どんなものでも意味はある。
矮小なもの、崇高なもの、どんなものであっても意味はあった。
ただ、意味があっても価値はない。
ものに価値を見出すのは人だ。
その幻に騙されている時こそ、人が幸せでいられるのは皮肉であった。
「おれおれ、おれだよ、アキトだって。
実は幸せになるブレスレットというのを買ってさ、金がないんだよ。
少しでいいからカンパを――あ、おい切るな!」
『影(シャドウ)』
ヘルメット型の機械が頭に被せられた。
押し付けられたようにされたので、不愉快だと相手に目線で訴える。
しかし、相手は抗議の視線に気付かずに歩き去った。
誘拐した本人、アキトにとっては被らせたものが重要だったようだ。
アキトに目で訴えるのをやめ、その被せられたものを見てみる。
数本のコードが、うねうねとうねりながら頭から垂れ下がっていた。
赤や青といった原色系の色をしている。
そのコードをユリカはいじってみたが、どんな役目を果たすのかはわからない。
次に周囲を見てみると、辺りにはアキトの機械群がうろうろしている。
その先には、見上げる程の高さを持つ切り立った壁があった。
今のところ、逃げることは出来そうもない。
「君も災難だったな。
あのような輩に巻き込まれてしまって」
そうやって脱出しようと模索していると、草壁が声をかけてきた。
縄で縛られていてきつかったのか、体を柔軟でもみ解している。
縄は、捕まっていることに気付いたユリカが解いた。
「ええ、本当に困るんですよね。
艦長さんなので職場を離れたら、怒られてしまいますから」
プロスのことが脳裏に走る。
幾らなんでもこれは不可抗力だと考えたが、仕事放棄と見られる可能性があった。
「私も君と同じだ。責務を果たさないといけない」
ぼやいた言葉に、しきりに草壁は頷いている。
今頃、木連も情報の真偽について論議していることだろう。
そこに、最高指導者がいないのは問題であった。
また、一番の容疑者でもある為、ここにいるだけで疑惑が深まる。
「軍、の方ですか?
あの人がやろうとしてるのは、軍人を誘拐することなんでしょうか」
草壁が着ている軍服を眺めながら、ユリカは尋ねた。
「―――私怨だ」
「え、私怨?」
「彼は、自分の敵を討つ為に行動している。
細かいことは知らないが、私達はそれに巻き込まれてしまったようだ」
この平行世界で得たものを用い、自分の世界の敵を排除する為に使う。
その為に、必要なものをかき集め、ここから移動しようと準備を整えている。
その事を、親切にも草壁から教えてもらう。
ユリカはふむふむと頷いていたが、ふと準備している間のことが引っかかった。
「ナデシコに来たのも?」
「ナデシコ……ということは、火星にきた相転移炉艦の艦長が君か。
山崎博士から、地球では女性が艦長になることがあると、聞いてはいたが」
「―――」
この口振りに、ユリカは草壁の正体に気付くことができた。
見かけないデザインの軍服、地球を知らないかのように言う台詞。
それらを考え、草壁が木連の人間であることに思い至った。
「貴方が、木星トカゲ、ですか」
「地球ではそう呼ばれているそうだが、
我々は、ガニメデ・エウロパ・コロニー他国家群・木星連合と呼んでいる。
100年前に月から追い出された、独立派の子孫だ」
「……あれが、本当だって言うんですか」
情報が流された時のことを思い出す。
裏付けのなかった情報なのに、証拠が目の前に居てしまった。
草壁が偽者の可能性もないわけではない。
だが、わざわざ一人を騙す為に、用意する理由が見つからない。
味方であるはずの軍に、嘘を付かれていたことに心が痛む。
捏造されていた歴史を信じていたことに、怒りがふつふつと湧き上がる。
「否定して欲しそうだが、事実だ。
我々は、過去に地球が犯した罪を裁く為に、戦ってきたのだ」
その怒りに対して、草壁は情報が正しいことを伝えてきた。
そこで、公開されていた情報の中に、草壁の顔があったことを思い出す。
「―――思い出しました、貴方は違うはずです。
あの人の情報では、貴方はボソンジャンプの技術が欲しいから戦っているのでは?」
「やれやれ、そういうところは信じるんだな」
「木星トカゲが人間だというのなら、
他の情報も信憑性が出るのは当然です!」
「当然、当然か。
私は戦争屋ではない、地球に勝利した先のことも考えねばならないのだ。
地球の肥沃な大地を求めるのは、当然のことだろう」
軍人には似合わない言葉であった。
戦争をどう勝つかを考えるだけではなく、勝った後のことも考えている。
「大義名分が小さく見えますよ。
そういうことは思っていても、言わない方がよろしいのでは?」
「何を言う。
地球の人間が私を貶めることを言ったとしても無意味だ。
それに、もう”我々”の負けだ。
この戦争、彼の一人勝ちで終わってしまうだろうな」
