映像の中を黒く細い閃光が走った。
一本の牙の様に天空に突き立つ砲塔が放った閃光。
それは空を我が物顔の様に陣取っていた幾隻もの戦艦を飲み込み爆発四散させた。
その映像をバックにムネタケが扇子を片手に説明を繰り広げている。
ムネタケの説明を聞きながらアキトはふと思った。
この『過去』をなぞる現在の事を。
それは説明が終わり、自室へと戻っても終らずに思考を埋め尽くしている。
凄惨な『未来』を変えるという決意を秘め、こうしてナデシコに乗り始めて早数ヶ月。
ナデシコ、連合軍そしておそらくは木連に於いても力を持つ者として響き渡っているだろうアキトの名。
だが、結局はそれだけだ。
自分のやっている事に本当に意味があるのか?そんな疑心に駆られる。

(シンジが知ればまた言われるな)

自分の心中を隣に座る少年が知れば、諭すかのように言葉を紡ぐ光景を想像し苦笑を浮かべるアキト。
シンジのことを思い出し、DFSに関しての『技』を思い出すアキト。
正確にはかつて使えるやもしれないということで思い至ったものであるが結局は様々な問題があり不可能となったのだ。
が、今は不可能とされたものを可能とするものがある。
それがDFSである。

「シンジ、DFSであれを試してみるぞ」

この言葉だけでシンジにはアキトが何を言いたいのか分かる。

「分かりました」

すぅと静かに立つシンジ。
まるで音も無く無駄の無い動きである。
ある意味、典雅さを感じさせ、幽明に生きる者の様なその動きに対しアキトは呟いた。

「相変わらず大したものだ」

感嘆と賛嘆の混じった声。
アキト自身並ぶ者など居ないと言われるほどであったがシンジの動きは一つの頂点を極めている。
アキトが実とすればシンジは虚。
影の様な動きと静謐さを持っている。
まさしくそれは彼に相応しいと言えるものかもしれない。

「なにがですか?」

アキトの抱いた感嘆に首をかしげるシンジ。
それに対し、いや、と小さく首を振るアキト。
だがその口元に浮かんだ微笑は消えていない。
なぜか笑みが浮かんでくる。

「いや、なんでもない」

首を振るアキト。
そんなアキトに訝しげな目を向けながらシンジは別段問う事もしない。
その点はアキトを信じている。
――何かあるのであればアキトは話してくれると言うことを。

「それにしても…」

シンジがどこか呆れた表情で呟いた。

「なんだ?」
「いえ、まさか『アレ』らを使うとは考えてもいなかったんで…」

小さく自嘲の笑みを浮かべアキトをみるシンジ。
アキトもその言葉を聞き、同じ笑みを浮かべた。

「確かに、な。フィールドのエネルギーの関係上実際に使えるとは思わなかった」
「半ばジョークで考えた技だったんですけどね」

まさか使う事になるとは…、とそこまでシンジが言うと、そういえば、と言葉を変えた。

「ラピスにフィールド技を使える様になったって教えたら…」

ポケットに手を入れ、一枚のディスクを取り出す。
訝しげな目をするアキトの様子を目に入れつつ言葉を続ける。

「これ…その技の名前だって…」

と言いアキトにディスクを渡す。
受け取ったディスクをなんとも言えない表情で眺めるアキト。
数秒ほど眺め、

「そう、か…」

と疲れた溜息を漏らしポケットに入れた。
そしてシンジの方を向き、

「シンジ、お前も言えよ?」

アキトの言葉にシンジが、げぇ、といった表情になる。

「アキトさん、それ、僕のキャラじゃないです」

というがアキトは聞く耳をもたない。
シンジの肩に手を置き、

「がんばれよ」

と少しばかり意地の悪い笑みを浮かべる。
そして部屋を出て行く。
先ほど言ったようにシミュレーションルームに向うのだろう。
シンジもまた同じ様に部屋を出て行く。
先を行くアキトの背に恨みがましい目を向けながら。

 

 

 

 

「どうだ、シンジ?」

シミューレーターの中でアキトがシンジに訊く。
既に仮想の中に入り込み、世界はその様相を変えている。

「……大丈夫です」

とエステの手に持つ、DFSを振りながら答えるシンジ。
アキト専用などと謳われたDFSをシンジは事も無げに扱う。
後日アキトがシンジに簡単に扱えたようだが?と訊いた際にシンジはこう答えた。

「なんというか…あの手の不確かなモノを存在されるのに慣れているというか…」

と言うシンジにアキトは首を傾げたが、気にする程の事でもないと思いそれで話は終った。
話は戻る。

「じゃあ、大丈夫だな」
「ええ」

と言葉が交わされ二人は向き合った。
それぞれのシミューレーターにはそれぞれが乗るエステの姿が映し出される。
やはり、と言うべきかアキトはカラーリングを黒に、シンジは蒼にしている。

「いくぞ…」

ちらり、と手元に映し出される『ある』文章に目をやり呟くように言うアキト。
すう、と大きく息を吸い、

「咆えろ!!我が内なる竜よ!!」

裂帛の気合と共に刃がその色を変える!
光も何もかもを喰らう様な闇として、そして漆黒の色に!

