機動戦艦ナデシコ<黒>
13.「真実」は一つじゃない→譲れない、たった一つの「真実」
パチン♪
「はっ」
「…ここは…」
指を鳴らす音が響いた次の瞬間、床に寝ていたアカツキとエリナが起き、互いに顔を見合わせる。エリナには特に外傷が見当たらないが、アカツキは額のあたりに感電したような小さな引きつれがある。
次の瞬間、二人はここが何処だか悟った。
ここは第二格納庫。
ウリバタケの本領発揮する区間であり、ナデシコ内に保管された幾つもの危険物が並ぶ場所。そして……力の結晶<龍皇>の座すところ。
パン、パパン、パン、パン!
景気よく鳴り響くクラッカー。
「メリークリスマス、エリナさん、アカツキ君♪」
「「!」」
一瞬、龍皇に気取られた二人だったが、すぐ背後からかかった声に振り向こうとして、絶句した。
「ちょっと強引だったけどね……でも今ならみんな、パーティ会場に居るから見つかる心配ないし、もし気になっても男と女…逢い引きとか思うかもよ」
「な」
「ちょっと待ちなさいよ! 何でアタシがこんな道楽……て、あなた確かサクラバ……フミカ? それにそっちに居るのはミフネ・トウヤ? え、あれ、なんで…さっき…?」
「ははは…すみません」
「そのとーり、フミカさんですよ〜♪ それとさっきのはちょっとした裏技ね」
困ったような顔をしたトウヤ。けれどフミカは笑っている。それが気に障ったエリナだったが……文句を言おうにも言えない。何か、底知れない何かを感じたから。
だが逆に、アカツキはそんなエリナの様子を見て立ち直っていた。
(この二人……とすれば後はテンカワ君と、トイレ前のあの男…何処だ?)
辺りを見渡す。
だが……見つからない。
「こっちだよ」
声がかかった。
その声に引かれ、彼らが見たのは……龍皇。その左肩に乗り、邪悪そのものの龍の顔に片手をつくようにして立っている。そう、アキトが立っていた。
「アキト君、これは一体どういう事なの!」
「……それはこっちが聞きたいんですけど。何で龍皇が目覚めているんですか?」
その声は、いつものアキトの声と全く同じだった。何気ない問いかけの声なのに二人は死さえ覚悟した。いや、それは比喩でしかないはずだが、確実に死の予感を持った。
「龍皇は修復用の材料といっしょにコンテナに詰めて封印をしてあった……なのに、どうしてですか? エリナさん」
いや、エリナには分からなかっただけで、アカツキは分かった。
アキトの声と同時に、龍皇からプレッシャーが飛んでくるのを。
(まさか……同調している? 人間と機械がか!?)
機械、と言う点においてアカツキは認識不足であるが、その直感はおおよそ正しい。
人間、いや生物など炭素を基本にした有機物で構成された、化学反応で動く機械に他ならない。
ならば、眼前の存在が生物でない理由はあるのか。
もしその答えを魂の存在に求めるなら魂とは何か。
何らかのエネルギーなのか、それとも人間には感知できない全く別の何かなのか。
だが、幾つもの仮定を用いたところで、これだけは真実。
眼前にある「それ」は生きている。
「まあ……過ぎた事を言っても仕方ないし、こんな風に二人を連れてきた非礼は詫びておくよ」
しかし、その表情に悪びれた様子は無い。
アカツキはどうにか声を絞り出す。
「テンカワ君、まだパーティの最中なんだ、用件は早く済ませてくれないかな?」
「そうですね、ちゃっちゃと済ませちゃいましょう」
ぴっ。
指で弾いたCC。
それが空中で輝き、アキトが龍皇の肩から飛び降りる。
空中では重力加速度以上の加速は望めないし、まして方向を変えることも無理だろう。
だが、蒼い光が一際輝いた時。
「こっちだよ」
と、背後から声が聞こえた。そして、間髪いれず肩に置かれた手。
「?!」
「! 生体ボソンジャンプ!」
