ジュデッカが完成した。
かつてのようにスマートなボディに蒼い塗装。
武装はさすがに如何ともしがたかったのかフィールドランサーとライフルのみであるがシンジとジュデッカであればこれで十分とも言える。
「ようやく完成したか…」
感慨深げな声で呟くシンジ。
その目は蒼い機体に向いている。
氷の様に澄んだ色をした機体。
地獄の最終・最下層の名をつけられた機体。
そして…アキトと共に虚空を駆けた機体。
コロニーを落とすなどとてもいい思い出ではないがそれでもかつての愛機を見るのはどこか嬉しい。
「綺麗だね」
と思い出に浸っているシンジに声を掛けたのはフィーアだ。
彼女は今、猛勉強中だ。
ちなみに勉強しているのは医療関係について。
相も変わらず危険なことをしているシンジが怪我をしても大丈夫なようにと思っているのだが…。
いかんせん、相手がアキト並に鈍感なシンジではその想いは伝わっていない。
精々いた場所が居た場所だからと思っている程度だ。
「そう…だね」
かつてとは異なるものでは有るがこれと同じ機体を駆ってコロニーを襲撃した記憶はまだある
シンジ自身はそれほど重きを置いていないがアキトが強く気にしている為シンジも引きずられるように気にしている。
「これで機動兵器も相手できます」
そんな感傷を振り切りシンジは言う。
幾つかの研究所はすぐ近くにチューリップがあり下手に襲撃をかけるわけには行かなかったのだ。
下手に襲撃をかければチューリップが動き無人兵器を吐き出しかねないからだ。
クリムゾングループがチューリップを動かせられるかは分からないがそれだけで動くには危険すぎる。
だがそれもジュデッカが完成すれば終わりだ。
楽に…とは行かないが無人兵器もチューリップも落とす事が出来る。
現時点で最高の機動兵器とシンジであれば。
「また…戦いに行くの?」
フィーアが心配げに問う。
シンジはその問いにフィーアの方へと振り向く事無く、ええ、と返す。
「僕はそのために居るから」
誇るかのように呟くシンジ。
そして羽織っていたコートをフィーアに渡す。
「試運転を兼ねて少し出撃してくるよ」
そう言いジュデッカに歩き出す。
フィーアはその姿を見て慌てて傍に置いていたヘルメットを持つ。
「シンジ!」
慌てるような声にシンジが振り向く。
そんなシンジに必死で駆け寄りフィーアは言った。
「シンジせめてノーマルスーツだけでも!」
とフィーアは言った。
それに対しシンジは。
「私は必ず帰る主義でね、必要ない」
小さく笑みを浮かべながらシンジは言う。
ジュデッカが赤の角付でないのが惜しまれる。
「……で、フィーア。君にそんなことを教えたのは誰だい?」
付き合うシンジもシンジだと思うがフィーアはそんなことに気づかない。
「えっと…ラピスがシンジが出撃するときはこう言うようにって…」
フィーアの言葉に頭痛を抑えるシンジ。
ハーリーのとある行動の結果ラピスが立派に歪んだのはシンジも知っている。
アキトさんが知ったらハーリー君の命もその日までかな?などと思ったりして。
「フィーア、ラピスが妙な事を言っても実践しないでいいからね」
「…う、うん」
出撃する前からなんだか疲れたシンジであった。
●
もう!どうしてこんなに敵がいるんですか!
私はいまだレーダーを光点で埋め尽くす敵の数に悪態を吐いた。
私が今対峙しているのは木星蜥蜴の小型兵器。
当初は数十機いた味方も今は片手の指で足りるほどにしか残っていない。
残っているのも殆どが被弾して作戦行動には無理が出てきているし…。
「あ〜あ。これは少しヤバイかな?」
こんな状況なのだから私にもこれぐらい言わせてもらってもいいだろう。
とりあえず視界に入る機動兵器を片っ端から落とす。
けど全然減ったようには見えない。
『おい!アリサ!!撤退だ!!』
「どうやって!?」
入ってきた通信に怒鳴り返す。
もう敵に囲まれている状況なのにこの状態で撤退行動に入ったら落とされるわよ。
「っく!もう!好きな人も出来ていないのにこんな所で死んでたまるもんですか!」
といっても結構状況は寒いものがある。
ライフルはもうすぐ弾切れ、残るは…どつきあい。
「はぁ…。花の乙女がやる事じゃないわね」
こんなこと言えるあたり私もまだ余裕があるのかしら?
と思ったら余裕が無くなったわ。
開かれたウィンドウに出てくるふざけた文。
大体なによこれ!?
弾切れ残念!ってのは!
くぅ〜ネルガルも嫌味な感じね!