「秘剣!!咆竜斬!!!」

振り下ろされる刃。
『現われる』竜の咆哮。
その顎がシンジの操る、蒼の機体へと突き進む。
竜の咆哮が全てを破壊していく。
そして迫り来る強大な一撃にシンジは…、

「切り裂け!!堕ちたる天使よ!!」

同じ様に刃がその色を変える。
闇色に変わり、絶対の力を示す。

「絶技!!天魔斬裂!!!」

そして叫ぶ。
放たれる一撃。
あらゆるモノを切り裂かんとの意思を持つかのように切り裂き突き進む。
そして、ぶつかり合う!!
凄まじい音を鳴らしあい、ぶつかり、消しあう二筋の闇色。

「「ハァアアアアア!!」」

それぞれ刃をお互いに向け、気合の声を出す二人。
二人の視界の隅でオモイカネが、

『処理が追いつかない〜(泣)』

とウィンドウを出しているが気づかない。
かみ合う互いの一撃が消え去り、一瞬にして静寂が戻る。
静寂が戻るのが一瞬であれば壊れるのも一瞬。
エステをその場より動かしたのはどちらが先か?
ほんの僅かな停滞もなしにエステを動かし、更に闘いを繰り広げる。

「禍呼ぶ黒き華よ!咲き狂え!!」
「我が内なる竜よ!!その爪を以って我が敵を裂け!!」

「百禍!!」「竜爪!!」
「繚乱!!」「連斬!!」


連続的に、まるで銃弾の様にDFSの攻撃を放つシンジ。
その光景はまさしく黒い華が咲き乱れるようだ。
が、その華は儚さなど微塵も無い。
まさしくただ壊し滅ぼす為だけにある華。
それを迎え撃つは五本の、いや五爪の剣。
先ほどと同様、ぶつかり、消しあう。

「…さすが」

とはどちらが呟いたものか。
二人とも薄く笑みを浮かべている。
そして今度は技を放つ事はなく、DFSの刃の色も鮮血の様な赤に戻る。
一切の言葉を漏らさず、話さず、相対する二人と二機。
シミュレーターの、仮想の中であると言うのに氷の炎がある。
冷たいのに猛る炎。
過ぎる時が薪をくべるかの様に勢いを増させる。
己らの心の内で燃えるそれが臨界に達す。

「「ふっ!!」」

鋭く息を吐き、エステを動かす。
スラスターが吹き、高速をもって互いにぶつかり合う。
振るわれる剣。
赤い、朱い、紅い、軌跡が美しい。
干渉しあう剣を引き戻し、シンジはエステを横に動かす、いや滑らせる。

「な、に?」

アキトの驚く声が小さく聞こえた。
余りに自然で滑らかな動き。
自然すぎるその動きが『虚』を突く。
振るわれる剣。
咄嗟に腕を動かし、二機の間に刃を入れる。
再び干渉。
せめぎあう剣を挟み二人はまた笑みを浮かべる。
そして離れる。
スラスターを大きく吹かし、距離を取り合う。
着地し、油断無く互いを見やり剣を構える。
互いのシミュレーターに小さく開くウィンドウ。
ルリが映っている。
そのウィンドウが開く小さな音。
それがきっかけとなり、動き出す!

「はっ!」
「しっ!」

それぞれ裂帛の気合で一気に離れた距離を詰め剣を振るう。

――一振り。

刹那の合間に合間に干渉し離れる。
地に付く脚部が耳障りな音を立てる。

――二振り。

スラスターを僅かに吹かせ、姿勢を変えるシンジ。
その動きを止めるようにアキトが剣を振るう。
流れるような動きがそのまま剣を避ける動きとなる。
今度はシンジが剣を振るう。

「ちっ!」

舌打ちをし、スラスターを吹かすアキト。
離れていくアキト機を追いシンジも動く。
一瞬に肉迫し振るわれる剣。
三度目の干渉。
唐竹割りに振り下ろされたシンジのDFSを受けるアキト。
干渉しあうDFSより突如シンジが手を離す。
消える刃。
バランスを崩すアキト機。
すぐさま体勢を戻し迎え撃とうとするが…、
映るのはナックルガードを着けたシンジ機の拳。
それより導かれる結果を防ぐ為、刃を振るうがシンジの方が早い。
弾けるアキト機の頭部。
刃の道筋を変え、切り払うアキト。
裂かれるシンジ機の胴体。
そこでゲームは終了。

