機動戦艦ナデシコ<黒>
西欧編第四話 銃声の告げる、日々の終わり。



 アジア大陸からヨーロッパ大陸へ。

 極東、もしくは西太平洋を飛び立った二隻の船は今、西アジア上空を飛んでいた。
 大気圏内を高速で飛行する事で無人兵器を刺激する可能性があることと、ならばと一時大気圏外に出ようにもビッグバリアを解除する危険性は犯せない。
 ゆえに、最新鋭戦艦といえど、それほどの高速飛行はできなかった。
 しかし、時間と言うものは有効に使わなければならない。

 スタン!
 と、軽く音をたてて横にしたエステバリスの腹上から飛び降りヤマダ。
「んじゃ後は頼むぜ、ウリバタケさんよ」
「おう、任せとけ! きっちり仕上げた上に『秘密ウェポン』載っけといてやらぁ」
 秘密…うぇぽん?
 メガネが光り、目が見えない。しかし何を考えているかはよく分かる。
「そいつぁカンベン!」
 言って逃げ出すヤマダだった。
 しかしその場に残ったものもいる。

 開かれた手を握らせると、微妙に指先が重いように感じられた。左手も動かして、その差がより明確である事を感覚で知る。
「おいウリバタケ、右手の人差し指の反応が鈍いぞ! ライフルが撃てなくなったらどうするつもりだ!」
「あ? トリガー引く分にゃそれで十分だ! とりあえずはそれで行け!」
 と、リョーコの言葉にウリバタケが怒鳴り返す。
 これから戦場へと行こうというのだ、妥協など、どちらにしても出来るはずが無い。パイロットの操作を優先とするか、機体の安定性を優先するかと言う重要な問題だとしても。
 だからこそ、他の機体からも声がかかる。
「ウリバタケ君、こっちも見てもらいたいんだけど……」
「俺のほうが先だ、キザロンゲは後にしとけ!」
「アカツキがキザロンゲなのは最初っからだ! いまさら言うことでもねえだろ!」
「き、キザ……そんな…」
 なにやらダメージを負ったようである。
「今度のライフルは今までのよりも出力を上げてある! その分トリガーも重くしてあるんだ! いいな、それ以上指の圧力いじるんじゃねえぞ!」

 ベベン♪ ベンベン♪
 三味線を一心不乱に爪弾く、ある意味怖いイズミを放っておいて、ほかのパイロットはくつろいでいた。もっとも、日本刀の手入れをしているシュウエイの近くには誰も居ないが。
「うふ、うふふふふふふふふふふ」
「く、くくくくくくくく……くっくっくっくっく……」
 このように含み笑いをしていればなおさらだ。
 とすれば、くつろいでいるパイロットなど二人しか居ない。
「いいのヤマダ君? 向こうに居なくってさ?」
「だからガイだっての。……機体ならウリバタケに任せてあるしよ、俺はイメージトレーニングで十分だ」
 そう言いながら、見慣れたディスクを取り出して見せる。
「ヒカルも来るか?」
「ん、いいよ」

「オモイカネ、転送」
<了解、ルリ>
「ん? ルリルリどうしたの?」
「ミナトさん……その、ウリバタケさんに報告する事があっただけです
「そぉなの」
「はい」
 重ねて言うが、このナデシコにおいて、いまだに一組もカップルは誕生していない。
「でも、たのしそうね?」
「ちょっと、楽しいです」
 報告内容は複雑に暗号化されており、暗号化キーを持つウリバタケ以外には解読不能だ。
 ……何をしているかと言う突っ込みは、誰も入れなかった。

「艦長代理、西欧軍事エリアに入りました。識別コード再送信します」
「うん、そうして」
 半ば上の空で言いつつ、ジュンが読んでいるのは「複数地域にまたがる戦闘行為のイロハ」と書かれている教本だった。この舞台に上がる緊張に、彼の心臓は早鐘のように打ち鳴らされていた。
 ほんの少しの時間が過ぎ、返信が帰ってくる。
 映し出されたのは、責任者と言うには少々年若い男。ただ、なぜか第一印象が『男くさくてごつい…ジュン』という……つまり影が薄い男だったと言うわけだ。
『コード、確認。ナデシコ、およびカグヤ二隻を認識しました。現在こちらでは責任者不在のため私、タカバ・カズシ大尉が応対させていただきます』
「僕がナデシコ副艦長のアオイ・ジュンです。艦長は現在カグヤにオブザーバーとして乗艦していますので、現在は僕が責任者となります」
 しばしの時が流れ。
 ふと、同時に漏らした。
「苦労されているんですね」
「苦労しているんだな」
「まあ、諦めていますから」
「もう諦めているよ」
 このとき、ジュンとカズシの間に友情が結ばれたかは確かではない。
 ただ、何かが通じ合った事は確からしい。

『……まあ、そこから24キロほど北北西に行ったところに避難経路がある。そこに木星蜥蜴が近づかないように護衛をして貰いたい』
「了解しました!」
 そう言いつつ敬礼をするジュン。
 染まりつつあるようだが、いまだに軍人気質は抜け切っていないらしい。

 単に哨戒だけならば良かったと思えるだろう。
 しかし、ここは戦場だ。
 それも、後方には難民たちがいる……正に背水の陣……。
『これよりわがナデシコ艦隊は』
『カグヤ艦隊です!』
 カグヤのブリッジで言い合う二人に、ほかのメンバーは顔を引きつらせている。
 互いに何年もの鬱積した感情をこの数日で吐き出し続けていると言うのに、いまだに終わりが見えていないのだ。
 何とかナデシコに戻ってきたメンバーは重大な命令があるかもしれないと、音声をカットする事も出来ずにこの痴話げんかを観戦する羽目になっていた。
「……まだ言い合ってるの?」
「そのようです。艦隊名がどちらかなんていいと思うんですが……あの二人にとっては違うようです」
 ことさら自分は無関係だ、と素っ気無い態度をとるルリだったが、それだからこそか、ミナトは目ざとくそれを見つけた。つい、と指差す。
「あら? ルリちゃん……それ、どうしたのかな?」
「ちょっと、唇が荒れたものですから……」
 そう言って、恥ずかしそうに口元を手で隠す。
「リップね。でもほんのり桜色♪ テンカワ君に会いに行くの、そんなに楽しみなのかな〜♪」
 ギロリ×2
 殺気をブレンドした瘴気が漂ってくる。
 カグヤ側のブリッジクルーが本気で可哀相だ。
「……ミナトさん、不用意な発言はよしてください。購買部にこれしかなかったんです」
「……そ、そう」
「それに、そういう事分かりません。私、少女ですから」
 と、いつも通りのきめ台詞を言って、他のメンバーの目が逸れたころ、ようやくルリは一滴だけ汗を流した。
 また艦長席には「代理」と書かれたタスキをかけたジュンが、焦ったように参考書を読んでいる姿があるだけだった。

