機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

 世界中の人間がそれぞれ反応は違うが、アキトの情報公開の影響を受けていた。

 見る人間の事情など関係なく、ただ情報のみを伝えている為にどう反応するかなど考慮外だからだ。

 

 その為、今や表と裏に分かれていた社会の壁は、一時的になくなっていた。

 

 

 

 

 

 ―――アクア。

 

「これはこれは」

 

 目の前に表示された情報を眺めながらアクアが呟く。

 相変わらずの笑顔で、とても面白そうに情報を眺めている。

 

 クリムゾンが行った悪行も公開されているというのに、いつもと変わらない態度であった。

 

 むしろ、面白がっているようにも取れる。

 唇に人差し指を当てながら、そっと目の前のウィンドウを眺め続ける。

 

「お爺様やシャロンが大慌てじゃないかしらね」

 

 名前をあげた二人だけでなく、周りにいる黒服も慌てている。

 

 そんな焦りを余所に、クリムゾンの行ってきた悪事は、次々世界中に向けて発信されていた。

 情報の隠蔽、裏づけが取られないよう、クリムゾンは総出で当たらねばならなかった。

 

 

 

 

 

 ―――プロス。

 

「しかし、つくづくエリナさんも運がない方ですな」

 

 同じくウィンドウに表示された情報を見て、プロスはそう呟いた。

 公開されている情報の真偽はともかく、クリムゾンの信頼は地に堕ちたと言っても良い。

 

 その為、もしもこのことがきっかけで会社が傾くようなことになれば、

 ネルガルを売ってクリムゾンに渡ったエリナにとっては災難と言うしかない。

 

「いやはや、さぞ無念なことでしょうな。

 乗った船もドロ船だったとは、さぞかし口惜しいことでしょう。

 しかし、このネルガルの情報―――」

 

 プロスの瞳が細くすぼめられていく。

 ウィンドウに表示されている情報を注視しているからだ。

 

 火星でテンカワ夫妻を襲ったテロが偽装であるということ。

 遺伝子操作を秘密裏に行っていた研究所の詳細な位置、戦争前に行った隠蔽工作。

 

 どれもこれも、ネルガルがこの世から葬りさった情報ばかりである。

 まるで墓場から甦ったかのような情報だったが、プロスの脳裏にある人物が頭に浮かんだ。

 

「やはり会長ですかな」

 

 頭の中で思い浮かんだアカツキは、何故か無駄に歯を輝かせていた。

 そんな仕返しができて嬉しがっているアカツキを想像しながら、プロスはため息をつく。

 

(まったく、やれやれ)

 

 見知らぬ顔でもなし、少なからず生死の安否がわかり、プロスの肩の荷は少し降りた。

 

 

 

 

 

 ―――アカツキ。

 

「これで良かったんだろ?」

 

 壁によりかかりながら、辺りを漂うウィンドウを眺める。

 世界の裏側が表側へと強引に流入していく様子を見つめながら、アカツキはラピスへと問いかけた。

 

 それに対して、ラピスは丸い形状の機械をいじりながら返す。

 

「うん、ありがとう」

 

 顔を向けずに礼だけを告げられた。

 その態度に眉をしかめつつも、変わらない軽い口調で話し続ける。

 

「ま、ネルガルは潰れちゃったからねえ。

 もう今更隠蔽工作も必要ないし、エリナ君にはフラれちゃったからなあ」

 

「元から相手にされてなかったと思うけど」

 

「っ、キツいこと言うねえ。

 僕が記憶していた今のお偉いさん達の悪事を教えなかったら大変だったろ?」

 

 苦虫を噛み潰したかのような表情で言い返す。

 だが、その反撃はラピスには通じなかったようだ。

 

「取引は成立していたよ。

 それに助けてもらわないといけなかったのは、そっち」

 

「血がどんどん出てたからね。

 ところで、あのイツキって言ったかな。えらく驚いていたようだったけど?」

 

