機動戦艦ナデシコ <黒>
西欧編第三話 日々の終わりを告げる音。


「お、おお、ウゥオォォォォォォォォ!!!」
 咆哮!!
 緑の甲冑を着込んだ侍――を思わせる姿の蓮華――が大地を蹴り上げ、一瞬で間合いを詰める。
 グオンッ!!!!
 強大なGが負担を全身にかけ、骨格が悲鳴をあげる。
 後方に引きずられそうになる体を、慣性の法則を無視してその右腕を前方に、轟音を立てて振りかぶり、そのまま振り下ろす。
 ギ・リィィィィィィンッ!
 ザッ……ドドッ……ドオォォォォォン!!
「24っ! 次はどこだっ!!」
 右手に持った鋼の光。それが軌跡を描き、バッタを一刀の下に両断、二つに切り裂かれ、地面に落ちてからようやく爆発するのを思い出した。
 だがその爆風もなんら痛痒を与えることなく蓮華は――その乗り手であるサブロウタは――次の獲物を狩ろうと視線を巡らせる。
『サブロウタさん、機体の右腕に過負荷がかかってます、退いて下さい!!』
「いや、まだだっ! せめて避難が終わるまでは!!」
 サブロウタは、まるで迷いを、自らの弱さを否定するかのようにサラの呼びかけを無視して蓮華を、いやロータスを駆る!!
「まだっ、まだ終われんっ!!」
 ぴしぃぃぃぃぃん。
 透明感のある甲高い音とともに、砕け散る刃は、25匹のバッタと引き換えだった。
「25っ、サラさん次はどっちだっ!!」
 腕が肩鎧の裏に滑り込み、クナイを引き抜いた。
 目の端に写ったバッタにそのクナイを投げつけたとき、みしりとコクピットに体から出た音が響き渡る。
 息が荒い。
 目がかすむ。
 レバーを握る手が震える。
 汗が止まらない。
 しかし彼は叫んだ。自分の中にあるものを吐き出すように。
「自分の……俺の前で、人を傷つけるんじゃねえええ!!」
 今まさに、この西欧の地に終わりの日がきていた。

 三ヶ月前。
 木星圏を二分する勢力、その一方の中心となるコロニー都市。

 トン!
 それはあくまで、想像したものに過ぎない。
 なぜなら、人の耳で聞こえるような音など無かったのだから。
 崩れ落ちる。
 それが生きている人間であることが信じられないほどに、まるで糸繰り人形のように、からからと音が立ちそうなほどあっさりと。ただこれからの目的のためには『まだ』殺せない。
「一番隊、研究室制圧完了」
『同じく二番隊、警備室制圧完了』
『三番隊。退路確保』
 次々と入る、不吉の声。
 崩れ落ちたそれの上着を漁り、たった一枚のカードを手にする。
 手近のスロットに入れ、内容を読み出す。確認用の網膜も、指紋もここにある。セキュリティなど意味をなさない。
「こちら一番隊。目的のデータは入手した。これよ……っ?」
 後ろを振り返るでもなく、それは見えた。
 例え脳に血液が循環しなくとも、ショック症状によって死ぬまでの刹那の瞬間になら、自らの首が床に落ちるまでの、刹那と同等の時間ならば。
「……ここまで進入しているとは……拙いな……こちら研究室、要救助者発見、医療班こられたし」
『医療班、確認』
「……任せた」
 新たな人影は、それだけを口にすると去っていった。赤い髪を振りかざして。
 だから、その僅か後に入った者に気づく事は出来なかった。
 一人の研究者と思しき男――気を失っているのか体はピクリとも動かない――を連れた男が「所詮は捨石か」と呟き、放置されたままのディスクを持ち去ったことにも。
 それから数ヶ月間、それが現れるまで誰も気づく事は無かった。

 赤を基調とした一室。
 大昔の中国、その宮殿の一室を思わせる豪奢なつくりの部屋。そこに居るのは黒を基調とし、華やかな、しかし上品な装飾のなされた装束の女性。
 この老婆、名は劉明(ラウ・ミン)と言う。
 木星圏における最高齢者であり、100年前の光景を実際にその目で見、体験し、視力を失った代わりに五感を超える術を生み出したと言われる。
 また、戦争の無意味さを説き、反戦を訴えた者達の指導者でもあった。もし彼女に万が一の事があれば反戦派は瓦解する可能性さえある。いや、それ以前に木連側の軍内部にもある反戦思想さえも失われかねない。

