機動戦艦ナデシコ<黒>
13.「真実」は一つじゃない→譲れない、たった一つの「真実」
12月10日。
西欧事変、終了す。
同時に西欧の復興が始まる。
12月15日。
にやりと口元が歪んだ。それと共に言葉が口から漏れ出て行く。
「最低のセンスだよアカツキ」
そう言い放つアキトの手中にあるのはクリスマスカード。絵柄は「トナカイが牽くソリにサンタクロースが乗っている」と言う普遍的なものだが、血で染めたかのように完全な赤だ。
これの意味するところ…「赤紙」ということ以外にはありえない。
そして思う……益々激化するであろう戦いのことを……。
カラ……。
何とはなしに窓を開けると、冷たい空気が一斉に入ってきた。身を切るように、ひどく冷たい空気が。
窓から外を見れば、カフェスタイルを意識した自分たちの店はもう姿を消し、無骨なキャリアが二台、妙に大きなコンテナを抱え、朝の空気を振動させている。
「準備は終わったみたいだな」
その光景を見て、ポツリと、口から言葉が漏れた。
「料理人になる、それが俺の夢だった。戦いから逃げることも出来ず、この街にいる理由付けのためだったとは言え……楽しかったな」
なんとなく。
ただ、本当に何となく……寂しさが増したような気がした。
倉庫の中に積み上げられたテーブルを軽く小突き。
「……じゃあな」
そういって、寂しげに、微笑む。そして後ろから声がかかった。
殺気が無いのは分かっている。……だから後ろを取っても放置していたのだが。いや、言葉をかけられるのを待っていたのかもしれない。
「いいのか、アキト」
その声に振り返り、軽く微笑む。
「…シュン隊長か……世話になりましたね」
「いや、世話になったのはこっちのほうだが……本当にこれでいいのか?」
「ええ。これ以上此処に留まる訳にもいきませんから」
その顔は「笑顔と言う名の無表情」に遮られ、表情を見ることは出来ない。
「それに、わざわざ見送りに来ることなんて無いでしょう? あなた方も来る、というんですから」
「分かってたか……」
そこでシュンは苦りきった顔で、隠し事は不要とばかりに言葉を続けた。
「そうだ。もうお前たちは個人として見られていない。EXと呼ばれる兵器群、それを操る人間、そして正規軍の戦艦を上回るオリジナルのナデシコ級。これらが一堂に集まる……そして軍では強制徴兵が既に可決されてしまった」
此処まで言い、一度言葉を切りアキトの顔を見る。
……やはり表情に変化は無い。
「これだけの戦力を一箇所に集中させることに危惧を持つ人間は多い。極東方面軍以外の人材を、それも出来れば思考形態が似ている日系人……つまりは俺やカズシが、西欧方面軍から着任する事になった」
「……俺たちは途中、やる事があるので同道は出来ません。予定だと12月24日、ナデシコが寄港しているサセボドックで合流する予定ですから……」
言いつつ、手を向ける。
拳ではなく、手を広げて。
「……またな」
「ええ」
そう言って、手を合わせた。
――同時間、病院。
ミフネ・トウヤは憔悴していた。
「せんせー、いっちゃやだよー」
「いかないでよー」
「うぇっ、うっうっ…」
なぜならば子供たちが(入院患者)両手両足に張り付いて泣いて引きとめようとしているからだ。……事実、小柄なトウヤは重さに耐えかねて、今にも倒れそうになっている。
……さて。
話は変わるが、通路の角から「右耳にピアス」をした男が熱っぽい視線を投げかけているのは何故だろうか?
……それはさておき。
この病院にも、少なからず医者が帰ってきた事もあり、トウヤがここで医者の真似事をする必要もなくなったのだ。……幾ら腕がいいとはいえ「無免許」の人間が何時までも腕を振るう訳にもいくまい。
「ドクター、何とか……て。ちょっと……」
そこには、腕の良い謎の医者の姿は無かった。
自分の育ての親の、凛々しい姿も無かった。
「けひゃひゃひゃひゃ、わしゃどくたーじゃない、ゆーとろーが」
「うむ。……しかしこのショウコウシュとやら、いけますな」
「紹興洒じゃよ。日本酒と同じ、米から作る酒じゃが……味わいが全く違う。わしはこっちのほうが好きでな」
「いや、これは……しかし、儂のコレクションにある……」
……あったのは、昼間から酒を飲む不良老人の姿だけ……だった。
何か、大切なものを諦めるような気分で……
「ほらみんな、あっちに行こうよ。おやつ作ってあげるからさ」
子供達を連れて逃げ出した。
……さすがに、この光景は子供たちの教育に悪いと判断したからだ。
「……行ったか」
「そのようじゃな」
途端、呂律の回っていなかった二人の口調が一変する。
「しかし良いのか? 儂が付いて行かなくて」
「良いんですよ。……ただ、貴方には別の仕事を頼みたいのです」
「……連盟への橋渡し。それと火星難民たちのこと、か」
「連盟については問題は無いでしょう。しかし、木連の手によって彼らが抱えている火星の難民…彼らの命が脅かされる可能性がありますから」
互いに目を向ける。
その眼光は鋭く、今までの姿が全くの演技であったことが分かる。
シュウエイはその手にEXの起動キーを持ち、それを渡した。アキトの持つものは澄んだ水色をしているが、これはまるで水晶のように透明だ。
「……これを持って行ってほしい」
「? 一体……」
「我々はこれを”コア”と呼んでいます。情報を集積し、中核を為す物として。情報を蓄積したものを”マトリクス・コア”、初期状態のこれは”ブランク・コア”といいますが…いずれ来る真の戦いの為に”紅”の操者に渡してほしい」
「……くれない?」
「超古代の戦の残滓、紅の神獣。貴方たちはそれを”紅鳳”と呼んでいるはずだ。だがそれは完全ではない。……そのための悪あがき……黒の魔獣”龍皇”の目覚める前に、僅かでも力をつけるために」
柳老人は”コア”をその手に取った。
だが、懐疑はある。
「しかし何故じゃ? 紅鳳の操者は連盟の者…主等の敵に回るかも知れんぞ」
シュウエイは言葉を途切らせた。
眉間に深い皺が刻まれ年相応、いやそれ以上の老齢に見えてしまう。
「最悪、龍皇は破壊せねばならない。例え中に操者が居てもだ……<欲望の獣><神の敵><獣の王>……それらを意味する”龍”の名を冠するほどの力を持つのだから」
「……火星で破壊されたと聞いたぞ」
「封印を、ただ仮面を剥ぎ取れば勝った……そして全てを破壊して終わりだ」
その表情から、恐れる様がありありと見て取れた。
そして沈黙が落ちる。
どれほど時間がたっただろうか。
ポツリと言葉が漏れた。
「そう、破壊……全てを……破壊して……終わりだ……何もかもだ!!」
ドガッ!!