 瞬間、前兆も無く衝撃が襲った。

 地上に展開していたからだろう、彼らは無事だったが、ナデシコなどは言葉通り傾いでいた。もう遠くに、ほんの僅かだけ、ナデシコのフィールドに弾かれ、幾条にも分断されたグラビティブラストの光が見えていた。
 目に見えて、中に居るものは自分の体自身でナデシコが揺らいでいくのを感じ取った。だんだんと右側が下にずれていくのだ。
 ジュンは何とか体を艦長席に固定すると操舵士へと言葉を飛ばした。
「うわああああ? 艦体制御! エリナさん、ナデシコを水平に!!」
「やってるわよ! ……何やってるのウリバタケ! 右の出力落ちてるわよ!」
 だが、止らない! このエンジン出力の低下はただ事ではない!
『やかましい! それはそっちで面倒見ろ! こっちは今、電源のリバースで…『バヂィッ!』…オイ、今の音は何だ!』
『4番送電ケーブル断線、予備ケーブルにバイパスを通します!』
『ああ、とっととやれ! てな訳だ。航行免許取得プログラムにエンジントラブルの対処ってのがあったはずだ、そっちを思い出してくれ。こっちはナデシコが吹っ飛ばないようにするので手一杯だ。……ジュン、いいか、欲張んなよ!』
「欲張るなって、何を?」
 そう言って何か命令を、檄を飛ばしながら走り去っていくウリバタケ……しかしジュンは、何を欲張るなと言われたのかがよく分からない。
『攻撃すっか、防御すっか、どっちかにしろって言ってんだよ!』
「どっちかにって……ホシノ君、状況は!」
「フィールド出力低下……いえ、上昇開始……安定まで後10…9…」
 ゴォォォォォォォォォンンン……!!
「出力低下! 持ちません!」

 叫びが……艦を満たした。



 入り口の上にかけられた赤いランプが空気を重くさせている。
 腕にたまった疲れを振り払おうとしているのか、トウヤは歩きながら肩を回している。
「ふぅ……テツヤさんの腕の銃弾摘出、上手くいったよ。フミ姉、こっちは?」
「まだよ。……でもミリアさんも少しは落ち着いたみたいだし……」
 そう言って目を向けた先には、蒼白になったミリアが、おそらくは彼女の信じる神に一心不乱に祈りをささげているのだろう。
 だが、メティの姿が無い。
「メティちゃんは?」
「外。ラピスちゃんがついてるから多分大丈夫だと思うけど……」
 パチッ…。
 僅かな音とともにランプが切れ、ドアが開いた。
 ナオを乗せたベッドを数人の看護婦が運び出そうとしている。
 疲労濃く、血にまみれた手で、老人は厳しい顔をした。
「成功じゃ。後はあやつの気力しだい」
 少なくとも、これで一縷の望みはつながれた。
「そばにいてあげて……良いでしょうか」
「……そうしてやってくれ」
「はい」
 そんなミリアを見て、他の者も自分のすべき事を探し始めた。
「フミ姉はミリアさんを見ていてあげて。あのままじゃ倒れるまでナオさんの所に居かねないから」
「わかったわ。それとトウヤ、あなたはどうするの?」
「街の方に行ってくる。暴動がおきたら……大変だから」
「お願いね」
 肩に手をかけて、有無を言わせず、さっさと行動する。
 ちゅ。
「な、ななななな?!」
「お守りよ。ほっぺにしただけなんだから、そんなに慌てないの♪」
 楽しそうなフミカと、慌てるトウヤ。
 いつもどおりの光景に、ミリアはほんの少しだけ口元を軽く緩めた。
「さってっと、シリアスは終わり! いつも通りの愉快なフミカお姉さんに戻るとしますか!!」
 楽しそうに、高らかに宣言するフミカ。
 ミリアは自分を慰めてくれると思ったようだが、トウヤはそれが本気で、それが自分に降りかかる事を知って憂鬱になってしまった。まあ……ほんの少しだけ嬉しくもあったが。



「ナオさんの手術、上手くいったんだって」
「……よかった」
 ハーリーの言葉に、しかしメティは浮かない表情を作る。
「どうしたんですかメティさん? ナオさん助かったんですよ」
「何もできなかった」
「え?」
「何も出来なかったの! 変な男の人達に囲まれて! 連れて行かれて! お父さんが死んだって! ……ナオおじちゃんが撃たれたって……何も、出来なかった……」
 涙を流しながら、泣いた。
 だから、ラピスは怒った。
「……生きてるんだから、いいじゃない」
 普段の彼女にない、強い怒りの声。
「ラピス、ちゃん?」
「生きてるんだから良いじゃない!! 遺伝子改造がどれだけ怖いか知ってるの?! たくさんいた友達が、何時の間にかいなくなっていて! どうなったか何も分からない!! 自分だって明日にどうなるかわからないの! 生きてるだけでどんなに幸せか分かるの!?」
 涙を流しながら、髪を振り乱しながら叫ぶラピスの……本心。
 凍っていた心が溶けたからこそ……知ってしまったからこその……嘆きの叫び。
「僕だって同じですよ。……でも今、やりたいことがあって、夢があって、好きな人がいるんです。悲しいです。でも、嬉しいんです」
 けれどハーリーは、笑って見せた。
 周りを見ながら、微笑んだ。
「ここにきて一月ちょっと。でも今までで一番楽しいんです」
 背伸びするわけでもなく、自分のスタンスで立っていた。彼も、成長しているのだ。
「ハーリーも言うようになったじゃない。でもそんなに楽しいの? ……いじめられるのが?」
「はうっ?」
 こんなところでラピスのツッコミにカクンとなるあたり、ご両親はどう思うだろうか?
「あは…あはははははははっ♪」
「……メティ、やっと笑ったね」
「まあ……僕が不幸でも良いんですけどね、みんなが笑ってくれるなら……はぁ……」




 テツヤはダッシュをつき合わせて地図を覗き込んでいた。
 このあたり一帯が記された、一枚の地図を。
「……分かるか?」
<ん〜〜〜、この範囲の中、くらいしか……これ以上は、ラピスやハーリーの手を借りないと……でも、今はちょっと……>
 そう言いながら、丸で囲んでみせる。大きさはおおよそ直径5キロ。
 木星蜥蜴との激戦で破壊された廃棄地区であり、無人であるはずの街に、エネルギーラインがあるという。完全な特定はさすがのダッシュでも無理だが、それをここまで特定したのは流石だ。
「それでいい」
 地図の中、幾つかの廃ビルに目を止めながら……懐に仕舞いこみ、そのまま動きを留めた。内ポケットからこのまま銃が抜ける位置で。
「何をしてるんですか、テツヤさん、ダッシュ」
 緊迫する空気。
 黒い人影。それは、物語の中にある暗殺者の姿を髣髴とさせる。実際にはバイク乗りの着るようなツナギ、だが要所要所にプロテクターが組み込まれ、心臓をかばう位置にナイフを鞘ごと挿していた。防具ということではなく、衝撃緩和のためのヘッドギアをつけてもいる。
「テンカワか」
<……アキトさん? どうしたんです、そんな格好して>
「それはこっちの台詞だよ。ダッシュもテツヤさんもどうしたんですか?」
「……事態は既に俺の手から離れた。だが俺は、俺なりのけじめをつけに行く。それだけだ」
 そう言って、暗がりの中ナオのサングラスをかける。
 その意味は……。
 それを理解したアキトは声をかける。
「敵討ちには早いですよ、手術は無事成功しましたし。今は、ここを守るほうが良いでしょう」
「だが、守りに入ればやられるだけだ。暗殺者は防げない。こちらが防御に入ればいずれ消耗戦に入って負けだ」
 言いつつ、ホルダーにマガジンを追加する。ただ、中に詰められた銃弾の種類までは識別できない
 しかし彼の決意はわかる。
 巣穴に閉じこもっても、いつかは狩られるだけ。
 ならば、機先を制し、毒蛇の頭を潰すのみ。
「……あの女は、何者なんですか? トウヤから聞いた分では知り合いらしいですけど」
「昔の女だ。それ以上のものは無い」
 にべも無く話を切り捨てる。
 決意は固く、既に武装を終えたテツヤは歩き出した。
 だからアキトは、声を上げた。
「この件が終わったら、俺の知る限りを教えます! 必ず戻って来てください!!」
 ただ男は、声を返す訳でもなく、手を挙げるでもなく、決意を抱いて歩き始めた。
 強く、ただ強く大地を踏みしめて。

