機動戦艦ナデシコ <黒>
西欧編第二話 戦いの中。されど平穏な日々。
彼女は目録、それも公に出来ないはずのそれを見つけ、飛び上がらんばかりに驚き、それを為したであろう人物の下へにじり寄った。プレッシャーを掛けるために、わざとじりじりゆっくりと近づいて。
浮かぶのは満面の笑顔。
残念ながら滲み出す殺気だけは隠しようが無い。
「か・い・ちょ・う? このリスト、一体どういうことですか?」
まるで鈴の音だ。
部屋の中に綺麗な声がまるで音楽のように響き渡る。それを聞いた人物がどう思うかは別だったが。
「い、いやだなあエリナ君。僕はただのエステバリスパイロット・アカツキ・ナガレだよ? 誰かと勘違いしてるんじゃないかい?」
しかしそんな言葉が通用する相手などでは無いのは身にしみて分かっている。
「大丈夫よ♪ ホシノ・ルリはカグヤの試験飛行に出張ってるし、オモイカネには会長『代行』命令でこの部屋の回線カットさせてあるから」
「い、いつのまに……?!」
「で、そんな事はどうでもいいの。このリストの説明……してもらいましょうか?」
そう言って、エリナは手にしていた目録をドン!! と叩きつけた。
リストには幾つもの新商品。それも、ネルガルが軍相手に売るはずだった製品の幾つかが会長権限で持ち出された事と、あろう事かCCまでもが持ち出された事を示している。
「あれ? 何かの間違い……じゃ……ごめん……いや、もう言い訳しないから、笑顔でにじり寄らないで……」
ついに折れるアカツキ。
彼はぐったりとした様子で首を折ると、次の瞬間、雰囲気を一変させエリナを見据えた。その眼光は鋭くエリナでさえ一瞬たじろいだほどだ。
「今、ネルガルは厳しい状況にある。連合の戦力は確かに向上したよ。木星蜥蜴と互角に戦えるほどに。でも一旦流出した技術じゃいつか追いつかれて、ネルガルという大樹は切り倒される。戦争の後始末、復興の材料にね。彼らじゃないけど軍を信用できる相手だなんて僕だって思わない」
その声にはこれまであった軽さと言うものが無い。
彼の笑顔が相手を油断させる為の、自分を軽く見させるための武器であった事を教えている。
「そのための先行投資だよ」
エリナはその声に聞き入っている。
「一つはアスカ・インダストリーとの協定。カグヤの建造と、幾つかの物資。それによってこれは限りなく上手く行っている」
そう、幾つかの物資によってだ。
「二つ目は連合軍。ユリカ君のお父上と言う橋渡しがいるからね。ナデシコにいる僕たちはかなり好意的に見てもらえているよ」
シージャックと言う負い目と、コウイチロウの親馬鹿ぶり。
「そして三つ目……テンカワ君たちだ」
その言葉に、エリナが僅かに反応する。ごくごく僅かな、アカツキでさえ見逃してしまった小さな反応。
「彼らが何を知り、何をしているか。僕らが知るのはとても難しい。けれど彼らはただ平穏な暮らしを求めている。見ていて痛ましい時があるくらいだ。そのために戦っている。これだけは……僕にだって。いや、誰にでも分かるくらいだよ」
大きく息を吸い、吐き出す。
溜息と言うよりも、自分自身の心の内を、冷静に話すための手続きのような物だろう。
「だから協力する。友人として、地球の人間として。……それに、彼らの協力があればネルガルも今以上に成長出来そうだしね」
最後だけ、本音半分、茶目っ気半分と言うところだろうか。少々気恥ずかしそうに纏めた。
そういわれればエリナとしても言いようが無い。
「それじゃ、しょうがないわね」
としか言えなかった。
ここで話は終わるはずだったが、エリナは懐から二枚目のリストを取り出してしまう。
「で、この使い込みは何かな〜〜?」
そこには、アカツキたち艦内の男達の夢をかなえるための聖戦に必要な物資が書かれていた。
「ぼ、僕は知らないよ!? ウリバタケ君かアオイ君に……」
「もう聞いたから♪ で、アカツキ君、これ、何なのかな〜♪」
彼がこの窮地から脱するのに、もう少し時間がかかることだろう……。
ブリッジの、影の薄い、幸の薄い青年曰く。
「お、鬼だ……僕は鬼を見た……」
格納庫内、野望に燃える中年……失礼、青年曰く。
「母ちゃん、ごめん……ごめんよう……」
彼らは一体、何を見たのだろうか……真実は深い深い、闇の中……?
それは、晴れた日だったのか、それとも曇りだったのか。とても微妙な、何とでも言えそうな天気の日だった。
予知を、予見を出来るものなど居よう筈が無い。全ては積み重ねから生まれるものなのだから。しかし、真にその力を持つものが居るならば「これほどまで今日に相応しい空は無い」というだろう。
これからの、未来を左右する幾つもの思惑を持った人間が邂逅した日なのだから。
ふぉん。
間の抜けた音?
