機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

 その頃、ガイと敵の戦いは終わっていた。

 他のクルーを余所に、ガイの戦いは終わっていたのだ。

 

 どちらもボロボロな状態での決着だったが、その違いは顕著に現れていた。

 

 ガイは敵の装甲へと手を突き入れた状態で突っ立っている。

 勝利の雄たけびをあげるわけでもなく、ただじっと敵を睨んでいた。

 

 装甲を突き破られた敵の方は動く気配すら見せない。

 モノアイは光を失っており、突き入れた手を中心に装甲にはヒビが走っていた。

 

 もはや語るまでもない。

 戦いはガイの勝利であった。

 

           ぽいっ

 

 手を装甲から引き抜き、無造作に地面へと放り投げる。

 ズシャッ、と音を立てながら無人兵器が地面へと転がった。

 

 その己が引き起こした結果をガイは眺める。

 

「パワーアップ、か?」

 

 次に自分の手へと目を向けた。

 だが、戦闘服に手が覆われている為に直接見ることはできない。

 

 体の中でぐるぐると変な気分が充満していく。

 自分の能力がアップしているという感覚に慣れないせいであった。

 

 何時ぞやの知らずに改造された時の記憶がよみがえっていた。

 また知らないところで自分の体が変化していることを考え悩む。

 

 しかし、それは数秒のことであった。

 

「へっ、気にしない、気にしない!!

 パワーアップ、パワーアップ!!」

 

 まだ気分は優れなかったが目を手から離して高らかに笑い始める。

 地面に転がっている無人兵器に足を置き、腰へと手を当てながら笑う。

 

 自身に起こった変化なんて気にしない。

 

「見てろよ、キョアック星人ども!!

 俺が必ずや正義の鉄槌を食らわしてやるぜ!!」

 

 ぴゅー、と風がガイの周囲を吹き荒れる。

 一人で盛り上がっているが、傍目から見た場合は寂しいことこの上なかった。

 

「おっ」

 

 と、戦闘服の効果でアップしている聴覚が足音を捉える。

 どうやらガイの方へと複数の人間が歩いてきているようであった。

 

 そこで、ガイはそちらへと振り向き、

 

「おーい、やったぜぇ!!

 大勝利って奴だぁぁ!!」

 

 と叫んだ。

 だが、声をかけた相手は白い防護服に身を包んだ怪しい連中であった。

 

 声をかけた相手がクルーでないとわかり口を閉ざす。

 しかも、その連中はスコップやら手押し車を持って規則正しく歩いていく。

 

 そんな連中が向かってくる為に、ガイは完全に固まってしまっていた。

 だが、固まっているガイを余所に、その一団は並んで横を通り過ぎていく。

 

「って、あれ?」

 

 なんとも言えない空気が漂う。

 ガイも何も言わずに、連中が通り過ぎて行くのを見送る。

 

 そして、一団は砂浜に投げ出されていた残骸をスコップで手押し車へと載せ始めた。

 

 何がなにやらわかっていないガイは、特に何もせずに連中の行動を見守った。

 踏んづけている為に感じる機動兵器の固い装甲の感触が妙に心強く感じられた。

 

「こえぇー」

 

 ひきつった声をあげる。

 

「あれ、ヤ「ガイだ!!」

 ……ヒマなんだったら、作業を手伝ってくださいよ」

 

 そんなガイの下へと、メグミがやってきた。

 ガイは気付かなかったが、連中の後からクルーも歩いてきていたのだ。

 

 だが、クルーも連中と一緒で、白い防護服を着込んでいる。

 新手のファッションか何かかと訝しげな視線をガイはメグミへと送った。

 

 周囲のクルーへと目を向ける。

 すると、周りのクルーも白い防護服を着込み、最初に見た連中を手伝い始めていた。

 

 全員、着慣れない服装のせいで悪戦苦闘しているのがわかる。

 

「あー、何してるんだ?」

 

 おそるおそるガイがメグミを問いただす。

 すると、メグミは見た目軽そうな残骸を選び取りながらガイに答えた。

 