「仕方が無いか…」
私はライフルを捨てた。
残るは素手だ。
「まあやれるところまでやるしかないか」
覚悟を決めて私が突撃しようと思った時、レーダーが新たな機影を映し出した。
「え!?友軍?」
そんなわけないのに思わず呟いてしまう。
だけどその不明機はビーコンをだしておらず敵かと思ったら…。
あっ!という間に私の目の前を通り過ぎて行った。
その後に続く爆発。
「何が…起きたの?」
とんでもない速さで通り過ぎていった不明機がまた戻ってきたので今度こそはと見てみる。
その機体は私達が散々苦労していた戦艦もなにもかを呆気なく撃墜していた。
「そこの機体!所属を…」
と通信を入れようとしたんだけど全く繋がらない。
どうやら向こうから強制的にカットしているみたい。
「…まっいいか。なんか一応助けてくれたみたいだし」
一応ね?
けどその機体はいえ、その機体を操るパイロットは化け物…そうとしか思えなかった。
雨の様に迫るミサイルをいともあっさり避け一度の突撃で軽く百機は落とす。
あの状況の中で敵機の動きを読み確実に落とせる進路を選んで無駄の無い動きで突き進む。
…私には…あんな真似できない。
誰かは分からないけど…化け物…そうとしか思えない。
お陰で私の周りにいた連中はそいつの方へと向っていった。
なんだかプライドが傷つけられるけど、命あってこそだ。
もう敵機の隙間からしか見えない蒼い機体。
だけど次の瞬間には簡単に見ることが出来る。
落とすのだ。
「何者なの…」
もう、私にはそう呟く事しか出来ない。
他のパイロットに至っては呆然としている。
十二のバーニアが線を描く。
まるで翼のように…。
線を描くたびに起きる爆発。
「てん…し…?」
私はそう呟く事しか出来なかった。
蒼い機体、この空よりずっとずっと透き通るような蒼。
そしてバーニアという名の十二の翼。
まるで容赦なくあの蒼い機体は敵を殲滅する。
「違う…」
天使じゃない…。
あんな怖い天使…あんな恐ろしい天使なんていない。
だから…
「堕天使…」
だろう。
天使に見えるほど美しい動き。
綺麗な氷の様な蒼。
けど全然容赦なく敵を殲滅する。
そして十二の翼。
だからあれは天使じゃない。
「蒼い…堕天使…」
それがぴったりだ。
他のパイロット達も同じみたい。
繋がっている通信から祈りの言葉が聞こえてきたりしている。
私も祈りたい気分だ。
まさか…あんな恐ろしいものに出会うなんて…。
きっとあれに対抗できるのはナデシコとかいうネルガルの戦艦のパイロット――テンカワアキト位だろう。
一度だけ見た戦闘映像、御爺様がどこからか手に入れた映像。
だけどあの映像では私は恐怖を憶える事なんて無かった。
あのパイロットは味方を案じていたから。
だけどあの蒼い機体のパイロットは違う。
私達なんて気にしていない。
きっと邪魔だったら迷わず落とす。
そんな気がする。
知らない内に震える身体を私は抱きしめ、ただ一方的な破壊劇を見ていることしか出来なかった。
私、アリサ=ファー=ハーテッドは……。
●
この戦闘域に敵機が存在しない事を確認したシンジは満足気に笑みを浮かべた。
「充分だ…」
ジュデッカの仕上がり具合は。
この機体の出来具合は充分にシンジを満足させた。
「さてと、敵はもう存在していないみたいだし…帰るかな」
手の甲のタトゥーが光る。
主の命を受けジュデッカが動く。
シンジは掛かるGに身を任せながらちらりとウィンドウに映る機体に視線を動かす。
白銀の機体。
シンジがこの戦闘域に訪れるまで苛烈な攻撃をしていた者。
「結構良い腕、してたな」
その動きを見て断ずるシンジ。
アキトやシンジに及ばないまでもナデシコ級のパイロットと言える。
つまり、一級の”腕”と言う事だ。
でなくばあの状況の中で生き残れまい。
シンジは呆気なく殲滅してみせたがバッタやジョロのみならず戦艦まであったなかで殆ど被弾せずに戦い続けていたのだから。
その腕は間違いなくナデシコにスカウトされるのが当然と言える程の腕であった。
シンジはそれを考えてみる。
あのプロスペクターが見逃すとは思えないので何らかの事情があったのだろうと。
だが、それでも…、
「もしかしたらナデシコに乗る事になったりして…」
とシンジは可笑しげに呟く。
その言葉がいずれ正しいことになる事をシンジは知らない。
ましてや彼女を含めたナデシコ内に出来るとある組織が自分を巻き込むことなど。
いずれ訪れる悲劇(?)を知らぬままシンジはレーダーでは捉えにくい地形へと行き…ジャンプした。
●
薄暗く広い部屋の中で会話を行っている者達。
「会長、西欧より緊急で届いた映像です」
「ん。そうかい。ありがとうエリナ君」
一言謝辞を述べ映像を再生する。
映し出されたのは蒼い機体の活躍。
「……」