いや、恐るべき兵器が空気をなでていった音だ。
ディストーションフィールドは、確かに強力無比なバリアだ。だが、展開しながら戦える事から分かるように、完全に空間とエステバリスを隔離するわけでは無い。
空気が振動するほどの、超高温のレーザー。
光学認識するために、ある種の波長に対しては無防備にさえなるエステバリス。その中心軸上のすぐ脇を掠めていくレーザー光。腕を斜めに切り裂かれながらもそのパイロットはコクピットを外れた幸運に感謝しながら無線へと叫んだ。
「チッ! ノーチラス(オウムガイ)が出やがった!! 本部に連絡! 海洋型エステバリスを出してくれ!!」
そう叫びながらも既にオウムガイはその強靭な触手でエステバリスを締め付け、破壊しようとする。
ギチ……ギチギチ……
コクピットに響く音。
それは締め付けられ、機体が歪み、一歩一歩近づく死の宣告。
「うっ、う、うう……うわあああああああああああああ!!!!」
ドシュ! ドシュ!
死にたくないと、至近距離から抵抗のためのエネルギー弾を撃ち放つエステバリス。海水が蒸発する事により多少は弱ったものの、その触手を破壊することには成功した。
「本部より連絡! 空戦型があと97秒でその海域に着く! 海洋型は空戦が落とすから着水地点をガードしてくれ!!」
唯一の弱点である頭部を殻の中に篭らせ、触手だけでエステバリスをあしらうオウムガイ。時たま触手の先に無人兵器が張り付いており、それを投げつけられたエステバリスは迎撃も出来ずに回避しようとし、かわした所で背後から一撃を喰らう。上手く撃墜できたとしても爆風を浴び、フィールドが減衰、その瞬間に触手が叩きつけられる。
永遠に近い時間が過ぎ、空戦フレームが飛来、海洋型を落としてそのまま他の機体のサポートに回る。
海面に叩きつけられるように落下した機体はエステバリスであったろうが、バーニアに相当する部分にアクアジェットが装備され、両足が推進器になったいた。
「んじゃ、海洋型、装備武器一斉射撃っと」
誰がパイロットなのか、非常に気の抜けた声で。
その瞬間。ばら撒かれた魚雷は真っ直ぐにオウムガイに命中し、水中だからこその、空気中を遥かに上回る衝撃をあたりに撒き散らし、オウムガイを海底深くに沈めることに成功した。
ドン! ドン!! ドドン!!
……パシュッ…ゴガアァァァァァァァァンンン……
撃つ出される弾丸、そしてミサイル。
しかしそれは意味をなさない。
「クッ…また新型かっ!? 木星蜥蜴ってのは一体何なんだよっ!」
新型。
戦艦には遠く及ばないものの、バッタやジョロを軽く上回るディストーションフィールド。そしてフィールドを突破し、弱ってしまった弾丸を容易にはじき返す流線型の、分厚い装甲。
さらに360度、自在に動き回る尾の様な機関銃。
あえて言うのなら「猛毒を持ち、地を這う甲虫サソリ」だった。
「ンな事言ってる場合か! あいつらは敵なんだ、敵!!」
「そう言うっ事だっ! 死にたくなかったら……うわあああっっ!? ……ブツッ」
すぐ脇を、自分の右を守っていたはずのエステバリスが炎をあげながら大地に背から倒れていく。たった今まで話していたはずの……。
「スティン!? おいスティン!」
「焦るなマービン! 喰らったのはエステの頭だ! お前は急いでスティンを回収して本体に合流しろ!」
「し、しかし!」
「大丈夫だ! ヤツの攻撃力自体は低い! 俺が時間を稼ぐから……退くぞっ!!」
そして、彼らが生き延びるために戦うという姿をあざ笑うかのように、シャッターのような音をあげて開くミサイルハッチ。
「……Jesus(ジーザス)……」
その叫ぶように、たたきつけるように漏れた声が、彼の最後の声になった。
ナデシコが初めてウチャツラワトツスク島にて確認した、水中戦に特化した無人兵器・オウムガイ。
島国などの、海洋に覆われた国々への驚異であったオウムガイ。
しかし、それも今では攻略法が確立し、苦戦はするものの、倒せない敵ではなくなっていた。
人ならば躊躇するであろう攻撃を淡々とする事もその一因であろう
サツキミドリ二号、クルスク工業地帯での戦闘以来各地で見られるようになった「デビル化」。
