機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

 彼女の胸に走る痛みは、世界を変革させる力だった。

 

 なんのことはない。

 誰もが持っている力が、ほんの少しだけ強くなってしまっているだけの話。

 

 だけど、その力を持ってしまったから、歩む道を間違えたとも言える。

 だから、この変わってしまった世界を許容できなかった女に狙われてしまった。

 

 ただ、それだけのことに過ぎない。

 

「……さっきまで壊れてたのに、みんな異常よ」

 

 そのことに気付かない本人は、壊れたラジオのようにぶつぶつ呟いている。

 搭乗しているエステバリスが通行の邪魔になり、コミュニケからは怒声が響き渡っていた。

 

 ぶつぶつ呟く中、エステバリスごとナデシコに詰め込まれた。

 

 

 

 

 

 こうして、修理が完了した艦内は新品同然の状態であった。

 

 修理の跡すらない船体。

 床に塵一つ落ちていない通路。

 

 自分の仕事場へとやってきたメグミは、クルーの修理の手際に驚いてしまう。

 

 しかも、細かいセッティングまで成されていた。

 個々の担当員が座る席のセッティングすら、使いやすいように配慮が成されている。

 

 まるで、特注で体型に合わせたように、座り心地は快適であった。

 気の緩みが顔に出てしまい、だれてしまう。

 

(さすが性格はダメでも腕は一流)

 

 通信席の前にある机に体を預ける。

 あまりの座り心地にメグミは、ほうっと熱いため息を漏らす程であった。

 

「鍵はまだかのう」

 

 そんな状態のメグミの耳に、呆けたような声が聞こえてくる。

 ボケてしまっている提督の声に、艦の鍵を慌てて懐から取り出す。

 

 マスターキー。

 

 艦長と会長のみが持つことを許される、艦を始動させる鍵である。

 ボケボケ提督の一声とは言え、艦長代理となったので会社から渡されたのだ。

 

 もはや、この鍵だけがナデシコを動かす為に使える鍵だった。

 

 一つは、敵の攻撃によってナデシコごと消滅してしまった。

 ここにあるのは、もう一つの会長が持っていた方である。

 

 それを差し込む鍵穴がある艦長席へと視線を移す。

 普段ならばユリカがいるはずの席には、今は誰もいない。

 

(――なんだろ。こういうのって寂しいって言うのかな)

 

 そんな感情を振り払うように首を振る。

 

 ふと、視線を感じて、そちらに振りかえる。

 そこには、ルリがじっとメグミのことを見ながら立っていた。

 

 自分の席へ行きたいのかと道を譲るが、ルリは動かずにメグミを見つめ続ける。

 その視線に耐えられなくなったメグミは、こめかみを揉む。

 

(いったいなんなの?)

 

 癪に障ったメグミは視線に対抗するように睨み返す。

 

(そういえば、ルリちゃんにはさっきの件があったわね)

 

 艦を修理するしないでもめた時の、ルリの一言が思い出された。

 たくさんの人がいる中で吐いた言葉を、メグミからの受け売りと宣言したのだ。

 

 思い返しているうちに腹が立ち、体から発する険悪な雰囲気も増してくる。

 半眼で睨みつける視線は、まさに泣く子もびびる程のものであった。

 

「ありがとうございました」

 

 そんなケンカ腰であるにも関わらず、目の前にいるルリから感謝の言葉が飛び出る。

 

 思わず目を丸くしてしまう。

 何かの聞き間違いではないかと、耳の穴を指でかき回す。

 

 次に、ぺこりとお辞儀をする相手を見て目を疑う。

 

 ゴシゴシと目を擦る。

 それから、こほんと咳払いをして居住まいを正してから問いかけた。

 

「なんのこと?」

 

 言葉の端に動揺が滲み出てしまい、語尾が震えてしまう。

 そんな調子のメグミをよそに、ルリはぽつりと理由を口にした。

 

「ナデシコを直そうとしてくれたからです」

 

「私は直してないわよ。

 他の皆が頑張ったんでしょ」

 

「メグミさんが動いてくれるとは、思わなかったので」

 

「あれ? そういえば寝てなかった?」

 

