっと待ってください!
アルストロメリアって確かジャンパー専用機でしたよね!?
まさかアサミを実験台にするつもりですか!?」
アルストロメリアはボソンジャンプの戦闘利用と言う観点に基づいて設計されている。
後天的に処理を受けたB級ジャンパーの力を最大限に引き出すのが目的だ。
事実、餞別という名目で、高杉少佐や月臣大佐にも贈られている。
優人部隊出身の彼らには大変重宝するものらしい。
「まあまあ、ご安心下さい。新型、ではありますがもう実験機ではありません。
機体の安全性はフレサンジュ博士のお墨付きですよ。
まあ、アサミさんは以前のストーカー騒ぎでA級ジャンパーであることが判明しましたからな。
まさにうってつけの機体でしょう」
そう、じつはアサミちゃんの両親は火星出身であり、彼女も幼少時代を火星で過ごしていた。
なんでも彼女が3,4歳の頃、イツキの養父と言う人に呼ばれて地球にやってきたらしい。
ネルガルが検査した結果、彼女の兄であるミカヅチさんも同じであることがわかっている。
「お姉ちゃん、心配しなくても大丈夫よ。もう何回かテスト起動も済んでるしね。
宇宙軍の戦闘シミュレーションのSクラスだってクリアできたんだから・・・」
宇宙軍のシミュレーションはディアちゃんが作っている。たぶん趣味で。
最高難度をSSとして、続いてS・A・B・C・Dとなっている。
今までのところ、最高難度でクリアできたのはテンカワと北斗だけ。
ナデシコ・シャクヤクのパイロットが続くSクラスレベル。
一般兵の平均はBだかCだか。
ついでに言うと俺はA+レベルだ。
昂気を使ったとしても、できるのはせいぜいまとまった敵を吹き飛ばすことくらいだからな。
実際の機動戦能力はこれくらいが精一杯だろう。
もともとの能力のなさは昂気でもカバーできないと言うことだ。
生身の戦闘ならかなり自信はあるんだけど。
「だからと言って、シミュレーションと実戦を履き違えると痛い目にあうわよ?
養成学校のトップが実戦では何の役にも立たなくなる事だって珍しくないんだから・・・。
・・・ま、アサミなら大丈夫だとは思うけど・・・。
ああ、それから・・・あまりジャンプは多用しないこと。
プロスさんの言うことだから信用するけど、特殊能力に頼っちゃうと危ないしね。
あと戦場の空気に慣れるまでは当分後方支援に回ってもらうから」
「そんな〜!? わたし近接戦闘のほうが得意なのに〜!」
「戦闘隊長は私です。口答えは許しません」
「くっ・・・、
あ〜〜んジュンさん、年増がいじめる〜〜」
ピキッ!!
嘘泣きをしながら隣りの俺の腕にしがみついたアサミちゃんに、イツキとユキナちゃんの額に十字が浮かぶ。
「ア・・・アサミ・・・?
年増っていったい誰のことかしら・・・?
生憎と私はまだ23歳なんだけど・・・・・・」
「その前にとっととジュン君から離れなさいよっ!!
・・・・・・ま、23歳なんてもうとっくに嫁き遅れだってのは賛成だけど〜・・・」
「なっ・・・!? ユ、ユキナさんまでなんて事を言うんですかっ!?」
「ですよねっ!? ユキナさんもそう思うでしょう!?
やっぱり女は若い方がいいに決まっています!!」
「そうそう! 女子高生なんかいちばん食べ頃だよね〜〜!」
・・・そういうことを俺のほうを見ながら言わないでくれ。
俺にだって世間体ってものがあるんだから・・・。
「アオイさん・・・・・・ナデシコ内で間違いを起こさないで下さいよ?」
プロスさん・・・俺に何か恨みでもあるのか・・・?
「うぅ・・・ジュン・・・私は・・・私は年増なの・・・?」
こっちはこっちでなんかダメージ受けてるし。
女性は年を異常に気にすると聞いたが、それほどたいした問題でもないと思うがな。
まあテンカワみたいに揺り篭から墓場までってのはさすがに異常だが。
「別に気にするほどでもないんじゃないか?
イネ・・・ユリカだって結局結婚したのは25歳だったからな。
・・・・・・だいいちイツキより俺のほうが年上だし、問題ないだろう?」
一瞬イネスさんが頭に浮かんだが、それを口に出すほど馬鹿じゃないさ。
しかし俺の言葉を聞いた3人は、みな大きく目を見開いていた。
「え・・・何・・・?」
「・・・ふ〜〜・・・ジュン・・・お前も迂闊だな・・・」
「は?」
何かおかしなこと言ったか?
