スーパーロボット大戦 exA
第10話 エアポート・イン・アメリカ
ギガノスが宣戦を布告してからしばらくの後。
北米大陸、ジョージア州アトランタ。
地球連合成立後、国家、というもの事態は形骸化しているものの、経済・文化圏の区切りとして、また、末端の統治という意味合いから、旧世紀の国家組織はまだ残っている。
アメリカ合衆国も、コロニー国家連合のネオアメリカなど、様々な形で範囲を広げつつ、旧態依然の体制を色濃く残している。
一年戦争の時に戦場となった首都ニューヨークなどは壊滅的なダメージを受け、未だ復興の兆しは見えていないが、そこは広大な北米大陸。生活圏の守られている土地もまだたくさんある。
そんな都市の一つであるアトランタの国際空港に、一風変わった集団が降り立った。
「お〜、久々の風、久々の1G、久々のちきゅうぅぅぅ〜」
子供と言うか日なたの猫と言うか。
思いっ切り気持ちよさそうな背伸びをしている緋色の髪の青年はアクセルだ。
いつものパイロットスーツではなく、モスグリーンのニットのタートルネックにカーキのチノパンという軽装である。
「ガキかお前は」
後ろからそのアクセルの頭を小突くように出てきたのはアキト。こちらは定番となりつつある黒シャツにブラックジーンズの黒ずくめだ。
「コロニーの環境の方が、行動に支障がなくていいのだが……」
そういってアキトの脇から歩み出たのはW17だ……今のところはこう紹介しておこう……。ディープブルーのパンツと白のドレスシャツというこれまた軽装である。
この姿だけを見るならば、若者のアメリカ旅行、という構図に収めてしまってもかまわなさそうだが、面子が面子だけにそれも考えにくい。
そこに、
「はぁい♪ 長旅お疲れさま、アクセル、アキト、ラミア」
少し遅れてアクセルたちに追いついてきたのはぼん・きゅっ・ばーんを見事に体現した金髪の美女であった。
「あれ? ビューティがなんでこっちの出口にいるんだ? チャーター機なら特別出口だろ?」
「あのねアクセル、そんなところから出てきたらあの人にすぐ会えないじゃない? 会社のことはお父様たちにお任せよ」
「さいですか」
アクセルと軽口をかわすビューティと呼ばれた金髪美女。彼女はフルネームをビューティフル・タチバナという。極東の大手旅行会社であるビューティ観光の社長令嬢である。
ネルガルとも懇意にしているこの会社、旅行斡旋だけでなく大気圏内の移動手段に関して様々なものを所持している超大手なのだ。
曰く、超音速旅客機、大型客船、旧日本列島からアジア大陸へ抜けていく大陸間弾道鉄道……。
ネルガル重工の物流部門が一部アウトソースされていることからも、この2社の密接な結びつきが見受けられる。
外向きには、社長令嬢の北米大陸視察、ということでチャーター機を極東から飛ばしたことになっている。それに便乗してきたのがアクセルたちだ。
無論、ただで便乗しているわけではないのだが。
「さてと、空港に着いたらエージェントと接触して指示を仰げ、って話だったが……」
そんなことをつぶやきながらアクセルが空港出口の先を見回すと、ハイヤーや観光バスの隙間から見るからに小さいトラディショナルカー、ワインレッドのローパーミニがやってくるのが見えた。
そして、その運転席で縮こまりながらハンドルを握る青年を遠目に確認したと思うと、
「ばーんじょー!!」
どことなくやっぱりいいところのお嬢様だなと納得できるような、そんな立ち振る舞いのビューティからは、今のこのけたたましさは想像できなかった。
あっけに取られるアクセルたちをしり目に、ビューティは滑り込んで来たローバーミニの傍らに駆け寄って、降りてきた青年の腕をとって自分の右腕を絡めていた。
「むっふっふー、レイカがいないから万丈独り占め〜」
「こらこら、僕は遊びに来てるんじゃないぞ」