叩きつけられた拳からは、そのまま床へと血を零した。
それはまるで……涙のようにも見えた。
そんな重要な会話がされているとは露ほどにも思っていないトウヤは、シューティングゲームのオプションのようにどんどん集まってくる子供たちに困った顔をしていた……が、廊下の途中に設けられている喫煙室を見てひっくり返りそうになった。
威勢良く、聞き覚えのある声と、見覚えのある姿があったからだ。
「さあさ、いらはいいらはい。今日の目玉商品はコレ! この病院において最も性別が疑わしいと言われるミフネ・トウヤの女装写真集だぁ! まずは2000ユーロからっ!」
「2500!」
「3000!」
「3500!!」
「ええい、ちまちまと……5000!!」
……オークションをしていた。
中央に居るのは、とてつもなく良く見知った人物で、最も油断の出来ない、姉のような人物だった。
「ふ……フミ姉……? 一体何を……」
「あーもうっ! よしっ、これだ! 着替え中のも付けちゃおうっ!! ほれ、チラリズムの極致だぁ」
途端、五人ほどが鼻血を吹いて倒れた。
写真は角度的にトウヤには見えない。それが、良くない想像を誘った。
「10000!!」
「15000!!」
「30000!!!」
……このヒートアップする姿を見てトウヤは呆然とする。
この喫煙室に居るのは男性と女性が半々……しかも全員が狂的な熱を持っている。
トウヤは今、自分がどのような顔をしているのか分かっていない。
分かっていたなら、全身に張り付いていた子供たちが「そうっと音を立てないように後ろに下がった」事にも気付いていただろう。
袖をまくり、左腕を露にし、人工皮膚を取り去る。
何処となく生物的な、しかし金属の義手。僅かに聞こえるモーター音……聞こえなくなった頃には、目には見えない糸が伸びていた。
ふらっと幽鬼のように歩く。
喫煙室の中に入る。
翌日、この病室を中心に大規模な修理工事が行なわれることになった。
此処に居合わせた入院患者たちは皆、口をそろえてこう言う。
『いやあ、あのセンセ、怒らせると怖いんですね、知りませんでしたよ』
『しかしフミカさんも、よもやあんな方法で怒りを静めるとは……あな、おそろしや……』
また、修理にきた工員たちは、冗談交じりに壊れた壁同士を押し当てたら取れなくなったことに驚いたと言う……。コレを真空圧着と呼んで良いものやら。
12月20日。
ヒュ…ゥゥ…ウウ…ン…
低く、しかし風を切り裂くように音が鳴る。
僅かな響きが地を伝う。
「震動確認」
「震源地はビッグ・クレーター。表層です」
「……確認。パターン照合……適合なし。無人兵器のジェネレータでも、わが軍の所属機でもありません」
言いつつ士官の一人が振り向き様上官に報告する。
それを聞き上官は命令を下した。
「”衛星”を使え」
「了解。……コール無し。監視衛星の活動休止を確認。目標を確認できず?!」
その驚愕の声に「それこそが」と男は確信した。
監視システムにさえ介入し、軍内部にさえその影響力は伸びていると言う一派……危険を冒す価値はある。
男の口元が、醜く欲望に歪む。
「命令を通達! 目標を捕獲せよ! 生存が条件だが、最低「機体」は確保せよ! 以上!」
「了解!」
「こちらコマンダー、作戦を通達します。…ALPHA1・2・3・BETA1・2は捕獲作戦シナリオ3を展開。以上」
俄かに、暗く活発化する部下たちを横目に…男は誰にも聞こえないように……言葉を、口の中だけで漏らした。
『戦闘記録は読ませてもらったよ、英雄どの……君の持つ”力”は我々が有効利用させてもらう』
クツクツと笑い、今度は口の中でさえ言わず、心の中だけで呟く。
『……我々が連合軍において”力”を得るために……な』
部下たる男は、上官の心中を知る事無くマイクに向かった。