「ショックだったみたいだね。

 でも、死ぬよりは良かったと思うよ」

 

「死ぬ?」

 

 そこで、ラピスが機械をいじるのをやめる。

 桃色の服の上に機械を取り付けると、散歩にでも行くようにこう言った。

 

「それじゃあ、火星に行ってくる」

 

 

 

 

 

 ―――ユキナ。

 

 ユキナの場合、自宅で掃除をしていた時にウィンドウが表示された。

 その突如表示されたウィンドウに対して、最初はさすがに驚いていた。

 

 しかも、かなりのオーバーリアクションで。

 

 だが、直ぐに見知った人物がウィンドウ内で高笑いをしているのを見ると、

 机の上で頬杖つきながら少しダラけた体勢ではあったが、ウィンドウを見続けた。

 

「これが本当だったら、今の戦争ってどうなるの」

 

 ふと疑問が沸いた。

 この胡散臭さ絶好調なアキトから発信される情報では、真偽の程はさだかではない。

 

 だが、もしもということがある。

 もしも、ここに表示されていることが本当だったらという不安がユキナを捉えていた。

 

 地球が一般に木連の存在を知らなかったという事実。

 木連が裏で戦争に反対していた人間を消していたという疑惑。

 

 今まで信じていたものが一挙にひっくり返された気分だった。

 

「このホームレス」

 

 ガスマスクを被りながら笑っているアキトを睨む。

 ふと、以前九十九が怖い奴なんだと忠告していたことを思い出した。

 

(こういうことだったのかな)

 

 それも真偽は定かではない。

 

 

 

 

 

 ―――コウイチロウ。

 

 地球へと攻撃してきたナナフシ改を撃墜する為に向かっていたコウイチロウであったが、

 艦を動かそうにもダッシュの電子攻撃によって動けなくなり、目的地に向かうことができなかった。

 

 加えて、アキトがバラした情報が士気に影響を与えている。

 

(確信に変わってしまったな)

 

 もちろん、少なからずコウイチロウも動揺していた。

 

 疑惑を持っていたものが、確信へと変わっていく。

 火星で起こった事件は、頭の中で燻っていた疑惑から情報を得て確信へと変わったのだ。

 

 火のない場所に煙は立たない。

 

「離しなさい! 離しなさいったら!」

 

 そんな過去へと思いを巡らせていると、金切り声が艦内に響き渡った。

 その煩さに眉を顰め、近くにいる部下へと尋ねる。

 

「どうした」

 

「先程の情報に関してなんですが、汚職に関するものがありまして。

 その中に……その、艦に参加している者の名があり、問い詰めているのです」

 

(やれやれ)

 

 情報の真偽はどうあれ、その表示されている者に問わなければ気が済まないのだろう。

 もしくは、今までの記録の再調査までしなくてはならないかもしれない。

 

「わ、私を誰だと思ってるのよ。

 ふざけないで、こんなの嘘っぱちよ!!」

 

 キーキー、甲高い声が聞こえてくる。

 あの態度では疑えと言ってるようなものだった。

 

「……まったく」

 

 深いため息を漏らす。

 

「アンタ、間違ってたらどう責任取るつもりなの!!

 拘束するですって!? 何考えてるのよ、あんな奴の言うこと信じるの!?」

 

 その声につられるように、コウイチロウの眉もピクピク動く。

 

 この状況は、コウイチロウにとって不服であった。

 だが、動くにしても艦のコントロールが戻らねば動けない。

 

 そこで、とりあえず艦長席から声の方へと歩き始めていくことに決めた。

 

 

 

 

 

 そして、この混乱の元凶は未だに笑っていた。

 腰に手を当て、胸を反らしながら大笑いしている。

 

 咳き込んだばかりだというのに懲りていないらしい。

 

 

「あっはっはっはっ!!」

 

 