「ナデシコの修理ですよ」

 

 メグミの答えを聞き、まだ作業中の周りの面々へと目を向ける。

 先程の手押し車へとスコップを使って、次々に残骸を積み上げてのがわかった。

 

 なんとなくだが、ガイにも残骸拾いをしているということが理解できた。

 だが、残骸拾いをすることはわかったが、今の皆の格好の理由にはならない。

 

 わざわざ怪しい格好をする理由がガイにはわからなかった。

 

「あのよう、なんで皆そんな格好してるんだ」

 

「なにって、核汚染の可能性があるからですよ。

 ナデシコが壊れたせいで、放射能漏れしてるかもしれませんし」

 

「なにぃ!?

 マジでかぁぁ!?」

 

「はい、まあ安全装置が働いているみたいなので。

 この辺り一体が汚染されていることはないみたいですけどね」

 

「や、やばい!!

 嫌だァァァ、こんなところで緑色のぐちゃぐちゃの物体に変わりたくねぇえよう!!」

 

「あの、人の話聞いてます?

 それと教科書で習わなかったんですか?」

 

「なにが?」

 

「放射能はそういうものではないんです。それと、残骸拾いを手伝ってもらえますか?

 今のところ、人手は幾らあっても足りないみたいですから。まさか手伝わないとは言わないですよね」

 

「何言ってんだよ!!

 OK、OK、任せておけって」

 

 ぐるぐる肩を回しながらガイが頷く。

 今まで孤独を噛み締めていたとは思えない切り替えの早さであった。

 

 そして、残骸を拾っている連中へと加わろうと向かおうとする。

 

「あっ、そうそう。

 先程はどうも」

 

 そこへ、メグミが足を止めさせるかのように声をかけた。

 

「ん? なんのことだ?」

 

「逃げるのを助けてもらったことですよ。

 それに危うくやられてしまうところでしたから」

 

 チラリとガイが転がっている敵の残骸を見る。

 あの倒すきっかけになった能力向上の瞬間が脳裏を過ぎった。

 

 逃げ遅れていたクルーの中に、メグミがいたかどうかを考える。

 だが、まともに見るヒマがなかった為に、いたかどうかを判別する術はない。

 

 そんなガイを見ながらメグミが続ける。

 

「あの時はヒーローみたいでしたよ」

 

 そう告げると、メグミはスタスタと去っていく。

 

 対して、告げられたガイはメグミが去っていく姿を凝視していた。

 ヘルメットに覆われている為、表情を見ることはできないが面白い表情をしていることだろう。

 

「へ、へへっ」

 

 ヘルメットのカバー部分を人差し指で擦る。

 

 止めようとしても止まらないと言った風な笑いであった。

 胸の中で自称・正義の心が燃え盛り、気分を高揚させていく。

 

「えっと、残骸拾いだったな。

 いいぜ、1ミニッツ、イナフだ!!」

 

 再び光を追い抜くような速さで地面を駆け抜けた。

 

 身にまとった戦闘服の色が尾を引くように残像を残していく。

 歩いているメグミを追い越し、砂浜で残骸拾いをしていたクルーすら通り過ぎる。

 

 あっという間に、全員をすり抜けながら目に付いた残骸を拾い上げていった。

 

 それも、海面を踏破して海中に沈んでいた残骸すら拾い、

 地面に残骸を置くことすら面倒臭いとばかりに次々と残骸を抱えていく。

 

 それなのに、また落とすということがない。

 一つの巨大な塊と化した残骸を背負いながら、なお残像を残しながら重量を増していく。

 

「すげぇ」

 

 その光景に作業の手を止めていたクルーが思わず感嘆の意を漏らす。

 今や一時的に作業の手は止まってしまっていたが、全員分をガイ一人がこなしていた。

 

 

 

 

 

「褒めるだけでこんなに効果があるなんて」

 

 そんな光景を眺めながら、メグミがにやりと笑みを零す。

 同じようにガイの働きを見つめ、近くで呆けながら立っていたクルーの尻を蹴飛ばした。

 

