機動戦艦ナデシコ <黒>
 西欧編第三話 日々の終わりを告げる鐘。


 楽しい日々は、祭りに似ている。
 だが祭りは、やがて終わる。

 人は迷うものだ。
 どのような行動をとったとしても、後にそれを後悔しないとは限らない。

 ならば、今この時は?
 何をすればいいのだ?


 こう言っては何だが、この街には名物がある。
 一つは、オオサキ・シュンによって再構成された西欧方面軍の一部隊。今までの特級階級的思想の持ち主だった一部の人間を廃し、本当に人々を守ろうという人間で作り直された精鋭部隊。
 欠点は、シュンが堅牢な思想の持ち主であるのに奇策を常道的に使うと言う事だろうか。無論その皺寄せはその副官であるタカバ・カズシに行くわけだが。
 また一つは「ゆ〜とぴあ」の面々。普段は騒音激しい、物見高い人の集まる……失礼。ごくごく普通のレストランだが、有事の際は一変し、救助、および敵の殲滅をするという一風変わった者たち。
 何故、軍人でも無い者がそれほどの力を持つのか知られていないが、それでも人々を助けようと言う姿勢とその力は伝わっていく。

「やはりか」
 そう呟いたのは、グラシスである。
 彼の目の前には自分と同様の立場にある、つまり一軍の長達が居た。彼らは無用に熱く語っている。たった一つの事を、余りにも当然のように。
 だからこそなのだ。
 彼のこの呟きは。
「私は提案する!! テンカワ・アキト以下を我々の指揮下へと組み込む、そう、彼らを徴兵する事を!!」
「そうだ!! あれほどの力、我々が正しく管理せねばならない!!」
「方向性の無い力など危険なだけだ! 我らが導き、その力を存分に発揮させ、この地に巣くう木星蜥蜴を一掃するのだ!!」

 まるでそれが名案の様に。そう、それによって起こる事を考えていないのだ。
 だからこそ、グラシスは言葉に出した。
「阿呆が」
 と。
 本気の侮蔑を込めて。
「何ですとグラシス中将!!」
「阿呆、と言ったのだ。それとも馬鹿が良いか? ああ、屑もあるな」
 ガタン!!
 激しい音を立てて椅子を後ろに跳ね飛ばしながら立ち上がる。使い古された「タコのように真っ赤」という表現がこれほど似合うものも居まい。
「侮辱だ!!」
「言葉が過ぎますぞ中将!! 確かにこの場においてはあなたが最高指導者かもしれない!! しかし我らを愚弄するなどとは!!」
「ふん!! どうせ自分の孫娘で篭絡させてあの戦力を取り込み、自分の好きに使うおつもりでしょう!!」
「ああ、なるほどな!」
「それであの小娘どもをあそこに配属させたんだな!! 汚いですぞ!」

 ふん、と鼻で笑った。
 なんと愉快なまでに愚かしい者達か。
「勘違いしているようだな」
「……何ですかな? 今更釈明のおつもりで?」
「そのような気など毛頭ない。それにお前達は勘違いをしている。彼らは自分の信念のために戦っている
「ならばこそ、我ら連合の正義と共に戦えば良い!!」
「連合の正義が、本当に人々にとっての正義なのか?」
「…?」
 一瞬の言い淀み。
 そこに切り込む。
「ここ最近の連合軍の質の低下がどれほどのものか分かるか? 勝てない戦を繰り返し消耗した兵士がどのような行為に走っているか知っているか? 防衛の名目の下、迎撃地点に選ばれ跡形も無く破壊された街をその目で見たことはあるか?」
 誰も、答えない。
 真意を計りかねているのではなく、単純に、言葉の意味が浸透していないのだ。
 ただ、老人の繰言と理解しているだけ。
「彼らは民間人の立場で戦っている。我々が「非常時」の一言で切り捨て、見捨てる民間人の中にある、一片の意思として戦っているのだ」
 周囲を見渡す。
 ここまで言っても、意味を理解しているものは居ない。
 質の低下もここまで来たかと思い、結ぶ。
「彼らを徴兵すれば、民間人を敵に回す。この一月で彼らに救われた人間がどれほど居ると思う? 軍の体面を守ると言う名目で隠匿し、緘口令まで強いたとしても彼らの活躍は広まり、最早世論を動かしつつある。その結果が何かは言うまでも無かろう」
 押し黙る彼らを目に、この下らない会議も終わりとばかりに立ち上がる。
 そして最後に、部屋から立ち去ろうとして思い出したように付け加えた。
「ああそれとな、別に謀ったわけでは無い。うちの孫娘の方が彼に惚れよったのよ」
 呆ける男達を余所に、悪戯に成功した子供のような顔でグラシスは去っていった。
 ただ、廊下に出てから一言だけ……
「……彼も老人を良く働かせる……」
 と、愚痴ったが次の瞬間にはそれを一部改める。
「いや、君もだったな、カタオカ君」
「単なる仕事だ。しかし面白い……『英雄殿』の戦闘記録などそう拝めるものでは無いからな」
 どこか、何かが、違和感として残った。
 しかしその匂いはグラシスにとって嗅ぎ慣れたものだ。
「カタオカ君。君は英雄とはなんだと思うかね?」
 その言葉の真意は不明。
 しかしテツヤは答えた。
「誰かの願望が生み出すもの。そしてそれを実際にやってしまう人間。(そして俺にとっては)……いや、何でも無い。何でも……な
 最後の言葉は誰にも聞かれることは無く……また、歴史は積み重なっていく。
 過去はもう、変えられるほど浅くは無い。
 重い現在に踏み潰され、奥へ、底へ、闇の中へ……。