 大量に展開されたウィンドウを眺めながら笑い続ける。

 アキトの笑い声は高く響き渡り、空に浮かぶオーロラにまで届きそうな勢いであった。

 

 赤い地表、青い空。

 その空に浮かぶオーロラは、細かく見ることができればナノマシンで構成されていることがわかった。

 

 つまり、ここは火星である。

 

 その火星の遺跡がある場所でアキトは笑いまくっていた。

 クレーターの最下層に遺跡はある為、声が壁に当たって反響しまくっていてうるさい。

 

「あははははっ!!」

 

 その懸命に笑っているアキトだが、聞かせる相手はここには一人しかいなかった。

 自分の執務室でアキトに捕縛されてしまった草壁である。

 

 執務室から一緒に火星まで連れてこられてしまったのだ。

 今も執務室の時と同様、ロープでぐるぐる巻きにされて地面に座らされている。

 

 その草壁の横には、連れてこられる時に使ったジャンプフィールド発生装置、

 個人用ディストーションフィールド発生装置の二つが無造作に転がっていた。

 

「あははははっ!!」

 

 まだアキトは笑いながらくるくる回っている。

 両手を大きく広げて草壁の周りを、ぐるぐるぐるぐる、と飽きもせず回っていた。

 

 そのアキトの行動に呼応するかのように、地面から無数の腕が発生していく。

 それら鋼鉄製の腕は、アキトの後ろから同じようにぐるぐる回りながら付いて回る。

 

 あっという間に草壁の周りには、ロボットとアキトの輪が作られた。

 縛られている草壁には、連中が嬉しそうに回っている姿を見守るしかない。

 

               パチンッ!!

 

 突然、アキトが指を鳴らす。

 

 すると、頭上より黒い機動兵器が次々に舞い降りてくる。

 火星の空を彩るナノマシンのオーロラのような、淡く揺れているDFを展開しながらクレーター内部へと降りてきた。

 

 サツキミドリ2号を襲撃した機動兵器、フラクタルである。

 これもクレーター内部に降りてくると、草壁を中心に輪を描くように降り立つ。

 

 遺跡の淡い金色の光とフラクタル特有の波打つようなDFが周囲を怪しく飾り立てていた。

 

「来い!!」

 

 アキトが回転をするのをやめ、そう宣言する。

 同時に頭上目掛けて片腕を掲げ、空へと掌を向けた。

 

 その動作が合図だったのか、空にボソンの光が溢れ出して行く。

 光は渦を描くように展開していき、その中心から膨れ上がるように何かが姿を現し始める。

 

 光に彩られ、オーロラを押しのけるように姿を現す巨大な建造物。

 それは、アキトが草壁との会合で建築する許可を取り付けた物体であった。

 

 硬質で楕円的なフォルムをしており、外側からは真新しい鋼の光沢を放っている。

 中央部分に大量のCCがまとめて設置されており、青い宝石群が目立つ作りになっていた。

 

 その現れた巨大歪曲場発生装置を見上げる。

 もう笑うのはやめて、ジッと感慨深げに上空の装置を見つめていた。

 

『アキト、奴等はどうする?』

 

 と、そんなアキトに対し、ダッシュが何やら聞いてくる。

 

「あ、やっちゃって」

 

『了解』

 

               ボシュンッ!!

 

 巨大歪曲場発生装置の頭上部分より小型シャトルが発射された。

 その発射したシャトルは、大きく弧を描きながら火星の大地へと降り立っていく。

 

「さらば、火星の避難民達よ」

 

 クレーター内部におり、しかも頭上を巨大歪曲場発生装置で塞がれている。

 その為、シャトルの姿をアキトは見ることができないが、彼等に対して別れの言葉を呟く。

 

 今頃、結局火星に戻ってきたことに憤っていることだろう。

 

「一体、貴様は何をしたいんだ?」

 

「あん?」

 

 くるりと今まで眉間に皺を寄せて押し黙っていた草壁の方へと顔を向ける。

 今は反響していた笑い声も収まったからか、アキトの方へと目を合わせてきていた。

 

 その問いに対し、アキトは笑って返す。

 

「あはははははっ!!」

 

 また笑い出したアキトを見て、もはや堪忍袋の尾が切れたとばかりに草壁が顔を紅潮させる。

 そして、周囲に敵が溢れ、縛られているにも関わらず、身体をアキトへとぶつけん勢いで叫んだ。

 

「貴様!!