「捕獲作戦・開始」
にへ。
「うふ…うふふフフ……」
にぃぃやぁぁぁぁ……。
「でへへへへ……いやンっアキト、こんな昼間から……でもアキトが言うなら……ぐふふふふ」
自分で自分の体を抱きしめ、悶えるその乙女と言うには少々トウの立った美女は……ユリカである。
壊れたわけではないが、少なくとも暴走している。
見るものが見れば、百年の恋どころか千年の恋でさえ醒めそうなほど怪しげで近寄りがたい笑みを浮かべ、時おり意味不明な言葉を呟いている。
百歩譲って好意的に解釈し、通訳しよう。
まるで洋画のヒロインのようにパーティードレスに身を包み、髪は扇情的にかきあげられ、薄暗い、ムーディーなラウンジを借り切ってのディナー。無論支払いは後日ミスマルパパのもとへ。
『今日はクリスマス…アキト、街の灯がまるで幻想的なキャンドルみたい…』
豪奢なディナーが所狭しと並べられ、互いにグラスを持つ。
チン…。
ガラスの小気味良い、硬質な音が鳴り響き互いに微苦笑をもらす。
『メリークリスマス、アキト』
『メリークリスマス、ユリカ』
ユリカの中のアキトは凛々しかった。とてもユリカを見る度にうろたえ怯える男と同一人物とは思えない。こちらも負けじとタキシードに身を包み、しかしあの特徴的な髪型はそのままだ。
何処からとも無くピアノの演奏が響き、空間が日常から切り取られていく。
二人きりの空間で互いに何を言うでもなく理解できる、理想的な関係……。
そして何時しか、互いに言葉無く相手の瞳を見詰め合う。
かちゃ…。
『……アキト?』
テーブルの上に置かれたのはホテルのキー。
それの意図するところに気付き、ユリカは頬を染める。
アキトは言葉を紡ぐ。
『ユリカ。俺は今日、君を帰したくない……』
言葉を紡ぐことも出来ずにいるユリカ。
おとがいにアキトの指がかけられ、互いに瞳を閉じ、唇を……。
この後、明朝までの行動が少女漫画特有の技法で延々と。……やがてレディースコミックの演出へと変化し、それが口から出て行く……。
どげきめがっ!!!
「やめなさい、この痴れ者がーーーーーーッ!!!」
「ルリちゃんの教育に悪いでしょうがぁーッ!!」
「へぶはっ?」
はーっはーーはーーはっ。
と、同時にユリカにツッコミが入る。右からは仕事で来ていたカグヤ。左からはミナト。互いに何処からとも無く取り出したハリセンでもってユリカの頭を前後から同時に殴りつけた。
やがてそのハリセンがユリカの顔から離れると、ユリカは芝居がかった風に顔面から艦長席のコンソールに突っ込んだ。
「……任務完了」
「……○○○○に変わっておしおきよ」
どの辺からきた任務で、なぜ○○○○なのかは……誰にも分からない。大宇宙の意思とも言う。
しかしプロスペクターは妙に嬉しそうに。
「困りましたなあ、艦長がこれでは議論できませんねぇ…すみませんが副長、イネス女史のところまで連れて行ってくれませんか?」
「そんな、ユリカを退け者にする気なんですか?!」
ユリカをハブにする気なのかと問いただすジュン!
しかしプロスペクターは。
「艦長は頭部を強く打って気絶しております。これはかなり危険な状態と言えるでしょう……イネス女史もお忙しい体、付きっ切りで看病するのがよろしいでしょう」
「負傷者を看護する中で芽生える”愛”……なかなかステキではありませんか、アオイ副長。ユリカさんの事をお願いしますわね。アキトさんは私と幸せになりますからユリカさんは心配なんて要りませんわよ〜〜♪」
「看護…つきっきり…愛……分かりました! 不肖、アオイ・ジュン! これよりミスマル・ユリカ艦長看護の任に付きます!!」
プロスペクターに追従する形で続けるカグヤ……しかしそんな見え見えの言葉は、しかしジュンには酷く効いた様だった。
ビシィィィ!!!
