< 時の流れに福音を伝えし者 >
第十話.『「女らしく」がアブナイ・・・今回、寝てていいかい?ルリちゃん?』
・・・諦めて下さい。
地上に新型のチューリップが落ちた・・・らしい。
「と、言う訳で・・・地上のテニシアン島に落ちたチューリップの調査を!!」
「・・・ふぁ〜あ。」
「この私と!! この私のナデシコが!! 優秀な為に命じられたのよ!!」
「・・・眠いわね〜」
「なのに!! 何で誰もブリッジに居ないのよ!!」
ピッ!!
『説明しましょう・・・因果な性格よね、私って。
現在時刻は午前二時。
日本の時刻で言う丑三つ時にあたるわけね・・・こんな時間に起きてる人は珍しいわ。
以上、お休みなさい・・・』
ピッ!!
「あ、交代の時間だ。」
「ちょっとハルカ ミナト!! 私の話しを聞きなさいよ!!
あんた操舵手でしょう!!」
「じゃ、後宜しく。」
パァン。
「はぁい。」
「誰か私の話しを聞きなさいよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「・・・うるさい!!」
ゴン!!
シ〜〜〜〜〜〜ン・・・・・
「ふう、さて次ぎの目的地は・・・テニシアン島ね。
・・・青い海、白い砂浜、灼熱の太陽。
これは・・・例の物がいるわね。」
「提督ってキノコなのに夜行性?」
「相変らず、ナデシコは平和です。 ネムネム・・・」
「ふう・・・驚いたな、ウリバタケさんに殴られるなんてな。」
俺は自室で今日の戦闘の反省と、その後に起こった事を思い出していた。
あの我が身を焦がす狂気に身を任せた戦闘の後・・・
格納庫に戻った俺を、ウリバタケさんは問答無用で殴り倒した。
バキッ!!
「いいかテンカワ!! よく聞けよ!!
俺達整備班はな、自殺願望者の為にエステの整備をしてるんじゃね〜ぞ!!
死にたいなら俺達の目の届かない所で一人で死ね!!」
「・・・別に、自殺がしたい訳じゃないですよ。」
殴られた頬を拭いながら俺は返事をする・・・
避け様と思えば避けれた。
ただ、ウリバタケさんの眼には憤怒以外の感情があった。
だから、あえてその一撃を受けた。
「ふん!! 自分は何でも出来る、ってか!!
自惚れるなよテンカワ!!
確かにお前の腕前は桁違いだよ!! 人外、と言ってもいいな!!
だがな!! 俺には死にたがりの特攻野郎にしか見えないんだよ!!」
正直・・・俺は確かにあの危険を楽しんでいた。
ここで死ぬのもいいな、などと考えていた。
ユリカにまた縋りそうになった自分が許せ無くて・・・
手が届くのに・・・遥かに遠いその距離に絶望をして・・・
戦いの狂気に、我が身を任せた。
「・・・済みません、今後気を付けます。」
そんな俺を、ウリバタケさんは心配してくれている。
俺の狂気に危惧を抱いて・・・俺の破滅願望を止め様と気を使ってくれている。
「ふん!! 勘違いするなよ、お前一人が死ぬのならいいが
お前が死ぬとルリルリや艦長やメグミちゃん達が悲しむからな。
俺としては、女性の泣く顔なんて見たくないだけだ!!」
そう言ってウリバタケさんは後ろを向いてしまった。
・・・照れてるのか?
「そうですよね・・・女性を悲しませたら、駄目ですよね。」
俺と、後ろを向いたままのウリバタケさんの間に沈黙が落ちる。
「解ればいいんだよ・・・
正直言って・・・お前が何を背負ってるかは知らん。
だがな、相談出来る大人が一応周りに大勢いるだろ?