「ご名答」
そう言って笑って見せるアキトに重なるように、エリナの目に、昏い炎が灯った。
あの技術があれば、と。
けれど。
「俺の両親はこの技術を軍が欲しがっていることを知っていた。だから、秘すことにした」
「僕らの両親も、空港テロに巻き込まれて死んでいます……いえ、生き残った人間も、遺族も百や二百ではききません」
「ちなみに私たちのいた孤児院、全員がそれ関係なの」
三人が言う。
格納庫の中に反響しながらの声は、非常に神経を磨耗させる。
「一体…何のことだい?」
「今更お惚けは無しにしよう。ネルガルの前会長の側近が一時期、半数近く辞職したろう?」
「ああ、そのおかげで社長派の勢力が一気に膨れ上がって……まさか?!」
「さあ? けれど真相は闇の中から影の中まで引き上げられた。後もう少しで光の中に引きずり出せる」
「そんな事をしてみろ! ネルガルは解体される! 一体どれだけの人間が路頭に迷うか! 下手をすれば一家離散や心中だって…」
そう、アカツキには会長としての責務がある。
そして、その自分の不用意な一声が何を招くかも知っている。その自分の重要性というものも知っている。だから昼行灯を決め込んだ。切れ者の部下を連れて、道楽のように見せかけてナデシコに乗艦して。
その覚悟を知ってか知らずか。
「……流石にそこまでする気は無いさ。けどな、生体ボソンジャンプは……マンハッタン計画の二の舞になる。で、ネルガル会長派の人間は未だにボソンジャンプ実験を……理論も確立していない実験に人間を使っている……」
「……何が望みだ……」
これほどの顔が出来たのか、という苦渋の表情でアカツキがうめき、しかしアキトは非常に楽しげに笑いながら、
「その一言を待っていたよ」
と、言い放った。
そして視線でエリナを遮り、向き合い言った。
「……教えてもらおうか、テンカワ君……」
「今、テツヤさんがプロスさんを呼びに言っているから、もうちょっと待ってくださいよ」
そんな風に言葉を話すアキトは、怖いぐらいにいつもと変わりなかった。
「まさか貴方から招待を受けるとは思いませんでしたよ」
「それはこちらも同じだ、Mr…」
廊下を並び歩くその二人は、非常に緊張感を孕んでいた。もし、コインが一枚床に落ちれば即座に銃を抜き放ち、撃っていたかもしれない。
そんな状況の中、プロスペクターは第二格納庫へと向かっていた。
本来は余剰資源などを保管する場所。しかし現在は、ナデシコにとって重要且つ、危険な物を封印する場所。そこに何故、この男は自分を連れて行こうとするのか。
目的がわからない以上、何処まで「乗るか」が問題となる。だから情報収集のため、あえて口を開いた。
「それにしてもクリムゾンの実行部隊”真紅の牙”のカタオカ・テツヤさんがここにいらっしゃるとは……どのようなご用向きで?」
「訂正するが、俺はもうクリムゾンに所属していない。俺が知る情報も全て過去の物だ……ここに居るのはフリーランスのカタオカ・テツヤ……ただそれだけの男だ」
「フリーランス……?」
「ああ。今は利害の一致から、ある男と協力しているだけだが……」
話し好き、と言うことは無いだろう。だが、テツヤはそれほど会話に注意を払っている訳でも無い。実際、不用意だ。情報を中途半端に知ることほど危険な事は無い。だから、この次に得られる言葉の真偽も分からない。だが、あえて聞いた。
「それは私たちネルガルの利害と一致するのですかな?」
そして、そこに返ってきた答えは「ああ、なるほど」と思える物だった。
テツヤはポケットからディスクを取り出し、軽く放った。「極秘・パスワードはプロスペクターの本名・使用後ウイルスによりコンピュータを完全初期化」と書かれている。
その顔に浮かんでいるのはシニカルな笑み。