「そう・・・そうよ! ジュンが相手なら何の問題もないわ!
―――ああ・・・アタックし続けて3年間・・・。
ようやくそういう対象としてみてもらえるようになったのね・・・(嬉涙)。
そうよね、流石にそろそろ納まってもいいかな〜って思ってたのよ。
ジュンさえOKしてくれれば、私はいつでもお嫁にいけるわ」
・・・・・・・・・あう。
「納得できません!!
お姉ちゃんがいいならわたしだって・・・!!」
「ちょっと待ってよ! ジュン君に一番最初に目をつけたのは私なんだからねっ!!」
「ふふ、ユキナさん・・・恋愛に時間は関係ありませんよ?」
「あ〜〜! なんか余裕ってかんじでムカつく〜っ!!」
バチバチッとイツキとユキナちゃんの間に火花が散る。
提督とプロスさんは既に我関せずといった表情だ。
アサミちゃんはアサミちゃんでまたも俺にべったりとくっついている。
・・・と、そのとき、俺は腕に当たる奇妙な感触に気付いた。
「アサミちゃん・・・それ・・・見せてくれるかな?」
「―――はい? あ、このお守りですか? 構いませんよ、はいどうぞ」
アサミちゃんが大事に胸ポケットに入れていたのは長方形のプレートだった。
一見ただのプレートのようではあるが、どうにもその模様がどこかで見たことがあるように思えてならない。
金属で出来てるっぽいが、それが何の金属かもいまいちよくわからないし・・・。
「アサミちゃん、これはいったいどこで?」
「それは3年前お兄ちゃんに貰ったんです。
なんでも火星大戦のときに気付いたらエステバリスの中に入っていたとか。
あの戦いのとき増援に駆けつけた軍の人たちもみんな傷だらけだったのに、
自分だけ無傷だったのはこいつのおかげだーってお守り代わりにわたしにくれたんですよ」
火星で手に入れた・・・か。
なんだったかな。何か重要なことを忘れているような・・・。
・・・テンカワの記憶か?
ピッ!!
『アオイさん。エステの修理が終わりました。
いつでも出れますよ』
俺の思考を遮り、現れたウィンドウにはハーリー君が映っていた。
とりあえずアサミちゃんには後でよく見せてもらうように言ってプレートを返す。
「あ・・・ああ、わかった、早速出航準備をすすめてくれ。俺もすぐに戻る」
『ええ。それからコトシロの責任者の方が、出航の前に宇宙軍に連絡を入れるように要請してきました』
「そうか。了解したと伝えておいてくれ。
提督、休憩は終わりです。ナデシコに戻りますよ」
通信を切り、立ち上がって提督に声をかける。
イツキ達も既に睨み合いを止めて席を立っていた。
ここらへんのけじめがちゃんとついているのはさすがだ。
「イツキはパイロット達を招集してエステの試験機動にはいってくれ。
・・・そう言えば他のパイロットはどうしたんだ? 姿が見えないが・・・」
「ああそれでしたら・・・イズミさんはお1人でどこかに消えましたし、
ヒカルさんと万葉さんはヤマダさんを引っ張ってこれまたどこかに消えていますね。
まあ皆さんコミュニケは切っておりませんからすぐに連絡はつくでしょう」
プロスさんが俺の問いに答える。
とりあえず彼らの行動には何も言わないでおこう。
俺たちは急いでナデシコに帰艦した。
あとがき
アサミとユキナを登場させようとしただけでこんなモノになってしまいました。
・・・うぅ勘弁してください。
ほとんど寝ながら書いたんですよ(泣)。
で、読み直して気になったのがやはりジュン君。
今までの不幸が嘘のようですね。
どちらかと言うと彼を不幸にしようとした人たちが不幸になってしまっています。
そんなジュン君に僕は不幸リフレクターの称号を与えたいと思います。
不幸を極めた者のみが習得できる究極の奥義!
さあジュン君、幸せ街道まっしぐらだ! ・・・嘘です。無理です。ごめんなさい。
だらだらとしてしまいましたが書きたかったのはここからなんです。
それでは・・・
代理人のとりあえずの感想
充分不幸じゃないかな(笑)?
・・・アララギとナカザト象に比べれば余程ましですが。