気が向いたら俺にでも、ホウメイさんにでも相談してみろ。
少なくとも、お前より人生経験は豊富だからな。
・・・
じゃあな!! お前のエステバリスは今日は突貫で整備だよ!! まったく!!」
俺は無言で、ウリバタケさんの背中に黙礼をした・・・
こんな俺を心配してくれる事に感謝をしながら。
「痛かったな・・・結構。」
俺はウリバタケさんに殴られた頬を擦りながら・・・戦闘の疲れからか、深い眠りについた。
昼食の時間の喧騒が嘘の様に静まりかえった食堂に俺はいた。
シンジくんも一緒にコックの仕事をやっている。
そこにルリちゃんが訪れて来た。
「ラーメン一つ、お願いしますアキトさん。」
「了解、ルリちゃん。」
今は食堂で働く時間だったので、俺は厨房にいる。
昨日はメグミちゃんにバーチャルルームに連れて行かれ、来れなかったが・・・
結局、俺はコックとしての自分も忘れる事は出来なかった。
「・・・アキトさん、皆さん心配されてましたよ。」
「そう・・・御免ルリちゃんには心配ばかりかけさせるね。
ちょっと自己嫌悪に捕われて、ね。
ウリバタケさんにも怒られたよ。」
麺を打ちながら俺はルリちゃんに謝る。
「ちゃんとその場面は見てました。
・・・たまには良い薬でしょう。」
「キツイな〜ルリちゃんは。」
「まあまあ、ルリちゃん。 アキトさんにもいろいろ事情があるんだから。」
シンジくんが口調からまだ怒っているルリちゃんをなだめてくれる。
俺は苦笑しながらスープのダシを味見していた。
「それで・・・結局どうして今回みたいな事になったんですか?」
「・・・ユリカが落ち込んでて。
それを慰めるつもりだった、最初はね。
でも、話してる途中で俺の中の心が変わった・・・ユリカが欲しい、ってね。
手を伸ばせば触れたんだ。
抱き締める事も出来たんだ。
・・・でも駄目だった。」
俺は先程打った麺を熱湯に入れて茹でる。
「・・・アキトさん、僕、奥で調味料の整理をしてきます。」
そう言ってシンジくんは厨房の奥に行ってしまった。
ルリちゃんとの話のために気遣ってくれたのだろう。
「・・・それで、どうして、ですか?」
心の中のモノを吐き出す様に、俺は大きく溜息を吐き出し・・・
「・・・俺の中の、別の心が反発するんだ。
お前にその資格は無い、ってね。」
「そんな事は無いです!!
アキトさんは精一杯やってるじゃないですか!!」
・・・昼飯が終ってて良かったな。
ルリちゃんが叫ぶなんて、な。
「そうだよな・・・ただ俺は自分で自分が許せない。
結局あの過去の時間から先に進んでないんだ、俺の心は・・・」
ラピスと二人で戦い続けた日々が俺の脳裏に蘇る・・・
一体何人の人を俺は殺した?
全然関係の無いラピスまで巻き込み。
最後には結局ルリちゃん達すら巻き込んで。
「・・・私じゃ、駄目なんですか?」
「ん? 何か言ったルリちゃん?」
「別に何でもありません!!
それより・・・麺が延びちゃいますよ。」
おっと!! それは大変だ。
俺は急いで麺を茹でるのを止め。
カウンターで待つルリちゃんに、具を盛り付けて出す。
「はい、お待ちどうさま。」
「いただきます。」
そして俺はルリちゃんがラーメンを食べるのを、横目で眺めながら昼食に使った食器を洗っていた。
「・・・ラーメンの味は、あの時のままです。
なのにアキトさんの時間は、もう進まないのですか?」
「そうだね・・・もう少し、自分を見詰め直してみるよ。
このナデシコに乗っていれば・・・何かが変わるかもしれない。」
「変われますよきっと・・・ここは、ここはナデシコなんですから。
私が、生まれて初めて私になれた場所なんですから。」
「・・・そうだね。」
俺はそう答えながら、洗ったばかりの食器を片付けていく。
「ご馳走様です・・・また、三人で屋台を出しましょうよアキトさん。
あ、ラピスもいますから四人ですね。
今は・・・今はそれだけで私は満足です。」
そう言い残してルリちゃんは食堂を去って行った・・・
「四人で屋台を、か・・・
本当にあの頃の俺に戻れるのか?」
しばらくしてシンジくんが厨房の奥から戻ってきた。
「ありがとう、シンジくん。 気遣ってくれて。」
「いえ。 それでどうでした、ルリちゃんと話してみて。」
「ああ、全部吐き出したらすっきりしたよ。」
まだ気持ちの整理が付いてはいないけど
ルリちゃんに話を聞いてもらっただけで結構楽になったな。
「アキトさん、あなたの目的は何ですか?」
?・・・どうしたんだ、シンジくん。 急にそんなことを聞いて?