「一致すれば現状維持、しなければネルガルの悪行が明日の一面記事だ……あの連中の情報網、クリムゾンよりも優れていたよ。何しろ誰も知らないアンタの名前から何から…たった半日で調べ上げてきたんだからな」
だが、一方のプロスペクターは軽く眼鏡を押し上げた。その顔には形容しがたい何かがあるようにも思える。
「誰にも名前さえ教えない、自らの懐を教えない男……洒落じゃなかったんだな、スペクター……亡霊なんて言葉を自分の名前に織り込んだのは」
その言葉に、全てが一転した。
誰も居ない廊下、しかし誰かが見ていれば驚いていたに違いない。
瞬き一つの時間。
それだけの時間だというのに、にこやかに笑っていた二人の男が、互いに銃を抜き放っていたのだから。
それも互いに体の中心、心臓を狙って。
体の中心ならば、多少ずれたところで臓器を傷つける。必ず致命傷になる。まして、弾丸が正体不明の状況ならば。
「おやおやカタオカさん、思ったよりも素早いですね」
「……驚いたよ。西欧事変からこっち、死をも厭わない特訓なんてモノをしてきた俺がついていくのがやっと…なんてな」
互いに、動かない。
いや、動けない。
もし、拳銃を仕舞う動作をしたとしても、それは相手を刺激し、撃たせる筈。今のこの空気はそれほどまでに凍っている。
今にも最後の音が鳴り響きそうな廊下に、しかし現れたのは、ある意味救いの主と呼べる女性だった。
「なーにやってるかなーテっちゃんにプロスさん。あんまり遅いんで、迎えに来ちゃったじゃない」
たった一声で空気が変わった。
冷たい殺気、肌を焼く殺意が充満していた空間に、ふわりとした優しい空気が入れ替わる。
「……テっちゃんは止めてもらいたいのだが……」
「何? ナオっちと二人がかりであたしに一回も勝てた事ないのに、そーゆー事言うの?」
てくてくと、奇妙に規則正しく、けれど何か歩調が違い、距離感が狂うような歩き方をしてくる。
ふとプロスが声の主を見ようと視線を動かそうとして……動けなかった。
(な……?!)
「……で、何が原因?」
「例のディスクを渡した時、プロスペクターの本名のことになってな、俺を殺ろうとした……で、千日手だ」
「そうなの? プロスさん」
「……ええ…」
「そ。じゃ、プロスさんが考えてるほど秘密が秘密じゃないこと……分かってもらえた?」
戦慄した。
別に殺気があるわけでも無い。
何か危険な物があるわけでも無い。
ただ、淡々と事実のみを話すこの声。
理由もなく、世界そのものが怖かった。
「じゃあ行きましょ、アキ君たち待ってるから。テっちゃんとプロスさんが最後だからね」
トン♪
軽く踏んだステップが、心に染み入るように聞こえた。
そして二人はその背に続くように歩いた。何となく、銃を持っていることが馬鹿らしくなって。気づくことが出来ないほど、自然に歩いていた。
「……Mr…」
「何ですかな? テっちゃん」
「それはやめてくれ……俺が言いたいのは真紅の牙はもう無いって事だ」
「? それはどういう…」
「敵はもう、そんな物を必要としていないって事だ……」
その言葉の意味は、テツヤが最後に自分の唇を噛み切ったことが、血が涙のように流れた事が教えていた……。
ヒートアップするウリバタケ!
ツナギの上にタキシードの上だけを着込み、なのに最近お気に入りなのか、妙に巨大なスパナを忍者よろしく背負っている。
「すぁぁぁぁぁて! なんと! この今日と言う素晴らしき日に、新しい仲間の登場だぁ!!」
ジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカ…
ダダダダダダダダダダダ……
ドラムロールと共に、床下から壇上に現れるニュー・カマー!
「まずは西欧の分隊基地司令代行を勤めていた男! 切れ者と名高い……オオサキ・シュン!!」
ザザン!!