 じりじりと言う焦りの中、額から流れた汗が頬を伝い、丸みを帯びた顎から滴り落ちた。目は真剣そのものであり、瓦礫を抑え、崩れるのを防ぎ、最後に目的の物を壊れ物を持つかのように大切にそれを救う。
「……っ……! 確保ぉ!!」
「血が……」
 瓦礫の下から現れたのは、一人の子供。出血はあるものの、怪我自体はそれほどでもない……ように見える。
「ドクターを呼んでくれっ!!」
 戦闘という名の日常。
 チューリップが一種のワープ装置。これは誰もがSFだと笑った後、そうとしか考えられない現状に頭を抱えた。ゆえに、活動中のそれを叩く事が最優先任務とされ、停止中のものにまで手をかけることは事実上不可能だった。
 だがそれは、後手後手をふむ事になる。
 たとえ、チューリップを破壊できる絶対の「剣」があっても、それを使える人間がいまだ発見できない以上は、テンカワ・アキトという『人材』を容易に使うことはできない。
 そのジレンマの中にこの世界はあった。

 これは、だからこそ起きた出来事である。

「おいおい、これはまた……。……カズシ、これ見てみろよ」
「何ですシュン隊長? ん、ディスク…再生。……うわっ?」
「テンカワのスコア……知ってるだろ? この一ヶ月でチューリップを現れた46機、時には一回で3機破壊してる。戦艦なんて178隻。小型無人兵器にいたっては計測不能だ。上層部のあせりが目に浮かぶな、こりゃ」
 額に漫画のような冷や汗を掻きながら苦笑いをし、その原因である一枚のディスクを相方に投げて渡す。もちろん相方はさっさと中身を見、形容しがたい声を上げた。
「DFSの展開実験……ですか? 43人挑戦して起動できたのが24人。ただしエステバリス走行テストとの並行での実験では0?! 何ですかこれは」
「見てのとおりだよ。テンカワの使ってるアレ、チューリップ落しに有効そうだからネルガルにテスト用に一個借り受けた結果だ。全滅。これ以上ないほどに見事に全滅だ」
「じゃあ、俺たちでチューリップ落とすのは……不可能って事ですか?」
そうとも言えん。もう一個、面白いものがあるらしくってな……確かこのあたりに……あれ、どこに置いたっけな?」
 そう言いながら……灰皿の下からそれを見つけたときだった。
 こんこん。
「アリサ・ファー・ハーテッド、参りました」
「ちょい待ち……あ、これだこれ。いいぞ、入ってくれ」
「はい」
「そう硬くならんでくれ。……ちょっと頼みがあってな」
 そういいながら、軽く手を合わせて見せる。
 西洋人である彼女には分かりづらいが、シュンが何かを迷っている事は案外簡単に知れた。
「これを見てくれないか?」
 そういって一枚のスチルを見せる。どう言って良いのか、一瞬の躊躇を見せた後アリサは口を開いた。
「確か日本の武器で……ナギナタ、とかいうものだったと思います」
「いや連想ゲームじゃなくて」
 手を振って、それは違うと。
「ネルガルの作った新型兵器だ。何でもエステバリスで戦艦を落とした人間が居て、そのときの特攻モドキを元に作った対フィールド兵器らしい」
 そこで切る。なんとなく、もったいぶった感じがするのは否めないが……。
 ちなみに特攻をかけたのがアキトである事を彼らは知らない。
「名を<フィールドランサー>……フィールドに干渉・強制的に中和し、敵を切り裂く必殺兵器」
 きぃ……。
 デスクから腰を上げ、背後のブラインドを指で開き、間から視線を外に飛ばす。別に聞き耳を立てている相手が居ないかということを警戒しているわけではなく、様式美とか、部下に与える印象の計算というものだ。
 ここいら辺で「シュンは日系だから……」という邪推をしてはいけない。
「フィールドを一方的に破壊するDFSとは方向性はかなり違うが、それでも現状を打破するには十分な代物だ」
「なぜ私に?」
「……ネルガル会長と、ハーテッド中将が会談を持ったということは……その様子では知らないか。つい最近、そういうことがあったそうだ。別に極秘ということでもなく、連合の代表の一人として臨んだらしい。その結果のひとつがこのフィールドランサーだ」
 一度切る。
 そして、もう一度アリサの顔に視線を向けて。
「この基地に配備されたのは一基。そしてこれを扱えるのは君だと私は考えたわけなんだよ」
 最後のほうは、いつものような飄々とした喋り方だ。今までのシリアスさが嘘のように消えている。
 そしてなおも「私がグラシスの孫だから」と言い募ろうとするアリサを前に、さくっと言い放った。
「あ、今までのランスなんだけど、もう改造のほうに出したから」
 返答は、ドアの叩きつけられる音だった。