我々とは、地球と木連のことを言うのだろう。
ボソンジャンプの利権、それを競い合う戦争は、アキトの勝ちに終わりそうだった。
世界を相手にして、一人で勝ってしまうのだ。
「そういえば、あの人には仲間がいたはずなんですが」
一人勝ち、と草壁は表現していたが、アキトには協力者がいる。
艦内に侵入された時、小柄な人間を一人連れていたことや、
ナデシコに乗艦しているミユキも、仲間であることが思い浮かぶ。
「あれかね?」
草壁が指差す方へ目を向ける。
そこには、ジャンプアウトした時に発生する光とラピスが見えた。
とことこと、アキトの方へと歩いていっている。
「……ルリちゃん?」
ガスマスクの下にあった顔に、ユリカが驚きの声をあげた。
封じられていたものが溢れ出したかのように、
ラピスから受ける印象がルリのものと似ていた。
金色の瞳。
白磁の如き肌。
時に、冷たさを感じてしまう、独特の雰囲気。
それら、ルリとの類似点にユリカは、ラピスに目が離せなくなってしまった。
「アキト、脳波データを持ってきたよ。
他にも、ボソンジャンプを円滑に行う為のプログラムとかも」
「そうか。
こっちでも、わかるところまでは進めておいたつもりだ」
「ありがとう。
それじゃあ、ダッシュにジャンプする準備をするように言うね」
「ああ」
「―――ダッシュ」
近くにあった機器へと、ラピスが手を触れる。
すると、ウィンドウボールが展開していき、肌の上をナノマシンが煌き始める。
この操作が、世界をダッシュの支配から開放する行為であった。
そして、これから元の世界に戻るという合図でもある。
「さて、こっちも作業を進めるか」
世界を解放する作業を無視して、アキトが呟いた。
それから、ガスマスク越しの無機質な視線をユリカに向ける。
その目は、もはやこの世界を見ていなかった。
「このままでは遺跡が」
苦虫を噛み潰したような顔付きで草壁が呟いた。
アキトは、遺跡も自分の世界に持って行こうとしている。
それは、ボソンジャンプの利便性を知る草壁には許せないことだった。
「その前に、私達が殺されることもありますよ?
悠長に先のことばかり考えていては、得るものも得られません」
「それは君とて同じだろう。
落ち着いているところを見ると、何か策でもあるというのかね?」
「いえ、ありません」
きっぱりと言い切る。
そのあまりの物言いの良さに、草壁は眉を押さえてしまっていた。
「でも、信じてるんです」
草壁のいぶかしむ視線を受けながら、
ユリカは遠い場所にいる仲間へと想いを馳せた。
世界を相手取る相手に誘拐されていようとも、
ナデシコが、仲間が来てくれることを信じていた。
それは確証などない。
愚にもつかない信頼のみで成り立っている。
それでも、ナデシコは来ると信じていた。
「気楽なものだな」
そのユリカの言葉に、どこか眩しそうに見つめながら言ってくる。
何が起こるかわからない不安、それに勝る信頼を見せ付けられ、
草壁は、遠い昔に置き忘れてきたものを、ユリカの横顔に見た気がした。
頭を抱えて、災厄から逃れようと身を縮める。
視界を閉ざし、目の前で行われていることから目を逸らしていた。
今、眼前ではナデシコの修理が行われている。
もう元の外観を取り戻しつつあり、色はないが装甲も張り始めていた。
この劇的とも呼べる修理の捗り具合は、クルーの力によるものが大きいだろう。
ガイに至っては、プログラムを体に流して、自動操作で修理を行っていた。
(勝てるわけがないじゃないですか。
皆、会長のことを知らないから気楽に構えてるんだ)
こちらの戦力はナデシコ、コスモスの戦艦二隻。
残りは搭載している機動兵器や、搭載している兵装となっている。
相手の方は、各地の工場で製造された大量の機動兵器群である。
今頃、各地に点在していたフラクタル、
その他ロボットが火星に向かって、移動している最中であろう。
こうしている最中も、敵の戦力は増強されていっているのだ。
(だいたい変な役割を人に振り当てて戦わせようとするのがおかしいのよ。
何が勇者よ、
何が魔王よ、
そんな三文芝居に人を巻き込もうとしないでよ。
私は普通に会社に入って、ただ普通に生活したかっただけなのに)
総てはクラウンに入ったことから変わった。
秘書とは名ばかりの日々。
やめようにも、やめればどうなるかばかりが頭をちらついてやめられなかった。
世間は謎の宇宙人とされる戦争を繰り広げていた。
だからこそ、戦争とは無関係な生活をしたいと思っていた。
「おい」
そんな鬱々としているミユキへと、誰かが声を掛けてくる。
顔を上げると、目の前には黄色い制服を着ているアキトが立っていた。
不快そうに表情を歪め、ミユキへ続けて言ってくる。
「あんた何やってるんだよ。
ユリカの誘拐はあんたの仲間がやったことなんだろう?
