機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

「どういうことですか?」

 

 突然、ドッグを駆け抜けたガイの行動に静まり返った中、

 いつもと変わらぬ、ゆっくりとした口調でアクアが二人へと問いかける。

 

 静かな声だったが、有無を言わせぬ強さがあった。

 

 原因はドッグ内の機械を復帰させようとした矢先に邪魔されてしまったことのようだ。

 獲物を目の前で掠め取られてしまい、そのことでどうやら怒っているらしい。

 

 おまけにふざけた答えを聞かせた場合、容赦する気はないようだ。

 

 いつでも周囲の黒服に指示を出せるように目配せをしている。

 そのアクアの目だけの指示だったが、黒服はわかったという風に頷いていた。

 

「説明がいるのかしら?

 貴方にナデシコを直す許可をもらおうと思っているのよ」

 

 説明好きのイネスとは思えない程の簡潔な言葉。

 用件だけを伝え、後は言葉を発しようとはしていない。

 

 二の句を告げず、相手が次の言葉を発するのを待っている。

 

「それは、時間がないのですけど」

 

 頬に手を当て、困ったようにアクアは呟く。

 

 それから、相変わらず周囲に表示されている大量のウィンドウを見つめる。

 このウィンドウも時間が経てば、遺跡と共に消え失せてしまう。

 

 世界から遺跡が隔絶され、もはやボソンジャンプを使うことはできなくなる。

 

 それはクリムゾンとしては歓迎できない。

 それに、アクア個人としても、せっかくの舞台が消え失せるのは面白くなかった。

 

「……」

 

 黙考しつつ、いつでも使えるように懐の遺跡の端末を確かめる。

 相手のイネスはわかっているのかいないのか、ただアクアの様子を眺めていた。

 

 そんな一触即発状態の二人を、困惑の表情でユリカは見ている。

 

(もう何が何やら)

 

 一度に様々なことが起こったせいで、ユリカはまたもや呆然としていた。

 いきなり二人が剣呑な雰囲気を発しつつ、話をしていることに思考が追いついていかない。

 

 先程までアクアの毒気に当てられていた為に、尚更であった。

 

 だが、そんな混乱するユリカを置いて事態は進んでいく。

 登場が派手だったガイは何故か口を閉ざしており、イネスとアクアだけが話をしている。

 

 そのアクアの耳元へ話しかけている黒服がおり、穏やかではない提案をしているようだ。

 懐のドライヤー型の物体を探るような仕草が否応なしにユリカの不安を掻き立てる。

 

「―――少し待ちなさい」

 

 アクアが黒服へとそう告げたのを聞いて、少しだけだったが安心した。

 直ぐにドンパチをしようというわけではないのだと、アクアの指示から感じられたからだ。

 

(ナデシコを直すだけなのに、なんでこうなってるの?)

 

 恨めしげに浮かんでいるウィンドウを睨む。

 問題が解決するわけではないが、ユリカには原因がウィンドウに映っているアキトにある気がしたのだ。

 

 そんな困り果てているユリカをよそに、二人の話は続いていた。

 

「邪魔をすることだけは、やめていただけません?」

 

 のほほんとした口調でイネスへとアクアが言う。

 

 もちろん、もしも断った場合は周囲の黒服がイネスの相手をするだろう。

 他にも、アクアが持っている遺跡の端末をイネスへの攻撃に使用することもありうる。

 

「別に邪魔をするつもりはないわ。

 ただ、ナデシコを直させてもらおうと思っているだけだもの」

 

「本気で言ってるのですか?」

 

 そのらしからぬ言葉に対し、アクアは困惑しながら言った。

 信じられない言葉を聞いたという風に、目を丸めつつイネスを見つめている。

 

 その視線に気付いていないかのように、イネスは話を続けていった。

 

「他にも理由はあるわね。

 今、貴方が相手へと戦いを挑んでも、現状の戦力で相手を倒せる確率は相当低い。

 最新の戦艦や機動兵器があったとしても、物量で押し切られてしまえばおしまいよ。

 相手は距離を移動するのに質量なんて関係ないのだから」

 