「私、薬物の耐性が強い方なんです。

 遺伝子改造されてますから。

 だから、メグミさんの麻酔の効果も、本来よりも持続しなかったわけです」

 

「えっと」

 

「そういうことなので、ありがとうございます」

 

 くすっと小さく笑みを浮かべてから、ぺこりとお辞儀をしてくる。

 

「寝てなかった?」

 

「はい」

 

「……」

 

 ぼんっと爆発するように、メグミの顔が真っ赤に染まる。

 怒りによるものではなく、恥ずかしさによって、耳まで染まりあがっていた。

 

 顔を両手で挟んで、熱を冷やそうとする。

 手の人肌が冷たく感じる程に、メグミの顔は真っ赤になっていた。

 

 薬品が入ったビンを振りかざした姿が頭の中でぐるぐる回る。

 そんな真っ赤になっている様子を、ルリは微笑みながら見つめていた。

 

 視線に耐え切れなくなって、衝動に身を任せて胸をかきむしり始める。

 

「むきー!」

 

 善いことしていたのを、見られたのは辛かったようだ。

 しかも、眠っていて意識がないと思っていた相手に見られた。

 

 何も聞きたくないと耳を塞ぎ、ぶんぶん首を振り回す。

 

「……」

 

 金色の瞳が見つめるのは、科学者が夢見たものだった。

 期待が込められた夢に、幾つ応えられることができただろうか。

 

 若い年齢にも似合わず、過去を振り返る。

 

 研究所の実験。

 それをこなす日々が、苦になったことはない。

 

 だが、あくまで実験は別の場所で功績をあげる為の練習に過ぎなかった。

 

 再び、目の前で暴れている人に視線を戻す。

 生まれた時から持っていた悩みは、ほんの少しなりを潜めてくれていた。

 

「メグミさん、マスターキーを」

 

 その言葉に、暴れ狂っていたメグミは止まった。

 眼光を鋭くしてルリを睨みつけてから、足音を踏み鳴らしながら艦長席へ向かう。

 

「何も恥ずかしがることはないのですがな」

 

「まったくだ」

 

 そんな二人のやり取りを見ていたプロスとゴートが、小声で言い合う。

 大の大人が二人で身をよせあい、面白そうに口元を歪めて笑い合っている。

 

 そのやり取りを、横目で見ながら鍵穴へと鍵を刺す。

 

 顔の紅潮は引いてきていた。

 代わりに、自分の行いに対しての苛立ちが少しずつ増してきている。

 

 過去のメグミがいた場合、殴り飛ばしていることだろう。

 

 そんな気持ちが表に出たのか、鍵を回すのも乱暴になってしまう。

 勢い良く鍵を回し、同時に艦全体が眠りから目覚めたように騒がしくなる。

 

 相転移エンジンが稼動し始め、ウィンドウが機械の立ち上がりを伝えてくる。

 

 稼動、始動、立ち上げなどの言葉が飛び交う。

 艦体が吹き飛んだナデシコであったが、プログラムの防護は頑丈だったようだ。

 

 こうして、オモイカネは動いている。

 

 高価なAIの保護、もしくは戦闘データの保護か。

 そういった営利主義によって、オモイカネは守られた。

 

「おかえりなさい」

 

 そうモニターに大きく表示される。

 

「オモイカネ、それはこっちのセリフ」

 

 そんなAIの茶目っ気に、ルリは微笑みで返した。

 飛び交うウィンドウやモニターを、嬉しそうに眺めている。

 

 その様子を、メグミは艦長席で頬杖つきながら見ていた。

 

 今も、自分の行動に対する恥ずかしさは残っている。

 しかし、嬉しそうなルリの態度に、どうでも良くなってきたようだ。

 

 ほうっとため息をつき、肩をすくめる。

 

「ああいう態度をとってしまうということは、

 恥ずかしいことの裏返しなんでしょうかねえ」

 

「自分の中に生まれた想いに、戸惑っているのだろう」

 

「もういいじゃないですか!