 もちろん蹴られた方は文句がありそうな目でメグミを見てくる。

 だが、そんな抗議の視線をメグミは物怖じもせずに見返すと言った。

 

「ほらっ、作業の手を休めないでください」

 

 

 

 

 

 残骸拾いが急速に作業能率を向上している頃、施設では修理が始まっていた。

 まだ残骸がろくに運び込まれていないにも関わらず、ひっきりなしに作業音が鳴り響く。

 

 今現在、残骸到着前にやれるところをしていた。

 

 丸々交換することになるエンジン系統や装甲部分やフレーム。

 他にも細かい部品を各ブロック毎に分けている。

 

「おらおら、どけどけ!!」

 

「すみませーん」

 

 そんな中、アキトが声を張り上げて材料を運んでいた。

 その後ろをホウメイガールズやホウメイがついて材料を運ぶ。

 

 運搬された大量の材料は、整備班の面々が必要な分だけを選び取っていく。

 今回だけは料理の代わりに材料をクルーの皆へと運んでいくのであった。

 

「おらおら、急げよ!!

 またでっかい一撃もらいたくねえだろうが!!」

 

 ウリバタケの大声が響いた。

 その声に応えるように、周りで整備していた人間の速度が増していく。

 

 また、別の場所では。

「いやはや、大赤字ですな」

 

「構いません。

 それに、これは私の決定ですから、誰にも苦情は言わせないつもりです」

 

「ほう、そうですか」

 

 資料を手にしながらプロスが呟く。

 それはミユキに魔王退治をさせたいと言うアクア、その真意を探るかのようであった。

 

 また、別の場所では。

 

「私は別会社の人間なんですけどね」

 

「出向社員だ。

 それに、さっき見届けると言ったばかりだ」

 

 ミユキとゴートが肩を並べ、整備班の指示に従いながら作業を行っている。

 その後ろの方では、ルリが眠っており、その隣で壁に背中を預けながら遺跡がサボっていた。

 

 今や施設内部は、人でごったかえしていた。

 ドック内部を人が行き交い、声をあげながら作業を進めていく。

 

 その光景を眺めながらユリカは、敵が再び動くまでの時間、

 ナデシコが動くように修理できるまでの時間を頭で計算していく。

 

 施設の端に位置する場所に設置された端末を操作し、

 ナデシコを一撃で葬った敵を映し出した映像を眺めながら考える。

 

(他の軍は対抗策を用意している?

 それとも、このまま泣き寝入りをする?)

 

 初撃はビッグバリアを吹き飛ばし、地球を覆っていたバリアを粉砕した。

 次に発射された場合には、地球側に防御方法はない。

 

 ビッグバリアに勝る惑星レベルで覆うバリアを短期間で作ることができないからだ。

 

(でも―――)

 

 モニターに映された映像には、不気味に沈黙を守るナナフシ改が映っている。

 何故か、次撃を放つこともせずに止まっていた。

 

「何かあった?」

 

 

 

 

 

 

 どさり、そんな鈍い音が聞こえる。

 人が倒れたことにより生じた音であった。

 

 その音に続くように、健やかな寝息が耳に入る。

 

 それらの音は、ブリッジのあちこちで起こっていた。

 蛍光灯が照らす白い光が、床に倒れている木連軍人を照らし出す。

 

 誰もが寝ていた。

 

 しかし、それでもナナフシ改は動いていた。

 モニターがひっきりなしに可動していることを伝える情報を映し出す。

 

 それを見つめ、誰もが寝ている空間で一人ほくそえむ。

 

「いやあ、楽だよね」

 

 ヤマサキはグラスを手で弄びながら呟く。

 端末を操作し、他の戦艦内部がどうなっているかをモニターに映す。

 

 そこには、南雲達と同じように、床で寝ている姿があった。

 

「こんなに簡単で良いものかな。

 せっかく作った麻酔銃も使うヒマがなかったし、腕を見せたかったんだけど」

 