「オオサキ・シュンだ。ナデシコじゃ副提督になる。ヨロシクな」
と、軽く決める。
しかし…着ている物が16世紀の…大航海時代のイスパニア人の格好と言うのは……。妙に似合うのは何故だろう? というか、別に似ているわけではないのだが、傾奇者といわれた織田信長の様な印象を受ける。
妙に若者受けがいいシュンを見ながら、ウリバタケは次の人物のプロフィールを見る。
「…え、オオサキさん、紹介文これで良いのかい?」
「ああ。そこら辺はアドリブ効かせて……」
「じゃあ次行くぜ! やはりこの男も西欧の基地に居た鋼の男! 不幸の代名詞、ジュン二号! タカバ・カズシぃ!!」
ポージングしながら現れた大柄な男。だが、その顔には何か不可解な物を聞いたかのような困惑が張り付いている。
この薄ら寒い中、一昔前の筋肉STGの自キャラの格好と言うのは恐れ入る。
「ちょっと待ってくださいよ、なんですかその不幸の代名詞ってぇぇぇ?!」
「お前以外に誰が居る?」
「ぐっ」
……しかし何故、そう言われて納得するのだろうか、この男は。
「そして喜べ男ども! ムサクルシイ男の紹介はこれで終わりだ! われら、ナデシコ整備班にオンナノコが入ることになったぞぉ!」
ぱ−らぱらぱっぱぱー♪
なんと、ドラムロールに加え、ラッパが加わった!
じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか…ぱぱーっ♪
さらには後方で整備士数人がカメラを構え、シャッターチャンスを逃がすまいとスタンバっている。
それを見ながら舞台袖で、二人の男がケーキをパクついている。
「シュン隊長……」
「副提督だ」
「シュン副提督……」
「何だ?」
「この扱いの差は一体……?」
「なあカズシ……ヤローの紹介を懇切丁寧に親しみを込めてするヤツといっしょに働きたいか?」
想像中……想像中……想像中……チーン♪
シミュレート完了。
何となく、嫌な汗がだらだらと流れ出す。
データを消去しますか?
『NO』
→『YES』
「いえ、全然全くオッケーです。この扱い、サイコ―です!」
「……だろ」
そして出てくるのはレイナ・キンジョウ・ウォン! 整備士繋がりか、赤いチャイナドレスを着ている!
「はーい、レイナ・キンジョウ・ウォンです。整備士です、ヨロシクね」
ウォォォォォォォォォォ!!!!!
溢れんばかりの絶叫……そうだろう、何しろ整備班といえばウリバタケ直属の猛者! その筋のエキスパート! なのにヒートアップしないわけが無い!
「じゃあ、インタビューと行こうかぁ」
「いいですよぉ、でも体重とスリーサイズはヒミツね」
「おおっとこりゃ手厳しい……だが俺は負けない! ……ところでキンジョウ・ウォン? エリナの奴の関係者かい?」
「ん〜〜模範的優等生のノリで人生損してそうなのだったら姉ですけど」
その瞬間、空気がギシリと音を立てて固まる。
ちなみにウリバタケ、毎日の如くプロスペクター&エリナ連合軍を相手に予算の取り合いをしている。その精神的ストレスからか、目の前の少女にエリナの面影が重なったらしい、何となく逃げ腰だ。
「大丈夫ですよ、ウリバタケさん。私、『こんなこともあろうかと』に憧れる口ですから」
「おおっ、そうか!? いやぁ、気が合いそうだな、はっはっは」
「そうですね、あはははは」
そんな光景を見て、ユリカが一言。
「マッドが二倍……」
それを聞いてメグミがゲンナリとし、カグヤはザマアミロと言わんばかりだった。
「NEXT! 新たなるパイロット、由緒正しい連合からの出向者、イツキ・カザマだぁ!」
やはり鳴り響くドラムロール!
わざわざせり舞台から現れるその姿は……趣旨に反してキャラクター物ではなかった!