 その後ろ姿が視界から消え、アキトは本題を切り出した。
「ダッシュ。今のうちに少しでも数を減らしておこうと思ってさ……手を貸してくれないか」
 顔だけでヴィンツブラウトを指し示す。
 いつの間に持ち出したのか、拠点型を積み込んだキャリアも。
<拠点型の扱いはトウヤさんの方が適任かと>
「アイツは、戦場で学んだ医学がある。今回は後方にいてもらうさ。どれだけ怪我人が出るか分からない。それに避難しきれるかどうかの瀬戸際だ、道は少しでも広いほうが良い。早いほうが良い」
<分かりました。けれど忘れないでくださいよ? 僕は今、本気では動けないんですから>
「分かってる。あっちだろ?」
<そうそ。ラピス達のこともあるし、向こうの事もあるからねぇ>
「サポートだけで良いさ。……ダッシュ、行くぞ!」


 それは今、戦場の中にあった。
 拠点型砲戦フレーム改。
 電源供給の困難な戦場においての作戦行動のために開発された機体。内燃機関を搭載し、その出力の恩恵に与れることから防御力・攻撃力は非常に高い。だが、その機動性は貧弱の一言に尽きる。
<うわああああああああ>
 とまあ、操縦しているAIが悲鳴をあげるほどに。もっとも、彼ほど人間に近い人格を、表現力を有するAIは他に居ないが。
「ダッシュ、逃げるな! そいつらの攻撃程度じゃフィールドは破れない!! とりあえずこっちにもう少しまわせ!」
<そんな事言ってもぉぉぉ!>
 集中砲火を浴びる拠点型。
 いくら人間よりもはるかに高い情報処理能力を持つコンピュータといえど、戦場という空間の、計算だけでは成り立たない行動は制限される。
 ヴィンツブラウト。
 強力である事を第一に作られた、現在稼動する地球兵器で最高の攻撃力を誇る機体。
「ダッシュ、フィールド強化!! 今そっちに行くから持ちこたえろ!! ……邪魔だ虫共! 収束しろ刃!!
 叫びとともに、DFSを起点としてフィールドが圧縮されていく。しかしその形状はもはや刃ではない。それは、球体。
 それは帯電し、火花を散らせながらゆっくりと離れ始める。
 すばやく左腕を上げ、サブのDFSを二基同時に発動させ、まるで盾のように構えた!
渦巻く力よ、今この時より解放され、その内にある破壊の力を解放せよ!! 極・覇黒衝!!
 叫びとともに、前方のみに開放された力は、収束された力は球体の前方にのみ砕け散っていく。欠片は天へ大地へと飛来し突き刺さる。しかし結束を解かれた力はやがて消えうせる。
 力を失う前に、前方に存在していた敵の姿とともに。
 キシ……キィンッ!!
 あっけない音を立て、燃え上がり、崩れ去るDFS。
「チッ! やっぱり持たないか!!」
 言いつつ、サブのDFSを二基共に投げ捨てる。
<DFSの…散弾銃?!>
 ダッシュの叫びとどちらが早かったか?
 敵はより脅威となる存在を見つけ、地上から飛び立っていく。
 計算だけで出来ているはずの知性。
 虫にあってダッシュに無いもの。そしてその逆。
 それは経験によって作り上げられた感情。そして勘。
 ダッシュには虫の群がろうとするそれが、黒い機影がまさしく死に見えた。それを理解できない無人兵器は幸せなのか、不幸なのか。

 硝煙が支配する空間。
 腕の痛みなど、麻酔で鎮めれば誤魔化せるが全身が鈍る。しかしそのままで銃を撃つのは無理がある。
 だがテツヤは精神力のみでここへ来た。
 そして、対峙した。
 エントランスホールで。
「……何のつもりだ?」
 震える手で銃を構え、サイトは角度からすればおそらくは額の中心。距離は20メートルほど。
 視線は虚空を描き、顔からは遠目にも分かるほどに汗が流れている。おそらくは緊張だろう。
 ガチガチと噛み合わない歯が、笑いを誘いかねない。

「答えろ、サイトウ」
 対するテツヤは、片手で銃を構え、心臓に狙いをつける。
「この銃弾には炸薬が仕込んである。当たれば爆発を起こし、お前の半身は砕け散る……答えろ」
 それは、実質上の死刑宣告。
 サイトウはその鬼気から逃げ出そうと、自らを鼓舞しようと声を張り上げた。
「あ、あ、あんたが! あんたが悪いんだ!! ライザを殺そうとするから! ライザを守らなくちゃならないから! おれは、俺は!!」
 その目は、澄み切っていた。
 常軌を逸しているとしか思えないほど、狂気の光が透明なまでに光っていた。
 ドゥンッ!!
 響き渡った銃声は、一つ。
 そして破裂音と共に血飛沫が上がった。
 立っていたのはただ一人、テツヤのみ。

 ヴィンツブラウトの手が「残骸」をすくう。すくったそれは指の隙間から砂のようにさらさらと零れ落ちる。
「……ダッシュ」
<高重力によって組成を引き裂かれたんだと……思うよ。グラビティブラストの直撃を受けたり、DFSで切られたりしたときの残りとそっくりだよ>
 センサーを働かせ、細かに見る。
 エステバリスの頭部だったそれは、今はもう砂になっていた。
「ここに戦艦が来たとか、グラビティブラストの有効範囲になったとかはあるか?」
 地上に砲撃の跡が無いのが目で見ただけで分かるこの状況でありながらも、だからこそ間違えが無いように問うた。
 しかしダッシュの答えは、想像したとおりのものだった。
<ないよ。だからこれは……DFSなんだ>
「そうか」
 ただ、それだけの話。
 今、この時においては。
<あ>
「どうしたダッシュ。燃料切れが近いとかか?」
<違うって。テツヤさんがここの近くに来てるはずなんだ>
 それは昨日の会話。
 戦いの場。
 そしてクリムゾンと言う名前の、彼らにとっての意味。
「……敵が、近いのか?」
<うん、多分……チューリップが二機、近づいてきてる……>
「テツヤさんを引っ張ってくる。……ダッシュ、いざとなったらナデシコに行ってくれ」
<え? でも…>
「大丈夫だ。いざと言うときのための……裏技がある」
 言いつつ、ネルガルのロゴが入った小さなケース。それをポケットに無造作に入れてアキトは降りてしまった。
<ちょ、ちょっと!>
「もしもの時はナデシコに行ってくれ! EX01とエグザ、アイツの力が必要になりかねないからな!」
 そういい捨てて走り出すアキトを見て、ダッシュは当然の疑問に陥った。
 何故、アキトはDFSの痕跡を見てそれを当然と受け入れたのか?
 何故、EX01を必要としているのか?
 そして、何を恐れているのか。
<情報、たんないな>
 彼は何故か、酷くつまらなそうにそう呟いたのだった。