1)アリサが格納庫に入る。
2)ガン・ランサーがフィールドランサーと掛け合わされてツインランサーに改造されている。
3)目の前の状況が何を意味するのかを悟る。
4)それをしているチーフエンジニアの顔面――後に彼女はそのエンジニアの名をサイトウと知る――に全速力を加えた真空飛び膝蹴りを理想的なフォームで叩き込む。
5)くの字に折れ曲がったままサイトウはJACに入団できそうなほどの速度で回転しながら格納庫から消える。


「ぬぎるろぶぇろばぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
 地球上の生物が出したにしては奇妙な叫び声を上げながらサイトウは消えていった。
 ぜーはぜーはー、と肩で息をしながら呼吸を整えたあとアリサはキッと残ったエンジニアを睨み付けると、地獄の鬼もかくやと言う声で言葉を――言われた彼らは口をそろえて「言葉じゃない、呪詛だった」と言う――を吐き出す。
「アンタ達……私のエステに何をしているの……?」
「いっぃえわた…ぺぎゅるっ?!」
「……何をしているの簡潔に言いなさい。ちなみに制限時間二秒」
「短っ!? たわばっ?」
「……残ってるのはアンタだけ?」
「シュン隊長のご命令に従い、ガン・ランサーを強化改造しておりました!!」
 そのままサラ<軍曹>とでも呼びそうな――実際の階級は違うが――勢いで叫んで敬礼までし、上司を売る男。ちなみにこの事は後日他の整備員経由でシュンの耳に届き、彼は思わぬ残業に泣く羽目になる。
「……戻しなさい」
「は?」
「ガン・ランサーに戻しなさいって言ってるの!」
「あの、それは……シュン隊長の命令書が無いと……とりあえず作業は中止しときますんで、貰ってきてくれません?」
 もちろん、アリサが執務室についたころにはシュンの姿は無く、人身御供にされたカズシが盛大に顔を引きつらせていた。

「……大丈夫かサイトウ?」
 アレだけの攻撃を受けて吹き飛んだサイトウだが、盛大に吹き飛んだ分怪我は無かったようだ。鼻血だけですんだのが奇跡のようにさえ見える。
 覗き込む様にしながらもテツヤは一応という感じだったが……サイトウの手をつかんで引き起こす。
「……何とか。確か……テツヤさんでしたね」
「俺の事を知っているのか?」
「テツヤさん、ここじゃ有名ですからね。何しろあのハーテッド中将の懐刀って話ですよ?」
「……いつの間にそんな話になってんだか」
 苦笑い……そう言いつつも、自分が受け入れられている……そんな現状に、何か複雑な表情を形作るのだった……。
「あれ? ナオさんはどうしたんですか?」
「あの馬鹿なら……浮かれきって今日はもうだめなんで置いてきた」
「駄目って……?」
 何も語らないテツヤ。しかしその目は如実に「色ボケ」と語っていたと言う……。
「ああ、なるほど」
 そう言ってサイトウは笑う。
「……腹は立たんのか?」
「ふっふっふ、春が来てるのはナオさんだけじゃ無いんですよ♪」
 そう言って「色ボケ」特有の笑いを見せる男がこんなところにも居た。

「こんにちは〜〜ネルガルのレイナ・キンジョウ・ウォンですけど、受け取りの判子、貰いに来ました〜」
 などと、ものすごく平和そうに現れたのはレイナ。
「や、いい所に来た。日本から取り寄せた『ういろう』っていうお菓子なんだが……食べるかい?」
「あ、美味しそうですね……いただきます。あ。ほんとに美味しい」
 そう言いつつも、既にパクついている。
 ちなみにここは応接室で、シュンの駆け込み寺でもある。
「でも良いんですか? アリサ、ものすっごく怒ってましたよ」
 言外に「そのまま、牙が生えて角が生えるんじゃないかと思った」とまで言う。
「怒ったって言っても、生き延びることを優先した結果なんだよ。君も整備員ならその辺わかるだろ?」
「確かに、自分の整備の『あら』のせいで誰かが死ぬなんて考えたくありませんから……でも、今回のは少しやりすぎではないかと」
 とたんにシュンは話を変える。
「その辺は大丈夫。ちゃあんと用意してあるんだよ、アリサ君向けの気晴らしをね」
「それって……?」
「ネルガルからのオファーが来てるんだよ。ストレス解消に良さそうなのがね」
「それってアレ、ですか?」
「そう、アレだよ」