だが!
ウォォォォォォォォォォォォォォ!!!
悲鳴にも似た叫びが場を支配する!
白のブラウスにイエローのセーター、踝近くまであるノーブルのロングスカートに、度は入っていないのだろうが眼鏡をかけている。特に、元からの艶やかな長い黒髪が清楚な雰囲気を醸し出しているあたり、抜け目無い。
……衣装提供者のウリバタケなどは、目をギラリと光らせ、
「ふっ…文学少女作戦、成功…」
と、言っているとかいないとか。
しかしメグミ曰く。
「……甘いですね。文学少女はお下げにしてなくちゃいけないんですよ……」
しかし、いつも読んでいるのが女性週刊誌と言う人間に言われたくは無い。
「そして最後は! 西欧からの出向者、美しき二輪の花、ハーテッド姉妹だぁぁぁぁ!!!」
現れたのは金色の髪と銀色の髪をたなびかせた双子の女性…双子なためか、顔の造作がほぼ同じであるが、身に纏っている雰囲気が違う。それは『静』と『動』の美。
……しかし何故、地上に降りた天空の都市の双子の女神なのか?
何人かがそんな疑問を持ったとき、アリサが小声でウリバタケに声をかけた。
「あの……ウリバタケさん、本当にこれでよかったんですか? 半分くらい引いてて、残る半分が……その、目が血走っているんですけど……」
「そうよ。本当にこれ、今回の趣旨にあってたの?」
「ふっ……コスプレは似合うか似合わないか、そしてその場のノリに合うか合わないか…それだけだ!!」
「は、はは……」
と、こそこそ言いながら、二人は改めて会場に目を向ける。
動きに合わせて衣装に髪の毛が絡むようにたなびく。
その光景を目にした会場からは「ほぉぉ…」とため息が漏れ出る。
さて、メ○ミに代表される一部の女性がこそこそと逃げ出したのは何故だろうか? やはり外国産には勝てないと言う諦めの境地なのだろうか? それは誰にも分からない。
そして、第二格納庫には六人が居た。
テンカワ・アキト、サクラバ・フミカ、ミフネ・トウヤ。
アカツキ・ナガレ、エリナ・キンジョウ・ウォン、プロスペクター。
エリナが口を開いた。
「ボソンジャンプについて、教えなさい……!」
執念、それがもっともよく似合う声色だった。
一般には知られていない事だが、ネルガルはボソンジャンプ実験において動物実験どころか人体実験を行なっている。そして彼女は会長秘書という立場から、ネルガルでもっとも奥深い事を知ることができる立場にあり、また所持する情報量からか会長に対しある程度の意見ができる。
そう、彼女は知っているのだ。
間接的なものとは言え、自分が人殺しであると言うことを。
そして、人殺しの恐怖を。
人殺しであることの恐怖を。
故に、免罪符を求めた。
権力を、ネルガルの会長秘書のコネと権力から、社長へと就任することで新たな権力を手にする事、それこそが免罪符になると信じて。
「じゃあ、端的に教えましょうか」
そう言いながら、アキトはまたCCを取り出した。
ピンと弾き、独楽をまわすように自分の指の上で回している。
「ボソンジャンプは火星極冠遺跡によって制御されています。で、CCが起こすボソン―フェルミオン反応は言ってみれば信号であり、エネルギー源になっていて、ナノマシンを経由して遺跡に意思を伝えてくれるんですが……」
そこまで言って、口をつぐんだ。
ややして、エリナの顔が怒っているのが分かるようになってきた。
仕方なく、アキトは口を開いた。むくれた人間相手に説明をできるような人間は、1人で十分だからだ。
「……ファクター……つまりは要素が足りないんですよ。情報を正確に転送できないから、遺跡のほうで処理して再度転送する時にまたエラーを作って。でも本来のジャンプが出来ないから行き場を失ったエネルギーに空間ごと引きずられて……」
