第15話 アプローチ・サドゥンリー
現在の住所で言う、長崎県佐世保市。
この世界ではサセボシティと呼ばれる極東の造船街である。
広島の呉や神奈川の横須賀に並び称される前世紀からの軍港であり、一般船舶の造船所もある港町だが、ネルガル重工の地下ドックで極秘裏に戦艦が製造されていることはさすがに誰も知らずにいた。
……いや、誰も知らない、というのは正しくない。
関係者は知っているからだ。
艤装はほぼ完了し、必要物資の積み込みや、メカニックチームの完熟訓練などが行われている中、ブリッジクルーの一人がドックの入り口にやってきた。
「うーん、ここでいいのかなぁ本当に?」
綺麗にまとめた三つ編みの黒髪に、そばかすの浮いた色白の肌。黒目がちな瞳に小柄で華奢な姿はかざりっけも何もないが、実はその筋の人間が見れば一発で正体を見抜かれてしまうほどの有名人だ。
入り口からドックの中を覗き込むが、人気はまったくない。
困ったなぁと心細げに周りを見回すと、反対側の道から妙齢の女性が歩いてくるのが見えた。
洗いざらしのシャツにジーンズ姿の彼女とはまったく対照的に、かちっと決めたベージュのスーツに膝上丈のタイトスカート、黒のハイヒールという造船所にはおおよそ似合わないキャリアウーマンのいでたち。
だが、もしここに健全な男性が10人いたら、そのうち8人は注目するであろう部分はそこではない。スーツが窮屈そうなほどの豊満なバストである。
うわぁ確かこの間の番組の製作やってる広告代理店の営業さんがこんな感じのグラマーな人だったなぁうらやましい……じゃなくって結構きつい人だったっけ、ううう、この人もそんな人なのかなぁ……。
と、そばかすの彼女が内心びくびくしていたのを知ってか知らずか。
後からやってきたグラマーな彼女が気安げに声をかけてきた。
「あら、この時間にここに来てるってことは、えーっと、プロスペクターさん関係の人?」
プロスペクター、という名前を聞いて、そばかすの彼女は目を見開く。
「……ああ、あなたも今日呼ばれたんですか?」
「そうそう。よかったぁ、新しい職場じゃない? 当たり前なんだけど知り合いなんかいないから、どうなるかなぁって心配だったのよ」
理知的なのは見た目どおり、だが、それに加えて暖かみのある大人の女性の声。
それが演技ではない本心からの声であることをそばかすの彼女は直感的に理解する。
声だけで演技することを生業としていた彼女は、人の声音からその奥にある心理状態などを把握することにも長けていた。そうしなければ共演者の演技に即座に対応などできはしないからだ。看護師から声優に転職したという異色のキャリアもうなずけるというものだ。
「あ、私、メグミ・レイナードといいます。お名前聞いてもいいですか?」
そばかすの彼女……メグミ・レイナードは長身でグラマーな彼女を見上げるようにたずねた。
「あらあら、ごめんね。私、ハルカ・ミナト。よろしくね、レイナードさん」
身長差を理解して、グラマーな彼女……ハルカ・ミナトはメグミに向かってほんの少しだけかがみながら自己紹介した。
「メグミでいいですよ、ハルカさん」
「うん、それなら私もミナトでいいわよ」
双方に、同僚となるのならば良き人間関係を構築したほうが精神衛生上好ましい、という計算が働いたのだろう。それが大人というものだ。
和気藹々としたこの状況がいつまで続くのか。
そんな漠然とした不安はあったのかもしれない。
何せ、これから乗り込むのは最新鋭の戦艦なのだから。