『きゃあああああああああああああああああ』
 アリサの悲鳴が響き渡る!!
『にょえあああああ???????』
 だが、何か事件があったわけではない、どちらかと言えばジェットコースターでの叫び声と似ている。
『ひにゃああああああ!!!!』
 そんなアリサの乗るシルバーエステバリス。背部に球状の物体がバーニアの代わりに取り付けられている。
『助けてええええええええええ』
 それを見ながら地上の二人はデータ取りをコンピュータに任せたまま食い入るように見ていた。
「……持ってきといてなんですけど……すごいですね、アレ」
「俺も……あそこまでとは思わなかったよ」
 二人が言うのは、エステバリス用の推進器として利用可能な出力を持った局所重力制御装置。コロニーへの移民が始まって以降、現在においては宇宙船などにも使われるそれは、しかし機動兵器においては――ごく僅かながら――慣性制御に使われているに過ぎない。
「……まるでUFOですね。あ、葉っぱが落ちるような動き」
「うむ、あの変則的な動きは予測を元に行動する無人兵器相手にはかなり有効だが……パイロットの手におえないんじゃなぁ……」
『冷、静に言っ……てないで止め、てぇぇぇぇぇぇ!!!』
「仕方ないな、アリサ……サラさん、外部強制停止コードと、パラシュート開放コード! あと空戦型出して!!」
 待機していた空戦タイプが飛翔し、それを確認したうえでサラが言葉を発する。
「はい。……コード送信!!」
 幾何学模様が赤色の輝きを描いていたその球体表面から光が消えた。と、同時に落下が始まり、その一秒後にはパラシュートが展開される。
『ふぅぇぇぇぇぇぇぇえ……』
 半ば目の回ったアリサが体をシートに預けて、意味のわからない言葉を上げていた。そんなアリサをモニター越しに見たシュンはポツリと。
「やっぱ駄目か」
「やっぱ、ってシュン隊長?!」
「いやサラ君、そう怒らないで。あれはさ、誰にも使えないってんで欧州軍を片っ端からたらいまわしにされた挙句にここに来たやつなんだよ。ほらアリサ君だって天才的なパイロットだけど、彼女に匹敵するパイロットだって中には居るわけだし」
「そうですよね。姉さん経由で聞いたんですけど、あのG−Unit(グラビティ・ユニット)を扱えたのはたった一人だそうです」
「……たった一人? それって一体……」
「皆さんが毎日のように見ている人ですよ」
 そう言ってレイナは、うまく言ったとばかりに笑って見せた。

「EX……級?」
 今にも死にそうなほど青ざめていたアリサも今は元に戻り、お茶――何故か煎茶――を飲んでいる。その顔には興味がありありと見て取れる。
 逆にレイナは生き生きとしてその問いに答える。
「そう。ナデシコが火星から持ってきた機体と、それを元に作り上げた最新鋭エステバリス<デュアル>。それを今度こっちに持ってこようって話があるって聞いたのよ……使える人間が居れば即投入って条件で」
「それが……今日のあのむちゃくちゃなのとどういう関係があるのよ?」
「EX01……それについていた推進器のコピー。連合の人たちが渡せ渡せってうるさいから使える人間が居たら貸与するって言っちゃったらしいの。で、アレがテスト用の65%出力品」
「で、全滅?」
「そ。制御ソフトも随分とレベルアップしているらしいんだけど、いまだに誰も使えないのよ」
「ふ〜〜ん……あれ? 姉さんとシュン隊長……どこ言ったのかしら」
「アリサが寝ている間に隣に行ったみたいだけど? 何でも今日、面白いイベントがあるのを思い出したとかシュンさんが言い出して」


「な、なな、なんで!! 何でこんな事になっているんですかっ!!」
 慌てふためいたサラ。
 普段のお姉さんと言った雰囲気はどこへやら、見ていて面白いほどの慌てよう。
「アキトさんもアキトさんです!! どうしてあんな子供と腕を組んでっ!? というかひとつのパフェを二人でっ?! イヤァーッ、お姫様だっこっ?!?」
「……見てて飽きないな、これは」
「あ、シュンさんも思いますか」
 そう言いつつも、誰もが画面から目を離さない。
 写っているのはアキト&メティ。暴走しないようにとミリア&ナオもついでっぽく見張っている。と言うことは、件の二人も映るわけで。
「って言うか、誰ですか、この美少女!! こんなのがもしアキトさんの目に映ったらっ?!」
「あ、それは大丈夫。これトウヤだから
 きっかり二秒、沈黙して再起動。そして呆けた表情のままサラとシュンが口にする。
「え?」
「何?」
 そして、画面を再度食い入るように見る。
「ほ、本当だ……」
「そ、そんな……男に負けるなんて……」
 それはある意味、自分の母親が男だったと聞かされるよりもショッキングな映像だったかもしれない。



 それでは、昨日の説明から入ろう。



「ハーリー君、ラピスちゃんおはよう!」
「メティ、おはよう!!」
「おはようございます、メティさん」
 普段大人の中に居るからか、その分遠慮の無い親しみの情を加えた笑みを浮かべるラピス。しかし、ちゃんと敬語を話すハーリー……もしかしら一番の苦労性は彼かもしれない。
 そんな事はさておいて。
「あれ? 今日……ミリアさんは?」
「お姉ちゃん? んふふふふふ……知りたい? ね、知りたい?」
「メティ、うれしそう……何があるの?」
ちょーーーーーっと、ナオさんに頼まれてね。お父さん過保護だし、お姉ちゃんホントに箱入りだからね。このくらいはしてもいいと思ったの♪」
「「?」」
 さっぱり要領を得ない。
 彼女はいったい何を言おうとしているのか?
「実はね……あ、ナオさん来たよ。あっちを見てた方が面白いかも。……タイミングを見計らって、ね」