 淡々とした語調でのイネスの説明がドッグ内部に響き渡る。

 

 誰もがイネスの説明に対して静かに聞いていた。

 アキトの情報でバカ騒ぎをしていたクルーは、二人の会話をただ黙って聞いている。

 

 二人が作る不穏当な空気に、当てられてしまっているようだ。

 誰も二人の会話に口を挟まず、音を立てぬよう黙り込んでいる。

 

「こちらには遺跡の端末が二つあります。相手だけが使えるというわけではないです。

 それに、戦力がどうこうと言うよりも、ただ貴方が直したいだけなのではないですか?」

 

「そうかもしれないわね」

 

「いいえ、そうとしか見えません。

 しかし、残念ですが魔王退治に向かう時に、ナデシコを直している場合ではないでしょう」

 

「最新鋭の戦艦を切り捨てるというの?」

 

 と、ここで深々と白々しいため息をアクアが漏らす。

 

 信じられないとばかりに、肩をすくめても見せる。

 イネスのナデシコに対する拘り方が、信じられなかったようだ。

 

「私には直してまでの価値があるとは思えませんね。

 この戦争はもうおしまいです、民間が戦艦を持っていることが問題になりかねません。

 それに、魔王との戦いでナデシコが決定打に成り得るわけでもないですし」

 

「貴方には興味がないことでしょう?」

 

「それは、そうですよ。

 でも、支度に手間取って相手を待たせるのは失礼になりません?」

 

 アクアはにこっと笑った。

 それから、周囲の黒服へと頷いて見せ、自分も懐の遺跡を取り出す。

 

 掌に乗せられた球体の物体。

 それは、元から淡い金色の光を放っているが、さらに目が眩む程の光を放ち始める。

 周囲の人間が咄嗟に目を庇う中、アクアはゆっくりとそれをイネスに向けた。

 

 次の瞬間、端末よりディストーションフィールドが放たれる。

 

 その結果、イネスはディストーションフィールドに叩きつけられる。

 原理はエステバリスのディストーションフィールドアタックと似たようなものだ。

 

 背後の壁を赤く、赤く、染め上げることになるだろう。

 

 邪魔をするものは赤くなる。

 敵は力で捻じ伏せていってしまう。

 

 そんな光景は、結局のところ来ることはなかった。

 何故なら、存在感のない男の手によって、その瞬間が訪れることは阻止されたからだ。

 

 つまり、遺跡をイネスへと掲げ、向けようとしたところで、

 

「そうはさせない!!」

 

 直ぐ傍でジュンがそう声を張り上げ、遺跡を奪い取ったのだ。

 どこに潜んでいたのか、奪い取られる程に接近されながら、アクアは声が上がるまで気付かなかった。

 

 しかも、奪い取った勢いのまま、ジュンは逃げ去っていく。

 同時にジュンの手の中にある遺跡は、次第に光量が収まっていっていた。

 

「まあ」

 

 手に持っていた遺跡が消え、驚きの声をアクアが漏らす。

 それを尻目に、猛ダッシュのせいで床に足をすくわれそうになりながらもジュンは走った。

 

「イネスさん、やりましたぁ!」

 

 階上のイネスへと叫ぶように報告しつつ、ドッグの出入り口より外へと向かう。

 その様子に、慌てて黒服が行く手を遮ろうとするが、行動を起こすのが遅かったようだ。

 

 もはや、ジュンがこの場を抜けるには十分な距離と時間が確保されていた。

 ナデシコの残骸が持ち込まれた入り口より、ジュンは外へと勢い良く飛び出そうとする。

 

 と、そんなジュンに対して率直な意見がクルーより漏れ出ている。

 

「あー、いたんだ」

「副長なのに仕事をサボっているのかと思ってた」

 

 

「う、うるさーい!」

 

 

 クルーから出た声に怒鳴りつつ、ジュンが姿を消す。

 イネスの策に付き合った結果とは言え、なんとも侘しいものがあった。

 

