「なるほど。ラビアンローズの艦長は今、先程いらっしゃったネルガル会長と総裁を交えて会談中ですか」
「まぁな。その間、ただ待っていても暇だから、現在の地球圏の情報収集を、って思っただけでね」
「なら、きちんと正式に依頼していただければ、データのアクセス権もすぐ発行できましたよ」
「手癖が悪かったのは反省しているって」
アクセルと耕助はコンピュータルームの中央コンソールですっかり打ち解けていた。
人間、慣れとは恐ろしいものである。
よくよく考えてみれば、作戦行動中には……簡易循環能力は持っているにしても……3日以上宇宙服を着たままで潜伏するなどということもあったのだ。
この程度のことでめげていては特殊部隊などやってられないのである。
……本当か? というツッコミは丁重に却下しておく。
「ですが、この程度の情報も手に入らないような特務というのは一体何なんでしょうねぇ。それこそ、サイド3に潜入とか、木星圏の調査とか、そういうことにでもならない限り、浦島太郎にはならないと思うのですが」
耕助が頭をかきながらつらつらと疑問を述べる。
だが、その点に関してシャドウミラーの人間は誰一人言及していない。
当然、アクセルは説明に窮する。
「……あー、っと、それはー」
「私たちの部隊は、秘匿性こそ真価なのです」
冷や汗をかくアクセルの後ろから、W17が割り込んで来た。
「秘匿されるべき部隊の存在は、完全にあらゆる物から遮蔽されていなければいけません。であるが故に、作戦行動中の外的情報は完全に遮断され、我々はあらかじめ想定されたプログラムに基づいて行動していたのです」
「そっ、そーそー。だからその間のことが何にも分からなくってねー。久々のシャバだったからつい逸っちゃってー」
W17のもっともらしい大嘘に便乗する形で、アクセルが棒読みも甚だしい台詞を並べる。
いぶかしむ耕助は、そのまま振り返った。
「どう思う、パピヨン?」
「信じてもいいと……思うわ、私は」
きぃん、というハウリングノイズに近い耳鳴りがしたような気がする。
アクセルが一瞬眉根を寄せた。
「……何だ、今の感じは……」
何かを感じ取ったアクセルを見て、耕助の背後に立っていたパピヨンが驚きの表情を浮かべていた。
「あなた、能力者というわけではないわよね……そう、ニュータイプなの?」
一人得心するかのようなパピヨンの台詞に、アクセルが苦笑まじりのため息をつく。
「あまり自覚したことはないがね」
「木星に行ったことは?」
「……そこまで遠出したことはないな」
なんというか、淡々と問い詰められるうちに、アクセルはだんだん居心地の悪さを感じていた。
似たような反応をする人物をよく知っているからかもしれない。
その人物は、恋人であるにもかかわらず自分に時折実験対象を見るような視線を投げかけることがある。
パピヨンの眼鏡越しの眼光が、まさにそんな感じなのだ。
「パピヨン、パピヨン?」
思考に没入しそうになるパピヨンに、耕助が声をかける。
はっとして、パピヨンは顔を上げた。
「ご、ごめんなさい。今までにないパターンだったからつい」
何がなんだかサッパリわからないアクセルに、耕助が頭をかきながら説明を加えた。
「彼女……パピヨンは、センシングマインドという物質の在り方を読み取る力を持っています。一種の超能力といってもいい。その能力に、何かが引っかかったようですね」
「ここで、いってしまってもいいのかしら?」
そして、含みのある視線をアクセルと、W17に向ける。
刹那、アクセルの精神の中でスイッチが切り替わった。
知りすぎた者の末路。
それはすなわち……。
「そういえば私、まだあなた方のお名前を聞いていませんね。よろしければお聞かせ願えますか?」
膨れ上がろうとしたアクセルの殺気を制するかのように、パピヨンは押し黙っているW17に水を向けた。
ほんの少し……彼女には珍しいことだが……W17が目を見開いた。
W17には、名前は無い。
特定組織への潜入任務の時には仮名を名乗ったこともあるが、自分の名前は持っていない。
レモンは、そう言うことに関して必要性を感じなかったのだろう。あるいは、感情が生まれるまでは意味がないと思っていたのだろうか。
W17自身、特に必要だとは思っていないのだが。
『……平和なときが来れば必要になる。普通は、他人を番号で呼んだりはしないからな』
アキトの言葉が唐突に思い出される。
そういえば、軍人以外の人間とコミュニケーションを取ったことはなかったな。
そんなことをふと思い、そういう類推に思い至った事実にW17は内心、驚いていた。
自分の思考ルーチンにそんなことを考える機能があったなんて。
だが、彼女は気づいていない。
そもそも、AIが『驚く』ということ自体が大いなる矛盾であることに。
「わ、私は……」
W17には珍しく、歯切れの悪い口ぶりである。
その戸惑いを感じたアクセルもまた、新鮮な驚きを覚えていた。
あと少し、時間があったなら。
AIに革新が起こったかもしれない。
だが、その直後。
『猿頭寺チーフ。通信使用帯域全ての回線に強力な介入を確認。方角は、月面都市』
さっき聞こえてきた合成音声がスピーカーから流れる。
「電波介入? 情報を出せるか?」
『モニターに出します』
耕助の指示で、室内にあるメインスクリーンが灯る。
そこには、初老の軍服姿の男性が映し出されていた。
「なんだ? 演説でもしてるのか?」
アクセルのつぶやきにかぶるように、スピーカーからこの男性の声が流れてきた。
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