 そうやって笑ってごまかすつもりか!!」

 

「―――――ふん?」

 

「ここまで世界を自分勝手に弄んでおきながら、そうやって笑っておしまいだと!!

 我々が汚いことをしてきたのは、地球に対する諸悪を裁く為だ!!

 それを、貴様のような輩に……貴様のような輩に、全部台無しにされてたまるものか!!」

 

 草壁があらん限りの声で、アキトの行為を断つ。

 感情が溢れ出したかのように言い募る草壁を、アキトはじっと静かに見守っている。

 

 動き回っていた人型ロボも、頭上に存在する建造物も、

 遺跡が放つ淡い金色の光も、草壁には関係がなくなっていた。

 

 ただ、アキトをなじることだけに注力していた。

 

「……ははっ」

 

 小さくアキトが笑う。

 漏れ出した声を聞きつけた草壁は、さらに声量をあげるべく息を吸い込む。

 

 だが、

 

 

「うるせえぇ!!」「はぶっ!」

 

 

 アキトが放った攻撃によって黙らざるを得なかった。

 今まで愉快そうに笑っていたアキトだったが、どうやらもう気分を害されたらしい。

 

 先程の一撃は八つ当たりになるのかもしれない。

 草壁と同じ顔で言われたからこそ、アキトにとっては我慢ならなかったのだ。

 

「チッ」

 

 げほげほと苦しむ草壁を見つめる。

 

 相手の攻撃を考慮していなかった草壁は、呼吸の途中でパンチされた為に苦しんでいた。

 その苦しむ姿を見つめながら、アキトはゆっくりと草壁へと近づいていく。

 

 そして、

 

「俺の動機が知りたいか?」

 

 ガスマスクをつけた顔を引っ付きそうなぐらい近づけ、そう草壁へと囁く。

 囁いた言葉に草壁が問い返そうとしたが、それをアキトは無視して草壁から間合いを取る。

 

 その間合いに、地面から机とマイクから生えてくる。

 アキトは動じることなくマイク調整をしてから、草壁へと演説を開始した。

 

「あっ、ダッシュ。コイツだけだからカットよろしく。

 それと、色々と長い話になるかもしれないが、黙って聞いてくれよ」

 

 シュボッとガスマスクの下からタバコを吹かし始める。

 ハードボイルドを気取っているらしいが、火をつけるだけで吸おうとはしない。

 

 最初の一吸いをした後は、もう吸う素振りすら見せなかった。

 ぷかぷかと煙が漂って消えていくのを眺めながらぽつりとアキトが呟く。

 

「まあ要するに愛だ」

 

 そのあまりにも端的な物言いに草壁は困惑する。

 

「なに?」

 

「つまり、愛だ。

 愛なんだよ。

 愛こそ総てってか。

 俺の家族に対する愛が、俺を駆り立てていたというわけだ」

 

「家族、だと?」

 

「そうだ、俺にも扶養家族がいたんだ。

 これでもコックを目指した夢ある青年だったさ。

 チャーハンも作った、ラーメンだって作ったさ。

 でもな、家族は誘拐される、ジャンパーは危険視される、それで俺の人生ボロボロ。

 そんな理不尽に対しては、俺の愛で対抗するしかないだろう?」

 

「……意味がわからないが」

 

 そう告げた草壁を無視して、アキトは次第にヒートアップしていった。

 拳を固め、体を打ち震わせながら自分が抱いてきた思いを草壁にぶちまけていく。

 

 もはや草壁が聞いているかどうかすら意識していない。

 

「いいか? 俺はこの遺跡を使って俺は元の世界へと戻ってみせる!!