 

 

 

 

ブラックアウトした画面を、ぼう、と見ながら座っているアキト。
シュン、と音がして光が差し込む。

「どうしたんです?」

逆光となっているため見えるのは影の輪郭。
眩しさに僅かに目を細めたアキト。

「いや、負けたなと思ってな」

小さく笑みを浮かべ応えた。
シンジはアキトのその応えに同じように笑みを浮かべる。

「相打ちですよ」

その言葉に髪をかき上げ、そうだな、と呟くアキト。

『あの、いいですか?』

二人の会話が止まるのを見計らいルリが口を開いた。

「どうしたんだい、ルリちゃん?」

シンジが優しく笑みを浮かべて訊く。

『オモイカネが悲鳴を上げていたので様子を…』
「ああ、そうなんだ」

とシンジは応えたが気にした様子は無い。
ルリもそれ以上オモイカネの事を言わずに別のことを口にした。

『お二人とも凄いですね』

それはシンジとアキトの放った技の事。
ルリの声に混ざるのは感嘆の響き。
だがそれを受ける二人は、ただ静か。

「そう、だな。…破壊する事に関しては凄い技だ」
「それ以外に使い道の無い力だけどね」

僅かに自嘲の響きがある言葉。
こんな技を考えなければいけなかった時を嘲るのか?

『……ッ!』

二人の言葉を聞き、ルリが小さく息を呑む。
触れてはいけないものに触れた――そう感じたのだ。
ルリが知らない二人の、いやラピスを入れれば三人の『時』。
復讐とそれを助けた彼らの『時』
その『時』を羨ましくも思うが、それを彼らの前では決して口にしない。
彼らがそんな事を望んでない、ということを知っているから。
墓地で言われた言葉があるから。

――それでも

――その力と技は

『私達を護る為に得たモノだから…』

零れるようにルリの言葉。
それが二人のもとに届く。
そして、自嘲とは、先ほどとは異なる笑みを浮かべる二人。
感情が読み取れない笑み。

「そう、そうだな…」
「うん…」

そう、どれほどのものを犠牲にしようと、どれほどのものを踏みつけようとも決めたこと。
殺し合いの日々の中でも忘れなかったこと。
それがあるからこそ……あの日々を乗り越えれた。
気が狂いそうな程の時を、人でありながら人でなくなりそうな時を。
もう、戻らないと分かっていたがそれでも在りし日に帰る事を夢見た日々。
だが……。

『……なんだか初めての様な気がします』

静かな時の中でルリが呟いた。
ウィンドウの中で遠い眼差しをし、仕舞われている思い出を引き出す。

『こうしてお二人と話すのが…。
 あの時、シャトルが爆発しアキトさんが居なくなり、続けてシンジさんまで居なくなってしまった…』

ルリの心を過ぎるのは爆発炎上するシャトルの光景。
寒々しく墓碑に刻まれた二人と一人の名。
それを虚ろな眼差しで見ていたのはいつの事だったろうか?

『もうあなた方と会えない――そう思ったとき、私は……泣けませんでした』

あの時とは異なり幼い頬に指を滑らせるルリ。
涙の残滓は、そこには無い。

『哀しかったのに…』

小さく笑みを浮かべるルリ。

『きっと信じられなかったんです…死んだという事を』

そして彼らは生きていた。

『墓地で再開した後にようやく私は泣けました。
 アキトさん、シンジさん…戻れ…ますよね?あの時に』

幸せだったあの時に。

『みんなで、四人で、居られたあの時に』

ひたむきなルリの表情。
あの時に戻れると信じている表情。
そんな表情をするルリ。
だからアキトは…、

「ああ、戻れるさ」

と言った。
笑顔、で。

 

 

 

 

「いいんですか?」

シミュレーターより出た二人。
顔をあわせると同時にシンジが問い掛けた。

「なにがだ?」

シンジの問いかけにルリに向けたのと同じ笑顔で答えるアキト。
暫しアキトの顔を見るシンジ。

「いえ…」

小さく溜息をつき、目を伏せるシンジ。
そんなシンジを残し、アキトはその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

陽気――というかどこか張り詰めた雰囲気のブリッジ。
ただ、その張り詰めている雰囲気もこれよりの戦闘のためではない。
ルリの機嫌が底抜けに良い為である。
それはつまり……、
アキトないしはシンジとなにかあったと見るべきなのだ。
となると当然アキトに恋する乙女(自称)達としては見逃す事が出来ない訳であり、それがこの張り詰めた雰囲気を作り上げている。
それは一見してある意味和やかな雰囲気に思えるがもし、この場にシンジがいたらどんな表情をした事だろうか?
だが、現実に彼はこの場には居ない。
その点に於いて、アキトのルリに告げた残酷、もしくは優しい嘘は効果を上げている。
とまれ、作戦は決行されたのだった。
順調に進んでいた作戦、それも敵弾が発射されるまでだった。