「・・・俺はナデシコの皆を守る。
そして、あの悲惨な未来を変えたい。」
「そうですよ。 ルリちゃんだってアキトさんと同じ目的なんです。
僕だってアキトさんが未来で悲惨な目に合うとわかっているのだから変えたいです。
知っていたら誰だってそう思うはずです。
アキトさんは自分一人で変えようと思ってます。
誰かを危険な目に合わせたくないから。」
「・・・・・・ああ。」
その通りだ。 俺は大切な人達を傷つけたくない。
何人もの人を殺した俺が言えることではないが・・・
「悪いことではないと思います。
でもそれはうぬぼれと思われますよ。」
・・・・・・
「人、一人の力で出来ることなんてたかが知れてます。
どんな大きな力を持っていても手の届かない場所は必ずあります。
それは人でない僕にも言えることです。」
シンジくんは自分の手の平を見ながら言う。
手の平には大きな傷痕がついている。
それは聖痕と言うらしく、人でなくなる儀式を受けた時につけられたものらしい。
シンジくんが言うのは自分の罪の証の一つなのだそうだ。
「だから、手の届かないところの人を守るには
誰かに頼るしかないんです。
それと僕やルリちゃんは頼りになりませんか?」
「そんなことはない。 二人には十分世話になっている。」
「それならもう少し僕達に任せてくれませんか?
僕達だってアキトさんに任せっぱなしになんて出来ません。
アキトさんに危険な目にあってほしくないのは同じなんですから。」
「・・・わかったよ。
シンジくんも、今回は無理言って戦って悪かったな。」
「いえ、前にも言ったように
僕にもその気持ちわかりますから。」
「俺も早く気持ちの整理を付けるようにするよ。」
「時間が解決してくれますよ。 僕は無駄に時間を過ごしてましたからね。
年の功ってやつでしょうか。」
「ハハハ、それは違うと思うよ。」
「ふんふん♪
やっぱり待ってるだけじゃ駄目よね!!
私が特製のお夜食を、アキトに作って上げるんだから!!」
「急に厨房を貸せって言うから、何かと思えば。」
モクモクモク・・・
「きゃ〜!! やだっ!! 何!! 何なの!!」
「・・・テンカワも災難だね〜」
俺は迫り来る危機を知らず・・・
自室で先日の読書の続きを読んでいた。
「はぁ〜虚しい・・・僕のこの空虚な心を埋める術は無いのか・・・」
「るんるんるん〜♪」
「あ、あれは!! 心の篭った夜食!!
そうだ!! あれこそが僕のこの心の隙間を埋めるモノ!!」
「あ、ジュン君お休み〜♪
アキト〜、待っててね〜」
「あ、あの・・・ユリカ?
・・・お、お休み。」
「ふっふっふっふっふっ・・・ジュン、オメーもこの組織に入るか?」
「・・・ああ、喜んで入らせて貰うよ!!」
「そうか、これで君も僕達の仲間だ!!
さあ皆!! 新しき仲間と共に!! 一緒にあの巨悪を倒そう!!」
「おおおおおお!!」 × 複数人
「・・・馬鹿ばっか、グーグー。」
ある日の深夜の出来事。
俺の知らない所で、新たな危機が訪れていた・・・
(ラピス・・・)
(ん? どうしたのアキト・・・今何時?)
(あ!! 済まん真夜中だったな!!
また今度、時間が空いたら話そう。)
(む〜、そう言ってもアキト、この前から全然お話しして無い!!)
(そうだな・・・ちょっと情け無い事になってな。)
(何かあったのアキト?)
(まあ、な・・・
ラピスは・・・俺みたいな奴と知り合えて幸せだと思うか?)
(じゃあ、アキトは私と出会って不幸せだと思った事あるの?)
(そんな事は無い!!
俺はラピスがいたから、過去の世界で生き延びる事が出来たんだ!!
ラピスは俺の命の恩人だよ!!)
(だからそれは私も同じ・・・アキトと出会わなければ、私はあの人達に殺されてた。
私はアキトが必要だよ。
・・・ルリやユリカさんがアキトを必要だと思ってる様に。
だからアキトはアキトの幸せを追って欲しい。)
・・・11才の女の子に心配されてしまった。
つくづく、自分が情けなく思えるな。
(済まん・・・馬鹿な事を聞いた。)
(う〜、謝るより早く迎えに来てよ!!)