 ユリカとルリちゃんがいる世界へと戻るんだ!!」

 

 周囲にある機械群を仰ぐように示しながら続ける。

 

「そして、火星の後継者の残党なんて瞬く間に壊滅させてみせる!!

 俺の家族を襲う要素は、全部摘み取ってみせる!! 塵一つ残さずな!!」

 

「もしや、貴様……まったくの私事で、ここまでのことを」

 

 アキトの行為が個人的事情によるものだと気付いた草壁は項垂れる。

 その胸中には、木連と共に歩んできた様々な過去の出来事が去来してきていた。

 

 どれもこれも無に帰す。

 清濁合わせ飲む度量がなければと、やってきたことが終わってしまう。

 

 草壁にとって、アキトは悪であった。

 

 今も笑い続けるアキトへと、項垂れていた頭をあげて見つめる。

 相手は、とても嬉しそうに笑いながら、今もこの世界を巻き込んでいた。

 

「あははっ!!

 戻るぞ!! 世界を綺麗にしてやる!!」

 

 夢を叶える欠片であるロボットと戯れながらアキトは踊り続ける。

 

 道化が笑うのは罪なのだろうか。

 滑稽なダンスを踊るのは罰なのか。

 

 しなければならないことをせずに、体中を巡る興奮に酔いしれる。

 脅威が取り除かれた世界を夢見て、ネジの外れたアキトは笑い続けていた。

 

 

 

 

 

 先程とは打って変わって、ドッグ内は静まり返っていた。

 またクルーが集まって、ああでもないこうでもないと話し込んでいる。

 

「……機械が動かないとできませんよね」

 

 肩を落としたユリカがそう言う。

 すると、周りにいたクルーからもハァという残念そうに溜息を漏らした。

 

 チラリとユリカはウィンドウを覗く。

 そこには幾多ものウィンドウがしつこいぐらい様々な情報を流し続けていた。

 

 これらのウィンドウ表示は、ダッシュに乗っ取られたドッグ内部の機械が行っている。

 その為、機械が乗っ取られている為に、ナデシコの修理を行うことができないのだ。

 

(―――でも)

 

 この現状を憂う気持ちはあれども、どこかユリカは安心していた。

 木連艦隊が映ったウィンドウを眺め、それからアキトが表示したウィンドウを見る。

 

 木星トカゲは100年前追い出された月の独立派。

 この真偽のわからない映像こそが、ユリカのナデシコ修理に暗い幕を降ろしていた。

 

 直すのが正解か。

 それとも直さないのが正解なのか。

 ユリカの中に答えはまだない。

 

(艦長として、艦の最後ぐらい決めてあげないと)

 

 もはや大局は動いてしまっており、現状は修理する設備が動かない。

 

「ここまで、なのかな―――」

 

 旅の終着がこのような形で訪れる。

 そのことに心残りはあれども、ユリカはここで諦めようとしていた。

 

 物は望めば得られたが、真に望むものは得られない。

 過去の出来事が幾つも胸に去来して消えたが、ユリカは総てを飲み込もうとした。

 

 飲み込んで、我慢しようとしたのだ。

 

「それでは、私は勇者様と一緒に遺跡を押さえにいきます」

 

 黒服に羽交い絞めにされ、涙声でミユキが騒いでいる。

 その隣でゴートも背後から銃を突きつけられており、どうやら多勢に無勢ということらしい。

 

 あっさりとミユキは捕縛されてしまっていた。

 そんな頼りない勇者ことミユキを連れ、アクアは火星に行こうとしていた。

 