 眠りこける連中を眺めながら、肩をすくめる。

 今や木連の艦隊は、ヤマサキらによって占拠されていた。

 

 とは言え、占拠している部位はブリッジ部分のみ。

 戦艦から発進していた機動兵器は、コントロールを掌握してはいない。

 

 だが、ヤマサキには十分であった。

 

「ま、血生臭いのは嫌いだから、殺さないでおいてあげたよ。

 幾らなんでも共同開発までしたというのに、殺すんじゃあ可哀相だし」

 

              ピピッ

 

 ナナフシ改が攻撃可能になったことを示すアラームを鳴らす。

 

 モニターには、照準をどこに合わせるか催促している。

 それに応えるように照準を月に向け、エンジンの出力を上げていく。

 

 ブラックホールが内部で生成されている為、ナナフシ改が震えている。

 いつ放つのかと武者震いしているかのようであった。

 

「それじゃあ、いってみようか」

 

 嬉しそうに笑いながらボタンを押す。

 カチリ。

 

 何も起こらない。

 

「あれ、おかしいな」

 

 カチリ。

 カチリ。

 

「えい、えい、えい」

 

 カチリ。

 カチリ。

 カチリ。

 何度も発射のボタンを押すが、ナナフシ改は反応しない。

 

「なんで?」

 

 押すのをやめ、腕組みをして黙考する。

 数瞬後、ある考えに思い至ったらしく、目を開ける。

 

 そして、ナナフシ改のシステムがハッキングされていないか調べる。

 

 結果は黒。

 システム面が正常なことを示す青が攻撃されていることを示す赤に侵食されていっている。

 

「これは電子攻撃。連合か?」

 

 端末を操作して地球にいる無人兵器から映像を受信する。

 そこには、ナナフシ改と同じように立ち往生する地球の艦隊がいた。

 

 どれもこれもエンジンが停止したかのように空中で静止している。

 

「あれ?」

 

 そんな連合の映像を見て、ヤマサキが声を出す。

 だが、相手は誰であれ、システムが奪われないように動いた。

 

 先程の動作とは違い、凄まじい速さで端末を操作していく。

 

「まったく、誰だよ」

 

 カタカタとブリッジに音が鳴る。 

 そんな軽い嘆息混じりのタイピングをしている時であった。

 

               ピッ

 

 

 

 

 

 むすっと眉を顰めた状態で、モニターに映った映像を睨む。

 相変わらずナデシコを攻撃した木連艦隊は、動こうとはしない。

 

 ずっとモニターを睨んでいたが、結局映像上の木連艦隊は少しも動かなかった。

 

 だが、ユリカは目を離さずに睨み続ける。

 まるで、そうしないといけないかのようであった。

 

(本当に何かあった?)

 

 この優勢な状況で動かない敵に頭を捻る。

 どうにもユリカには、この敵の行動が理解できないでいた。

 

 現行の軍の兵器では、ナナフシ改と同等の狙撃能力を有したものは存在しない。

 その為、またナナフシ改が動き始め、地球の主要拠点を攻撃された場合は即負けになる。

 

 にも関わらず、敵は動きを見せない。

 

(見逃してくれるとか)

 

 ふと、そんな考えが思い浮かぶ。

 しかし、直ぐに頭を振りながら思いついた考えを追い払った。

 

               ピッ

 

「へっ?」

 

 突然、ユリカとモニターの前にウィンドウが一つ表示される。

 画面には何も映っていない、黒で塗りつぶされたかのような映像が流れていた。

 

 誰かがコミュニケを操作したのかと周囲を見渡してみる。

 だが、周りのクルーはナデシコの修理で忙しそうに動いていた。

 

 誰もコミュニケを操作しているようには見えない。

 その為、ユリカは訝しげな表情を浮かべ、再度モニターを覗こうとした時であった。

 

               ピッ

 

 どこかでウィンドウが開いた音が聞こえる。

 慌ててユリカは、音がした方へと顔を向けた。

 

 そこには、目の前で開いたウィンドウを不思議そうに見つめる姿があった。

 

