第5話 ウェルカム・トゥ・ザ・バトルフィールド
地球の軌道上は、非常に過密だ。
乏しい隙間を縫うように打ち上げられている人工衛星。
耐用年月を越えた衛星は地球に落着するまで事実上、野放しである。
それに加え、
が、そんな過密な空間とは、宇宙規模のスケールでの話だ。
地球上に生活する我々には、十分すぎるぐらいの距離である。
だから、ハイパージャマーが完全に稼働している状態の強襲艦が1隻、地球軌道上に突如現れたとしても、それを目撃した者は皆無だった。
「……ここは?」
漆黒の強襲艦、ラビアンローズの上甲板。
そこに剣に両手を添え、体を支えるようにして立つ深い青の機体、ヴァイサーガのコクピットで、アキトは頭を振っていた。
「あれ、あれは……地球!? ブリッジ、ブリッジ! 気がついているんなら返事をしろ!」
アキトの叫びを最初に聞いたのは、他ならぬヴィンデルだった。
『総員、覚醒!』
不思議と、ずんと腹の底に響くヴィンデルの声。
茫然自失ないしは失神していたクルーは、この声で本当に覚醒した。
『索敵ならびに通信傍受。考えられる範囲の情報をすべて集めろ。1秒でも早い情報収集が、先の10秒の生存を約束すると思え』
ジャンプすることで空間や時間どころか、次元そのものを飛び越えてしまう可能性。
準備の間に説明したことを、ヴィンデルを初めとしたラビアンローズのクルーはよくわかっていた。
目の前にある蒼い星が地球に見えたとしても、それが自分たちが知っている地球であるとは限らないのだ。
生き延びようと思ったら、確かめなければならない。
そのための情報を、どんなに小さいものでも見逃すまいと耳をそばだて、目を見張る。
「……案外、俺の知っている地球かもしれないな、これは」
「なんでそう思う、アクセル?」
上甲板から身じろぎしないヴァイサーガの隣に、いつの間にか1体の機動兵器が並び立っていた。
右隣のソウルゲインが、地球の下側の大陸を指差す。
「オーストラリア大陸の東側の群島。あれは本当は島じゃない。電子補正すればヴァイサーガのセンサーでも確認できるはずだ」
言われて、アキトはソウルゲインが示す地点を拡大する。
そこには、むき出しになった岩盤の上に海水が流入した、見るに耐えない死の世界が広がっていた。
「……コロニーの、落着跡だ」
「……これが、コロニー落としの……」
「そう、愚かしい、俺達の世界の戦争の傷跡なんだな、これが」
ジオン動乱の、俗に言う1年戦争のとき。
ジオン公国は地球の連邦軍基地の無力化を図るべく、究極の兵器を投入した。
原理は単純だ。大質量の物体を落下させる、これだけのことである。
無人のコロニーを地球に落下させる。
コロニー落としと呼ばれる作戦は、地球に壊滅的な被害を与えていた。
アキトが今見ている光景は、その傷跡なのだ。
アクセルに事前に聞かされていたとはいえ、荒涼とした土地の火星とは違う、死の気配がアキトを絶句させていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
『そんなものよりまずいモノが出てるかもしれないわよ』
アクセルのつぶやきにブリッジから割り込みがかかる。
「レモン、どうした?」
『センサーに反応。爆発らしき音声と、これは……ボース粒子!?』
「なんだって!?」
アクセルが絶句する脇で、アキトがレモンに情報を要求する。
「反応があった位置は? 艦との相対座標でいい」
『おおよその座標を送るわ。爆発があった近傍に、大型の質量……これは、コロニーじゃないわね。軌道ステーションかしら』
「先行する。いざとなったらジャンプして戻る。バックアップを頼む」
ヴァイサーガがマントを翻してラビアンローズから飛びさる。
「俺も……」
『アクセルは待て』
アキトを追いかけようとしたアクセルを、ヴィンデルが制する。
「何故!?」
『ソウルゲインが全速移動してもレーダーの監視から逃れることはできない。だが、ボソンジャンプが可能なアキト君なら、それが可能だ。W17、アンジュルグでアキト君を追え』
『了解。アンジュルグ、出撃する』
カタパルトデッキを蹴り、アンジュルグが飛翔する。
「……確かに、Wシリーズならアキトのジャンプにも耐えられる。仕方がない」
『何を不満そうにしている。ソウルゲインをデッキに収納して、お前は1級戦闘待機だ。ラビアンローズも反応のあった宙域に向かうぞ』
「了解!」
ソウルゲインが上甲板からハンガーデッキに移動したのを確認して、ラビアンローズもその巨体をアキトたちの方へ向けた。
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