このまま固めて校庭の真ん中にでも飾っておきたくなるほどの敬礼をキメたジュン。さっさとユリカをつれて医務室へいってしまった……。
「アオイ副長……士官学校では影が薄いとしか印象が無かったのですけど……”濃く”なっていらっしゃいませんか?」
「まあ……彼もこのナデシコで生活出来てしまう猛者……驚くことではありませんよ」
そしてキュピィーーーンとかつての人気漫画のように光るプロスペクターの眼鏡。……常軌を逸しているのではないかとも思える程の怪しい空気がブリッジを満たす……そう、ここはブリッジなのだ。
西欧事変。
後にそう呼ばれることとなる事件は終わり、世間はそれを過去のものにするために動き始めていた。
人が集まり、復旧作業が始まり、復旧に必要な産業の需要が伸びていた。つまりは土建、輸送、食糧などである。
だが、人が入ることを許されない地域もある。
一つはチューリップ墜落点のような「稼動しうる無人兵器」の存在が懸念される区域。
もう一つはビッグ・クレーターと呼ばれる、大森林である。
そしてそこには、彼らが居た。
威圧感を漂わせるエステバリス専用キャリアが二台。
その前に場違いな感じをかもし出すキャンピングカーが一台。その脇のコンロには火が灯っていた。
かちゃかちゃ。
「♪♪〜〜♪〜♪♪〜♪♪〜♪♪〜〜〜♪♪」
お玉で鍋をかき混ぜる音と、鼻歌が響いてくる。
鍋の中はシチューで、ついさっきアキトが仕留めて来たばかりの猪肉が入っている。……料理人にあるまじきことに「豚の親戚だから」の一言で済ませる辺り、少々野生に帰っているかもしれないが、この状況ではありがたいものだ。
「こんなものかな?」
味見しながら空を見上げる。
しかしそこには熱光学迷彩を施したシートがあるだけだった。
「さて、ここに着いてから今日で5日目……そろそろ危ないかな?」
あくまでも呑気そうにフミカは呟いた。
小型のクレーンからワイヤーを通し、最早残骸となったヴィンツブラウト――実は屍鬼を狙った時、腹部から真っ二つになっていた――の無事だった左腕「竜牙」を取り外そうとする。整備しながらだったからか、装甲は全て取り外され、意外とシンプルな姿が見て取れる。
「外すよー、アキト、気をつけてね」
分かった、と言うよりも早くゴトン、と重苦しい音がする。
寸前、慌てて飛び退る事に成功した。……靴の先が少々欠けたが。
「はーっはーーっはーーっ……レイナちゃん、危ないって」
「ゴメンゴメン。時間が無い……からね」
そう言うなり彼女は接点部を引き出し、コネクタをチェックし始める。目は設計書とコネクタを幾度も往復し、チェックリストを高速で埋めていく。
調整程度の整備しか出来ないアキトは手を出さず、他に流用できる部品はないかを探し始めた。
「右手は…肩口だけか。……さすがに足はもろにスケールが違うからな……」
こういうとき、互換性の無い試作機であるEXタイプは融通が利かず、修理部品の一つ一つの作成から入らなければならないのが辛い。
諦めて、もう一つのキャリアのコンテナへ声をかける。
「……トウヤ、そっちはどうだ?」
「左足はアクチュエータの調整だけで済む……けど、右足は新作しないと駄目ですね」
「やっぱりイネス先生のところに連絡を入れないと駄目か…」
「え? まさか遺跡をこれ以上使う気…ですか?」
作業用のゴーグルを外しながら答えてくるトウヤ。しかし普段義手を覆っているはずの人工皮膚はなく、いくつかの工具とつながっている。作業効率を上げるための苦肉の策だ。
「まあな…いつかは龍皇が必要になるかもしれない……けれど、それだけは、可能な限り先延ばしにしたいんだよ」
「そう、ですね」
「? アキト、何の事?」
「……今は、言えない」
とだけ。
例えレイナを相手としても、今は答えることは出来ない。彼女がエリナと通じているのは考えるまでも無い。そしてエリナの権力欲はある種の危険さを伴っている。
それを知っているからか、レイナの方がこの話題からそらし、こんなことを言った。
「そう言えば私、龍皇ってまだ見たこと無いんだけど、どんなものなの?」
そんなレイナの問いに、今度は逆にアキトとトウヤが顔を見合わせる。
「……どんなものって言われても……なあ?」
「とりあえず……希望と絶望の象徴、かな?」
「よく分からないわね」
分からないことが分かった。とでも言うのかレイナはしきりに頷いている。
ただ次の言葉は、アキトとトウヤのどちらが発したものだったか。
「……分からないことの怖さを知っていれば……こんな事は起きなかったのかもな」
がさり…シュ。
ぐしゃり。
不意に葉ずれの音。だが次に聞こえてきたのは、何か硬いものが柔らかい物にぶつかって立てる嫌な音だった。
「……またか」
「身元は?」
「……調べるまでも無いさ」
そう言いながら、落ちてきたもの……人間を適当に担ぎ上げ、穴の中に――クッションは敷いてあるが、わざわざエステで掘った大穴――に放りこむ。ちなみに熱兵器で焼いたため、鏡のように滑らかで、それどころか触れただけでスパスパ切れると言う厄介な空間だった。
「西欧と東欧が併合されて肥大化すれば俺たちの身柄を抑えて優位に立とうとする馬鹿も出てくる……別行動して正解だったな」
……そう。
西欧事変により欧州は一つの方面軍として統一された。そして、その事により人事に危惧を持ち、”力”を欲しようとする馬鹿も出てくる。……過ぎた欲は、自らを滅すると言うのに。
「どうしよっか?」
……幾分邪悪に見える……フミカの笑み。それを一歩引きながらアキトは未だに動かせないEX01を見る。
いや、もうあれはEX01と呼ぶのは相応しくない。既に組み込まれつつある砲戦改<ヴィンツブラウト/旋風>に敬意を表し名づけられた、進化したEX。その名はEX01―EVOLUTION<シュツルムヴィント/暴風>!!
