崩壊していない建物の影を縫うように万丈は走っていた。
敷地の外の合流ポイントまでたどり着ければ何とかなる。
そう思っていた矢先だった。
「……エンジン音? 何か来るのか?」
万丈の耳が爆発音に混じるかすかな音を聞き分けた刹那、まったくの勘で建物から離れる。
そこに打ち込まれたのは、2条のビームだった。
建物に風穴が開き、次の瞬間には轟音とともに崩れ落ち始めた。
「迫力だねえ……さすがにこれは当たると死にそうだ」
相変わらず余裕のある台詞をつぶやいた後、万丈はあわてて頭をかばって踏ん張る。
すると、すさまじい風きり音と共に低空を1機の飛行物体が駆け抜けていった。
暗がりですべてのフォルムが見えたわけではないが、それだけで十分だった。
「やっぱり。量産前提なら1機しかロールアウトしてないってこともないよな」
つい今しがた1機つぶしてきたモビルアーマー、ギャプランだ。わからないわけがない。
その機体が持ち合わせる運動性能を遺憾なく発揮して、通常の戦闘機なら空中分解間違いなしの機動を行ってこちらに再度向かってきている。
「テンカワ君たちの脱出までは時間を稼がないとならないかな」
そういうと、万丈は胸につけているバッヂ型の通信機に語りかけた。
「ポルコート、現状見えてるかい?」
『こちらのレーダーとセンサーで状況は確認済みだ。アクセル隊長たちの脱出は確認が取れていない。あと、飛来しているモビルアーマーは先行偵察に出ているようだ。後続のモビルスーツ部隊が接近中。数は6』
通信機からポルコートの冷静な合成音声が聞こえてくる。
だが、どんなに冷静に言われても、増援は増援だ。
「それはまずいね。じゃ、後続はデュオ君に何とかしてもらおうか」
ギャプランのメガ粒子砲の第2射から逃れるために走りながら、万丈は軽く言う。
『ちょちょっと待ってくれよ万丈さんよぉ。俺一人でモビルスーツ2個小隊抑えろっていうわけ?』
ご指名されたデュオが通信越しにあわてた声で答える。マルチチャンネルで通信していないので、ポルコートと一緒にいるのだろう。
そんなデュオとポルコートに万丈は極めて普通に話しかけている。
「デュオ君のガンダムなら大丈夫でしょ? 当てにしてるよ」
『その声でそんな風に言わないでくれよなぁ。どっかの艦長を思い出しちまうぜ』
「左舷弾幕薄いぞ何やってんの! って、似てる?」
『似てる似てる……って、余裕だね、万丈さん』
「そうでも、ない、かなぁ」
と、至近弾に弾き飛ばされた瓦礫をかわしながら、万丈は何食わぬ顔でとぼける。
かすかに聞こえたその轟音を聞き逃さなかったデュオも、調子は崩さないままで答えた。
『んじゃ、ギャラの分のお仕事はしますかね。死神は闇に消えて、闇から現れるってことで』
「よろしく。テンカワ君たちと合流したら連絡するよ」
『了解』
通信を切ったところで、頭上を仰げば強烈なバーニアの噴射炎の光が見えた。
「さてと、もうちょっと気合入れて逃げ回るとしますか」
そういうと、万丈は胸のバッヂを右手で掲げて高らかに叫んだ。
「マッハアタッカー!」
すると、中天の彼方できらりと光がひらめく。次の瞬間、小型の戦闘機がどこからともなく飛来してきた。
万丈の愛機、マッハアタッカーである。
「さぁて、鬼ごっこの始まりだ」
不敵な笑みを浮かべると、万丈はハッチを開いたマッハアタッカーのコクピットに飛び込む。
そのまま一気に加速して飛び上がると、目の前にはかなりの小半径で旋回するギャプランがいた。
夜明け直前の闇の中で、無謀極まりない空中戦が始まろうとしていた。