「アキト、喜んでくれっ!!」
 そう言わえれても、サブロウタ相手に組み手の訓練をしているアキト。「何をっ?!」とツッコミたいのは山々だが、しかし目線を変えず、前を向いたまま答えた。ちなみにサブロウタ、基地にではトップの地位を確立し隣に行けと追い出された果てでもある。
「……何をです? サボり魔のヤガミさん」
「本当っすね、今日の訓練は……ヤガミさんの番じゃなかったんですか?」
 口をそろえてアキトとサブロウタ。
 アキトには余裕があるが、サブロウタは最早陥落寸前の堤防と言った風情だ。額から流れ出る汗が止まらない。手に持った棍が本当に自分の手にあるのかさえ疑わしいほどの焦りだった。
「……この間の戦闘で入院してた自分のリハビリ相手……なってくれるんじゃなかったんですか?」
「本気でやらなきゃリハビリにならないだろう?」
「……鬼」
 手を拭こうとすれば、その隙に蹴倒される。
 ならば。
「っすらぁっ!」
 単純に、最速の軌跡を描き棍が突き込まれる。真っ直ぐの突き。だからこそかわす事が難しい!
 シュオン!!
 捻り込まれる棍!!
 空気が渦状に巻き込まれる。
 襲い掛かるそれの、巻き込む動きに持っていかれそうになる瞬間を手で叩き潰し、それが引き戻され、向きが直され、襲い掛かる。その三拍の動きでは、突進と突きの二拍の動きには勝てない。
 ぞくり。
 寒気は、喉の皮膚に生えた産毛に拳が触れた瞬間やってきた。
「……参った」

「…で、一体何事ですか? 『体が鈍ると拙いからなぁ、すまんアキト、トレーニングの相手になってくれ』……最初にそう言いだしたのはナオさんだったような気がするんですが……どうでしょう?」
 とても冷たい目でナオを見るアキト。
 しかし浮かれまくったナオは全く気にせず言いたい事を言い続ける。
「ああ、それ、大筋で当たり。でも今日の俺にしてみればものすっごく些細な事! てなわけで聞いてくれアキト!!」
「今度の土曜、ナオさんとミリアさんデートなんだって」
 さらりとラピス。
 隣で引きつった笑いのハーリー。ということはニュースソースは……メティ。
 先に言われたナオは、一瞬唖然とした表情を作り、次の瞬間には復帰して。
「てな訳でアキト、お前にちょいと手ぇ貸して欲しいんだが」
「え?」
「鈍いわねぇアキ君。決まってるじゃない!! ナオさんとミリアさんのデートに暴漢に扮装・乱入してミリアさんの前でナオさんが『いいカッコしい』するのを手伝うのよ。そしてナイトのようにミリアさんを助けるナオさん! そして二人の間に芽生える愛! そしてそのまま一気に……!! キャーーーーっ、ナオさんのエッチ!! ……で、ナオさん。子供は男の子と女の子、どっちが良いの?」
 フミカの言葉に、白い空気の中、白い目がナオに向けられる。
「ちっ、ちがうっ!! ちょっと条件がっ!!」
「……条件?」
「いやさ、ちょっとメティちゃんに橋渡し頼んじゃってな。で、アキト。俺とミリア、お前とメティちゃんでダブルデートって事になるから
 そう言って、焦って滑った口から漏れた言葉が、そのデートにいろいろなものを呼び寄せる一因だったのだろう……。

「そうか、そういう事があったか」
「うん。そうなんだ! でね、メティ今度の土曜にアキトお兄ちゃんとデートなんだよ!」
 と、楽しく話しているのは――ビジュアル的には違和感があるのだが――メティとテツヤだった。少々年の離れた感じがあるが、仲のよい兄妹の様にも見える。
「でも意外よね」
「何がだ?」
「テツヤさんって、どっちかって言うと、子供嫌いって感じだしね」
 ここで、余計な茶々を入れるのは一人しかいないわけだが……。
「そうだな。テツヤなら子供を誘拐して『あんな事やこんな事』をしそうだしな……」
 ちなみに協調したのはナオ。
「……ミリアに俺の知る限りのお前の悪行教えて良いか?
「……面白そうね。アタシにも教えてくんない?」
「ああ、半年前のことなんだが同僚のリサ・ブラウニンに……」

 ザシュッ!!
 最後まで言わせることなくナオの拳がテツヤのスーツを掠め、触れた場所を切っていく。
「……スピードが上がったな」
「アキトの組み手相手やってみな。三日もすればこのくらい出来るようになるぞ」
 互いに「ふふふふふ」とか「ははははは」とか乾いた笑いを上げながら数歩ずつゆっくりと離れていく。
 まだ手は出さない。
 なぜなら前回店の備品を数点壊した際に、二人そろって『ヒドイ目』にあったからだ。この店の最高権力者に。ちなみにこの時点で成人していて、店の契約などが出来たのはフミカのみ。
 フミカ式おしおきすぺしゃる。
 受けた人間は、何故か自発的に記憶喪失になる……孤児院時代にいたずら小僧を懲らしめるために開発したと言う最凶最悪の必殺技だ。ちなみにそれを最初に受けたのはフミカのスカートをめくった7歳の男の子だった。