 現状でのナデシコの修理は見込めない。

 ならば、戦力になる見込みのない物体の修理を待つ必要はない。

 

 そう判断したのだろうが、奇襲をかけるには戦力が心許ない状況でもある。

 

 それに加え、今はコンピュータを情報表示の為に乗っ取られて動かない。

 最初のアドバンテージが圧倒的に相手優勢であったが、アクアは気にしてない様子だ。

 

 例の球体型の遺跡を取り出し、にこやかに笑いながら告げてくる。

 

「遺跡の端末とは言え、ここには遺跡が二つあるんです。

 乗っ取られて、本当の性能を発揮できない遺跡になら対抗できます」

 

「あの、遺跡ってあのヌイグルミじゃないんですか?」

 

 ユリカが退屈そうに鼻をほじっている遺跡を指差す。

 ヌイグルミの体を持っている癖に、人間じみた行動を取る奴であった。

 

「あっちも遺跡、こっちも遺跡じゃよ」

 

 面白くもなんとも言わんばかりに告げてくる。

 さらに鼻をほじる勢いが増していたが、ヌイグルミの体が汚くなっていきそうであった。

 

「質問、遺跡ってなんですか?」

 

 二人の会話を聞いていたクルーの一人が手をあげて質問する。

 それを見て、ある程度事情を知るプロスやアクア、黒服などは?マークを頭に浮かべてしまう。

 

 アキトの情報公開で全部バレたものだと思っていたのだ。

 

「あ、俺もそれは思ってた」

「なあ遺跡ってピラミッドとかのことか?」

「違う違う、ほらっ、あれだ……前方後円墳!」

 

 そんな周囲の困惑を余所に、クルーはトンチンカンなことを言い合っている。

 

「ヌイグルミが遺跡? それって遺物って言わないのか?」

「へぇ、そうなんだ。それよりも、直すのがその遺跡の為ってことになってないか?」

「あー、そんな感じだよな、なんか違うよな。俺達はそうじゃないって感じだな」

 

 おそるおそるユリカが問う。

 

「あの、皆さんウィンドウ見てないんですか?」

 

 

「見たことは見たけどさあ」

 

 

 あんまりなお答えが返ってきた。

 ナデシコのクルーはドッグ内部で反響する笑い声のウザったさから見ていない者がもいるようだ。

 

 信憑性は確かに薄い。

 1ミクロン単位の狭さと言ってもいいだろう。

 

「だいたいゲキガンガーが聖典ってなんだよ。お前はヤマダかよ」

「それそれ! しかも100年前に追い出された月の独立派とか偽史を扱った小説みたい」

「それに古代火星人ってなんだ? これが木星トカゲじゃないのか?」

 

 まだワイワイ楽しげに語り合ってる。

 それが真相だと知っている人間を完璧に置いてけぼりにして楽しそうにしていた。

 

「ただいま戻りましたぁ!!

 このウィンドウ見た!? ルリちゃんがお姫様とか書いてある!!

 お姫様だなんて!! ルリちゃん、マジ萌えぇ!!」

 

 メチャクチャ面白いものを見つけたと言わんばかりにヒカルがドッグ内に駆け込んでくる。

 「ここ、ここ」と言いながらウィンドウを引っつかみ、ルリの情報を指差していた。

 

 他にも残骸拾いをしていた面々がドッグ内に入ってくる。

 

 それぞれナデシコの残骸を手押し車に乗せて運んでくる。

 中には道具を使わずに山のような残骸を背負って入ってくる奴もいた。

 

「おい、こら!!

 運ぶの手伝えよ!!」

 

 リョーコが残骸を運ばずにウィンドウ片手に騒いでいたヒカルを怒鳴りつける。

 

「えー、だって面白いじゃん。これ。

 ほらっ! ゲキガン帝国なんてあるらしいじゃん」

 

「カニみそ連合だって書いてあるけど」

 

 長年のコンビらしく、イズミがすかさず言い返す。

 ただ、どちらも正確に木連の名前を言えていなかった。

 

「だー!!