「キャアアアアア!!」

複数の悲鳴が響く中でその姿勢を大きく崩すナデシコ。
斜めになった世界の中でイネスの説明の声が朗々と響く。
視界が斜めになっているユリカにあわせてかウィンドウも斜めになっているあたり奇妙な芸を感じさせる。
大きく蛇行しながらナデシコは地面を削り、不時着した。

 

 

 

 

イネスの説明を交えてナナフシ攻略作戦を考えたメインメンバー。
同じ様にアカツキが指揮者となりナナフシへ向う事になった。
皆が動こうとした矢先に告げられる敵襲。
騒音すら生温い音を上げる無限軌道。
その数、おおよそ二万。
まさに地を埋め尽くさんばかりに現われた戦車群におもわず口をあんぐりと開けるユリカ。
取り敢えずはエステバリスが出撃し、破壊しているが続々と増援が現われる。
その破壊っぷりに戦車を乗っ取ってるバッタも学習したのか無闇に攻めて来なくなり一時の休息が訪れた。
その間にこの状況を打破しようと考えるのだが…、

「敵、戦車隊の増援が来ます」

とルリが告げる。
それが告げられるまでも無くブリッジの巨大なウィンドウにはナデシコを取り囲む戦車隊の後ろに並んでいく姿が見える。
とことん囲まれるナデシコ。
分布図へ目を向ければナデシコの青い点と敵を示す赤い点。
青い点を囲み赤い『面』が広がっている。
ゴートにどうするかと訊かれ考え込むユリカ。
暫し、時間が掛かりそうだ。

 

「随分と大変そうですね」

戦闘中の為、閑散としてる通路。
自販機が幾つか並び、そこに背をもたれているシンジ。

「ああ、以前とは異なっているようだからな」

シンジの横に同じ様に背をもたれているアキト。
手に持つ紙コップから上がる白い湯気。

「どうします?なんなら僕がジャンプしてジュデッカを持ってきますが…」

つい、と目をアキトに向け訊くシンジ。
過去と異なる部分に僅かに動揺した雰囲気を見せるアキトとは対照的にその姿は落ち着きを払っている。

「随分と落ち着いてるな」

と思わず訊いてしまうアキト。
アキトの言葉に苦笑を浮かべ答えるシンジ。

「僕らが居るんですから変わる部分も出てきますよ。時を遡ったからと言って人の反応こころまでなぞることなんて無いでしょうし」
「……確かに、な」

シンジの答えに自嘲の笑みを浮かべるアキト。
確かに人の反応まで、いや人の思いまで寸分たがわぬ事などある訳がない。
それに思い至らなかった自分を嘲たのだ。

「今はまだ…」

自嘲の笑みを浮かべるアキトを気にせず口を開くシンジ。

「今はまだこの程度です。……だけどこの先どんな『違い』が出てくるか分からないです。
 時を遡ったからと言って全能になれるわけでは無いということですね」
「……」
「それに…遡ったと言っても僕らの行いが無くなった訳ではない。
 あなたも憶えている様に、僕はあの時の事を忘れてはいない」

それは確固として彼らの記憶の内に存在する罪。

「時を遡る、というのは所詮は自己満足を満たすだけでしかないのかもしれませんね…」

詩を詠う様に言うシンジ。
たった二人の通路に寂しく響く。

「それでも…それでもだ。俺は『あの時』を繰り返したくない。
 自己満足と言われようとも、知り得た者に罵られようとも、……誰かが犠牲になろうとも、な」

空いている方の手をギリギリと締めるアキト。
激情を堪え『あの時』を思い出す。

「シンジ、お前の言うとおりだろう。時を遡っても全能にはなれはしない。
 だから俺は護るべき者を決める、ナデシコの皆を護ると決める、いや、決めている」

その目に確固たる意思の光を秘めシンジを見るアキト。
そして、

「誰も彼も護れるなんて、選べるなんて……もう、思っていないさ」

と寂しく呟いた。
紙コップの中身を飲み干し、捨てるアキト。
踵を返し歩き出す。

「ジュデッカは出さなくていい。もう少しだけ隠しておきたい、少なくとも…ナデシコが自由に動けるまで、な」
「分かりました」

そう言い残し歩き去っていくアキト。
後姿が徐々に小さくなっていく中、シンジは呟いた。

「でも…あなたは、あなた自身を『護ろう』とは思わないんですね」

 

 

 

 

結局この状況を打破するのに選ばれたのはアキトであった。
陸戦フレームと空戦フレームの二機を用いての策に心配気な目を向ける者もいたがアキトの自信に満ちた表情に押し黙った。
これよりアキトがする事を知っているのはルリとシンジだけだ。
シミュレーターの中で見せたあの技。
あの時のことを思い出し頬が微かに紅潮する。
その中でふと思ったこと。

(誰がアキトさんと行くんだろう?)