無人兵器のハッキングによって生まれたそれは、人を内包しないゆえに遥かに凶悪な戦闘行為を行う。
そして時たま、思い出したかのように地上へと落下するチューリップ。
単体でありながら、その驚異的な質量と重力加速度が生み出した破壊力は核さえ凌駕する。
進化する兵器。それこそが木星蜥蜴の本質。
それこそが、戦火の長引く原因であり、人々の涙を生み、ごく一握りの者達を富ませる結果を生んでいた。
余りに皮肉な話だ。
地球に、安全といえる場所は……もう無いのかもしれない。
だが、僅かに例外と呼べる戦場も存在する。
ネルガルの作り出した戦艦ナデシコ。
ナデシコを踏襲し、さらにそれを超える戦艦として、近日就航するアスカ・インダストリーのカグヤ。
試験的にとは言え、この二隻が存在することになる極東方面軍。
そして。
サクラバ・フミカと陸戦改。
「ああ、いたいた。は〜い、救助にきました。後ろのトラックに乗って下さいねぇ〜♪」
無人兵器から逃げ惑っていた人をようやく発見し、敵が来たのかと半ば以上恐慌状態に陥った人間を安心させるかのように軽く、または優しく、あるいは厳しく誘導しながら生存者達を連れ出していく。
「……た…助かった……のか?」
そう言いながらも男は地面を転びながら、泳ぐようにしてトラックに乗り込んでいく。
「……これで23……レーダーにある生体反応はあと300弱……はぁ……オオサキさ〜ん、トラックのおかわりお願いしますね〜」
「何を言っている!! 何で俺達軍人が貴様なんぞの『ゴキャ!!』」
「すまん。まだ馬鹿が居たようだ。護衛のエステももう二機ばかり回すからもうちょっとだけ待ってくれ」
軍人の職務を忘れ、善意ある市民の協力者に暴言を吐いた男はどうやら「修正」されたらしい。
代わって通信に出たシュンが、ここ最近の出来事だけですっかり苦手意識を持つようになったフミカに腰を低くして頼むように言い直す。
「あはははは〜〜♪ そんなんじゃどんどん貸しが増えていくからね〜〜♪♪」
「…お手柔らかに」
酷く、汗が出たシュン。しかしフミカはそんなシュンを気にせずに、通信を切ると唇を舐めあげ、背部にマウントしてあったライフルに手をかけた。
ここは、戦場なのだから。
ミフネ・トウヤと拠点型。
「はぁ? 電源車をやられた?!」
「済まない……こちらのエステバリス3号機と5号機の電源供給を頼みたいんだが…」
「ま、良いですけど。じゃ、位置お願いします!」
子供達に比べてアクの強い(誤解)「ゆ〜とぴあ」の面々に苦手意識のあるカズシ。しかしトウヤはあっさりとOKする。
途端に現れるエネルギーライン用アンテナ。
それは「これでもか!」と言わんばかりにエステバリスの動きを正確にトレース、いや予測してラインを繋ぎとめている。全方位に張れる専門のシステムとは違う、エステバリスだからこその能力だろうか?
いや、義手と言う手段によって恒常的にIFSを使う、無意識下での動きを可能とするトウヤならではの、誰にも出来ない操縦技術ゆえだ。
「ミフネ君、後ろだっ!」
カズシの叫び声。
伏兵の如く地下から急襲をかけるサソリ。
だが……。
「……振動検知。分かってたよ」
ぼそりと呟いたその瞬間。
フィ…ヴィン!!
二重に展開するディストーションフィールド!!
弾き飛ばされたサソリは横転し、その瞬間トウヤの拠点型の手にはバズーカ砲が握られている。しかし、おかしい。砲の終端部にはチューブが繋がり、ジェネレータと直結しているでは無いか。
二重のフィールドを制御しているのか、何ら問題なくフィールドの外に突き出されるバズーカ。接触するのではないかという距離から、それは何の問題もなくサソリの腹を撃ち抜いた。
アリサ・ファー・ハーテッドとシルバーエステバリス。
トン!
余りにも軽い音を立ててアリサのシルバーエステバリスが宙を舞う。空中で前方一回転、さらにひねりを半分だけ加える。たったこれだけで、その敵の背後をつくことが出来た。
後はその手に持ったランスを真下に、いや敵の背に突き刺すだけだ。
ドンッ!!
「ブレッド!!」
突き刺さったこの状況ではもうフィールドさえ役に立たない。
ガガガガガガガガガガ!!!!