 若い時は相当な美女であったのだろう。未だに愛嬌の残る顔でその老女はテラスから空を眺めていた。いや、眺めていたのとは違う。
 思い出していたのだ。
 かつて、その目に見た満天の星空を、全身に感じた、朝になる一瞬前の清涼な空気を。
 しかし、向きかえる事無く声を背後に飛ばした。
「そろそろ来る頃だと思っとったよ」
 しわがれた声が響き渡る。星明りさえない闇の中で、その声は背後にいる男へと向けられた。
 男は何事も口にしない。
 この男を知る者が居るとすれば、その事に驚愕しただろう。
「ほうほう。草壁の若造はこの様な盲いた婆が怖いのかえ? あの日を、100年前に火星の滅ぶ姿をこの目で見た、最早何時死ぬかさえ分からぬ婆を」
 その言葉に何かを感じたと言うわけでは無い。
 ただ、空気が言葉を求めたと言えばよかったのか?
「木星圏の意思を統一する。貴様は邪魔だ」
 その声に感情と言うものは無い。
「若いの、意思の統一とは不可能じゃ。人が人である限り、己自身の意思さえままならぬ身ならばな」
「我が身、我が魂、既に畜生道に落ちし外道。ならば何の躊躇いがあろうか」
 言いつつ抜き放たれる刃。「抜けば玉散る氷の刃」とは誰が言ったのだろうか。少なくともそれは、暗殺用に刃の黒く塗りつぶされた業の刀だったのだから。
 美しさなど無い、穢れた刃だった。
 余りに無造作に構えられた刃。
 それはただ真っ直ぐに振りかぶられ、肩口から袈裟懸けに振り下ろされようとする。しかし。
 キィンッ!
 キィキンッ!!
「……何奴…」
 足元に落ちた千本(針状の手裏剣)。その表面が金属以外の何かで光る事と、自分の体に傷がない事を確認した上で、それさえも一瞬のうちに新たな来訪者へと向き直る。
「北辰殿、久しぶりですね」
 緊張を多分に孕んだ声。
 それは、目の前の鬼、北辰に相対する恐怖からだ。
「貴様もな、草薙悠。『草』の者でありながらこの地に居たか」
「ここは和平を求める者にとっての最後の砦。そして指導者たる劉老師の居城。貴様らの好きにはさせん…」
 チャリ。
 かすれる音を立てて指の間に千本が、左右合わせて八本生まれる。
 刀を納めた北辰は、しかし生身の拳を向け、瞬間、ドム、と重く激しい音を上げて床を足型にへこませ、空中を滑るように10を0にするように驚異的な速度で接近する。
 北辰にとってはお遊び程度の動きだったろう。
 ドムン!!
 着地音か?
 重い音が響き…その時には今一度、床がぐずぐずになっているのが見えた。
 北辰には何の変化も、少なくとも表面上は見られない。
 チャリリリリ……
 千本が床に落ちた。
 歪んだ空気と、濁った殺気、腐臭を感じ僅かに身をよじらせる事に成功した悠は身に纏っていた筈の戦闘服が切り裂かれているのを知り、皮膚に幾つもの血の筋が浮かんでいるのに気づき愕然とした。
「この力と速度、それに耐えうる体。まさか強化体……完成していたのか?!」
「ほう、流石よな……これをかわすとは。しかし次はどうだ?」
 血に飢えた、魔獣。
 もはや、その目の輝きは人のそれではない。

 強化体。
 レトロウィルスによる遺伝子組み替え。
 人体組成に使用される事の無く眠り続けていたジャンク遺伝子の強制的な発露。
 Es細胞、およびガン細胞の制御。
 数々の闇の奇跡。
 そして生れ落ちた一代限りの突然変異種。

 草壁の指示による軍警察の権限強化による治安向上は彼への支持を集め、犯罪者と言う名の実験体をヤマサキへと提供し、この悪魔のような実験は、北辰と言う完成体を持って実を結んだ。
 屍へとなる事が決まっていた北辰を材料に、ここまでの強化が施されたのだ。貫かれた心臓が、引きちぎられた頚椎が再生したのだ……尋常なものではない。