だったら、サボってる場合じゃないだろ!」
あの後、ユリカが移動した先のことは直ぐに割れた。
ボソン粒子の増大地点、ひと一人分が増えた地点を、遺跡とルリが割り出していた。
それによって、火星にいることが判明している。
当然、火星にいるのがアキトなのはアクアが知っていた。
そこから、移動させた相手はアキトだということが判明した。
「い・や・で・す。
もういいじゃないですか、戦う必要性なんてまったくないですよ」
だが、アキトはアキトなのだ。
一々アキトがすることに、ミユキは関わりたくないというのが本音であった。
(もう嫌。
どうしてこんなところに来てしまったんだろう)
そんなマイナス思考のループに嵌ってしまっている。
「嫌でも協力してもらうぞ。
少なくとも、ユリカを救出するまでは手伝ってもらうからな」
無慈悲にも、ミユキの考えは即却下されてしまった。
両手を掴まれ、ずるずると床の上をひきずられてしまう。
「私だけでも置いていってください。
人の奢りで命を食い繋いでいた私を哀れに思うなら、お願いします」
「そんなの知ったことかよ」
意地になったのか、さらに速さがあがる。
女性一人を、滑りやすいところでひきずっているとは言え、
ひきずられている方が踏ん張っているので、ひきずる方は辛い。
現にアキトの息は苦しそうだ。
(―――そういえば、会長の顔とテンカワ君の顔って一緒なんだよね)
そんな一生懸命に引っ張るアキトの様子を見ていると、
ミユキの中で以前から抱いていた疑問が湧き上がってきた。
顔の同じ人間、
ならば無関係であると考えることこそ、どうかしていると言える。
「あの」
「なんだよ」
「会長のこと知ってます?」
「会長?」
「ほらっ、あのガスマスクを被った人ですよ。
ナデシコに面白がって何度も侵入した人です」
引っ張っていた手や体がぴたりと止まる。
その反応に、関係があることを期待したが、否定されてしまう。
「知らないよ。
むしろあっちが、俺のことを知っているだけの気がする」
再び引っ張るのが再開された。
今度は変な質問をするなとばかりに、さらに力いっぱい引っ張られてしまう。
そのまま引きずられ、エステバリスの元に連れてかれた。
黒服が装備の点検をしているが、既に準備は整っている。
他にも機体が並んでいるが、それらはパイロットが搭乗して動かしていた。
リョーコ、
ヒカル、
イズミの三人娘に加え、黒服らも機体に乗り込んでいる。
なぜなら、目の前にあるエステバリスは、ナデシコに搭載されていたものではない。
そちらは、ナデシコと一緒に吹き飛んでしまった。
ここにあるのは、アクアが用意していたクリムゾンの所有する機体だからだ。
「ほらっ、乗れよ」
そんな風にぼけっと眺めていると、アキトから乗るように催促される。
だが、ミユキは言われても動こうとはしなかった。
そこで、アキトはエステバリスの脚部にある端末を操作して、搭乗する為の足掛けを降ろす。
それでも、ミユキは動かない。
「なんだよ。
戦うのが嫌なら、パイロットなんてしなければ良かっただろ」
「っ、わかってないですよ!