フィールドを突き破った弾さえはじくその装甲も、この状況では跳弾するだけの、内部から破壊されるだけのものでしかない。このアリサの動きに対して、機銃の回頭に時間のかかるサソリには一秒弱のタイムラグが存在した。
「ふう。これで4機? ……姉さん、後どうなってるの?」
そう言いつつ、彼女は周囲の哨戒に余念がない。死ぬ気など毛頭無い。
「残りは戦艦4、無人兵器はもう掃討戦に入っているわ! 離れたところにあるチューリップは……」
彼女が何か、言おうとした時だった。
その通信に割り込むかのように――事実は面白がったラピスが演出した――叫びが轟いた。
テンカワ・アキトと、ヴィンツブラウト。
大地にただ立つだけのそれは、圧倒的な存在感を持ち、暗闇の外套を脱ぎ捨て、左腕に宿る闇を纏わせた龍の牙を天へと、昇龍の如く立ち昇らせた。
『死の風よ!! 龍の顎よ!! 眼前にある全てを噛み砕き、微塵とせよ!! 具颶・龍貫殺!!』
その叫び――エフェクトまで付いていた――は戦場に居る全ての耳に届き、次の瞬間、二条の闇がその巨体を貫き、轟音と共に暴走に近しい力が内部からチューリップを打ち砕き、巨大なまでの風圧に翻弄されたそれは、無害なまでの欠片となってその巨体は消えた。
この叫び、相変わらずと言うしかないが。
「今ゼロになったわ」
「見てたわ。さっすがアキト!」
ここは、ごく普通のホテルのラウンジ、そこに一人の老人。いや老兵が居た。
彼の名はグラシス・ファー・ハーテッド。ハーテッドの姓が示すように彼はアリサ、サラの祖父である。
その彼の目の先にあるのは、信じたくないほどの苦境の記された報告書と、信じられないほどの戦果の書かれた報告書。数は少ないが、映像記録もある。
そして孫娘達からの幾つもの手紙。
彼は一人、それを見ていた。
「町を救ったコック、か」
子供の頃に見たアニメのヒーローのような、奇妙な姿が映る。
「そんな者が本当に居る時代になったとはな…」
そう言い手紙を、これまた実務一点張りのデスクの上に大切そうに置いた。
そして視線は手紙から、机の上に置かれた書類に移って行く。
「見せてもらおうか……その力を。真意を」
そう言い、生半な者では正面から見る事など出来よう筈の無い、剛い笑みを張りつけた。
その背後にいるガードたちから緊張した気配が伝わってくるのが、彼にはわかった。
「……到着したようです」
「おお、そうか」
一転して、笑みの質が変わる。
そんな場所に、二人の来客が現れた。サラとアリサだ。
「お爺様!」
「お久しぶりです!」
嬉しさを隠そうとしない二人に、老人も答えた。
「おお、二人とも元気そうで何よりだ」
彼も嬉しさを隠そうとはしない。
もっとも、極東に居るであろう彼と同格の男に比べれば威厳に満ちたと言っても良いほどの落ち着きぶりだったが。
「……軍は、辛くないか?」
彼の言葉ゆえか、SPがある種不可思議な表情を、何とか隠しきれる程度にまで変えてしまう。
そしてアリサは答えた。
「辛いです」
と。
また、サラが答えた。
「人がたくさん……死んでいくんです」
と。
その言葉を聞き、グラシスは問うた。
「ならば辞めるか?」
「いえ、辞めません!!」
二人の目にあるのは、何かを背負ったものにしか出来ない、深く強い光。しかし、人生と言う長い道を歩んできた老人は、ほんの僅かな、看過できない光を見つけた。
「……二人とも、いい目をするようになったな」
そこで、周りを見渡し、もう一つの目的である人物達が居ない事に気づいた。
「それでサラ、アリサ……彼らは?」
「あ、アキトさんたちには言ったのですけど、話が急だったから……」
「そうそう、今日は来れそうに無いって、お店の方に……」
言葉を濁すサラとアリサ。
しかし老人は、その言葉がこれから何をもたらすのか知らず……無造作に言ってしまった。
「仕方ない。……おい、君。彼らを呼んできてくれ」
「了解しました」
と、事の重要さ、いや危険性を理解していない男が無線機を取り出す仕草を見せつつ部屋を出て行った。
その一連の状況を見て、あまりの事に呆気に取られ、何も言えなかった、いや反応できなかった二人は……我に帰った途端に顔色を変えた。
「お爺様、止めてください!! 絶対不幸になります!」
「そうです、姉さんの言うとおりです! 今ならまだ間に合いますから!!」
しかし老人は、ごく普通に言った。
「いや。私も今日しか休暇が取れなかったからな……会えるうちに会っておきたいのだよ。彼にな」
「……そう、ですか」
しかし、一応の納得を見せたサラとは違い、老人は逆に継ぎ足すように恐ろしい事を言った。
「……ああ。彼という強力な戦力のおかげで被害も減っているからな。会ってみたいのだよ」
戦力。
それは、人をさす言葉では無い。
兵器、または武器に対する形容だ。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせ、これから何が起こるか、簡単に予想がついてしまうことに頭を痛め、顔を青ざめさせた。
「……お爺様、そう言う言葉はアキトさんたちの前では絶対に言わないで下さいね」
「何故だね? これほどまでの力を持つ彼なのだから……」
「そう言うことじゃないんです!!」
「アキトさんたちの軍嫌いがこれ以上酷くなったら、私、軍を辞めますからねっ!!」
「私もですっ!!」
その余りの言葉に何故、という表情の老人だったが、後ろにいたSP二人のうちの一人……余り品の良くないサングラスをかけた男が引きつった笑いをしながら言葉を発した。
「……遅かったようですね。警戒し、街中にガードをばら撒いたのが裏目に出たようです。もう、殆ど全員が病院行きになりました」
「何だとっ!?」
双子は「やっぱり」と引きつった笑いを浮かべていた……。
時間は、僅かに遡る。
それは、今朝の事だった。
それは「ゆ〜とぴあ」のある倉庫街の一画、そこの中に止めてあるエステバリスキャリア。これが今回の騒ぎの現場であった。
体が酷く疲れている。
これは日中、押し寄せる客に対して全力で料理人としての仕事の疲れ、そして「出撃」するから……だろう、いつもなら。
しかし、今日のアキトのそれは質が大きく違った。眠りすぎた後の倦怠感に似ているだろうか……。
「おはようございますアキトさん」
「アキト、おはよう」
「うん、おはようアリサちゃんサラちゃん」
朝。
気持ちのいい朝に交わす挨拶。
何処で?