「……」
二人とも言葉を無くす。
「これは…」
「凄まじいですね…」
息をすることすら忘れそうな圧倒的な力。
ただただ二人はその映像に釘付けとなる。
「ナデシコは今、消息が不明なんだろう?」
たった一人だけこの様な戦闘を可能とする人物の消息を。
「はい。ナデシコは火星を脱出しましたがその後の消息は不明です。恐らくボソンジャンプかと…」
「……ならこれは一体誰だろうね?」
この様な恐怖を憶えるほどの一方的な戦闘を行える者は。
未だ映し出される蒼い機体の姿。
その前に立ち塞がるものはなにも無い。
呆気なく蹂躙され屑とされる。
「まるで天使ですね」
「あれがかい?」
あの苛烈で容赦の無い戦いをするものを天使と呼ぶ。
「どちらかと言うと悪魔だね」
天使のような悪魔。
悪魔のような天使。
だが彼らは知らない。
蒼い機体を操る者の純粋な想いを。
ただ一人の為に空を翔ける者の想いを。
「テンカワアキトだけじゃなくもう一人…。やれやれ厄介なことになりそうだね」
そう言いつつその言葉は面白がる響きだ。
暗い部屋に映し出される蒼天と蒼の機体。
その動きは華麗にそして獰猛に。
果ての無い戦いを続けていた。
●
ハァ…ハァ…ハァ…。
荒い呼気が狭いコクピットに響く。
『生きてるかあ』
入るお気楽な通信に笑みを見せ応える。
「お前のポーカーの負け分を貰わん限り死ぬ気なんてねえよ」
『おいおい、まだ憶えてんのかよ』
「当たり前だ」
荒かった呼気も落ち着いてきた。
木星蜥蜴の襲撃があり出撃したのが数時間前。
何とか迎撃に成功したが被害も大きい。
『今日は…何人死んじまったかな…』
「さあな」
モニターに目を向ければ出撃時と比べて半数以下になっている味方のマーカー。
本当に呆気なく死んでいった。
死んでは補充され補充されては死んでいく。
毎日それの繰り返しだ。
その繰り返しに耐えられない者も少なくない。
どこから手に入れたものか麻薬を使い恐怖を無くす。
今日の出撃でもイカレタ味方に落とされた者がいた。
イカレタそれは次には無人兵器に突っ込んでいって肉片も残さずこの世から消え失せてしまったが。
「くそっ!味方に落とされるなんて馬鹿げてるってんだ!!」
『仕方がねえよ。こんなイカレタ場所(戦場)じゃあ同じようにイカレタ方が楽だ』
「チクショウ…」
何時来るとも知れない敵。
帰還したと思えば現われる。
一息つく間も無くミサイルをばら撒き爆炎を撒き散らす。
ほんの数分前まで笑いながら話していた者が肉片も残さず死んでいくのを見ている。
馬鹿げた数の敵に囲まれ恐慌状態に陥り無謀に特攻し死んでいく様を見ている。
次は自分か?
そんな恐怖が充満していく。
「あ〜あ。そう言えば知ってるか?」
『なんだ?』
「なんでも極東のネルガルのナデシコにゃあ凄腕のパイロットがいるらしいぜ」
『ああ、聞いた事があるな。なんでもエステで戦艦を何隻も落とす奴だろう?』
「そうそれだ。ったくうちにもそんな奴いねえかな」
『無理無理。そう言う奴は高い金払わないと、んな所に来ないって』
「だよなあ。それに幾らなんでもエステで戦艦を好きなだけ落とすなんて…戦場特有の噂だな」
『そりゃ言えてる』
軽口を叩きあいながら帰還しようと機体を動かす。
その時だった。
レーダーが敵を確認したのは。
「最悪だな」
『全くだ』
機体はボロボロ、今すぐでもメンテナンスが必要な状態。
持っているライフルも弾は無い。
嬲り殺しにされるのが分かる。
他の機体のパイロット達も同様だ。
通信からは何の言葉も聞こえない。
この絶望以外感じる事の出来ない状況でその通りに絶望しているのだ。
「やるしか…無いな」
未だ遥か彼方の敵ではあるが戦闘領域で考えると大した距離にはならない。
囲まれてるも同然だ。
役に立たないライフルを棄てイミディエットナイフを持つ。
その間にも遥か彼方の敵はもう既にそうではなくモニターに映るほどの距離に来ている。
「くそったれが!」
手の甲のタトゥを輝かせ迎撃に向う。
この圧倒的、絶望的な状況下で出来る事など一つしかない。
否、与えられた選択肢は二つ。
戦って死ぬか、戦わずに死ぬか、だ。
空を黒くしようとでも言うのか凄まじい数の無人兵器。
それらが一斉にミサイルを放った。
『うわぁあああぁぁ!!』
避けることの出来なかった者の声がスピーカーより響く。
それだけを発し爆発が起きる。
「チクショウ!チクショウ!チクショウ!」
どれほど悪口雑言を喚こうとこの状況は変わらない。
呆気なく味方が死んでいくだけだ。
一発も、いや一太刀も入れることが出来ずに簡単に死んでいく。
いや一太刀入れたところで相手は無人兵器。
なんの痛痒も感じない。
ナイフでフィールドを突き破り一機落とす。
だがそれにどれほどの意味が有るというのか?