 そんなジュンの後を追い、黒服達がドッグ内から走り去っていく。

 

 手には些か物騒な代物が握られていた。

 ジュンを捕らえるよりも、行動できなくさせる方が取り返す方としては楽なのだろう。

 

 そんな一連の様子を眺め終えてから、アクアがぼやいた。

 

「まったく、やってくれましたね」

 

 眉間を抑え、やるせなさそうに言ってくる。

 ジュンにしてやられたというのが、相当応えているようであった。

 

 ため息もどこか力がない。

 

「あれがないと困るんじゃないかしら?」

 

 それとは対照的に嬉しそうにイネスは微笑している。

 遺跡を掠め取る為にジュンを使い、うまくいった結果にご満悦の様子であった。

 

 端末が一つでも欠けていては、アキトを倒すことは難しい。

 

「まあ簡単に操作できるような代物ではありませんから。

 この者達の力だったら、直ぐにでもアオイさんを捉えてきてくれるでしょう」

 

 だが、アクアも直ぐに遺跡を奪い取られたショックから立ち直った。

 

「それにしても、あそこまで近づかれておいて気付かないとは思いませんでした。

 周囲にこれだけ人がいるというのに、大したものです。

 いえ、これこそが勇者様が聖なる力で塞いでいる世界の歪みの結果でしょうか」

 

 アクアの後ろで護衛していた黒服も戸惑っている様子であった。

 人の気配には過敏なぐらいの彼等でさえも、ジュンの接近には気付かなかったのだ。

 

「彼を甘く見ない方がいいかもしれないわよ。

 何しろ、サメや恐竜と格闘して生き残った人間なのよ」

 

 無駄に伝説を築いていた。

 

「ああ、もういいです。

 私は魔王退治に行くのですから、その時にでも修理していてもらえますか?」

 

 邪魔されたことに対する怒りも薄れたのか、少し投げやり気味にそうアクアが言う。

 

「ま、それが妥当なところでしょうね。

 でも、ルリちゃんやそこのヌイグルミの遺跡を連れて行くのはやめてもらえないかしら」

 

「それはできない相談ですね」

 

 高質な代物を扱うには、洗練された技術を持つ奏者がいる。

 相手は遺跡を丸々乗っ取っており、その力をぶつけてくることだろう。

 

 ならば、最低限同等の能力を持つものをぶつけないといけない。

 

 物量では明らかに負けているのだ。

 奇襲により遺跡と相手の繋がりを絶たねばならない。

 

 その為には、ルリと二基の遺跡の端末はどうしても必要だった。

 ルリの情報処理能力と遺跡の機能でないと、不安要素は残る。

 

「それだと、私達がナデシコを修理できなくならないかしら」

 

「あら?

 魔王も戦っている間は、このドッグを制圧することは考えないと思いますけど」

 

「そうは言っても、確証はないといけないわね。

 もしできなかった場合、魔王退治の後でも必ず直すという確約が欲しいところ」

 

「私には必要がないんですけど」

 

 と、いよいよ話の長さに我慢できなくなった男が口を挟んできた。

 

 

 

 

「だぁぁ!!

 ナデシコの修理すれば終わりなんだよ!!

 ケチケチしねえでやらせろよ!」

 

 

 

 

 大人しくしていたガイだったが、遂に我慢できなくなったようだ。

 

 今まで黙り込んでいた鬱憤を晴らすかのように叫んでいる。

 大勢の人間でザワついていた音よりも、一人であげた声の方が大きい。

 

 しかも、痛そうに耳を押さえるクルーの姿まであった。

 

「あら?」

 

 その中にガイが抱えているルリの姿もあり、アクアが面白そうに声を出す。

 睡眠薬の投与のせいでフラつく手が、耳鳴りを起こしている耳を抑えようとしている。

 

「やはり意識があったようですね」

 

 起こそうとした時の違和感を思い起こしながらアクアが言う。

 寝ている人間と寝ていない人間の違いが、アクアに違和感を感じさせたのだ。

 