(あ、そうだな・・・もう少ししたら迎えに行くよ。
それまで我慢してくれ、頼む!!)
(しょうがないよね・・・その代わり、合流したら何処かに連れて行ってね♪)
ラピスにも・・・普通の少女としての思い出を作ってやるべきだよな。
そうだな、合流して時間が取れれば・・・
過去では出来なかった、平和な時間を共に過ごしてやるべきだな。
(わかった約束するよ・・・皆も誘って何処かに行こうな。)
(むっ!! ちょっと意味が違うけど・・・今はそれで我慢する。
絶対、約束だよアキト!!)
(・・・あ、ああ。)
意味が違う、って?
何か勘違いでもしたか?
(・・・ふぁ〜、もう眠たいから寝るねアキト。)
(ああ、お休み、ラピス。)
(あ、それとBプランは今で30%、だよ。)
(了解。)
(それじゃ・・・本当にお休み・・・)
ふう・・・ラピスにまで迷惑をかけてしまったな。
本当に俺の心は弱い、な。
でも、彼女達の暖かい心に癒されている自分も確かに存在している。
そして俺を心配してくれている、ナデシコの皆の心を感じる。
「何時か・・・この心が俺の闇を越える事が出来たら。
俺は皆の仲間に戻れるんだろうか。」
俺の自問自答に終りは無い・・・
過去のあの時からそれは変わらない。
それは終らない思考のループだったはずだ。
だが・・・
この時代に戻って来て・・・俺の心に変化が出て来た。
闇を抱く俺の心と、光を抱く俺の心。
何故、この光が生まれたのかは・・・
「・・・さすが、ナデシコだ。」
俺はそう思いつつ眠りについた。
ガバッ!!!
自室で寝ていた僕は突然目を覚ました。
「なっ、なんだ!! 急に嫌な予感が!!
まるで『家に帰るとミサトさんがカレーを用意していた』時のような・・・」
人は悪い予感ほどよく当たるものだ。
だけどMカレーに匹敵するものと言ったら・・・
思い出した!! 艦長の作ったクッキー!!
確かそれを食べたガイさんが入院期間追加になったんだ!!
そして艦長が手料理を最初に食べさせるとしたら・・・
「!!! 考えるまでもなくアキトさんしかいないじゃないか!!
アキトさんが危ない!!!!」
この予感には何の確証もなかったが、
僕はすぐに部屋を駆け出しアキトさんの部屋に向かった。
コンコン!!
「ん? 誰だこんな時間に・・・」
プシュー!!
おいおい、ロックはしてあった筈だぞ。
・・・そうなれば該当者は二人しかいないな。
そしてこんな時間に俺の部屋に来る様な人物は・・・
「ア〜キ〜ト〜♪
ユリカね!! お夜食作って来たの!!」
ピキッ!!
冷や汗が一気に身体中に湧いて出る・・・
過去の世界での、ユリカの料理による戦果が俺の頭の中に蘇る。
・・・逃げたい。
バッタやジョロや敵戦艦よりも・・・ユリカの料理から俺は逃げ出したかった。
「えへ!! ユリカの自信作だよ♪」
止めろ・・・ユリカ・・・その料理の蓋を取らないでくれ。
俺は首を左右に振りながら必死に後退っていた・・・
しかし・・・無情にもそこには冷たい壁が立ちはだかり・・・
「ふふふ、アキトそんなに嬉しいの?」
違う!! ・・・ああ、声帯が麻痺して声が出ない!!
「・・・はい、ア〜ン!!」
・・・食べないと駄目なのか?
ルリちゃん、助けて・・・
「そうそう都合良く助けられません・・・ネムネム」
「ぐあっぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「アキトさん!! 大丈夫ですか!!」
メ、メグミちゃん?
この時俺の脳裏に危険信号が走ったが・・・
「み、水を・・・」
「はい、これ!!」
今の俺に冷静な判断を求めるのは無理だった・・・
ゴクゴク・・・!!
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「メ、メグちゃん!! 一体アキトに何を飲ませたの?」
「え!! 私の作った特製ドリンクですけど・・・」
俺の意識は既に現世から遠ざかりはじめていた。
「アキトさん!!!」
白い・・・その時現れた彼は
一瞬俺を迎えに来た天使のように思えた。
アキトさんの部屋が見えて来た。
扉が開いてる!! まさか!?