敵にとっての一機などこの馬鹿げた数の中では事故で落ちたのと変わらないだろう。
「なんだってんだよ!!この戦争はっ!!」
相手は人間ではなく無人兵器。
落としても落としても作られて補充されるだけにしか過ぎない。
がこちらは人間。
落とされたらはい、それまで。
パイロットは無限ではない。
『馬鹿っ!なにしてやがる!!』
入る通信に我に帰る。
目の前には今まさに破壊しようと動く玩具。
「あっ……」
呆けた声を出しながら思った。
死んだな、と。
ドン!と走る衝撃。
狭いコクピットに身体を打ち付けられ痛みに苦鳴を漏らす。
それでもまだ自分が生きているのが分かると直前まで自分がいた場所に目を向ける。
そこには別の機体があった。
ジョロの体当たりで機体が潰されている別の機体が。
『よお…』
入る通信。
映し出された映像には血を吐いた戦友の姿。
『これでポーカーの負け分はチャラにしといてくれ』
血で汚れた口で笑みを作る。
それで終わり。
後はデザートノイズが走り、目の前でその機体は爆発した。
「…あ、あああ…、っうあああああ!!」
叫びナイフで戦友を殺した物を抉る。
呆気なく破壊されるジョロ。
「なんなんだよ!!てめえらは!!」
「おい!止せ!!」
止める声など聞こえなかった。
一際タトゥを輝かせ敵陣に突っ込む。
「なんだってんだよ!!」
迫り来るミサイルを避ける事もせずただ突き進む。
ミサイル網を抜けると待ち受けるメチャクチャな数の無人兵器。
だがそれを見ても止まらない、止めれない。
「あああああああああああ!!」
待ってましたと言わんばかりに突き進んでくる機体に攻撃を仕掛けようとする。
なにせ相手はただ真っ直ぐ突き進んでくるだけ。
野球ならば予告ホームランを出してもいいぐらいだ。
だがその機体はそれでも突き進んだ。
がむしゃらにナイフを振り回し敵機を落とす。
喉が破れんばかりに叫びながら。
叫び続ける男のコクピットに走る衝撃。
身体が下半身より熱い感覚を知らせる。
「あ……」
と見下ろしてみれば下半身の代わりにひしゃげた、装甲と呼ばれていたもの。
ゴボリ、と血を吐く。
「あいつと同じ死に方か…」
徐々に霞んでいく視界。
それでもまだ周囲を見る事は出来る。
この機体の周りを円を描き飛び回るジョロ。
「くそったれ…」
霞んでいく視界の中で見たものは自分を殺そうと動いていた無人兵器の大群が消し飛んでいく様相。
それは戦艦も同じで。
「はは…本当にいたよ…噂じゃなくって…あいつらを好き勝手落とせる…や…つ…」
見えなくなっていく世界の中で最後に見たのは蒼い機体。
バーニアが天使の翼の様な軌跡を描く、蒼い機体。
「天使なら…もっと…はやく…来いってんだ…」
もう、何も見えない。
白い光が包んで、呆気なく世界から消え失せたのであった。
●
シンジはジュデッカを駆りまだまだ残る無人兵器の大群を潰していた。
この戦場へと来た際になぜか部隊から離れて敵陣の中で孤立していた機体があったが興味を引くものでもない。
おそらく恐慌を起こして一人特攻してきたのだろうと当たりをつける。
無事であればシンジが参戦した時点で助かったであろうがその機体は既にコクピット部分が無残に潰されていた。
事実そのすぐ後に爆発を起こし今あるのは破片だけだ。
興味など無い。
今興味があるのは未だ数多くある無人兵器の群れ。
だがこの数ならばシンジの、ジュデッカの敵ではない。
遠方でこちらを見ているどこかの部隊に通信なんて送る事をせずシンジは好き勝手に落としていく。
全て潰し終えるのにあと少し。
誰かが彼の無人兵器に抱いた絶望と憎悪。
シンジには関係のない事。
それによくある話だ。
誰かが死ぬなんて事は。
在りすぎて誰も気になんてしないくらいに…
よくある話…。
この「蒼天」に誓う