第7話 アナザー・スタートポイント
「さて、アキトはうまくネルガルをペテンにかけられたかね」
「艦長が同席しているのですから、問題はないでしょう」
アカツキとアキトの総裁執務室での会見と同時刻。
交渉の場にいなかったアクセルとW17は、オービットベースの情報処理センターの一角を占拠していた。
アキトも、アクセルも、地球の衛星軌道にこんな宇宙ステーションがあることを知らない。
つまり、アキトの世界にもアクセルたちの世界にも、オービットベースは存在しなかったということだ。
知らないことは、調べて知っていくしかない。
潜入任務などをもこなしてきたシャドウミラー隊の秘蔵っ子とでもいうべき人造人間と、そこで作戦隊長などを勤めている男は、体でそれを覚えていた。
だからこそ、大河総裁の言質を取ったアクセルは、その場でW17を引き連れて情報収集のため、ここにやってきたのだ。
「鬼の居ぬ間に、というのも変な話だが、四方が闇の状態ではどこに行っていいか分からない」
「そのための情報収集です、隊長」
「……お前に言われるまでもない」
アクセルは、Wシリーズが好きではない。
任務遂行のために、人間的な情動は一切装備されていない、ただの人形。
たまたま人の姿を模してあるが、所詮はロボットでしかない。
レモン曰く、
「感情はプログラムされるものではないわよ。後から学んでいくもの。だから、彼らにだって感情が生まれる可能性はあるの」
この言葉に対して、感情がプログラムで再現できなかっただけじゃないのか、とつっこんだら、射殺しそうな視線でにらみつけられた後、
「ひと一人プログラムできるなら、それは人間の技じゃないわね、きっと」
そうぽつりとレモンはつぶやいた。
だが、様々な作戦に随伴させる形でWシリーズと行動を共にしてきたが、ついに感情は芽生えてこなかった。
そして、すべてのWシリーズが作戦行動中に大破または破壊され、唯一残ったのがこの17番目の少女である。
過去の経験データはコピーされているが、それは所詮データでしかない。
コイツも結局、ただの人形か。
そう思っていた矢先に、あのアキトがやってきた。
それ以来、ほんの少しだけW17に変化が見られるようになった。
あれだけの深い闇を抱えながら、軍人ではない。
戦艦の中では極めて異質な存在。
それがどんな化学変化をもたらすのか。
常人では見逃すほどの反応の遅れ。
それこそが、今までのWシリーズが感じえなかったとまどいであることに、アクセルは気づいたのだ。
汚れ仕事もこなしてきた特殊部隊の、最後に残った人間性。
もしかしたら、そんなものを思い出すきっかけになるのかもしれない。
人間が人間を思いだし。
ピノキオは人間に成る。
シャドウミラーは弱くなるのかもしれない。
だが、決してそれだけではないだろう。
ヴィンデルという、強者の牙を持ちながら歴史の影にとどまる者。
その強さが欲しくてシャドウミラーの一員になったアクセルは、自身がヴィンデルから学び、またこの部隊で忘れかけていた何かを、W17が見つけようとしているところに出くわしているのかもしれない。
そう思ったら、思っていたほどにWシリーズを嫌っていない自分に気づいた。
「現在の世界情勢と、ここ100年ほどの歴史背景のデータが抽出されました。ごらんになりますか?」
「……あ?」
埒もないことをアクセルが考えている内に、W17はきちんと仕事を終えていた。
「おう。どれどれ……」
呆けていたのをごまかすように、アクセルはモニターに映し出されている情報を読む。
ここ数年の地球での戦争に加え、地底人種の襲来や大規模なテロ組織による世界征服、異星人の襲来などなど……。
「この世界もまた『闘争』の歴史を繰り返しているのか」
「私たちのいた世界と変わらないのですね」
「世界が違っても人間はさほど変化がない、ということだな」
アクセルの台詞に諦観はない。
争わなければ生きていけない、というのは人間としてごく当たり前の姿なのだ。
それは、多かれ少なかれいかなる者でも持ち得るもの。
「さて、安寧を隠れ蓑にして己の手を汚すことなく他者を闘いに駆り立てる、そういう輩はいるのかな、っと」
己が戦士であるが故に、アクセルはこのような者を極端に嫌悪する。
世の中から争いが無くならないのは、そうやって己の利益のために他者を争わせる、戦士の風上にもおけないような奴がいるからだ。
アクセルは、そう信じて己を鍛え上げてきた。
そういう男なのだ。
「ふーん、まぁ、予測通り。この世界にも存在するアナハイムエレクトロニクスは、1年戦争とグリプス戦役で連邦軍を相手に大もうけ。ただし一人勝ちではなく、クリムゾンコーポレートってのとシェアを2分してるのか」