 もっとも、睡眠薬の効果の為に意識はあっても動けないようである。

 遺伝子操作で薬物の耐性が高いとは言え、イネスの薬はきつかったらしい。

 

「―――取引しましょう」

 

 そんな意識が朦朧としている様子のルリだったが、そうアクアへと言ってくる。

 

「はい?」

 

 突然の言葉に思わず聞き返してしまう。

 そのアクアが抱いた疑問は、ルリを抱えているガイも思ったことだったようだ。

 

「おい、取引ってなんだ?」

 

 抱えているルリを覗き込むように問い掛けている。

 

「ダイゴウジさんは黙っていてください」

 

「わかったぜ!」

 

 しかし、気分が良くなったので、どうでも良くなったようだ。

 わざわざ片手でルリを支え、もう片方の手でサムズアップして喜びを表現している。

 

 そんな抱えてもらっている相手を無視し、ルリは取引について続けた。

 

「魔王退治に協力する代わりに、ナデシコを直させてください」

 

「そう、ですか」

 

 アクアは目の前で話すルリから違和感を拭いきれなかった。

 たぬき寝入りしていた時の違和感ではなく、別の違和感に上書きされている。

 

 とは言え、見聞きしていたルリと実際に見たルリが違うのは当然ではある。

 直接の面識はなかったものの、遺伝子操作の成功例としてルリは注目を浴びていた。

 

 その為、多くの実験結果や報告書の類が残されている。

 その書類に書かれていた人物像と、ここに立っているルリは違う。

 

 何かしらの変化があったと見ていい。

 

「魔王退治に関しては、艦長さんに許可をもらいましたよ」

 

 とりあえず、自分の見立てが間違っていないか確かめる為に茶を濁す。

 

 プロスとユリカへと、アクアが視線を走らせる。

 二人共、ナデシコの次の目的地として考えてはいた。

 

 だが、修理している途中の艦を放っておいて行こうとは言っていない。

 それに対し―――、

 

「艦長は関係ありません。

 私が協力するか、しないかです」

 

 はっきりと、薬で体が動かないというのに言ってくる。

 そのルリの答えには、しっかりとした意志が感じられた。

 

「やれやれ、貴方もということですか」

 

 ルリの直ぐ傍に立っているイネスへと目をやりながら話す。

 

「?」

 

 感情が薄く、他人には無関係を貫く。

 しかも、自分のことにも横着であり、他者の決定に逆らうことは少ない。

 

 そういう風にアクアは考えていた。

 だが、実際には古ぼけた資料らしく、あまり役には立たないようだ。

 

「それで?

 貴方は協力する代わりに、ナデシコを直す許可が欲しいということですか」

 

「そうです」

 

「こちらとしても、貴方がやる気を無くされては困ります。

 ですが、貴方はきちんとこういうことになることも考えて決めてますか?」

 

 アクアが右腕を静かにあげる。

 すると、ドッグ内にいた黒服連中が全員、近くのクルーへと銃を向けた。

 

 所謂、人質という奴だろう。

 

「それは―――」

 

「どうされます?

 選択を迫られるというのも、物語では良くあることですよ」

 

 アクアが面白そうに言ってくる。

 それを聞きながら、ミユキとゴートは周囲の現状に困った顔を浮かべた。

 

「皆、なんで私達の状況に気付いてくれなかったんでしょうね」

 

 ほとんどのクルーが捕まった状況で、先に捕まっていたミユキが不満を口にする。

 直ぐ傍で捕まっているにも関わらず、誰にも気付いてもらえなかったのが嫌なようだ。

 

「諦めろ。敵の腕が良かった」

 

「褒めてる場合でもないでしょ」

 

 二人が言い合っている時も、アクアは嬉しそうに続けていく。

 

「ふふっ。

 何も一々話し込まなくてもこうしていればよかったかもしれませんね」

 

「……」

 

「ですが、こういうことは貴方のやる気を削ぐだけのようですね。

 魔王との戦いの最中にヘソを曲げられても困ります。いいですよ、修理を認めましょう」

 

「……」

 