 血が、こぼれた。
 運良く、指は十本全てがある。
 無視するには大きすぎる腕の痛み。それが体をきしませ、ぶれた狙いを戻したときには心臓ではなく、銃口が見えていた。
 銃への発砲、銃弾はまさに銃を破壊し、破裂した。
 ズリズリと、サイトウは這うようにしてホールから通路を奥に進んでいく。
「……死に損なったな、サイトウ。今楽にしてやる……」
 テツヤは必勝を期して近づき、銃口を頭部へとポイントする。重くなり、振り回すには不利となると知りつつもレーザーサイトを組み込んで。
 ヒュ!
 ガッ!
 風を切る音の一瞬後、鈍い音を立ててサイトウの頭が床へと叩き伏せられた。
「……ほど、俺は良心的じゃない」
 顔が、ゆがむ。
「何、でライザを……」
「俺は、かつて家族を殺された。ライザはその光景をもう一度俺に見せようとした。……それは、許せない事だ」
「違う! ライザはそんな女じゃ」
 ド!
 腹に、つま先がめり込む。
 しかし内臓をわざわざ避けるように肋骨を。音からすれば、ヒビくらいは入ったろう。
「違わんさ。……ああ、お前を殺す前に聞いておく事があったな。なぜお前がここにいる?」
「ライザを、守るためだ」
「あの女をか? 悪い冗談だ」
「ライザを悪く言うな!! ライザを!!」
 床に潰れたような格好のまま、喚き散らすその姿は、何かを思い出させようとする。思い出したくない何かを。
「うざったい……死ね」
 撃鉄の上がる音が、寒々しく響いた。
「それ以上はやりすぎだよ、テツヤさん」
 その声に、動きが止る。
 撃鉄は、あがったままだ。
「何故お前がここにいる……テンカワ」
「近くまで来たからだよ。ついでに応援に……テツヤさん、サイトウさんを撃つのはやめた方が良い。……後悔するから」
「後悔? 殺さない方がよっぽど後悔する」
「事の善悪はともかく……サイトウさんは、そのライザという女性を守りたいと思っているだけだ。それは『妹』を守りたいと思うテツヤさんの感情に近いものだと俺は思う」
 場の流れが、変わっていく。
「お前に何がわかる……」
「他人の心なんか分からない。だから推測だよ……不幸にもほとんど同じ体験が俺にもあるからね」
 言葉に、重みがあった。
 この二十にも満たない男は、自分同様の思いをしながらも、受け止めて前進してきたのだ。だから、凍っている自分の心にも届いたのだろう。
 そう、考えるに至った。
「でもさ、話を聞いていて思ったんだけど……そのライザっての、性格悪いよ。きっと見てるんじゃないですかね?」
 そう言いつつ、このホール一帯、もしくは通路を見渡せる位置を探す。
 案の定、ガラスレンズの光沢が壁の中にあった。
「となれば、スピーカーもね。……聞いてるんだろ、オバサン♪」
 普段のフミカを思い出して、声を作ってまで挑発する。
 それが巧を奏したかは知らないがライザの声が聞こえた。
『つっかえない男。面白みも無いしね。……はじめまして、英雄君。声だけで失礼するわね、私がライザよ
「ライザ、貴様!!」
 絶望に唇をわななかせるサイトウと、言いかけたテツヤを腕だけで制し、アキトが口を開いた。
「俺は英雄じゃない。ただのコック。それじゃで駄目なら一兵士だ」
『でも言ってるわよ? たった一人で戦局を左右するほどの英雄。じゃなきゃ勇者だってね』
「そうだったら嬉しいけどね。けど俺が本当に勇者なら……とっくにこの戦争を終わらせてるさ。……どんな力を持っていても、俺はただの一兵士。この戦局を変える力を持つのは軍上層部と、経済界の重鎮だけさ
 押し黙る。
 何かを測っているのか?
『あなた、何を知っているの?』
「言う必要は無い。だが、あえて言うなら……いや、これは関係ないか……だが俺をこれ以上怒らせるな。抑えが効かなくなる」
 その言葉には、それこそ言葉に出来ない凄みがあった。
 だから、気づかなかった。
『そ、そう。それは残念ね、あなたの本気……見てみたかったけどね』
 自分の声が裏返っている事に。
 カチャ……カタ……
『これはプレゼントよ』
 カタカタ…カチャカチャ……カチャカチャカチャ……!!!!
 激しく足を振り回し、通路を埋め尽くさんと言う勢いで通路を挟み込む無人兵器。ホール側への脱出口は既に塞がれ、壁を破壊するような時間も無い。
「な、なに言ってるんだよライザ……なあ、これは一体何の冗談なんだ? ……なあ、ライザ……なあ!?」
『うざったいオトコ。……まあ、それなりに楽しかったわよ。それなりに、ね』
「ライザ? おいライザ!?」
 ゴッ!!
「う、ああ……な、何をするんだ!!」
「目を覚ませ! お前は利用されていたんだよ、あの女にな!」
「そんな、ライザは……ライザは……」
 カチャカチャ……カチャ……
 血を口から流し、唾なのか、血なのか分からないそれを飛ばしてサイトウは……涙を流した。喚き、床を叩き、あまりに泥臭く、本当に人間らしく。
 しかし、無機質な死の足音が止る事はない。
 意を……決する。
「……テツヤさん、サイトウさん。巻き込まれると確実に死にます。もっと俺の近くに寄ってください。ああ、触れないように気をつけてよ」
 言いつつ、ヴィンツのコクピットから持ち出したケースを開封する。出てきたのは、片手に一杯と言う蒼い、涙の形をした蒼い石。
「なにを、する気だ?」
「裏技ですよ」
 音がした。
 高く澄んだ、しかし怖気を誘う音が。
 光を放った。
 青く澄んだ、常軌を逸した不可思議な光が。

 アキトが同時にそれを無人兵器の群れの中央に放った時、そこには言葉どおり、無人兵器だけではなく、壁も、床も、天井さえもが完全な球形に消失していた。
『な、何を?! いったい何をしたのよ!』
「さてね。……テツヤさんはサイトウさんを連れて戻ってください。ダッシュに会ったらそのままシュンさんの所へ。俺は俺なりにやる事が出来ましたから」
「何をする気だ?」
 問うテツヤ…しかしアキトは背を向けたまま答えた。
「木星蜥蜴との関わり……奴の情報を聞き出すんです。ここは『裏』ですから。あ、それとこれを」
「?」
「コミュニケっていう、新型の通信機です。持っていてください」
「ああ。……しかし奴だと?」
「世界にとって、取るに足らない、しかし俺にとって最大の敵」
 言って、手をひらひらと振って見せる。
 振り返りもせずに、今度はアキトが歩いていった。
 わずかな時間が経ち、テツヤはサイトウに顔を向けることなく、しかし声を向けた。
「外に出る。……できるな?」
「まだあんたを殴っていない……死ぬものか……」