 カニみそだか、味噌漬けだか知らねぇけどな!! いいから手伝えよ!!」

 

 残骸を運んでいた面々は、次々にドッグの脇の方へと残骸を置いていく。

 放射能漏れなどの危険は確かめでもしたのか、かなり無造作に扱われている。

 

「えっと」

 

 そんな、クルーのやり取りを聞いて、真相を知る面々は困惑していた。

 地球連合が行った歴史の捏造が良かったのか、もしくは情報を公開した人物が悪かったのか。

 

 真相の激白に対してナデシコのクルーは相手にしていなかった。

 

(―――私って、騙されやすいのかな)

 

 先程のクルーのやり取りを思い返しながら、ユリカは頭を抱える。

 あまりにも信頼の置けない筋の情報公開であった上に、話も突拍子がない。

 

 そんな話だったのに、ユリカは信じてしまったのだ。

 

(は、恥ずかしいかも)

 

 顔を赤くしながら、照れ隠しに手近なものを叩いてみせる。

 いきなりユリカにビシバシと叩かれてしまい、プロスは困惑気味だった。

 

 もう直す直さないで悩んだことは、頭の中から消え失せている。

 

「え、えっと、コホン。

 とりあえず機械が動かないので、それをどうするかを話し合いましょうか」

 

 そう小声で言うが、クルーはアキトの情報で遊ぶことに夢中のようだった。

 一度火がついてしまった為に、沈静化するにはもう少しだけ時間が必要みたいだ。

 

 そんな周囲を余所に、アクアがユリカへともう一度言ってくる。

 

「あの、私と勇者様は先に火星に行くつもりですよ」

 

「それなんですけど。

 移動手段は何を使うつもりなんです?」

 

「もちろんボソンジャンプですよ。

 ここに遺跡の端末が二つもあるんですから、十分ボソンジャンプは可能です」

 

「それで、あのテロリストと戦うと」

 

 頭の中でガスマスク面のテロリストに立ち向かうアクアの姿が浮かぶ。

 ふと、以前ナデシコ内部で相手が一人でクルーを無力化したことを思い出す。

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

「あまりしつこいと殿方に嫌われますよ。

 大丈夫です、持って行くのは何も人だけではないですから」

 

「え」

 

「魔王の存在を知ってからは、それなりに準備を整えていたつもりです。

 人に物資、戦艦と機動兵器も用意してあります。

 そういえば、元はネルガルの戦艦だったかと、戦艦名はND−2 コスモス。

 搭載する機動兵器はお爺様が仕事の関係上作っていた夜天光という機体を使います」

 

 ユリカはアクアが言った言葉に耳を疑った。

 話を思い起こすならば、魔王退治の戦力の為にナデシコを修理するはずなのだ。

 

 それが戦艦は既に用意してあると言う。

 最新型の戦艦、並びに機動兵器まで用意してあるのだ。

 

「……どうしてナデシコを修理する気になったんですか?

 それだけ準備が整っているのだったら、ナデシコを直してもいいだなんて……」

 

「魔王はナデシコに深い関係があるみたいですから。

 ほら、魔王を倒す為には伝説の武器とか必要になりません?」

 

 にこやかに笑いながら告げられる。

 

 あの始めにアクアが修理を許可した時、ユリカが感じた違和感はコレだったのだ。

 ナデシコを修理すると決めた時に、会社にとって破棄した方が損失が少なく済むはずだった。

 

 動かなくなるくらい壊れたものを修理するより、新しいものと交換した方がいい。

 その方が損はでない。

 

 それを修理することに決まったのは、クルーの思いで決まったはずだった。

 きっかけはユリカの発言かもしれないが、決まったのはそのはずなのだ。

 