そこまで考えてアキトは悟った。いや慌てた?
「な、ななななななな、何で二人がここにいるんだっ!?」
そんなアキトを珍しいものを見るかのように、これまた楽しそうに二人は口々に言った。
「軍基地って殆ど男の人なんですよ」
「で、宿舎も壊れて家も無くなって……どうしようかと困っていたらフミカさんが『一号車なら簡易ベッドがあまってるよ。寒かったら抱き枕もあるしね♪』と言ってくださったんです」
ひく……。
引きつる頬。
「……あの、二人とも、こういう状況の意味、分かる?」
「もちろんよ」
「もちろんです」
二人は姉妹だという事を無理矢理納得せざるを得なくなるくらいに息のあったタイミングで言った。タイミングも完璧なまでに同時にアキトにしなだれかかり、頬にその吐息がかかる。
もちろんこうなるとアキトの取れる行動は、一つ……逃げるだけだった。
だだだだだ……ガシャン!!
「フミ姉ーーーーーーーっっっっ!!! あの二人に何吹き込んだぁ?!」
ドゴン!!
二号車に、寝起きの悪い人間が凶器(護身用)を携えている事を忘れていたアキトが悪いのだが……。とにかくアキトの腹には十字ゴムスタン弾が深々と突き刺さっている。
再起動には数分の時が必要だった。
「……でさ、なんで俺のキャリアなんだい? フミ姉の所だってまだ空いてるし、トラック(仕入れ用)はともかくキャンピングカーだってあるんだよ?」
素晴らしいボケである。これについて、フミカは内心こんな事を思っていた。
(天然+朴念仁がここまで恐ろしいとは……これはフミカおねーさん、ちょっと油断したかな?)
しかし、フミカと一緒に居たラピスはこんな事を言ってしまう。
「……一緒に寝ちゃ駄目なの?」
「え゛?」
「い゛……」
「……おねーちゃん?」
じわりと滲む涙。
無性に気まずい。
フミカが何を企んでいたか言う訳にはいかない。それに真実をありのまま言うのも。
つい失念してしまうのだが、ラピスは知能が高く、知識が広いとは言え……まだまだ子供。言うのは憚られた。
「いやさ、朝起きて、一人で寝ていたはずなのに隣に誰かいたらびっくりするじゃないか」
「そうそ。だからアキ君も驚いてここに来ちゃったのよ」
「なぁんだ、そっか」
といって、向日葵のような笑顔を見せるラピス。
アキトとフミカは、本気で良心が痛かった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
カチャカチャと食事を楽しむ音が聞こえてくる。
しかし、無言の視線と言うものは非常に痛く、だんまりを決め込んでいたアキトもさすがに反応せざるを得ない。
「…で、一体なんですか?」
即座に反応したのがトウヤ。聞き辛い事をさらりと聞く。
「隊長、一体何があったんですか?」
これには他の人間は内心「ナイス!」と。しかしフミカは「ここにも天然が」と失礼な事を考えてしまう。
「……まあ……」
ラピスとハーリー。子供二人に目をやり……。
「はぁ。……悪質な……早朝ドッキリだよ」
さすがに本当のことは言えないよな……と内心思っていたりもするが。
「そう言えばトウヤ君、君はなぜテンカワを「隊長」と呼ぶんだい? 店長と呼べば良いじゃないか」
「僕にはオオサキさんとタカバさんがここに居て、朝ご飯を食べている事が気になるんですが……」
「「「「それは基地の飯が不味いから」」」」
と、全くの異口同音にシュン・カズシ・サラ・アリサが答える。これは相当に不味いのだろう。
「ああ、それで」
「? 食べた事があるのか?」
「いえ、昼食時になると大挙してお得意さんが来るんです」
ああ、なるほど。と言うかのように手をポンと打つ。
「それと、僕が「隊長」と呼ぶのは……」
しかし、手がそれを遮った。
手の主は、その続きを自分の口で語った。
「トウヤが俺を隊長と呼ぶようになったのは、前任者が死んで……腐っていた俺を焚きつける為だった。…それだけだ」
その声も、瞳も、追求を許すものでは無い。握り締められた手は、今にも血を流しそうなほど、爪が食い込んでいる。
意味を知り、共有する物のあるトウヤとフミカを除いて。
「……まあ良いや。サラちゃんとアリサちゃん、何か言いたい事があったんじゃないかい?」
「ええ、実は……」
「今日、急に私たちのお爺様がこちらに来る事になったんです。それで、アキトさんにも会っていただけないかと」
「……え?」
「今日、定休日なのでしょう?」
「それは、そうだけど……」
何か、含むものがあるのでは?
