「夜天光に六連……何故貴様らがいるのかはわからない。けれど……」

 そう。
 そこにいたのはかつて、アキトと死闘を繰り広げた『火星の後継者』の裏の部隊、その象徴とも言うべき機体、夜天光と六連だったのだ。
 アキトの全身がナノマシンで発光する。
 途端、ヴァイサーガのスピードが今まで以上に高まっていく。アキトのナノマシンが、限界以上の性能を強制的に引き出しているのだ。
 虚空から現れたヴァイサーガを認識して、六連のうち2体が向き直る。
 アキトはそれにかまわず、ヴァイサーガを突進させた!

「たとえ、俺が知らないものだとしても、貴様らは許さん! どけぇっ!!」

 最初の1体の六連の両腕を問答無用で斬り倒し、もう1体をかわそうとする。
 だが、北辰ほどではないにしろこの六連も腕前は一流以上だ。
 かわそうとするヴァイサーガに肉薄する!
 だが、その攻撃がアキトに届くことはなかった。

『なにをやっているテンカワアキト。お前らしくない突進だな』
「W17!? 来たのか!」
『ラビアンローズも後から来る。それまでは、私がサポートする』

 W17のアンジュルグが、シャドウランサーで六連の右肩を吹き飛ばしたのだ。
 通信越しのW17はいつも通りの沈着さを保っている。
 その姿を見て、アキトは冷静さを取り戻した。

「W17、あのシャトルの内部構造は分かるか?」
「データ検索……外見から見て、このタイプと同じだと類推できる。転送する』

 アキトがいきなりこんな細かいことをW17に確認しているのには訳がある。
 人造人間であるW17は、レモンの研究の助手も勤めているが、その役目は主にデータ処理だ。
 そもそもの人格データがAIであるWシリーズは、コンピュータとの親和性が高い。機械と生体のいいとこ取り、というのが開発コンセプトだからだ。
 そして、W17とその愛機であるアンジュルグには、潜入任務に必要な様々なデータがプールされている。
 かつての戦争時に使用されていたすべての戦艦・機動兵器のデータが収められているのを聞いていたアキトは、だからこそ襲われているシャトルについてW17に尋ねたのだ。

「……よし。こういう構造なら、エアロックの内側へ跳べば……」

 そうつぶやくアキトの体を、虹色の光が包む。
 こちらの次元に跳躍する前、ナノマシンの調律が終わったアキトは自身の体にいくつかの変化があることを感じていた。
 その最たるところは、CCなしのボソンジャンプが可能になっていることだ。
 多量のナノマシンは、『遺跡』とのリンクを飛躍的に向上させ、粒子変換の媒介を必要としなくなっていた。

「ヴァイサーガ、自動操縦で自立回避。W17、機体を頼む。俺は、シャトルに突入する!」

 そう聞いたW17は、顔色を全く変えずに了解した、と一つうなずいてみせる。

「ジャンプ」

 次の瞬間、アキトの体はイメージング通り、シャトルのエアロックの内側に現れていた。
 刹那、自分に向かう強烈な殺気!

「……ほほぉ、我が杖をかわす跳躍戦士か……地球圏にその様な者がいたとは」

 シャトルの客席の後部左隅に乗員を固め通路から睥睨していた偉丈夫が、いきなり現れたアキトに殴りかかり、かわされてつぶやいたセリフが先のものだ。
 低重力の環境で、斬られて肉片となり果てたモノが漂うシャトルの客室に、すさまじいまでの気迫が満ちる。
 それは、先の偉丈夫のねじ曲がった殺気とは違う、苛烈でとてつもなく重い狂気だった。