「では、銃を降ろしなさい」

 

 また黒服へと合図を出し、向けていた銃を降ろさせた。

 そのアクアの様子に、ユリカは許可の下りたことに対して喜んだ。

 

 ほとんど成り行き任せになってしまったが、修理できることを素直に喜ぶ。

 

「修理を再開しましょう!」

 

 笑顔でそう言おうとしたが、

 

「待ってください」

 

 ルリが脇に退こうとしていたアクアを呼び止める。

 

「これから機械の復帰をします。

 だけど、さっきみたいな行動を貴方が取った場合―――」

 

「場合は?」

 

「もし約束を守らずに、人質を取るような行動を取った場合、

 えっと、貴方の○○○を□□□にして、△△△の▽▽▽にします」

 

「え? もう一度言ってもらいますか」

 

 

「貴方を○○○にします」

 

 

「「「「「―――――」」」」」

 

 

 全員、ポカーンと口を開いて呆然としてしまう。

 

「あの、私がまた人質にする可能性もあるんですよ?」

 

 アクアはそう返すが、まだ他の人間は口を開けた状態で、ポカーンとしている。

 まるで言い慣れているかのように、放送禁止用語がルリの口から滑らかに出てきた。

 

 突然のルリの暴言に全員戸惑いが隠しきれていない。

 今まで真面目にしてきたルリが、そういう言葉を吐くギャップに戸惑っている。

 

 当のルリは、やはり恥ずかしくなったのか顔を赤く染めながらこう言った。

 

「……メグミさんのマネです」

 

「へ」

 

 そのルリの言葉に、間の抜けた声が聞こえてきた。

 全員の視線がそちら、つまりメグミの方へと向かう。

 

「ち、違いますよ! い、嫌ですよね!

 ルリちゃんったら、どこであんな言葉覚えたんでしょう! は、はははっ」

 

 なんとか取り繕おうとするが、普段見え隠れする行動から疑われてしまっている。

 全員、ジトッとした目で慌てているメグミを見ていた。

 

「本当にそういうことができるのかは興味がありますが、

 とりあえず、貴方はナデシコを直すまでは協力する気はないみたいですね」

 

「はい。ちなみに要求が呑んでもらえない場合は他の方を当たってもらいます」

 

「そうですか……まあ、他の適任者を用意する時間もありませんし。

 仕方がありません。貴方の望むとおり、ナデシコが直るまで待ちましょう」

 

「再開―――」

 

「ただし、直すにしても、時間が少ないことをお忘れなく」

 

 そうアクアが言い終わると、口を開きかけていたユリカを促した。

 先程から割り込もうとしていたことに、どうやらアクアは気付いていたようだ。

 

 手でユリカに続きを言うように薦めてくる。

 

「こほん。それでは、修理を再開したいと思います!!」

 

 ようやく言えたことに、ユリカはほっと一息つく。

 だが、他のクルーには困っていることがたくさんあるようだ。

 

 右を見れば、

 

「機械はどうするんだ?」

「このウィンドウが邪魔で作業に集中できないんだけど!」

 

 左を見れば、

 

「作業を敵に妨害されることはないのか?」

「木星トカゲが人間なんだったら、この戦争は一体どうなるんだ?」

 

 クルーが押し寄せるようにユリカへと近寄ってくる。

 その勢いに顔を引き攣らせながらも、ユリカは両手でクルーを抑えながら叫んだ。

 

「イネスさん、お願い!!」

 

「はいはい、仕方がないわね。

 まっ。今まで、その準備をやっておいたんだけどね」

 

 上から降りてきたイネスがそう答えた。

 

「さっすが! 頼りになる!」 

 

「というわけで、そこの遺跡に手伝ってもらいましょうか」

 

 ヌイグルミの遺跡。

 それが、イネスの言葉にある遺跡である。

 

 指名された当の遺跡は、周囲の視線に相変わらず悪い態度で応じている。

 近くのクルーにツバを飛ばしたりと、やりたい放題であった。

 

「あぁん?

