アキトとアクセルが大騒ぎする数分前。
 別行動をとっていたラミアは作戦目標の 中央電算室 ( サーバルーム ) へ侵入していた。
 まとわりつくような感触。
 ラミアが内蔵しているセンサーが、監視装置の存在を知らせている。
 だが、侵入したときに強制介入させた欺瞞プログラムが、その情報を妨げている。
 レモン・ブロウニングの最高傑作は、電子戦においても特一級の性能を示していた。

「クラックツール起動」

 音声認識で、ラミアの右腕の外皮に切れ目ができる。
 そこから極細の光ファイバケーブルが無数に展開する。
 ケーブルの先端が大型コンピュータの隙間から内部回路へ侵入する。
 その光景をアキトが見ていたなら、ラミアが人造人間であることを改めて認識させられ、ある種のショックを受けたかもしれない。
 電子戦を仕掛けるときのナデシコCのホシノ・ルリ。
 または、戦術サポートを行うユーチャリスのラピス・ラズリ。
 ウインドウボール内の彼女達を妖精と呼ぶ者も、今のラミアを見たときにはそうは思わないだろう。
 究極の電子戦兵器。
 W17ことラミアとはそういう存在なのだ。

「管理者権限のアカウント確保。プロテクト、完全解除」

 一番近いサーバの大型記憶装置がにわかに稼働し始める。
 蓄積されていたこの研究所の全データを、最高権限で吐き出しているのだ。
  TB ( テラバイト ) アレイを並列で制御する装置の全データとは、実に膨大な量である。
 だが、ラミアの半有機型コンピュータは人間の自我に極めて近いAIを制御するものだ。たかだかスパコンレベルの記憶装置なら、全データを 2重記憶 ( ミラーリング ) してもおつりが来る。

「バックアップ侵攻率48%……誰だ?」

 ふと、欺瞞プログラムの障壁を突破してきたパケットを感じて、ラミアが眉を上げる。
 外部からは完全に遮断している。ならば、内部のエンジニアのアタックなのだろうか。

「管理者権限のアカウント所持。ただのオペレータではないな」

 ラミアが並列処理でそちらに関心を向けると、そのオペレータはコンタクトをとってきた。

[あなた、誰?]
[侵入者が素直に名乗ると思うか?]

 攻性クラックツールにはない、感情的な響き。
 任務中にはそんなことを考えることは決してなかったのに。
 返答を返してから、ラミアは己の思考に警告を発した。
 だが、同時にラミアの思考は、そのアプローチがクラックツールの攻撃ではなく、電子情報に乗った誰かの思考情報であることを読み取っていた。
 生みの親であるレモンが、後でこのやり取りをバックログから読み取ったとき、驚愕のあまり研究室の硬い床の上で転げ廻ったという。
 そのぐらい、今までにない画期的な思考ルーチンだったのだ。

[連邦軍、違う。ネルガル、違う。アナハイム、違う。ガッツイー・ギャラクシー・ガード、違う。今までにないプログラム。あなた、誰?]

 過去の情報を提示しては、近似性を見いだせずに否定を繰り返す。
 そこにあるのは、警戒ではなく、純粋な興味。
 データのバックアップが順調に進んでいるのを確認して、ラミアはその問いかけに対して処理容量を少し広げた。

[データを守らなくてもいいのか?]

 敵ならば、まずそうするはずだ。
 ラミアは素直にまずその疑問を投げかけた。

[内部から管理者権限でアクセスしているのだから、プロテクトする必要なし。このアクセスに介入する指示も与えられていない]

 その指示を与える研究者たちは未だにラミアのクラックに気づいていないのだ。
 機械的なやり取りだが、正しい判断である。
 または、こんな事態が異常であり、適切な判断を下さなければならない、という思考条件を学習させていない研究者を咎めるべきなのだろうか。

[それよりも、答えて。あなた、誰?]

 答えに固執するところに、ラミアは覚えがあった。
 経験の浅いAIに学習させるとき、データをコピーするのではなく明示された事象に対して様々な質問を投げかけさせて、それに対する適切な回答を用意する。
 レモン曰く、

『子供の好奇心ほど貪欲なものはないし、それに対して適切な答えを与えることこそ、健全な思考の成長につながるわけ。人間と同じよ、この辺りは』

 だそうだ。
 AIの技術に関して、この世界はまだ発展途上だ。
 オービットベースで、レモンがGGGの獅子王麗雄博士や猿頭寺耕助と超AI理論について話をしているときに、そんなことを言っていた。
 ならば、この思考ルーチンは独自進化を遂げようとしているAIなのだろうか。

[私か? 私の名は……]

 類推から、この時のラミアは誤解していた。
 なぜなら、疑問を投げかけているのはAIなどではなく、本物の人間なのだから。

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