 さっ。さっさと艦長を向かえにいってあげましょうか」

 

 軽やかにそう宣言する。

 今にもナデシコは、テニシアン島から出発するかのようであった。

 

 そんな雰囲気に割り込むように、ブリッジにミナトが入ってくる。

 敵の攻撃から脱出した時のような拘束着の格好ではなく、きちんと制服を着ていた。

 

 ブリッジのクルーがぽけっと見つめる中、操舵席に颯爽と座る。

 

「さあ、久しぶりにやっちゃうわよぉ☆」

 

 手を揉み解しつつ、開口一番、嬉しそうにそう言い放った。

 それが意味することに、ブリッジにいる人間は一斉に嫌な声をあげた。

 

「 「 「げぇ!?」 」 」

 

 ミナトの腕前は凄いのだが、操舵している最中は別人格が乗り移ってしまう。

 そのことについて問うように、誰もがミナトへ視線を投げかける。

 

 

 ――あんた、大丈夫なのか。

 

 

「本職に任せなさい!」

 

 そんな不安を吹き飛ばすように、ミナトが大きい胸をどんっと叩く。

 

「火星に行きます」

 

 ブリッジの異様な空気の中、ルリが小さく宣言した。

 

 

 

 

 

 ウィンドウに表示されている脳波や生体データは、世界を渡る鍵となる。

 

 本来、人間のデータが時空の道標となるようなことはない。

 だが、それがミスマル ユリカのデータとなった場合、事情が異なる。

 

 元の世界にいるユリカは、遺跡と融合した経験がある人間である。

 そのユリカとのコンタクトを取る為に、様々な情報を参考にしなくてはならなかった。

 

 ユーチャリスが保有する遺跡のデータ、

 ユリカの遺跡との融合時におけるデータ、これらも座標軸設定に利用する。

 

 それら幾つもの情報を使い、元の世界への道を見つけるのだ。

 

(これで復讐も終わりだな。

 これだけの戦力があれば、あの連中を燻し出すことも可能だろうさ)

 

 空を見上げる。

 そこには、空に浮かぶ施設に格納されていく機械群が見えた。

 

 一つ一つの兵器に、ダッシュ自身が入ることにより、

 惰弱なAIが下す命令よりも、柔軟な対応が可能になっている。

 

 個々のAIの性能が向上され、元々一つのAIだった為に結びつきも強い。

 取得する情報を適時検討することにより、状況に合った戦法を取ることが可能になった。

 

 アキトは、移動後に行われる戦いにおける働きを思い浮かべる。

 AI達によって、火星の後継者に属していた経歴を持つものを、選別して殺す。

 

 その武器は、上空に浮かぶ巨大なDF発生装置に格納されている。

 

(あははははっ!

 遺跡によって狂わされたのに、最後は遺跡を使うことで終わるのかよ!)

 

 くっと噛み殺すように、アキトは小さく皮肉に対して笑った。

 己の身に降りかかった悲劇を、アキトは自らの手で貶めることにしたのだ。

 

 頭の中は冷めているというのに、渇いた笑いが口を突いて出てくる。

 

「貴様に遺跡を持っていかせるものか!」

 

 草壁の吼える声が聞こえた。

 その声のした方を見ると、アキトの方へ来ようとして機械群に阻まれている。

 

 そのまま、元の場所へと機械群に押し戻されていってしまう。

 

「ふん、準備はまだか?」

 

 ラピスとダッシュへと問いかける。

 二人は、高速で上から下へと流れるウィンドウを幾つも操作していた。

 

 幾多ものウィンドウが消えては表示され、元の世界へ戻る為の計算を行っている。

 そのうちの一つを覗き込んでみるが、表示されている内容に頭痛がした。

 

 アキトの問いに対して、二人は返事もせずに没頭している。

 

(――焦ることもないか)

 

 ぽりぽり頭をかきながら考える。

 ダッシュが機械を占拠した影響は、地球と木連の機能を停止させていた。

 

 そもそも、火星にアキト達がいることを知るものは少ない。

 ダッシュが遺跡を支配しているので、ボソンジャンプも使用が制限されている。

 

(奴等を殺すのに、どれだけの時間を待った?