(死ぬか……な?)
 心残りと言えば、背後の劉老師を守れなかった事だろうか。
 本気で自爆を考えていた時。
 シャリ、と言う音が響き渡った。
「おや、今度は柿泥棒かい? いけない子だねえ」
「子供扱いするな。……とは言え婆様からすれば俺もまだ子供か」
 その声には気負いと言うものが全く無い。テラスに腰掛けた状態でナイフ片手に柿を食っている人影。人を小馬鹿にするようなそれは、非常に楽しそうに見物していた。
 連盟の最高指導者であるその女性に向かって「ばあさま」などと呼べるのはその人影ぐらいのものだ。
「ふむ。取りあえず、あの人外の化け物を何とかするか……婆様、残りやるよ」
 そう言って、皮のむかれた柿を老女の手に置く。
 音と匂いで柿とわかったが、盲目の彼女には、実際に触ってみるまで、笑ってしまいそうになるほど不恰好な柿だとは思わなかったらしい。つい嘆息する。
「ナイフの扱いは上手いと言うのに。こと料理に関すると、これだけも出来んのか」
「良いだろ別に……さあて、やろうか? クソ親父」
 何の気負いもなく現れたのは、まるで少年のように楽しげな笑みを張り付かせた……北斗だった。最初の呟きだけは憮然としていたが。カンフー映画の主役を思わせる様なさっぱりした姿で、赤を基調としたいわゆる武道着を着ている。
 一瞬、無造作に思える動きで手に持っていた北斗はナイフを投げる。
 食い物に使ったとはいえ、その後に何をしたか分からない。かわす北辰。
 ナイフの後ろにつくように接近し、互いに中途半端な位置まで間合いを詰めすぎ、身長差を利用して掌底を顎目掛けて打ち上げる。しかし致命的なはずのそれは、北辰の筋繊維にも、骨格も傷つける事はできずに受け止められる。
 零距離からの密着しての拳。
 当てられた場所は肝臓。威力を殺すために北辰の足の親指を基点に激しく後方へとジャンプ。後方ジャンプと親指つぶし。威力を最大殺したと言うのに、内臓がひっくり返りそうな痛みが走り抜ける。
「少しは出来る様になったか、愚息よ」
「人間辞めた奴の口から聞きたい台詞じゃないな」
 人の身がそれを出しているとは到底思えない激しい破壊音。
 幾度それが鳴り響いた事か。

 どくん!
 激しく心臓が鳴る。
 ドクン!
 血が暴れ出す。
 ドクン!!
(ここまでか……)
 その呟きを発したのは。

 ドォンッ!!
「……逃げた?! そんな馬鹿な!」
 ドアをぶち破って消えていく……北辰。
 警戒を怠るわけでは無い。しかし、一旦退却してしまえば,後はもう戻る事さえ困難。再び来襲する可能性は限りなく低い。
「ほっほっほ。人の身を捨てることなど出来ん。もしすれば、それはもう自然のものでは無い。気の乱れがこの目にも見えたわい」
 そう言って、しかし老婆は見えない目でくつくつと笑った。

「すまん、婆様。警備に何人か被害者が出ていた。俺の落ち度だ」
「……良い。彼らにはすまない事をしたと思うとるが、これが戦争なのだ。この下らない事実が」
 そう言いつつ、劉は北斗の手を取る。労わるように。
「草薙。嬢ちゃんの手当てを頼む」
「はい、分かりました」
「俺は男だ!! 嬢ちゃんじゃない!!」
 ここにいる彼女達には知りようも無いが、その叫びはとあるエステバリスパイロットの魂の叫びに酷似していた。本当にどうでもいいことだったが。
「……」
「……」
「……なんだ?」
「「いや、なんでもない」」
 沈黙に不満もあらわに言い返す北斗。しかし二人同時に呆れたような声を上げる。
 こんな事がもう何年も続いていた。
 老婆はただ一言漏らした。
「東の嬢ちゃんとの会合。よほどさせたくないようだの、草壁よ……」
 失った視力。だからこそ世界を彼女は何の装飾も無く見る事が出来た。

「じゃ、後頼むよ零夜ちゃん」
 草薙に連れられ医務室に来た北斗。本人がどう言おうと腹部の手当てを悠が出来よう筈は無い。ゆえに北斗が安心して任せられる人間である零夜に手当てを頼む事になる。
 上着の下、晒しのさらに下には内出血をしたのだろう、真っ青になっていた。
「……酷い」
「これでもマシな方だ。他の連中は殺されたんだからな」
「…北ちゃん」
「これが戦争なんだよな」
「……うん」
 かつての禁忌を知らなかった時とは違う。
 知ってさえ、それでも道を歩く。
 だからこそ、危うい美しさを持つ。
「……あいつら、何やってるんだろうな」
「何してるんだろうね……」
 思い出したかのようにふと口を開く北斗を相手に、零夜は共感と僅かな嫉妬を持っていた。