「……どんな事があったんだろーね、フミカおねーちゃん」
「……きっと恥ずかしい失敗したんでしょうーね、メティちゃん」
 そんな事をぼそりと呟く二人をよそに、軽く拳を握ってガードを固めピーカーブースタイルになるナオと、ヒットマンスタイルを持ち出してきたテツヤのバトルが始まっていた。
 頭を軽く振りながら接近し、牽制のジャブを放つナオ!
 だがテツヤも負けてなど居ない!!
 左腕がフッとかすんだ瞬間、鞭のようにしなった腕が伸び、ナオの顔面を強襲する!!
 だが、ピーカブーは伊達ではない!!
 貝のように完全にガードする!!
「少しは出来るようになったかナオ!!」
「今日はこの俺が勝つ。ミリアへの愛を貫くためにも」
 二人はなおもヒートアップする――。
「どっち勝つと思う?」
「テツヤおにーちゃん。ナオおじちゃんは無理」
 何の気なしにメティが呟いたテツヤ「おにーちゃん」とナオ「おじちゃん」。――とはいえ、メティからすれば大して年の変わらない二人――その言葉には山よりも大きな壁が、谷よりも深い穴が、海よりも遠い隔たりがあった。
 ぐらりと傾くナオ。
 ひゅん……ドムンッ!!
「ふっ……未熟!!」
 ナオはそのまま倒れていった。
「WINNNER・カタオカ・テツヤ!!!」
 本気で楽しそうなフミカ。勝敗の決まった瞬間に大声で宣誓する。……しかし何故かダッシュが妙に慣れた手つきでナオを引っ張っていたのは謎……ではないな、ここでは。
「テツヤおにーちゃん、強い!!」
 そう言って、しがみつくメティの頭をなでながら、何故か遠くを見るような目のテツヤ。
「……さっきの質問だけどさ」
 何となく、いつもの空気が消える。
「俺には妹が居るって言ったよな。……あの馬鹿が……もう一人……『居た』んだよ
「それで、か」
 そういう人間は……あの時、火星で生き残った人間の殆どがそうだった……だから、深く理解できた。
「でもさ、テっちゃん」
「? ……テっちゃん?」
「テツヤだからテっちゃん。んで、人の道は踏み外さないようにね」
 そう言って『いつもの笑み』を浮かべるフミカを目の前に、テツヤは冷や汗を流すのだった。獅子を目の前にしたウサギのような気分……いまだに先日の敗北が心の中を占めている。
 ただ、ばれないようにため息をつくので精一杯だった。

 日が変わり、土曜になった。
 この日が転換点となる。


「んじゃ、行ってくるわ」
「ご免フミ姉、トウヤ。あとお願い」
 そう言いつつ手を合わせながら、上機嫌そのものという顔でアキトを引きずっていくナオ。それをどこか怖い笑顔で見送る面々。
 姿が消えてからフミカが言った。
「さて、作戦を通告します。予定通り(?)今日店は臨時休業。ダッシュ・ラピス組はここに残って本部を。サブロウタ・ハーリー・トウヤは変装し、別ルートから追跡を。……異論は?」
<何でそんなに楽しそうなんですか?>
「人生を楽しむのが長生きのコツよ」
 と言っても、彼女自身まだ20(もうすぐ21)でしかないのだが……。
「テツヤさんは?」
「仕事があるそうよ。それにこんな悪趣味な事はしたくないって。……楽しいのに」
((((<……自覚はあったのか……>))))
 何故か一様にがくっと肩を落とした面々を見てフミカは不思議そうな顔をする。
「あの……僕の変装用具が無いんですけど……」
「あ、それなら気にしないで。間違って洗濯しちゃっただけなの。代わりにアタシの貸すから心配しないで」
「……ま、まさか!! 今日この日と言う! イベントの日に!! フミカ姉がここに残った理由は!! フミカ姉ならライブで見るとか言いそうなのに!! 油断したぁぁぁ?!」
「ごめぇ〜とぉ。さぁさぁ、おめかししちゃいましょうね」
 引きずられるトウヤ!!
 そしてフミカの暴走はまだとまらない!!
「あ、そうだサブロウタ君、ついでにハーリー君もやっちゃおう
「了解っす」
「ああっ、サブロウタさん、裏切るんですか?! 僕の気持ちを裏切ったんですか?」
「……なんか錯乱しているなようだが……すまんハーリー……あの物言い、俺の上司にすごく似ていて逆らえないんだ……
 サブロウタのさめざめと流す涙をよそに、トウヤとハーリーはものすごく可愛く仕上がってしまった……。