「トウヤ、シュツルムヴィントは?」
「コアが馴染むまであと一週間。……殴り込みのレベルなら三日は待ってもらいたいですね」
聞きなれない単語に、一人蚊帳の外のレイナが疑問詞を浮かべる。
「? トウヤ君、コアって何?」
「んー……EXに限らず、現在使われているエステバリスにはブラックボックスがあるんです。それは戦闘補助プログラムで、使えば誰でも、それこそ素人だってヒーローになれる位の物なんだけど、残念なことに、それでもオリジナルには遠く及ばないんです。で、今言っていたコアと言うのがオリジナルのことで、隊長やシュウエイさんが持っている円柱型のペンダントのことなんですよ」
そのため企画段階では全長6メートルだったエステバリス、実際に生産されているのは全長8メートルになってしまっている。IFSと言うシステムである以上人型であることが望ましく、ブラックボックスを積み込んだ為にサイズ的な見直しをする事になってしまった。
結果、プロポーションは6メートルの構想段階と同一であるにもかかわらず、サイズだけが8メートルになり、余剰部分にスラスター、バッテリー、大型コンデンサなどを搭載可能になったため、よりパワーアップしたと言えよう。ただ、その分割高になったことは否めない。
「へー、そうなんだ。ね、アキト。コア、見せてくれない?」
「ごめん。今はコクピットの中にあるんだ。システムの情報収集と再構築、今までの戦闘パターンと戦闘データ。それら全ての最適化をした上でパイロット、この場合は俺だけど、そのクセまで加味するんだ。実際、エグザがプロトタイプとは言えオモイカネ級であって、ようやく一週間まで短縮できた、とも言えるんだけどね」
そこまで言うと「さて……」と言いながらナイフをベルトに挿した。
「フミ姉、敵の数は?」
「はてさて? ……まあ、行ってみれば分かるって」
「…そーだね。じゃトウヤ。もし明日になっても帰ってこなかったら先に出発してくれ。その時は24日にサセボで会おうな」
「はい。レイナさんのガードも、ですね」
「そうそう。だからトウヤ、狼になっちゃダメだぞ」
「なりませんってば!!」
顔を赤くして怒鳴るトウヤ。
それを見てけらけらと笑うフミカ。
ようやくレイナは理解した。この二人が互いをどう見ているかを。……それに気づくと、アキトが「やれやれ、その通り」とでも言いたげな顔をしていた。
「じゃ、頼むよレイナちゃん。お詫びに料理のリクエスト、なんでも答えるからさ」
「うん! アキト、ちゃんと戻ってきてね!」
同時刻の日本、とある地方都市のアパート。
さらにその一室。
「お帰りなさいハリっ!」
「わっわっ、お母さん、ちょ、くるし……ちょ、チョーク、ちょー……くはっ」
美しきかな親子の再会の抱擁。
……決してベアハンギングでもサバ折りでもない。お母さんの背中を叩いているのは、安心させる為のサインではないかもしれない。
問い。さて、この”セーフハウス(隠れ家)”に同行した残る二名はどうしていたのであろうか。
答え。冷や汗をたらして動きを止めていた。
ややして、面識を持っていなかったテツヤが、一応の面識を持っていたであろうラピスに問い掛けた。
「……アレがハーリーのお袋さんか?」
「……うん」
それがさも不条理であるかのように答えるラピス。だが、このような「何気ない日常」から彼の脅威の「危機回避能力の無さ」が洗練されたのだろうかと言う、何となく納得できそうな考えも浮かんでしまう。
だが、そんな物思いにふける合間に、少しずつ、ハーリーの顔色が変わっていく。
気のせいか、”タップ”する手の動きも緩慢になっているかもしれない。
「……キまってないか?」
「……ハーリーだから大丈夫」
それはどういう意味だろう……。
結果から言えば「蘇生は間に合った」と言えよう。
玄関先での珍事を毛ほども見せずに微笑みながら茶を入れる女性。
テツヤは何処となく「もしかしたら自分も、家族に対するイメージを美化しているのかも」と言う、危惧を抱いてしまう。それほどに眼前の女性の、周囲に与えるイメージの落差は凄まじかった。
もっとも隣室から「熊が、熊が……」などと言ううめき声が聞こえてくるのが原因といえなくも無かったが。
ソファに座り、女性は菓子とコーヒーを勧めながら頭を下げる。
「先ほどは失礼しました……息子がお世話になっているそうですね」
「いえ。仕事ですのでお構いなく」
「お世話しています」
……何処となく居心地悪そうに拒絶しているテツヤと違い、何故かあっさりと頷くラピス。確かに間違いではないだろう。
彼らのこれまでは決して幸福なものではなかった。
実験体として、完璧なまでに管理されたスケジュールで人形同然の生活を強いられ、それしか知らなかったラピス。
家族を手に入れながらもその家族ごと、更なる力によって自らを実験に参加させられていたハーリー。
それが自由を手に入れたのだ。
見るもの全てが新しく楽しいラピスは縦横無尽に歩き回る。それもラピスと比較すれば引っ込み思案、客観的に見れば慎重派のハーリーを、言葉どおり引き摺って。
まあ、見方によっては……そんなハーリーをラピスが更正をしているように見えなく無くも…無い。あくまで、見方にもよるが。
「それでハリは……何時までこちらに居られるのでしょうか?」
何気ない問いだったのだろうか。
それとも、切実な願いが声になったのだろうか。
「明日早朝には出なければならん」
「何故ですか! 何時になったら家族で暮らせると言うのですか!!」
「…怖い…」
声にあるわだかまり。悲しみ。苦しさ。
それを知らないラピスと、切望し、かつてその心を捨てたテツヤ。ラピスは後ろに逃げるように体を離し、テツヤはその目を見る。
そしておもむろに懐に手をやり、数枚の写真を出す。
映っているのは紛れも無くこのアパートの周辺。しかし、それ以外に共通点は無い。
「これが……なんだと言うんですか?!」