 今更、少しぐらい時間がかかったところで関係ないさ)

 

 そんなアキトの考えを否定するかのように、ラピスが作業を中断した。

 さっと表示されたデータに目を通し、そのウィンドウをアキトに見せる。

 

「ボソン反応増大。

 戦艦二隻がジャンプアウト」

 

「どこの誰だ?  上に収納されているフラクタルとコダッシュで応対してやれ。

 物量で敵を押さえ込んでやるんだ、それと映像を回してくれ」

 

 ダッシュが映画館並みのウィンドウで外の様子を表示する。

 そこには、白亜の戦艦が二隻並んで火星極冠遺跡に向かってくる姿が映し出された。

 

 火星極冠遺跡に迷うことなく向かってきている。

 上の施設から機械群が迎撃に出る前に、二隻とも臨戦態勢に入っていた。

 

 グラビティブラストの発射口が開いている。

 今にもクレーター内部に向かって、攻撃を開始しかねなかった。

 

「こっちには人質がいることを忘れてないか?」

 

 脳波測定の帽子を被ったユリカを見つめる。

 表示されている映像を、目を輝かせながら見ている。

 

 次に、上空のDF発生装置から機械群が飛び出す。

 

 黒一色で統一された機械群は、まるで一匹の生き物のようであった。

 赤い光を放つモノアイが、体を覆う模様のように見える。

 

「俺が終わりにしてやるのに」

 

 やれやれとばかりに、アキトが息をつく。

 

 そして、白と黒の戦いが幕を開けた。

 火星の大地を覆いかねない程の黒い大群は、一斉に攻撃する態勢に入る。

 

 体内に搭載されているミサイル。

 それらが、二隻の白い艦体に向かって発射される。

 

 白煙を伸ばし、装甲を消し飛ばす為に向かう。

 

 それに対し、ナデシコは動いた。

 内部に搭載されている相転移エンジンを回転させ、上空へと巨体を軽々と動かす。

 

 迎撃にくる攻撃を引き連れ、微小な機械が生み出す布を超える。

 反転。

 敵と同色である黒の光条を、発射口より吐き出すべく狙いを定めた。

 

 発射されたGBが、追いかけてきた筐体を殲滅する。

 空に火の花が咲き乱れ、攻撃を喰らった光は大地へと激突した。

 

「なんだよ、これは!」

 

 戦艦が、ミサイルを避けてから迎撃している。

 頭上で行われた戦闘の映像に、アキトは信じられないとばかりに声を荒げる。

 

「やったぁ、皆すごーい!」

 

 それとは対照的に、ユリカがぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ。

 

「ふざけるな!

 俺達が作っていたのはオモチャじゃない、兵器なんだぞ!」

 

 手近にあった機械を殴りつける。

 ドゴッと響いた音に、喜んで跳ねていたユリカは驚いて動きを止めた。

 

 黙ったユリカをよそに、アキトは次の手を実行する為に動く。

 

 艦内から制圧する。

 脳裏を過ぎったのはそのような結論であった。

 

 元々、浮かぶ兵器群は内部工作を得意としている。

 火星の後継者は隠れているので、それを探し出す為でもあった。

 

 しかも、あれから交戦している映像を見ても、ナデシコに攻撃は当たっていない。

 戦艦単体で機動兵器と渡り合っている上に、まだ内部にエステバリスを保有している。

 

 正面からでは、やられるのを待つだけである。

 

(――ちっ、いったいどうなってるんだ)

 

 ガスマスクの内側でナノマシンが光る。

 幾筋もの光の線を体内に刻み、口早に跳躍の合図を唱えた。

 

「ジャンプ、

 ジャンプ、

 ジャンプゥ!」

 

 空でナデシコとコスモスと対峙している、機動兵器群の幾つかを艦内に送り込む。

 

「――ダメ。内部に送ったコダッシュが破壊されてる」

 

 同時にラピスから、送り込む度に伝えられた報告に愕然とした。

 二隻の艦の中に何機送ろうとも、簡単に破壊されていってしまう。

 

 まるで歯が立たない。

 外で応戦している無人兵器群は、ナデシコの意味不明な機動に翻弄されている。

 

 グラビティブラストが放たれ、黒い機体がボロボロと地上に墜落していた。

 