そこまで言って、手を「ポン!」と開き、両手を合わせて「グシャ!」と表現した。
「その……ファクターって?」
「それは…」
「アキ君ストップ!」
手を使って遮りながら、フミカが押し留める。
エリナはそれを見て何とか続きを聞き出そうとしたが、それよりも先にトウヤが言った。
「言えば、ネルガルはまた人体実験を行ないます……そんな危険人物集団に教えられるわけが無いでしょう」
言われ、自分があせっていた事を再確認しながらアキトは自分の髪をぐしゃりとなでつける。
(何をあせっているんだか、俺は……頼りになる仲間がいるってのに…はは…修行が足りないか)
すう、と息を吐き、妙に達観した声で言えた。
「とりあえず…ネルガルの社員の中に、そのファクターを満足する形で持っているのは一人も居なかった。次の実験も失敗するから止めときなよ」
シンとした空気の中、アカツキが口を開いた。
「本当…なのかい?」
「本当だよ。今までネルガルがやって来たのはただの人殺し。大義なんて何処にも無いんだよ」
答えた声は別に気取った風でもなく、極めて自然に。
だから、誰も、その話題にはもう触れようとはしなかった。
そして、気まずい空気の流れる中、フミカがさも「今思い出しました」という声で、奇妙なタイミングで言った。
「あ、言い忘れてたけど、こっちはもうネルガルを乗っ取れるから」
まるで「明日の天気は晴れかな?」とでも言っているようで、最初、何のことだか分からなかった。だがその意味が浸透するにつけ、叫んだ。
「どういうこと…」
「どういう事よそれはっ?!」
同時に言ったアカツキとプロスペクターを跳ね除けるようにエリナが叫んだ。その声は大きく、格納庫に反響して結構うるさい。
「どういうことって言っても……なぁ」
「ねぇ」
「そうですよね……あ、これを見てください」
頷く三人、特にトウヤは何かを思い出したのか、背負っていたリュックから重そうなブリーフケースを取り出し、それを開いた。
そしてそれを見たアカツキ達は絶句し、プロスはそれの真贋を見極めようと懐から端末を取り出してサインの確認をはじめている。それを見ながらアカツキはポツリと、放心したように呟いた。
「何故……これを?」
その問いにトウヤが、書類をケースに戻しながら答えた。
「個人じゃ組織には敵いませんからね、こっちも組織で対抗したんですよ。幸い、コネは地球中にありましたから」
「ネルガル社長派……それどころか個人株主のまで…」
そう、彼らが持ち出したのはいわゆる「白紙委任状」と呼ばれる物…社会的地位、年齢的な物も考慮したのか全てがアオキ・シュウエイとなっている。
「情報はお金になるからね、まあ、こっちは色々やってたから個人資産だけでネルガル乗っ取り仕掛ける気もあったんだけど」
愉しげに言う三人に、逆にプロスペクターが今までの沈黙を破って声を出した。
「どうやってこれだけの株式を!? いえ、何で社長派の白紙委任まで?!」
ネルガル重工は巨大企業である。ゆえに経営に際して株式を用いている。また株式会社であることは、株の持ち数に対応してそれ相応の発言力を得ることに他ならない。
会長であるアカツキは、会長派の対抗勢力である社長派に対抗できるだけの株を持つが、到底、先ほど見せられた数には足りない。例え落ち度が無くとも、シュウエイの一声で今の地位から突き落とされる。
だからこそ、これまで幾つもの事を画策し、現在の地位を確立させたというのに、それは砂上の楼閣であったのか。
「社長派は……まあ…いけ好かない実験をしたりしてたけど、それでも戦争賛美の会長派とは敵対してたから、反対の立場を取ってた。で、だからこっちのコネと関係あったんだよ」
無用心な一言であったのか、それとも意図的なリークだったのか。それはわからない。