私は命令されて手伝った人間なのに、艦長を助けるのを手伝わせるなんて!」
「バカ、戦わないと」
アキトが言いにくそうに口ごもる。
言いにくそうにしている理由は、装備を点検している黒服が傍にいるからだろう。
戦わなければ、何をされるのかわからない。
「そんなこと、言われなくてもわかってますよ」
近くにいる黒服に聞かれないように、ぼそぼそとアキトの耳元で囁く。
先程まで銃を突きつけられていたことが脳裏を過ぎる。
戦いを拒否した場合には、また同じことの繰り返しだろう。
「それよりも、今度は会長に殺されるとは考えないんですか?」
「殺されるって……」
「気付いてないわけではないでしょう?
会長は殺そうと思えば、殺せていたはずなんです」
目を逸らされるが、構わずに続ける。
「潜入された時に、ナイフを持たれていたらどうなってました?
ケガだけでは済まなかったはずです。
あえて見逃してもらっているんですよ?
今度の計画を邪魔したら、たとえ会長がナデシコに興味があったとしても本気でかかってきます。
そうなったら、皆おしまいです」
「なら、なおさらだろ。
そんな奴のところに、ユリカを置いておいていいわけない」
「艦長なら―――」
突然、胸を突き刺すような痛みが襲い掛かってくる。
その痛みに負け、床に膝をついてしまう。
体の奥底から来る痛みによって、動きを封じられてしまっていた。
あらがうこともできず、痛みに耐えることしかできない。
「お、おい?」
アキトが声を掛けてくるが、返事をする余裕はなかった。
「い、イネスさん!?」
目の前が強い光で覆われていた。
白から元の色へと、交互に色が移り変わる。
そんな景色が明滅する様子を見ていたミユキは、自分が床に寝ていることに気付いた。
(―――)
ひんやりとした床の感触が感じられる。
その冷たさを持ってしても、胸の痛みを忘れることはできなかった。
ただ、痛みに支配されてしまう。
「痛いですか?
その痛みは、世界の歪みを大きくする為のものですから。
かなり痛いでしょうね」
世間話でもしているかのような声がかけられる。
そちらにゆっくり顔を向けると、アクアの笑っている顔が見えた。
手には、淡く金色に光る遺跡の端末を持っている。
ジュンの手によって盗まれた端末であったが、
プロの手から逃れることはできなかったらしい。
「さあ、魔王を退治する力を私にください!」
(痛い、
痛い、
痛い、
もういいから、痛みを止めれるのなら止めなさいよ!)
そう思った時であった。
「あれ?」
先程までの痛みが、嘘のように引いている。
最初から痛みなどなかったように、スッと消え失せてしまっていた。
消えた痛みに呆けてしまう。
床から立ち上がりもせずに、胸に手を当てて確かめる。
だが、触ってみても、そこに痛みの痕跡を見つけることはできなかった。
「あれ?」
「そんな、
痛みが消えたというのですか?」
そんなぼけっとした対応をしていると、
ショックが抜けきらないのか、呆けたような声がかけられる。
「え、あ、もうないですね」
ミユキが答えながら振り向くと、アクアが愕然とした面持ちで迎えた。
先程まであった笑みは、もはや影も形もない。
わなわなと手を震わせ、ミユキへと近づいてくる。
その異様な雰囲気に、ミユキは一歩近づかれる度に一歩下がった。
「い、一体、
なんなんですか?」
助けを求めようと周囲を見回す。
しかし、周りには倒れる直前までいたはずのアキトはいなかった。
黒服はアクアということで無関心を装っている。
「な、なくなってもらっては困るんです。
えっと、確かめないと――」
再びアクアが端末を操作して何かを確かめ始めた。
端末を操作する度に放たれる淡い金色の光を見つめながら、
ミユキは気付かれないようにゆっくりとその場を離れ始める。
「ひっとらえなさい」
だが、見逃してくれるつもりはないらしい。
アクアの言葉に従い、エステバリスをチェックしていた黒服がミユキへと飛び掛ってくる。
「うわー!」
素早い身のこなしにあっさりと追いつかれる。
その捉えようと伸ばされた手を、体を動かして避けた。
相手の体の外側へと回り込みつつ、腹に掌でおもいっきりぶちかます。
黒服は腹への衝撃で体をくの字にしてしまう。
体勢を崩したところで、足をひっかけて転ばした。
(あれ?