「…明日香インダストリーとクリムゾンカンパニーの諜報部員…ここは危険だ。ここで安全に暮らせるのは”彼ら”にとってのボランティアのようなもの……マキビ・ハリと言う名の”マシンチャイルド”がここに居れば、奴らは危険を冒してここに来る。アンタのワガママの為に”連盟”直属のガーディアンズを危険に晒せと言うのなら、命を捨てろと、直接奴らに言えるのなら、俺も考えよう」
「そ、そんなこと言える訳無いでしょう!!」
自分のワガママと言われ激昂するも、しかし言い返すことなど出来よう筈が無い。
やり場の無い怒りをもてあます彼女の眼前に…テツヤは銃を置く。
「それがアンタの、息子と暮らすための代償……覚えておけ。俺たちは失うことで強くなった人種だ。……アンタの弱さ程度、幾らでも見てきた……それで人を殺す覚悟はあるか?」
……彼女は、答えを見失った……。
デモ行進の姿が見える。
彼らは手に手に『NADESICO NO MORE!』や『戦争反対』、『天地無用』『水濡れ厳禁』など……理解に苦しむものも多くあるが……反対の意思をあらわに港に、ドックへと自分たちの姿を誇示していた。それ以前に戦時下において戦力が増えたこと、いや自分達を守る者達を歓迎しないと言うのはどうしたものか。
そのような光景を前にナデシコブリッジは……静寂に包まれていた。
誰も口を開かない。
ただただ事務的に事をこなすだけ。
ともあれ。
この仕事が終われば――今日は23日――準備期間は今日と明日早朝まで。仕事をさっさと終わらせたいと思うのも人情だろう。
そして、ブリッジからさっさと出て行きたいのは……生存本能が命じるからだ。
コミュニケとは便利なものだ。
口パクでも下に字幕が映るので会話に問題が無い。……サポートするオモイカネにも語彙が増えて……さぞかし汚れてきているのだろう……。
『ミナトさん……アオイさん一体どうしたんですか?』
『……さあ(汗)』
『ルリちゃん分かる?』
『艦長の制服を見てください』
言いつつ、コミュニケの位置がユリカに気付かれないような場所に変わる。
映っているのは妙に厚着のユリカ。
その隣、と言うかかなりの空間をはさんで隅っこにジュンが逆さ釣りになった上、全身に羽ボウキが括り付けられ……悶絶の後、気絶していた。
『多分……気を失った艦長が寝ぼけて副長に抱きつき、勘違いに気付いた後、ボコったものと思われます』
<ルリの言うとおり>
『ほら、オモイカネも賛成しています』
『……』
『……』
何となく、オモイカネというものに対して懐疑的なものがミナトとメグミの心に広がっていく……。
とすればもう一つの疑問が出てくる。
『でもそれじゃ艦長が厚着している理由は?』
『それは調子に乗ったジュン君が触ったから反動でじゃない? 今更”貞操観念”に目覚めたとか』
『ハルカさん鋭いですね……』
『服を着た程度、脱いだ程度で強くなんてなれないものよ……』
そうしてミナトは遠い遠い目を……。
ルリとメグミの人生経験では……彼女に何も言うことなど出来なかった……。
その頃、クリスマスパーティの準備に追われる場所があった。
食堂である。
日々の営業に加え、食材の仕込みの必要があり、またイベントの用意もあるのだから。
ホウメイさん江。と書かれた衣装箱。それを取って彼女は首をひねった。
「ん? なんだいこりゃ」
言いつつ、カウンターから離れ、包装を解き始める。
飲食店に限らず、毒ももっていないクセに最も嫌われた害虫……それが混入されると言う事件が過去にあり、ホウメイは神経質になっていた。
ちなみにその犯人はホウメイガールズの一人、サユリ嬢にすげなく振られた男の腹いせであったことが判明、プロスペクター氏の説教と言う地獄の責め苦を受け、イネス女史の世話になると言う事件があった。……ちなみに彼は、現在とある精神科にて安静を余儀なくされていると言いう噂……あくまで噂だ。幾らクロに近くとも。
何はともあれ、開けてみる。
「……なんだいコリャ?」
その衣装を手に首をひねるホウメイさんの姿が妙に印象的だったという……。
ちなみにホウメイガールズは、衣装あわせに余念が無かった。
格納庫には異様なオブジェがあった。
単純に言えば、真円に高さを与えたような完全な円柱。ただし所々にヒビが入っている。いや、ヒビの入っていないところこそが逆にヒビなのだ。そう、これはヒビの塊といってよいだろう。
それをウリバタケは複雑な顔で見ていた。
「……ウリバタケ班長、どうしたんですか、難しい顔して」
「いや、な。イネスに言われてコンテナから引っ張り出したんだが……何のためのものなのかさっぱり分からなくてな」
『いい、ウリバタケさん? Bコンテナの中の6番をお願い。整備用データは後から送るわ』
さて、と考え込む。
何故、自分にこの事を話したイネスはあれほど悲しい目をしていたのか。精神的に参っていたようにも思う。そしてこれの意味とは何かを、答えが出るはずも無いのに考える。
それに貼られた一枚のタグ<only for system-EX>の意味することを考えて。
がしゃん、がしゃん、がしゃん。
二体のエステバリスが手を組んでスキップを……格納庫の中で踏んでいる。
「……てオイ!! 誰だ勝手にエステ動かしてるのは!!!」
とはいえ、この艦の中にIFSを持っているのは数えるほどしか居ない。その中で、このようなマネをするのはまず一人。
『でゃーーーっはっはっはっはっはっは!! 気にしない気にしない』
『そうだよそうだよ、もうすぐクリスマスなんだからさ、飾っておこうと思って』
その声を聞いてウリバタケは悟った……『こいつら、酔っ払ってやがる……』と。
「総員退避ィ!! エステバリスで酔っ払い運転してるバカがいるぞぉぉぉ!!!」
『わはははははははははははは!! 踊れ、踊れぇぇぇ』
『にゃははははははははぁ! ヤマダ君、それ、おっかしぃー』
「くそっ、アオキのダンナを呼んで来い! あの馬鹿二人を……ブオンッ!!!…ぬあぁぁぁぁ?!」
風圧ですっ飛ぶウリバタケ!