そんな会話が漏れ聞こえてくる。
車から降りてきた青年は、やや癖のある黒髪を炎のように立たせ、赤いジャンパーにスリムジーンズという出で立ちだ。意志の強そうな太い眉毛が印象的である。
「……あれが?」
「ああ、あれが噂の、彼だろう」
怪訝そうな瞳を向けるW17に、アキトが答える。
そうこうしているうちに、ビューティをぶら下げたままの青年がやってきた。
「はじめまして。アクセル君にテンカワ君、それと……」
「……ラミアだ」
青年の開口一番の挨拶に答えたのは、他ならぬW17だった。
だが、彼女は『ラミア』と名乗っている。
ここに至るまでに、一悶着あったのは事実である。
『今回の
『エージェント?』
『そうだよ、テンカワ君。ただ、うちの社員ではなくて、民間人。一応、肩書きは私立探偵ってことになってたかな?』
『信用できるのか?』
『大丈夫だと思うよ。アクセル君のお眼鏡にもきちんとかなうだろうね。僕も何度か命を助けてもらってるぐらいだし』
『ほぉ』
『実はね、前に極東の同じ施設に潜入したときは、彼に単独で行ってもらったんだけど、警備が厳重でね、情報自体はろくに手に入らなかったわけ。その研究所もすぐに撤退しちゃったから、後はここしか残ってないんだ』
『そこで、我々というわけか』
『その通りだよW17君……あ、そうそう、一つ君にお願いがあるんだ』
『……何だ?』
『民間人の協力者と行動を共にするので、さすがにコードネームでずーっと呼び続けるのは体裁が悪い。できれば仮名でも何でもいいから、名前を決めておいてくれないか?』
依頼してきたアカツキ直々のお願いで、W17の通称が決められることになってしまった。
アキトは渡りに舟とばかりに喜んだが、当のW17は表情も変えずに、
『何でこれが必要なのか理解に苦しむ……』
と言っていた。
すったもんだの末、
閑話休題。
「よろしく。僕が今回のエージェント、破嵐万丈だ」
先ほどの青年……万丈が男臭い笑みと共に自己紹介する。
一見なんの気もないポーズだが、立ち振る舞いに隙がない。
それを見て取ってアクセルたちは、万丈の実力を推し量る。
「かなりやるな」
「あぁ。一度闘ってみたいんだな、これが」
「またそれか」
バトルマニア、というよりは強い者フェチといったほうがいいかもしれないアクセルの言動に、アキトは苦笑を浮かべるしかなかった。
「あと一人、今回の作戦に参加するんだけど、そっちはスケジュールの都合でギリギリにならないとこっちに来れないらしいんだ。現地合流になるかな」
「それもネルガル関係の?」
「あ、違う違う。彼はフリーのエージェントだよ。若いけど、潜入破壊工作に関しては僕の数倍上の腕前」
どんな人間が来るのだろうか、とアキトとアクセルが想像していると、その傍らでラミアがいぶかしげな顔をしている。
「どうした?」
アキトの問いかけに答えず、ラミアはじっと万丈が乗ってきたローバーミニを見つめている。
「アンチレーダーシステムに反応あり。この車……だな」
ラミアの眼光が一段と強くなる。
すると、
『わかったわかった。そう睨むな、ラミア隊員』
どこからともなくマシンボイスが聞こえてくる。
ボイスイメージは壮年の男性といったところか。
「なっ」 「……
絶句するアキトに対して、アクセルは落ち着いたものだ。
Wシリーズの開発において、生みの親のレモンからいろんなことは聞いているし、AIの教育に立ち会ったこともある。
『その通り。さすがはアクセル隊長』
「俺のことをそう把握してるってことは、AIマトリクスはWシリーズか?」
『基本開発はMr.猿頭寺だが、AIの性格付けと経験データの補足にMrs.レモンのWシリーズのものを使わせてもらった。パーソナルデータとしてはW1のものになる』
「……コマンダーシリーズのプロトタイプか」