 デートの定番、といえば映画やライブなどの目で見て楽しむものと、テーマパークやアミューズメントのような体を動かすもの。共通して食事などがある。
 流石のナオもファーストデートに、メティをつれて変則的な場所という事はしなかった。
「そんなわけで遊園地にやってきました!!」
「メティちゃん、誰に言ってるの?」
「ううん、何となくやらなくちゃいけないのかなって思って。ほら、TVとかだとレポーターのお姉さんとかするじゃない」
「それもそうね」
「……そんなもんか?」
「みたいですね」
 何となく奇妙な行動をとるメティに、同意するミリア。アキトもナオも何となく不思議な顔をする。何故か天然姉妹という奇妙なフレーズが脳裏をよぎる。
「じゃ、チケット買ってきますね。メティちゃんとミリアさんはここに居てくださいね」
「え? いや、俺が買ってくるよ。……アキト、こういうところでポイントを稼ぐのは俺の仕事だ……
そ、そうなんですか? ……じゃ、お願いしますねナオさん」
「うん! おじちゃんGO!」
「こらメティ! すみませんヤガミさん」
「……ナオと呼んでって言ってるじゃないかミリア。アキト、後頼むぞ」

「こちらコードネーム「三の字」……テーマパーク『ようせいのくに』入り口にてターゲット確認、オーバー」
『コードネーム「愉快なお姉さん」了解。チケットの半券を持ってくれば経費として認めるわ、オーバー』
 そう言いつつ、何故か趣味で選んだとしか思えない無線機をポケットに収めるサブロウタ……もちろん変装として金髪のカツラ――不思議と違和感が無い――を被っている。
 何となく気に入ったようで、サブロウタは半ば本当に髪を伸ばそうかと思案していると、地獄の底(距離にして約1メートル50センチ)から声がかかった。
「……サブロウタさんの裏切り者……」
「……フミ姉……嫌だって言ったのに……」

 そこに居たのは、女装させられたハーリーとトウヤ。悲しいかな、本気で似合っている。ついでに言うと、彼らの背後を歩いているカップルは必ず男の腕を、女がつねっている。さらに言えば、サブロウタは最初見たとき自分自身に「アレは男、自分はノーマル」と言い聞かせたという、どうでもいい事実がある。
 だからサブロウタは自己暗示がうまくいったからか、なんの気も無しにさらりとこう言う事が出来た。
「似合ってるから良いんじゃないスか?」

 ――惨劇――
 ――しばらくお待ちください――
 ――清掃中――ええい、くそ、落ちない――

「それにしても隊長……今回の主役はナオさんとミリアさんだって言うの分かってるんでしょうか?」
 さらさらのロングヘア(ウィッグ)、シンプルな白のブラウス(詰め物アリ)、嫉妬の目を向けられる細い腰(自前)、すらりと伸びた足に紺のスラックス、薄茶色のスエード。身長のこともあるが、今のトウヤは守ってあげたくなる小動物系美少女だった。
「分かってないからだと思うよ? 第一、いつもトウヤさんたちが言ってるじゃないですか、天然、いつも自然消滅するほど気づかないって」
 こちらはハーリー。花をあしらったカチューシャと、黄色いワンピースにクリーム色のセーターを着、武士の情けのスパッツを着用している。……赤い靴の童謡ではないが、連れて行きたくなるような少女になっていた。
 さらに、今まで一緒に居た男が居なくなったことで、周囲の視線は自然と集まっている。
 ……サブロウタはなぜかテーマパークの事務所で寝ているが、理由はアレであるから気になさらずに。
「あ、中に入ったようです」
「ハーリー君、僕らも行こう……」
 ちなみに彼らが話しているのは日本語であって、回りの人間は英語を話しているからバレることは無い。とても便利だ。だが、注目は集めていた。

「ラピスちゃん……遊園地の警備モニター……どう?」
「ばっちりだよフミカおねーちゃん」
 そこには、楽しそうに笑うフミカと、同じく楽しそうに笑うラピスが居た。その笑いの印象は、何故かよく似ている。
「でもおねーちゃん、何でハーリーとトウヤお兄ちゃん、嫌がったのかな?」
 何で、とは女装のことである。奇しくもサブロウタの言った様に「似合っていたのに」と考えているらしい。
「それはもちろん、恥ずかしかったからじゃない? でも女の子がボーイズファッションとか言って男の子の服を着たりするんだし、男の子がガールズファッションとか言っても良いよね?」
 と、いわれ。――フミカは腐女子ではない――ラピスはつい、ふとした疑問を言ってしまった。
「シュンおじさんやカズシおじさんがやっても?」
 とまあ、なかなかに想像力が拒絶反応を示す事を言ってくれた。
 まあ、普通はそれを「犯罪」というが。
「え?」
<らぴ……す? なにぐあかおjpjがぱ。……Errorが発生しました。20秒経っても再起動しない場合はハードウェアからのリセットを……ぴー……あれ? 何か言ったラピス?>
『こちら三の字……何か今……時間が止まった……ぐふっ』
 笑ったような、そうでなかったような。楽しい時間だった。

 ここまで見て、サラとシュンが来たことになる。


「あ、そっちに午前中の分在るから、今のうちに見といたら?」
 とフミカの指差す向こうに「進呈用」と書かれた一枚のディスクが。
「じゃ、お言葉に甘えて」
 そう言いながら、かけらも遠慮などしていないシュン。
 サラもまた、ハゲタカの様な目でそのディスクを睨んでいたりする。
 とりあえずの、再生が始まった。