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

 ここまできて、目的を達成できないなんてことがあるか!」

 

 目的を達成する為に、必要な道具。

 それを、次々に破壊されることに耐えかね、アキトはナデシコへと向かった。

 

 ボソンの残滓を残し、ナデシコ内部へとジャンプアウトする。

 そこで最初に目にした光景は、人のようなものが機械を圧倒していた。

 

 銃などの飛び道具を用いず、肉体を用いた攻撃の延長で倒している。

 

「ガイ・スゥパァ・アッパァ!」

 

 しかも、動きを止めて溜めるような余裕すら見せていた。

 その隙を襲おうとコダッシュが向かうが、次の瞬間にはコダッシュが吹き飛ぶ。

 

 この調子では、送り込んだ兵器群が全滅するのは目に見えていた。

 

「この野郎!」

 

 次に取り掛かろうとしていたガイを、床に叩き伏せて止める。

 だが、ふいを突くことには成功したものの、相手を止める一撃にはならなかった。

 

 一撃目を抜け出した相手は、反撃に転じてきた。

 それも、肉眼では捉えられない速度で。

 

 感覚を補正されているとは言え、人の認識外の行動を取られては役に立たない。

 

 無力化するべく反撃するも、敵にはことごとく避けられてしまう。

 それこそ、相手から見たら欠伸が出るような速さであったに違いない。

 

 銃も、

 体術も効かない。

 

 そんな目に見えない動きの相手に、アキトは成す術がなかった。

 

(――ちょっと待て!

 こんな奴がいるだなんて聞いていないぞ、それとも報告していない間にか!)

 

 ガスマスクに衝撃が走り、視界がぐるんと回転させられる。

 

「ガイ・スーパー・アッパァァ!」

 

 殴ってきた拳に遅れて、技の名前を叫ぶ声がやってきた。

 

 ガスマスクにヒビが入り、破片が宙を舞う。

 その破片が落ちる前に、ガイの拳がアキトを運ぶように殴り続ける。

 

 相手にとっては軽い一発の重みが、脳髄を揺さぶった。

 あまりにも強い衝撃に意識が遠のくが、執念で反撃に出るべく動く。

 

(――調子に乗るなよ)

 

 手を床へと先行させ、浮くような体勢のガイの足を掴む。

 足を掴まれたことにより、ガイの体勢が崩れたところで体を背後へ移す。

 

 背後に移ると直ぐに、背中に向けて両手の掌をおもいっきり叩きつける。

 

「がっ!」

 

 倒れこむ相手に向け、さらに足で踏みつけて床に押し付ける。

 

 足で押さえつけて、相手を移動させない。

 その動けない相手の首へ、アキトは体の捻りを加えた拳を見舞う。

 

 どごん、という鈍くて大きい音が響き渡る。

 だが、その一撃を持ってしても、ガイの動きを止めることはできなかった。

 

 飛び跳ねるように体を動かされ、乗せていた足ごと跳ね返される。

 

 また見失った相手に対抗して、次の攻撃に備えて構えを取る。

 どのような攻撃からでも、反撃が取れるように意識を研ぎ澄ます。

 

 もう同じ手は通じないかもしれないが、別の手を考えている暇はない。

 

 1秒。

 2秒。

 3秒。

 ――30秒。

 

「?」

 

 幾ら時間が経ってもかかってこないことに、疑問を持つ。

 周囲を見渡してみても、先程までの威圧感が感じられない。

 

「……なんなんだよ。いったい」

 

 急に脅威が去った為に、気が抜けてしまった。

 

「任されたからには全力を尽くす。ここがあんたの墓標となる」

 

 そんな、一息ついた時に飛来した言葉が、アキトの背筋を凍りつかせる。

 

「ここがあんたの終着駅だ」

 

 接近を察知できなかった動揺を抑え、慌てて顔を声のした方向へと向ける。

 

 だが、振りかえるよりも早く、拳が顔目掛けて飛んでくる。

 首を捻り、耳元で風が唸るのを聞きながら、距離を取るべく離れた。

 

 汗が流れ落ちる。

 

 そこに現れたのは、鳥であった。

 ただし、鳥は鳥でも、怪鳥の構えを取るイズミである。

 

 小さく奇声を発しつつ、間合いを計っていた。

 

 その相手を視界に捉える中、

 構えや奇声に対する不可解さよりも、隙のなさに動揺してしまう。

 

 自分から仕掛ければ負ける。

 そんな考えを抱いてしまう程、相対していて付け入る隙がない。

 

 冷や汗が流れ落ちた。

 

(いつからナデシコは、こんなものになったんだ?)