避けられた)
倒れている黒服が苦しんでいるのを見ながら、
ミユキは、先程行った自身の動作にぼけっとしていた。
今まで簡単に捕まっていた黒服を、簡単にのしてしまっている。
その違いに驚き、目の前の光景が遠いことの出来事に思えてしまう。
次の瞬間、背後から別の黒服が襲い掛かってきた。
革靴が鳴らす音によって、相手との距離を測る。
相手が両腕で動きを封じようとするのを、腰を低くすることで避けた。
いや、避けるだけでなく、腕を取っている。
駆けてきていた相手の動きを利用し、そのまま地面に向けて投げた。
これにより、痛みに苦しむ人間が二人に増えた。
「ふ、ふふっ」
ミユキの口から笑みがこぼれる。
「――なるほど。
歪みはまだ存在しているということは、そういう風に安定したということですか」
何やらアクアが言っているが、ミユキは聞いていなかった。
ただ、
(遂に、私もエージェントとして覚醒したということですね!)
自身の力の目覚めに感動していた。
手を合わせ、夢見る瞳でどこか彼方を見つめている。
ミユキの耳には、ファンファーレが鳴っているのが聞こえた。
天使が天上より舞い降り、感動を祝福してくれているのである。
ミユキにしか見えていないが。
「あれ、もう大丈夫なのか?」
そこへ、アキトがイネスを伴って戻ってきた。
二人共、拍子抜けしたような顔付きでミユキを見ている。
「ええ、このとおり」
腕を伸ばして、元気の良さをアピールする。
だが、せっかくのアピールよりも、二人は倒れている男らの方が気になったようだ。
ミユキのことよりも、悶絶している男らの方が気になったらしい。
「この倒れている人達は?」
ぷにっと、気絶している男の頬を指でつつく。
そんなアキトの行動を見ながら、ミユキはさらっと言った。
「逃げようとしたら、捕まりそうになって」
あまりにも考えていない発言であった。
その発言により、アキトの顔が怒りで少しずつ赤く染まっていく。
ついには噴火した。
「お前!
だったら、痛かったのも嘘だったんじゃないだろうな!」
うっかり発言に「あちゃー」と言いながら、ミユキが口を手で覆う。
しかし、睨んでくるアキトの様子に、言い訳を口にしながら逃げ出した。
「あれは本当ですよ!」
エステバリスのコクピットを目指す。
逃げる為の足として利用しようとしたのだが、残念ながら届かなかった。
機体の高さや身長が原因ではない。
「逃がすわけがないでしょう?
ヤマダ君、彼女を捕まえなさい」
今度は、ミユキ自身が投げ飛ばした男らと同じ運命を辿った。
一瞬の浮遊感の後、腰をしたたかに打ち付ける。
痛みで涙を零してしまいそうだったが、投げ飛ばした相手の様子を伺う。
そこには、ガイが投げの体勢のまま止まっていた。
「もうナデシコも直ったんだから行くわよ」
イネスが無為な時間を過ごしたという風に、白衣を翻しながら去る。
投げ飛ばされた時に、腰を打ちつけたミユキは起き上がれなかった。
顔を影が覆う。
その影の元を見上げると、そこにはアキトが立っていた。
顔は満面の笑みであったが、先程のやり取りのことを思うと血の気が引いてしまう。
そのことは、相手も承知しているようだ。
アキトは面白そうに拳を作って、関節をバキバキと音を鳴らす。
「話し合いましょう。
人には基本的な人権が認められています。弁護人を――」
ゴンッ、と頭を殴られる。
「とりあえず、逃げようとしたことは許してやるよ。
それとな、協力する気がないのだったら、そっちの人に直接言うんだな。
だいたい、お前も協力しないと俺等殺されるかもしれないし」
アキトがアクアを指差す。
何やら考えているらしくブツブツ呟いている様子を見ながら、ミユキは返答した。
「……わかりましたよっ」
いかにも不服そうに頬を膨らませながら返事をする。
痛めた腰を無視して、無理やり立ち上がる。
もう投げ飛ばすつもりはないらしく、ガイは投げの構えから動かない。
またややこしくなっては適わないと、慌ててコクピットに向かう。
そして、エステバリスをナデシコに搭載しようと搬入口へと動かす。
だが、その時おかしなものを目にした。
不可思議なものを目にして、目を点にしてしまう。
そこにあったのは、綺麗に復活したナデシコであった。
修理跡も見当たらない。
不自然なぐらいに直ってしまっているナデシコの姿がそこにはあった。
「……なにこれ」
装甲の塗装まで行われている綺麗な船体が不気味に見える。
ただ、理不尽とも言える復活を果たした戦艦に恐怖が沸き起こった。
何故、ナデシコが直ったのかはアクアの笑みが物語っていた。
その2にジャンプ!