『私のAIを量産の基本にするようなのでね』
マシンボイスにあわせて、ミニクーパーのヘッドライトが点滅する。
十分に注目を集めたのを理解したところで、AIが名を名乗る。
『改めて。形式番号GBR-10。ただ、基本設計の順番が遅いだけでロールアウトした超AI搭載ビークルロボの第1号機になる。ポルコートと呼んでくれ』
国連宇宙開発公団。衛星軌道上の宇宙ステーション、オービットベースを起点としたこの組織は、様々な
超AIと呼ばれる人工知能もその一つだ。
ただ、最先端技術を以てしても個性……パーソナリティの確立はなかなかうまく行っていなかった。
そこにやってきたのがシャドウミラーの一同である。
ここにはすでに稼働して他の部隊員と行動を共にしていたAIの蓄積データが存在する。
この情報に関しては、技術の長であるレモンも、隊長であるヴィンデル・マウザーも公開することを厭わなかった。
そこで、超AI搭載マシンの開発に拍車がかかった、というところである。
「ビークル、ロボ?」
『あぁ、気づいたようだねテンカワ君。GGG開発のビークルロボは、基本的に高速移動形態の車型と、汎用行動形態のロボット型に変形が可能だ。その姿は、今度の作戦中にお見せすることになるだろう』
ポルコートの言葉に興味を示したアキトが車内を覗き込む。
ただでさえ大きくない車体の、後部座席部分が金属製の箱でつぶされている。所々から見えるLEDや液晶などから、内部機構の一部であろうことは予測がついた。
「二人しか乗れないな」
『それは仕方がない。変形機構を収めようとしたら、このぐらいの大きさになってしまう。逆に、ビークル形態の時に二人乗せられるように造ったMr.猿頭寺たちがすごいと思うぞ』
「それもそうだな」
アキトが一つうなずいたのを見て、万丈が声をかけた。
「じゃ、目的地に出発しようか。レーダーに引っかかるから普通に陸路で移動だよ」
「移動手段はどうする? まさか、グレイハウンドで行くわけじゃないだろうな?」
何の気なしにそんなことをいう万丈をみて、アクセルが首をかしげる。
苦笑を浮かべつつ、万丈は首を横に振った。
「こんなラフな格好だからって、貧乏学生のバス旅行みたいなマネまではさせないよ。乗り物は用意してある」
万丈がそういったところに、ポルコートと同じ進入ルートから一台の大きなキャデラックが静かに現れた。
ポルコートの直後に停車すると、運転席から初老の男性が現れた。黒のスラックス、ドレスシャツ、蝶ネクタイ、綺麗になでつけられた白髪に同じ色合いの整えられた口ひげ……社長秘書、というよりは富豪の執事という面持ちだ。
「万丈様、お迎えに上がりました」
「ご苦労さんギャリソン」
ギャリソン、と呼ばれた老人は恭しく万丈に向かって一礼する。
「申し遅れました。私、万丈様の執事を勤めさせていただいておりますギャリソン時田でございます」
初対面ではないビューティや雇い主である万丈は気にしていないが、そんな世界とは無縁の生活を送っていたアクセルとアキトは目が点になっている。
「執事……すげー」
「今どきそんな人がいるというかそんな職業が成立しているとは、ね」
そんなことをつぶやいている二人をしり目に、ギャリソンはそつない動きで後部座席のドアを開いた。
「皆様、こちらにお乗りください。目的地までお送りいたします」
おっかなびっくり、という面持ちでアクセルとアキトはキャデラックに乗り込んだ。
ラミアはいつものように表情を全く変えていない。
その向かい側に万丈とビューティが乗り込み、キャデラックは振動も騒音も感じさせることなく静々と発進した。
「あれ、そういえばポルコートは?」
「……あ」
「あ、じゃないだろアクセル。AI搭載だからって置き去りにしていくわけにも」
「大丈夫だよテンカワ君。彼はすることがあるからあそこに残してきたのさ」