 

 あまりにも、アキトが知るナデシコとの差異に驚いてしまう。

 姿形は似ていても、根本的に違うものなのではないかと考えてしまう。

 

(それとも、始めからこうだとでも言うのか?

 ――くそっ、雑念を捨てろ、目の前のことに集中するんだ!)

 

 逃げようとしていた思考を捕まえる。

 目の前の困難から逃げ出そうとしていたのをやめ、集中を高めようとした。

 

 そんな目の前の脅威に怯えていると、

 

 

 ――アキト!

 

 

 リンクからラピスの切羽詰った声が、アキトへと呼びかけているのが聞こえた。

 

「っ!」

 

 いつのまにか、目の前にイズミの蹴りが迫っている。

 勢いに乗った蹴りは風を切り、アキトを吹き飛ばすべく向かってきていた。

 

 それに喰らい、まともに吹き飛ぶ。

 

 呼びかけに応えて、ラピスの元へ行こうにも行けない。

 遺跡に座標のイメージを送り込もうにも、間断なく襲い来る攻撃に思考を裂かれる。

 

 一撃が重いガイとは違い、イズミは連撃でアキトを攻めてくる。

 脳を揺さぶる的確な攻撃によって、ボソンジャンプで逃げる隙を与えない。

 

「くそっ!」

 

 耐刃のマントをイズミに向けて放つ。

 徒手の相手に、耐刃仕様のマントを目暗ましとして投げつける。

 

 その隙をついて、アキトは直ぐさまラピスの元へとボソンジャンプした。

 先程の連撃のダメージにせいで、ジャンプアウト後に地面へ膝をついてしまう。

 

 目の前に、何者かの足が見えた。

 

 ラピスでもなければ、ユリカでも草壁でもない人間の足。

 その足から伝うように、視線を上へ向けると、淡い金色の光が目に入った。

 

「こんにちわ」

 

 そう軽やかに挨拶をしてくるが、目だけは笑っていない。

 目の前に飛び込んできた獲物に向ける狩人の眼は、酷く残酷であった。

 

 クレーター内部にいた機械群の残骸が、散らばっている。

 アキトは敵艦内部に潜入しているうちに、逆に攻め入られていることに気付いた。

 

 人質の二人と話しこんでいるイネス。

 幾可学模様が施された遺跡の上に座り込む遺跡。

 草壁を縛っていた縄で拘束されているラピス。

 

 そして、目の前で立っているアクアが、何よりも雄弁に語っていた。

 

「――」

 

 挨拶に対して、返事をしようとしたのだろう。

 体に打ち込まれた痛みに耐えながらも口を開こうとした。

 

 その言葉を遮るように、丸い球体から威圧感が放たれる。

 

 

 地面が抉れた。

 

 

 

 

 

 

 

 大地に立つチューリップより、何かが出てくる。

 三色で彩られた装甲、木連の教典に登場する鋼鉄の巨人。

 

 ジャンプアウトにより、装甲の周りに光の粒子を纏いながら、

 本物を模して作られた偶像は、戦いに横槍を入れるべく現れた。

 

 正義を表す巨躯。

 その身を操る人間が、外道であることは皮肉であった。

 

「もはや一機の加勢があったところで、大勢に影響はない」

 

 へらへら笑いながら手はずを整えたヤマサキのことを思い浮かべる。

 今頃は艦を強奪したことで、乗員に追い掛け回されていることだろう。

 

 機体を火星の空に飛び立たせる。

 黒色をした機械群と白い艦が争う中、最短の距離でクレーターへと向かう。

 

 目標は遺跡の奪取であった。

 

 

 その3にジャンプ!