 なんでワシが一々そんな面倒臭いことをせなあかんのじゃ!」

 

 悪い子定番のリーゼントを生やし、くるくる捻りながらメンチを切ってくる。

 そんな不良な遺跡まっしぐらな奴であったが、イネスはアクアに続いて説得にかかった。

 

「別にナデシコを貴方の方法みたいに、別宇宙から持って来いと言ってないわ。

 ただ、ドッグの機械のコントロールを相手から奪い返すのに協力して欲しいだけよ」

 

「はっ! 頼まれたって別宇宙から持ってくるかい!

 だいたいそんなの直すのなら、例の別宇宙から潜り込んだ奴を捕まえにワシ一人でいくわい」

 

「時間がないのですから、早く修理を始めて欲しいのですが?」

 

 アクアもやんわりと遺跡に修理をするように促す。

 遺跡が一人で突っ走りかねないことを言い出したので、アクアも止めに入ったようだ。

 

 しかし、それでも遺跡はぶーたれている。

 

「それこそなんでワシが―――」

 

「やめときな。

 そいつは下手な説得したって言うことは聞かないよ」

 

 と、遺跡のセリフを遮るようにホウメイが話に割り込む。

 何かいい考えでも浮かんだのか、目を輝かせながら言ってくる。

 

「ホウメイさん?」

 

 戸惑うイネスと遺跡を無視して、ホウメイは遺跡をジッと見つめる。

 顔も少しずつヌイグルミへと近づける程の凝視っぷりであった。

 

 そして、にっと笑うと、近づけていた顔を下げた。

 

「な、なんじゃ?」

 

「どうせアンタ、腹が減って駄々こねてるだけなんだろ?

 イライラしてるのもそのせい。もし、手伝ってくれたら食わせてやるよ」

 

 それは、遺跡が動けなかった時からの予測だったのだろう。

 今まで遺跡が活動を停止している時は、エネルギー不足が原因であった。

 

 本体と切り離された存在の為、遺跡は消費が激しいのだ。

 だから、今までボソンジャンプをしては、カラカラに乾いていたりした。

 

 今回もアキトのところへ行こうとした時に、止められたので意地になっているのだろう。

 

「なんじゃと!!」

 

 だが、遺跡はものの見事に食いついてきた。

 

 まるでホウメイの言葉を待っていたかの如く、エサに食いついてくる。

 高性能機械の塊の癖に、妙に悪食なところがある輩であった。

 

「だから、とびっきりうまいもの食わせてやるから手伝いな」

 

「……チッ。

 仕方がないのう、嬢ちゃんが言うなら手伝ってやるわい。

 ほれ、そこの! 手を出さんかい!」

 

 イネスと一緒に2階から降りてきたルリへと言ってくる。

 

 しかも、言葉遣いは乱暴だが、乗り気になったらしく目尻が下がっていた。

 その遺跡の態度にやや憮然とした表情ながらも、ルリが素直に遺跡へと手を出す。

 

 そして、二人が手を繋いだところから光が溢れ出した。

 

 光は次第にドッグを包み込み始め、機械と機械を光で繋いでいく。

 それと共に、大量に表示されていたウィンドウが少しずつ消えていった。

 

 光がドッグのコントロールを取り戻していっているかのようであった。

 

『ウイルス回避、トラップ回避、バイパス接続。

 攻勢プログラム作動、相手の電子網を撹乱、ダミー削除、マザーにアクセス』

 

 ブツブツと遺跡が何やら呟いている。

 

「あのヌイグルミ壊れたんですか?」

 

「壊れたわけではないわね。けど、直ぐ終わるわよ。

 目が痛いかもしれないけど、作業を始める準備でもしておきましょうか?」

 

「そうですね。

 それでは―――」

 

「おっし、終わったわい!!」

 

「早っ!」

 

「よっしゃあ、嬢ちゃん!