 なのに、決まったのはアクアの単なる気まぐれだった。

 歩く際に右と左のどちらの足を出すかを決めるぐらい、本当になんでもないこと。

 

 また、ユリカは掌の上で動かされているかのような感覚に陥らされた。

 

 視界が歪んでいき、アクアの笑顔が別種の存在に見えていく。

 笑顔の裏にある意思が歪んでいるかのように、ユリカには思えてならなかった。

 

「……でも、ボソンジャンプするにも機械は動きませんよ」

 

「そこで寝ているホシノ ルリに協力してもらいます。

 彼女の情報伝達能力と遺跡の端末二つが揃えば、このドッグ内部のコントロールを取り戻すなど簡単です」

 

「ならナデシコは―――」

 

「もう無理に直す必要はありませんよ。

 何しろ時間がないですから、時間切れです」

 

「―――」

 

「それでは、魔王とご対面といきましょうか」

 

 真偽の知れぬ情報に惑わされたことが悔やまれた。

 

 胸がきゅうっと締められているかのように感じる。

 こんな最後を艦長として見届けなければならない。

 

 これで終わりなのかと問う声が、ユリカの思考の中でループしていく。

 何度も何度も、それは短い時間だったが、それこそ何億、何兆と数限りなく繰り返された。

 

 胸が苦しい。

 

 そんなユリカの心情など知らないアクアは、意気揚々とルリの元へと向かおうとする。

 念願の魔王退治ができるからと、その歩みは常にない軽やかさがあった。

 

 だが、もう直ぐそこというところで、アクアは微細な違和感を感じ取った。

 

「あら?」

 

 風がドッグ内部に吹き荒れ、アクアの歩みを阻止する。

 

               びゅう――!

 

 その吹き荒れる風は一人の男が巻き起こしたものだった。

 

 高速で駆けることで周囲に影響を与える程の風。

 それを起こす男は台風の目と化しながら、床に横たわっていたルリを掻っ攫っていく。

 

 あまりの速さに、誰も反応できない。

 アキトの情報で盛り上がっていた他のクルーも猛ダッシュしている男へと目を向ける。

 

 凄まじい勢いで駆け抜けている為に、否応なしに目を向けてしまう。

 

 男は、火花を散らせながらドッグの壁部分を滑るように登っていく。

 そして、そのままドッグの二階部分へと登っていき、くるりと階下へと顔を向けた。

 

「ダイゴウジ ガイ、参上!!」

 

 手摺り部分に立ちながら、階下にいる全員へと叫ぶ。

 そんなガイに、二階の出入り口から姿を現したイネスが労いの言葉をかける。

 

「はい、ヤマダ君。ご苦労様」

 

「ダイゴウジ ガイだって!!」

 

 しつこいぐらいに訂正するが、未だに定着していないガイであった。

 

 

 その5にジャンプ!!

 

 

 

後書き

今回はかなりのボリュームになってしまいました。

その為、今回が長くなったので、「その5」は元のボリュームより短くするつもりです。

 

色気を出そうとして失敗に終わったのかと戦々恐々としております。

 

それに、次で第20話はラストなので短くしたらおかしいかな、と思ったりもします。

……どうしましょう(ヲイ)

 

>代理人さん

今まで明かしてこなかったアキトの目的と作戦を説明したつもりです。

不思議空間にはならなかったかもしれませんが、総決算という気持ちで書きました。

 

詰め込みすぎた気はしますが、一応一通り終えれたかなと思います。

 

 

感想代理人プロフィール

戻る

 

代理人の感想

き、聞いてみれば案外真っ当な・・・・。

というか、ただそのためにこんな大規模な行為をしたのか!?(爆)

なんか、最後の最後で強烈なしっぺ返しを喰らいそうな気がするなぁ・・・・。

ガスマスクだけでなく、アクアもその徴候らしきものが見えるし、

実は似たもの同士だったのかもしれん、こいつら。

・・・その場合、どうなるんだろう。