「休みが、……欲しい」
「ワシも……じゃ」
 などと呟くのはトウヤと爺さん。机に散らばるのは書き込みがされた何十枚ものカルテ。医者さえ逃げ出したこの街で、心得があるのはもうこの二人ぐらいのものなのだ。
「はいはい。そんな事言ってる暇があったら次の患者さんを見に行く!」
『こちらサラ。負傷者がこれから7人、そちらに搬送されます』
「フミ姉……サラさんごめん、もうダメ……」
「みぃ、とぅー」
 言って、何か言うまもなく寝息を立ててしまう。揺すっただけでは起きない。
「……仕方ないか。ま、この状況じゃあね」
 避難勧告がされてから、動かす事の出来ない患者たちをせめても……と集めた結果がこの医者不足。
 一睡もせずにカルテを引きながら投薬やら処置やら……医療ミスがないのが不思議なくらいである。おそらくは、患者たち自身が自分達の状況を知らされている、ミス対策が浸透しているからであろう。
「仕方ない……濃い目のコーヒーでも……キャアッ?!
「フミ姉の悲鳴!? 太郎さん(*)かっ!」
 跳ね起きるトウヤ!
 さもありなん! 何しろあのフミカの悲鳴! 何かとてつもない事が起きたとしか思えない!!
(*太郎さん:飲食業界での隠語の一つ。深く追求してはいけない。類似語に黒田さんもある)
「……って、ドクター?」
「ドクターではない、爺さんじゃ」
「そう。ならもう棺桶の予約は済んでますね? お爺様?」
 お尻に伸ばされた手は、フミカの手に抑えられていた。
 満面の笑顔。
 ……ただ、背筋が氷でも……ドライアイスでも投げ込まれたかのように冷たかった……。
「フミ姉、怪我人が来るそうだから……お仕置きは後でやって……」
「……助けてくれんのか?」
「僕、自分の命は惜しいです」
「……そう、賢明ね」

 どことなく愉快な悲鳴が、遠くまで響き渡った……。

 あら、と廊下のほうを振り向く。しかし誰もおらず、今の声の主の姿も見えない。
「空耳、かしら?」
 そう考える事にして彼女はベッドのほうへと向き直った。
 横たわるのは一人の男。
 いつもかけているサングラスが無いからか、雰囲気が、印象がずいぶんと変わって見える。
 いっそ静かと言って良いこの世界。
 点滴の音さえ聞こえそうで、眠っている男の寝息も、うっすらと聞こえてくる。
「……気持ちよさそうに眠ってるんですね、ヤガミさん」
 そっと手をとりながら、ミリアは呟いた。

 ぐっ。親指だけを立てて仲間に見せる。
 それをするのはハーリー。立っている場所はナオの病室の前で、懐かしさ漂うスパイアイ(潜望鏡に似た子供のおもちゃ)で室内を覗き込んでいる。
 ……どうやら、二人っきりになったナオとミリアの仲を見るための偵察要員になったらしい。少し離れた階段の踊り場には同じポーズをとるラピスとメティの姿が。
 立ち直るのは良い事だが、少し方向性が違うかもしれない。
 しかし……。
 ばっ、ばばっ。ばばば、ばっ!
 さ、ささ、さささささ、ささっ!
「……ラピスちゃん、何そのブロックサイン
「ちょっと待ってて」
 ば、ばばばばば、ばば、ばばば、ば!
 さささささ。ささ、さささ。さっさっささささ!!
「えーーーーっ?!」
「え、な、なに?! あ、ハーリー君逃げてきた?!」
 なんとハーリーは見事に足音を消しながら、一部の人間たちに「ハーリーダッシュ」と呼ばれるそのダッシュを! ……何気にフミカから仕込まれたようだ。
 そのままハーリーはラピスとメティを抱えて――なんと6歳の腕力で――走り去った。
 そして誰も居ない場所でようやく二人を下ろすと、とんでもない事を言い放った。
「ミリアさんが寝ているナオさんにキスしてた!!」
「えーーーーーっ?!」
「おねえちゃん、大胆……」
 驚愕!
「でもなんでだろ……脈無し、ってみんな言ってたのに……」
「お姉ちゃんを助けて怪我したんでしょ、お姉ちゃん免疫無いからそれでころっといっちゃったのかな……」
「うーーーん」
 そう言えば、とハーリー。
「ナオさんって、ミリアさんと話しているときだけ、何て言うか……無防備になってない?」
「言われてみれば……」
「お姉ちゃんも、案外普通に話してるみたいだし……」
 考え込む。
 しばしの時が経ち、三人同時にひらめいた。
「もしかして……」
「気づいていなかっただけで……」
「とっくに相思相愛だった……」
「「「……とか?」」」
 あまりに子供じみた考え。しかしそれを否定する要素が見当たらない。
 だからこう言うしかなかった。
「奥が深いね……」
 と。

 唇が離れて、自然と言葉が漏れた。
「寝てる間ってのは、やめて欲しいな……」
「起きてたんですね、ナオさん。……ずるいですよ」
 そのまま、どちらとも無く、言葉が途切れてしまう。
 お互いに何かを言おうとするのだが、気まずさが、いや気恥ずかしさが邪魔して話せない。
 それでもナオは言葉にした。
「……大丈夫だったか?」
「ヤガミさんが守ってくれましたから」
「もっと俺に力があれば……親父さんを……」
「ヤガミさんは、私とメティを……守ってくれました……」
 そして流れる……涙。
 お互いに、言葉は無い。
 守れたもの。
 守れなかったもの。
 その全てが重く、心を縛る。
 だからこそナオは、言葉にした。
「これからは……いつだって守ってやる……ナオ、と呼んでくれ」
「……はい……ナオ、さん……」
 そして再び、唇が重なった……。

「あっまいわねえ、みんな! こんな良いシーンを前に居なくなるなんて」
 そう言いながら、患者の容態を確認するためのカメラ映像を見ているのは……もう誰かなど言う必要も無い……彼女であった。
「ナオさん。……今日からあなたも仲間です……」
 涙を――心の中では血の涙を――流すトウヤ、ただ「道連れ」が出来たのは、嬉しそうだったが……。



 ヴィーッヴィーッヴィーッヴィーッ
 レッドランプの点灯と共に警報が鳴り響く。
「エステバリス隊、出る!!」
 その叫びと共に、色とりどりのエステバリスがカタパルトから打ち出されていく。
 戦闘が……始まった。