直撃だけは避けた……ハズだ!!
「ああああああウリバタケ班長ぅぅ!!!」
「が、がんばれ……俺、傷は……ちょっと深い…かな?」
とまれナデシコは、あいも変わらずだった。
日本、極東方面軍司令室。
イツキ・カザマは緊張で汗ばむ手を意識しながらドアを叩いた。
コン、コン。
「…イツキ・カザマ少尉、出頭しました」
「入りたまえ」
「…失礼ます」
重厚さを感じさせる男の声を受け入室すると、そこには一軍の長であるミスマル・コウイチロウと……見覚えはあるのだが、いまいち誰だか思い出せない、しかし強烈な顔と髪型とヒゲ型をした男がいた。
自分から尋ねるわけにも行かず、この男がいったい何かと、誰にも分からないほどの見事なポーカーフェイスの奥で考えた。
「さて、イツキ・カザマ少尉。君は何故、ここに呼ばれたか分かるかね?」
問いかけ。
全く分からないが、それでもそう答えるのは自分の無能の証拠になるように感じられる。しかし、見栄を張ったところで分かるわけが無い。イツキは正直に「分かりません」と答えた。
「ではこれを見てくれたまえ」
コウイチロウは言いながら数枚の写真が添付されたレポートを机の上に放り投げる。その上には毒々しいと思える程の赤い字で「EYES ONLY」と書かれている。……つまりは重要機密。
読めば一切後戻りは出来ない。
だが、これは上官の意思であり、反対すれば降格、免職……最悪、軍法会議まで……と意識が飛んでいく。
よって、意思を決定した。
震えを見せないようにゆっくりと目を通していく。
レポートに書かれているのは西欧方面軍の重鎮であったり、東欧の英雄、北アフリカの賢者とまで言われた者達。ペーペーの自分でさえ分かる、軍のエリート。
コウイチロウはこれを見せてどうしようと言うのだろうか。
「……君はそれを見て、どう思うかね?」
「優秀な軍人の年鑑、の一部ではないかと」
「やっぱりね。アタシも最初はそう思ったのよ」
やや自嘲を込めた声が、そのとき突然かかった。……自嘲にしては高いその声が本当にそうなのか、と思わせる。
彼女の入隊とほぼ同時期にナデシコに乗艦し、ハイジャック失敗の処罰を受け、そこから失地回復に勤め、再びナデシコに乗艦したムネタケ。……ここ一年ほどの新兵に、彼のことを知っているかと聞き、答えさせるのは少々酷ではないだろうか。
ここで瞬間、イツキの脳内に、危険な思考が芽生えた。
ミスマル・コウイチロウは有名な子煩悩であり、口さがないものは馬鹿親と陰口を叩いている。
しかし、細君がなくなり十年以上の月日が経っていることもあり、軍内部では噂に尾鰭がつき、既に怪情報となっているのだ。
曰く、「父と娘の怪しい関係」……士官学校であれだけ目立つユリカが娘であるだけに、何かをしたのではないか、という説が飛び交ったことがある。そう言った心の傷を負い、幼年回帰した例はあるのだから。
曰く、「女性に興味が無い」……細君と死に別れて以降、浮いた噂が無いことから実は偽装結婚であり、娘が生まれたのは偶然だったのではないか、という噂。
……イツキはこれまでは、下らない話だと思っていた。
だが、オカマ言葉を話す男……後半の説に、彼女は心の中で一票を投じていた……。
そして、また数枚のレポート。
「? ……ずいぶん変わった経歴の方ばかりですね…」
(子供、子供、孤児院の保母、高校生、会社員、元軍人、料理人……料理人「テンカワ・アキト」……テンカワぁ?! まさか、あの、テンカワ?!)