 楽しそうに笑いながら、アキトの腕を引っ張っていくメティ。ちょっと恥ずかしいかな、と思いながらアキトも楽しそうに笑っていたりする。
「ね、アキトお兄ちゃん、アレ乗ろう、アレ!」
「……って、ジェットコースターか……」
「嫌なの?」
「嫌じゃないって! うん、好きだよすっごく!」
「じゃ、いこっ!」
 楽しそうに、アキトの手を持って引っ張っていく。
 しかし一方のカップル(?)は。
「今日は空いていますねヤガミさん」
「そうだなミリア……。どうする、四人だと乗れたり乗れ無かったりだから、あっちはアキトに任せて待ち合わせを決めて俺たちは別行動しないか?
 それとなーく(ナオ主観)別行動をとろうとする。
 けれど。
「おねえちゃーん、早く行こうよーっ!!」
「はいはい。今行くわ」
 とまあ、こんな具合で。
「ムム……焦りすぎたか」
 などと言っている始末である。
 とりあえずナオはついていき、列の最後尾に並ぶ。とはいえ列もそう長いものではない。だからか、ミリアはそれを疑問に思ったらしい。
「? 今日は空いていますね。どうしたんでしょう?」
「ま、平和になってきたといってもまだ戦時中だからな。そうおいそれとこんな所に集まれないんだよ。ほら、今予約制になってるの知らない?」
「そう、なんですか?」
「でも、ここに人が居るのは平和って事なんだろうけどね…」
 遊園地に人が集まる。とすれば木製蜥蜴の飛来する可能性も捨てきれないため、現在は規模縮小、または入場者数を制限することも珍しくない。入場者が過剰になり、避難が困難にならないための苦肉の策だ。
 もっとも、これは経営者の良識に任されているため、後々、付近住民に吊るし上げを食らう者が居ることも確かだが……。

「エヘヘ。もう乗れるね」
「そ、だね」
「アキトお兄ちゃん? もしかして怖いの?」
「いや、怖くは無いんだけどさ」
 苦笑して誤魔化そうとする。
 アキトの乗るヴィンツブラウトは、もはや原形をとどめないほどにカスタムされた機体であり、その空中機動はジェットコースターどころか、重力制御法開発以前の宇宙飛行士の訓練を超えるものである。怖さなど気にならない。
 では何を気にしているのだろうか。


「……ジェットコースターですか」
 と、サラがジト目で画面を食い入るように見ている。
「定番だと思うけどな」
「甘いわよシュンさん! ジェットコースターなんて口実に過ぎないの! 事実はキャーとか言いながら密着するための必殺技よ!」
「……まだ子供だと思うが?」
「子供だから、よ? 敵との年齢差を考えたら今のうちから意識させるくらいのことに出ないと」
 などと言うフミカ。
 サラなど、視線を変えずにメモをとっていたりする。
 事実、メティはアキトの腕に自分の腕を絡め、しかしミリアはナオに触れずに楽しそうに悲鳴をあげている。
「ナオさん、空回りしていますね……」
「ああ。……哀れだ」

「……」
「あら? どうしたのラピスちゃん」
「……アレ」
 そこに映っていたのは、トウヤとハーリー。しかしトウヤが乗り込み、降りてきたアキト達を見失わないようにとハーリーは地上で留守番している。
 ……とまあ、現状を簡単に言えば、トウヤの横に座っていた男性の顔に「グーパンチの跡」がついていて、いい感じに白目をむいている…と言う事だろうか?
「……何があったんだろ?」
「いや、そう言われても……」
「説明に困るわよね?」
「でも、何があったのか簡単に想像つきますよ」
 そこで彼らは頭を抱えた。


 ジェットコースターに始まってホラーハウス、ミラーラビリンス、バイキング。何故か平気な三人をよそに、一人疲労したナオ。と、その跡に転々と残る謎の失神男性「群」。
 いまだに目を覚まさないサブロウタをよそに、不思議と平和に午前が過ぎ、昼食となった。
「……ちょっと甘すぎないかな?」
「えー? このくらい普通だよ」
「でもこのデコレートはやりすぎじゃ……」
「いいの! せっかくここで一番大きいの頼んだんだから!」
 アキトとメティ。メティが押し切ったために二人で一つのパフェ(30分完食挑戦用・通称バケツパフェ)を食べている。それを羨ましそうに見ながらナオはステーキセット、ミリアは飲茶セットを食べている。
 時たま「はい」とか「あーん」とか聞こえるたびにナオの皿から耳障りな音がするような気がするが、誰もがナオのサングラスの奥の輝きに口を紡いでしまう。食器の命は、風前の灯だった。


「どうだったミリア? 今日のデートはさ?」
「楽しかったです」
 何となく、見ている人間の方が嬉しくなってくるような笑みを浮かべて答えてくれるミリア。ナオは、ミリアを好きになって本当によかったと思っている。
「どうだった、メティちゃん」
「うん、すっごく楽しかった♪」
 とても嬉しそうに、ひまわりのような笑みを浮かべるメティ。見ているとこちらの心にかかったもやを払ってくれそうなほどに明るい笑顔。
 ……まあ、ナオの心の中にアキトに対して「何ではぐれなかった?!」という……どす黒いモノがあったのは内緒だ。


 しかし祭りは終わり、世界は暗転する。



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