 周りの人間は「恥ずかしいんじゃないのか?」などと思いつつも本人が気にしていないのだからしょうがない。ヤマダは相変わらずのピンクのエステバリスで戦場を駆け巡っていた。
「スラァァーーーッシュッ!!!」
 両腕に装備された爪を一閃させる毎に無人兵器の「ひらき」がうまれ、地上へと落ちていく。
 ド・ゴォォォン……!!
「おっしゃ、次ぎはどこだぁ!!」
 シールドを肘の方へとスライドさせ、露呈した拳に今度はナックルガードを装備。
「そこだっ!! ガァイ・スーパー・ナッパーーーーッ!!! ふっ、ふは、ふはははははははははははは!! これこそがロボット戦の極みだぜぇ!! ……ぬえぇえ?!」
 突如後頭部に起こる爆発!
 吹き飛ばされかけながらも、シェイクされるコクピットの中で何とか舌を噛まずにすんだヤマダは周りを見渡した。すると、目に映ったのはイエローカラーの機体。つまりは……ヒカル。
「ノってるねえヤマダ君」
「ヤマダじゃねえ! 俺の名はダイゴウジ・ガイだっ! いやそれ以前にヒカル、何で俺を撃った!!」
「いや、ヤマダ君じゃなくて後ろに居たバッタだよ。ちょっとだけ、近かったけど」
「ん、なら仕方ね……ぬああああああ!!???」
「きゃあああああああああああ!!!!」
 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!
 爆煙を上げながらめくれ上がる大地!!
 そして、間に合わせのように転がってくるバッタの残骸。……ただし一機分。
「いやごめんヤマダ君、ライフルが何時の間にかフルオートになってたよ」
「すまねえヒカル、ライフルが新型になってたの忘れてたよ」
「すま……すまね……すま……」
「だぁぁぁぁぁ、やめんかイズミ、こんなトコでギャグ考えんじゃねえ!!」
 雰囲気と言うか、空気を撃ったと考えられなくも無いが……すばらしいまでのチームワークだった。
「まあ……ヤマダ君の憤慨は置いといて」
「置くな! それに俺の名はダイゴウジ・ガイだ!!」
「いや、それはもう良いんだよ」
「良いのか?」
「誰も気にしないし」
「してくれええええええ!!!」
 何か大事なものを失いそうになりながらも絶叫するヤマダ……しかしそれはサラリと流され、アカツキが切り出した。
「西に7キロ。エステバリスの反応がある……誰か行ってみてくれないか? たいした距離じゃなくても、戦線を離れるんだからな。決めておいた方が良い」
「何があるか分からないからな……ダンナに例の船を使ってもらうのは?」
「却下だ。あれはいまだにテスト中……出切ればナデシコの近くにおいておきたい……ヤマダ君とイズミ君の組み合わせでは?」
「俺と駄洒落女がか!」
「ぼろろん♪」
 なぜかコクピットの中でウクレレを鳴らすイズミ……IFSから手を離して良いのか? などと思ってしまうが、機体はそのまま地上に立っているのだから気にすることは無いかもしれない。
 ただ妙に音がいらついている様に聞えるのは何故だろうか?
 しかしヒカルが、自分でも何故だか分からない衝動に突き動かされ口を開こうとしたときだった。
<あの〜すいません、エステバリス一機、怪我人二人、AI一つ。助けてくれませんか?>
 と無線を通し、緊迫感をどこかに置き忘れてきたような声が聞えたのは。


 僅かに時は前後する。

「まったく、何であたしがこんな目に……」
 そう愚痴る男が居た。言わずと知れたムネタケである。
「まあまあ提督、そう怒らずに」
「何言ってるのよ! こんな命令、あたしに死ねと言ってるようなものじゃない!」
 宥めようとするものの、逆に噛み付かれてしまう。
「まあ、待てミスター。……提督、現地球連合軍保持勢力ではチューリップを含む木星蜥蜴に対抗しうる方法は数少ない。特にチューリップの撃破は、それを取り巻く戦艦ならまだしも、チューリップ二機以上の同時破壊はいまだに前例が無い事です」
「そうですね……グラビティブラストを配備するようになっても、チューリップを同時複数撃破と言うのは前例が無い事ですからな」
「しかしナデシコ級二隻がそろえば話は違う。大気圏内での木星戦艦とナデシコはまさに矛盾、しかし二隻のどちらかが盾、どちらかが矛となれば逆に敵を討つ事も容易になる」
「……そうね」
 プロスペクターとゴートの言い訳じみた戦力評に、思い当たることがあるのかムネタケは考え込む。
「あんた達はどう考えるの、去年の首席と次席」
 擬音で表現するならば「にぱっ」と「ギシリ」であろう。
「それはもちろん、新型のフィールド発生機関を積んだカグヤが」
「いえいえ。いまだこのカグヤは実戦試験を行ってません。ここは一つ、歴戦の勇士であるナデシコの防衛能力を信頼して」
 お互い笑顔で相手を褒め称えているものの、腹の中で何を考えているかは見なくても分かる。
「ま、いいわ。新型戦艦を初陣で壊すのもなんだし、ナデシコに盾になってもらいましょうか」
 そう、本気で適当にムネタケは決めたのだった。

 レーダーを見ていたメグミがごくりと唾を飲み込み、震える声で、しかしよく通る声で艦内に居る全ての人間たちに伝えた。
「西北西に127キロ、時速60キロの低速でチューリップが向かってきています。……アオイさん!」
「……これよりナデシコは…難民キャンプ保護のため一時、戦線を移動……提督、許可をお願いします」
 また、ジュンも震える声で。しかし確実に言い放った。

 そしてムネタケは、チューリップは戦力と判断したものを優先的に狙う事。戦力の拡散の愚。足元に人が居る事がどれだけ精神的な枷になるか。……そして、その上で自分の生存確率を計り、言葉を下した。
「ナデシコだけじゃないわ。カグヤも出すわよ」
 と。
「そんな! このキャンプをどうするおつもりですか!」
「このカグヤを戦場へ?! ナデシコ一隻で十分ではありませんの?!」
 しかし。
 元来それほど軍人としての能力に秀でたところの無いムネタケ。それでも親の七光りでここまで出世など出来ようはずは無い。彼にはあるのだ最大の武器「弁舌」が
「ミスマル・ユリカ」
「はい」
「カグヤ・オニキリマル」
「はっ!」
「アンタたち……もしカグヤが一隻だけ残ったとして、それがトカゲの餌に見られない保障はあるの?」
「餌、ですか?」
「トカゲは戦力のあるところ、……そうね、武器とか戦艦とかに優先的に攻撃するのが分かってるわ。それを踏まえた上で質問、ナデシコが居なくなってカグヤ一隻のみ。敵が攻めてきたらどうする気?」
「殲滅しますわ。カグヤにはそれだけの力がありますから」
「ミスマル・ユリカ。あなたの火星でのレポートは見せてもらったわ。宇宙ならいざ知らず、大気圏の中じゃナデシコと敵の差はほとんど無い……そうね」
「はい……」
 気勢をくじかれたユリカを内心嬉しく思うカグヤだが、次の瞬間、はっとした。
「……気づいたみたいね。そう、トカゲは余裕が出てくると広域展開して一気呵成に殲滅をしようとする……あらいやだ。キャンプの人たち、誰も生き残らないわね
 さも今気づいた風に言ってのけるムネタケ……しかしそれは嫌らしく、しかし聞いていた人々全ての耳に、重くのしかかるものだった。
「分かったわね? アタシもまだ死にたくないし、さっさと行くわよ。……ほら、出航命令!」
「はっ! 機動戦艦カグヤ、回頭! 進路北北西! ナデシコの援護に向かう!!」

 