だが、アカツキには閃くものがあった。
戦争には反対。
コネと関係。
では、コネとは何か。
思いつく物は、多くない。だが、その中で最大の勢力があるとすれば……
「太陽系人類圏共存融和連盟……」
「通称連盟。戦争の愚かしさを最も知る者たち……」
そんなこんなで時間が過ぎていく。
けれど、何時の間にか戻ってきたアカツキとエリナの表情が優れない。とはいえ、アカツキの場合、どことなく達観した雰囲気がある。
「なぁーんか大変なことになっちゃったねぇ」
「! …それ、自分の立場を考えた上で言ってる?」
「だから大変だって言ったじゃないか」
ドサ…
「おーい、担架持ってきてくれーヤマダの奴がオレンジカクテル飲んでブッ倒れた――」
「なんだなんだ、酒弱いなー」
「げっ、このオレンジ、丸印にメって書き込んであるぞ!」
「……ほんと、大変だねぇ……」
「……医療保険、利くかしら?」
そんな事を上の空で呟くエリナを傍目に、アカツキはヤレヤレと嘆息し、空を見上げた。空は雲が覆い始めていて、つい天気予報を思いだし、ホワイトクリスマスにでもなればいいのにと思った。
するるるる。
誰にも聞こえないくらいにスススッとマイクに忍び寄り、拾い上げる。
とん、とん。
マイクを軽くはたき、スイッチが入っているのを確認して――音に気づいた皆はマイクのあったステージに目を向け――ようやく気づいた。
「さぁて、今回のメイン、ビンゴ・ゲームだぁ! 司会は私、サクラバ・フミカがお贈りしまぁっす。まぁ難しい事はさておいて、景品を見てちょーだい!」
ステージ上でマイクを持っているのは期待を裏切らず、やっぱりフミカ。ちなみにこのまま結婚式に出れそうなタキシード(白)である。
じゃじゃーん♪
それは異様な物体だった。
鋼鉄の十字架に貼り付けにされた男が1人、言わずと知れたテンカワ・アキト。こちらは紋付袴を着、やはりこのまま結婚式に出れそうな風情である。しかもどういうわけか頭上には月桂樹の冠付き。横には古今東西のウェディングドレスが10数着。仕立て直しのギフト券までセットとは抜かりない。
しかもその十字架(台車付き)を押してきたのは、全女性の憧れ、ウェディングドレスを纏った……ベールのおかげで何とか顔と涙が隠れているが……似合い過ぎのトウヤである。
だが、今、もっとも怖いのは、その異様であるはずの光景を、誰もが自然に受け止めていたことかもしれない。
何人かが「このテンカワの状態は一体?」と頭をひねっているが、フミカはそれに付き合わず。
「さあ、今回の景品はこれだ! 戦闘能力抜群、家事万能、けっこう気の効くテンカワ・アキト! ……あ、夜のお供もオッケーね」
その声を聞き、一部から黄色い悲鳴と、野太い悲鳴が上がるが……後者は無視した方が良さそうだ。
「ふがーんー、ぐむー」
「あーもう、猿轡をしてちゃ聞こえないんだから黙ってなさい」
「むーぐー」
「はいはい、ねむろ―ねー」
ちりィリりぃ。
と、フミカが耳元で「鈴のような物」を軽く振るような素振りをした後……アキトはぱたりと気を失った。まるで漫画の様だ。
「というわけで、フリー参加……」
……妙に気合の乗った、カグヤとユリカの叫びを耳に、現実から逃げるようにして……。
そして再びアカツキが零した。
「本当に大変だねぇテンカワ君……て、あれ? エリナ君?」
言いつつ見渡すと、参加申し込みのところに見覚えのある会長秘書が。
「……テンカワ君……君は同士だと思ったが……やはり敵だったようだね……」
そう言いつつも、手はすばやくコミュニケを操作し、ウリバタケに「怨敵抹殺指令」と題したメールを送るのだった。
だが、誰もこの時点では気づいていなかった。
ネルガルの研究所に秘匿されたチューリップ、その内部からの重力異常に。
そして、それは現れた。