 

 

凝闇。
完全な光無き場所。
そこに、

カッ!

と眩い光がつくられた。
光は真円を描き、その中心にいる者を照らす。

「作戦部長、作戦Bを…S-4に実行しようか」

新円の中心に立つ、アカツキが厳かに口を開いた。

カッ!

と同じ様に光が真円を描く。
その中心にいる者を照らし。

「作戦Bだと?TとS-4をくっつけるのか?」

新円の中心に立ち問うウリバタケ。

「ああ、4を除いた他のS達は誰も動けないからね」

ニヤリと笑うアカツキ。
そこら辺は大企業の会長としての貫禄か?様になっている。

「そうか…俺としては…」
「残念ながらそれは無理だね。S-2の監視が強すぎる」
と言葉を続けようとしたウリバタケの言葉を遮るアカツキ。
残念、とつけるあたりやりたかったようだ。

「彼女の同僚の二人に彼女を煽らせ、そして結果に至る…。手抜かりは無いよ」
「さすがだな…」

畏怖の表情でアカツキをみるウリバタケ。

「これで彼も年貢の納め時さ」

「「は〜はっはっは!!」」

以上、ナデシコ某所よりの映像でした!

 

 

 

 

と、まあそんな事がありアキトに着いて行くのはリョウコとなった。
それにより様々な方面より異論が湧き出たが現実は如何ともしがたく諦めざるをえなかった。
そして改めて作戦を決行。
ナデシコより出た二機を待ち受ける数万の戦車。
砲口が牙の様に、爪の様に向けられる。

「おいテンカワ!!アイツ等こっちに気がついたぞ!!」

さすがに幾万もの砲口を向けられ、リョウコの声にも怯えが混じる。
対してアキトの方は瞑想するかのように目を閉じている。
静かに掲げられるDFS。
光、あれ、とでも言うのか現われる純白の刃。
闇夜を切り裂くかのように煌々と。
その姿に慌てるブリッジクルー。
幾らなんでもDFSのみでこの戦車の群れを突破できるとは思わなかったのだ。
だが、それもルリの静かな一声で止んだ。
そして、アキトが、

「バーストモード、スタート……」

詠う。

深紅のディストーションフィールドがアキトの機体を包む。
赤く、紅く、輝くフィールド。
それは遠くより眺めれば紅玉の様に。
闇の中に生まれた小さな、だが確かな灯火の様に。

『テンカワ…分かってるな?』

突如現われたウィンドウ。
映し出されているウリバタケが一切の欺瞞を許さぬという目で問う。

「ええ、分かっていますよウリバタケさん。……約束は守ります」

アキトの言葉を聞き笑みを浮かべるウリバタケ。

『ようし!ならいい!!じゃあお手並みを拝見させてもらおうか!』
「ええ、どうぞ!」

白い刃が深紅に染まっていく。
機体を包むフィールドが染料となり。
徐々に薄れていくフィールド。
徐々に染まり行く剣。
フィールドの全てが剣に代わる。
そして漆黒の刃が顕現する。

「行くぞ!!」

裂帛の気合を乗せアキトが言った。

「咆えろ!!我が内なる竜よ!!」

振り下ろす!!

「秘剣!!咆竜斬!!!」

まさしく竜が咆哮するかのように現われ、放たれる漆黒の竜!
一瞬にしてナデシコのフィールドを食い破り砲口を向ける戦車に突き進む。
この絶対的な力の前に金属の鎧などなんの意味もなさない。
ただ、竜に呑み込まれ消えていくのみ。
いや消えていくのは戦車のみではない。
竜が進む先にある全てが消えていく。
地も、山もなにもかもを……。
呆然と見ることしか出来ないクルー達。
ただその絶対的な威力に畏れと怖れを抱く。
無音の中でアキトが連れ添うリョウコに声を掛ける。

「いくよリョーコちゃん!」

鋭い声がリョウコの呆然とした心を変える。

「お、おう!!」

と幾分声に不可思議な感情を混めて返事を返すリョウコ。
地に降り立ち、甲高い音を立て二機は死と静寂に彩られた道を走っていった。

 

 

 

 