「……どうじゃ?」
「全滅です。それと捕虜とした数名ですが……捕虜対策でしょう、遅効性の毒が数種発見されました。既に数名が死亡しています」
「……死ねば皆、等しく土に帰る。弔ってやりなさい」
「……はい」
「草壁は今だ……あの腐れた計画を諦めておらぬのだな?」
「この数十年で紅鳳と唯一同調できる人間である彼女を……北斗君を殺さなかった。それが全てを意味しています」
「……<現人神計画>……人は人でしか無いものを。……愚かな」
 言葉が途切れ、静寂が満ちる。
 そこにあるのは、コロニーのシェルター越しに見える空。地球でなら大気の揺らめきによってキラキラと光るそれも、ただ明るい光点にしか見えない。
 悠は思った。
 目の前の老女の目に映る星空とは、地球で見る星空は一体どれほど美しいのだろうかと。
「……嬢ちゃんの具合はどうかね?」
「スキャンでは問題ありませんでした。脳波も今のところは」
「いや。……もう一つの方じゃ」
「専門医の見解では……人格融合などの手法は難しく、それを為した場合に崩壊が起こる危険性があるとの事です。また、相互干渉と言うか……互いに弱体化の嫌いがあるらしく現状維持も難しいとの事です」
 再び静寂が満ちる。
 先ほどのものとは僅かに違う静寂が。
 やがて、その空気に耐え切れ無くなり始めたとき、老婆は口にした。
「会わせてみるか」
「?」
 意味が分からず、疑問符をついあげてしまう。
「次の会合のとき儂は言うてみるつもりじゃ。我々連盟と、東の嬢ちゃんとこの混成部隊を地球に下ろす事をな」
「それは、まさか……」
「龍馬の育てた小僧、虫どもに殺されるほどやわとは思わん。何処ぞで何かをしでかしとるに決まっておるからな。会える可能性は高かろう?」
(……柳と劉…連盟を司る二つのラウ家……つか老師、龍馬の育ての親っての、なんだか納得出来るな……)
 ある意味、酷く納得できた悠だった。


「これは面白いですね、草壁さん」
 ワクワク、といった輝く顔で言ったのはやはり山崎。
 北辰の部下の持ち帰ったディスクを楽しそうにいじりまわしている。
「何が面白いというのだ?」
「イメージ・フィードバック・システム、通称IFS。火星なんかだと普及してる技術ですね。あ。これは結局、思考制御で動く事を前提とした新型機の設計書。はぁ……凄いなあ……あ、作っちゃっても良いですか?」
 顔が紅潮するのも構わずに興奮してまくし立てている。
 そこに北辰が口を挟んだ。また、口には次々と高圧縮された栄養剤が飲み込まれていく。あれほどの動きを可能とする改造は、肉体への負担が余りにも大きかった。
「……虫との戦力比較は?」
「ん〜〜、パイロットの技量にもよるけど……新米でも戦艦ぐらい簡単に落とせるんじゃない? ぽんぽんってくらいに」
「費用は?」
「ライン変更やらなんやらで……旗艦用の戦艦三隻とトントンくらいかな? データが揃ったら量産できるだろうけど、これ虫じゃ動かせないみたいだから有人式になるね」
 余りにもあっさりした言葉。
 それに対する草壁の返答は、予想されたものそのままだった。
「許可しよう。優人部隊より数名選出する、今しばらく我らは『木星蜥蜴』で無ければならぬ。北辰、お前が適度な『強者』を選べ。ある程度強い、地球の愚民共の中に隠れられる男をな」
「承知」
「ああ。そう言えば北辰さん、なんで『笛』を使わなかったんです? そうすれば枝織君を連れてこれたのに」
 そこに今思い出したかのようなヤマサキの声がかかる。
「私も興味があるな」
 続いて草壁の声。
「草薙が居た。もし笛を使えば隙が出来る……奴の前でそれほど大きな隙を作れるものはおらぬよ」
 この男には珍しい、ある種のほめ言葉とも取れる発言だった。そしてその言葉とともに退出しようとする北辰。
 彼の背中に声がかかる。
「ついでだ、東を呼べ。あ奴を介し、連盟との会合を設けねばならぬからな」
 もし、北辰が後ろを振り返る事があったのなら、こう自嘲し呟くだろう。
『正義など、何処にも無い』
 と。