「仕方ない!! ホウショウさん、ナデシコをカグヤの影へ! オニキリマル艦長、攻守変更を要請します!」
「……仕方ない、ですわね」
 ごぉぉぉぉ!!
 激しい音と共に戦艦が沈んでいく。
 グラビティブラストが必殺の一撃を放ったのだ。しかし、沈んだのは木星の無人戦艦。
「早くカグヤの陰に!!」
「分かってますわ! ムラサメ!!」
 ヒステリックなムネタケの叫びを受ける形になってしまったが、それでもカグヤは的確に命令を下していく。
 バシュゥゥゥゥゥゥ!!!
 まるで熱した鉄の上に水をこぼしたように、凄まじい音を立てて切り裂かれるグラビティブラストの黒い軌跡。
 ゴオォォォゥゥゥゥゥゥ!!!
 途切れたその一瞬を狙って解き放たれる、ナデシコのグラビティ・ブラスト!
 ディストーションフィールドに艦内のエネルギー、ほぼ全てを注ぎ込み「盾」となったカグヤと、最低限のフィールドと機動力を確保した上で残りをグラビティブラストに変換するナデシコ。
 現状では、最高の選択だろう。
 そしてそれは改造戦艦との性能差をさらに浮き上がらせる結果ともなった。
 すなわち、連合の誇る戦艦は、ナデシコに敵す事はできないと。そして、もしナデシコに大事あれば、カグヤを当てる事となることを。


 結局……他の面子に後を任せ、比較的バーニア出力に余裕のあるアカツキが拠点型を、ヤマダがヴィンツを担いでナデシコの格納庫に向かう事になった。
 そんな中、周りを駆け回っていた整備士達を隅っこに追いやって、ウリバタケ自らが回転灯を振り回していた。
「おーし、そこに下ろせ!」
 ……ズズゥ……
『行ってもいいか?』
「ヤマダはかまわねえ! だがアカツキ、てめえは駄目だ!」
『何でだい? 機体にダメージはないし、武装は』
 気にもしないアカツキにビシ、とスパナを向けウリバタケは吼えた。
「武装が問題なんだ! 反動がでかすぎて肩の動きが鈍ってる! オイそこらの、手の空いてる奴、予備の空戦にアカツキのアサルトピットつなぎなおせ!」
「了解!!」
 そんな中、ヤマダはアカツキの肩を叩くと。
『んじゃアカツキ、先に行ってるわ』
『……僕の分ぐらいは残しといてくれよ』
『メインディッシュは残しとくさ』
 そう、益体も無い事を言ってカタパルトに乗った。
『これだよ、これ……エステバリス! ダイゴウジ・ガイ、いっきまーす!』
 ……個人の趣味に口をはさむまい。しかし、ゲキゲンガーが出展ではない事は確かだろう……。
 やはりあいつは成長していない、と意見の一致を見たころ、拠点型のハッチがようやく開き、パイロットが居なかった。
「……パイロットが居ない……手品か?」
 そう言いつつ、視界の片隅に映る丸くて白いものに目が行った。
 それはてくてくと言う擬音が似合いそうな歩き方で、ウリバタケの足元まで来ると右手を「よ!」とでも言いたげにあげて見せた。
 そして、口を開いた。
<あー、疲れた>
 言いつつ、「タレ」る。
 静寂が落ちた。
 それは、大勢において、コンピュータの発する音声データではなかったから。
「……AIのセリフじゃねえな」
<ウリバタケさんでしたね、それは人種差別と言うものでは?>
「……AIだろ?」
<……いいんだ、いいんだ……どうせ僕はシリコンのかたまりさ……>
 言い、後ろを向いて「の」の字を書くダッシュ。やがてそれは「へのへのもへじ」を経てなぜか「こっぺぱんのコックさん」になって行く。その後ろ姿を見て、ウリバタケは何時の間にか「改造七つ道具」を構えている自分に気がついた
 そして、ダッシュも気づいた。
<?!>
 激しく動転しながらも、ここはAIとしての、いやコンピュータとしての判断能力がモノを言った!!
 口の中に手を突っ込み、「それ」が何かも確認せずにウリバタケに投げつける!!
 ボフンッ!!
 まるでコントのように真っ白になるウリバタケ。
「な、小麦粉……じゃねえ……あ? お前ら、なんだ、血走った目をして……」
「うおおおおおおおお!!!!」
「兄貴、好きじゃああああ!!」
「ウリバタケ班長、俺を貰ってくれぇぇぇ!!」

 何の脈絡も無く、いきなり展開された「漢達の阿鼻叫喚」……それをやったダッシュの方が全身に汗をかき――ラジエータが水漏れでも起こしたのだろうか――逃げ腰になって、投げつけたカプセルを見る。
『いねすせんせいとくせい。いたずらよう。もちだしげんきん。ふみか』
<ああ、道理で。……って平仮名かい!>
 納得し、その後ズレたツッコミをするダッシュ……彼はその目で、スパナを振りかざし、中枢神経をおかしくさせるほど濃厚なフェロモンを発しているウリバタケの奮闘もしくは死闘を見ながら、途方に暮れるのだった。
<……とりあえず、ブリッジに行こう……ルリさん、て人がいるだろうしさ>
 きっちり、修羅の宴を無視して逃げ出すダッシュ。……全く、AIの進化は、ここまで行くのか……。
 その後方で、
「ふはははははははははははははははは!!! 俺は誰の挑戦でも受ける!!」
 とか、言っていたとか、言わなかったとか。

「でえりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
 赤いエステバリスが、リョーコが、フィールドランサーを手に吼えた!!
 ランサーの発するエネルギーがフィールドを強制的に中和し、そしてランサーの持つ鋭利さが殻の中にこもっていた無人兵器を叩き斬った!!
「リョーコ、やるじゃない。……まるでヤマダ君よ?」
 ぴし。
 そのイズミの言葉が引き金になったか、赤い機体が「ひゅるり」と一瞬落ちた。
「違う!! あれはヒーローの、俺の戦いではない!! 必殺兵器は最後のみ!!」
「そうそう。必殺技は一連の流れに組み込む。ま、ヤマダ君の場合はデタラメ系だから」
「……ダル何とか?」
「……ヲイ」
「まあ、それは良いとして……チューリップは何とかなりそうだよ。さすがナデシコ級の同時展開と言うべきだね」
「あ、チューリップがまた落ちた……」
 戦いの帰趨は、少なくともこの戦場での帰趨は決まった。



 地図がスクリーン上に投影された。
 戦闘が始まる直前から衛星写真が手に入らない。おそらくは戦場を監視するための静止衛星が破壊されたのだろう。だから、新規に作り出された複合ネットワークを持って、ようやく敵の位置と大きさ、数がわかるだけ。
 敵の内実を知ることは出来ない。
「現在においてチューリップは102機。21機の破壊に成功……内13機は連合以外の勢力によって落とされたと思われます」
 サラが信じられないと言う表情で画面を見、シュンやカズシに説明を……説明をしている。
「……アキトか」
「おそらくは。あいつは……何で逃げないんでしょう? この土地に縁もゆかりも無い人間だと言うのに」
「それが若いって事だろ? ……我々も出るぞ!」
「……了解。エステバリス部隊、出撃準備願います」
 一瞬の逡巡を見せたサラを咎める事は無く、シュンは席を外した。
「……カズシ、お前はここで指揮を執っていてくれ」
 とだけ言い残して。