「あ―――」

 

                 ピピピピピッ

 

 その眺めているクルーへとユリカは声をかけようとした。

 だが、それはドッグ全体から鳴り響き始めた、ピッという機械音にかき消された。

 

 誰もが突如開いたウィンドウを見つめている。

 それぞれの反応は様々だったが、全員の前にウィンドウが開いているようであった。

 

「通信?」

 

 疑問の声をユリカがあげる。

 

 だが、ウィンドウは黒い映像しか流さない。

 人の前に薄っぺらい四角形を表示したまま、なんの反応もしなかった。

 

「誰が―――」

 

 その時、ユリカは気付いた。

 先程からじっと変化がないか見張っていたモニターに変化が生じている。

 

 宇宙空間に浮かぶ木連の艦隊。

 その前にも巨大なウィンドウが幾つも表示されていた。

 

「なっ」

 

 そして、ユリカは驚きの声をあげる暇もなかった。

 それと同時に、今まで黒い映像しか流さなかったウィンドウにも変化が現れたのだ。

 

 

「あっはっはっはっはっ!!」

 

 

 ウィンドウから喧しい笑い声が聞こえてくる。

 その笑い声に引っ張られるようにウィンドウの画面が引き、一人の男が映し出されていく。

 

 映し出された男は、全身を黒い服装で包み、ガスマスクを顔に被っていた。

 

 

 

「あっはっはっはっはっ!!」

 

 

 

 ピ、ピ、ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ―――――。

 

 

 時を同じくして、この現象はあらゆる場所で起こっていた。

 そう、次々にありとあらゆる場所でウィンドウが開いていく。

 

 今や太陽系中にアキトのバカ笑いが響き渡っていた。

 しかもガスマスクをつけたアキトの顔もおまけについてくる。

 

 そのウィンドウだが、現存する電子機器全部が表示していた。

 

 なかかつ、表示しているのは文明が届いている場所だけではない。

 空には無数のウィンドウが飛び交い、葉に溜まった雨水にまで小さいアキトが映っている。

 

 ガラスが反射する映像や水溜りが映すガスマスク。

 

 地球の凍るような環境から溶けてしまいそうな暑い場所でも変わりはしない。

 いや、地球に月、火星や木星、コロニーから宇宙空間、どこもガスマスクだらけであった。

 

 これがアキトの計画の始まり。

 

 遺跡の力をフルに活用したことによって、太陽系中の機械を乗っ取ることに成功したのだ。

 この計画の好調な滑り出しを祝い、アキトは高笑いをあげているのだろう。

 

 

「はっはっはっはっはっ!!

 はっはっはっは、あっ。

 ひぃ、あげほげほげほげほっ!!

 げほげほダッシュ。ゴメン、ちょい待ち、げふんげふん!!」

 

 

 なんとも情けない音声が太陽系中に響いている。

 ダッシュとしても直ぐにでも綺麗な自然の映像と差し替えようと悩んだ程であった。

 

 だが、この映像を見たクルーの間で驚きの声があがっている。

 やはり二度に渡ってナデシコに侵入してきた男であることに気付いたのだろう。

 

 元々騒がしかったドッグ内部は、さらに火がついたようにうるさくなった。

 

 その喧騒を耳にしながら、ユリカはアキトの動きを見張っていた。

 ただ、咳き込むような映像を流す為だけに、これだけの大規模な通信をしない。

 

 だから、ユリカは次に起こることを待っていた。

 

「あー、苦しかった」

 

 ガスマスクが外れるのではないかという程の勢いで咳き込んでいたアキトであったが、

 ようやく落ち着いたらしく、軽く喉の調子を整えてから通信先の相手へと話し始めた。

 

 周り中に乱雑に開かれたウィンドウから同時にアキトの声が聞こえる。

 その為、まるでアキトが何人もいるかのように重複した声がドッグ内部で反響していく。

 

「ま、なんだ」

 

 ガスマスクをつけた顔がドUPになる。

 

「作戦を中止させようとするんだったら今だぞ?