「それに国連をバックに据えることに成功した成長株のネルガル重工。現在の地球圏は、この3強で運営されているといえます」
「アキトの提案で、そのうち1つを切り崩すことにしたわけだが、さて、俺達はどこへ向かうべきなのか……っ!」
モニターをにらみつけるアクセルとW17が、その時勢い込んで振り返る。
隠す様子もない気配。
だが、その前に、
「……うっ、なんだこのすえた臭いは……」
「……分析完了。男性の体臭、それもおそらく3日以上は入浴も着替えもしていないことが原因の体液の発酵臭と類推します」
「れっ、冷静に分析するな! というか誰だお前!?」
鼻をつまみながら思いっ切り嫌悪感丸出しでアクセルがにらみつける先には、上背はさほど高くない、ボサボサ頭に無精ひげのやせぎすの男が立っていた。
右手で頭をかくと、かなりの量のフケが飛ぶ。
その光景を見て、一段とアクセルは顔をしかめた。
「誰だ、というのは私の方の台詞ですよ。ここは一般職員も立ち入り禁止の区域です。見慣れない顔ですが、侵入者ですか?」
口調はどことなくのんびりとしたものだが、目だけが笑っていない。
おそらく、殴り倒してしまえば簡単に逃げ出せるのだろうが、それを是としない何かをたたえている、とアクセルは感じ取っていた。
「センサーに反応。隊長、どこかから私たちがモニターされています。発信元特定中……」
W17が虚空をにらみながらそうつぶやく。
Wシリーズのセンサーが感じているものをアクセルもまた感じているのだろうか。
「探す必要はありませんよ。VFX-01、彼らは今まで何をしていた?」
ボサボサ頭の男がVFX-01とコードネームを呼ぶと、アクセルたちの頭の上にあるスピーカーから、男性の合成音声が聞こえてきた。
『ニュースサイトからここ数ヶ月の社会情勢の情報、株価情報、ならびに歴史データベースへのアクセスを確認しています、猿頭寺チーフ』
どうやら、アクセルたちが外部へアクセスしていたのはしっかりモニターされていたらしい。
だが、この声の主はどこにいるのだろう?
『監視カメラの映像データから照合。このお二人は戦艦ラビアンローズでオービットベースに来られたシャドウミラー隊のメンバーです』
「……バレバレってわけなんだな、これが」
合成音声にずばり指摘され、逆にアクセルは開き直った。まぁ、破壊活動をしているわけでもなし、不法侵入以外は特に気にするほどでもないのだから、気も楽だ。
猿頭寺、と呼ばれたボサボサ頭の男は、その答えを聞き、視線をほんの少しだけ緩めた。
「かなり優秀なクラッカーがいらっしゃるようですね。このブロックにはパスコードがなければ入れません。新規コードの発行は受理していませんし」
「その点に関してはあやまる。だが、情報の閲覧に関してはえーっと、ここの偉い人は」
「大河幸太郎、国連宇宙公団総裁です」
「ナイスフォローだW17。その……大河総裁から許可はもらってるぜ」
「総裁からですか。ならば別にとがめ立てすることもありませんね」
猿頭寺、がそこまで言ったところで、別の声が物陰から聞こえてきた。
「だからいったでしょ耕助。ここに来る者は敵ではないと」
浅黒い肌に大ぶりな眼鏡、ショートボブに切りそろえられた蒼銀の髪、見様によっては少女にも見える妙齢の女性だった。
「それはセンシングマインドの結果かい、パピヨン?」
「ふふっ、どちらかというと予言かしら」
パピヨン、と呼ばれた女性は猿頭寺……耕助の背後に並び立った。
……彼の異臭は気にならないらしい。
「私の名前はパピヨン・ノワール。オービットベース所属の研究員です。彼は猿頭寺耕助。同じくオービットベースの研究員ですけど、彼はここのコンピュータ管理も一手に引き受ける情報工学の研究者なの。セキュリティに引っかかったものがあるって聞いて、自らここまで来てしまった、というわけ」
蒼銀の髪の女性……パピヨンがごく簡単に事情を説明する。
その間、ぴったりと耕助に張り付いて離れないのを見れば、さすがのアクセルもこの二人の関係が容易に予測できた。
が故に、次の言葉が思わず口から漏れたのを責めるのはいささか酷かもしれない。
「も、もったいない……」
「……なにか、おっしゃいました?」
アクセルのつぶやきを鋭く聞きとがめ、パピヨンがにっこりと微笑む。
……目が笑ってない。
「いやっ、別に何もいってないんだな、これが」
なんでこんなに焦っているのやら。
アクセルが慌てふためく様を見て、ようやく耕助とパピヨンの表情が柔らかくなった。