目も、耳も、鼻も舌も意味を成さない。
 電子の世界には存在しないもの。
 あらゆる『情報』はあるとしても、それは感覚ではないのだ。
 培養調整槽の中で眠っているように見えていても、彼女の脳は強制的にコンピュータネットワークにリンクさせられている。
 幼い少女の体は、一糸まとわぬ姿で調整槽を漂っている。
 茶、とも赤ともつかない淡い色合いの髪が、試薬のプールの中でたゆたう。
 あと5年もすればどこに出しても恥ずかしくない美少女になるであろうことは想像に難くない。
 だが、研究者はそんな外見には全く意味を見いださない。
 彼らの興味を引くものは、彼女の脳から機械的に吐き出される演算結果だけだった。

[監視カメラ制御回線に未登録プログラム発見。侵入者あり]

 侵入者、という単語に一瞬目をむくが、別段それ以上騒ぐことなく、研究者の一人が情報端末のキーボードからコマンドを入力する。

[ガーディアンを覚醒。これを以て侵入者を迎撃せよ]

 実行キーが押されると、調整槽の中の少女の体がびくりと痙攣する。
 ヘッドセットで隠された顔の下半分を見ると、悲鳴こそ上げていないものの歯を食いしばっている様はわかる。
 調整槽の液体の中でどれだけ声を上げたとしても、外界には聞こえるはずがない。

 だが、電子の世界にその悲鳴が情報として流れていたら?

 その情報を、プロテクトもファイヤーウォールも無視して感知できるような、そんな存在がいたら?

 そもそも、内部のネットワークにそれを聞くことができる者がいるなら?

 大多数の人間は、彼女の叫びを聞いてはいない。
 だが、ほんのわずかであったとしても、確実に彼女の叫びを聞いた者はいる。
 モニターに映らない、彼女の叫び。
 電子の海を駆け巡ったたった一言。
 それは、彼女の数少ない『友達』を呼ぶ声だった。

 [リオン!!]

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