 ワシに満漢全席を持ってこんかい!」

 

 どうやら、お腹が空いていたから作業をパパッと終わらせたようだ。

 世界中にハッキングを行って容量を取られているダッシュだから楽だったのだろう。

 

 ホウメイへとへばりつくように食事を要求している。

 

 その様子をユリカは見ながら、機械が復帰したことに武者震いしていた。

 ウィンドウは消え、きちんと機械が動かせることを整備班が確認している。

 

 中断していた修理を再開する時がきたのだ。

 

「機械も復活!!

 それじゃあ、張り切っていきましょう!!」

 

 

「「「「「おぉぉ!!!!!」」」」」

 

 

「……って、ユリカ?」

 

「なーに、アキト」

 

「お前、何光ってるんだよ」

 

「へ」

 

 アキトが言っている意味にユリカは気付けなかった。

 いや、体が幾可学模様を描き、服越しにでもわかる程に光っているのには気付いた。

 

 だが、助けを求めるヒマもなく、ユリカはボソンジャンプさせられてしまった。

 クルー全員が呆気に取られている中、ユリカがいた場所にはボソンの残滓のみが残された。

 

 

 

 

 

 ジャンプアウトしたことによってユリカの視界が開く。

 まず飛び込んだのは、淡い金色の光が周囲で輝いているということだった。

 

 神秘性を帯びた光が目に飛び込んでくる中、

 同じように光を遮る黒い影も幾つも飛び込んでくる。

 

 それは金色の光源によって、ユリカの方へと細く伸びていた。

 

          パン!

           パン!

 

 突然、クラッカーが周囲で割られて大きい音が響き渡る。

 その音にユリカは体をすくめるが、割った相手は構わず割っていく。

 

 幾度も立て続けに音が響き、それに合わせて黒い影が舞う。

 

 影が怪しく躍り、音が曲を奏でていく。

 ユリカは周囲の変化に戸惑いながらも、踊る影の正体を見た。

 

 それは、人型のロボット。

 近くに別種の型のロボットを引き連れながら、不可思議な踊りを舞っている。

 

 この手荒な歓迎の中、目の前の地面が競り上がるのをユリカは見た。

 

 ゆっくりと地面は高くなっていく。

 その地面の中央部分、そこも黒い何かが膨らんでいるのが見える。

 

「なに?」

 

 

「あっはっはっは!!」

 

 

          パッ!

 

 笑い声が響き渡り、何色ものスポットライトが何かへと浴びせていく。

 黒ずくめの衣装をスポットライトで色を変えつつ、男はまだ高らかに笑う。

 

 ガスマスクを顔につけ、誇らしげに胸を張りながら、アキトは叫んだ。

 

「ようこそ!!

 ミスマル ユリカ!!」

 

             ボンッ!

 

 言葉と同時に爆発が起こり、爆煙が高々と吹き上がった。

 その煙に包まれながら、まだアキトは胸を反らして笑っている。

 

 そんないまいち現状が掴めない状況にユリカは呟いた。

 

 

「えっと、何これ」

 

 

「あっはっはっはっは!」

 

 

 ユリカの疑問の声は、アキトの笑い声にかき消されていく。

 同じように、ユリカは気付いていなかったが、草壁が呟いた言葉もかき消されていた。

 

 

「君が必要なんだそうだ」

 

 

 最終話にジャンプ!

 

 

 

後書き

最後は明るく、楽しく、ハチャメチャな話を展開したいと思っております。

 

「その5」は短くすると言ってましたが、残念ながら達成できませんでした。

なげぇよ!とお怒りの方、真に申し訳御座いません。

 

>代理人さん

ようやく最終話手前へと持ってくることができました。

まだ最終話とエピローグが残っているというのに、もう私は終わったような気分です。

 

最終話を投稿するまでが長そうですけどね。

それでも、なんとか張っておいた伏線を強引に畳み、話を終わらせたいと思っております。

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

あー、最後なんだから長かろうとなんだろうと盛り上がってくれるならよよいのよい。

・・・しかしこれ、どう言う風に終わるんだかなぁ(笑)。

今回も予想もしないところで盛り上がって、予想もしないところでひっくり返されたし。

なんなんだ(褒め言葉。割と)。