「このシャトルに、なんの用事がある……北辰!?」

 気迫の主……アキトは、剣を向けたままの黒衣の偉丈夫……北辰に向かって、黒い狂気を隠すことなく向ける。

「我が名を知る、汝、何奴?」

 北辰が真剣を逆なでするような笑みを浮かべながら、アキトに問い返す。

「貴様に答える義理はない!」
「ならば我も汝の問いに答える意義はなし」

 北辰がそう言いきった次の瞬間、北辰とアキトの位置が入れ替わった。シャトルの乗員には何が起こったのか全く見えていない。

「……ぐっ」

 アキトが膝をつく。右の肩から血しぶきが上がる。

「……見事」

 北辰は見た目に変化は見られない、だがよく見てみれば、禿頭の眉間に脂汗が浮いているのがわかったはずだ。おそらく、腕や顔以外のところに痛撃が与えられているのだろう。

「だが、息の根止めきれぬ辺り、致命的」

 そう言いきる北辰の動きの方が、アキトよりほんの少しだけ早かった。
 まさに、致命的な差だった。
 だが、

「いいかげんにっ、しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 今まで身じろぎ一つできなかったシャトルの乗員の中から、雄叫びを上げて北辰に向かって飛びかかるのは、両の肩を砕かれた栗毛の若い青年だった。
 だが、あまりにこの行動は無謀。
 先の攻撃で実力差は分かっているはずなのに。
 それでも、青年は飛び込んでいった。全く動かない両腕を引きずったまま。

「愚かなり、弱者よ」
「がはっ!」

 北辰は飛びかかってきた青年の腹に無造作に手刀を繰り出す。
 手刀は青年の腹を突き破り、背中まで達した。
 青年が吐き出した血が飛沫になって客室を漂う。
 その様を見て飛び込もうとするアキトに向かって、北辰は瀕死の青年の体を投げつけた。

「……頃合いか。さらばだ、黒衣の戦士」

 北辰の体が虹色の光に包まれる。

「生体ボソンジャンプ……だと……!?」
「跳躍可能な戦士は我らのみよ。汝も、ここで宇宙の塵となるがいい」

 北辰の姿が光とともに客室から消えたと同時に、シャトル全体に大きな振動が走った。

「シャトルに何かしかけたな。このままでは……!?」

 アキトが小さくつぶやくと、ようやく我に返ったシャトルの乗員が一気にパニックに陥った。

「落ち着け! シャトルの構造上、客室ブロックは独立して気密は保てる! あなたたちは必ず俺が助ける。エアロックを閉じて、待っていてくれ!」

 そこまで言って、受け止めて傍らの席に横たえていた青年を見る。
 まだ息はある。だが、出血がひどい。急がなければ危険な状態だというのは素人目にも分かる。

「彼に、応急処置を。それと、この近くの宙域にシャトルをつけられるコロニーか何かあるか?」

 アキトが尋ねると、乗員の一人が窓の外を指さした。
 そこには辛うじて視認できる距離に光点が見えていた。おそらく、コロニーか軌道ステーションだろう。

「わかった。じゃ、待っていてくれ!」

 外を見ると、マントを破かれたヴァイサーガと、所々が傷ついているアンジュルグが見えている。
 夜天光と六連の姿はなかった。戦闘は終わって、撤退したのだろう。
 思うところがないわけではないアキトだったが、今はここにいる人たちの生存確保が先だ。

「目標、ヴァイサーガのコクピット……ジャンプ」

 虹色の光に包まれて姿を消したアキトを見て、シャトルの乗員は唖然とするが、すぐに気を取り直して客室の気密確保と青年の止血をはじめた。
 そして、ヴァイサーガに戻ったアキトはセンサーと搭載コンピュータのセルフチェックシーケンスを実行して状況を把握する。

「最初の機体以外の被害は与えられなかったか、実力は俺の知っているものと同等ということだな。……W17、そっちに問題は?」
『被弾はしているが作戦行動に問題はない』
「よし。では、あのシャトルから客室ブロックを切り離す。おそらくエンジンブロックはもうすぐ臨界だ。俺がエンジンを斬り飛ばしたら、爆発から客室ブロックを守る。いいな?」
『行動内容は了解した。だが一つだけ気になることがある』
「なんだ? 時間がないから手短にな」

 やや焦りの見えてきたアキトに対して、全くの無表情のまま、W17はこう尋ねた。

『このシャトルを助けることに、何の意味がある?』

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