 幾らなんでも、作戦を実行してからはムリだよなあ」

 

 そして、独り言を話しているかのように口を開いた。

 

「ダッシュ、誰か抵抗した? え、してないの?

 ん、じゃあ仕方がないよな。後で文句言っても聞かないぞ」

 

 このアキトの通信に対して、何らかの反応を示したところはなかったようだ。

 

「それじゃあ、はい」

 

 本当に軽く、手を一振りする。

 それと共に、アキトの顔が映っていたウィンドウの周りにたくさんのウィンドウが表示された。

 

 幾つものウィンドウが早いスピードでスクロールしていく。

 そこに映し出されていた内容は、社会の裏側に関することであった。

 

 つまり、戦争の始まりから最近の細かい裏の事情ということになる。

 それら一般には知られていない情報を、アキトは総ての人に公開したのであった。

 

 そう、アキトが掴んでいた情報を丸投げにしたのだ。

 

「うそ」

 

 しかも恐ろしいことに個々の人間が知りたい情報を選んであった。

 どのウィンドウも目の前で眺めている人の為に、情報を整理して表示している。

 

「……私達、人と戦っていたんだ」

 

 ユリカは目の前で表示された情報を見てから、直そうと決意したナデシコをもう一度見つめた。

 どうするかを自分に問うかのように。

 

 

 

 

 

               コソコソ

 

 そんな今まで知らなかった情報を見させられ、ドッグは騒然となっている。

 その喧騒など知ったことではないと言わんばかりに、コソコソしているものがいた。

 

 頭を抱えながら、人に見つからないように逃げていく。

 

「これだけのことを仕出かしたんだ。

 もしかしたら、報復があるかもしれんな」

 

               ギクッ

 

 ギッ、ギッ、と軋むような音を立てながらミユキが声のした方を振り向いた。

 そこには、ゴートが相変わらずの仏頂面で逃げようとしていたミユキを見ている。

 

「や、やっぱりそう思います?」

 

「実行犯は腹いせにやってしまうだろうな」

 

 クラウンの手足となって情報収集をしていた人物。

 それは、言うまでもない、一年前に強奪、ハッキングと大活躍をしていたミユキであった。

 

「う、うぅー!!」

 

 涙が溢れかえる。

 一年前からブラックリストとしてマークされていたとは言え、今回のこれは決定打であった。

 

 今後、ミユキは殺されるまで付け狙われることになりそうである。

 

「知らなかったようだな」

 

 涙を流しながら己の現状を悲しむミユキの姿を見て、ゴートがそう呟く。

 すると、ミユキは堰を切ったかのように、一気に不満を爆発させるのであった。

 

「えぇ〜ん!!

 こんなことならさっさと転職してれば良かった!! どうせ給料だって仕事の内容の割には安いんだし!!」

 

 なんとも悲しい声がドッグに響き渡る。

 ゴートは泣いているミユキを放っておき、周囲をうろつく黒服の動きを伺う。

 

 黒服は、ミユキを監視していた。

 その鋭い眼光は、今後不審な行動を取った場合、牙を剥いてくることだろう。

 

(やばいことになるかもしれんな―――)

 

 

「うわーん!!」

 

 

(―――うるさい)

 

 

 その4にジャンプ!

 

 

 

後書き

ようやく再びアキトが暴れ始めました。

もう世界のどんな場所に行こうとも、ガスマスクのウィンドウが行き交っています。

 

小さいアキトに大きいアキトとよりどりみどりです(核爆)

 

>代理人さん

今回はナデシコの修理は進みませんでした。

代わりにアキトとミユキの話が入ってますが、この展開は久しぶりなのでドキドキものです。

 

前半部分はこの展開が主流だったんですけどね(爆)

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ミユキちゃん、不幸!(笑)

スタッフサービスがあったら今すぐ電話してること間違いなしですな。

その諸悪の根源であるミスター・ガスマスクがアレなのは確定事項なので今更ですが・・・

この人が出てくると一気に不思議時空になるからそれはそれで好きさ(爆)。