暗い…暗い…部屋の中。
必要なもの以外が一切無い空虚な部屋の中。
ポツン、と置かれた寝具に横たわり何処も見ていない瞳をしている少女。
その目に光は無く人形同然の様を見せている。
暗い部屋の中にあっても尚も輝くような銀の髪。
流れるような長さを持ち白いシーツに溶け込むようだ。
赤い硝子球をはめ込んだような瞳。
それこそ人形のようにそれはウツクシイ。
病的なまでに白い肌。
最上級のビスク(西洋人形)の様な肌には傷一つ無い。
そこにはただ美しい人形が横たわっていた。
さて、それではその人形の”持ち主”というと…。

「……」

暗い部屋に差し込む光。
無言で入り”人形”を運ぶ。
”人形”もまた抵抗する事無く唯々諾々と運ばれていく。
白い通路の中を、汚れ無い通路の中を運ばれていく。
途中擦れ違う者達もいるがその目はただ狂気を含んでいる。
運ばれ辿り着いた先は同じく白い、部屋。
幾つもの機器が並び哀れということを知らない”哀れ”な人形を今か今かと待っている。
寝台を移される”人形”。
変わらない目で”白”を見ている。
何時ものように機器に繋がれ様としている。
だが何時もと異なる事が起きる。
響く警報。
白い部屋は警告灯で赤く染め上げられた。
騒ぎ出す人形師達。
そして飛び出していく、”人形”を放って。
残された人形は…。







暗い部屋。
何時もと変わらない光景。
違う…この光景以外知らない。
私はそのことに気づき微かに笑みを浮かべた。
ここで造られてからどれくらいの時が過ぎたのだろう?
ここ以外に世界があることなんて知らなかった。
それを知ったのは私と”同じ”様にここに居る他のみんなが教えてくれたから。
けどそのみんなももう居ない。
多分棄てられたのだろう。
暗い部屋。
光が差し込んできた。
暗闇の中に在った私の目にその光は辛く僅かに目を細める。
入り込んできた人物は何時ものように私に覆い被さってきた。
今日はこの人か。
訪れる人はよく変わる。
けどやることは同じ。
私に覆い被さりキモチノワルイコトをする。
その人は笑いながら私の胸を掴む。

アア、キモチガワルイ…

どうしてこんな気持ちの悪いことが好きなんだろう?

「くそっ!全然反応しないな。所詮人形かよ!」

その人はそんな事を言う。
私はニンギョウらしい。
だってそれ以外で呼ばれたことが無い。
私はニンゲンで無いらしい。
だってそう呼ばれた事が無い。

「まあいいさ。ダッチワイフを抱いてると思えばいいんだしな」

その人はそう言い服を脱ぎ捨てた。
改めて私に覆い被さり私の足を開き、腰を沈めた。
この感覚は好きになれない。
私の中に何かがある感覚は。
だけどその人はそんなことに気づかない。
ただ腰を動かしているだけ。
私も合わせて腰を動かす。
最初に何もしなかったら叩かれた。
”人形でも腰くらい動かせるだろう?”と言われた。
痛いのは…イヤ。
だからあわせて腰を動かした。
そしたら叩かれなくなった。

アア、ヨカッタ…。

その人が小さく声を漏らした。
私の中にナニカが注ぎ込まれる。
好きじゃない…。
その人が私の中に突き入れていたものを出し舐めろと言ってきた。
白濁したモノが付いている。
私はその言葉に従い舐めた。
何時ものことだから。
舐め終えるとその人は満足そうに出て行った。
代わってまた新しい人が入ってきた。
まだ続くのだろうか?

アア、キモチガワルイ…。







白い部屋が赤く染まっている…。
ここには私以外誰も居ない。
初めてだ。
こんな事。
私は始めての事に心を動かされながら寝台から降りる。
ひんやりとした感触が足から伝わる。
あの人たちが身に付けているものを付ければひんやりとしないだろうなと思う。
確か…フクとかクツとかと呼んだと思う。
部屋を出た赤い灯りが目に痛い。
違った。
赤いのは灯りのせいじゃない。
見慣れた”血”が床中に撒かれている。
同じように見慣れたものが転がっている。
あんな風になったら棄てられるのに…どうして誰も棄てないんだろう?
歩くたびに足が赤く汚れた。
いつも白いのに今日は赤い。

ドウシタンダロウ?

音が聞こえたのでそちらに向う。
向う途中私にキモチノワルイコトをした人たちが転がっていた。

ヨカッタ…コレデキモチノワルイコトハサレナイ。

ああなればみんな動かなくなるから。
一つの部屋を覗き込んだ。
同じような寝台に同じように横たわっている私以外の”ニンギョウ”
その”ニンギョウ”は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
”血”が流れている…。
もうこの”人形”は棄てられるだけ。
だけど…

ナンテ、ウレシソウナンダロウ…。

私は部屋を出る。
人影が見えた。
あの人たちとは正反対の色を纏う人。
黒い…黒い人。
あの人なら…なにか教えてくれるだろうか?
私は近づく。
その人が手を動かした。
その手に持っているのはジュウと呼ばれているもの。
シンタイノウリョクを調べるからといって”これ”が使われたら避けるようにと言われていた。
だから私は避けた。
その人が振り向いた。
ナニカ訊いてくる。
だから私はいつもの呼ばれかたを言った。

セイコウレイ…。

それが私の呼ばれ方。
ニンギョウよりそう呼ばれることが多いから。
その人は訊いて来た。
生か死かと。
なんのことだろう?
今までの会話から考える。
多分…死と言うのは棄てられてしまう状態の事。
多分…生と言うのは棄てられない状態の事。
どちらでもいい…私はそう言おうと思った。
けど…出た言葉は”イキタイ”。
なぜかその言葉が出た。
その人はそれだけで歩き去ろうとする。
私にフクを着ろと言って。

どうやって着るんだろう?







私が居たところはもう遠い所。
彼にしがみついてる私。
”これからどうしますか?”と訊かれた。
どうすればいいのだろう?
こんな時が来るとは思ったことが無い。
それに私はこの人の傍に居たい。
私に光をくれたから。
初めて見た外は本当に広かった。
こんな世界があったなんて知らなかった。
だから”世界”を教えてくれた彼に着いていきたい。
けど…彼は駄目だって言ってきた。
どうしよう…。
私が悩んでいると彼が”ナデシコ”を目指すようにと言って来た。
ニホン、ネルガル、ナデシコ…全部初めて聞くもの。
でもそこにいければ彼と一緒に居られる。
その”ナデシコ”のことを彼が話すとき凄く嬉しそうな表情をした。
だけど一緒に寂しそうな表情もした。
どうしてだろう?
私が嬉しそうな表情をしているといったら彼は微笑んだ。

ムネガ…タカナル

なぜか熱い。
頬が赤くなるのがわかる。
彼の微笑を見たら…。
私が混乱していると彼はバイクを走り出させた。
名前を訊かれる。
名前…人形でない名前。
それが何かは知らない。
けれど私に与えられた名前。
私が私である為のもの。

それは

――フィーア



こんなにも「蒼い空」の下で