 カタカタ……カチャ……キキ……
「これはまだ…平気か? こっちは……取り替えたほうが無難だな」
「サブロウタ君? 手、貸そうか?」
 ロータスを前に四苦八苦するサブロウタに、レイナが声をかけた。
「いや、いいっすよ。自分の相棒くらい自分で直してやらないと」
 そう言いながらも、整備の手は休めない。
 だからこそ苛ついたようにレイナは声を荒げた。
「整備は整備士の仕事よ。パイロットは休んでなさいよ。これからもう一回避難経路の確保に出なくちゃならないんだから」
「しかし……機密があるんで……」
 しどろもどろになりながらも何とか<蓮華>の秘密は守ろうとする。
「じゃ、仕方ないわね……ま、気が向いたら教えなさい」
「その時は頼むよ」
 言って笑うサブロウタとレイナだった。
 ただサブロウタは気づいていなかった。昔の自分ならこうやって普通に女性と話せなかったことに。
 けれど、そんな空気もそのときまで、サラが走ってくるその時までの物だった。
「みんな聞いてッ! アキトが戦場に!!」
「アキトがなんでっ?!」
「単機で出撃したぁ?!」
 それは、あまりにも突拍子も無い事。だが彼をより知るものにとっては、至極当たり前のように思えたのも事実。
「……大声出さないでくださいよサブロウタさん、アリサ」
 飛んできた唾に顔をしかめさせながらもサラはキーボードを操作して一枚の写真を出す。
 衛星写真だろう。鮮明とは言いがたいが、黒い機体が二体、砕け散ったチューリップ、数えるのも馬鹿らしい鉄の塊の山から別の場所へ移動しようという姿だった。
「レイナ、あなたは何をしていたのよっ?!」
「怒らないでよ……今までの戦闘データのフィルタ処理よ。アキトが新型に乗り換えするから、今までの戦闘データを敵の特性を中心に編纂してたの」
「……新型?」
「アキト本来の機体。あんまり強力なんでネルガルが出し渋ってたやつ」
「強力って……今の機体よりも?!!」
「乗り換えるんだから当然でしょ?」
 疲労からか、眠たげな目で、しかしにやりと。
『……マッド・エンジニア……』
「何か言った?」
「いえ、何も!!」
「……こっちはどうだ?」
 と、聞くものの、レイナは壁にもたれかかり、ずるずると滑り落ちる。半ば以上眠った目は、こう言った後に完全に閉じてしまった。
「おーる、こんぷりーてっど。全機、出動でき……ます」
「感謝する……エステバリス隊、出動ッ!!」


 凛とした声が宣誓した。
「アリサ・ファー・ハーテッド! 行きますッ!!」
 声と共に、エステバリスが凄まじい速度で飛翔する!
 その声に従うかのように、幾つもの機体が同時に飛び立っていく。
 サブロウタは僅かに遅れて、その遅れの原因となった疑念を持ちながらもロータスを大地を滑る様にし、戦場へ消えていった。
「必ず、生きて帰って来い。……現状を教えてくれ!」
「エネルギー供給システム、オールグリーン!」
「戦闘空域、確保! 監視システム完全復旧!!」
「! ……ナデシコとカグヤが7体目のチューリップを落としました! こちらとの連携可能領域まで後170分!」
 見送ったシュンの耳に届いたのは、驚愕せざるを得ない言葉だった。



 無人兵器の残骸の中、十体ほどのエステバリスが立ち尽くしている。特にそのうちの一機などは、バッタをイミディエットナイフで解体、手榴弾を作っている。
 また別の一人が仲間に向かって声を張り上げた。
「ふう……ヘンダーソン隊長、これで何機くらい倒したんでしょうか」
「バッタとジョロ合わせて400と言う所だろう……この地区の住民の避難は確認された。次の戦場までゆっくりと体を休めてくれ。以上だ」
「何とかなったか……はぁ……やっぱりこないだの有給使って旅行にでも行けばよかった。まさかこんな事になるなんて……」
「逃げたきゃ逃げて良いぞ、ヘンリー。流石に今回みたいな時には混戦ではぐれたとでも言えば通じるだろうからな。……ここで死ぬ必要は無い」
「流石にそれは後味悪いでしょう。死にたくないのは確かですけど」
「んじゃ、エステを早くキャリアに乗せて、こんな鉄臭い所からさっさとおさらばしようぜ」
 チャリン……
 金属を打つ音が聞こえた。
「なんだ、今の音は?」
「今確認した! 何かが歩いてこっちにくる。音の大きさからすると、エステバリス以上の大物、二足歩行だ!」
「またあのデビルエステバリスってヤツかよ!」
 目の前に、奇妙な機影が見えた。
 奇妙。
 そう、奇妙な。
 目と口にあたる部分にスリットが入っており、角度が違えば笑い、また泣いているように見える。理由は分からないがそのスリット、片目が潰れており、もう片方からは赤みを帯びた光が漏れ出している。
 人に似ている。
 あくまでも似ている程度。
 だが、より似ているものがある。
 それは仏教観における魔物、餓鬼だ。

「敵だ、ツブセッ!!」
 誰かが叫んだ。
 その声に同調するかのように総攻撃を開始する。
 ミサイルが飛び、炎と衝撃の洗礼を。
 鋼鉄の銃弾が、硝煙によって視界を消した。
 たとえフィールドを張っていたとしても、戦艦クラスであっても滅び去るだけの圧倒的な破壊力。
「見たかトカゲめ!! いくら人型でも、所詮は……何いっ!?」
 かなりの数の弾丸はフィールドによって弾かれたが、それでも強化されたライフル弾は装甲に届き、しかしそこまでだった。

 巻き上げられた土煙。
 硝煙。
 そんなもの全てを超越して、そこにそれはあった。
 急に装甲が溶け出し、銃弾を取り込みながら「どろり」とうねる。
「まさか流体装甲!?」
 ことさらゆっくりと手を伸ばす。
 冗談のように指は五本、人の手によく似ていた。
 だがその掌は墨で塗りたくられたように、インクをこぼしたように黒く、闇が張り付いていた。
「何……だ、これ?」
 恐怖さえ感じることなく、あるいは麻痺し、立ち尽くしたその時、手が、エステバリスに触れた。
 ディストーションフィールドはどうしたのかと言う疑問が浮かぶ。
 しかし、その手は現実にコクピットハッチに触れ、何の痛痒も感じさせず、水の中に入れるかのように貫通させた。
「マー……ティン……おい冗談だろ? ……返事しろよ……マーティン!!」
 ガガガガガガガガガガガガガガ!!
 まさに炎のごとく吐き出される銃弾!!
 恐慌状態に陥った彼らの耳には届かなかった。
「てぬるい」
 と言う、人の声は。




 誰も知らない。
 その鬼の屍を思わせるものが、かつて火星で人々の命を守るために生み出されたものだとは。
 それが、希望を潰えさせたモノだとは。
 これはその時より一つ目の鬼<サイクロプス>と呼ばれる魔物が地上へと現れた時である。



 そして日が変わり、最後の日が来る。


 三日目へ。