そんな事を考えた。
だが、シュンの方が先にこう言った。
「おおアキト、もう先方にご挨拶か。で、どっちのお嬢さんと一緒になるつもりだ?」
アキトが随分と長い時間をかけて復活した後、逃げたシュンを悪鬼の如き形相で追いかけたのは、説明するまでも無い事だろう。
街中の、とある生鮮食品店。卸売業者も兼ねているのか、店の裏手には大型の倉庫も見える。
いつもの様に、いつもの如く買出し用のトラックを横付けするトウヤ。そんなトウヤを店の中から見つけたのか、駆け寄ってくる子供が一人あらあらとでも言いたげに、でも温かな目で見ている女性が一人。。
「あーーっ、トウヤお兄ちゃん、いらっしゃい! アキトお兄ちゃんは!?」
子供らしい、楽しそうな目を向けて挨拶をしてくれる。
「いらっしゃいませ、トウヤさん。今日はどのような御用でしょうか」
こちらの女性は、年は離れているが親子には到底見えない。それでもよく似ている。姉妹なのだ。
「おはよう、メティちゃん。ミリアさん。たい…アキトさんなら今日は店の方で仕事してるんだ。ごめんね。それとお父さん、居るかな?」
「お父さんなら裏にいるよ! 呼んでくるねっ」
「あの子ったら……すみませんね、トウヤさん」
「良いんですよ。あの子くらい元気な方が見ていて嬉しいですから」
そう言いって、店長である彼の父が来るまで、雑談をしていた。
Voooooo――
大きなクラクションと共に、それに負けない巨体が走り抜けていく――
「うわっと! って、……街中にエステバリスキャリア?!」
「トウヤさん達も使われていると聞きましたが……」
「あ、うちは例外なんです」
何とはなしに、段々と内容がずれていき、メティが父親を呼んできた頃には、キャリアの事は綺麗さっぱり忘れ去られていた。
一台の大型トレーラーが、いやエステバリスキャリアが町の中を横断していく。
しかしそこに乗せられた物の正体を知った時、町の人間はどのような反応を示すだろうか。
「ごめんね、乗せて貰っちゃって」
助手席の女性は飾り気の余り無い、どちらかと言うと作業着にも見える色気の無い服装をしている。話の内容からするとヒッチハイクでもしたのだろうか?
対し運転する、話し掛けられた青年は見ていて愉快に思えるほど緊張しているのが……わかる。
「いえ、良いんです。女性は慈しむべきものですから」
その言葉に少々「カチン」と来る。
「何それ? 『私は男です。だから女の人を守ります』とか言うの? この男女同権の時代に?!」
「い、いえ……自分の育ったもく…場所ではその様に……」
「それはあなたの意思じゃなくてそこの風習でしょ? 第一他人が聞いたら不快に思うわよ?」
「…はあ……反省してます」
少々反発するものがあるのか、しかし素直に頭を下げておく。
「してます、じゃない! どうせそれも女性の言う事云々とか言うんでしょ!? それってすっごく失礼な事なんだからね!!」
「す、すみません……」
青年は、地球に着てから「故郷のコロニーとは違うんだなあ」などと、しみじみと考えることが多くなってきていたが、それでもこの隣に座っている女性には何か、勝てないと感じるものがある。
そして、自分の態度も改めた方が良いのかな、と青年が考え始めた頃、ようやくその場所についた。
その場所とは「ゆ〜とぴあ」の前、……いまだ借家暮らしの軍・前線基地の隣だった。
「ま、それにしても助かったわ。何しろ行き先がすぐ隣だなんて思わなかったしね」
「そうですね……ま、その内会う事もあるでしょうから、その時はお手柔らかに――」
この凹みまくった青年の名は、高杉三郎太――いや「ここでの正確」を期すならタカスギ・サブロウタと呼ぶべきだろう。
そして女性の名は――。
アキトへの客を通し、店先で休日の看板を出したまま椅子に座り寝そべっているフミカ。雑誌から目を離しもせずに言葉を口にした。
「千客万来ねぇ。……こりゃ楽しくなるかな?」
その言葉が意味したのは、10人以上に及ぶ、職業病かと疑いたくなるような黒服の群れだった。代表なのか、そのうちの一人が歩み出て、病気かと思うくらいに平坦な声で話し始めた。
「あるお方がお前達の事を呼んでいる。来てもらおう」
けれんの強い話し方だ。
その声は、強い嫌悪感を他人に与える。
「あらごめんなさい。そんな怪しい格好に怪しい喋り方。そんな怪しい集団に付き合えるほど暇じゃないの」
だから言い返した。最後に「ほっほっほ」と言う笑い声までつけて。もちろん手には雑誌を持ったまま。
「……残念だがお前に拒否権は無い」
よっ、と声を上げ、椅子から立ち上がる。
雑誌片手に立っているその姿に気負いは無いが、何か、がある。黒服は、それに気づきながらも「小娘の分際で」などと思い、あえて自分の感覚を無視した。