 北辰の姿が消えたのを見計らって草壁の口からは言葉が漏れた。
「……山崎よ。北辰をどう見る。忌憚無く、な」
 画面を見ながら何処のプラントを動かすのか気にしている山崎。その顔は新しいおもちゃを手に入れた子供そのものだ。余りにも不吉な光景と言わざるをえない。
 指先がカチャカチャとキーを叩く音が鳴り響く。
「良く出来たおもちゃ、でしょうかね。出来は良いけど、持ちは良くないと思いますよ? 何しろ無茶な改造しましたから」
 しばしの時間が流れ……。
 今一度、草壁が口を開いた。
「そう言うことでは無い」
「違うんですか? それじゃ案外神経質だって事ですか? 安全策を重ねた結果、未だにロクな成果を出せないとか」
「それも違う。私が聞きたいのは情緒面だ」
「最悪ですね。彼は『外道』という言葉で己を形作った人です。その心を鎧う『言葉』が欠けてしまえばあとは崩れ去るだけ。ま、後は別案で<強化人間計画>は進めときますから
 そこまで話したときだった。
 こんこん、というノックの音が聞こえたのは。
「東舞歌、お呼びとの事で参上しました」
「……入れ」
「失礼します」
 ここでまた、歴史が動く。
 人々の、予想以上に。

 そして、おおよそ一月が過ぎた。
「この状況下において、戦況の悪化は防がねばならない。山崎博士、説明を」
 壇上にて草壁が演説を、人々の心を鷲掴みにするようなそれを、この言葉で纏めた。
 しかし呼ばれた山崎は一瞬怪訝な表情をし……。
「はい。ん……?」
「どうした。何かあるのか」
「いえ、『説明』と言われたとき、何やら悪寒がしたもので……いえ、多分気のせいですよ」
 流石に電波が脳を直撃したとは言わず、そう言いながら壇上に動いた。
 今までの荘厳と言っても構わないほどの雰囲気をぶち壊しにして。
「あ、僕が研究部門主任の山崎です。敵もやるもんで、虫型じゃちょっときつくってねぇ。で、その代わりと言っちゃ何だけど、すっごく強いの作ったから誰かパイロットやってみない?」
 ぶち壊された雰囲気だったが、<新型><強い>と聞かされて黙る木連男児など居まい!
 ぶぁさっ!!
 シートを跳ね上げ立ち上がる<蓮華>!!
 無骨なそれは、薄緑の装甲で覆われた、戦場での侍を思わせる機体。腰には刀が挿され、その手には槍が。肩鎧の内にはクナイが挿され、兜飾りには三日月があしらわれている。
『うおおおおおおおおおおおお!!!!!』
『ヤ・マ・サ・キ!! ヤ・マ・サ・キ!! ヤ・マ・サ・キ!!』
『草壁閣下万歳!! 万歳!! 万歳!』
『木連に栄光あれーーーーっ!!!』

 少々ヒートアップしすぎ――特に最後のは縁起でもないとフクロにされていたりもする――の彼らを見て草壁は手をあげ、二、三度静まるように示す。すると、まるで火が消えたかのように誰もが口を閉じた。
「そして、今回の任務には敵地での情報収集の任務も兼任される事になる。場合によっては虫型との戦闘もあり、地球人の中に潜伏せねばならない。ゆえに、それを為しうる最善の人事を行った」
 誰もが口を閉じ、一言たりとも聞き逃すまいと言う空気の中、再び言葉はつむがれた。
「高杉三郎太少尉。君をこの特別任務へと任命する。この任務は我々と地球人が真に共存できるかどうかの最終判断の材料ともなる。心したまえ」
 と。