苦渋に満ちた顔でコウイチロウが言葉を繋げる。
「最初に見せたレポートが、西欧事変以降、更迭された者達だ。そして次のものが、現在最重要人物としてマークされるテンカワ・アキト。及びその一派と目される者だ」
「これ、が……?」
二人の子供、ラピス・ラズリとマキビ・ハリ。一時期噂されたIFS強化体質の子供たち。ナデシコ級建造を目論む企業・軍にとって最も欲しがられる人材。
保母、サクラバ・フミカ。高官達を守るはずのSP達が、最も恐れる人物。最もくみし易いと狙われ、逆にトラウマを与えて追い返すと言う謎の女。
高校生(休学中)、ミフネ・トウヤ。電気工学・医学のスキルが非常に高い。それ以上に……これを見て男と判断するのが無理な容姿……しかし、イツキは言い様の無い敗北感に心の中で涙をながした。
会社員、タカスギ・サブロウタ。クリムゾン・カンパニーに所属するテストパイロット。相容れない仲である筈のネルガルの戦艦に搭乗すると言う……経歴に謎の多い男。
元軍人、アオキ・シュウエイ。10年前まで火星方面軍(表向きには解体、現実には瓦解)に所属していた。退役時の階級は大尉。軍隊式格闘術の教官をしていた。また剣術を修めていると言う。
料理人、テンカワ・アキト。最強のパイロットとまで呼ばれるも、本人は自らをパイロットと評した事は無い。……10年前に失踪し、2年前に突如現われるまでの経歴は一切不明。
そしてそれぞれに十数枚の詳細なレポートが付いているが、まるで子供の作文のように画一的なことしか書かれていない。不信感を煽る物と言ってよいだろう。
「イツキ君、わざわざこれを見せたということの意味、わかるかね?」
「いえ。これからの任務に関わると言うことしか」
「……我々はナデシコを徴発し、熟練したクルーを徴兵する。……彼らを含めてな」
「そう、このアタシの部下になるのよ」
胸を逸らし、今にも鼻が伸びそうな勢いで自慢気になるムネタケ。
「……奢るなムネタケ。彼らは軍など歯牙にもかけていない。全く別の何かを見ている……首を食い千切られたくなければ……自重しろ」
「はいはい、分かりましたわよ」
「……」
「……」
何となく、ムネタケに向ける目が白くなっていくようだ。
「……ムネタケ?」
「ふん。分かってるのよ。独立艦隊の指揮官なんていった所で、ハグレ軍艦に乗せられてるって事は出世どうこう以前に『島流し』ってことなのよ? もうTPOを気にしたり、自分を隠す必要も無いって事なのよ! ハ!」
そんなムネタケを見、コウイチロウは何処となく哀れさを感じる。
だが彼は一軍の指揮官としてすべきことがある。
今までに無い、厳しい目を向ける。
ぎらり、と溶岩のように熱い目を鋭い眼光に乗せる……それは彼女をたじろがせるには十分すぎたが、コウイチロウは意に介さず言葉を続ける。
「時にイツキ君、君はミスマル・ユリカ艦長の後輩として士官学校に在籍していたとある……彼女は既知かね?」
「はい。在学中、幾度かお世話になりました」
「そうか……君はユリカをどう思うね?」
「素晴らしい女性です! ユリカ先輩以上の人なんて居ません!!」
手をあわせ、瞳を煌めかせ、上気した頬を隠す事無くコウイチロウが逆に引いてしまうほどの勢いで叫ぶように言う!
「き、君にはこれからナデシコの軍への登録に伴い補充パイロットとして乗艦してもらう……良いかね?」
「もちろんですっ!! ユリカ先輩の下で働けるなんて……ステキです!!」
「そうかそうか」
少々行き過ぎのきらいがあるが、最愛の娘を誉められて気を悪くする父親など居ない。コウイチロウは顔をほころばせる。……が、一転。
「ところでイツキ君。テンカワ・アキトをどう思うかね?」
「……パイロットとしては超一級。専用機が無ければ逆に、その反応速度が仇となるほど。料理人としては……先日雑誌に取り上げられていました。……ですが、個人的には何処となく胡乱さを感じます」
「君は懐疑的なのだね?」
「はい」
「アタシもよ」
「さて……此処にレポートがある」
そこに書いてあるのは、非常に単純な言葉だが、いかんせん量が多い。少なく見積もっても百数十枚。
「これはナデシコクルーにアンケートを取ったところ、帰ってきたもので……男性クルー98%のものだ」
ただ一言、男の敵……と血文字でかかれていた。書体が違うことから、全て別の人物が書いたと思われる。
しかしそれ以前に、一枚目に(五十音順)置かれていた一際鮮やかなそれを書いた者の名前にイツキは見覚えがあった。
「あの……これは?」
「イツキ君……どう考えるべきか分からないが、君は女性だ。だからこそテンカワ・アキトもガードが緩くなるかもしれん。……頼む。ナデシコの女性クルーを……守ってくれ! ユリカを……ユリカを守ってくれぃぃぃ!!!!」
何をそこまで、とムネタケは思わないではなかった。
これが血涙であったとしても納得してしまうほどのコウイチロウ……まさに「漢泣き」である!!
そしてイツキ……何を共感したのか、熱血があふれ出そうなまでの……まさに「真・女泣き」だっ!!!
二人は手をガシィッとあわせ……叫んだ!!
「頼んだぞ!!」
「頼まれましたぁ!!」
そのときムネタケの目に……燃え上がる炎が見えた。無論現実に何かが燃えているわけではないのだが、間違いなく見えたのだ。
そして手を離し、コウイチロウはさも、今思い出したと言う風情で言葉にした。
「ちなみに一昨日、彼らにちょっかいを出して返り討ちにあった北アフリカの連中が……衰弱して倒れるまで不眠不休でエステバリス40機を動員して、僅か二日でピラミッドを建造したそうだ」
「は?」
「ちなみに全員、うわ言で『ごめんなさい』『許してママ』『もうご飯残さないから』などと漏らしているそうだ」
「え……えええええええっっっっっ?!?!?」
「……怒らせないように気をつけたまえ」
何となく蚊帳の外のように疎外感を感じていたムネタケ……しかし、イツキに対して、ほんの少しだけ共感を得ることが出来たことに苦笑した。