僕はアキトさんの部屋に飛び込んだ。
部屋の中に充満していた異臭に僕は目眩に襲われる。
「ウッ!! このMカレーに優るとも劣らないこの異臭・・・
間に合わなかったのか・・・」
僕は異臭に耐えながらも奥に進んでいく。
部屋は臭いどころか霧がかかっていて三m先も見えない状態だった。
奥からはなにやら騒ぎ声が聞こえた。
なんとか奥まで進んでいくと、艦長とメグミさんが言い争っていて
そのさらに奥には・・・
「アキトさん!!!」
アキトさんは顔を真っ青を通り越して
すでに灰色に近い色にまで変色していた。
「アキトさん!! しっかりして下さい!! アキトさん!!!」
僕はアキトさんの手を取って呼びかけた。
揺らせば状態を悪化させかねないからだ。
「ウッ!・・・シン・・・ジくんか・・・・・・
ハッ、ハハ・・・一瞬天使が・・・迎えに来たのかと・・・思ったよ。
で、も・・・来るわけないよな・・・罪深い俺が・・・天国になんか行けるはず・・・無いよな・・・」
アキトさんは既に意識がもうろうとしていた。
まずいですよ!!
「なにを馬鹿なこと言ってるんですか!!
気を確かにして下さい!!」
僕は大声でアキトに呼びかけ続ける!!
「シンジ・・・くん・・・昼も言ったけど・・・
いろいろ・・・世話をかけて・・・しまったね・・・」
「アキトさん?・・・」
「いままで・・・・・・いろいろ・・・・・・あり・・・が・・・とう・・・」
スルッ・・・
アキトさんの腕の力が抜け、僕の手から零れ落ちた。
「アキトさぁぁぁあぁぁぁぁぁん!!!!」
その時僕は大粒の涙を流していた。
二人目の綾波が死んだ時には一滴も涙を流さなかったのに・・・
アキトさんの最後があまりにも惨かったからなのかもしれない。
「馬鹿ばっか・・・でもシャレになりません。
アキトさん・・・お大事に・・・ムニャムニャ。」
「消毒班!! 急いで食堂を処理して!!」
「その食べ物は私が後で分析するから、医療室にサンプルを持って行って頂戴!!」
「おやおや、ジュンもお気の毒様だね。」
「木星蜥蜴の新しい攻撃かしら?」
「まあ、強いて言えば恋の劇薬かな?」
「何それ?」
「さあ。」
俺が気が付いた場所は・・・
医療室のベットの上だった。
「・・・生きてる、って素晴らしい。」
「・・・本当に。」
俺の独り言に返事が返って来る。
「何故お前がここにいる、ジュン?」
「君と同じ理由だよ。」
その理由に思い当って黙り込む俺達。
「・・・食べたのか?」
「・・・うん。
厨房で残り物を。」
「そうか。」
お互い無事で良かったな・・・
「なあテンカワ・・・どうして君はユリカに好かれてるんだい?」
「・・・どうしてかな?」
その質問は俺がユリカにしたいくらいだ。
「確かに君は強いし、料理も出来るし・・・性格も優しいんだろうな。
でも、僕もそれ程他の能力では、君に劣ってると思わない。
僕には君の戦闘能力の様な絶大な力は無い・・・その代りに戦略知識がある。
料理も洗濯も掃除も一通りこなせる。
性格も・・・自分で言うのも何だけど、優しいつもりだ。
なのに何故、ユリカは僕を振り向いてくれないんだ?」
「さあな・・・」
だんだんジュンの口調に熱が篭る。
「ユリカと共に過ごした年数だって、僕の方が多いんだ!!
なのに・・・何故君なんだ!!
僕の努力が足りないって言うのか!!」
「そうだな・・・ジュンと結ばれた方が、ユリカは幸せだったかもしれないな。」
「・・・何を言ってるんだ?」
俺はベットの上で横になりながら呟く。
「まだまだ、先は長いんだ・・・努力しろよジュン。」
「当たり前さ・・・じゃなきゃあの時置き去りにされた時に諦めてるさ。」
確かに普通じゃあそこまで追いかけてこないよ。
「ところでそろそろシンジくんも起こしてあげたらどうだい。」
え!?