やれやれ、と頭を振って、軽く見つめて言った。
「人にお願いするときは『Please』でしょ? ママに習わなかった?」
ひく、と頬が引きつる。
あからさまな挑発。安い挑発。そう思う事で何とか平静を保つ。
ただ、背中がやけに汗をかいていた。
「お願いではなく命令だ。テンカワ・アキト。サクラバ・フミカ。ミフネ・トウヤを連行する」
「連行? 法的根拠は? それともあなた達何か変な宗教団体? 困るのよねえ、最近終末思想だ何だとか言って勧誘多くて。それともアンタんトコ、蜥蜴の神様でも崇めてんの?」
「……これは、決定事項だ」
問答はこれまで、ということか。
一人が取り押さえようと駆け込んだ。
たかが女一人、と侮ったか。
気を失わせようとしたのか、フミカの腹部めがけてパンチを放つ。
アッパー気味のそれを難なく横にかわし、足を黒服の進行方向に合わせて突き出す。
慣性の法則に逆らえず、そのまま誰もいない無人も客席に頭から、椅子を巻き込んで、今作ったばかりの残骸の中に埋もれる男。
「おっそーい! 残・念・賞!」
そして、笑った。
その顔は、何かが違った。
その何かが分かるような人間はここにいなかった事が災いしたが。
「残り、九人♪」
男達は、少なくともプロだった。より確実に捕獲できるように、プライドよりも成果を優先させて一斉に囲った。
「……今ならまだ間に合うぞ。『Please help me』……言ってみな」
それに対し。
「はっはっはっはっは! こぉのフミカおねーさんに勝とうなんて一億九千万飛んで23年早い! でもその頃じゃおねーさんも死んでるか。ま、アンタ達にはちゃぁんとお墓作ってあげるから。『女一人を大勢で襲った癖に叩き潰された負け犬集団、ここに眠る』って、アイスの棒を突き立ててね!」
そしてフミカが浮かべたそれは、まるでネズミをいたぶる猫のような、気紛れな悪戯の女神の笑み。
無論親指は首の前を通過した後、地面を指差した。
倉庫内。
「これは…駄目だな、焼け焦げてる。……予備、あったかな?」
そう言いながら、DFSの発振体からパーツを引きずり出すアキト。だが彼の聴覚には、倉庫の中に人が、それも厨房側ではなく、キャリア、より正確に言えばエステバリスの方へと向かってくるのが聞こえていた。
油断を誘うために、わざと気づかない振りを続け、作業を続けていた。
だからこそ、相手に話し掛けられたときに驚く事無く応対できたのだろう。
「テンカワ・アキトさんですね」
「……ああ」
振り向く事無く答える。声自体に聞き覚えは無いが、何所かでこれとよく似たイントネーションを聞いたような覚えがある。
「ネルガルから整備士として派遣されてきました。レイナ・キンジョウ・ウォンです」
ネルガルの整備士、と聞いた時点で拒否するつもりだったが、後半に聞こえてきた名前、正確には苗字に聞き覚えがあったのでアキトはゆっくりとだが振り向いた。
「キンジョウ? ナデシコで同じ苗字の人が居たけど?」
「エリナ・キンジョウ・ウォンでしたら、私の姉ですよ」
そう言って彼女は、扱いあぐねているアキトを余所に言葉を続ける。
「サツキミドリ二号では……有難う御座いました」
「……あのときの……?」
「はい、助けていただいた……者です」
ちょっとだけ儚さの見える彼女の顔を見て、だからこそ安心させようと笑って見せる。
「そっか。もう大丈夫なの?」
「狭いところが……ちょっと苦手になりました」
アキトの安心させようと言う笑顔を見て、レイナも……笑い返した。
しばしの談笑。
たわいも無い言葉。
そして、外から感じる……気配。
つい、言葉が漏れた。
「……馬鹿だな……」
「どうしたのアキト?」
レイナは既にアキトと名前で呼んでいる。何かあったわけでは無いが、ただそう呼んでいた。
「いや。ちょ……っとね。(外に愚か者の屍が出来上がったみたいだから)」
「え? なに?」
「時には……男よりも女が怖いってこと。(…フミ姉、よく手加減忘れるからな……自分が強いとか思ってても、コミックショーの道化になったらプライドなんて全壊するだろうし)」
そしてそれは現実で、山積みになった人間山脈の前で「フミカおねーさんイズNo.1!」等と叫んでいる事だろう。そして実際に叫んでもいたが。
「で、うちは基本的にレストラン、応用的にもレストラン。……何できる?」
「え? 私は整備士で……」
「……どうする?」
確かに軍事的組織でなど無いここにおいて、専属整備士など必要は無い。
「……ウェイトレスなら」
「おっけ、採用。清潔なら、特に服装規定は無いからね」
その笑顔は綺麗で、レイナは何か違うと感じながらも、まあ良いかと思っている自分に気づいてしまっていた。
(これって、いわゆる一目ぼれなのかな?)