 そして、今現在。

 体が、うまく動かない。
 次元歪曲場、いやディストーションフィールドを張る力ももう残っては居ない。電源車がまともに機能できないほどの状況で――唯一行動可能な――蓮華の力を過信したのが敗因だったろうか。それとも、研究者の皮算用をそのまま鵜呑みにした自分が悪かったのだろうか。
 事実は短期決戦の場合の皮算用なのだが。
「……ま、これだけやれば……かなりの人間が助かっただろうし、上が満足するくらいのデータも集まっただろうな……」
 シートに体を預けていると、力が入らなくなったのか自然と指がレバーから落ちた。
 バッタがギチギチと歯を鳴らしながら近寄ってくる。が、何のリアクションも返してこないのを見計らうと、今度は口元を開きターミナルを探そうとし、横から飛来した弾丸に頭をピンポイントで打ち砕かれ、背のミサイルを使うことも出来ずに動きを止めた。
 絶妙ともいえるタイミングで現れた援軍と、急激に復活する蓮華に驚き体を起こすサブロウタ。疲労が並大抵ではないのか汗だくだ。しかし、ある種の悲壮さを感じさせる彼の動きもここまでだった。なぜなら、緊張感のかけらさえない声が彼を襲ったからだ。
『サンちゃん、生きてるぅ?』
「さん、ちゃん?」
『あ、生きてるんだ。ならさっさと逃げる。すぐ近くまでトウヤが来てるから回収してもらいなよ。いくらバッタのエンジン積んでるからって限界ってのはあるんだから』
 などと、聞き捨てなら無いことをさらりと言うフミカに、サブロウタは慌てて声を上げる!
「ば、バッタのって?!」
『アタシらんトコでも研究してた人が居るのよ。無人兵器の廃品利用を。で、そん時の成果の一つがそいつのエンジンと同じもの。ま、そんな事はいいからとっとと逃げる』
 そこまで言って、にやりと笑うと……。
『早くしないと、巻き込まれるよ? そろそろアキ君がこっちに来る頃。で、都合悪くここめがけて戦艦が来てるの。さっさと逃げようね♪』
 そう言われてサブロウタは、何となく納得できないものを感じつつも蓮華を起こしてこのポンコツ寸前の自分を回収してくれると言う拠点型を、トウヤを目指して歩き始めた。
 フミカは動こうとせずに陸戦改に上を見上げさせた。
 空では今こそ、黒い煌きが生まれる瞬間だった。



 事件は数日前より、その予兆を見せていた。
 まずは、とある男女の会話から見ていただこう。



 ザァァァァァ……
 耳の中で、雨が激しく降っているかのようだ。
 ノイズが、意味をなさない。
 感情が制御できなかった。
 だから、……叫んだ。
 目の前にある信じられない現実、家族の亡骸を見て。
 まだ幼いと言っていい妹と、優しくて厳しい母の姿を。
 その、物言わぬ姿の向こうに、見たことも無い表情の父親。

「……夢、か」
 ただ、喉がひどく乾いていた。
 彼はもう、忘れたと思っていたその光景――多少の誇張はあるものの――何日もの間、そんな夢を見続けていた。ただ、妹の顔が、母の顔が、知っている誰かの顔に重なって見えたということはもう、記憶の海に埋もれていた。
 軽く頭を振って、その悪夢を振り払おうとしたときだった。
 気に入らない声と気配がしたのは。
「あらお休み?」
「……疲れただけだ」
 退廃的な音楽と、半裸以上の男女がうろつく様な空間に一組の男女が向かい合っている。
 酒とタバコに混ざってドラッグの匂いさえ……その空間に入った瞬間、違和感を感じたが、その理由が分からずいらついた顔をするテツヤ……しかし、逆に女性はその空間に溶け込んでさえ見えた。
「俺を呼び出すとはライザ……お前も出世したものだな」
「そう? ありがとう。でもあなた…変わったわね?」
「変わらない……俺はな。(あの時から……変われなくなった)」
「ううん。日の匂いがするもの、あなたの体から。あの『真紅の牙』のテツヤからよ? 長生きはしてみるものよね」
 そう言いながらテーブルの上にあったドリンクを飲むライザ。アルコールの匂いがしない――ソフトドリンクなのだろう――この空間では隙は見せられないのだ。たとえそれが自分自身を相手にしてさえ。
「お前は変わったな。あの時見た純真そうな小娘の面影がまったく無い」
「ほめ言葉と思っておくわ。私を変えた狼さん」
 言葉には愉快そうな色が見えるが、事実は違う。
 油断などできる相手ではない。
「それで? 人生談義するつもりは無いだろう? ……言え」
 氷など生ぬるい……空気さえ凍るような視線。こちらこそがテツヤ本来の空気なのか。またライザの目も鋭く変わる。
「そう、その目よテツヤ。あなたの本性は……」
「はぐらかすな。次は殺す」
「……いいわ、その目。ふふ、上はお冠よ? あなたが『スカウト』にてこずっているから。だから『根回し』しちゃったわよ?」
「実力行使か? 止めておけ。無用に屍を晒すだけだ」
「そう? でもあなたが教えてくれたんじゃない。テンカワ・アキトは甘いって。それともアレは嘘?」
 そう言って血の様に赤く染められた唇を、それ以上に赤い舌でぺろりと舐めた。
 ひどく、淫靡な笑みをたたえて。



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