黙々と進むアキトとリョウコ。
少し前には予定通り、グラカーニャ村を越え、順調と呼べるだろう。
力強い音を鳴らしながら進むエステの中でリョウコはふと、溜息をついた。
先ほど、戦車隊を突破する為にアキトが披露した技。
絶対的な、それこそ恐怖を抱かせる技。
それを思い出したのだ。
もし、敵が出てきていればそんな思考など湧き出なかったであろうが順調な道行がそれを思い出させた。
目を向けてみれば黙々と歩き続けるアキトの乗るエステ。
自分と同じ機体でしかないのになぜ、あれほどまでに恐ろしい力を振るう事が出来るのか?
そう思ってしまう。
答えとしてはDFSの存在がある。
だが、それはある意味答えになってない。
彼女はそう思う。
仮にDFSを扱う事が出来ても…自分は使わない――いや使えない。
そう答えを出すしかなかった。
恐ろしい力を発揮する為の条件はただ一つ。
自身を護る鎧である、ディストーションフィールドをやいばへと変えることに他ならないからだ。

「なあ、アキト…」
『なんだいリョーコちゃん?』

気づいたら何時の間にかアキトを呼び止めていた。
自分から呼び止めておいて何も言わないのはあれだからとリョウコは無難なことを口にする。

「お前さ…あんな技、どこで身に付けたんだ?」

そう訊いた時、アキトの顔は人知れず歪んだ。

『ああ、あれはある奴とね、考えたんだよ』
「ある奴?」

と訊き返すリョウコ。
ある奴とはシンジに他ならないのだがさすがにそこまで言うわけにはいかない。
だからアキトは適当にお茶を濁す。

「お前もそうだけどそいつもよくそんな技を思いつくなあ…」

どこか呆れたような表情で言うリョウコ。
それとは対照的に小さく寂しげに笑みを浮かべアキトは言った。

『ま、訳ありでね』

 

 

 

 

スベイヌン鉄橋を越え、カモフ丘を越えて再びリョウコが口を開く。

「しっかしテンカワ!!よくオメーあのDFSを使いながら機動戦が出来るな!!」
『ああ、慣れだよ慣れ。コツを掴めばリョーコちゃん達もすぐに使えるさ』

朗らかな笑みを浮かべアキトはそう返した。
それに対しリョウコは哀しげというべきか悔しげな表情をする。
それは自分の腕に自信があったが故に浮かべたもの。
これまで自分が抱いていたプライドがへし折られたように感じたのだ。
コツを掴めば、とアキトは言う。
だがそれは無理だと思った。
あんなのを扱えるようになるにはどれほどの才能が必要だというのだろうか?

(俺にそんな才能は無い……)

自嘲交じりにリョウコは思った。
……もし、シンジがリョウコの内心を知ったら、どんな表情をしただろうか?
DFSを扱える者として一体どのような表情をしただろうか?
復讐者として生き、その剣として生きた彼らがどれほどの鍛錬をしたのかを誰も知らない。
ただ、一念を通す為に拷問としか呼べないような鍛錬を己に課して来た彼ら。
人を捨てる事を当然とした鍛錬を重ねたが故に扱えれただけでしかないDFS。
リョウコを責める事など出来ない。
彼女は知らないのだから。
だがそれでも、それでも……才能の一言で切り捨てては欲しくないだろう。
彼らは何も言わないだろうが。

 

 

 

 

イールを越えた際に問題が発覚した。
地雷原があった為に、アキトがDFSを用いて一気に突破しようと思ったのだが…DFSが故障していたのだ。
だが最早戻る事は叶わず、地道にナイフで地雷を探りつつ突破したのだ。
そしてモアナ平原に辿り着く。
時刻はおおよそ23時。
夜の帳が落ち、空を見上げれば星が輝いている。
周囲には明かりが無く、ただ夜の鳥と虫達のさえずりが聞こえる。
もし、ナナフシ破壊という目標が無ければこの自然の中で空を見続けていたいと思うほどの美しさだ。

「一旦休憩しよう」

身体を休めると同時に精神もリラックスさせる為にアキトがそう提案した。
その言葉に反発したリョウコであるがアキトの続けられた言葉に納得し、頷いた。
焚き火を囲みアキトの作った料理を頬張るリョウコ。
目の前にはアキトが同じ様に自分の作った料理を食べている。

「さすがだなあ。美味いじゃん!」
「それほどでもないさ。俺の料理なんてね」

と言いつつその表情は嬉しそうだ。
かすかに優しく微笑むアキトを前にリョウコはふと、自分がアキトと二人きりだということを再認した。
後は意志に反してかそれとも反していないのか、口が動く。

