オーガスタ研究所の外郭から、さらに数10キロ離れたところでも、この爆発の光は視認できた。
「おやおや、安眠妨害もはなはだしいねえ」
『クリムゾンコーポレートのオーガスタ研究所の近在には住居は存在しません』
モビルスーツのコクピットの中で、シーマ・ガラハウはそんなことをつぶやく。
彼女の機体は1年戦争後期にジオン公国で開発されたMS-14ゲルググのバリエーションで、海兵隊に配備されたMS-14Fの指揮官機である。
腰部に装備された大出力バーニアを覆うスカート型のアーマーが特徴的な機体だ。連邦軍のガンダムという特機に対してのジオン公国軍の一つの回答とも言える。
そして、シーマのつぶやきに通信越しに回答したのは、すみれ色のメッシュが入ったふわりと柔らかい髪の、まだ少女とも言える女性兵士だった。
「そうだね、あの研究所の周りならあんたのほうが詳しいだろうねえ、ロザミア・バダム少尉?」
『……』
「だんまりかい? まぁいいさ」
無理やりに感情を押し殺したような、複雑な表情のロザミアを見て、シーマはやれやれという風にほんの少しだけ眉をひそめた。
「侵入者の処分がスポンサーからの依頼だよ。ロザミア、あんたの機体が一番足が速い。先行して偵察の上、先制攻撃しておいで。私たちがその間に包囲する」
『了解しました。ギャプラン、行きます』
シーマのゲルググや部隊のザクは大気圏内の飛行能力を持たない。ドダイYSと呼ばれる単機輸送能力を持つ爆撃機に搭乗して移動するにしても、ギャプランの推力にはかなわない。
1Gの重力下で慣性制御もままならないまま音速を突破する機体でドッグファイトなど、通常は考えられない。高速戦闘機ならまだしも、モビルスーツのような複雑な機構を持つ機体では、空中分解してもおかしくないのだ。
「無茶をするにもほどがあるが、まぁ、強化人間ってのも使いようさね」
垂直上昇してそのまま一気に加速するモビルアーマー形態のギャプランを見送り、シーマは手元のコンソールでゲルググをアイドリング状態から起動する。
「ロザミアが気を引いてるうちに包囲するよ。全機作戦開始」
そういいながら、シーマは遠くの光を見据えながら考える。
証拠隠滅のために研究所を破壊するのはわかるが、ムラサメ研にしろ今回のオーガスタにしろ、必要がなくなったからという理由ではこの作戦の説明がつかない。
「……何か、動きがあるのかもしれないねえ」
通信機能をオンにしていなければ、コクピットは孤独な空間だ。
シーマのつぶやきを聞くものはそこには存在しない。
だが、シーマの『生き残るための嗅覚』は、確かに何かを感じ取っていた。