俺はジュンとは反対の方を見ると
ベットにもたれ掛かって寝ているシンジくんがいた。
「いつから?」
「多分最初からじゃないかな。
僕が目を覚ました時には既にいたからね。」
そっか、ずっと見ててくれたのか・・・
「とにかく起こそう。
シンジくん、シンジくん!!」
俺はシンジくんの体を揺さ振りながら呼びかける。
「う〜ん・・・・・・あ、アキトさん!!
気が付いたんですね!!」
「ああ、三途の川が見えたような気がしたよ。」
「よかった!! アキトさんが倒れたとき、本当に死んじゃったのかと思って、それで僕・・・
気分はどうですか!! 目眩とかないですか!! それから・・・」
「シンジくん、落ち着いて。」
俺は興奮しているシンジくんをなだめる。
「俺はまあ大丈夫だから。 ユリカの料理くらいじゃ死なないよ・・・たぶん。
だから泣かないで。」
「え!? あの、僕、泣いてました?」
シンジくんは恥ずかしそうに聞いてくる。
「ああ、心配かけてごめん。
だから涙を拭って、可愛い顔が台無しだよ。」
俺はそう言いながらシンジくんの涙を指で拭ってやる。
「なっ、何を言うんですか!!!
それに可愛いって言うのはやめてって・・・」
顔を真っ赤にしてシンジくんは口をつぐんでしまう。
「・・・テンカワ。」
「ん、どうしたジュン。」
「お前ってそうやって女性を口説くんだな。」
へ?
「なに言ってるんだ? シンジくんは男だぞ。
そんなことするはずないだろう?」
「うるさい!! 今のは誰が見ても女性を口説く行動にしか見えなかったぞ!!
おかげでどうして君がユリカに好かれるのかよ〜くわかった!!」
「そ、そうなのか?」
俺はどちらに対していったのだろう。
「それは積極的なところだ!!
僕はユリカに対して積極的か?と聞かれたら、残念ながら『いいえ』と答えるしかない!!
今までだって僕の気持ちをユリカに伝える勇気すらなかった!!
それが最大の要因だ!!」
確かに間違ってはいないと思うが・・・
ユリカが気づかないのも原因だと思うぞ。
「アキトさんも似たようなもんでしょ。」
「どういう意味だ?」
シンジくんの言葉の意図がよくわからなかった。
「だけど君には負けない!! 絶対に負けない!!」
「ああ・・・頑張れよ。」
「俺もだアキト!!
俺様こそがナデシコのエース!!
アキト!! お前にこの座は渡せん!!」
「い、いたのかガイ!!」
仕切のカーテンの向こうに、人が寝ているのは感知していたが。
まさかガイだったとは・・・
「そうとも!!
この俺様が医療室のヌシ、と呼ばれる男だ!!」
威張るなよ・・・そんな事。
「噂に聞いた事があるぞ!!
確か、医療室にナデシコの航海が始まって以来・・・入院しつづける人物がいるって!!」
ジュンが驚いた顔をしてガイを見る。
あ、そうか。
お前達顔を直接に合わせるのは、初めてだよな。
以前にガイが登場した時は、直ぐに漂流して行方不明になったし。
救出後は女性陣によって、再入院させられたからな。
・・・二人ともナデシコに乗ってから、結構長い時間が経ってるのにな。
「しか〜し!! 俺様はもう直ぐ復活・・・グエッ!!」
「・・・うるさいわね。
本当に声が出ない様に改造しようかしら。」
イネスさんの一撃に沈黙するガイ・・・見事な肘鉄だイネスさん。
しかし、いたのかイネスさん。
・・・気配を殺すのが上手いな。
「あの・・・泡吹いてますけど、その人。」
ベットの上で悶絶するガイを見てジュンが呟く。
「大丈夫だジュン・・・身体は人一倍丈夫だからな。」
「バカが風邪を引かないように、熱血バカは殺しても死にません。」
「そうそう、人体実験にうってつけの人材よ彼♪」
・・・冗談、だよな?
だが、否定しきれんものがあるな。
「・・・早く、退院しようなジュン。」
「・・・そうだね。」
「ガイさん入院期間また追加ですね。
病室ではお静かに。」
「・・・私が寝ている間に何があったんですか? アキトさん。」