「テンカワ…俺の話…聞いてくれるか?」
「ん、良いけど…」

そしてとつとつとリョウコは言葉を発しはじめた。

「テンカワ…お前さ、好きな…女性ひとっているか?」
「好きな女性ひと、ね…」

どこか遠い眼差しをし、アキトは呟く。

「いる……いや、いたと言うべきかな?」

その眼差しにリョウコが再び訊いた。

「まだ…そいつの事、好きなのか?」

その言葉に僅かに不可解な笑みを浮かべるアキト。
どこか哀しく、どこか寂しく。

「さあ、どうなんだろうね?それは、俺にもよく判らない。でも…もし好きだとしたら、それは俺の未練だろうね」
「未練って…お前がか?」

戦闘時に見せる鮮やかなまでの決断などを知るが故にそんな言葉がふと漏れた。
その言葉にアキトは自嘲の笑みを浮かべ答える。

「ああ、未練だ。自分で捨てておきながらなおも求める。これを未練と呼ばずしてなにを未練と呼ぶ?」

口調が変わる。
優しさの中に厳しさが混じるナデシコのコック兼パイロットではなく、黒い復讐者としての口調へと。

「ただひたすらに追い求めておきながら、もう一つの望みを果たす為には邪魔になると捨てた想い人。
それだというのに捨てきれず、求めている。なぜ……求めるのか判らなくなる位に。
自分の惰弱さを露にするが故に彼女を憎んでいるのか。それとも、まだ彼女への思慕を形にしたいが故に求めるのか…」
「テンカワ……」

暗く沈んでいくアキトを前にリョウコはそれだけしか口に出来なかった。
アキトの述懐はなおも続く。

「なんて……無様で女々しい男だ。想いは中途半端。力を振るい、人を殺し、物を破壊する以外に役に立たない下らない殺戮者」
「やめろよテンカワ!」

血を吐く様にアキトは続ける。
リョウコの静止の言葉もなにもかも耳に入らない。
リョウコよりは俯いて見えるその顔。
その俯き見えない表情の下で感情が蠢く。
握り締められる手。
ギギギ、と食器が歪む。
静かに風は彼の髪を揺らした。
露になる瞳。
ビクリ、とリョウコが身体を振るわせた。
形容しがたい感情を映す瞳がそこにはあった。
炎が、燃えている。
憎悪という、薪をくべられた黒い炎が。
ビキッ、と鳴り食器が割れる。
力、にでなくその激情に耐えかねたように。
高い音を響かせ食器より手を離し、自らの顔を代わりにと手を動かし当てる。

「一体俺が何を求める?何を求めて良いと言うのだ!?アイツが居なければ何一つとして事を為せない脆弱極まりないこの心!!
そんな脆弱な、
赦されざる殺戮者如きに何を求めろと言うのだ!!?」

秘めていたものを露にした時、それが何をもたらすのか? 顔に当てた手にギリギリと力が篭められていく。
指が当たる部分より、細く血が流れていく。
指の隙間より覗く目は暗く、なによりも暗く。
この身よ呪われろと絶叫する。

「こんな人間など、時の流れるままに、死が蝕むままに…あの時……」
「テンカワ!!」

リョウコがその一声を以って絶望へと至る言葉を断ち切る。
瞬間、はっと気づくかのようにアキトが息を呑んだ。

「……すまない、くだらない話を聞かせた」

と言うが、口調は変わっていない。
思い出した事が尚も尾を引いている。

「テンカワ…俺じゃあ…ダメなのか?」
「なにが、だ?」
「俺じゃあそいつの代わりにはなれないのか?」

どこか必死な表情をしてリョウコが言う。
その表情に、言葉にアキトの表情が和らぐ。

「それに答えることはできない。……俺は俺自身を赦せないからな」

胸の前で両手を広げ、見つめているアキト。
哀しげな眼差しがそこにはあった。

「それに……こんな男が幸せを求める事自体が馬鹿げている」
「なに言ってるんだよ!!そんな辛そうな表情して!!お前が昔なにやったのか知らねえけど、それでもっ…!!」
「……ありがとう」
「止めろよ…そんな表情かお。お前に似合わねえよ。…何時もみたいに笑っていてくれよ」
「……もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ。今はまだ戻れそうにないんだ」

引きずるものが重すぎて…。
そして無言のままに時が過ぎていく。
休憩を終え、再びナナフシを目指す為に立ち上がる二人。
エステに乗ろうとした時、リョウコが口を開いた。

「なあ、テンカワ。…何時になったら自分を赦す事が出来るんだ?」

その言葉に足を止めるアキト。
沈黙が僅かに流れ、言葉が返される。

「さあ、な。そんな事、考えた事などなかったからな。ただ…」
「ただ?」
「この戦争が終れば……何か答えが見つかるかもしれない」
「そうか…」
「行こう。時間が無い」
「ああ、解った」

エステに乗り込もうとした間際、聞こえたアキトの声。

「……すまない」

それがいつまでも心に残響していた。

 

 

 

 

ナナフシを破壊するという目的を阻む、幾数もの戦車。
放たれる砲弾を避けながら応戦する二人。
鋼鉄の雨が降り注ぐ中でアキトは自分が強く高揚していることに気づいた。
冷たく高揚するその感覚。
以前はある時につねにあったその感覚。
黒の王子としてあった時の感覚。