「ん? どうかした?」
「ううん、なんでもないって。それでアキト、今日は何をしたら良いの?」
「今日は定休日だからね、好きなようにしていると良いよ。後でフミ姉が……その……バーサークが解けたら教えてくれると思うから」
その時、なぜか遠くから「聞いたからね」と声が聞こえた。……様な気がした。
余談だが、その日の夕飯は、アキトの分だけ火星風チャーハン激辛地獄編・ユリカ風味なる味付けになっていたという。……本当にどうでもいいことだったが。
そして倉庫のさらに奥。
おそらく「この世でもっとも恐るべき子供」のうち二人がそこで遊んでいた。とはいえ、おそらくは国際法に触れるような遊び。
「あ、ハーリ−それ違う」
「え? ここのトコ?」
「そう、それだと効率悪いから……こうしたら?」
「効率良過ぎるのも良し悪しなんじゃないかな……取りあえずこのくらいならどっちにも代えられると思うから」
「……じゃ、そっちにあわせて……ダッシュ、このデータ流せる?」
<いつでもいーよ。……でもこれ、本当に流すの?>
「「もっちろん!!」」
人格を有するとはいえ、ダッシュはAI。そのダッシュが危険を感じるような事をさらっと二人は流してしまった。
<本当に?>
「そりゃさ、僕らもこれは悪いことだと思ってるよ」
<だったら……>
「でもね」
「ラピス達みたいな子供が、これ以上生まれないようにする……したいから……」
子供だからこそ知る事ができる、大人たちの持つ雰囲気だけで察してしまう聡い、そして感受性の高いラピスやハーリーには……。
<わかったよ。じゃ、このシステムをインストールするね>
「ありがと、ダッシュ」
何となくハーリーは「最近ラピスに勝てないな、ダッシュも」と自分の事を棚に上げて考えていた。そしてふと思いつく。
「そう言えば今日さ、メティちゃんトコも学校休みだったんじゃない? ラピスも付いていけばよかったのに」
「そりゃ、メティと遊ぶの楽しいけど、これ今日ようやく終わるところだったし」
と、言っている時に聞こえてきたのは。
ずがしゃあああああああああんんんんん!!!!!
「……ん? またかな?」
「まただよ、きっと」
<またみたいだよ>
この三人はもう、このくらいでは驚かなくなっているらしい。
環境が子供に与える影響を、真剣に考えた方が良いのかもしれない……。
「……哀れな……」
同情に満ちた目と声でそう言ったのはトウヤだった。もしかしたら共感が混ざっていたかもしれないが、それを向けられたのは一山いくらの黒服だった。
そして出迎えたのは油性ペン24色を子供のように持ったフミカの姿だった。キャンバスが何かは言うまでも無いとは思うが。
「あっ、トウヤお帰りぃ。お土産は」
怖いくらいに満面の笑み。
「ありませんって。……で、この惨状は?」
「人を拉致しようとした変態集団の末路」
さらりと。
それで納得してしまう彼も少々壊れているような気もする……。
「……隊長は?」
「奥。それと……ネルガルから専属整備士のレイナ・キンジョウ・ウォンが来たわ」
「……ネルガル」
顔が、こわばる。
どちらかといえば美人の部類に入る顔だからこそ、逆に怖い。
「そう怖い顔しない。ほら、聞いてるでしょ、サツキミドリ二号の事。彼女、その時の生き残りで……多分そろそろ落ちてるんじゃない?」
「……確かに」
「人聞きの悪い事言うなって」
ある意味人生に疲れたような声。
こんな声をするのは、此処には一人しかいない。
「あらアキ君。レイナさんは?」
「中。ヴィンツブラウトが興味深かったらしくってね、かじりつく様に見てるよ。ま、中にはダッシュがいるし、変なことはしないと思うよ」
「改造されたりして」
「……」
「チラッと見たくらいだったけど彼女、なぁんとなくイネスさんっぽい目をしてたしねぇ」
「……」
「……」
顔を見合わせる。
その目には互いに「触らぬ神に祟りたたり無し」と言っている。
「ま、それはおいておこう」
「異議無し」
「うんうん」
「で、これどうする?」
目を向けられた先には、黒山。
「取りあえず邪魔だから片付けときます」
等と言いながら、ダイヤルする。
「あ、警察ですか? ええ、そうです……はい、またなんです…毎回すみません……はい…はい。ではお願いします。……引取りに来てくれるって」
何とはなしに、ゴミの引取りを思わせる会話……。
ということで納得。
「で、フミ姉。ホントはこの人たち、何処の誰さん? どうせ聞きだしてるんでしょ」
「……誰が行く?」
そこで顔を見合わせ……なぜか同時にニヤリと笑った。
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