「これは…」

その感覚が甦っている。
無人兵器との戦いでは終ぞ得る事の無かった感覚が今甦っている理由は、ただ一つしか思い浮かばなかった。
先ほどのリョウコとの会話が元で湧き出た過去だ。
それがいまだ尾を引いている。
知らず知らずの内に笑みが浮かぶ。

「シン…リョウコちゃん、行けるか?」

シンジの名を口にしかかりながらリョウコの名を呼ぶアキト。
続けての言葉。
それはこの場にある数多い戦車を相手にできるかという意味。
アキトの浮かべている笑みに眉を顰めるがリョウコは威勢良く答えた。

「任せる」
「へっ!お前の奥の手が見られないのは残念だけどよ、待ってるからな!!」
「ああ、期待してろ」

リョウコの言葉に不敵な笑みを浮かべながら答えるアキト。
リョウコの援護の下、一気に駆け抜ける。
邪魔をする戦車を破壊しながら突き進むアキトの下に入る通信。
ウィンドウにはイネスが映っている。

『アキト君。悪い知らせがあるんだけど…』
「ナナフシか?」
『……ご名答、時間は無いわよ。ナナフシは既にブラックホール弾の生成を始めたわ。間に合うかしら、アキト君』
「間に合わせてみせるさ。時間が敵というのには慣れてるしな!」

叫びながらライフルのトリガーを引き絞る。
高速で放たれた銃弾が戦車に穴を穿つ。

「時間が無いんでな!お前らと遊んでる暇は無い!!」

爆発していく戦車を後ろにアキトはエステを駆り、突き進んでいった。

 

 

 

 

轟音が鳴り響き、その度にさまざまな破片が宙を舞う。
目の前には出鱈目としか言い様の無い戦車。

「チッ!またお前か」

舌打ちをしながらも弾丸を放つアキト。
だがそれは虚しく装甲に弾かれる。
その光景をなんら感情を浮かべる事無く見ているアキト。
感情を抱く暇があるならナナフシを目指すことに専念する、それだけだ。
冷たい表情を――かつての表情を浮かべながら再び弾丸を放つ。
一発、二発…。
微かに破壊音が轟音の中に響くがそれは戦車にしてみれば大した損傷にはならないだろう。
……センサー部分でなければ。
センサーが破壊され、どことも知れぬ方向に砲弾を放つ戦車。
そんな攻撃など当たる訳が無く、アキトは悠々とその脇を抜けていく。
遠く離れたところでは光を放つナナフシの姿。
追ってくる筈の戦車はセンサーを破壊された出鱈目な戦車相手に砲弾を与えられ追って来れない。

「さあ、ゴールだ」

距離にして数百メートル。
ナナフシの大きさを考えれば目の前にあるようなものだ。
機体を走らせナナフシに近づいていく中でアキトは呟く。

「バーストモード、スタート…」

ぐんぐんと大きくなっていくナナフシの姿。
距離は僅か百メートル。
それでもなおもその距離を縮めていくエステ。
そして、跳んだ。
その右手には紅い輝き。

「消えろっ!!」

その、一撃の前では、ナナフシの装甲など無いも同然だった。
容易く貫きエステの拳がナナフシに抉りこまれる。

「ディストーションフィールド…解放っ!!」

一際大きな音が響き、所々ナナフシより紅い光が零れる。
収縮されていたフィールドの光。
夜闇を切り裂くその光が眩しい。
爆光を上げ、轟音を響かせるナナフシ。
腕が突き立つ部分を中心に大穴が広がっていく。
厚い、まるで壁のようなそれを貫き、向こう側へと抜けるエステ。
火花と甲高い音を響かせながら地面を削りながら数百メートルを滑り、エステは止まった。

 

 

 

 

計器の光は既に消え、暗闇に閉ざされたコクピット。
その中で瞑目しているアキト。
光が生まれる。

『お疲れ様です、アキトさん』
「ああ、お疲れ。ルリちゃん」

元に戻ったアキトの口調を聞いて、ルリが笑みを零す。

『アキトさん。あなたは一人じゃ…独りじゃないんです。みんなが居ます。私も、シンジさんも…』
「……」
『だから…あんな哀しい事…言わないで下さい』

哀しげな表情をし、ルリが言う。

「…ゴメン」
『いいです。…でも忘れないで下さい。あなたが居なくなれば哀しむ人が居る事を…』
「ああ、分かったよ…ルリちゃん」
『……なら良いです。迎え、寄越しますね』
「頼むよ」

消えるウィンドウ。
シートに深く身を預けアキトは呟いた。

「独り…じゃないか」

どこか嬉しそうな表情をしながらアキトは再び瞑目するのであった……。

 

 

ナデシコサイド